日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「イマジナリー」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:扉、矛盾、目的】


「どうして人は、働かなければいけないんでしょうね?」
 いつものような夜に、いつもの居酒屋(みせ)で、もう何度聞かされたか分からないよう
な愚痴が出る。
 隣でふとそんな事をのたまう後輩に、万尋(まひろ)はちらっと横目を遣った。ちびちび
と小さな杯に入れた日本酒を飲みながら、普段よりも割り増しな三白眼で彼女を見る。
「……金がなきゃ飢え死にするからだろ」
「もー! そういう事を言ってるんじゃないですよー!」
 ぷりぷり。木目のカウンター席で両腕を挙げ、ご機嫌斜めに唸るこの後輩。頬が見るから
に分かるくらい赤くなっていた。もしかしなくても酔いが回ってきたか。全く、そう強い訳
でもないのに飲もう飲もうと言ってくるからだ。
「もっとこう……意味がある筈なんですっ。私達の仕事が、世の為人の為に──」
「なってると思うか? そんな大層なモンじゃねえだろう。日頃しょっちゅう捌き切れずに
俺に泣きついてくる癖に、デカい口叩くな」
 言い返したら、余計に面倒だというのは経験上しつこいほど解っている。
 それでも万尋は否定せずにはいられなかった。日頃大なり小なり鬱憤を抱えているのは何
も彼女だけではない。自分だってそんな話題を振られれば、棘の一つや二つくらいぶっ刺し
てやりたくなる気持ちくらいある。
「うう……。相変わらず先輩はドライですよねえ」
「分かってるならいい加減割り切れよ。仕事ってのはそういうモンだろうが」
 ぺたんとカウンターに突っ伏す後輩を横目に、万尋は大きくため息をついた。全く、酒が
不味くなるじゃないか。元々安いだけが取り得で特別美味しいという訳ではないけれど。
「“外”に理由を求めてる内は──絶対に届きやしねえもんだ」
 ぽつり。嚥下した酒の熱さに任せて、そう誰にともなくごちる。
 先輩……? 彼女が突っ伏したまま、ちらっと眼だけでこちらを見ているのが分かった。
 だが万尋は応えない。ただそれからは暫く黙ってくい、くいと、手酌で酒を注いでは喉の
奥に押し込んでいく。
 若いな、と思う。自分もそう歳が離れている訳ではないが。
 それでもこの新人を任されるくらいには相応に年月を重ねたという事だ。自分も最初の内
は右も左も分からず、ただ毎日膨大な数の仕事を「出来て当たり前」と押し付けられて、救
いも何もあったものじゃないと散々胸奥に毒を溜め込んでいたものだ。
 それが今や、同じような訴えさえ撥ね退け、現状を肯定するマシンになっている。
 人間、慣れれば何とでもなるものだ。要らぬ感性があるから、無駄に苦しむ。
 そろそろこいつにも、本気で解らせてやらないと。色々と背負い込んで辛い思いをするの
はこいつ自身なのだから。
「……どうして人は、お金を稼がなければいけないんでしょうね?」
 なのにこいつは……。性懲りもなく同じ質問を繰り返す。
 ぶすっと渋い表情(かお)をして、万尋はぎゅっと杯を握り締めた。流石にいい加減、鬱
陶しくて苛々としてきた。
「千歳」
「? はい」
「じゃあ訊くが、お前は本気で稼げなくても生きていけると思ってるのか? お前にそんな
力があるとでも思ってんのか?」
 彼女の──千歳の目がぱちくりと瞬かれていた。女性だから、単に愚痴なのだろう。こう
だったらいいのに、ああだったらいいのに。そんな些細な言葉を、誰かに聞いて貰いたかっ
ただけなのだろう。
 しかしそんな我が儘(よっきゅう)は、この男にとっては地雷そのものだった。
「いい加減現実を見ろ。世の中がそうやって出来てるんだ。意味なんて都合よく何処かに転
がってるものじゃあない。自分で勝手に決めて、勝手に納得するモンなんだよ。今の状況に
不満なら、さっさと辞めちまえ。若い内ならまだ多少なりともやり直しが利く」
「……」
 マジレス。普段から目付きの悪いと言われ続けてきたその眼で睨まれ、流石の千歳も持ち
前の能天気でやり過ごすことはできなかったようだ。ぐらりと瞳の奥が揺れたような気がし
て、万尋はハッと我に返った。ばつが悪くて視線を逸らし、大将に「チューハイ一つ追加」
と注文を出す。
「何も、そんな言い方しなくてもいいじゃないですかあ。寂しいですよ……」
 ただこちらが思ったほど、彼女の方はそう怒り返してくる訳ではなかったらしい。言葉は
非難めいていながらも、その声色は弱々しい。
「俺は事実を述べたまでだ。実際、キツさと給料が釣合ってなけりゃ、どんどん変わってゆ
きゃあいいんだよ。本来は」
「……でも、先輩は私よりずっと会社(うち)にいるんですよね?」
「他人の事は構うな。自分がどうかってのを先ず最優先に考えればいい」
「うーん。確かに百地先輩も、脱サラしましたしねえ」
「? あいつ、脱サラしたのか? 確かにここ暫く姿を見てないが」
「違うんですか? 私が聞いた時は、部長もそんな感じの事を言ってましたよ?」
「ふーん?」
 そして出されたイチゴ味のチューハイを見て、千歳は「あの。これ……」と問うた。元よ
り自分への罰も兼ねてだ。「ああ、驕りだ」と万尋は言う。それを聞いて彼女はあっさりと
喜んでこのグラスを口にしていた。金がどうこうと言っていた癖に、現金な奴だ。
 何が嬉しかったのか、こきゅこきゅと千歳は随分リズム良くこの一杯を飲み干していた。
酔いは更に回って赤くなり、幸いにも機嫌を取り戻してくれて、二人の前に並べられた肴達
を摘まんでゆく。
「かー、美味い! うーん。私にとってはこういう時の為に働いているのかなあ」
「……別にいいんじゃねえの? 訳知り顔でどうしてどうしてって言ってるよりはずっと健
康だと思うぞ」
「あはは。容赦ないですねえ……。でもこういう一時の為に、くたくたになるまで働き詰め
になる理由って、本当にあるのかなあって」
 後輩が苦笑(わら)っている。万尋は今度は努めて感情的にならないようにした。しかし
そんなこちらの斟酌を知ってや知らずか、彼女はまた話題を続けようとしている。串焼きを
ちゅぱちゅぱと口の中で転がし、飲み込んでから、何処か遠くを見て話し出す。
「どうせなら、笑って暮らしたいじゃないですか。皆で楽しく笑って、今生きていることが
苦痛じゃない方がいいじゃないですか。でも実際はそうじゃなくて、いっぱい我慢して、苦
労して、それでようやくちょっとだけこんな時間が取れる。取れるかもしれないってぐらい
になる。……おかしいと思いませんか? わざとお互いに汲々に追い詰めてるみたいに、私
には思えてならないんです」
「……」
 今度は訥々と、一言一言考えるように呟いていた。
 さっき怒られたからか、それとも改めて冷静に言語化することができたからか。万尋も今
度は頭ごなしに撥ね付けることはしなかった。ただ横目に彼女を見、だし巻き玉子を箸先で
二・三度分けて口に運んでいた。
「だから、世の中ってのはそんなモンなんだよ。それに、いつも腹一杯より、空いてる時に
食う方が美味いじゃんか」
 そして、努めて答える(いう)。
 分からなくはない。だがそれは結局理想論だ。
 解ってねえんだよ。それが出来るんなら、とうに世の中はそうなってる……。

「じゃあな。送らなくて大丈夫か?」
「大丈夫ですよー。慣れてるし、近いし」
 暫くそんな千歳の愚痴に付き合い、だらだらと飲んで食べて、万尋は彼女と自宅最寄の駅
前で別れた。ほろ酔い気分でふらふら歩いてゆく彼女に若干不安を覚えつつも、今までだっ
て特に問題なく帰っているのだからと言い聞かせ、自分もまた程なくして踵を返す。
「……」
 すっかり夜は更け、日付も跨いでいた。暗闇から過ぎってくる風が冷たい。
 一人になって万尋は尚も今夜のことを悔やんでいた。何でああも本気でキレる手前まで感
情を表に出してしまったのか。……理由は明らかだ。かつての自分を見ているようで、見て
いられなかったからだ。思い出して、憎くて憎くて堪らなかったからだ。

 かつては、自分もあんな事を延々と考えていた。こんな毎日を繰り返す以外に、生きられ
る道がある筈だと。
 世の中を恨んだ。こんな苦しみばかり強いる社会のシステムを恨んだ。
 何故働かねばならない? 金を稼ぐ為。金がなければ食事にもありつけない。この時代に
はもう、金なしにはほぼいかなるサービスも受けられない。互いに自分の出来ることに勤し
んで助け合い、金銭という共通の交換ツールがその仲立ちをする──そんな教科書通りの奇
麗事が、言葉通りの奇麗事でしかないと悟ったのは、社会人になって暫くしてのこと。
 働き詰めの日々に、返答(こたえ)は非情だった。その仲立ちさえ、そのツールさえ自分
が誰かが磨耗しながら掻き集め、必死に維持している現実を前にして、自分もかつては彼女
のようにそう思ったのだ。
『……どうして人は、お金を稼がなければいけないんでしょうね?』
 それは直前の問いを、更に突っ込んで問い直した言葉だ。つまりは、どうしてそこまでし
て自分達は生きねばならないのだという、根本的な問いかけに他ならない。
 どうして?
 そのワンフレーズに、自分はとことん弄ばされた。考えて、恨んで、苦しんで、そして疲
れてしまった。もっと綺麗で輝いている“意味”が自分にはある筈だと思って、色んなもの
をひっくり返しては探し回った。でも結局そんなものは見つからず、外には無い──誰一人
教えてくれるものじゃないんだと気付いた時、自分はすっかり草臥れてしまっていた。探し
回る徒労よりも、この現実を肯定する“慣れ”を選んだ。その方が少なくとも、傷付かなく
ていいと思ったから。
『じゃあ訊くが、お前は本気で稼げなくても生きていけると思ってるのか? お前にそんな
力があるとでも思ってんのか?』
 いや……違う。本当は逃げてきただけだ。あいつみたいに真っ直ぐに、問い続けることで
また苦しくなるのが嫌で、自ら蓋をしてきたんだ。自分にそんな根っこからこの世の中をひ
っくり返す力なんてない。そういうのは革命と呼ぶ。自分の不適合を棚に上げて、周りの方
を都合の良いように変えてやろうなんてのは、とんだ馬鹿の妄想だ。
 せめて、ここ以外の世界があればな……。
 それこそ妄想。かつては何度そんな思考を、逃げ道を探したことか。
 ありうる道があるとすれば海外か。だがこの国で生まれ、この国の文化と常識で今日まで
育ってきた自分が、そんな異国の地で上手くいくとは思えない。何より向こうは向こうで、
やはり大なり小なりの者達が「この社会はクソ」と唾を吐いている。隣の芝は青いという奴
で、結局根本的な解決にはなりやしないのだ。

(……そう言えば)
 メインストリートからの灯りも遠退き、すっかり周りが闇に呑まれた路地ばかりになった
頃、ふと万尋は思い出していた。ここ以外の世界。そういえば店の中で、千歳の奴が話して
いたっけ。
『確かに百地先輩も、脱サラしましたしねえ』
『私が聞いた時は、部長もそんな感じの事を言ってましたよ?』
 気付けば会社からフェードアウトしていた同僚。彼女の話では、こっそり新しい道へ進ん
でいったらしい。上層部からすれば気持ちの良くない話だろう。だから諸事情により退職と
いう体を装っているのか。元々、あいつとはそう付き合いのある間柄ではなかったけれど。
(そんな簡単に、上が穴を作ることを許すとは思えないんだがなあ……)
 だからふと万尋は、そこを切欠に大きな違和感に呑まれていった。親しくはなかったが、
知らぬ間に姿を消した同僚。そう言えばここ最近、何度か似たような感覚に襲われたことが
あった気がする。
 心許ない照明の下で立ち止まり、名刺入れからざざっと名前を手繰ってゆく。記憶から幾
人かのそれが挙がってきた。取引の多寡というのも勿論ある。だがその中でも彼らは、明ら
かにぷつりと消息が途絶えている。
「……俺の、気のせいか?」
 眉間に皺を寄せ、一人夜闇の中で呟く。
 そんな時だった。ゴゥンと、不意に目の前に大きな《扉》がそびえていたのは。

『──第二十七次元への接続を確認。各ゲート、オープンを許可』
『──座標への一時固定、全フェイズを終了。住民候補達のデータリンクを開始します』

 目の前には、明らかに周囲の風景とは不釣合いな、巨大な扉がそびえていた。
 いつの間にこんな物が? それに、何だかこれ、光って……。
 扉は金属とも陶器ともつかぬ不思議な素材で出来ており、奥から静かに明るい翠の光が流
れ込んできている。万尋はその場に立ち尽くし、驚いていたが、まるで吸い寄せられるよう
にこの扉に近付くとこれを押し開けていた。
「──ッ!?」
 観音開きのそれが開いた次の瞬間、視界は真っ白になるほど眩い光に包まれる。
 万尋が《扉》に手を伸ばしていた。時を前後して、ほろ酔いの千歳も同じく目の前に現れ
たこの門を叩いていた。他にも幾人の、数十数百、名も知れぬ人々がそれぞれにこの《扉》
に吸い寄せられるように手を伸ばし、開き、その光の中へ吸い込まれていった。

「……何だ。これ」
 そして、次に目の前に広がっていたのは、広大な草原。
 しかもただの草原ではない。見上げた空には月が三つも大きく浮かんでいたし、遠くで剣
戟を交えているのはいわゆる革鎧を着、剣や盾を装備した人間と、褐色の醜く歪んだ顔をし
た小鬼達──モンスターである。
 ぽかんとする万尋を余所に、まるでそんな光景は当たり前のように続いていた。或いはこ
れを目を輝かせて見ている千歳や、振り返って先程の《扉》が無いことに気付き、半ば本能
的に身の毛をよだせた者達。

『──ようこそ、我らの世界へ。貴方の帰還に感謝します』
『──どうか先ずは、貴方について教えてください。貴方はここで何を求めてもいいし、ど
んな暮らしでも送ることができます』

 耳に、いや頭の中に直接声が聞こえてきた。戸惑う万尋達それぞれの前に、見慣れぬ言語
の数枚のホログラム──入力装置のようなものが出てきた。自身の姿が映り、何本かのスラ
イダーが備わった画面や、電卓らしきキー配置を何項目かに打ち込む画面などがある。
「一体、何がどうなって……」
「うわ~……。凄~い! なになに? これ、入力しろってこと?」
 この世界に逃げ場なんてない。何処に行っても同じだ。
 はたしてそうだろうか?
 魂さえ縛らなければ、貴方達は何処へだって行ける。何だって視れる。何度でも。
                                      (了)

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  1. 2017/03/26(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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