日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-〔10〕

 その日、とある書簡に目を落としながら一人の男性が眉根を寄せていた。
 淡い金色の長髪を後ろで緩く括り、腰掛ける黒革張りの椅子にどっしりと背中を預け、片
肘をデスクの上につき、じっと黙してその書簡に目を通している。
 彼自身を見れば胸元を緩めたワイシャツ姿──ラフなものの、その周囲を彩る室内の調度
品はどれも洗練された品質を漂わせており、彼が相応の身分であることを示していた。
 セオドア・エイルフィード。近しい者達からの愛称はセド。
 ここアトス連邦朝中西部の都市・打金の街(エイルヴァロ)の領主その人である。
「セド様」
 軽い数回のノックの後、ドアの外からそう聞きなれた男性の声が聞こえてきた。
「おう。開いてるぞ、入れ」
 貴族──有爵位者の割には案外ざっくばらんな口調。
 顔を上げると、セドはそうデスクの上から彼を促し室内へと招き入れる。
「失礼します」
 折り目正しい一礼をして入ってきたのは、黒の正装を身に纏った壮年の男性だった。
 アラドルン・ヴォルガー。エイルフィード家の執事長であり、セドにとっては幼少の頃か
ら仕えてくれている頼れる副官でもある。
 その背後にはアタッシュケースを手に提げた数人の使用人──機巧技師らの姿もある。
 アラドルンは数歩進んで室内でセドに向き合うと言った。
「評議会の時間が近くなっています。そろそろ回線の準備をと思いますが」
「ああ、もうそんな時間か……。いいぜ、始めてくれ」
 壁際の柱時計を見遣りセドは呟くと、そう承諾の言葉を返した。
 すると「はい」と再び小さく低頭して、アラドルンはドアの前で控えていた技師らに作業
の開始を指示する。
 室内の隅に這わせた配線の繋ぎ口に、技師らが取り出した機材を接続していく。
 その様子を横目に見ながらセドは椅子から立ち上がると、背もたれに引っ掛けていた正装
の上着を手に取り、羽織ろうとする。
「……セド様、その書簡は?」
「ん? ゲドとキースからの報告書だよ。昨夜届いた。お前読んでないのか?」
「はい。執務室に届けるように指示はしましたが、私が検めた訳ではありませんで」
「そっか。まぁいいや……。だったらお前も目を通しておいてくれ」
「畏まりました」
 主が身支度をしているのを一瞥してから、アラドルンは断りを得てデスクの上に放置され
ていたそれを手に取り目を通し始めた。
 だがややあって、その整えられた白髪交じりの口髭、歳にも拘わらず精悍な顔立ちに静か
な緊張が走る。ぎゅっと寄せられた眉根。彼は書簡を手にしたまま、主に問い直した。
「この内容は……」
「ああ。またうちのじゃじゃ馬娘が面倒事に首を突っ込んだらしい。まぁ、半分は成り行き
みたいらしいんだが」
 険しいアラドルンの表情。
 だが、対するセドのそれは一見すると苦笑混じりながらも、何処か気楽なように見えた。
 正装に身を包み、鏡の前でタイの位置を調節しながら彼は笑う。
「全く我が娘ながら元気が良過ぎるっつーか何つーか。ホント、一体誰に似たんだか」
「…………」
 しかしアラドルンはその呟きに対しては黙していた。
 それは決して“それは貴方様しかあり得ませんでしょ”とは流石にツッコミを入れられな
かったからではない。入られなかったからでは、ない。
 小さく咳払いを一つ。
 書面に落としてた目を上げて、彼は代わりに憂慮の言葉を紡いだ。
「……宜しいのですか? この報告が間違いなければ、シンシアお嬢様は」
「これでもキースの密偵能力(しごとぶり)は信頼してるんだぜ? 後から追調査をさせる
つもりだが、まぁ間違っちゃいねぇだろう」
「では、尚更このままというのも」
「分かってる。苦言の一つくらいは遣るよ。でもまぁ、あいつの性格からしてそうはいはい
と素直に言う事を聞いてくれるとも思わねぇけどな……」
 胸ポケットから勲章(バッジ)を取り出し、引っ掛ける。
 それは名士──この国の有爵位者の一人として、そしてこの領土の統治を連邦朝政府から
任されているという証でもある。
「……梟響の街(アウルベルツ)に行かせちまうのは、間違ってたのかねぇ」
 再び黒革張りの椅子に腰掛け、セドはぽつりとそう静かに誰にともなく呟いていた。
「旦那様。回線の準備が整いました」
「ん。じゃあ早速繋いでくれ」
 しかしそんな当主──いや一人の父親としての心配が脳裏を巡る中で、技師らが準備完了
の旨を伝えてきた。
 いけない。自分には課された仕事がたんまりとあるのだ。
 セドはもう一度居住いを正してデスクに着いてから、技師らに合図を飛ばす。
 すると、彼らが駆動を開始した機器を操作して中空に呼び出したのは……左右に何枚も展
開されたディスプレイ。そこにはセドと同じく、勲章を付け正装に身を包んだ人々の顔が映
し出されている。
『やぁ、ごきげんよう。エイルフィード伯』
「こちらこそ。ごきげんよう、サヴィアン侯」
 それは国中の、領地の統括を任された貴族らだった。
 更に中央のディスプレイには一際大きく、豪勢な議場らしき場所とそこに着いている正装
の人々が見て取れる。
 これから始まるのは、アトス連邦朝の評議会。
 各領地の統治を任された貴族らと、各地から選抜された市民の代表・評議員らによる国の
意思決定の場である。
 この国を含め、世界は未だその多くは王国という態を採っている。
 だがかつての「帝国」の圧政による人々の忌々しい記憶は今日も引き継がれている。
 しかし、王を倒して市民(じぶん)達が権力を握ろうという動きまでにはならなかった。
 理由は単純だ。帝国による圧政で権力集中の危うさを知り、そして──その後の度重なる
混乱、即ち権力の奪い合いを市民達(かれら)自身で続けた結果、得られる筈だった安定し
た暮らしすらできなかったという末路を知っているからだ。
 ならば貴族と市民、双方が国政を動かそう。……その最終的な責任は国王に押し付けて。
 謂わば折衷型の立憲君主制。多くの場合、評議会(国によって多少名称や仕組みが異なる
ものの)を中心としたシステムが一般的になっているのが現在なのである。
『──静粛に。静粛に』
 やがて中央のディスプレイの向こう、議場の最上壇で国王列席の下、議長が評議会の開会
を宣言していた。セドらもまた、その形式儀礼の前に小さく静かに頭を垂れる。
 本来ならば、全ての領主・議員らが馳せ参じるべきなのが建前だ。
 だが大抵の場合、セドら遠隔地の領主達はこうして導話回線による参加である事が多い。
 世界は……広いのだ。
『それでは、最初の議題に移る』
 淡々と議事は進み始める。手元の紙資料、ディスプレイにも表示されたデータ。双方を合
わせて出席者らは議論と、あわよくば採決にまで至る。
 だが……結局は、多い者勝ちの“数の暴力”に他ならず、議論よりも事前の根回しが結論
を決めている現実がある。
 表面上はそんな議会に出席しながらも、セドはやれやれとやや冷めた想いを抱いていた。
(それよりも……)
 セドは静かに目を細める。
 先程まで目を通していたゲド・キースからの報告書簡。
 そこには、娘達が知り合った冒険者達と“楽園(エデン)の眼”のアジトにてその一派と
交戦したとの文面が踊っていた。
 幸い娘(シンシア)に大事はなかったものの、囚われていた人々が少なからず“結社”の
手によって命を落としてしまったらしい。
(まぁアランの言う通り、何がなんでも首を突っ込む相手にしちゃあリスキー過ぎるわな)
 娘が無事だったことへの安堵。一方で犠牲になった人々がいること。
 セドはフッと、そんな自分を内心で哂った。
 随分と俺も小さくなったものだ。それとも……父親になれば誰しもこうなるものなのか。
 ──だが、これでこの一件の全てが終わる気が、どうしてもしなかった。
 報告書に上っていた当事者の名前。
 囚われていたエルフの青年、シフォン・ユーティリア。
 奪還戦に加わったメンバーの中に見た、ホウ・リンファやサフレ・ウィルハートといった
姓名。何よりも……ジークとアルスというレノヴィン兄弟の名。
 内心凍り付いた背筋が、もう一度逆襲を受けたような気分だった。
 人違いか? だがおそらくこの直感は間違っていない……。
(やれやれ……。因果なもんだぜ)
 やがてセドはずしりと心の奥底を覗き込んでくる重量感に、思わず息を吐くと、
(なぁ? コーダス……)
 評議のやり取りをBGMに、そう心の中でかつての遠き戦友(とも)の名を呼んだ。


 Tale-10.道程より見渡せば

「──ええ。検査結果を見る限り、大きな怪我もマナへの侵食も見られませんでした。処置
としては栄養剤の点滴と何よりも静養。体力さえ回復すれば、一週間ほどで退院できるかと
思います」
 廃村での“結社”との対決から数日。
 ジーク達は依頼の合間を縫い、大事を取って入院しているシフォンを見舞っていた。
 病室を訪れると、ちょうど回診に来ていた医師らと出くわし、彼の状態についての説明を
受けることができた。
「そうですか。良かった……」
「しかし、妙な病状でしたね。まるで長い間、身動きが取れなかったような」
「あ、はは……。まぁ冒険者(こんなしょうばい)ですしね。ちょっとヘマったんですよ」
「ふむ……? ですが無理は禁物ですよ? 健康あってこその我が身なのですから」
 その中で医師は運び込まれたシフォンらの様子に小首を傾げていたが、イセルナもダンも
素直に仔細を話すことはしなかった。やり合った相手が相手という事もあり、下手に情報を
漏らしてしまうのは得策ではないと判断した為だ。
 幸い医師は苦笑いで誤魔化すダンらを追求するつもりはなかったようで、そう彼は医者と
しての忠告の言葉を残すに留めていた。
「では、お大事に」
 そしてややあって、医師らは去っていった。
 個室に残されたジーク達と病室の主となっているシフォン。
「……すまないね。こう皆で来なくとも良かったのに。依頼に支障が出るんじゃないか?」
 点滴に繋がれ、ベッドに下半身を潜らせ座った格好で、そう彼はフッと静かな苦笑を漏ら
して呟く。
「気にすんな。こっちはちゃんと回してるぜ?」
「早くよくなって下さいよ? シフォンさんは俺たち遊撃隊のリーダーなんですから」
「おいおい。そこはゆっくり休んで下さいだろ? 急かしてどーすんだよ」
 だが対する仲間達はにこやかだった。
 迷惑を掛けた。その自責の念を抱いているらしい彼をそれとなく宥め、励まし、どわっと
時に笑ってすらみせる。
「これ、皆で選んだ本です。入院中は退屈でしょうから。イセルナさんやお父さん、アルス
君達の意見を聞いてシフォンさんの好きそうな魔導書や歴史書、あと小説も」
「それと果物も少々。医師から止められていなければいいんだが」
 そしてレナ、リンファが代表して見舞いの品を差し出した。
「……ああ。ありがとう」
 静かに、ぐっと感情を堪えたような目尻で、今度はシフォンが微笑み返した。
 ベッドのすぐ傍の棚にその暇潰し用の書籍を収め、新鮮な果物の入った籠を上に置く。
「痛まない内に食べちゃわないといけないですね。宜しければ剥いておきましょうか?」
「いや、また後でいい。自分でやっておくよ。……リハビリにもなる」
「分かりました~」
 その横では、元気そうで何よりとホッと一息をついているサフレと甲斐甲斐しく世話を焼
こうとするマルタの姿がある。
 言って彼女は進み出ようとしたが、シフォンはやんわりと止めていた。
 食べる事に焦らないというよりも仲間達に手間を取らせる事がまだ申し訳なかったのかも
しれない。
 それから暫しの間、イセルナ達はシフォンと他愛ない雑談を交わした。
 クラン依頼の進捗状況。廃村の一件で囚われていた人々は、無事守備隊の保護の下、元い
た住所へと送り届け始められたこと。そして近々、正式にあそこに埋葬された犠牲者らを弔
うべく慰霊の儀式が執り行われる話が進んでいること。
「……そうか。これで少しは皆も浮かばれてくれるといいな……」
 シフォンはホッと、心底安堵しているようだった。
 自分も囚われていた一人だったのに、他の皆を心配していた。
 イセルナ達はそんな少々“他人優先”な仲間(とも)の姿を見て苦笑し、微笑みを返す。
「──じゃあ、そろそろ私達は帰るわね?」
「ああ。穴を開けてしまってすまないが、よろしく頼む」
「だから気にすんなって~。今のお前の仕事はしっかり休むこった。いいな?」
「……そうだね。ではその言葉に甘えて専念させてもらおうか」
「ええ、そうして下さい。私達冒険者は何よりも身体が資本なんですから」
「……それじゃあね? また時間を見て様子を見に来るわ」
 とはいえ、大人数で長いもよくない。
 イセルナの一言を切欠に、一同は頃合をみて暇することにした。
 最後に二言三言やり取りを交わし、面々は連れ立って病室を後にしていく。
「……」
 はたと、室内が静かになった。
 廊下を行く足音や外で鳴く鳥の囀りが聞こえる以外、これといって何がある訳でもない。
「……。シフォン」
 いや一人だけいた。
 ぽつねんと、壁際にジークだけが独り、ベッドの上のシフォンを見遣ったまま残っていた
のである。
 シフォンも、ジークも暫くお互いをじっと見つめ見遣っていた。
 仲間だから……何よりも懇意にする友同士だから。分かるものがある。
「……なぁ、シフォン。どうしてお前はあんな無茶をしたんだ?」
 やがてぽつり呟くジーク。
 だが、その言葉は質問というよりは確認に近いニュアンスだったように思える。
「俺の所為なのか? 俺が、いや俺の刀が“結社”に狙われたから、お前はっ」
 それは自責の念に他ならない。
 そもそもの発端は自分にあるとジークはずっと内心で思っていた。
 “結社”の手の者を通じてサフレと戦う羽目になり、今でこそ傷は癒えているがリンファ
を負傷させてしまった。
 その時点で責任は自分にあると思っていたのに、更に今度はシフォンを──友を敵地に向
かわせ、囚われの身とさせてしまうという結果も招いた。
「……俺がいたからお前も、リンさんも」
 やはり、全ての発端は──。
「それは違う。ジークの所為なんかじゃないよ」
「ッ!? でもっ……!」
 だがそれでもシフォンは静かに微笑んでいた。正直、哀しい苦笑にも見えたけれど。
 ジークが顔をしかめて己を責めようとする。するとベッドの上の友は、じっと目を細めて
その出掛かった言葉を無言のままに堰き止めていた。
「確かに切欠はジークが“楽園(エデン)の眼”と交戦したことなのかもしれない。だけど
それを理由に君を責めるつもりはないよ。僕も、リンファも、勿論皆もね。そもそも僕だっ
て彼女だって、自分の意思で決めて……守ろうとした。それだけなんだから」
「……」
 シフォンは言う。だがそれでも友(ジーク)は黙したものの、不服な様子、悔しさを噛み
締める様を収め切ることはできないでいるようだった。
「……。ジーク」
 だからこそ彼は、
「少し、昔話をしようか」
 僅かに眉根を寄せた友にフッと微笑の一瞥を寄越すと、何処か遠くを眺めるように視線を
移して持ち上げ、ゆっくりと語り始める。

 昔々、とある妖精族(エルフ)の里に一人の青年がいた。
 彼は子供の頃から好奇心旺盛で、時折里にやって来る旅人や商人と積極的に交わっては未
だ見ぬセカイに想いを馳せる日々を送っていた。
 ……そうだね。エルフにしては珍しかったと思う。知っていることだろうけど、一般的に
エルフは閉鎖的な種族だ。由緒ある古種族の一員として、その古くからの伝統と格式を重ん
じ、秩序あることを何よりも尊ぶと言われている。
 だからこそ、彼が周りの同胞達から白い眼で見られるようになったのは、時間の問題でも
あったんだ。……当の本人は若さ故か、そうした“空気”を読めずにいたのだけどね。
 でも、彼がその事に気付いた時にはもう遅かった。
 その日も彼は気の合う仲間の若いエルフらと共に外出から帰ってきた。
 だけど……そこで目の当たりにしたのは、いつもの平和な里じゃなかったんだ。
 攻めて来たんだよ。オートマタの兵士を中心とした“楽園(エデン)の眼”の軍勢がね。
 どうして? 彼は思ったよ。
 自分はともかく、里は常に腕利きの戦士や術者らが詰めていた。そう易々と里の守りが破
られるとは考え難い。
 でもね……答えは単純だった。
 奴らは予め手の者を送り込んでおいたんだ。
 そしてその者とは、襲撃の数日前に行き倒れ、彼らによって保護されてきた行商人達──
いや、そんな装いで皆を騙して里に潜入していた連中のスパイだったんだ。
 青年は怨嗟を叫んだよ。
 あちこちの家が火を掛けられ、逃げ惑う里の仲間を次々に殺された。
 そんな連中の中に自分達が助けた筈の商人──“結社”の尖兵達の顔を見た時は、我を忘
れて飛び掛っていた。
 だけど、敵う筈もなかった。安穏と理想論だけを抱いて鍛錬もろくにしてこなかった遊び
人の寄せ集めじゃあ、日常の如く殺戮を繰り返す“結社”の力になんて及ぶ訳がなかった。
 彼らは言ったよ。
『セカイを掻き乱す罪人全てに、天罰を』……とね。
 一夜明けた里は、酷い有様だった。
 それでも幸か不幸か、生き残っていた者達は居たけれど、むしろそれが連中の狙いだった
んじゃないかと後々になって思えるほどだった。
 ──この疫病神め!
 財産も家族も失って、里の者達は一斉に青年らを責めたよ。
 青年らは所謂“開拓派”的な思想に依っていた。本人達はそんな自覚には乏しかったのだ
けど。でも元よりそんな彼らを嫌っていた皆、特に長老クラスの面々は強く責め立てた。
 ……遅かったんだ。気付くのも、改めるのも、何もかも。
 もう里に居場所はなかった。
 唯一、叔父さん夫婦は味方してくれたけど、その厚意は気持ちだけ受け取ることにした。
 これ以上里に留まり続ければ、彼らすら皆は「敵」と見なすだろう。
 だから、青年達は里を出る決意をしたんだ。

 ……ああ。そうだね。事実上の追放だったんだと思う。
 それから彼らは、古界(パンゲア)をぐるりと旅して回った。
 でも既に近隣のエルフの集落にも噂は届いてしまっていて、居場所なんてなかった。他の
古種族の街でも、自分達が“結社”に目を付けられた者だと知ると殆ど例外なく距離を置い
て疫病神扱いだった。
 どれくらいだったかな。だから彼らは地上界──顕界(ミドガルド)に降りる事にした。
 かつて憧れた場所。外のセカイ。ここなら、自分達の居場所も見つかるかもしれないと淡
い期待を抱いてね。
 だけど……結果的にはそう上手く事は運ばなかった。
 ジーク達生まれ以ってのミドガルドの住人には当然の景色だけど、彼らは初めて地上に降
りた時、強い衝撃を受けたんだよ。
 轟音を上げる機械の音、乱発される魔導。精霊達が……あちこちで酷使されていた。
 遅過ぎたのかもしれない。でもそこで、ようやく“幻想”は砕けたんだ。
 里で聞き及んでいた「豊かさ」は、決して万能のものなんかじゃなかった。多くの犠牲を
払いながら、それでも突き進む事で得られるものなんだってね。
 そしてそんな現実が、遂にはそれまで行動を共にしていた青年らの袂すらも分かつことに
なったんだ。
 一人、また一人、青年の前から仲間が離れていった。
 こんな筈じゃなかったという後悔や怨嗟の声だったり、自然を食い散らかす「繁栄」の姿
に対する憤りだったり。……その度に喧嘩して、その度に誰かがいなくなって。
 遂には、青年は独りっきりになってしまった。
 共に地上に降りてきた仲間達の行く末は、とうとう分からなかった。
 意を決して里に戻ったのかもしれない。もっと別の場所で落ち着いたのかもしれない。
 或いは、もしかしたら……地上の有様に憤って“結社”に身を落としたのかもしれない。
 ……うん。青年も随分と苦しんだよ。このまま色んな後悔や怒りを“開拓派”にぶつける
無法者になってしまおうかとさえ思った。
 でもね? ようやく「救い」の手が青年を救い上げたんだ。
 冒険者──荒くれ者の汚名を着せられながらも、自分達の仕事が人々を守っているとの自
負を、誇りを胸に戦い続ける、そんな小さなチームに青年は拾われたんだ。
 眩しかったよ。自分も、かつてはこうやって理想に燃えていたんだって思い返せて。それ
をただ甘い言葉を吐くだけで終わらせずに貫ける「強さ」が羨ましくて。
 そして何よりも……彼らは居場所をくれたんだ。
 故郷を追われ、信じていた筈の仲間も去ってしまった彼に、皆はやっと落ち着ける居場所
をくれた。……安息の日々を、くれたんだ。

「──だから、ジーク。僕と君は似ているんだよ」
 はたとそんな言葉が向けられて、ジークはハッと我に返ってぼやけ始めていた意識の焦点
をシフォンへと向け直す。
 彼はとある青年の昔話だと語った。
 しかし流石のジークでも分かっていた。……これは、他ならぬシフォン自身の過去だと。
 何と返せばいいのか。いや、それにだから自分に似ているとはどういう意味だ?
 眉根を寄せ、疑問の言葉の代わりに視線を向けるそんな友(ジーク)にシフォンは言う。
「……以前、アルス君から聞いたんだ。ジークも、守りたい人を守り切れずに故郷を飛び出
してきたんだってね。だからなのかな? こうして僕らは仲良くできている」
「……。かもしれねぇな」
 あいつ、余計な事を。
 ジークは内心舌打ちをしそうになって思ったが、それよりもシフォンが素直にそんなこっ
恥ずかしい台詞を吐くものだから意識はついついその照れ隠しに回ってしまう。
 束の間、ほんの数十秒間だけ、お互いの表情が緩む。
 だが次の瞬間にはシフォンは微笑の中に、強い決意を瞳に込めて語っていた。
「僕は、ただ守りたかったんだ。狙われていたジークは勿論、僕にクラン・ブルートバード
という居場所をくれた皆を。だから……たとえ一人でだけでも、今度こそ奴らの思うままに
させたくなかった」
「……そうか」
 ベッドに座った格好ながら、シフォンは深く深く頭を下げていた。すまなかったと。
 そんな友の姿を真正面から見据え、暫しジークは黙り込み、それだけを呟く。
「やっと事情は分かったよ。いいから顔を上げてくれ」
 言われて、ゆっくりと。
 シフォンは再び頭を上げた。それでも、映る瞳は告白を果たした清々しさというよりは友
が次に何を言ってくるのか、そんな不安の色が濃かったように思う。
「……なぁ、シフォン」
 だからこそ、ジークは正直に、今度はもやつく自分の胸の内を打ち明ける。
「皆が大事なのは何もお前だけじゃねぇんだぜ? 一人で特攻なんて真似、もうしてくれる
な。俺達の為だっていっても、それでお前がいなくなっちまったら……悲しいんだぞ」
 ハッと弾かれたように、シフォンの表情が静かな驚きに染まった。
 やれやれ、とんだお人好しだよ……。ジークはフッと口元で笑った。
「……ま。でも、ありがとうな」
 でもだからこそ、次に口にしていたのは叱責などではなく、感謝のそれで。
「……ああ。こちらこそ……」
 シフォンもまた、思わず掌で目頭を押さえながらか細く答える。
(ふぅ……。やれやれ、だな?)
(そうね。これでもう大丈夫でしょう)
 そして病室の外──扉越しに、そんな二人のやり取りに耳を済ませて。
 イセルナやダンら見舞いに来ていた面々もまた、ホッと密かな安堵と共に胸を撫で下ろし
ていたのだった。


(……うぅ。人がいっぱいいる……)
 目深に被ったフードの下から往来の姿と気配を覗く。
 ステラは、意を決してホームの外へと足を踏み出していた。
 昼間の通りをゆっくりと。
 しかし左右前後からは雑多な人の波が寄せては過ぎてゆき、その度にステラは胸の内から
ざわめいてくる不安や怯えと戦わざるを得ないでいた。
「……本当に大丈夫?」
「辛かったら休んでもいいんだよ? 無茶はしないで、ね?」
 そんな彼女の両脇を、ミアとレナの友人二人は守るようにして固め、歩みを共にする。
「……。大丈夫」
 だがステラはそれでも気丈に振る舞っていた。
 もしかしたら、周りの人達に自分が魔人(メア)だと気付かれるかもしれない。
 もしかしたら、その事実を知って皆は私を迫害に来るかもしれない。
 体が、心が、怯えてふらつきを隠せないでいた。
 にも拘わらず、両脇の友人達に支えて貰いながら、彼女は一歩また一歩と進んでいく。
(もう、私だけずっと閉じ篭っている訳には、いかないんだもん……)
 それが彼女を突き動かした理由だった。
 かつて行き場を失った自分を拾ってくれたジーク、クランの皆。
 そんな仲間が──シフォンさんが危ない。その報をレナやアルスと共に聞いた時、自分は
動いていた。こっそりと、廃村へ乗り込むべく用意された荷馬車に隠れて。
 しかし……あの時振り絞った勇気は、果たして良いものだったのだろうかと思う。
 シフォンさんを助けるはできた。でも、救えなかった生命もたくさんあった。
 瘴気の毒で息絶えてしまった人達、何よりも魔獣の姿のまま理性を保ったが故に人として
最期を迎えたいと願った彼らのことが今も脳裏に焼き付いて離れない。
 言ってしまえば後悔だった。
 あの時、魔獣と化したあの人達に「声」を掛けて踏み止まらせるべきではなかったのかも
しれないと。……自分は、かえって彼らの死を苦しいものにしたのではないのかと。
 廃村から帰って来てからずっと彼らの最期について考えていた。でも──。
(私なんかに比べれば、ジークの方が、イセルナさん達皆の方がずっと辛かった筈……)
 彼らに手を下したのは、安楽死を施したのは、自分ではなく仲間達。
 冒険者(しょくぎょうがら)の覚悟があるのかもしれない。
 でも、皆は悔しさや悲しさといった感情をぐっと押し殺して刃を振り下ろしていたのだ。
 ──自分は“遠い”と思った。同じ屋根の下に住んでいるのに、歩いている場所がまるで
違っているように思えた。
 今までなら、自分は冒険者じゃないから。そう部屋の中に逃げていたかもしれない。
 でも……もうそんな逃避に走るような口実を、彼女は許せなくなっていた。
(外に出る。少しでも、皆に追いつかなくっちゃ……)
 それがせめてもの、自分が犯した“過ち”に対する真摯な対応であり、自分なりの償いで
あると、ステラはそう決心を固めていたのである。
『…………』
 一方で、ミアもレナもそんな籠りがちだった友の変化に気付いていない訳がなかった。
 驚きはした。でも理由は分かる。
 廃村での、地下アジトでの“結社”との戦いがこの小さな身体に大きな苦悩を抱えた少女
を今まさに駆り立て始めているのだと悟っていた。
(ステラも、苦しんでる。ボクらの力が及ばなかったばかりに)
 父や仲間達には褒められているこの拳も、あの時は十二分に発揮できなかった。
(ステラちゃん、ごめんね……。私達の浄化術がもっと磨かれていれば、死んでしまった皆
さんの中にも助かった人がいたかもしれない)
 養父が冒険者に転身した。その成り行きのまま自分は迷いのまま支援隊に加わっている。
(──もっともっと、ボクは強くなりたい……)
(──お父さん。祈りだけでは駄目なの? 争いを止める為には、力が必要なの……?)
 ギュッと静かに拳を握り締めて、そっと苦しく感じる胸元に手を当てて。
 ミアは自身の力が及ばなかった悔しさから、更なる強さを欲し始めていた。
 レナは敬虔なクリシェンヌ教徒であるだけでは、人は救えないのだろうかと悩んでいた。
 黒いフードを被ったままのステラを真ん中に、ミアもレナも、三人は言葉少なげにそれぞ
れの苦悩に眉根を寄せつつ歩いていた。
 仲間(みんな)を、守りたい。元気で穏やかでいて欲しい。
 思い起こした最初のイメージは違っても、彼女達の描いた願いは間違いなく同じで──。
「ほらほら、退いた退いた!」
「ボサッとしてると轢かれるぞ~! 道を空けてくれ~!」
 だがそんな時だった。
 次の瞬間はたと三人の耳に届いたのは、複数の男達の忙しない張り上げられた声。
 何だろう? 三人は誰からともなく、思わず立ち止まる。
「退いた退いた~!」
 すると、ややあって目の前の石畳の上を数台の行列が駆けていった。
 金属製の車体に大きな歯車。窓から垣間見えた、身なりを整えた壮年男性を乗せたそれら
はどうやら馬ではなく、燃料を燃やして動いているらしい。車体の尻からは黒い煙が吐き出
されている。
 ──鋼車(こうしゃ)。機巧技術が生み出した、鋼の車だった。
 どうやら先の声の正体は、この車列が通る為の先払い達であるらしい。
 三人は勿論、周囲の往来が物珍しそうに、しかし轢かれるのは御免と言わんばかりに遠巻
きに道を空けて眺めていた。そんな光景の中、やがてこの鋼車の列は通りを横ると、あっと
いう間に遠くに姿を消してしまう。
 石畳の上に、モクモクと黒い煙が暫し漂っていた。
 だがそれも束の間のこと。突然の車列が通り過ぎた後いつもの雑踏が盛り返してくると、
人々は次の瞬間には何事もなかったように再び人の波を形成し始める。
「……鋼車なんて、珍しい」
「う、うん。何処のお偉いさんだろうね……?」
 レナ達は暫しぼうっと、先程までの思考を一緒に持っていかれたかのようにその場に立ち
尽くしていた。
 最初にぽつりと呟いたのはミア。それに続いて、戸惑いながらもレナが頷いて言う。
 魔導や機巧技術が発展しているとはいえ、基本的に一般庶民の交通手段は馬車が殆どだ。
 それなりの遠隔地、或いは別の大陸へ渡る必要がある際には流石に鉄道や飛行艇を利用す
るが、それでも現状としてそれらの運賃は決して庶民にとって安いとは言えない。
 だからこそ、鋼車や飛行艇などといった自家用機を所有するということは、その人物が貴
族・金持ちの類とほぼイコールであると考えて差し支えないのである。
「……。も、もしかしたらこの前の“結社”との件で領主が私達のことを調べてるのかも。
ど、どうしよう? 今度こそ見つかったら、私──」
「だ、大丈夫だよぉ。ステラちゃんの身柄はイセルナさんが責任を持って預かってくれてる
でしょ? きちんと手続きは取ってあるんだから平気だよ。ね?」
「うん。仮にそうだとしても今更だと思うし。それに、もし本当にステラを連れ去るってい
うなら……ボクが追い払う」
「あ、ありがとう。でも……穏便にだよ?」
 まさかと思い、ステラはぼそっと不安を口にしたが、レナもミアもその可能性は低いと大
丈夫だと彼女を宥めていた。
 お互いに言って、はたと沈黙の間が空く。
 ギクシャクというほどではないにせよ、どうにも互いに“守りたい”気持ちが空回ってい
るように思えて何だか妙で、何だかおかしくて。
『……ふふっ』
 くすりと。三人はちょっとだけ堪えて、ちょっとだけはにかむ。
「……。でも何で、あの人たちはアウルベルツに来たんだろ?」
「分からない。そもそも貴族達とボクらじゃ、生きている世界が違う」
「それはそうかもしれないけど……」
 そして互いに顔を見合わせると、彼女達は既に姿も見えなくなってしまった車列の行った
路地の先を、ぼんやりと眺めた。


 機巧技術が機械を繰る“物的技術”だとすれば、魔導は精霊達との関係性の上で初めて成
り立つ“人的技術”であると言えるだろう。
 勿論、魔導の知識は必要だ。だがそれだけで魔導の行使──精霊達の「奇蹟」を借り受け
られる訳ではない。
 呪文という共通言語こそあれ、最終的には術者が精霊達とどれだけ信頼関係を築けるか。
 魔導の成否はそこに大きく依っているが故に、術者個々人の人的要素が強いのである。
 そのため、ここ魔導学司校(アカデミー)でも座学の講義棟に加え、そうした実践訓練の
場としての演習場(アリーナ)もまた何棟も設けられている。
 この日、アルス達は実習に出席する為、その内の一つへとやって来ていた。
「う~っし! 実習だ、腕が鳴るぜ!」
「上機嫌だね。フィデロ君」
「……まぁ、元々机に向かってじっとしてるようなタイプじゃないからね」
 ルイスとフィデロ、いつもの学友二人と連れ立ち土と石畳のピッチへと足を踏み入れる。
 アルスが微笑みながらついと目線を上げると、ドーム状の天井から何本もの照明ランプが
下がっているのが見えた。
 学院のアリーナに入るには、監視棟を兼ねた全棟共通の出入りゲートを通るしかない。
 事前の手続き(実習時は教員が済ませている)さえあれば、あとは学生証を提示してそこ
から延びる連絡通路を通って互いに繋がっているドーム状の各アリーナへと進める。ちなみ
に今アルス達がいるのは第六アリーナだ。
「そうだね。魔導は知識以上に実践も大事だし」
 笑顔で遠回りに毒気を吐くルイスに、アルスは優しい苦笑で小さく頷いていた。
 既にピッチ内に来ている者、後ろからやって来る者。講義開始の時間が近付いていること
もあり、他の受講生らが集まり始めている。
 拳を握って今にもどこかに殴り掛かりに行きそうなくらいに生き生きとしているフィデロ
の後ろ姿を見つめながら、アルスは思っていた。
(そうだよ……。僕に必要なのは、実践なんだ……)
 それは以前教官であるブレアから受けたこれからの指針。
 そして更に廃村での“結社”との対峙を経た今では、その言葉はより具体的な願望として
アルス自身を静かに、しかし確実に突き動かそうとしている。
 救い出せた仲間。一方で救えなかった──みすみす死なせてしまった、生き延びても魔獣
の姿故に死を望まざるを得なかった人々がいた。
 どれだけ知識を深めても、自分は目の前で苦しむ彼らを救い切れなかった。何よりも兄達
が、悔しさを堪えながら人の心を残したままの彼らに刃を振り下ろす後ろ姿が辛かった。
 もっと……もっと僕は、力をつけなくっちゃいけない。
 皆の為にも。何よりも自分自身の為にも。
 静かに悔しさと決意を反芻し、アルスは密かに拳を握り締める。
「ちょっと。ぼさっと突っ立ってないで下さいな?」
「えっ? ああ……ごめん」
 すると背後からどうにも不機嫌な、聞き覚えのある声がした。
 振り返るとそこにはシンシアと取り巻きらしき女子学生らの姿。アルスが思わず反射的に
謝るが、彼女はふんと小さく鼻を鳴らすと、すたすたとピッチの中に歩いていってしまう。
「何だよ、感じ悪ぃなぁ。主席(アルス)と違って次席は随分と天狗だぜ」
「ま、高飛車なのはもう慣れたけどね。アルス君、エイルフィードさんに何かした?」
「何かって……。ううん、特に心当たりはないんだけど」
 そんな後ろ姿を、ぼうっと疑問符を浮かべて見遣る三人。
 だがそんな怪訝の思考も、直後にドーム内に鳴った講義開始のチャイムの音と、計ったよ
うに正確にその場に現れたエマら教員陣によって中断されることとなった。
「皆さん揃っていますね? それでは早速実習を始めましょう。先ずはこれを腕に。学生証
も提示して下さい。出席確認も済ませます」
 この講義──魔導解析論の講師であるエマがバラバラにピッチ内に散っていた生徒達を手
を叩いて呼び寄せると、彼女は傍に控えていた他の教師ら(作業着風な格好から察するにア
リーナ専任の職員と思われる)に合図をし、アルス達一人一人に乳白色の腕輪──魔導具を
配らせ始めた。
 言われるがまま腕に嵌め、皆がそこに刻まれた呪文(ルーン)を見ている。
「簡易なものですが、障壁生成用の魔導具です。いくら実習とはいえ、本当に魔導が直撃す
れば無事では済みませんからね」
 このように、安全面への配慮は万全が期されていた。
 原則、アリーナを利用する際はこの腕輪を装着することが義務付けられているのである。
「さて……。この講座では相手からの魔導に対してどう対処するのがより効果的かを学んで
貰っている訳ですが、今回初めての実習講義という事で、先ずは単純に攻撃魔導を放たれた
という想定からスタートしてみようと思っています。実際は術式の系統や置かれた環境など
もっと複雑な因子が絡むのですが……今はそういった部分は置いておきます」
 強く声を荒げる訳でもない、エマの切り出す言葉。
 それでもアルス達を含めた受講生らは一斉に静かになり、即席で並んだ集団のまま、彼女
の講釈の始まりに耳を傾けている。
「一応、軽く確認しておきましょうか。では、そこの貴方」
「は、はいっ」
「魔導における属性とその相反する関係を答えて下さい」
 暫く語った後、エマはビシリと生徒の一人にそう設問を出した。
「えっと……。焔と蒼、鳴と流、墳と天、魄と銕、聖と冥、意と虚。あと……刻と界です」
「よろしい」
 指名されたの男子は緊張している様子だったが、魔導師を志す者にとってこれくらいなら
まだ常識の範囲といえるものだ。
 特に詰まることもなく答えた彼に、彼女はそう言って頷く。
「基本的にこれら相反関係にある魔導同士は相殺し合う性質を持っています。但しこれは、
あくまで力が拮抗している場合です。実際には導力──術式への出力の強度などに差がある
ので、多くの場合力量の大きい側が押し勝つ形となります」
 魔導解析学はより効率的な魔導の行使を追及する、謂わば対策指南書としての位置付けに
ある。だからこそこの分野は実益に結びつき易く、理路整然としている。
「ですが、逆を言えば力ずくで押し切るのは効果的ではない、リスキーな選択だとも言えま
す。だからこそ、魔導を打ち合うにしてもより相手よりも優位に立ち回れるように多くの系
統の魔導を修めておくことが大きなアドバンテージとなります」
 生真面目な気質の彼女のような人間にとっては、これほど住み心地の良い学問世界はない
といってもいいのかもしれない。
「ですが……知っての通り、人が扱える魔導の系統には個々人の持つ“先天属性”によって
得手不得手が存在しています。故にただ弱点を突くだけではなく、自分の持ち味を最大限に
伸ばし活かせるよう状況に柔軟に対応することこそが最終的な効果力を決めると言えます。
では、そこの貴女」
「はいっ……」
「魔導における属性の親和関係を答えて下さい」
 今度は別の女子生徒が指名されていた。
 先の彼と同じくエマの怜悧な眼差しが恐いのか、彼女もまた緊張しているようだった。
「ええっと。焔と銕、蒼と流、鳴と天、墳と魄……聖と意に、冥と虚……。刻と界に対して
は純粋な親和関係はなかった……と思います」
「よろしい。ではこれらの親和関係同士の系統を何と呼称しますか? はい、貴方」
「え、えっと。火門、水門、風門、地門、光門、闇門、空門です」
「ご名答。またこれらの親和関係に加えて、個々の属性に対する準親和関係が各系統同士を
結び付けています。皆さんはもう門属図(属性同士の親和関係を線で結んだ図)を頭に叩き
込んでいると思いますので割愛しますが、特に刻属性と界属性はこの準親和性でのみ結びつ
いている為、全系統の中でも最も扱いが難しいとされています。……ちなみに、私の先天属
性はその片割れ、刻(とき)属性なのですが」
 エマからの質問の嵐に耐えしのぎ、その後何気なくぽつりと出た彼女の告白。
 生徒達はその事実を知り少なからずどよめいていた。
 刻属性は「時間」を、界属性は「空間」を司る魔導の系統だ。その特殊さ故に扱える人材
は他の系統に比べてぐっと少ない。皆が驚くのは無理もないことだった。
「……静かに。前置きはこのぐらいにしておきましょう。先ずいくつか私が実演をします。
レノヴィン君、こちらに来て貰えますか?」
「あ。はい」
 それでもエマはあくまでクールに振る舞うとざわめく彼らを静め、今度はアルスを呼んで
きた。好奇の眼。自分たち今年の新入生主席の登場。そんな皆の色々な感情のこもった視線
を全身に受けながら、アルスは小走りでエマの下へと向かう。
「それでは先程の知識を実践して貰おうと思います。レノヴィン君、貴方の先天属性は魄で
したね?」
「はい」「そうですよ。何たってこの私が──」
「今から私が墳(みつち)魔導と刻魔導を撃ちます。一発目は相反属性で相殺を、二発目は
親和属性の術式を使ってみて下さい」
 確認の為の開口一番に頷くアルスと、ふふんと胸を張ろうとするエトナ。
 だがエマはそんな樹木の精霊の言葉には耳を貸すことはなく、次の瞬間には“使う魔導を
宣言”した上でそんな指示を出してくる。
「……。はい、分かりました」
「むぅ……」
 むくれる中空のエトナに苦笑してから、アルスは再び頷いた。
 そしてそれを合図に両者はザッと距離を取った。ルイスやフィデロ、相変わらずの不機嫌
面なシンシアを含めた生徒達も心持ち距離を取り直している。
 エマがゆっくりと呪文を唱え始める。それをワンテンポ観察してから、アルスもまた同じ
ように一発目の詠唱を開始する。
「盟約の下、我に示せ──石礫の弾(ストーンバレット)」
「盟約の下、我に示せ──風紡の矢(ウィンドダート)!」
 両者の掌に展開された魔法陣。
 エマの黒色のそれには地面から多数の石塊が引き寄せられ、飛ぶ。
 アルスの白色のそれには風が渦巻き矢のような螺旋となり、飛ぶ。
 二人が放った魔導は寸分の狂いもなく真正面からぶつかっていた。地と風、相反する二つ
の力はぶつかり合った次の瞬間、共に四散し消えていった。魔導同士の相殺だった。
 続いて、今度もエマがまた先んじて詠唱を始めていた。
 様子を見ていたエトナが半ば無意識に前へ出てこようとする。だがアルスはそれを片手で
押し留め、彼女に微笑んで頷くと、
(まぁこの腕輪があるし、先生も加減してくれているから大丈夫だとは思うけど……)
 向き直って指示された通りに二発目の呪文を唱え出す。
「時をたゆたう紺霊よ。汝、その囚われぬ流れにて全てを掌握し給え。我は仇なす者の時を
掴まんと望む者……」
 そっとアルスに手をかざし、エマが呪文を紡ぐ。
 その掌には紺色の魔法陣。そう多くをお目にかかれない刻魔導発現の瞬間。
「盟約の下、我に示せ──時の把紋(クロノク)」
「盟約の下、我に示せ──撓の樹手(ジュロム)!」
 二発目。今度は紺色と緑色の魔法陣が相対した。
 アルスの足元から伸び、加速してゆく触手のような樹木が一本。だが、対するエマからは
何か目に見えるものが放たれた様子はない。しかし……。
「ッ!」
 変化はすぐに起きた。
 何か、目に見えない振動が中空を通り過ぎ樹木の触手と貫いた次の瞬間、触手の動きがピ
タリと止まったのである。
 ざわっと小さくどよめく生徒達。するとエマはそんな皆を僅かに一瞥すると、くいっと指
先を折り曲げ、伸ばす。するとどうだろう。それがまるで合図だったかのように、樹木の触
手がアルスに向かって加速し始めたのだ。
 刻魔導。それは時間に作用し、そのベクトルを自在に変える。
 故に初級術式ですらこのように相手の魔導を“逆再生”する事ができるのである。
 樹木の触手の矛先が変わった。
 迷いなく、いやエマの制御によりアルスの放った魔導は他でもないアルス自身に向かい、
腕輪から自動的に発動した障壁に弾かれて爆ぜ消えたのだった。
「ア、アルス!?」
「……大丈夫。これが『親和属性による増幅効果』なんですよね?」
 跳ね返ってきた自身の魔導の勢いで尻餅をついたものの、アルス自身に怪我はなかった。
エトナが思わず心配するが、当のアルス自身は最初の指示の時点でエマの意図が分かってい
たらしく、すっくと立ち上がると少々先回りして疑問系の確認を口にする。
「ええ、その通り。話が早くて助かります」
 エマはコクと頷いていた。一応アルスが無事なのを視認すると、きびきびとした動きでこ
の撃ち合いを見守っていた生徒達に向き直って言う。
「理解できましたか? これが魔導の相反属性同士の相殺と、親和属性による自身の術効果
の増幅です。先程も補足はしましたが、相手との力量差やその場の状況、何よりも放ってく
る術式の種類によって対応は違ってきますが、基本的にこの二つの手法を如何に上手くノウ
ハウとして組み込めるかが実践的な魔導解析の骨子となります」
 まだポカンとしている者が多い生徒達。
 それでもエマはパンパンと手を叩き、彼らを次のステップへと促した。
「では、今度は皆さんも実践してみましょう。三人一組を作ってお互いに充分な距離を保っ
て下さい。内二人が実際に魔導を撃ち合い、残りの一人がグループを囲むように障壁を張り
フォローに入ること。それと安全面には万全の体勢を期していますが、あまり強力な魔導は
放たないように。相手を怪我させる事が目的ではありませんからね。では……始め!」
 そして最後のその一言で、生徒達は弾かれるように動き始めた。
 それぞれが手近に三人組を作り、ドーム状のアリーナ内にいくつもの障壁のドームを張っ
ていく。中には気が早いのか、早速撃ち合いを試しだす者達も見られた。
「お手本ご苦労さま」
「俺達も組もうぜ~」
「あ、うん。行こっか」
 そんな中アルスも、ルイスとフィデロに誘われてその障壁ドームの一角を成す事になる。
「よーし、じゃあ始めるぞ。あ、俺の先天属性は鳴な」
「僕は天だよ。フィデロ、馬鹿力は出さないようにね?」
「分かってるって。んじゃ……」
 ルイスが障壁を張って見守る中、向き合ったアルスとフィデロが詠唱を開始した。
 掌の水色と中空に現れた黄色。二色の魔法陣が展開される。
「盟約の下、我に示せ──雷撃の落(ライトニング)ッ!」
「盟約の下、我に示せ──流水の撃(ウォーターシュート)」
 アルスの頭上から真っ直ぐに落ちてきた一条の雷。だがアルスはたっぷりと余裕を以って
それに反応し、頭上へ掲げた掌の魔法陣から凝縮された水流を放っていた。
 上空でぶつかり、相殺された両者の魔導。だが……やや水流の方が電撃を押しているよう
にも見えた。
「まだまだぁ! もう一丁!」
 それでもフィデロは豪快に笑っていた。片腕をぐんと後ろに振り被り、次の詠唱に掛かり
始める。アルスもまた、再び彼の掌から展開される黄色の魔法陣を確認すると対抗する為の
詠唱に移ってゆく。
「盟約の下、我に示せ──雷剣の閃(サンダーブレイド)ッ!」
「盟約の下、我に示せ──水泡の護衣(バブルコーティング)」
 次にフィデロが放ったのは、魔法陣から延びた長剣状の電撃。
 彼はそれをバッドの如く振り抜くとアルスを薙ごうとする。
 だがその一撃がヒットし、腕輪の障壁が作動するよりも速く、アルスの全身を泡の防壁が
包み、雷剣の衝撃を受け止めていた。
 迸る雷のエネルギー。だがそれすらも受け流すように、ややあってフィデロの放った雷剣
は弾き飛んだ飛沫と共に掻き消されていた。
「……やるなアルス。流石だぜ」
「あ、はは。ありがとう……かな」
「というかさ。アルス君、防御呪文は今日は範囲外じゃないの?」
「あっ」「何だよ~、素か? 素なのかよぉ?」
 破られたのに嬉しそうに笑うフィデロ。
 だがルイスがぽつっと指摘したアルスのポカミスで、更に彼は可笑しそうに笑っていた。
 そんな屈託のない友に、アルスもまた苦笑交じりに、だが間違いなく居心地良さげに微笑
みを返す。
「…………」
 一方シンシアは、遠巻きにそんな様子を見遣っていた。
 じっと不機嫌面のまま見ているのは、柔らかな苦笑を漏らしているアルスの表情。
 無言。そんな姿に、彼女はギッと密かに唇を噛む。
「め、盟約の下、我に示せ────冷氷の刃(アイスニードル)!」
 するとそんな隙を気付いていたのかいなかったのか、シンシアと向かい合っていた女子生
徒が少々おっかなびっくりなまま詠唱を完成させ、掌の青い魔法陣から鋭い氷の棘を飛ばし
てくる。
「……炎熱の弾(ファイアボール)」
 だがシンシアはそんな一撃すら意に介さぬと言わんばかりにサッと片手を振ると、一瞬で
飛んできた氷の棘を跡形も無く焼き払ってしまっていた。
 同時に勢いを失くさなかった炎の球が、対面するこの女子生徒を直撃する。
 きゃあと短い悲鳴と自動展開された障壁。それでも彼女はシンシアの放った迎撃の威力に
耐え切ることができず、そのままドスンと尻餅をついてしまう。
「あぅ……」
「……全く。詠唱の際に雑念を混じらせては術の質に粗が出ますわよ? これは訓練ですか
ら今は大したことはなくても、本当の実戦なら貴女、とっくに黒焦げでしてよ?」
「そうですね……。す、すみません」
「私に謝らないで下さいな。次はもっと集中するのですよ?」
 シンシアは肩をすくめてため息をつきながらも、颯爽と彼女に近付き、さも自然と言わん
ばかりに手を差し伸べていた。
 バツが悪いらしく苦笑して平謝りする女子生徒。
(……。やはり私に相応しいレベルの同窓生というのはそういるものではありませんわね)
 そんな彼女を、シンシアは再びやんわりと窘めるとそっと嘆息をつく。
「──はい、そこまでです。皆さん一旦集合して下さい」
 そうしていると不意にエマが皆の注意を引くように手を叩いて告げた。
 撃ち合い練習の手を止め、障壁を消し、アルス達生徒が再び集まってくる。彼女は面々が
揃ったのをざっと見渡し確認すると、言った。
「少しはどういうものか体感しましたね? 座学だけでは修め切れないのが魔導です。今後
ともこのような実習は続けますから、各自復習を怠らないように。では、今度はもう少し次
のステップに進んでみましょう。……レノヴィン君、こちらへ」
「はい……」
 あれ? また呼ばれた。そんな当人の小さな躊躇い。
 新入生主席ってのも大変だな。そんな生徒達の静かな苦笑とやっかみ。
 アルスは呼ばれて、再びエマの前に進み出た。無意識に手首の腕輪を撫でている。先の実
演で説明もなく相棒を攻撃されたのが快くなかったらしく、彼の頭上に漂っているエトナは
無言ながらも先程より間違いなくむくれていた。
「先程は予めどの系統の魔導を使うか伝え合った上で撃ち合って貰いました。ですが本当の
実践場面では勿論、そんな悠長なことはますあり得ません。ですので、今度はお互いに自由
に系統を選んで撃ち合ってみましょう。タイミングも互いの間合いも自由、より実戦に近い
形式です。ではレノヴィン君、先程のように私と──」
「待って下さいな。ユーディ先生」
 だが、そんな次のステップへと進もうとしていた彼女達を引き止める声が上がった。
 アルスがエマが、皆が一斉に向けた視線の先にいたのは、他ならぬシンシアで。
「……何でしょう?」
 気の強い彼女の人となりを多少なりとも知り始めていた生徒らが面と向かって口出せる筈
もなく、数拍の後、エマが皆を代表する形で彼女の次の言葉を促していた。
 するとキッと睨み付けるような、強い眼差しがアルスに向けられる。アルス当人は頭に疑
問符を浮かべ、エトナやフィデロは警戒の構えでその横顔を睨み返している。
「ユーディ先生。そのアルス・レノヴィンとの実戦、私に譲っては下さいませんか?」
 途端にざわつく生徒達。エマは黙したまま目を細めていた。
 そしてそんな中で、当人であるにも拘わらずいまいち状況が呑み込めずにポカンとしてい
るアルスに、シンシアはびしりと指差して振り向くと、
「私と勝負しなさい、アルス・レノヴィン! ここであの時の決着をつけますわよ」
 そう強気全開に言い放ったのだった。


「ちょっと、何言ってるのよ。まだ入学式の日のアレを根に持ってるわけ!?」
「チッ。さっきから黙ってりゃあしゃしゃり出やがって……」
 アルスへの宣戦布告。再戦の申し込み。
 ざわつく面々の中にあって、逸早くそう反抗の声を上げたのはエトナとフィデロだった。
「貴方達は引っ込んでいなさいな。これは私と彼との矜持の問題です」
「んだとぉ!?」
「関係ないことないじゃん! 私はアルスの持ち霊なのっ!」
「ま、まぁまぁ二人とも落ち着いて……。皆も先生もびっくりしてるし、ね?」
 それでもシンシアは強気な言葉と態度を返してきた。
 売り言葉に買い言葉。そんな表現がぴったりなような互いの間で散り始める火花。だが、
そんな仲間らの憤りを宥めたのは他ならぬアルス本人だった。
 流石に彼当人に言われたこともあり、それ以上の反論を吐くことは抑えていたが、二人の
様子は不服そうな気色を隠さない。やれやれと眉根を下げて苦笑すると、アルスは彼女に向
き直って訊ねる。
「あの。どうしても戦わないと駄目ですか?」
「拒否権があると思っていて? それにあの時とは違って、ここなら存分に戦っても問題は
ない筈ですもの。……そうでしょう、ユーディ先生?」
 正直言って気が進まない。
 だがそんなアルスのやんわりとした態度も、シンシアの先んじた強気の前にはあまり意味
を成さなかったようだ。更に彼女には何か算段もついていたらしく、返答の後にそう付け加
えると、先程から眉根を寄せて押し黙っていたエマにそんな言葉を投げ掛ける。
「……この機会を狙っていたという訳ですか。確かに、私は学院長室で貴方達に『互いの実
力を図りたいのならアリーナの模擬戦を利用しなさい』とは言いましたが……」
 彼女はぶつぶつと呟きながら、してやられたと静かな悔しさを漏らしていた。
 確かここならば周りに被害が及ぶこともなく、安全性も配慮されている。実習時間中とし
てきちんと(他ならぬ自分自身が)利用申請も済ませている。
「……。分かりました」
 そして暫し彼女自身の中で思考が戦った後、エマは嘆息ながら言った。
「その申し出、許可しましょう。予定とは違いますが、講義の後半は二人の模擬戦を皆さん
で観察するという態を採らせていただきます。成績優秀者同士の実戦は皆さんにとっても良
い勉強になるでしょう。……それで構いませんね?」
「えっ。せ、先生……?」
「ご英断、感謝致しますわ」
 戸惑ったままのアルスと、小さくほくそ笑むシンシア。
 そしてそうと決まれば早速と、エマらは他の生徒達の誘導を始める。
 どうしよう。話が進んでいっている……。
 むすっとしたエトナを伴ってアルスが立ち尽くしていると、ふと目の前にフィデロが腕組
みをしながら割って入ってきた。
「ならエイルフィード、俺も混ぜろよ。これでも武術やってるからな」
「ふむ。じゃあ僕は代わりに彼女の側につかせて貰おうかな? 一対二、いや二対三じゃあ
人数的に不公平だからね」
「フィデロ君……。それにルイス君まで……」
「な、何をいきなり。これは私達の──」
「分かりました。それではフィスター君とヴェルホーク君も参加という事で」
 申し出はフィデロとルイスからも出たのだった。
 ポキポキと拳を鳴らし、アルスの隣に立つフィデロと、公平の為にと言いつつ何処か楽し
むような底を隠した微笑でシンシア側についてみせるルイス。
 シンシアはあくまでアルスとの一騎打ちを望んだが、エマが容認する言葉を放ったため、
なし崩し的に三対三(エトナとカルヴィンを含む)の模擬戦という形式に決まった。
 暫くしてエマや職員、生徒らを含めた残りの面々はアリーナのピッチから通用口を経由す
ると、数段高い観客席へと移動を完了していた。
 ちなみに観客席とピッチの空間の境目──ずらりとフェンスが設けてある部分にも障壁が
展開されるようになっており、万が一流れ弾的に魔導が飛んで来たとしてもよほど強力な一
撃が叩き込まれない限りは大丈夫な設計になっている。
「うーん。気が進まないな……」
「……まだ言ってる。考えてもみてよ、ここであいつをやっつければ今度こそイチャモンを
つけられる謂れもなくなると思わない?」
「う~ん、どうなんだろう? 何だかあまり変わらなさそうな気がするんだけど……」
 ピッチ上にはアルス・エトナとフィデロのチームとシンシア・カルヴィンとルイスのチー
ムが距離を置いて向き合う形となっていた。
 エトナの“懲らしめてやろうぜ”的な発言に苦笑を隠せないでいながらも、アルスは戸惑
いの思考を巡らせていた。
 確かにあの時の決着はついていない。以前にキースさんとゲドさんから彼女なりの事情と
性分は聞き及んで理解はしたつもりだった。
 でも、無闇な戦いは好きにはなれない。誰かを守るといった理由ではないからだ。
(シンシアさん、僕の事がそんなに嫌いなのかなぁ……)
 どうにも重く張り付く気鬱を落ち着けるように、そっと胸を撫でて大きく深呼吸を一つ。
「心配すんなって。前衛は俺が張ってやる。お前はあのタカビー女に手痛い一発をぶち込ん
でくれればいい。簡単だろ?」
「う、うん……」
 だがそんなアルスの思案など知る由もなく、傍らのフィデロは手足首を回して準備運動を
しながらそんな言葉を掛けてくると、はたと手首に琥珀色をした腕輪型の魔導具を装着して
起動させた。
「来い、迅雷手甲(ヴォティックス)!」
 次の瞬間、黄色──鳴属性の魔法陣と共にフィデロの両腕に装備されたのは、盾と拳を組
み合わせたかのような大型の手甲。手首、盾の頭部分には核となる琥珀色の宝珠が嵌ってお
り、意気揚々とした使い手に合わせて静かに光を反射していた。
 どうやらこれが彼の主装であるようだ。
 何度か拳を突き出したりして感触を確かめてから、彼は「準備オッケーです!」と観客席
に陣取ったエマらに合図を送る。
『分かりました。では、全員構え──』
 エマは傍の無線拡声器でアルス達にそう指示を送った。
 持ち霊付きの魔導師ともう一人、それが二組。それぞれに臨戦体勢で持って互いを見る。
『──始め!』
 ギリッと絞り放つように、次の瞬間開戦の合図が飛んだ。
 するとフィデロが急激な加速で飛び出したのは、それとほぼ同時。
 両手甲から電撃のエネルギーが噴射され、鉄砲玉よろしく彼自身をいの一番に特攻させた
のである。
「うぉらぁぁぁッ!」
 基本的に、魔導師は呪文を唱える時間が取れなければ無力に等しい。
 それは持ち霊を持っていても中々変えられぬ欠点でもある。シンシアはそのあまりに直線
的に過ぎる初手に驚き、対応に遅れを生じさせていた。だが……。
「──風繰りの杖(ゲイルスタッフ)」
 その隣で、今度はルイスが指輪型の魔導具を起動させていた。
 白色──天属性の魔法陣と共に出現し、彼の手に握られたのは端に真っ白な飾り布が付い
た一本の杖。
 するとどうだろう。ルイスがその杖を軽く一振りした瞬間に、周囲の大気が揺らめき突如
として巨大な風の防壁を作ってフィデロの突撃を受け止めていたのである。
 渦巻く風の壁に、バチバチと電撃のエネルギーが迸る。
 だがそんな風圧にやがて押し返され、フィデロはその威力と共に背後のアルスの方へと弾
き飛ばされた。
「大丈夫?」
「え、えぇ。一体何ですの? 魔導師がいきなり単身で突っ込んで来るなんて……」
「うーん、魔導師っていうかフィデロは職人志望だからねぇ。まぁ全力馬鹿だからああいう
戦い方が性に合っているとも言えるのだけど」
 自分達の周囲を囲む風の防壁を見上げて、シンシアは問うた。
 洗練さの欠片もない、荒削りな戦い方。それだけでもシンシアにとっては異質であるのに
ルイスはすっかり慣れたよと言わんばかりに笑って余裕すら浮かべている。
「……それに、貴方達の魔導具。まさか」
「ああ、断っておくけど違法改造(チューニング)じゃないよ? 僕らの魔導具はちゃんと
営業許可を取っている魔導具職人──フィデロのおじさんに改造(チューニング)して貰っ
たものだから。まぁ市販の魔導具より遥かに威力が上げられているのは否定しないけどね」
 ひゅんと杖を掌の上で一回転させて、ルイスはそう訝しむ彼女に補足を加えた。
 それでも視線は目の前の風の防壁、その向こう側にいるであろうアルス達への警戒を続け
ている。
「さて……。そろそろエイルフィードさん達も構えておいてね? さっきは防いだけど、僕
の防壁だけじゃフィデロの拳はそう何度も耐えられないから」
「えっ。じゃあ──」
 シンシアが嫌な予感と共に口にしようとする。
 だがその言葉は、予感の的中──風の防壁を打ち破って再び電撃の拳と共に突っ込んでき
たフィデロの出現によって遮られていた。
 中空からの、迸る雷光の右ストレート。
 シンシアに向けられたそれは、確実に彼女へと迫り……。
「ぬぅんッ!」
 次の瞬間、カルヴィンが代わりにその一撃を自身の拳で受け止めていた。
「ほう。中々良い拳をしておる。良き戦士になれるぞ、お主」
「ハハッ、そりゃどう……もっ!」
 拳で語り合うように。カルヴィンとフィデロは、鈍色と雷光色の迸りの中で暫しギリギリ
と鍔迫り合い──もとい拳迫り合いをしていた。
 だがややあって、フィデロが今度は左拳を振り出し、雷光の一撃を放つ。
 その動きを読んで身を捻るカルヴィン。すると勢い余ったフィデロの一撃はそのままあら
ぬ方向へ飛んでいき、辺りの地面を吹き飛ばしていた。
「も、もうっ。貴方無茶し過ぎですわ!」
「ハハハッ! 良きかな良きかな。戦いこそ我が糧なり!」
 巻き上がる土埃にシンシアはきゃんきゃんと喚いていた。それでもカルヴィンは嬉々とし
た様子で高らかに笑いながらそんな相棒を担ぎ上げると、大きく跳躍して距離を取り直す。
(……さて)
 一方でルイスは、土埃でシンシアらと分断された中で皆の気配を探っていた。
 その杖先にはいつでも対応できるように徐々に風が渦を巻いて集まり始めている。
(どう来る? フィデロの開幕直後、全力突撃は予想通りだけど──)
 すると、ルイスに向かって土埃と何枚もの風の層を突き破って、フィデロが雷の拳を向け
てくるのが見えた。
「──ッ。風紡の靴(ウィンドウォーカー)」
 咄嗟に今度は風を自身の両脚に集め、浮遊しながらの高速移動でその一撃をかわす。
 ルイスは正直、内心驚いていた。
(僕にフィデロをぶつけてきた? アルス君も僕らがお互い手の内を知っていると予想でき
ていた筈だけど……)
 予想とは違う展開。
 その時、土煙の向こうでドンと大きな爆発音がした。魔導を撃ち合う音だ。
「やっと私と決着をつける気になりましたのね?」
「……。そんな所ですね」
 互いに地面に大穴を開けた土埃の中、アルスとシンシア(とエトナ、カルヴィン)は対峙
していた。獲物を狙うかのように瞳が爛となる彼女に、アルスは言葉少なげな肯定を呟く。
「殊勝な心掛けですわ。ならもう一つ、貴方に提案がありましてよ」
「何ですか?」
「私が勝てば何でも一つ、こちらの言う事を聞いて貰いますわ」
「……?」「何それ?」
 そしてシンシアが次に告げた言葉に、アルスもエトナも小首を傾げていた。
 何を要求するのか、見当がつかないけれど。
 数秒思案したが、アルスは分かったと小さく頷いてみせた。
 今はそんな事は気にしている場合ではない。今は──。
(……なるほど)
 そんなアルス達の様子を中空に浮かびながら、ルイスは一人合点を得ていた。
 彼が新入生主席=ロジカルな人間だとばかり思っていた。だからこそ自分は先ず自分を三
人掛かりで潰しにかかるか、フィデロとは手の内を知り合っている自分に彼自身が向かって
くるのではと予想していたのだ。
 しかし、実際はそうではなかった。あくまで彼はシンシアと対面することを選んだ。
 それはつまり戦略的な有効性ではなく“彼女との決着をつける”という心意気の側の選択
をしたということでもある。
(……ふふ。君は思っていたよりも情熱家なんだね、アルス君)
 ちょっぴりそんな友の一面を見直し、同時にシニカル気味な自分を内心で哂って。
 次の瞬間にはルイスは向き直り、雷光を纏いながら飛び掛ってくるフィデロを迎え撃つ。

 一方、そんな様子を観客席から眺めていた生徒達は言葉を失っていた。
 驚愕と自分達との圧倒的な実力差。同じ年度の入学生だというのに、その主席・次席上位
二人の本気はこれほどに違うものなのか。
 舞い上がる土埃と、爆発音。
 呆然としている生徒達のその横で、エマもまた眼鏡にブリッジに指を当てたままじっと無
言の思案顔をみせている。
「あちゃ~……。やりやがった、あのじゃじゃ馬お嬢」
「ふむ? これはこれは……。あんなに暴れて大丈夫なものだろうか」
 そうしていると、ふと通用口の方から近付いて来る足音があった。
 エマ達が振り返ってみると、そこにはヒューネスとトロルの二人組の男性の姿。
「大丈夫ですよ。利用後はアリーナの職員によって修復されますので。……貴方達は確か」
「あぁどうも。自分はお嬢──シンシア・エイルフィードの護衛と目付け役を任されている
キース・マクレガーといいます」
「同じくゲド・ホーキンスと申す。ユーディ女史ですな? シンシア様が毎度毎度ご迷惑を
掛けておるようで。従者としてお詫びいたす」
「……いえ、お気になさらず。彼女は私の研究室(ラボ)の所属生でもありますから」
 見覚えがある。エマが眉根を寄せると、この二人──キースとゲドはそれぞれに自己紹介
をしながら、懐からカードを取り出してみせた。
 レギオンカードと学院内への出入りを認められた者に発行されている通行証だった。
 数拍目を瞬いてから、エマは半ば社交辞令的にそう答えると、観客席に混じる二人の姿を
黙して視線で追う。
 ピッチ内では先程からずっとアルスとシンシア達の交戦が続いていた。
 ルイスは風で防ぎ、フィデロは雷で打ち破っては地面を砕き爆ぜさせている。
 シンシアとカルヴィンの銕と焔の魔導の乱打に、アルスは障壁を張り、時には撃ち返して
相殺しながらしのいでる。
「……良かったんですか? 模擬戦とはいえ、お嬢はアレなんで加減なんてしてないと思う
んですけど」
「ええ。まぁ今回は以前の私の発言を逆手に取られましたからね……。それに成績上位者の
実戦を見せるのも、生徒達にはいい勉強になります」
「かもしれませんな。他の席にも観客が来ておるようですし」
「ま、俺達も生徒達が『模擬戦をやってるらしい』と話してるのを聞いて、まさかと思って
駆けつけて来たクチなんですがね。でも、参考になりますかねぇ……? お嬢がガチで戦っ
てるからとはいえ、コレ冒険者(じぶんら)でも正直裸足で逃げ出すレベルですよ?」
「……。やはりそうですか」
 そんな模擬戦(という態の私闘第二ラウンド)を見物しながら言うキースとゲドに、エマ
は静かにため息をつきながら呟いていた。
 彼女もまた、いくら何でも(主にシンシアが)飛ばし過ぎではと思っていたのだろう。
(やっぱり、どう考えてもアレが原因だよなぁ……)
 爆音が断続的に続くピッチを眺めながら、キースは内心で苦笑いを漏らしていた。

『──何ですって!? お父様が……どうして』
 それは先日の事。街の郊外にあるエイルフィード家の別邸に、伯爵からの使者がやって来
たのである。
『数日前にゲドとキースからの報告書が届きました。シンシア様。これはセド様からのお言
葉でもあります。危険に首を突っ込むようならば、エイルヴァロに戻って来いと』
 応接室でシンシアと対面しているのは、精悍な顔つきをした壮年の男性。
 キースとゲドも、従者の一人として知らない筈はなかった。
 彼こそがエイルフィード家の従者衆の頂点、執事長アラドルンだったのだから。
『嫌よッ!』
 しかしゲドと共にその対面に同席していたキースの五感に、シンシアの反射的なまでの拒
絶の返事が響き渡る。
『私は……二度もアカデミーの試験に落ちたのよ? もう地元でなんて学べないわ』
『……はい。ですがしかし』
『報告書がどうであれ、私はちゃんと無事にここにいますわ。アラン、わざわざ来て貰って
申し訳ないけれど、その言い付けを受け入れることはできなくてよ』
 キッと彼女が自分達を睨んできた。
 確かに名義はホーさんと一緒にだが、実質こうした定期報告書を書いているのは自分だ。
 その睨みだけで萎縮するほど小さくまとまっているつもりはないが、正直心苦しい。
 キースは苦笑いをこの強気一辺倒な主に返すと、とりあえず続けて下さいと眼で促す。
『……予想はしておりましたが。ですが、セド様のご心配もどうか理解を下さい。こちらへ
は魔導の修行を名目に滞在しておられるのです。決して“火遊び”の為ではありません』
 シンシアはあくまで淡々と諭されて押し黙っていた。むすっとむくれ面をみせてわざとら
しくアラドルンから視線を逸らしている。
『……。では、私が魔導師として成長していると証明できれば文句はないのね?』
 だがそんな沈黙の暫し後。
 ふと彼女は何かを思い付いたように訊ね返す。
『そうですね……抗弁としては理に適っているとは思います。ですが、定期試験などはまだ
先の予定だと聞いておりますが?』
 アラドルンは、そんな彼女の言葉に肯定しながらも疑問を呈していたが、
『ええ。でも証明の場なら他にもありましてよ? 待っていなさいな』
 シンシア自身は口角を吊り上げて、そう自信たっぷりに応じていたのだった……。

 つまりこの実習という時間、アリーナという周囲への安全性が担保された場所で自分より
も格上であるとされたアルスを破る。それによって自分が入学当初から成長したと証明する
つもりなのだろう。
(……全く。世話の焼ける嬢ちゃんだぜ……)
 キースは隣で純粋に一介の戦士として観戦している(ように見える)ゲドを横目で一瞥し
ながら、ずずんと押し寄せてくる心労にため息を隠せなかった。
「盟約の下、我に示せ──烈撃の鉄錐(ディオヴァロン)!」
「盟約の下、我に示せ──硬石の盾(ストーンウォール)!」
 一方、ピッチ上では変わらず魔導の撃ち合いが続いていた。
 銀色の魔法陣から射出された、螺旋する鋼の尖った弾丸。それに対抗してアルスは目の前
に分厚い岩盤の防壁を地面から呼び出した。
 しかし唸りを上げて突っ込んでくる弾丸の威力は防ぎ切れず、ややあって岩の盾はひび割
れて崩れ去ってしまう。上がる轟音と土煙。アルスは盾を捨てて横に駆け出す。
「んもぅ! しつこいんだから!」
 その頭上でエトナが両手をかざした。その動きに合わせて地面から多数の木の枝が触手の
ように飛び出していく。
「ふん……。無駄無駄ァ!」
 しかしそんな樹木の鎖を、カルヴィンはあっさりと退けていた。
 隆々とした鋼色の両腕とそこに纏われている鈍色の炎。為す術もなく、枝の触手は燃やさ
れて消し炭になって四散してしまう。
「むぅ。やっぱり私達じゃあ相性が悪いよぉ」
 何度目ともなく燃やされた樹木らを惜しむようにエトナが唇を尖らせている。
 その間も、シンシアらを挟んだ視線の向こうではルイスとフィデロが交戦を続けていた。
 自在に中空を飛ぶルイスに、手甲からエネルギーを噴出しては飛び出し殴りかかろうとし
ているフィデロ。それらが空振ったり弾かれたりする度に、下の地面が轟音と土煙を上げて
いるのが確認できる。
 元々はピッチの中央に三層構造で敷き詰められていた石畳も今は砕けて無残に吹き飛んで
おり、その周りの押し固められていた土の地面も、同じく彼らや自分達の攻防の中ですっか
り掘り起こされてぐちゃぐちゃな状態になっていた。
「……そうだね。でも相反属性同士なのはお互い様だよ。エトナ、もう一度攻撃をお願い」
「うん。オッケー」
 駆けていた足を止めてざっとそんな状況を確認するように見渡してから言うと、アルスは
再びエトナに援護を依頼した。
 今度こそ。彼女が手をかざして力を込め、再び樹の触手がシンシアらに襲い掛かる。
「何度も同じ手を……」
 シンシアは舌打ちしそうになっていた。
 戦う。そう言ったくせにこの有り様はなんだ。彼は防戦一方ではないか。
 もしかしてまだ戦うことに躊躇いがあるのだろうか。
 甘い。今日の魔導とは様々な「敵」と切っても切り離せないというのに。
 腕に炎を灯すカルヴィンを従えて、シンシアは対抗呪文の詠唱を始めようとする。
「時を駆ける紺霊よ。汝、その迅き流れを貸し与え給え。我は相対する全ての先を往くこと
を望む者……」
 だが、既に変化の予兆は始まっていた。
 アルスからも始まった詠唱。だがその足元に展開され始めたのは──紺色の魔法陣。
「盟約の下、我に示せ──時の車輪(クロックアップ)」
 次の瞬間、アルスとエトナの身体を魔法陣が過ぎ去って消えていった。
 それとほぼ同時にエトナからの攻撃を消し炭にして放った筈のカルヴィンの鈍色の炎。
 しかし、その反撃は当たることはなかった。
 何故ならその時には既に、アルス達は“姿を消していた”からである。
「え? 何……?」
「なぁ、さっきの詠唱って」
「ああ……だよな。刻魔導だよな?」
 観客席の生徒達は、どよめいていた。
 扱いが難しい筈の空門の魔導。アルスはそれをあっさりと使ってみせたのだから。
「驚くことはないわ。レノヴィン君の先天属性──魄属性と刻属性は準親和関係にある。彼
の力量なら使えても不思議ではありません」
 それでも、エマはあくまで冷静にそう言うと眼鏡越しに再び戦いの続きを見遣る。
「くっ……! これは、時間加速の魔導!?」
 シンシアとカルヴィンはきょろきょろと辺りを見渡していた。
 僅かに、一瞬間だけアルスが移動しているのが辛うじて分かる。だがそれ以上の追随は叶
わなかった。相手の位置を突き止めようとする中で、今度は方々から水流撃や樹木の触手が
飛んでき始める。
「らぁッ!」「……っと」
 そんな交戦の更に外周で、ルイスとフィデロの交戦もまた続いていた。
 電撃を纏った拳を何度も放ってくるフィデロ。その攻撃を、風を纏った機動力でかわしな
がら、時折風の刃を放って牽制しつつ、ルイスはそんな状況の変化に密かに目を配る。
(刻魔導か。まぁそれ自体はそう驚くことでもないんだろうけど……)
 再び、フィデロの拳をかわす。
 再び、勢い余って地面が砕けて爆ぜる。
 だがルイスは先程から続くそんな応酬に、徐々に疑問を持ち始めていた。
(おかしい。全力馬鹿のフィデロが力をセーブして戦ってきている。こいつも学習している
という事か? いや……)
 やがてもう一度横目にシンシアらと、その周りを高速で立ち回りながら何度も突付くよう
に弱い攻撃魔導を放ってはかわされているアルスらを見て、彼は疑問を確信に変えた。
(おそらくはアルス君の指示、か……)
 一体彼は何をするつもりなんだ?
 次の瞬間、再三のフィデロの拳を風の盾で受け止めてルイスは戦いながらも思考する。
「盟約の下、我に示せ──流水の撃(ウォーターシュート)!」
「盟約の下、我に示せ──撓の樹手(ジュロム)!」
 その間も加速効果を受けて立ち回るアルスの四方八方からの攻撃を、シンシアらはいなし
続けていた。
 カルヴィンの鈍色の炎と自身の障壁で掻き消しては、弾く。
 だがシンシアはその緩い攻撃の乱発に、徐々に苛立ちを濃くしている。
「どういうつもりですの!? こんな初級呪文ばかりでは、私は倒せませんわよ!」
 アルスの残像が過ぎる。シンシアが片手を振るって詠唱を始める。
「盟約の下、我に示せ──爆炎の鞭(ブレイズウィップ)!」
 掌に展開された赤色の魔法陣。そこからにゅるっと伸びた長い炎の塊を、シンシアは相変
わらず駆け回るアルスに向かって振り下ろした。
 炎の鞭。形を成した炎がしなって地面に叩きつけられるその度に地面が爆ぜる。
 それでもアルスはそんな炎の鞭の動きすらも加速の動きの中で次々とかわしてみせて、尚
緩い水流をあさっての方向に放ち、また一層シンシアを苛つかせていた。
「……うむ。これでは埒が明かぬな」
「全くですわ。だったら……」
 そして今度の彼女の詠唱、赤い魔法陣は先程とは違い足元の広範囲へと広がっていた。
 赤い光の円がアルス達の駆け回る周囲を網羅する。
「盟約の下、我に示せ──炎熱の獄(ファイアウォール)!」
 するとどうだろう。その魔法陣の外周をなぞるようにして、高々と高密度の炎の壁が噴き
上がったのである。
 そしてそれまで駆けていたアルス達を、その内側へと閉じ込めることに成功していた。
 良しとほくそ笑むシンシア。
「カルヴィン。集中砲火、いきますわよ!」
「……ふむ。承知した!」
 加速効果は確かに厄介だ。だが、術式の効果はいつかは切れる。そこを狙えば──。
「……」
 だが、結果的にシンシアの読みは先刻からの苛立ちによって鈍っていたと言わざるを得な
いのだろう。
「フィデロ君、お願い!」
 ニコと。まるでそんな状態になるのを待っていたかのように微笑み、アルスは叫んだ。
「おぅよ!」
 それが合図だった。
 アルスのその呼び掛けに応じ、それまでルイスとひたすら戦っているように見えたフィデ
ロが、はたとルイスから逆噴射で距離を取りながら詠唱を始めたのである。
「──ッ!?」
 ざわっと。ルイスは嫌な予感を感じた。
 思えばお互い、それまで連携らしい連携すらなかった。いや、彼らの突撃でそんな経路を
寸断されていたのだ。
 なのに、今まさに二人はそれを先んじて取ろうとしている。
(何か、仕掛けてくる……!?)
 ルイスは半ば直感でそう判断し、正面のフィデロに構わずシンシアに叫んでいた。
「二人とも、避けて! 何かやる気だ!」
「……もう遅い!」
 目を見開いてこちらを見てくるシンシアとカルヴィン。
 だがフィデロはそれと同時に詠唱を完成させていた。
「盟約の下、我に示せ──雷剣の閃(サンダーブレイド)ォッ!!」
 掌の魔法陣から出現した巨大な電撃の剣。
 それをフィデロは、ルイスやシンシアらに向けて思い切り横薙ぎにスイングしてくる。
 デカい。その雷剣の大きさは先刻の訓練の比ではなかった。
 ルイスもシンシアも、咄嗟に中空へ逃げ、カルヴィンに抱えられて跳躍し、回避するだけ
で精一杯だった。
 アリーナが……震えた。
 アルス達を囲い込もうとしていた炎の壁も、雷剣の威力と共に消し去られてしまった。
 抱えられた跳躍の途中で、シンシアが唖然とした顔で呟く。
「どういう事なの? これじゃあまるで……自滅覚悟じゃない」
 しかし結論から言うと、そうではなかった。
 次の瞬間、猛烈なスピードで伸びてきた何かが、彼女をカルヴィンの腕から突き除けてし
まったのだから。
「ぐぅっ!?」
 短い悲鳴を上げて、彼女がアリーナの地面の一角に叩きつけられる。
 そんな彼女を捉えていたのは──樹木の触手だった。
「シンシア!?」
 速い。それはカルヴィンですら反応できないほどの高速の一撃だった。
 だがあの触手はもう何度も迎え撃ってきた筈……。
 急いで地面に降りながら、カルヴィンは焦りの中にそんな疑問を抱く。
「……ふう」
 しかしそんな疑問はすぐに氷解することになった。
 アルスと、その足元から生えて伸びていた先程の樹木の触手。
 その様子が先程と違っていたのは、加速効果のオーラが彼にではなく、その触手に掛かっ
ていたという点で……。
「まさか、術を掛け直したのか? では先程の雷剣は」
「らぁぁぁぁッ!!」
 ようやくアルスが何をしたのかを飲み込んだカルヴィン。
 だがその瞬間には、既に別方向からフィデロが電撃の拳を以って迫っていた。
 激しくぶつかって迸るエネルギー。そんな衝突に振り向いて、ルイスも加速度的に変化し
始めた状況の意図に気付き出す。
「しまった! そうか、始めから──ぬぁっ!?」
「ふふん。ぼやっとしてちゃ駄目だよ?」
 だが今度は、エトナからの樹木の触手が彼を捕らえていた。
「いよいよ連携か。だがお主の力量で我を押さえ切れるとでも?」
「多分無理だね。でも、押さえ切れなくてもいい。……ちょいと押さえてればいいんだ」
 その言葉を聞いて、カルヴィンは怪訝に眉根を寄せ、
「カルヴィンさん、早く彼女を! これはアルス君への時間稼ぎだ!」
 ルイスは確証を得たと言わんばかりに樹木の縄の中でもがきながらも叫んでいた。
「……ぬぅ」
 シンシアは樹木の触手でガッシリと身動きを封じられていた。
 カルヴィンもルイスも足止めを喰らっている。もがきながら唇を噛み締めていると、ゆっ
くりとアルスが近付いて来るのが見えた。
「シンシアさん」
 見下ろしてくるアルス。
 だがその表情は先刻までのなよっとした、自分と戦うことを躊躇い続けていたそれとは全
く違っていたもので。
「……入学式の日の件は、すみませんでした。あの日の夜、僕、キースさんとゲドさんから
シンシアさんの家庭の事情を聞いたんです」
「なっ!?」
 静かに頭を下げるアルスの言葉に、シンシアは思わず驚いていたようだった。
 やはり本当にお二人の独断でお話に来てくれたんだなぁ。アルスはそう思って続ける。
「僕は、後悔しました。いきなりの事だったとはいえ、自分の勝手な思いで貴女の必死さを
否定してしまった。……だから僕のこと、怒ってるんですよね?」
「……」
 虚を突かれたように、押し黙る。
 無茶に戦いを挑んだことくらいは流石に自分でも分かっていた。だからこそ、彼の方が逆
に謝ってきたことにシンシアは正直面食らっていた。
「だから今度は」
 そしてそんな中で、
「全力で、貴女を倒そうと思います。それが……僕なりのお詫びになると思うから」
 アルスは静かに、しかしはっきりと決心を彼女に告げる。

『──チッ。やっぱ駄目かぁ』
 開幕後最初の一撃をルイスの風の壁に阻まれて、フィデロはのそっと地面から起き上がっ
ていた。そんな彼に、アルスとエトナは駆け寄ってくる。
『大丈夫、フィデロ君?』
『あんた達、魔導具使いだったんだねぇ』
『まぁな。しっかし参った。この風結界は面倒なんだよなぁ……。一応マナをガッツリ込め
てぶん殴れば壊せない事はないんだが』
『良く知ってるんだね』
『そりゃあな。あいつとはガキんちょの頃からの付き合いなんだ。使える魔導も、戦い方も
お互い知り尽くしてるぜ。俺がパワー型なら、あいつは小技で翻弄していくタイプだな』
『…………』
 どうしたものかと風の防壁を見上げながらフィデロは言う。
『じゃあルイス君はフィデロ君に任せてもいいかな?』
『ああ、別に構わねぇけど。でもそうなるとあのタカビー女はお前が相手するって事になる
よな? いいのかよ? せっかく加勢の為に俺が入ったってのにさぁ……』
『……うん。いいんだ』
 すると、そんな言葉を聞いてじっと何やら考え込んだ後、
『彼女と決着をつけなきゃいけないのは、僕なんだから』
 アルスはフッとやや陰のある微笑を浮かべて──。

(そうだ。初めから、狙いはエイルフィード一本だったんだ……)
 樹木の触手に捕らわれたまま、ルイスは頭の中でパズルのピースが綺麗に嵌っていくのを
感じていた。
 思えばおかしな点が多かった。
 全力を出さずに“地面ばかりを壊して回る”フィデロ。
 アルスとエトナの一見すると無駄撃ちばかりの初級呪文の連発。
 だが……それらは全て布石だったのだ。
 これから放つ、彼の一撃をより確実にする為の。
「樹を司りし緑霊よ。汝、その姿顕現し給え。我はその地に芽生え潤し、覆い尽くす魄たる
全てを力に借りんと望む者……」
 片手を胸元に、もう一方の片手を地面に向けてかざして行われるアルスの詠唱。
 しかしその様子は他の魔導とは明らかに異なっていた。
 先ず足元に展開された緑の魔法陣の大きさが尋常ではなかった。既にその面積はピッチ全
体をも軽くカバーしており、何より全身に不思議と寒気が走るほどの強烈なマナの蠢きが感
じられる。
「……まさか」
 何事かとざわめく観客席。
 その中で唯一、エマだけが眼鏡越しに目を見開いてこの詠唱が何なのかを逸早く悟った。
「盟約の下、我に示せ──樹司霊招来(サモン・ザ・ドリアード)」
 次の瞬間、顕れたのは“とてつもなく巨大な大木”だった。
 数え切れないほどの強靭な枝葉。そして幹に点々と浮かび上がる仮面のような顔。
 アルスの展開した魔法陣の中から飛び出すように、その巨木──樹の大精霊ドリアードは
アリーナのピッチ、その地面の全てを剥ぎ飛ばすようにその場に生えてくる。
『…………』
 流石にシンシアも、一同も絶句していた。
 人一人など簡単に握り潰せる。そんな巨体から無数の枝葉が伸びシンシアの身体を雁字搦
めに捕縛すると、彼女はあっという間に上空へと持ち上げられる。
「がっ、ぁッ……!?」
 ギチギチと締め上げられるシンシア。
 腕輪の障壁は自動作動しているものの、そんなものは意味を成さないと言わんばかりに枝
葉らは軽々とその防御を砕いて彼女を“落とし”にかかる。
「ね、ねえ……。あれってまさか“属司霊召喚”じゃない?」
「えぇっ!? ま、マジか?」
「おいおい……。そんなの、応用過程の生徒ですらまともに扱える奴がいないっていう高等
術式じゃねぇかよ……」
 全ては、この一撃の為の布石だった。
 フィデロが地面ばかりを壊していたのは、魄の大精霊を呼び寄せる土地を確保するべく、
石畳や固められたピッチを“耕していた”ため。
 アルスが水撃の魔導ばかりを放っていたのは、シンシアを攻撃するのではなく、その土地
に充分な水を与え“植物が育つ環境を整える”ため。
 そして何よりも強力な魔導を使わなかったのは、この大規模術式の発動に備えて“マナを
温存していた”ため。
 生徒達がピッチの中の皆がようやくそれに気付いて驚き、言葉を失う中、アルスは驚愕で
真っ青になった顔で自分を見下ろしてくるシンシアに告げた。
「……これが、僕の全力全開だよ」
 そして次の瞬間、ついにシンシアの耐久力は限界を迎えた。
 完全に粉砕されて飛び散る障壁の欠片。そんな圧倒的な力と共に、シンシアはガクリと意
識を失ってしまう。
 観客席が、場の皆が大きくざわめいていた。
 ドリアードが力尽きたシンシアを、そっと枝葉で包んで地面に降ろしている。
 そして役目を終えたと言わんばかりに新緑色の光に包まれて静かに姿を消したのとほぼ同
時に、アルスは倒れ込むように膝をついて、激しく肩で息をし始めたのだ。
「アルス!」「おい、大丈夫か!?」
 そんな彼に、エトナとフィデロが駆け寄って来た。既にシンシアがやられてもう戦う理由
もないと諦めたのか、後ろから足止めと拘束を解かれたカルヴィンとルイスも追って来る。
「……僕は、だ、大丈夫。それよりもエトナ、シンシアさんの治癒をお願い」
「え? あ。うん……」
 流石にこれだけの大魔導には相当の消耗を伴うのは避けられなかったようだった。
 アルスはその場で息を荒げて呼吸を整えつつも、心配そうに顔を覗き込んでくる相棒にそ
う頼みを告げた。
 一瞬、彼女は「なんでよ?」と言いたげな表情(かお)をしたが、ここまで消耗している
彼の言葉を無碍にはできず、渋々といった様子でシンシアに近付くと治癒の奇蹟を彼女に放
ち始める。
「……んぅ?」
「おぉ。無事か、シンシア?」
 ややあってシンシアは静かに目を覚ました。
「……。私、負けたのね」
 術式の効果が途絶え、解けて消えた樹木らを目を瞬いて確認してから、ぼんやりとした思
考力でようやくその事実に理解が及ぶ。
 自身を取り囲んで見下ろしているカルヴィンや面々。
 その中に、ようやくフラフラになりながらもアルスが合流してきた。
「あの。だ、大丈夫でしたか?」
「一応ね。貴方、本気過ぎよ……」
 憎まれ口を叩かれて、アルスは思わず苦笑していた。
 それでも消耗の大きさは隠しきれておらず、その表情にはまだ強い疲労が見える。
「……どうして」
 そんな彼の表情(かお)を見つめて、シンシアは問うた。
 頭に疑問符を浮かべて小首を傾げるアルスに、彼女はぎゅっと唇を噛む。
「これだけの力があるのに、どうして……」
 言葉は途切れ途切れだったが、アルスは何となく予想できていた。
 何故、これだけの力があるのにその力を出し惜しむような、戦うことを躊躇うのか。
「簡単なことですよ」
 アルスは答えた。フッと微笑んで。
「僕は、皆を守りたいんです。自分が得をしたいからとか、そういうつもりで魔導を習って
きた訳じゃないから。……皆のために、僕は生きてきたから」
 とても優しく、穏やかな笑顔で。
「──ッ!?」
 すると何故かシンシアが硬直していた。いや……紅潮していた。
 まるで何かに中てられたかのように、ぼ~っとした目でアルスの微笑みを見遣っている。
「シンシアさん?」
「!? な、何でもありませんわ! 何でもありませんの!」
「? はい……」
 アルスが頭により大きな疑問符を浮かべていた。
 エトナが何故かむすっとした顔になり、ルイスが何か面白いものを見つけたと言わんばか
りにほくそ笑み、カルヴィンとフィデロが何事だと互いの顔を見合わせている。
「……」
 ざわめき、色めき立つ生徒達の傍らでエマはそんな様子をじっと見つめていた。
 どうやらようやく彼らの中で“決着”がついたようですね……。
 彼女はフッと小さく密か笑うと、無線拡声器を手に取ってコールする。
「──そこまで! この模擬戦、レノヴィンチームの勝利です!」

 消耗の回復を待たざるを得なかった事もあり、結局アルスは実習の後のコマに控えていた
講義には出られなかった。
 医務室でたっぷりと休養を取らせて貰い、見舞ってくれた友人達やエマ、そして何故か頬
を赤く染めてカチコチだったシンシアとその従者二人らへの応対が一通り済んだ頃には、辺
りはすっかり茜色に染まっていた。
(……ふぅ。今日は色々と疲れたなぁ)
 この日の講義予定が過ぎ去ってしまった為、仕方なくとぼとぼと帰宅の路に就く。
 ホームの勝手口から宿舎に帰って来て部屋のドアを開けると、アルスはどっと疲れが改め
て押し寄せてきたように思えた。
「アルス……。本当に大丈夫?」
「うん。平気平気」
「……その割にはたっぷり寝てたじゃん?」
 まだ少々心配そうなエトナに指摘され、思わず苦笑する。
 流石に、力を使い過ぎた。残りの講義も出れずじまいだったし……。
(今日の分の講義ノート、誰かに頼まないとなぁ)
 ルイス君やフィデロ君と被っている講義はいいとして、そうではないものは顔見知りな誰
かにお願いしないといけないだろう。
 生来の謙虚、いや大人しさが早くも不平不満の声を上げている。
「……兄さん、いないみたいだね」
「依頼に出てるんじゃない?」
 鞄を机の上に置いて室内を見渡す。自分とエトナ以外の姿は見えない。彼女が何の気なく
そう言うのを聞きながら、アルスは差し込む夕陽を背にぼんやりとしている。
(ん……?)
 そうしていると、ふと耳に何やら声が遠くに聞こえてきた。
 誰だろう? アルスはおもむろに歩き出すと廊下に出ていた。エトナもふよふよと宙に浮
かんだまま後をついてくる。
「──お願いします。団長、副団長」
 そしてややあって、そのやり取りの主をロビーに見つけた。
 そこには兄・ジークと、イセルナやダンらクランの主要メンバーが揃っていた。
 アルスとエトナは離れた距離からその様子を見遣って小さな怪訝を浮かべる。
 どうやら、兄が何かを頼んでいるように見えるが……。
 するとジークは、
「俺に、何日か暇を下さい」
 そう目の前の皆に深く頭を下げて言っていたのだった。

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  1. 2011/11/01(火) 20:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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