日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「忘レ乍ラ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:悩み、記憶、恐怖】


 今までの人生は幸福だったかと訊かれた時、人は何と答えるのだろう?
 或る人は幸福だったと答えるだろうし、また或る人は不幸だったと答えるかもしれない。
結局の所、人間というのは、直近自分の印象に残っている出来事を白か黒かで塗り分けた上
で、その多寡でもって満たされていたか否かを語るのだと思う。
 もしそういった基準で答えようとすれば……私は多分、後者なのだろう。

 父は、呑んだくれの大工だった。腕は決して悪くはないのに、その酒癖のせいで傍目から
の評価を大きく損しているタイプの人間だった。なのに、当人は止めようとはしない。寧ろ
他人から詰られる度に酒に逃げ、ついでに機嫌の振れ幅のままに私や母に暴力を振るう、そ
んな男だった。
 母は、そんな父を必死で支えていた。こう言うと人によっては美談に聞こえるかもしれな
いが、別にそこまで美しくはない。ただそんな男に乗っかり、子供までできて今更後に退け
なかったというのが本当の所だろう。私自身がそれに気付くのは、相応に成長してからの事
だったが。父の振れ幅を埋めるようにパートに出、内職をし、毎日草臥れながら家計を維持
する。父もそうだったが、母もあまり学歴には恵まれていなかった。だからか、彼女は常々
幼い頃から私には、きちんと学校に行って欲しいと言っていた。
 ……愛情などではない。ただの代償行為だ。結局の所、自分に代わってステイタスが欲し
かったのだ。
 最初こそ私は──あまり活発に外で遊び回るという子供ではなかったため──その言いつ
け通りに真面目に勉強に勤しんでいたけれど、ある時フッと気付いてからは内心“理由”は
百八十度切り替わったのだと思う。
 母が言っているから、母の役に少しでも立ちたいから。
 違う。それでは駄目だ。それではどれだけ頑張っても、私という人間は彼女とあの男、終
ぞ恵まれなかった二人の轍を追うだけの人生で終わってしまう。好意的に──広義に解釈す
るのなら、そんな動機付けでは駄目だった。寧ろ二人を捨て置くくらいの気持ちで、この生
まれという枷を打ち砕く勢いを宿して進まなければならない。
 そう合理性を突き詰めると、記憶とは邪魔だった。文字通り私を生まれのままの私に縛り
つける枷でしかなくて、早急に自分と切り離すべきものだった。それらと自分は、本質的に
無関係である筈だったのだから。
 そんな必要性もあってだったのだろう。いつしか私は、前に進む為にとある技術を習得す
るようになった。私を生まれのまま──過去に縛り付ける記憶を切り離す、意識の制御法。
 理不尽な出来事があれば、イメージする。
 その光景を可能な限り自分の“遠く”で映っているようにイメージする。次に視覚だけで
はなく、一緒についてくる音も同じように。そうしてじりっ、じりっと距離を取ることに成
功したら、今度はそれらを丸ごと扉の向こうに閉じ込めてしまうのだ。決して中から開かぬ
ように、聞こえぬように。堅く冷たい扉をイメージする。これで完成だ。もうその記憶に私
が乱されることはない。少なくともこうして、手ずから引っ張り出そうとしない限りは普段
意識の上にすら上らなくなる。
 理不尽な出来事があれば、イメージした。
 酒を煽る父が、母に暴力を振るう。扉を閉じた。
 酒を煽り、父が他人付き合いの愚痴を零す。扉を閉じた。
 母が暴力を振るわれ、身体中に痣を作る。扉を閉じた。
 なのにそんな状態でも尚、私だけはきっと──自分の為に成功すると思っている。私の肩
を取って笑みを作っている。扉をを閉じた。
 付き合いが悪いと、ガリ勉が格好悪いと、妬みと批判にばかり熱心な者達がいた。
 扉を閉じた。

 大学を出た後、私はとある商社で寸暇を惜しんで働いた。あの頃の決意の通り、両親につ
いては切り捨てた。しばしば金の無心をしてくるようになったのは、私が出世を重ねて部長
になった頃だったけれど、あくまで機械的に対応するよう心掛けた。扉をこじ開けてくる者
は誰であれ容赦しないと決めていた。月に一定額の仕送りをするとの約束をして引き下がら
せ、後は一切関わらないようにしてきた。
 それから何年後だったか。遂に私は社長の座にまで登り詰めた。尤もそれは私の実力とい
うよりは、前任者が不祥事で退かざるを得なかったという理由なのだけど。
 いざトップに就き、社内の各種データを見て正直眉を顰めた。これでは無駄が多過ぎる。
私の最初の仕事は、徹底的にそれらを省き、合目的的に組織を立て直すことだった。
 巷では、しばしば私のことを血も涙もない経営者だと言う向きがあるらしい。
 だが私は知っている。そんな曖昧な繋がりに拘っていては、いずれ引き摺り下ろされる。
しつこくしつこく絡みついて来て、気付いた時にはもう自分の力では満足に身動きが取れな
いほどに侵食しているのだと。
 扉を閉じた。学生から社会人になっても、やるべき事は変わっていないのだなと。
 扉を閉じた。明確に説明できないあらゆる事は、検討に値しない。それでも食い下がるよ
うな人材は、早々に切り捨てることにした。あれは癌だ。組織を、人をじわじわと食い殺す
だけの歩く枷だ。
 妻で出会ったのは、その社長就任の前後である。自分によくしてくれた先輩役員の一人か
ら紹介され、見合いをした。尤も応じた時点で半分決まっていたようなものだが。
 少しその頃の扉を開けてみる。あの式は、随分と豪勢だった。
 私の肩書きと組織の面子というものがあったのだろう。正直あそこまで大きくしなくても
と個人的には思ったが、益体のない私情はすぐに捨てるのが常だ。このアピールの場が後々
自社と他の各社との繋がりを円滑にする──長期的な利益があると考えれば、それも一種の
合理性を含むのだろう。小柄で、現代には珍しい献身的な妻だった。この縁故の意味くらい
解っていようものなのに、いじらしく頬なんかも染めて。……そういえば自分は、異性との
付き合いというのもとんとやって来なかった気がする。とにかく前に進む為に、ずっと後回
しになっていた。まぁここらできちんと所帯を持っておくのも、対外的なメリットになる。
自発的ではなかったが、吝かではない。

 ***

「──判を、押してください」
 再び扉を閉じ直して、そっと目を開ける。私は今、厄介な現実と向き合っている。
 場所は自宅、台所のテーブル。向かいの席には妻が座っていて、そうスッと一枚の書類を
差し出してくる。
 いわゆる離婚届だった。白色の地に緑の枠や幾つかの必須事項が印刷されている。彼女の
分はもう書き込まれている。印鑑も押されている。後は私が同じように倣えば、この夫婦関
係は終了する。
「話があると聞いて何かと思えば……。何故だ?」
「何故? 全部あなたのせいよ! 分からないの!?」
 彼女は珍しく、肩を怒らせていた。元々小柄で、歳月が経った今ではもっと小さくなった
ようにさえ見えるが、なるほどこれが女の激情というものかと観る。
 私はじっとその眼差しを見返していた。冷静に、分からない。
「……それよ、その態度よ。あなたはいつもそうだった。出会った時からずっと、何があっ
ても何を言われても、表情一つ変えない。私の嬉しかったことも、辛かったことも、全部同
じ表情(かお)で『そうか』って言うのよ。……最初はそういう人なんだって思うようにし
ていたけど、もう限界。何をしたって、あなたは私を見てくれない」
「……可笑しなことを言うな。つまり私は、お前の期待に添えなかったという事か? 今更
だろう。縁談はそもその、私の肩書きの為だったじゃないか」
「違う!」
 だから、彼女がそうもはっきりと激情を口にするにつれ、私の眉間の皺は増えていった。
何が違うというのだ。これでも自覚はしている。私は、異性を口説いて魅了するというよう
なロマンチストではない。私の下に嫁いできたのは畢竟、その資力以外の何物でもなかった
筈だが。
「違うわ。少なくとも私は、あなたを好きになって結婚したつもりよ。いつも冷静沈着で頼
りがいがあって、いつも会社の為に最善を尽くしてくれる……。でもそれは別に、私達の為
じゃなかったのよね? あくまであなたがお金を稼いで、成功者になる。成功者であり続け
る。その目的の為に必要な手段だったから、選ぶもの全てが真っ直ぐだっただけ……」
「……」
 意外だった。思いもしなかった。随分と物好きな妻だったらしい。
 ならば何故もっと早く言わなかったのか? 目の前に突きつけられた離婚届を前に、私は
とにもかくにも先ずそう思っていた。改善が必要であるのなら、早急に認識を共有して検討
すれば事態の悪化は防げたのではないか。
「認識の齟齬があったようだな。ならば先ずこの書類は引っ込めて、課題を──」
「違う! 違うの。その、その冷静過ぎる所がもう駄目なのよ。……ここまでして動揺すら
してないでしょ? 私が別れるって聞いても、顔色一つ変えないんだもの。もう駄目よ。私
が耐えられない。今まで何度も私はあなたと“夫婦”になろうとしてきたけど、あなたには
それが全然ない……」
 ふるふると激しく首を振る。
 彼女は既に答えを出していたようだ。一人で既に結論をありきで、この場はもう自分の激
情を叩き付ける場にしたいらしい。
 ああ、そうだったな。女の沸点とはこういうものだった。
 これは簡単には収まりそうにないと思った。経験と論理的思考から、次の瞬間には大量の
罵声が飛んでくると容易に予想できる。
 なら、この景色を遠ざけよう。イメージしよう。扉を作って閉じ込める準備をしよう。
「遅過ぎたのは分かってる。でもね、やっぱりあなたがそのままじゃあ私達は前に進みよう
がないのよ。あなたが、人間の皮を被った贋物である限り!!」
「──」
 だから、こんな経験は初めてだった。もしかしたらもっと昔、遠い記憶の何処かで味わっ
たことなのか。
 じっと薄目になってイメージのドアノブを引っ張ろうとしたその時、扉が砕け散った。
 それだけではない。何処からともなく現れた私の扉達が、次から次へと連鎖反応を起こす
ように同じく砕け始めたのである。
 ニンゲンノ、カワヲカブッタ、ニセモノ。
 贋物。
 私が? 誰よりも正しく在ろうとしてきた私が、贋物……?
「──ガッ?!」
 何故かは分からない。こんな事は初めてだ。気付いた時には身を乗り出し、彼女の首に手
を伸ばしていた。
 ギチギチと、彼女の首が絞まる音がする。そうだ。他でもない私が絞めている。
 目を見開いていた。ぱくぱくと何度も口を開き、ゆっくりと天を仰いでゆく彼女の姿がし
っかりと瞳に焼き付いていた。贋物、贋物、贋物。私が、間違っている?
「違う……私は越えたかった……。あのような姿のままで終わりたくはなかった!」
 口を衝いて出た言葉。私の意識ではなかった言葉。
 だがもう彼女はそんな私の声など聞こえてはいないようだった。ただ白目を剥き、掴み込
んだ私の両手を掻き毟り、言葉にならぬ息(ことば)を吐き出そう吐き出そうとして──や
がて動かなくなる。
「……」
 その意味を理解した時には、既に全ては終わっていた。
 彼女は死んだのだ。私が殺したのだ。おずおずと離した手から、どうっと崩れ落ちる。
 何故? 何故私はこんなことをした? そんなことを、短絡的な行動を取れば、身の破滅
が迫って来るなど容易に想像できたというのに。
(……嗚呼、そうか)
 だが私は、寧ろ安堵していた。不思議とスッと胸に馴染むものがあった。
 私は妻に感謝していた。もう当の本人は椅子から転げ落ち、フローリングの上に糸が切れ
たように倒れてしまっていたものの。

 これが、感情。
 君がもっと見せてくれと私に強請(せが)んだものだと。
                                      (了)

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  1. 2017/05/01(月) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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