日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「黄昏車」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:現世、観覧車、無敵】


 以前から待っていた新刊が出たので、本屋へと足を運んだ。
 だが正直な所、その為に外出するのは億劫だった。もっと個別の、独立した書店まで足を
延ばせばその原因も多かれ少なかれ取り除けるのだが、如何せんアクセスが遠い。
 体力──気力がない我が身を、そんな度に呪う。
 だけども、仮に山盛りのどれが再び持てるようなったとして、自分はどうするのだろう?

 自宅からの最寄は、コミュニティバスで直行できる駅ビルの中にある。自分の足で行けば
体力も時間ももってゆかれてしまうが、数百円で済むのならそれに越した事はない。
 屋上に大きな観覧車が設置されている、娯楽施設と一体化した建物だ。
 入口からそれを見上げることもそこそこに、きゅっと唇を結んで中へと足を踏み入れる。
「──いらっしゃいませ~!」
「──新作コスメ、お試しになりませんか~?」
「──それでね? そしたら●●がね?」
 そしてやはりと言うべきか、分厚い硝子扉を一枚二枚と潜るや否や、大量の雑音が飛び込
んできた。一瞬で全身に緊張感が走る。「またか」と思いつつも、防ぐ術はなかった。目の
前には駅という呼び名には似つかわしくない、幾つものテナントが区画を連ねてそれぞれの
商いをしていた。
 小奇麗に制服を纏い、本当は何を考えているかも分からない笑顔を貼り付けている女。
 ゴテゴテとやたら明るい字のポップをくっつけ、客引きをしている化粧品屋の女。
 或いは連れと共に目の前を通り過ぎ、通路を横切り、雑談に余念のない女。
 男もいるのはいるが、大抵は女(ツレ)がいる。場所が場所なら相応の格好というものが
あるのか、皆どれも気取った──いわゆる流行のファッションを惜しまず身につけているよ
うに見えた。小さく目を細めて俯き、片手で耳の穴を穿る。あまり長居してはいられない。
何よりまだ入り口でしかない段階でこうでは、今日も酷く負け戦が確定する。
 商品を売る女、売る男。買う女、買う男。或いは特に何をするでもなくぼうっと突っ立っ
たり歩いていたり、座り込んでいたり。
 彼ら老若男女をなるべく意識に留めないように、自分は目的地まで急いだ。結んだ唇は更
に強くなり、耳から全身に他人びとの羅列がなだれ込む。
 目的の本屋のテナントに入った時は、はっきり言ってほっとした。ずっと俯いて歩いてい
たから、タイルの色が変わるまでそこだと気付けなかった。
 ああこれだ。これでいい。さっきまでの雑音達とは何処か距離を置いてくれているように
感じる。
 それでも、結局は駅ビルの中であることには変わりなかった。安堵して、息を吸い込んだ
次の瞬間にはもう、周りの気配が強く感じられるようになっていたし、無遠慮に頭の上から
BGMが降ってくる。
 市外の書店まで行けばよかったかな……。若干後悔しつつも、自分は本棚と本棚の間を歩
き始めた。列の向かいにちらちら、他人の頭が見える。特に無遠慮に笑うでもなく、商いに
来ている訳でもない。ただ彼らの中で一体何人が、本当に必要でここに足を運んだのだろう
かと思う。
 本棚の上段にどんと大きく取られたスペースに収まる巷の啓発本、膝元にしつこく平積み
されたドラマ原作の小説などを無視して、自分は裏手にこっそり収められていたミステリ本
を手に取った。これだ。三・四冊同じものが収めてあったが、元から狙って来なければ気付
きもしないだろう。やはりこれが世間でヒットしたものとそうでないものの差なんだなと思
うと、密かな達成感──優越感と共に一抹の憤りがむくむくと頭をもたげてくる。

 手早く、言葉一つ出さず会計を済ませ、このテナントを出た。数歩進むとまたさっきの雑
音が息を吹き返してきたが、じっと耐えるしかない。やり過ごせばいい。本屋の包装袋を脇
に抱えて時計を見る。少し腹が空いてきた。
「──申し訳ございませーん、ただいま一時間待ちとなっておりまーす!」
 通り道のままにカフェ、のような飲食テナントを覗いてみた。人気なのか、既に多くの客
が律儀にも看板の前に並んでいる。三角巾とエプロン姿のウェイトレスが、何度かこちらに
そう呼び掛けている。
 充分だった。それだけで、気持が折れるには充分だった。
 そっと列を抜けて、さも当たり前のように後ろの若者達が詰めてゆく。それをちらっと肩
越しで見遣って立ち去りながら、自分は横目に映る店内の様子を見て安堵した。やはり何と
なくでこんな所に入ってしまっては精神が死ぬ。
 駅ビルの窓際に位置しているのだろう。大きな窓ガラスから見下ろせる駅前の街並みを楽
しみながら、それぞれのテーブルや窓際のカウンター席で人々が思い思いに食事を摂り、会
話を楽しんでいる。
 ……自分には、絶対に耐えられない空間だ。周りにこれだけ他人の眼があるというのに、
何故彼らはああも笑みを見せ、自分達というプライベートを晒せるのだろう。
 いや、きっとそんな思考さえしていないのだ。お互いに何の根拠もなく、そんな他愛無い
日常に隣や後ろ、前の席の誰か達が介入してくることはないと信じ込んでいるのだ。
 歩みがまるで時を止めてゆくようだった。自分はじっと彼らの「普通」を観ていた。あれ
だけの他者の波に呑まれながらも、何故ああも平然とパーソナルスペースを維持することが
できるのだろう? ……気にしていないんだ。さも当たり前のように、彼らは自分とそれ以
外の興味というものを切り離している。自分には到底不可能な技術だ。何故ならそれは、あ
る種の感覚器官を自ら麻痺──壊死させるようなものなのだから。
 歩く。視線を本来の向きへと戻す。
 やはり彼らと自分の間には、どう足掻いても埋めがたい溝があるように感じる。

 結局遅めの昼食は、一度テナント街を抜けて構内にあるコンビニで調達した。こっちの方
がよほど落ち着いて買い物ができる。尤も店である点はさして変わらないのだが。
 三個入りのサンドウィッチと、紙パックの牛乳を一本。流石に往来の眼があるのは耐え切
れず、来た道を戻った。何処へ向かおうかと思った矢先、上階へ上ってゆく階段が見えたの
で、導かれるままに登った。厳密に言えば、ただこの窮屈で堪らない場所から逃げ出したか
った──呼吸したかったのかもしれない。
 そうして気付けば、屋上まで来ていた。濃い赤色の塗料がたっぷりと塗られた観覧車が地
面の向こうで黙々と回っている。自分は対極の手摺り側に背中を預け、一人もしゃもしゃと
先程買ってきた昼食を頬張り始めた。無駄に動いて、余計に腹が空いた。
 ゴゥン。
 流石に屋外であるためか、音は空にばら撒かれてこちらに届く頃にはすっかり大人しくな
っている。少なくとも自分には救いだった。だからこそこうして、黙々と見上げたまま咀嚼
することができている。もしかしたら……もしかしなくても、あの幾つものゴンドラの中か
ら自分の方を見ている誰かがいるのかもしれないが、これだけ離れていれば別にいいだろう
と思った。我ながら、気にするしないの基準が曖昧だなと自嘲(わら)う。
 ゴゥン。
 だが自嘲(わら)っていて、すぐ虚しくなった。今自分が孤独である事に変わりはない。
 屋上の、コンクリ張りの灰の地面には、幾つもの白いテーブルが置かれている。ああそう
か、ビアガーデン。もうそんな時期か。今日はまだ日差しは雲間に隠れていて過ごし易かっ
たが、梅雨も明けて暫く経った今、降り注ぐのは時間の問題だろう。
 案外、ギリギリのタイミングで来れたのかもしれないな。そう思った。そもそも出掛ける
前から日照っていては、始めから家を出ようともしなかっただろう。
 ……にも拘わらず、ああも今日は他人でいっぱいだ。
 足元の、下の幾つもの階で蠢いている筈の人々の気配を思って、にわかに口の中の食感が
味気なくなった。まるで、セメントでも食べているかのようだ。
 ゴゥン。
 あのカフェの前を通り過ぎた時もそうだ。何故自分は、あの空間の中に入ることを選ばな
かったのだろう。
 どう足掻いても埋めがたい溝。だがはたして、それは本当に彼らのせいだというのか。
 ゴゥン。
 不思議なものだと思う。そしてひしひしと、理不尽だと思う。
 彼らとも彼女らとも、自分はさして大きく違って生まれてはこなかった筈だ。少なくとも
母親から生まれ落ちた赤子の時は、皆誰もが平等に歓喜を受け、愛されていた筈だ。
 ……まぁ、いつの世だって例外がいる。今でも産んですぐに文字通り捨てる親、育児を放
棄したり虐待する親なんても存在するが……そこは今重要な部分じゃない。
 いつしか、自分はかけ離れてしまったのだ。十歳? 八歳? 五歳? 或いはもっと早い
段階で? 世の「普通」ならとうに獲得している筈の順応を──とうに消失していなければ
おかしい不必要な器官を、自分はずっと持ち続けてきた。それがおかしいことだと、他人が
異常だと指を差しているのだと理解するのも、遅過ぎた。
 ゴゥン。
 絶望的な掛け違い。彼らが素晴らしいと感じる美を、自分は美しいとは思えないし、彼ら
が汚いと忌み嫌うものを、自分はこの上なく愛おしいものだと感じる。
 何処で掛け違ったのだろう? 自分はあの群れには入れない。入ったとしても精神はどん
どん死んでゆくだけだ。いや、その過程すら辛くて、そのイメージですら怖くて、いつしか
接することさえも諦めた。ただ「当たり前」のようにそこに集まり、そこで語らっている姿
を、自分は遠巻きから眺めていることしかできない。
 何故敵わぬのだろう? 彼らがその「当たり前」に注げるエネルギーの半分さえも、自分
は持ち合わせてはいない。仮に持っていたとしても、あそこに振り向けることは選ばないの
だろう。絶対的な差だと思った。体力も気力も、一切が足りない。まるで自分の場合は自覚
する暇もない一瞬だったのに、彼らは今も続いているかのような。内外一切の邪魔立てを受
けない、最強の時代というべきものが。
 ゴゥン。
 ぼうっと見つめていた鉄の車輪が、更に赤く眩しく感じられた。
 ゴゥン。
 やけに機械の音が、向こうの遊具で遊んでいる親子連れの声が耳に響く。ざわざわと全身
が震え出し、建物を伝わってそんな雑音(こえ)は益々大きく無数に膨れ上がってゆく。
「──お待たせしました! 本日のビアガーデン、営業開始です!」
 そこでやっと、自分はハッと我に返った。現実に引き戻された。
 夕陽が出始めていたのだ。観覧車の向こうからゆっくりと、茜色の大玉が差している。さ
っきまで物静かだった筈の昼下がりが、気付けば怒涛の勢いで押し流され、こちらに流れ去
ってゆく。
 腰だけのエプロンと白と黒の制服。ただ漠然と並んでいたテーブルは、いつの間にかクロ
スが引かれ、食器やらメニュー表に侵食されていた。マネージャーらしき男性が拡声器で叫
ぶや否や、入口の方からわらわらとスーツ姿の男達や男女入り混じった学生、妙齢の女性ば
かりのグループなど、様々な層の人々が押し寄せてくる。
 ぎゅうっと、あわや絞め殺されそうな気分になった。彼らの流れとは逆に、自分は慌てて
ここから出てゆく。冗談じゃない。このままここにいれば、窒息で死んでしまう。
 新刊の包装袋と食べ終わりのゴミを押し込んだコンビニのビニール袋を片手に、急いで階
段を駆け下りる。ビアガーデンの客達は正面のエレベーター口から出てくるものだから、そ
の流れに直撃するという最悪だけは防げた。
 ……酷い目に遭った。やはり、こういう場所は性に合わない。
 階段の下で大きく息を荒げてゆっくりと整え、自分は振り返りもせずこの駅ビルを後にし
てゆく。

 自宅に帰った頃には、日は既に沈み始めていた。
 随分と長居をしてしまったな……。遅い昼食、時間を忘れて物思いに耽っていたからだと
はいえ、貴重な休日を大分無駄にしてしまった気がする。とはいえ、過ぎてしまったものは
しょうがないので、もう今日のことは悔やまないようにする。
 アパートの鍵を開け、包装袋とコンビニ袋をテーブルの上に放り出すと、どうっとベッド
の上に身体を放り投げた。……どっと疲れた。夕食をまだ摂っていないが、今日はもういい
だろう。食べる気が起きない。ただ明日からまた仕事だから、シャワーだけでも浴びて着替
えておかないと。
「……」
 いや、それも後でいいやと思った。水を浴びてじっと俯いていたら、また今日の事が思い
出されそうな気がして躊躇った。身体が、心が疲れている。歳が歳なら雄叫びの一つでも上
げて狂いたくなるような夜を、自分は一体これまで何百何千と繰り返してきただろう。
 単純に隣人に迷惑──という訳ではなく、もっと根本的な、自分自身の尊厳の為に。そん
な安易な「逃げ」に走ることは、許されなかった。怒りは最も忌むべき感情だ。理性を持つ
人間として、そこを気軽に越えてしまえば、自分はもっと泥沼に堕ちる気がするのだ。
「……寝よう」
 結局身体を起こすこともなく、自分はそんな決断を下した。時間がどれくらいになるかは
分からないが、一旦つるんと寝てしまおう。
 そうだ、それがいい。一度寝て起きてしまえば──今ある意識を手放せば、思考も感情も
全てがリセットされると信じた。そうであるし、そうあって貰わなければ困る。持て余した
時は一度棄ててしまうのが吉だった。たとえそれが根本的な解決に何一つ関わらなくても、
湧き起こった雑念に自分が支配され続けてしまうことだけは防げる。辛うじて、自分が自分
であり続けることができる。
「………」
 閉じた目に、暗がりが濃くなった。何も考えずにこの意識を沈み込ませよう。
 リセットされると信じる。
 自分の逃げ場がこの世界の何処にも無くたって、闘い続けろと云うのなら。
                                      (了)

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  1. 2017/04/11(火) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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