日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)六つ巡りの時節に添えて

(´-`)。oO(今月は結局、週の中日に更新することがなかったな……)

前回時点では筆が進まずじたばたしておりましたが、自分でも言っていた通り、フッと抜け
た瞬間がありました。その勢いに乗じて、ユー録のプロット作成も可能な限りモリモリと進
めております(また何時失速するか分かりませんしね)
四月ももうじき終わり。中にはこの週末からGWなんていうリッチマンな方もいるかもしれ
ませんね。かくいう自分も、待ち遠しいです。先週先々週と連勤が続いたからなあ……。

──さて、本日を持ちまして、当庵は開設から丸六年を迎えます。

あっという間だなあ。その一方でまだ六年くらいだっけ? という感触も正直な所。何だか
もう十余年くらいずっと書いているような気がしますね。まぁ開設自体は六年前でも、それ
以前から(療養のリハビリがてら)書いていたので、あながち間違ってはいないのですけど。

この時期になると、普段は過去ログに埋もれている去年一・昨年のそれを辿り直して当時の
自分の書いたものを見返すというのがパターンになってきました。こと自分の雑記の中でも、
いつか読み直すだろう未来の自分に宛てて書いた体とでも言うべきなのか。
……冷静に考えてみると、黒歴史以外の何物でもないんですけどね。まぁ今に始まった事で
もなし、病んで臥っていた頃の方が酷い(鬱々と偏っている)のが分かるなら、それはそれ
で自分も歳月に合わせて成長変化してきた証なのだろう──そう肯定的に考えておくことに
します。ネガの為にネガへもっていくというのは、如何せん不毛だと学びました。

この一年で三題は合計300本を突破、ユー録は第Ⅵ部が終了し、現在は続く第Ⅶ部に向けた
プロット作りの真っ最中(章立て数的には折り返しくらい)です。
結局、目新しいものを創り出すには至らなかったかなあ……。ツクールは去年冬に二本目の
習作をUPしたけれど、まだまだ弾数もノウハウも溜まっていない。遅々として後回しがち。
どの形態の創作につけ、断片的な構想はあるのだけど、中々実際にプロット段階にまで手を
付けられてはいない(実は水面下で、参加させて貰っている創作コミュニティにてプロット
に関する企画が持ち上がっており、その機を狙って書こうとは目論んでいるのですが、はた
してその開催もいつになることやら……)

丸二年が経ちましたが、今も作業場に通っています。最近では新商品にも携わっています。

相変わらずの創作中毒です。良くも悪くも書くことに慣れ、寧ろしんどいのは体調やら筆の
ノリの振れ幅が大きいことそれ自体である昨今です。

次の一年は──これからの自分は、一体どうなってゆくのでしょうか?φ(=_=;)


……とりあえずテキストを起こしてみたものの、さて何を書いたらいいか。何時ものように
近況的な事は導入部で書いたし、無理くり「話題」を引っ張り出してきてまでドヤ顔で語る
というのも、今や格好悪いと感じるようになって(冷めて)久しいのがここ二年ほどの事。

思考する為に、思考しようとする。
書く為に、書こうとする。
創る為に、創ろうとする。

気付けばもう大分長いこと引き摺っているコレジャナイ感(コレデイイノカ感)は、やはり
振り返ってみればその辺りに起因しているのかなぁと。
手垢のついた表現を用いるならば、まさに手段と目的が逆転している状態。当初療養生活の
リハビリの為に再開した筈の創作活動が、小説媒体だけに収まり切らず、今や自身のライフ
ワークに──その為に日々があるような状態になってしまったのを否定できない現状。

……どうも違うんだよなあ。物語を創る源泉っていうのは、そんな義務やらノルマ的なもの
から副次的に発生する類ではないと思うのです。もっとこう、外付けの理由なんてなくても
どんっと腰を据えて、気付けばもう存在しているというような……根っこを辿っていけば衝
動の産物であるべき──あって欲しいと、僕は思うのですよ。

過去の雑記でも繰り返し僕自身、述べて(嘆いて)きましたが、別にそれが仮に他人や世界
に対するネガティブな感情であっても構わない筈なんです。その物語が生まれてきた根っこ
の部分が、ちゃんと衝動の産物であるのなら。それを僕は暫くの間、繰り返し『ハッピーな
物語を描かなきゃいけない』と言い聞かせてきた。都度都度コンスタントに書こうとし、さ
れどビターやバッドに終わってしまうものばかり書いた自分の頬を、これじゃあ駄目だこれ
じゃあ駄目だと叩き続けてきた。
だけど、昔も今も一本の糸として繋がっているなら、やはり僕の創作の源泉とは“厭気”で
あるのだなと、最近はまたぐるり一回り二回りしてから思い直すようになりました。確かに
万人受けはしないわ愉快ではないわとネガティブな面が目立つけれど、自分にはどうも順風
満帆なキャラクタ達より、自ら身を呈してこの世界の“業”を報せてくるようなキャラクタ
達こそを描きたいし、形にしたがっている。それは一面、僕自身のある種の知識欲──知覚
に映る事象達をきちんと分析して把握しておきたいという欲求から来るものだけど、それが
偶然が必然か僕の物書きとしての“業”なら、先ずそこ(衝動)から逃げてはいけないんだ
なと。ただ上っ面で滑らせた筆で、当座の更新を済ませるようなことばかりやっていては、
他ならぬ僕自身が僕を許せない。許せなくなる……。

『長月さんはさ、最終的に何を書きたいの? 一体どんな人に向けて書いてる?』

ただこの事はあくまで「出発点」であって、それ以上でもそれ以下でもない。それと自分の
文章を手に取ってくれる誰かのことを考えるのは、またちゃんと分けて考えないといけない
筈なのです。

少し前、出入りしている某創作コミュニティにて、僕は他のメンバーさんからこんな問いを
向けられました。今まで訊かれたことのない質問という訳ではありませんでしたが、やはり
自分は自身の衝動と他人を混同しているんだろうなと思った出来事です。
『尊敬している(或いは影響を受けた)作家さんは誰ですか?』──こういうのも僕にとっ
ては同系列の質問ですね。答えるよりも先にサーッと苦手意識が頭をもたげてくる。正直を
言ってしまえば「ない」んです。パッと挙げられないというか。影響されていない筈はない
んだろうけど、自分自身で誰それですとはっきり確信をもって答えられない。最初の問いも
同様に。目指すものも、見ているターゲットも、ずっとぼやっとしたままだった。
影響を受けた作家さん云々は、ただ単にインプット量が足りないというだけの話なのかもし
れませんが、改めて自分の胸に厳しく問うてみる限り僕は“逃げ”てきたんでしょうね。明
確に○○だと誰かに言ってしまえば、それを達成できない自分を認識せざるを得なくなる。
言うなれば予防線なのです。書きたいものも、向こうに誰がいるのかも、下地となる知識の
御仁も、○○だと規定してしまうことがずっと怖かった。今までみてきたものが意識の上に
上らずに混ざり合ってきたんだよ──好意的に解釈されてそんな感じの言い方もされました
が、やはり振り返ってみると僕は怖かったんだと思います。そんな卑怯さと手を抜いた自罰
のポーズで自惚れを隠してきた。ターゲットを見据えるという、戦略的な意味合いも然る事
ながら、気持ちの上で逃げの余地を残していたのだろうと。

数だけは、これまでたんまりとこさえてきました。多分これからも続けていく筈です。
でもそれだけじゃまだまだ足りない。いい加減にもっと明確に「何」を書きたくて今のこの
先予定している文章・物語を書いているのか、一体「誰」が読むことを想定して書いている
のか──仮でもいいから決めなくっちゃあならない。進歩の為にも、夢の為にも。
思えば僕の文章は、硬くて長くて臭い。文体や作風(の硬さ)としては純文学寄りなのだろ
うけど、その割には広義にファンタジーの類などラノベ的な題材が少なくない。かと言って
じゃあラノベとして自分は書いていこうかと思っても、先述のように文体や作風的な意味で
中々難しいと感じる(まぁ今日び硬い調子で書かれたラノベ作品という分野もなくはないの
だけれど)半端なのですよね。その意味でも、きちっと自分の書き手としての立ち位置的な
ものは、定めておくに越した事はない。それだけでも、多分毎度書く度に芯がブレるという
現象も軽減されると思うから。……尤も、純文かラノベかという二択で考えることについて
は、あまり厳密ではないのかもしれないとも思うのですけど(AかBというより、複数の軸
から成る数直線のイメージ?)自分の書きたい衝動と、他人に手に取って貰う為の工夫やら
何やらは往々にして同一次元の話ではないということです。どうも自分は、前者に拘り過ぎ
る余り、後者をとかく放っておいて進んでいってしまう節があって……。

先述のコミュニティの主(管理人)さんは、僕のことをしばしば「求道者みたいなイメージ」
と評します。まぁ実際うちの子よその子──自分以外の創作人さんと交流することよりも、
とにかく自作を書き連ねてゆくことをメインとしている身ではありますが、正直そこまで大
層なものではありませんよ。逃げて怠って、結果縋ったものがこんな畑であったというだけ
の凡人です。とにかく何かしら創っていないと落ち着かない。創ることに関する作業に身を
浸していなければすぐに疲労や虚ろに心身を持っていかれる──長く臥せっていた分、その
埋め合わせをしなければと(見当違いの)強迫観念でもって動いてきたような人間だと、自
分ではそう思っています。……少なくとも、そうとでも規定しておかないと、また自惚れそ
うになるから。ただでさえ我が儘で拘り(自己愛?)ばかり強いのに、バランスが取れない。

その意味では、今も昔も変わっていないなあ。変わった点と言えば、以前ほどネガ思考の為
のネガ思考への没入に時間を割かなくなったことか。十中八九それはお仕事──仮であって
も仕事をしているということが長年の荷物を降ろしてくれたからなんだろうけど、だからと
言ってそれで全て僕という人間が救われたかというと、イエスじゃない。寧ろこれからだ。
ようやく周回遅れも甚だしいリスポーン地点に立って何処に跳ぼうかと迷っている。このま
ま作業場の関係(福祉)に携わるのか、夢ばかりの作家業か、或いはもっと別の勤め人か。
つい今の状況に埋没しそう──埋没して間近の日々を過ごすことに、その中で如何に創作活
動をキープするかにばかり気を遣っているけれど、はたして向き合うべきはそこなんだろう
か? 許された環境に甘え、また別の形で小さく閉じ篭ってはいないだろうか……?

六年。この晒し場と共に歩み、書き続けてきたプラスアルファの計十年余年。

臥せっていた歳月というロスを本当の本当に埋められる日など、そもそも来るのだろうか?

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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