日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔23〕

 夜の街を灯す光は、名も知れぬ無数の社畜達そのものだという言葉がある。
 そんな社会の影を象徴するような光景が、そこにはあった。とうに定時を過ぎ日も落ちた
オフィスの一室で、一人邪悪にほくそ笑みながら札束を数えている男がいる。
「ひひひ……。今日も大漁大漁……」
 その男は、このオフィスに入る会社の社長だった。尤も規模自体はそう大きくない。だか
らこそ法の眼は疎かになるし、また彼自身も守る気は更々なかった。
「やっぱり使い潰す奴あ、馬鹿に限る」
 男の経営する会社は、いわゆるブラック企業だった。人を酷使し、物を惜しみ、暴利を貪
る者達の一人だった。
 優遇するのは自分に忠実なイエスマンだけ。その一部の側近の下に、学も浅い下っ端達を
文字通り消耗品のように従える。
 疑問を抱く者、呈する者、いわんや歯向かってくる奴には容赦しない。徹底的に日陰に追
い遣って手前の立場ってものを解らせてやる。辞める事も許さない。せっかく手間を掛けて
採用してやったんだ。余計な真似をしないよう、磨り減って無くなるまで使ってやる。
 一番の無駄金は、人件費だ。なぁに分かりやしない。それぞれの給料をちょろまかすなん
てのは日常茶飯事だった。組合? 誰が許すと思ってる。そんな暇があるならもっと働け。
もっと俺に金を持って来い。ノルマをこなして来い。
 こういう時、馬鹿が大半を占めていると都合がいい。奴らはそこまで頭が回らないし、考
えようともしない。こちらが日頃から働き詰めになるよう仕向けてやれば、そんな余裕すら
持てなくなるだろう。加えて今はそういう“運動”自体を格好悪いものとして避けるような
風潮がある。こっちとしては願ったり叶ったりだ。
「……?」
 だが、そんな時だった。ふと男は背後から気配を感じ、ほくそ笑む口角と札束を数える手
を止めた。目を丸くし、ゆっくりと後ろに振り返る。
『──』
 そこには見慣れぬ、二人の侵入者が立っていた。
 一人は草臥れたスーツの上にフード付きのパーカーを羽織り、ぶらんと片手に奇妙な短銃
型の装置を握っている男。もう一人はその傍に付き従う、金色の騎士甲冑──文字通りの怪
物だった。
「な、何だお前ら! どうやってここに入って来た!?」
 男は黒縁眼鏡がずれ落ちるのも構わぬまま、この二人に向かって叫んだ。さっきまで、ま
るで気配などなかった筈だ。
「大体、警備の奴はどうし──」
 そして言いかけて、止まる。彼らの背後、少し開いた扉の向こうの通路に、その警備員達
が倒れていた。白目を剥き、或いはぐったりとうつ伏せになってぴくりとも動かず、遠目に
も全員が倒された後なのだと解る。
(何だ、こいつらは……?)
 口元から目元へと、表情が引き攣る。彼らは自分が雇っている、荒事専門の男達なのだ。
 にも拘わらずそんな屈強な彼らが、こちらが気付く前に全てやられていた。つまり物音の
一つすら立てずに。極めて短時間で。
「……徳永太一郎だな?」
「ひいっ?!」
 ぽつり。ぐるぐると思考が切羽詰まる中、フードの男が言った。恐怖と驚きと。何故俺の
名を知っている? 疑問は次々に過ぎったが、何かが喉に引っ掛かるようにして中々言葉と
なって出てこない。
「正義の名の下、お前を処罰する。やれ」
 そしてフードの男が命じるままに、金色の騎士甲冑が動いた。ザラリと幅広の両手剣を抜
き放つと、ゆっくりこの社長・徳永に近付いていく。
「ま、待て。待ってくれ! 金ならある。幾ら欲しい? 誰かの差し金だろう? その倍、
いや三倍は払うから、見逃し──」
「……」
 テーブルの上の札束を震える手で掴み取り、見せてくる徳永。
 だがフードの男は、影になったその表情を一切変えず、酷く冷たい眼でこれを見ていた。
心の底から侮蔑し、静かに怒りさえ宿していた。
 変わらず、金色の騎士甲冑が近付いて来る。間合いはやや近距離。徳永はすっかり腰を抜
かして椅子から転げ落ち、涙目になっている。自分のみせた反応がまるで逆効果だと気付い
たのは、これからもっと後になってからの事だった。
 くるり。直前小さく嘆息を吐き出して、フードの男は踵を返す。
 それが合図だった。徳永の絶望した思いは届かない。騎士甲冑の幅広剣が大きく振り上げ
られ、這いつくばって逃げ出そうとするこの男の背中を──。


 Episode-23.Heroism/義賊は街を闊歩する

「……うーむ」
 ある日の司令室(コンソール)。國子や冴島、隊士達や香月ら研究部門が顔を揃えている
中で、皆人はじっと正面のパネルに映し出されている画像を眺めていた。
 そこには火の手の上がる夜の街と、その一角にあるビル屋上で荒れ狂う巨大な双頭の狗が
捉えられていた。更に次の画像、次の画像へと切り替えると、それに加えて同じく巨大な両
腕のようなもの──鉄屑が無数に集まって群れを成す一部始終が確認できる。
 しまったな。皆人は思った。
 いや、やはりと言うべきかもしれない。あれほど大きな騒ぎになって表に漏れない筈など
ないのだから。
 言わずもがな、先日のトレード暴走の一件である。夜の街で見境なく破壊活動を繰り返し
た末に、例の黒いチップを自ら取り込んで双頭の狗に変貌、多くの被害を現場周辺にもたら
した。あの時は何とか睦月が渾身の一撃で倒したが、今はその後始末に頭を抱えている。
「一体どうしたものか。こうしてネットに上がってしまった以上、もう消してしまうことは
不可能だ」
「どんな時でも、撮っている人達はいるものだね」
「ええ。先ずは避難して欲しいものなのだけど……」
 それは仲間達も同じような思いだった。拙いことになったと、それぞれに苦笑したり呆れ
たりと嘆きを交えて呟く。制御卓を操作し、情報収集を続けている職員達も少なからず厳し
い表情だ。
「本当、迷惑な暴走でしたね」
「これからもああいう形態のアウターが現れるんでしょうか?」
「ああ。そう構えておくに越した事はないだろう。奴らは、まだまだ俺達にはない技術を持
っている」
 しかし当の皆人は、次の瞬間には落ち着きを取り戻していたように見えた。悩ましげに抱
えていた頭からそっと手を離し、何処かあらぬ空を見つめてじっと目を細めている。
「……こうなる事も、計算の内だったのかもしれないな」
「えっ?」
「と、言いますと?」
「そう考える方が合理的なんだ。今回の一件、奴らの目的は俺達を倒すことじゃなく、俺達
を炙り出すことだったんじゃないかってな。そもそも、あのアウターは冴島隊長が相方を倒
した後、行方を眩ませていた。逃げていたんだろう。なのにあの晩、突如として現れた。策
もろくになく、ただがむしゃらに暴れるだけにも拘わらず。もし奴自身の目的が復讐なら、
もっと考えて行動した筈だ。しかし実際はそうではなかった。ということは、理由は別にあ
ったと考えられる。大方、幹部クラスに脅されたんだろう。後がないほど追い詰められなけ
れば、あんな無茶には出ない。何よりあの黒いチップだ。あれは以前、法川晶の事件の際に
幹部の一人が使っていたものだ。ほぼ間違いなく、連中が一枚噛んでいる」
 國子の促しに応えた皆人の言葉に、面々が更に険しい表情になった。
 それなら覚えている。市民プールでの戦い、クリスタルの大蜘蛛。あの時は幸いにも客達
にアトラクションと勘違いされてやり過ごせたが、一歩間違えればどれだけ被害が拡大して
いたことか。
「あのアウターは、生贄にされたのだと思う。俺達を世間の注目に──公に引っ張り出す為
の道具として。やられたよ。奴らは俺達が組織立った存在だと気付いている」
 香月が、冴島が静かに渋い表情(かお)をした。アウター達とて元はコンシェル。いち技
術者として、そんな非道に思う所があったのだろう。
「という事は、我々の正体を探ることが目的で……?」
「ああ。それと、こちらの行動を阻害することも、な。俺達の存在が多かれ少なかれ隠し切
れなくなるのは間違いないだろう。人の好奇心までは御せないさ」
 嘆きは、半分もう起こってしまったという諦めと共に。
 小さく肩を竦めた皆人は、既に思考を次に向けようとしていた。敵もただ単純にアウター
達を増やしているだけじゃない。そもそも、何故増やそうとするのか、その理由すらまだ定
かではないのだが……。
「……うん?」
 そんな時だった。それまで先日の事件に関する情報を集めていた職員の一人が、ふと画面
上に載ったとある文言を見つける。その様子に、少し間を置いて皆人達も気付いた。顔を向
けてくる彼らに、この職員は少々戸惑ったようにして視線を返し、どうしたものかと眉を下
げる。
「何か見つかったのか」
「え、ええ。まぁただの書き込みなんですが……」
 めいめいに席を立ち、この画面を覗き込んでみる。そこにはアングラに書き込まれた一つ
のスレッドあった。盛況なのか、レスポンス数は既に五百を回っている。
『やっぱ守護騎士(ヴァンガード)より“セイバー”だなって、はっきり分かんだね』
『結局訳の分からんテロリストを追い払っても、滅茶苦茶になったしな。万世通り』
『それに比べたら“セイバー”は確実に悪を罰してくれる』
『もしかなくても守護騎士(ヴァンガード)って、“セイバー”の真似をしてるだけなのか
もしれないな』
 内容は、守護騎士(ヴァンガード)──睦月を何処となく蔑むものが大半を占めていた。
失望なのだろう。直接被害を被った人間によるものなのかは分からないが、事実街は破壊さ
れ、幾つかのヘリは落とされ、守れなかった命は少なくなかったのだから。
「……セイバー?」
 この職員の左右に割り込み、画面を覗き込む皆人達。
 彼が見つけたこの電子の海の一角の書き込みに、一同は思わず誰からともなく眉間に皺を
寄せてゆく。

「ぼさぼさすんな! 休んでる暇なんかねぇぞ!」
 時を前後して、飛鳥崎中央署。トレードの暴走事件の後、署内は近年稀にみる修羅場に突
入していた。
 飛び交う怒号に、駆け出ては入れ替わり立ち代わりに戻って来る刑事達。或いは書類の山
を抱えては右に左にと動き回る下っ端達。
 面々が殺気立っているのも無理はなかった。これだけの被害を出した事件にも拘わらず、
肝心の犯人は行方不明──爆発四散。知らぬ内に騒動は終止符が打たれ、その立役者も全く
あずかり知らぬ第三者。ただでさえ面子は丸潰れだ。加えて事件後、上層部は甚大な被害を
出したことを詫びる一方、これらの不可解には「調査中」「巷説としては聞き及んでいる」
などとしか言及せず、滅茶苦茶になったインフラを始めとした周辺住民の不満の矛先は既に
自分達末端の警官達へと向けられ始めている。
「ったく、上も何考えてんだか。判ってる事くらい教えて貰わないと調べるモンも調べられ
ないだろうに」
「それだけ、色々都合の悪い事が起きたんだろ。あんまり愚痴ってると目ぇ付けられるぞ」
「ほらほら! 駄弁っている暇があったら足で稼いで来い! 犯人のルートと被害の把握、
目撃者達からの聴取、やらなきゃいけない事はごまんとあるぞ!」
 へい! 何かが妙だ。そう思っても彼らは詰まる所組織の人間である。
 刑事達は音頭を取った部長の一声にネクタイを締め直し、再びばらばらと部屋を駆け出し
て街に散っていった。するとそれとは入れ替わりに、筧と他数名の刑事らがこの一課の拠点
に戻って来る。
「ただいま戻りました」
「現場となった万世通りですが、被害は三丁目大通りから六丁目に集中しています。犯人が
確認されたビルからちょうど見下ろす位置にありますね」
「にも拘わらず、このエリアの中から砲撃の残骸のような物は未だ発見されていません。復
旧作業と併行していることで、既に処分されてしまった可能性もありますが……」
「うーむ……」
 他数名の刑事らが進み出て、部長に報告する。そんな芳しくない成果に、思わず渋い表情
が漏れた。さりとて作業を止めてまで鑑識を展開するのも難しい。初動の捜査はとうに終了
させてしまっているし、ただでさえ地元から復旧を急ぐよう突き上げが激しいのだ。こんな
事件、前代未聞だとはいえ、これだけの被害と死傷者を出してしまった責任は当局にある。
「……で? 筧。お前の方はどうだ? 犯人の行方は?」
 そしてそんなばつの悪さの所為なのか、今度はついっと、彼らの少し後ろに独り控えてい
た筧に視線が向けられる。
「行方も何も、あれだけの爆発に巻き込まれたら生きてないでしょう。ただホシは千本筋か
ら現場──万世通りの一丁目に入り、例のビル屋上に辿り着いたと考えられます」
「生きてって……。まさかお前も化け物云々を信じてるってのか? 馬鹿馬鹿しい。どうせ
あれも何だ、ぶいあーるとかいうトリックだろ? ……まぁそれはいい。で、何で一丁目な
んだ? ビルとは真逆じゃないか」
 普段一匹狼な筧も、こういう時ばかりは一応の礼節は取る。
 ただ対する部長は、今や巷に広まる噂を快く思っていなかったようだ。専門家でもないの
に何か“きちんとした原因”がある筈だと決め付けていた。ぶすっと不機嫌そうに筧を見、
しかしそのまま報告を突っ撥ねる訳にもいかず、もう半分の情報に食い付く。
「ええ。ホシは三丁目大通りから東に向かって攻撃を打ち込んだ。ということは、現場に到
着した時、奴はその方向を向いていたって事でしょう? だから辿ったルートはざっくりそ
の反対の西側からで、その後北なり南なりに逃げるってのが自然です。なので例のビル近く
から順繰りに、ホシを見たっていう人間を探してました。幸い何人か当日目撃していたよう
でしてね。その証言を地図で結ぶと、大体そんなルートになるんです」
 ポケットに突っ込んでいた飛鳥崎の地図を広げ、筧は部長や一課オフィスに居合わせた他
の同僚達にペンで引いた線を見せた。なるほど、確かにその目撃地点は街の北西から万世通
り──西方向に繋がっているのが分かる。
「俺は足取りを追えって言ったんだが……まぁいい。現場へ向かう途中にも何か手掛かりが
残っているかもしれんな。人手を回すように指示しよう。しかしこの方角となると……奴は
郊外から来たのか。いつぞやの爆弾魔(ボマー)を思い出すな」
「……」
 ぽつりと部長が顎鬚を擦って呟く。その言葉に、筧は内心抱いていた疑問を強く意識せざ
るを得なかった。
 報告によれば、件のビルへの部隊突入の際、何者かによる妨害が行われていたという。
 後々で確認してみると、バリケードが積み上げられていたそうだ。こちらが突っ込んでく
るのを警戒して予め手を回さなければ到底間に合わない。
 だが妙だ。あんな無茶苦茶な破壊活動に及んだ犯人が、そんな計画性を持つだろうか?
 筧の、刑事としての直感は否だった。あの大暴れとこの冷静さには差があり過ぎる。
 だとすれば、犯人を止めた第三者によるもの? 自分も目撃した(みた)。あの夜、二つ
の頭を持つ化け物を、突然夜闇の中から現れた巨大な腕が押し潰したのを。部長や上層部は
鼻で笑って信じようとしないが、現場にいた自分達は知っている。あれは映像だとかトリッ
クだとかそういう向こう側のものじゃない。現実に、この世界で起こった出来事だ。
 順当に考えれば、その第三者によるもの? あれ以上周囲を巻き込まない為に。或いは正
体を知られない為に?
 嗚呼、どうも不可解な事が多過ぎる。だが少なくとも、今回の一件で判った事がある。
 ホシも奴に立ち向かった何者かも、ただの単独じゃない。バリケードの件も然り、物理的
に単独犯では不可能だ。もっと複数人の──何か組織的な関与がなければこれほどの大立ち
回りは起こるまい。
「……そう言えば筧さん。いつもの相棒はどうしたんです?」
「あ、本当だ。こっちに戻って来た時も、一緒じゃなかったですよね?」
「ああ。今回は別行動だ。何かとデカい山だしな。あいつはあいつで、別の事を調べて貰っ
てる」
「何ぃ、聞いとらんぞ!? 勝手に動かすな! 全く。ただでさえこの忙しい時に……」
 そしてふいっと思い出したように訊ねてきた後輩に、筧はさも当たり前のように答えた。
部長が声のトーンを上げて驚き、悩ましげに頭を抱えている。

『兵(ひょう)さん。今回は二手に別れましょう。調べる事が多過ぎます。それに今回起き
た事件、ただの単発的なテロとは思えない……』

 にも拘わらず、筧は少し口元を緩ませていた。今まで自分におんぶに抱っこだった後輩が
珍しく自らの力で捜査してみたいと申し出てきたからだ。
 向こうは大方本当の意味で“相棒”になりたいと、必死に背伸びをしているのだろう。
 あいつも少しは成長してきたということだろうか? 親心という奴か、自分も歳を取った
なあと思う。ただ無茶だけはして欲しくないというのが本心だった。何もそんな所まで自分
に似ようとしなくてもいいのに。
(大丈夫かねえ。下手を打たなきゃいいが……)
 筧は尚も騒がしく鬼気迫る一課のオフィスで、ふいっと昼下がりの街を眺めた。
 一方その頃由良は、署から連れてきた似顔絵捜査官と一緒に爆弾魔(ボマー)事件の目撃
者・林の下を訪ねていた。捜査官の走らせる鉛筆が、とある少年の姿を描いてゆく。

 同僚達の中を抜けて、給湯室へ。筧は一先ずコーヒーを一杯淹れる事にする。
 繋がっていると感じていた。自分も由良も、同じ予感を以って今回の事件に臨んでいる。
点と点が結ぼうとしている。
 ──おそらく、守護騎士(ヴァンガード)だ。

 液晶が並べたピクセルの集まりをじっと見る。
 放課後の文化部棟、新電脳研部室。海沙は備え付けのデスクトップPCの画面を食い入る
ように見つめていた。液晶の光が彼女を照らす。だがそんな刺激さえも今の彼女には無意味
で、反射して映り込んでいるその表情は大きく眉を下げた不安そのものだ。
「……」
 海沙が見ていたのは、ネット上にアップされた幾つかの画像。
 夜の飛鳥崎を撮ったそれらには、本来あり得ないものが映っていた。巨大な双頭の獣と、
同じく巨大な両の腕。画像を繋げて切り替えると、そこにはこの獣を両の腕が押し潰して爆
発四散させる一部始終が現れる。
 これは夢ではない。VRでもない。先日現実に起こった出来事である。街の北西に位置す
る万世通りを中心として、突如として大規模な爆発騒ぎがあった。多くの死傷者とビル群の
損壊を招き、今最も巷を賑わすテロ事件として連日特集が組まれている。
「……これって、私達が寝ちゃってた時だよね」
 哀しげに目を細めて、海沙は言った。事件が起きたのは、ちょうど自分達が部の創設パー
ティーを開いていた夜だったのだ。そして知らぬ間に疲れて寝落ち……三条家の者によって
自宅まで運ばれた。
 だがはたして、これは偶然なのだろうか? 実は何か大きな力が、自分達に働いていたの
ではないだろうか? いつもそうだ。彼が、むー君達がふらっと出て行ってしまう時に限っ
てこの街に事件が起こる。不可解な疑問だけが胸の奥に残る。
「本当に、こんなことが……」
 海沙の方は、まだ迷いが強かった。この街でこの国で何かが起こっているのは間違いない
筈だが、その原因を全てそのまま彼と結び付けてしまうのが怖かった。大体何をどうすれば
こんなことが──。
「別におかしくはないんじゃない? 今更っしょ。前々から飛鳥崎には色んな都市伝説があ
ったしねえ」
 だがその一方で、もう一人の幼馴染は妙に気楽だった。海沙の後ろで旧電脳研のメンバー
達とTAをプレイしており、握ったリアナイザ越しにホログラムのコンシェル同士が空中を
所狭しと駆け回っている。
「ほら、火のない所に煙は立たぬって言うじゃない。今回の件も生物兵器説とか、それを政
府が握り潰したとか、色々言われてるっぽいよ?」
「そ、そうなんだ……。じゃあこのおっきな手は? 状況からしてこのワンちゃんから皆を
守ってくれたようにも思えるけど……」
「さあねえ。本人に訊いてみなきゃ分かんないよ。まぁ片方は潰れて死んじゃったし、もう
片方も出回ってる画だけじゃ人なのかすら怪しいじゃん? 腕だよ? 腕。仮に話の通じる
相手でもさ、今頃隠れてるんじゃないかな? 事情はどうあれ、結局あの辺りは無茶苦茶に
なった訳でしょ?」
『……』
 真剣に悩んでいる海沙と、何処か投げ槍な宙。
 部屋の一角に座っていた睦月と仁は、内心ずっとハラハラしていた。やはりと言うべきな
のか、先日の寝落ちとトレードの暴走事件を結び付けて考えている。
 いや、素直に怖がっている海沙はまだマシな部類だろう。それよりも今二人の肝っ玉を試
すように握り回しているのは、他ならぬ宙だ。これまでは皆人に食って掛かり、詰問した事
さえあったのに、今回は妙に冷静だ。まさか自分達の正体がバレているとは思えないが、こ
のやけに当て擦りのように聞こえる言い方は、正直神経を削られる。
(やべーな。完全にキレてるぜ。どうするよ?)
(そう言われても……。ここで下手にフォローしようものなら、火に油だよ……)
 互いに眼で助けを求め合う。ちょうど、そんな時だった。
 ふと睦月の懐から、着信音が鳴った。守護騎士(ヴァンガード)になってから周りに気取
られるのを少しでも防ごうと、サウンドは低く大人しいものにしてある。
『マスター。お電話です』
「うん。……ちょっと失礼」
 パンドラにこそりと呼ばれるのに頷きつつ、睦月は立ち上がった。懐からそっと画面を覗
くと、三条皆人の文字。努めて表情は変えずに、何の気なしを装って一旦部室を出る。この
時ちらっと肩越しに、宙が鋭く細めた眼を向けていたことに、睦月自身は気付かない。
「もしもし」
『ああ、睦月か。俺だ。今平気か?』
「うん。部室の外に出たから。大江君達が二人を見てるよ。……もしかしなくても、この前
の暴走の件?」
『そうだ。お前も見たようだな。例のアウターが撮られた。アイアン・コンシェルも映って
いる。こちらも手を回して画像や映像を削除させているが、正直完全に抹消するのは不可能
だろうな』
 ……そうだね。ゆっくりと頷き、睦月は呟いた。ネットにアップされたという事は、元の
データを持った撮影者達がいるということ。何よりそれを拡散する者達がいる。都合が悪い
と言って消そうとすればする程にだ。今更ながら、これは自分達に対する罰なのだろうかと
思った。これまで散々、アウター達から人々を守る為、正義の為だと言って彼らのプライバ
シーを街ごと覗いてきたのだから。
「僕達のこと、バレちゃうのかな?」
『分からん。少なくともこの街には何かがいる、それだけは人々が今後抱えることになるだ
ろう。だがお前の方は、暗闇もあって本体までは確認できない。こちらで可能な限り画像を
解析してみての結果だから、即身バレする所まではいかないと思うが』
 睦月は皆人から、出回った先日の画像と、今回敵が目論んだと思われる作戦について聞か
された。思わず結ぶ唇に力が篭もる。そんな事の為に、街の皆を巻き込んだのか……。
「やり難くなるね。向こうも、必死な訳だ」
『ああ。それだけお前が活躍しているって事さ。それで、話は変わるが睦月。“セイバー”
という奴を知っているか?』
「……?」
 だからこそ、ふと電話の向こうの皆人がそう聞き慣れぬフレーズを出してきた時、睦月は
頭に疑問符を浮かべた。Saber、剣。Savior、救世主……。
『少し前、職員が書き込みを見つけてな。随分と肩入れしている奴が多いようだ。街の破壊
を防げなかったし、お前より確実に“悪”を摘んでくれるんだとよ』
「そう言われると……。えと、話がよく見えてこないんだけど」
『まぁ気にするな。所詮は雑音の類だ。調べてみた限り、この“セイバー”と名乗る者は、
ネット上で人々の依頼に応じて“悪人”を成敗するなんてことをしているらしい。悪徳業者
やら賄賂疑惑の政治家、不倫スキャンダルのタレント──何処まで真実かはきちんと確認す
る必要があるが、実際そういった者達を襲い、それらをネット上に公開している。ご丁寧な
ことに彼らの不義・不正の証拠も一緒にな。彼らを敵視する者達にとっては、さぞ溜飲が下
がるんだろう』
「……。それって、あれ? いわゆる義賊って奴?』
『端的に言うとそうだ。奴に狙われた人間は、全て世間から“悪人”と言われて憚らない者
達ばかりだな』
「そう……。そんな人がいるんだね」
『ああ。だが、所詮そんなものは私刑(リンチ)に過ぎん。当人は正義の味方気取りかもし
れないが、正しさとはそう生易しくはないし、単純でもない』
 淡々と告げられる“セイバー”なる者の存在。
 だが睦月は、この電話越しの親友(とも)が憤っていると気付いていた。普段からあまり
感情を表に出さない彼だから、こうはっきりと批判を口にする事には何か意味がある。そし
てそれをわざわざ自分に聞かせるという事は、また何か策を練っているという証だ。
「そうだね。でも、政治家まで襲えるなんて……。まさかアウターかな?」
『かもしれん。だが、今その点は気にしなくていい。大江にも伝えて、とにかくこいつを探
し出して欲しいんだ』
 デバイスを耳につけたまま、ぱちくりと目を瞬く睦月。
 数拍間を置いて、皆人は言う。
『俺に、考えがある』


 それは皆人が指示を出した、翌々日の事だった。
 放課後、睦月は仁と一緒に下校しようとしていた。互いにあれこれと何やら言葉を交わし
ながら、学園の正門を潜ってゆく。
『……』
 そんな二人を、こっそりと尾けようとする人影があった。他でもない海沙と宙だ。彼女達
は申し合わせたように慎重に睦月達との距離を取り、維持しながら、彼らの向かう先を見逃
すまいと追ってゆく。

『やっぱりあいつら、何か隠してる。今日だけでも……なんて言えないよ。これじゃあ』
「……うん」

 二人はかねてより相談していたのだ。あの夜、眠りこけた自分達を追い出し、パーティー
を切り上げてでも夜の街に消えた幼馴染達。その真意をやはり知らなければと思った。おそ
らくは巻き込むまいという優しさ故なのだろうが、こう何度も何度も遠ざけられてしまうの
なら却って逆効果でしかない。
 物陰に隠れては、進んでゆく二人を見逃さぬよう、また前にある別の物陰へ。
 どうやら二人は、学園を出て繁華街に向かっているようだった。学園生の寄り道コースで
ある千家谷の駅周辺や西の商店街も通り過ぎ、更に南下している。この辺りはそれまでの小
奇麗さとは打って変わって猥雑さを強く帯びるようになり、幾つもの雑居ビルが軒を連ねて
それこそ多種多様──ニッチな店が無数に点在している。
「一体、何処に行くつもりなんだろ?」
「さあね。如何わしい店とかなら、確かにショックだけどさ……」
 この区画に入り、目に見えて人波が濃くなってきた。普段来慣れぬ場所に不安がる親友を
ちらっと見遣ってから、宙は口元に手を当ててじっと目を細める。
 今の所、二人自身に変わった所は見受けられないが……。
「……あれ?」
 だが、その僅かな隙が決定打になってしまった。改めて睦月達に視線を向けた次の瞬間、
二人の姿が人波に紛れてその向こうに消えかかったのだ。しまっ──。宙が、続いて海沙が
慌てて物陰から出て追うも、怪訝な眼こそ向けど退く訳でもない通行人達によって塞がれて
しまう。右に? 左に? 二人が進路に迷う間にも、睦月達の姿は呑まれるようにどんどん
見えなくなってゆく。
「ああ、しまった!」
「ご、ごめん。私が話し掛けたせいで……」
「何であんたが謝るのよ。って、そんな場合じゃない。追わないと」
 唇を噛む宙に、おろおろとする海沙。だが宙に親友(かのじょ)を責める気などない。
 とにかく二人が歩いて行った方向へ。迷う海沙の手をはしっと取り、やはり親切に退いて
はくれない人波の隙間を縫っては走り出す。

「──撒いたかな?」
『はい。お二人の位置関係上、もう私達の姿は視認できなくなっている筈です』
 一方で睦月達は、気持ち肩越しに後方の気配を探りながら、やれやれと一度深い息をつい
ていた。学園を出る頃から、宙と海沙が尾けて来ているのは分かっていた。こちらにはパン
ドラがついている。彼女達の生体反応とその不自然な動きから、二人にその旨を教えてくれ
ていたからだった。
「やっぱ、疑われてるのかねえ。例の暴走事件の話が出た時も、天ヶ洲の奴、妙に素っ気な
い態度だったじゃん?」
「あまり二人を疑いたくはないんだけど、僕らが僕らだからね……」
 なので出来れば真っ直ぐ目的地に向かいたかったが、急遽予定を変更してぐるりと遠回り
する事にした。辺りの人ごみを利用し、彼女達を撒くように仕向けた。
 違和感は、睦月達も覚えていない訳がなかった。海沙はある意味いつも通りに彼女らしい
気弱さだったが、何と言うか、宙は無理に気を張っているように思えたからだ。ぽつりと睦
月は漏らす。長い付き合いだ。悟られぬように振る舞うという以上に、暗にこちら側の不満
を伝えたかったのかもしれない。
「気ぃ付けておかねえとな。まぁ作戦云々は三条に任せよう。俺達はその指示に従って動く
しかねぇんだし」
「うん……」
 念の為、もう二人が見えていないのを確認してから、睦月達は改めて本筋へ戻った。人波
を潜って向かった先は、雑居ビルの地下階に位置するとあるネットカフェ。仁が財布を取り
出しつつ、睦月が周囲に目を配って警戒している。階段を下り切ってその先を折れた所で、
二人の姿は表から完全に姿を消した。

「うう……。見失った……」
 はたしてそれは良かったのか。その頃海沙と宙は、完全に睦月達の姿を見失って途方に暮
れていた。最初こそ二人を見かけた最後の方向を突き進んでいたが、そもそもそれが撒く為
の遠回りだと知らない彼女達に、目的を達成できる筈もない。
「ねえ。もしかして逃げられたんじゃ」
「かもしれないわね。ったく、こっちの気も知らないで……」
 大人しく、申し訳なくこの親友(とも)を見ている海沙。当の宙も、片手で頭を抱えて渋
い表情(かお)をしていた。さて、どうしたものか……。時折、通行人達の一部が小さな疑
問符を浮かべながら、左右前後と周りを通り過ぎてゆく。
「──」
 ちょうど、そんな時だった。
 人ごみと猥雑の中、立ち尽くす二人にある人物が近付いて来たのは。

 睦月と仁は、雑居ビルの地下にあるネットカフェに入った。入口の自動ドアを潜り、辺り
を見回すと、硝子の間仕切り越しに存外広い空間をみる事ができる。
 店内は、地下という立地故かはたまた意図してそうした造りにしてあるのか、点々と付け
られた天井の照明を除き、全体的に暗い印象を受けた。こちら側──間仕切りの手前は幾つ
かのソファやテーブル、ドリンクサーバーなどが置かれている広間だったが、残り八割方の
スペースである間仕切りの向こう側は全てずらりと並ぶボックス型の個室らしい。
 受付に向かう仁について、スタッフの女性に彼が会員証らしきカードを渡すのを見る。
 だがそこには、大江仁の名前は無かった。書かれていたのはまるで別の名前だ。
 もしかして偽名? 睦月は瞬いた眼を仁に向け、無言のまま問う。
 当然だろ? 肩越しにちらっと視線を返した彼は、慣れた手付きで嗤っていた。
「あんまりじろじろ見てやんなよ? この手の場所に来る人間ってのは、他人の干渉に敏感
だからよ」
 特に問題もなく受付を済ませ、指定された番号の個室へと向かう。
 普段あまり利用する機会のない睦月は、物珍しく周りの個室を眺めていたが、それを仁は
前を向いたまま気持ち声量を抑えて窘めてくる。実際利用客達は、極力互いに関わらないよ
う努めているように見えた。トイレや飲み物で席を立つ時も、積極的に目を合わせたり、ま
してや他の席を覗き込むような真似はしない。
 程なくして二人は指定された個室を見つけた。扉を開けて中に入る。中には小さめの机と
その上に乗ったデスクトップPC。そもそも個人で利用する前提の造りなため、やはり二人
で入ろうとすると窮屈だ。
「さてと……。これが奴の、セイバーが立ててる掲示板だよ」
 椅子にどかりと腰を下ろし、手早くキーボードを叩いてから仁はとあるウェブページへと
移動した。画面には灰みがかった黒の背景に白字、如何にもアングラですと言わんばかりの
BBSが映し出されている。
「見るからにきな臭いね」
「ああ。だがこんなもんだろ。自称正義の味方っつっても、やってる事は非合法のリンチに
変わりはねぇんだし」
 個室の隙間に身体を捻じ込み、ちょっと苦しい体勢だが後ろから覗き込む。
 皆人と同じ事を言うんだなと睦月は思った。尤もそれが現実なのだし、自分もセイバーな
るこの人物を認める訳でも──話が挙がるまでは知りもしなかった訳なのだけれど。
「ここに、書き込むんだよね?」
「ああ。三条が持って来てくれたネタで、奴を釣る」
 事前の調べで、セイバーと名乗るこの人物は自身のBBSで“悪人退治”を募り、その依
頼を承ったと返信することで彼らの“成敗”を開始するのだという。
 ならばと、睦月達対策チームはそのルールに則る事にした。こちらから探さずとも依頼人
を装えば誘い出せると考えたからだ。

『四ツ谷自工の元従業員です。例の設計不良について告発しようとしたら、気付かれてクビ
にされてしまいました。どうか人々の安全の為にも、奴らの不正を明らかにしてください』

 仁は予定通り、告発者を装って依頼の書き込みをした。信憑性をつける為に二・三具体的
な情報も記し、自身が目撃したという設定の内部事情を暴露してみせたのだった。
 やり過ぎか……? いや、釣れてくれなければ意味がない。
 それに不正自体は事実だった。件の四ツ谷自工は、ここ暫く現在進行形で設計不良隠しが
マスコミに漏れ、連日批判に曝されている。
 ただこの企業は──対策チーム傘下の一つなのだ。当の彼らには悪いが、今回皆人が口実
作りにちょうどいいと目をつけ、睦月達に依頼人を装うよう指示したのである。
「よし。これで後は食い付いてくれるのを待つだけだ。話題自体はタイムリー、世間の注目
もデカい。セイバーにとっては格好の標的になるだろうよ」
「上手くいくといいけど……。それよりも大江君、何でわざわざここに来たの? セキュリ
ティが不安なら、司令室(コンソール)を使わせて貰えば良かったのに」
「うん? いや……寧ろ逆なんだって。よく考えてもみろ。こんな大事──犯罪に手を染め
てるような奴は、相応にネットに精通してる。そうでなきゃとっくに当局に逆探されてお縄
だろうからな。でも実際はこうやって何十件も私刑(リンチ)をして回ってる。用心深いん
だよ。もし司令室(コンソール)みたいなデカくて組織的な所だってバレりゃあ、確実に警
戒されるぜ? だから使う端末は、もっと庶民じみてる方が安全なんだ」
 一通り作業を終え、狭い個室の中でぐぐっと背筋を伸ばす仁。
 そんな彼に、睦月はふと疑問に思っていたことを訊いた。するとこの友は不敵に笑いなが
ら丁寧に教えてくれる。所属が固定されている場所よりも、もっと不特定多数の人間が使う
場所からの書き込みの方がバレ難いのだと。
 なるほど……。睦月は言われて合点がいった。偽名の会員カードを用意して貰ったのもそ
の為か。仮に向こうが一件一件身元を手繰るような、石橋を叩いて渡ってから依頼を受ける
ようなことをしていても、辿り着くのはフェイクという訳だ。
「ま、こんな事は本来やっちゃいけねぇんだけどな。相手が相手だけにって、三条に持たさ
れたんだよ」
 はは。仁の苦笑い。睦月は複雑な表情を零しながらもあまりいい気持ちではなかった。
 皆人は一体何を考えているのだろう? 正直を言うと、時々怖くなる。
「じゃあ、帰るか。それとも、一応天ヶ洲達のこともあるし、もう暫く時間を潰してやり過
ごそうか?」
「あっ、うん。そうだね……」
 思いを閉じ込める個室。さりとて仕掛けは動き始めた。

『──』
 故にその一方で、早くも人知れず動きがあった。
 PC以外の照明を落とされた薄暗い一室で、書き込みを見て嗤う不審な影が、そこにはあ
ったのだった。


 書き込み(さくせんかいし)から数日。
 睦月はこの日も学園の授業を終え、一旦自宅に戻って私服に着替えると、街の南に位置す
るとある場所へと急いだ。
 そこは稼働中の部品工場だった。四ツ谷自工──今回出した偽依頼のターゲットであり、
対策チーム傘下の企業、その生産拠点の一つだ。
「お待たせしました。様子、どうですか?」
「ああ。今の所これと言って異常はないねえ」
「よう。お疲れさん」
「お疲れ様です」
「そう急いで来られなくてもよかったんですよ? 普段は我々が見張っていますので」
「ええ。分かってはいるんですけど、心配で……」
 現場には既に、冴島や仁、國子と数名の隊士らが来ていた。彼らと合流し、睦月はこの日
も近くの物陰に隠れて息を潜める。
 一同が見張っていたのは、敷地内の一角にある保管庫群だった。ここには原材料となる資
材や出来上がった梱包前の製品が纏めて保管されており、偽依頼と共にセイバーに示した情
報には、この現物と車体の図面を付き合わせれば渦中の疑惑──設計不良があったにも拘わ
らず生産に踏み切り、且つそれを隠蔽しようとした有力な証拠になる筈だとの旨を付け加え
てある。
「……中々、現れませんね」
「ヤマがヤマだけに用心深くなってるのかもしれねぇな。あいつもあいつで、四ツ谷の事を
調べて回ってるのかもしれねえ」
「或いは単純に時間が取れないか、ですね。どれだけ義賊を名乗ろうとも、普段は一般人と
して社会に潜んでいる筈です。周囲に怪しまれぬよう行動する為には、少なからず行動も制
約されると考えます」
『だろうな。だが大江の書き込みの後、奴から返信があったんだ。ターゲットとして見定め
ているのは間違いない。我慢比べだ』
 ここ数日睦月達は、セイバーなる人物が現れるのを待っていた。少なくとも偽依頼を受諾
してきた以上、必ず姿を見せる。通信越しに司令室(コンソール)の皆人が言った。これだ
け大掛かりな罠を敷いたのだ。今更退く訳にもいくまい。
「……」
 しかし睦月は内心、あまりこの作戦には乗り気ではなかった。皆人から作戦の全容を聞い
た後だとはいえ、相手を騙そうとしている事には変わりない。
 ちらっと冴島が、二窓でこちらの様子を見ている皆人が気持ち目を細めた。口にせずとも
どう感じているのかは大よそ勘付いているらしい。何も、大なり小なり後ろめたさを抱いて
いるのは睦月だけではないのだ。
「あっ──」
 ちょうど、そんな時である。
 はたして渦中の人物は現れた。暫くじっと物陰で息を殺していた最中、ふと敷地の向こう
側から一人のスーツ姿の男性が歩いて来たのだ。
 だがどうも様子がおかしい。不審者と言うべきか。
 彼はしきりに辺りを見回して警戒しているし、両手には指紋を残さぬ為か、白い手袋が嵌
められている。
「もしかして、あの人が」
「ああ。来たみたいだね。司令」
『今参照させている。そちらの従業員のリストにその男はいない。ビンゴだ』
 司令室(コンソール)の大画面で一斉にデータ確認を走らせ、皆人は言った。インカムに
指先を当てた冴島達が、改めて気を引き締めてこの向こう側の当人を観る。
 スーツ姿の男性──自称セイバーは保管庫群に入り込むと、何度も自身のデバイスで写真
を撮っていた。証拠としてアップするつもりなのだろう。時折直接部品を手に取り、繰り返
し念入りに収めている。
『ここまでは計算通りだな。予め四ツ谷の上層部には今回の作戦を伝えて、それとなく警備
の穴を作らせておいた。倉庫の鍵も閉め忘れを装わせている。……そろそろ動くぞ』
 そして、その一言を合図に、場の冴島達が動いた。隊士の一人がリアナイザにデバイスを
挿入し、サッとこの男を狙って引き金をひく。巨大な、双頭の狗の姿をしたコンシェルが召
喚され、襲い掛かった。今回の作戦の為にトレードの暴走態を再現した個体である。
 ただ予定では、本当に彼を傷付けはしない。
 このコンシェルは、襲い掛からせて間近にまで迫った瞬間、自壊するようにプログラムさ
れており──。
「……ッ、セイバー!」
 しかしである。次の瞬間、男は驚くべき行動に出た。普通なら突然の事に恐れをなして逃
げるか腰を抜かすかのどちらかなのに、彼はこれに真正面から立ち向かったのだ。スーツの
懐から短銃型の装置──紛れもないリアナイザを取り出して引き金をひき、叫ぶ。
『──』
 同時に現れたのは、金色の騎士甲冑だった。彼の求めに応じて召喚されたこの騎士は現れ
ざまに幅広の剣を振るい、目の前のトレード暴走態のコピーを一閃の下に葬り去ってしまっ
たのである。
 睦月達は唖然としていた。真っ二つにされたコピー体が、大量の電子の粒子となって中空
に霧散してゆく。
「まさか……」
「越境種(アウター)!?」
「おいおい、マジかよ。まさか本当に召喚主だったなんて……」
『……聞こえるか、睦月? プランBだ。こちらの目的は果たした。倒せ』
「っ! うん。了解……」
 少し息を荒げ、唖然としているのは向こうも同じだった。だが驚く仲間達を尻目に、通信
越しの皆人が端的に命じてくる。
 ハッと我に返り、睦月は応じた。瞬間ざわついた心を宥めながら、EXリアナイザを取り
出して変身する。
『TRACE』『READY』
「変身っ」
『OPERATE THE PANDORA』
 鳴り響いた音声と、飛び出した眩い光に気付き、男が思わず振り向く。
 そこにはデジタル記号の輪と光球に包まれ、姿を現した白亜のパワードスーツが自分と相
対するように立っていた。物陰には他にも数名、見知らぬ者達がこちらを覗いている。
「……」
 男は、暫くの間自身の呼び出した金色の騎士甲冑──アウターと、その場に立ち尽くして
いた。対するパワードスーツ姿──守護騎士(ヴァンガード)こと睦月も、先ずはこの相手
の出方を窺っている。
「……貴方が、セイバーですね。お願いです。こんな事はもう──」
「まさか、先輩?」
「えっ?」
「嗚呼、やっぱりそうだ! 貴方、守護騎士(ヴァンガード)ですよね? 噂されてる通り
だ。感激だなあ。あ、でも、その背丈と声からして俺より年下なのかな……?」
 だからこちらが真面目に諭そうとしたのに、出鼻を挫かれた。
 次の瞬間、男は睦月の姿を認めると、急にぱぁっと満面の喜色を浮かべて畳み掛けてきた
のである。片手にリアナイザ──改造リアナイザを握ったまま、一歩二歩とこちらに近付い
て来ようとする。
「いや、でも先輩には変わりないか……。うん。どうも、初めまして。こちらの事を知って
くれているなんて光景です。いやあ、嬉しいなあ。実は俺、先輩に憧れて“セイバー”を始
めたんですよ。悪を挫き、人々を守る正義のヒーロー。ずっと憧れだったんです。いやあ、
まさかこんな所で会えるなんて……。光栄です。もしかして先輩も、四ツ谷の隠蔽を暴く為
に来られたんですか?」
「……」
 最初、何故こんなハイテンションなのか分からなかった。だがぺらぺらと彼が自供してく
れるのを聞くにつれて、睦月のパワードスーツの下の表情(かお)が険しくなる。物陰に隠
れていた冴島達が、思わず困ったように互いの顔を見合わせている。
「貴方は」
「?」
「貴方は、その力が何か分かっていて、こんな事をしているんですか」
「何って……先輩も同じでしょう? こいつは俺に力をくれたんです。夢を叶える力をくれ
たんです。だから俺は、この力を有効に使いたい」
「違う! 貴方のそれはただの暴力だ、与えられた力に酔っているだけだ! 先輩なんて言
わないでください。僕は、こんな事をして欲しくてこうなったんじゃない……!」
 ギリッと強く強く拳を握り、睦月は叫んだ。嬉々としていた男とは対照的に、抱くその感
情は限りなく憤りに等しいものだった。
 そうだ。この人がやっている事は私刑(リンチ)だ。正義の味方と称して、不特定多数の
人間が下げる溜飲を免罪符として、他人をボコボコにしてきた。加えてそんな自身の所業を
悪いとも思わず、まるで愉しんでいるかのように。
「力は、何も救わない。壊すことはできても、直すことはできないんだ」
 ……違う。この人は間違っている。
 睦月君……。ぽつりと冴島が呟いていた。これまでの戦いを睦月は振り返る。ボマーやク
リスタル、ストーム、そしてタウロスと瀬古勇。勝ちはしたが、決定的な何かを取り戻せな
かった者達ばかりだ。痛感した。事件が起こった時、彼らとの戦いになった時、既に彼らを
取り巻く隔絶は始まっている。何よりもそれはもう、往々にして取り返しがつかなくなって
しまっているのだ。
 それでもと、自分は戦ってきた。何もしなければ尚更に失われる。せめてそんな力を増や
さないようにと願って。
 その為に戦っている。守護騎士(ヴァンガード)という役を引き受けた。
 自分にしかできない事だから。状況が許さなかったというのもあったが、本当の理由がそ
こにあったのは自覚していた。そんな利己的な理由で、こんな本来誰も使いこなせない力を
振るって敵を倒して……。やはり自分は異質(かいぶつ)なのだろうと思う。
「だから貴方のような、力に溺れた人を放ってはおけない。そのアウターを、倒させて貰い
ます」
 最初男は、ぱちくりと目を瞬いて睦月と、この主張に耳を傾けていた。
 しかしその表情は、やがて不意打ちの驚きから落胆に変わった。あからさまに大きなため
息をつき、改造リアナイザでとん、と肩を叩いて豹変する。
「何だよ……つまんないな。英雄だと思ってたのに、なんて腰抜けな……。じゃあ何の為の
力だよ? 立ち向かう為だろうが! 悪が蔓延れば、損をするのは俺達じゃないか!」
 叫び、怒り、そして嘆息する。彼の中で急速に守護騎士(ヴァンガード)という存在が色
褪せたようだった。尤も当の睦月には、ありがた迷惑に変わらなかったのだが。
「……もういい。邪魔はさせないぜ。だったら先輩を倒して、俺がこの街のヒーローになっ
てやる!」
 セイバー! くわっと声を張り上げ、男は命じた。それまで無言のまま傍らに控えていた
金色の騎士甲冑──セイバー・アウターが、剣を握り締めて激しく地面を蹴る。
「っ、スラッシュ!」
『WEAPON CHANGE』
 ハッと背後の仲間達が動き出そうとする。その気配を感じながらも、睦月は咄嗟に右頬へ
EXリアナイザを近付け、武装をコールしていた。セイバーが剣を振り下ろしてくるのに合
わせてエネルギー剣を展開し、これを防ごうとする。
「なっ──?!」
 だが次の瞬間、そんな初手が崩れた。相手の幅広刃とエネルギー剣がぶつかった僅か数拍
の間に、こちらの武装が突然掻き消えてしまったからだ。
 再び迫るセイバーの振り下ろし。睦月は慌てて転がって後方へ逃げ、距離を取り直した。
地面に大きな凹みを作って再びこちらを見据えてくるセイバーに、今度は遠距離作戦を取ろ
うとする。
「シュート!」
『WEAPON CHANGE』
 引き金をひいて矢継ぎ早にエネルギー弾が飛ぶ。しかしその攻撃もまた、刀身で受け流し
ては弾自体を掻き消してしまうセイバーには通じなかった。逆に距離を詰め直されて、一閃
二閃と斬撃を浴びて激しい火花が散る。
「睦月君!」
「こん……にゃろう!」
 そこへ見かねて、或いは殆ど反射的に冴島達が飛び込んでいた。ジークフリートにグレー
トデューク、朧丸に他数体の隊士達のコンシェル。流動する火炎や掲げた盾、めいめいに振
りかざした得物がセイバーとこの男に向かって繰り出される。
「邪魔を……するなッ!」
 だがそんな援護もまた、この騎士甲冑のアウターの前には無意味だった。渦を巻く炎ごと
幅広の剣は切り裂いて打ち消し、盾を突いては打ち砕き、続けざまに踏み込んで放った一閃
は彼らの攻撃だけでなく、コンシェルそれ自体を現出から弾き出してしまう。
「なっ──?!」
「コンシェルが、消えた……?」
 剣圧に押されて倒れる隊士や仁、或いはバチバチッと軽くショートした自身のリアナイザ
に顔を歪めた冴島や國子。
 ハッと見れば、再びセイバーは睦月に斬り掛かっていた。今度はナックルモードで防御し
ようとしたが、これもまた彼の剣に触れた次の瞬間には砕けて四散する。驚き、体勢を崩さ
れた所を、また二閃三閃と攻撃を浴びせられる。
「うっ、ぐうッ……!」
『マスター!』
「睦月君!」「睦月さん!」
「くそっ、どうなってんだよ!? 何でこっちの攻撃が通じねえ!?」
 どうしてか戦いは一方的だった。ダメージからか、睦月はガクリとその場に膝をつき、大
きく息を切らしている。
 司令室(コンソール)の皆人や香月達も、この状況に混乱していた。武装がことごとく破
られたのも然る事ながら、彼のこの疲弊速度はおかしい。
『おい、睦月。どうした? 冴島隊長達も、一体何が起きて──』
『うう……やっぱり……。吸収です! あの剣、こちらのエネルギーを吸い取る能力がある
みたいです! こっちとは逆に、相手のエネルギー出力がさっきよりも上がってます!』
 何!? パンドラの叫びに、ようやく皆人達は理解した。当の睦月や冴島達もこの異変の
正体に合点がいった。
 通用しないのだ。いわば相手はスクエル・コンシェルと同様の能力を、その武器に宿して
いる。相手の力を削り取りながら、且つ自身を強化しているのだ。こと本質が電脳の存在、
一種のエネルギーの塊であるコンシェル達にとっては、非常に相性が悪い。
「何だ。随分と弱っちいじゃないですか。がっかりだなあ。やっぱり俺が後を継いだ方が良
さそうですね」
「っ……」
 その件の剣を手に下げゆっくりと近付いて来るセイバー。その後ろから、得意げになって
ついて来る男。睦月は唇を噛み、もう一度立ち上がろうとするが、何度も吸収攻撃を受けて
しまった影響からか身体に上手く力が入らない。
「……さようなら。先輩」
 合図し、振り上げられたセイバーの剣。
 その本体と同じ金色の軌跡が、項垂れる睦月の頭上へと吸い込まれて──。

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  1. 2017/03/22(水) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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