日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「オーディエンス」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:生贄、テレビ、終末】


「……ああ。世も末だなあ」
 その日も彼は画面越しの“現実”を見ていた。いや、或いは彼女かもしれない。
 映し出されているのはとある街の商店街だ。レポーターが中継しているこの場所で昼間、
ワゴン車に乗った男が突っ込んで次々に通行人達を撥ね、更に運転席から飛び出てきたかと
思うと今度は手にしたナイフで逃げ遅れた者を執拗に襲ったのだという。
 現場は地方ながら、今やそんな地理的制約など関係ない。
 夕刻のニュースにはもう、全国ネットでこの凶行が特集されていた。マスコミ各社がここ
ぞとばかりに取り上げるこの情報に、多くの人々が驚愕した。戦慄し、まさに正気の沙汰と
は思えないと眉間に皺を寄せた。

 ──だが、はたして一体どれだけの人間がこの悲報を我が事と思ったのだろう?
 思考や感性は慣れによって均され、表面上を滑る。スタジオのコメンテーター達も口を揃
えて耳障りだけは良い紋切り型の台詞こそ吐けど、きっと彼らが根本的に事件をどうこうし
ようという事はない。常に絶対大多数にとって、日々のアクシデントとは他人事だ。
 そんな“現実”を何処かで解っているからかなのか否か、批評の真似事をしたがる人間は
何もメディアに連なる者だけに限らない。
 或る者はすぐ隣の家族と顔を見合わせ、この話題を共有し、眉を顰めてみたり犯人に対し
て義憤(いか)ってみたりする。
 或る者はインターネット上で事件の記事に、立てられたスレッドに集まり、頼まれてもい
ないのにめいめいに「お言葉」を残していく。
 或いはこうした機に乗じ、世の中を巧く皮肉る言い回しを考えることに腐心する。そこへ
賛同が集まれば、彼や彼女はそれで充分だった。日々のアクシデントとは、ただ毎日のよう
に供給され、消費される──そう長くはなく忘れ去られていくデータの塊に過ぎない。
 そして何よりも、そんな人間はこの“現実”においてごく一部であるということ。
 大半の、絶対大多数の人間は、きっと批評家にすらならない。元々興味がなかったり余裕
がなくて構わない者達もいれば、かつては彼ら側にいて、様々な理由で辞めてしまった──
口を噤むことを選んだ者達もまたこの世界に溢れている。
 それは次善と考えたからだ。最善ではなくとも、よりクレバーであると信じて、そちらへ
身も心も委ねようと決心したからだ。
 きっと絶対大多数の人々は、今回も事件に対する反応に疲れているだろう。もう慣れてし
まっているからだ。どうせ同じような言葉しか、絵面しか、物語しか紡がれてないと知って
いるから、エネルギーを節約しようとした。事件で犠牲になった人々を「気の毒に」とは思
いながらも、それ以上自ら進み出るような事はなかった。進み出て、一体自分に何ができる
のだと自問した。

 ──しかし、それは即ちこの事件がこの“現実”に対して何の意味ももたらさなかったと
いう訳ではない。ただじっと、彼らは耐えていたのだった。日々更新される、アクシデント
の暴風雨を、それぞれがもう壊れてしまいそうな状況で踏ん張っている。
 何も感じない訳ではない。驚き、恐怖、怒り、絶望。あらゆる感情が人々の間で渦巻いて
いる。それぞれが言葉に表すことと表さないこと、そこに実は大きな違いはない。
 自暴自棄になった男が、無差別な通り魔事件を起こした。
 チャラく自らを律することさえできない人間が子を産み、これを殺した。
 妻子がいるにも拘わらず、大胆にも別の女性と関係を持ち続けたアーティストがいた。
 それまで大手として業績と信用を誇った企業が、組織ぐるみの不正に手を染めていた。
 とある政治家が、その支援者との癒着関係にあると糾弾された。格好の政争の具だった。
 何て自分勝手なんだろう。何てことをしてくれたんだろう。一体何故解り合えないのか?
 アンテナを介し、或いは人伝に、PCのディスプレイ越しに。彼らは上滑りしてゆく思考
の一方でずっと思っていた。全てが煩わしく、憎々しく思えた。
 その意味で、その大きな括りの上ならば、彼らは等しく合えた。解り合えた筈だった。
 だが悲劇ははたして、彼らが個々人であり、めいめいに採った選択が違っていたことに起
因する。或る者は声高にこの“現実”に現れた悪人達を糾弾し、再起不能になるまで打ちの
めすことを厭わない。或る者はあくまで冷静な智者であろうと努めるが、多くは単なる批評
家に堕ちてゆく。或いは彼奴らについて語ることすら悪だと、そこで踏み止まるのが本当の
強さだとクレバーだと信ずるが、批評家同様単なる皮肉屋であることにも気付かない。

 ──そうだ。画面の前でどう振る舞うかだけが、全てではない。
 収まり切らない義憤(いかり)、声を荒げる者達への義憤(いかり)、或いはそんな絶対
多数の他者が蔓延るこの“現実”そのものに対する義憤(いかり)。
 彼らは自分が信じるほど、器用ではなかった。一度生まれたエネルギーは鬱積し、日々の
些細な一齣に現れてゆく。人と人が接する時、それは顕著だ。
「おい、ちょっと。こっち待ってるんだけどー?」
 例えばふと混んできたコンビニで、レジの遅いバイトの少女が作業着姿の男性に舌打ちを
されている。彼女は俯いたまま「申し訳ございません」と呟き、黙々と仕事を続ける。
「あ~……要らない要らない。ったく、眠てるんだから起こすなよ……」
 例えば営業のノルマをこなさねばならない中、ようやく玄関に出てくれたアパートの住人
が、こちらの話を切り出すよりも先ににべもなく撥ね付け、ぴしゃりと戸を閉めてしまう。
「ん、やり直し。お前、本当分かってねぇなあ。もっと柔軟性ってものはないのか」
 例えば指示通りに作った書類が、ただ細かい一点でのみ上司に気に入られず、残りも読ま
ずに突き返される。反論しようものなら、すぐに鋭い眼光が飛んだ。まだ歳若い社員はぐっ
と言葉を呑み込むと、そのまま肩を落として自分のデスクに戻ってゆく。
「……うーん。悪いけど、君みたいな人をうちで雇う余裕はないかな? まぁ縁がなかった
という事で」
 例えばきつかった会社を辞め、もっと近場でタイトではない環境を求めても、そんなもの
は無い。不安を抱えながら書いた履歴書は数秒で流し読みされ、特に箔のある経歴でもない
と見るや否や、その実小馬鹿にするかのように面接係は言う。
 枚挙に暇などない。この“現実”には、かくして他人を損ねる言葉と態度が溢れている。
 組織内のルールに縛られて……という場合もあるだろう。だがそれと、わざわざ相手を痛
めつける言動をわざわざ取ることは、別問題の筈だ。即ち彼らは押し殺した義憤(いかり)
を、ふとした瞬間に押し付けていた。捌け口を求めていた。本当は叫びたいのに、叫べずに
いたのだった。或いは叫び足りなかったのだった。……自ら選んだ道であるにも拘わらず。

 ──常に絶対大多数にとって、日々のアクシデントとは他人事だ。
 それは程よく、いや、しばしば過剰過ぎるほどの憂さ晴らしでもあるし、過剰過ぎるが故
に辟易もする。彼らはその大きな振れ幅の中で生きていた。或いは振れ幅を持つことすら知
らずに生きてきたのかもしれない。
 少なくとも、そうしたアクシデントに応じることを、各種マスコミは煽る。それだけでは
飽き足らず、中には在野の人々すらそこに加わることも珍しくない。火は燃え尽きるまでく
べるもの、悪は砕け散るまで踏み躙るもの。今回の通り魔事件も、その例外ではない。
 連日、犯人の生い立ちからその近況までが白日の下に晒された。男はかつて進学を断念し
て就職した経験があり、その後は幾つもの職を点々としてきたという。
 事件による死傷者は三十人近く。中には顔や名前が晒され、傷を負ったままに押しかける
インタビュアーに答えることを余儀なくされた。亡くなった者達の家族や友人の下には、連
日記者がついて回った。彼・彼女を失った哀しみと犯人への怒り──そんな物語を作ろうと
必死になる者達が蠢いていた。
 人々は、またしてもその渦に呑まれる。自ら身を投じてゆく。
 事件を起こした犯人への反射的な不快感、やがて語られる人となりと、語られる犠牲者達
の物語。彼らは突如として突きつけられたこのアクシデント──不快感に義憤(いか)り、
犠牲者達の無念と称して義憤(いか)った。この男、許すまじ。そんなコンセンサスが、彼
らの間で共有されてゆく。その為には、伝える側も伝えられる側も手段を選ばない。闘う者
達は悪人の登場に血肉湧き踊り、観る者達は語彙を尽くしてこの男を貶す。そして噤む者達
はやはり、多くを語らなかった。黙々と変わり映えのしないそれぞれの日常を送りながら、
それでも時折ちらりと肩越しにこの世間を騒がす事件とやらを遠巻きに眺めている。
 自暴自棄の通り魔は、生い立ちも何もかも暴かれ、法より先に民に裁かれた。
 子を産めど育て切れなかった若い夫婦は、記者達や地域の眼によって安住の地を奪われ、
やがて互いに喧嘩別れの末路を辿った。
 妻子を持ちながら不倫を続けていたアーティストは、熱心なファンを除いてすっかりそっ
ぽを向かれてしまった。細々と音楽活動は続けているが、今では彼を否定する者達とこれに
噛み付くファン達との泥仕合は、彼を語る代名詞となっている。
 組織ぐるみの不正を行っていた大手企業は大規模な不買運動に遭い、膨大な損失をもって
事実上倒産した。路頭に迷った人々が、人知れずその後苦難の道を歩むことになる。
 とある政治家に向けられた疑惑は、結局司法の場に出されることはなかった。消費したの
はただ只管に時間であり、彼や追求に熱を上げた者達への支持率であり、何よりも益々この
分野へ噤むことを決めた者達を人知れず増やした。

 街の商店街を襲った犯人は、やがて検察に送られた。それに合わせて彼についての供給は
フェードアウトしてゆく。消費期限が過ぎようとしていたのだ。今度また義憤(いかり)で
もって彼らが語る時には、裁判が始まっているだろう。きっと、その程度は軽過ぎるという
批判と共に。そんな奴、いっそ始末してしまえばいいんだという罵声を含んで。
『──次のニュースです。今日未明、○県×市の高齢者施設で火災があり、二階建ての建物
百二十平方メートルが全焼しました。当時、施設内は消灯時間を過ぎており、近隣住民が直
前に怪しい人影を目撃したとの証言もあることから、警察は放火の疑いもあるとみて捜査を
進めています──』
 かくして、この“現実”に喰らい付いて止まないアクシデントは供給される。
 定時のニュース番組でその報道は読まれた。画面の向こうで、居間に座りながらディスプ
レイを見つめながら、眉間に皺を寄せている人々がいる。
「……酷いことするわねえ」
「ああ。全く、何て世の中だ」
 渦中の存在ではない。
 だが毒づくその対象(しゃかい)を作っているのは、誰だ。
                                      (了)

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  1. 2017/04/03(月) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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