日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「子羊と狼」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:天使、オアシス、音楽】


 人気が皆無な屋上は、豊にとっては絶好のサボりスポットだった。
 元々空調機械が並ぶだけの手狭な空間で、尚且つしょっちゅうこんな強面の男子が寝転が
っているとなれば、少なくとも生徒達の憩いの場とはなるまい。
「……ZZZ」
 そんな状況にだるだると胡坐を掻き、豊は今日もこの殺風景な一角で昼寝をしていた。
 殺風景。尤も彼にとってはこの上なくリラックスできる空間だ。ここには既に快適にサボ
る為の環境が整えられている。
 足元に敷いた、階段傍の倉庫から引っ張り出してたブルーシートに始まり、もう一枚頭上
の配管同士に渡して作った庇と、古びた枕や毛布が少々。加えて機材と機材の隙間にちょう
ど入る絶妙なサイズの本棚を見つけた後は、漫画やら携帯ゲーム機やらを持ち込んでは暇を
謳歌している。
 春先の陽気も手伝って、静かにゆっくりと寝息を立てる。
 一言で表現してしまえば、豊はいわゆる不良の部類だった。学生の身分ながらこうして暇
さえあれば、気分が乗らない時には、ここへ一人やって来て惰眠を貪る。
 そうやってかれこれ一年以上、気ままな高校生活を続けていた。切欠は偶然ここの鍵を拾
って掠めたからだが、中々いい儲けものだと思っている。教師達が気付いていない訳はない
だろう。しかし実際に勇んで“指導”に来る者は皆無だった。こちらの素行は散々見聞きし
ている筈だし、他の生徒に暴力を振るうなど目に見えた害にならない以上、下手に刺激して
は割を食うのは自分の方だと理解しているからだ。
 ……解ってる。自分は、期待などされていないんだ。
 勉強は昔っからからっきし。運動神経はいい方だとは思うが、とにかく群れるのが面倒臭
くて、部活なり何なりに入ろうとは思わなかった。過去、説得に押されて入ってみたことは
あったが長続きはしない。最初こそ特に問題ないように見えるが、次第に他のメンバー達と
折り合いが悪くなって居辛くなり、やはり面倒だと出てゆくというパターンだ。その度にご
ちゃごちゃした群れよりも、独りでのんびりやっていた方が性に合っていると思う。
 それが、いわゆる不適合者のレッテルに繋がるとしてもだ。
 頭の悪い息子に、両親はとうに見切りをつけていたようだった。仕事で忙しいと理由をつ
けながら、もう随分長いこと話さえした記憶がない。熱意のある系の教師も、一体何処に伸
ばせる才能があるのかとあれこれ構ってきた時分があったが、今では過去の話だ。一人また
一人と距離を置いていった後、残ったのは自分を落第者として敵視する、頭の固い年寄教師
ぐらいなものだ。
 ……何処にあるも何も、才能なんてねぇよ。
 すぅすぅと眠っていた顔の眉間に、ふいっと皺が寄る。
 こんな時でさえも、過去のイメージが脳裏に蘇ることがある。ぐねぐねと揺らめく暗がり
の中で大人達が不協和音を立てながらめいめいに自分を罵り、少しずつ近付いて来るのだ。
 豊は、誰よりも諦めていた。子供なら誰もが持っていただろう万能感を、誰よりも早く捨
ててしまった人間なのかもしれない。
 幻想(ゆめ)から醒める。早い方が、きっとダメージも少ない。
 かつて周りとさほど違わなかった筈の少年は、何処かの時点でそんな選択をしていた。
(んぅ……?)
 そんな時である。人知れず苦しむ彼の下へ、安らぎが届いた。
 目は瞑ったまま随分と沈み込んでいた意識の端に、声が聞こえてきたのである。それも歌
声だ。下の方から優雅なリズムに乗せて、優しいメロディが運ばれてくる。
『~~♪ ~~♪』
 線の細やかな、少女の歌声だった。場所も分からず、距離も離れているらしくはっきりと
は聞き取れないが、顰めっ面をそっと伸ばして撫でてくれるだけの美しさがある。
 今日は“当たり”だな……。豊は思った。いつからか、この少女の歌が聞こえてきた時は
ツキのいい日だと、密かに決めるようにしている。生憎自分には藝術の類に関するセンスは
全くないと言ってしまっていいが、そんな素人にも彼女の歌声は聴いていて気持ち良くなる
力というものがあった。
「……Zzz」
 安心していた。他人が聞いたら笑いを堪えるかもしれないが、豊は内心この歌声と出会う
のも兼ねてここに来ていると言っても良かった。
 独りの方が楽だと言う割には、矛盾した期待値だが。
 少なくとも彼女の優しく穏やかな歌声は、昼寝するにはもってこいのBGMである。
 そして今日も豊は、そんなエンカウントの珍しい音色に身を任せ、再びうとうとと眠りの
中へと落ちてゆく──。

「そりゃあ、東愛美(あずまめぐみ)だな」
 だからこそ、そんな即答が返ってきた時には思わず小さく目を丸くした。
 また別の日、昼休みにふとこの歌姫の話をした所、向かいの悪友は殆ど迷わずにそう答え
たのである。
「東……? 知ってるのか、南原?」
「ああ。状況的にも、十中八九彼女だろ? というか、去年同じクラスだったろうに」
 しかし豊は最初、ピンと来なかった。そもそも女子の顔と名前を覚えるという習慣にも発
想にも乏しい。弁当をもきゅ、もきゅと口に運びながら、彼は若干呆れた表情(かお)をし
ていた。そう言えばそういう奴だったな……。次の瞬間には苦笑し、納得さえする。
「お前は知らんかもしれんが、有名人だぞ? 清楚系の美人だし、話の通りすっげえ歌が上
手いんだよなあ。誰が呼んだか“天使の歌声”なんつって、入部してすぐから合唱部の主力
を努めてるんだとよ。俺も聴いた事あるけど、その、すっごい癒されるんだよ」
「……ああ」
 にへら。おかずを口に運ぶ箸の手が止まり、この悪友の表情(かお)が緩々になった。豊
は購買の焼きそばパンを淡々と齧りながら、じっとその様子を見ている。話される内容にじ
っと耳を傾けている。
「加えて性格も聖人レベルときたもんだ。誰にも分け隔てなく優しくて、いつも周りには人
が集まってる。あれ、絶対あの輪の中心、いい匂いがするぜ? 嗚呼……いいなあ。俺も女
に生まれていたら……」
「止めとけ。つーかそんな発言、本人が聞いたら引くぞ」
 なるほど? こいつみたく、自分みたいな嫌われ者に話しかけてくるような物好きが、他
にもいるということか。
 まるで俺とは真逆の人間だな。豊は思った。八方美人に生きるなんて、身体が裂けてもで
きる気がしない。その意味でも、いわゆる高嶺の花には違いないのだろうと思った。別にそ
ういう下心があって訊ねた訳ではないのだけども。
「はっはーん。クールに決めちゃってさあ? そういう事じゃないの? 気になってたから
調べようってことなんだろう?」
「深読みし過ぎだ。別にそんなんじゃねぇよ。何で歌ってるんだろうなってくらいで……。
それもお前のおかげで解決した。部活やら空き時間の練習だったんだろう。位置的にも、音
楽室は屋上(あそこ)から斜め下辺りになるからな」
「あ~……」
 なのに敢えて突っ込んでくる彼に、嘆息を交えて軽くいなしを。
 動機は本当にそんな大層なものじゃない。ただふと気になって訊いてみただけなのだ。自
分が周りからどう見られているかは、自分が一番解っている。だから尚の事、こいつの言う
ような下心などあっちゃいけない。そういうものを望む資格なんでそもそも持ち合わせては
いないのだ。
「……お? 噂をすれば何とやら。東ちゃんがお目見えだぜ」
 そんな時だった。はたとこの悪友が自分越しに顔を上げたかと思うと、ちょいちょいと小
さく招く手でその方向を指差してきた。豊は思わず眉を寄せてピクリと固まると、そっと肩
越しにこれを見遣る。
「はい。これ、この前借りてたDVD」
「あ、ありがとう~。言ってくれれば取りに行ったのに~」
「ううん。いいの。凄く面白かったから、きちんとお礼を言いたくて……」
 東愛美は、クラスの向こう側から顔を出し、女子の一人に一枚のディスクを渡していた。
遠巻きにだがおそらく映画だろう。散る桜と手を繋ぐ男女のシルエットがパッケージに描か
れている。わざわざ返却の為に足を運んでくれたことに恐縮だったのだろう。この女子生徒
は熱っぽい瞳で彼女に応じていた。愛美が訪ねて来たと知って集まってきた他の女子達も、
わらわらと周りで輪を作っている。
「……う~ん、やっぱり可愛いなあ。見てて華があるよ~。どうにかして仲良くなれないも
んかねえ? というか、彼氏っているのかな? いてもおかしくないよね?」
「知るかよ。ま、ああいう手合いは大抵、作ってるもんだが……」
 だーっ!! すると次の瞬間、南原がもの凄い速さで視線と体勢をこちらに戻し、むんず
と頬を掴んできた。思わず口の中の焼きそばが出そうになる。眉間に皺を寄せて、空いてい
る方の手で逆に両こめかみを掴み返す。
「あだだだだ! ギブ、ギブ、ギブ!」
「そっちがいきなりやってくるからだろ。つーか、訊いといてキレんなよ」
「いや……だってよお……。哀しいじゃんか。夢くらい見させてくれよお……」
 じたばた。お互いふざけている程度だと分かっているが、さっさと離してやる。この悪友
はぶつくさと呟いていたが、豊は既に視線を逸らしていた。背後の向こう、クラスの一角で
取り巻きに囲まれている愛美にも、もう興味を向けすらしない。
「……所詮は違う人種だ。諦めろ」
 あんな八方美人など、眩し過ぎる。
 もしゃもしゃと残りのパンを押し込みながら、豊は改めて人は不平等だなと思う。

「──簡単なこと。次のコンクール、メンバーから辞退しなさい」
 割り切った筈だった。性に合わない好奇心はここまでと、その存在を自分の中で切り捨て
てこれまで通りの毎日を過ごすつもりだった。
 南原とそんなやり取りがあった、数日後の事だった。この日も豊は放課後、また一眠りし
ようと屋上へと続く階段を登っていたのだが、そこで思わぬ先客の気配に気付いた。何やら
剣呑な声色の女子生徒の声である。豊はそっと、思わず忍び足になり、階段の影からこの会
話を覗き見てみたのであった。
「じ、辞退って。そんな……」
 一人は東愛美で、もう一人はいかにも負けん気の強そうな女子生徒だった。
 例の如く見覚えはないが、話している感じから二人は顔見知りのようだった。加えて話の
端々を聞く限り、おそらくは合唱部などの接点がある。
「なら交渉決裂──ばら撒くだけよ。あんたがお嬢様でもなんでもなく、ボロ教会の捨て子
だってことをね」
 負けん気の強そうな女子がわざとらしく揺らす手。
 その手には、一枚の写真が握られていた。豊はつい反射的に目を凝らす。するとそこには
小さな煉瓦造りの建物を前に、古着を纏って思い思いに並んでいる子供達。何よりもその中
に同様にして映っている愛美の姿。
「もしこの事を知ったら、他の子達は何て思うかしらねえ? 皆に好かれる完璧美人が実は
貧乏親なしでしたなんて知ったらもう、今までみたいにちやほやされなくなるかもねえ」
「……どうして。どうしてなんですか? 私、北澤さんに何か悪い事でも──」
「はん! それよ。その、いい子ぶりっ子。大嫌いなのよねぇ、私。ちょっと上手いからっ
て初っ端からレギュラーを欲しいままにして、取り巻きなんか作っちゃって……。はっきり
言って迷惑なのよ。出る杭は打たれるって知ってる? あんたみたいにずば抜けてる面子が
いると、全体のパフォーマンスが落ちるの」
「……」
 これは酷いやっかみだな。一つ下の階段の影に背中を預けたまま、豊は目の前で繰り広げ
られている女の本性に辟易した。どれだけそれっぽく理屈を組み立てていようが、要は嫉妬
からくる排除ではないか。以前所属していたサッカー部を思い出す。あそこも内部ではスタ
メンを目指して実力以外の出し抜き合いがあったっけ。だから余計に面倒臭くなって、厭に
なって、三ヶ月ともたずに辞めた……。
(……それにしても)
 その為の強請りの材料が、家庭の事情? 彼女は施設育ちだったのか。
 確かにこっちも驚きはした。だがそれがどうだというのだ。実際彼女はそんな環境にも負
けずに学校に通い、持ち前の歌唱力で皆の輪の中にある。そうした実力とあの写真がどうし
て釣り合うとあいつは──。
「わ、分かりました。分かりましたから、それだけはどうか……」
 え? だからこそ豊は思わず眉間に皺を寄せた。他でもない愛美自身がこの女子生徒に、
泣きつくように縋っていたからである。
 写真を片手に、勝ち誇ったような彼女。傍目から見る限り、お世辞にもその返答で素直に
悪意を引っ込める風には見えなかった。
「オーケー、交渉成立ね。約束は守って貰うわ。今回は見逃してあげる」
「……今回は?」
「そうよ。あんたはこれから私には逆らえない。一度取引に応じた時点で、あんたの名声は
地に落ちたも同然なんだから。いい? もし裏切ったら、全部バラすわよ」
「ッ──!?」
 だからこそ、小さな違和感に気付いてしまうべきではなかったのかもしれない。彼女の些
細な一言に愛美は疑問符を抱き、されど彼女の方も遅かれ早かれ強請り続けるつもりでいた
のか、隠すでもなく見下したように哂う。
「そんな! か、返してください! 家の事が知られたら、私、私……!!」
「あ~……もう、五月蝿いわね! 今約束したばかりでしょう? 全く、所詮あんたもつま
らない女だったって訳ね」
 この女子生徒が手にする写真を取り戻そうと、身を乗り出す愛美。だがこの彼女も返すつ
もりは更々ないらしく、多少乱暴にしてもこれを振り解く。どさっと、愛美が床に膝をつい
て絶望したような表情になる。
「嫌。また要らない子になるなんて、嫌……」
「──」
 故に、豊はようやく理解したのだった。彼女の本当の理由を。何故ああまでして八方美人
な人間を演じているのかと。
 恐怖だったのだ。必要とされない人間になるのが怖くて、だから困っている人がいれば誰
であろうと手を差し伸べることを選んできた。
 ……何てこった。自分と同じじゃないか。生まれと性質、出発点に違いはあるが、お互い
にかつて身近な人達に捨てられた過去を持っていた。なのに違っていたのは、尚も望むか望
まないかの違いだったのだ。不要の烙印から逃れる為に誰かを助ける──贖いにひた走って
きた彼女と、それを仕方ないと諦めて他人から絶とう絶とうとしてきた自分と……。
「おい」
 だからこそ、次の瞬間豊は二人の前に立っていた。残りの階段を登り、距離を詰め、今ま
さに修羅場に陥っていた東愛美の前に現れる。
 愛美は、そしてこの負けん気の強そうな女子生徒も目を見開いて固まっていた。まさかこ
んな人気のない所にやってくる者が、聞かれる誰かがいるとは思っていなかったのだろう。
だがお生憎様。この先は自分の指定席だ。
「な、何よ。今取り込み中なの、邪魔しないで。迷惑よ」
「その台詞、そっくりお前に返してやるよ。その先に用があるんだ。俺の縄張りで随分きな
臭いことやってくれてんじゃないの。ああ?」
 こんな時に、強面の顔が役に立つとは思わなかった。基本哀しんでいい利点だが。
 豊はそうだと分かっていながら敢えて凄むように振る舞い、この彼女を睨んだ。こちらの
目論み通り、こんなガタイの良い不良を前にして、彼女はすっかり竦んでしまったようだ。
「教会ねえ……。それと歌の上手い下手は関係ねぇだろうが。ま、どっちでもいいけど」
 そこを目敏く突き、写真を奪う。二人が唖然からハッと我に返るよりも速く、豊はこれを
ビリビリに破いて捨ててしまっていた。この彼女が床に落ちたそれを青褪めた様子で見下ろ
している。
「あ、あんた。これで勝ったつもり? こっちには元データくらい幾らでも──」
「だがこいつを脅そうとした事実は変わんねえだろ。少なくとも俺は見たぜ? それでも構
わないってなら好きにやりゃあいい」
「……くっ!」
 取引自体が汚れたものだ。それをバラされうる第三者が出てきてしまった時点で、彼女の
企みはもうご破算な訳だ。
 顔を引き攣らせ、如何にも悔しさで歯噛みするようにして、彼女は駆け足でその場を去っ
てしまった。逃げたのだろう。これでもう東愛美を強請らなければいいが……。
「その……ありがとうございます」
「別にあんたの為じゃねえ。縄張りにつく虫を追い払っただけだ」
 暫く立ち尽くして、しかし慌てて頭を下げてくる愛美。
 だが豊は第一声からそっけなかった。あくまで彼女達のゴタゴタとは関係ないのだと主張
したかった。
 肩甲骨まで伸びたさらさらの黒髪。白い肌。微笑を絶やさず、制服も楚々とした着こなし
をしている。なるほど、南原が熱を上げていたのも分かる気がする。
 懐から鍵を取り出した。無駄にエネルギーを使ってしまった。下校まで寝よう……。
「……あの。先ほども言ってましたけど、ここの常連さんなんですか? あまり人が寄り付
くような場所ではなかったと思うんですけど」
「ん? ああ……。だからだよ。色々あって俺専用だ。だからさっさと帰れ。俺も言いふら
すつもりはねぇから、そっちもそっちで目を瞑っててくれると嬉しいな」
 しっし。背中を向けた後ろ手で追い払い、屋上への扉を開ける。ガチリとやや重めの扉が
動くとそのすぐ先にはいつものビニールシートのマイスペースが広がっている。
「うわぁ~、何かいっぱい改造されてる。もしかしてこれ、全部持ち込んだんですか?」
「まぁな。……って、勝手に覗くんじゃねえよ」
 何となくこっちが思うほどさっぱり別れてくれはしないだろうなとは思っていた。だがこ
うも興味津々といった様子で後ろからひょこっと顔を出してくるとは。
 豊はむすっと肩越しに振り返り、彼女を見た。既に当人はこちらの制止も聞かずに中へと
入っていき、目敏く隙間収納の漫画棚を見つけている。
「わあ、凄い凄い! ツーピースが全巻揃ってる! あ、こっちはキンジですね。メンマ忍
法帖も最新号が」
「……」
 思いの外興奮している。どうやら見た目に似合わずこっち方面も好きなようだ。
 そういえば施設の出だっけ。家じゃああまり自由に読めないのかな……? 小動物のよう
にキョロキョロと動き回る彼女を見ている内に、豊の仏頂面は知らず知らずの内に苦笑いに
変わっていた。そのことに気付くのは、次の一言を漏らした後だったのだが。
「まあ、その、なんだ。よければ読んでくか? 大分使い古してはあるが」
「いいんですか!? ありがとうございますっ!」
 パァッと表情を明らめて、愛美が高速で振り向くと叫んだ。お、おう……。豊が押され気
味に頷くのもそこそこに、彼女はブルーシートの上に座って早速頁を開き始める。
「……まぁいいや。歌声(ひごろ)の礼だと思えば」
「えっ? 何か言いましたか?」
「……。何でもねぇよ」
 ぽつりと呟いた自分への言い聞かせ。反応こそされたが、幸いそんな吐露を彼女はきちん
とは聞き取れなかったようである。それだけのめり込み始めていたのか。
 周りにどさどさと単行本を積んで、嬉々として頁を捲っていく。南原に聞いていた清楚な
聖人というイメージがどんどん崩れてゆく。だが、正直悪い気はしない。
(何やってんだかなあ……)
 同じ理由から手を伸ばし続けた者と、こまねき続けた者。
 迷える少女と一匹狼の少年が、今ここに交わり始めた。
                                      (了)

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  1. 2017/04/16(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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