日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「濁流」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:川、危険、主人公】


 白く小さな起伏を繰り返す、果てしない地面が広がっている。
 その殺風景な光景の中に、貴方は立っていた。気付いた時にはここに生まれていて、自ら
選んだ訳でもない。しかし自らここを去る選択をする事すらできない。
 無言のまま見下ろした足元は、ずっと同じく白い靄がかかっていてよく見えない。視線を
上げた地平の向こうも同様だ。貴方はゆっくりと歩いている。別に立ち止まったって構わな
い筈なのだが、心の何処かで求めていた。
 ここではない何処かへ。
 ただそう、漠然とした願いが急きたてる。焦りにも似ていた。それはまるで、立ち止まっ
てぼうっとしたまま時を過ごせば、自分というものが本当に無意味になってしまうような気
がして。
『──ッ、──ッ!!』
 そんな時だった。視界の向こうから、大挙して迫って来るものがある。
 人影だ。無数の人々が一つの群れとなって駆け、この白く殺風景な地面に足音と少なから
ぬ靄の乱れを生み出している。
 見れば彼らは皆、薄汚れた姿をしていた。始めは白かった筈の衣は、今や至る所から喰い
潰されるように黒く染まっており、この大地に強い違和感を与える。
 貴方は暫く彼らの近付くさまを見ていたが、やがてはっとなって半身を捻った。彼らの進
路上に自分がいると分かったからだ。避けてくれるとは思わなかった。それだけ迫り来るそ
の音量に“理解”という二文字が欠落していると感じたからだ。
『急げ、急げ!』
『乗り遅れるぞ!』
 どどう、どどう。彼らという群れは貴方のすぐ脇を通り過ぎ、しかし互いに我先にと競い
合うようにして駆け抜けてゆく。
 耳に届いた端々の声は、ただ突き進むばかりの心だった。流れに身を任せ、そこについて
ゆくことにのみ意味を見出した者達の群れ。どうやら貴方の遥か後方に、その一心不乱とな
る目的があるらしい。
 振り返ったそこには、黒き結晶の塔があった。
 いや、塔と呼ぶには荒削り過ぎる。四方八方に尖りを向け、無秩序に折り重なるがままに
そびえる事となった結晶の山だ。
 その頂点に、旗を振っている誰かがいる。こちらへ来いと叫びながら、一心不乱にその頂
に君臨している。そんなに激しく動いたら崩れてしまうだろうに……。貴方はぼうっと見上
げて眺めていたが、生憎そうした感慨は伝わらないようだ。
 我先に、先程の黒く汚れた衣の人々がこの黒結晶の山へと殺到していた。
 衣。いや、少し違う。
 貴方が改めて目を凝らすと、彼らの中にはこの結晶から作ったと思われる首飾りや耳飾り
をしている者が少なくない事が分かった。殆ど身につけてない者はそれこそがむしゃらに、
逆に幾つも身につけている者達も、もっともっとと求めるようにこの旗の下へと集まろうと
している。
 黒く汚れた衣の群れは、あたかも荒れ狂う水量のようだ。旗を振られる山の頂へと向かっ
て、一心不乱に押し寄せては届かず、しかし辿り着こうともがく。
 旗を振っていた誰かが、やがて懐から足元から、ばら撒き始めた。
 どうやら件の首飾りや耳飾りのようだ。それを彼らは、我先にと飛びつき、掻き集めよう
としている。
 貴方はそれをぼうっと見ていた。歩みは気付いた時には止まり、しかし例えようのない焦
り空虚さが同居する。
 ──自分は、何故あそこにいないのだろう?
 ──自分は、何故あそこにいなければならないのか?
 文字通り靄がかかった世界の中で、貴方は自問する。傍を尚も列をなして過ぎってゆく彼
らの群れに、引き込まれそうになりながらも、心は必死にすんでの所で踏み止まった。白く
無機質な地面にぎゅっと、貴方が足先に込めた力が加わる。
『見つけたぞ! あそこだ!』
『絶対に逃がすな! 引き摺り下ろせ!』
『絶対に許すな! 叩き潰せ!』
 更にもう片側から、今度は逆方向に黒い衣の人々の群れが迫って来た。貴方は慌ててまた
半身を返し、これを避ける。耳には、どうやら彼らが総じて怒りの感情を持っているらしい
と知らされる。
 視線を再び向かっていた方角の正面へ。
 そこにはまた別の、黒い結晶の山があった。だがこちらは先程とは違い、頂の上に立って
いる誰かは酷く怯えているようだ。引き攣らせた表情(かお)をしてその場に縮こまり、必
死になってその限られ、脆くなってゆく足場に留まろうとしている。
 こちらの群れは、どうやらこの人物を引き摺り下ろしたいようだった。繰り返し既にひび
割れて痛んだ結晶の山に取り付いて登り、頂にいる彼の足を取ろうとする。彼も彼で必死に
なって引き摺り下ろされまいとしていた。『離せ! 近寄るな!』と威圧的に叫び、されど
その表情はすっかり参っている様子である。
『構うな! 続けろ!』
『これは正しいことなんだ! 私達こそが正しいんだ!』
 加えて、結晶の山に次々と取り付く人々を煽るように、旗を掲げて振り回す何人かの者達
がいた。彼らは群れの先頭、山の根本から少し離れた安全圏で叫び、人々を何度も何度も向
かわせている。その喉を枯らして叫ぶ言葉には、明確な敵意が乗っていた。
 ……貴方は見ている。
 黒い結晶の頂に憧れて大挙する群れと、憎しみを向けて大挙する群れ。
 さて、どちらだろう? 何が違うのだろう? どちらが良いのだろう?
 だが貴方は程なくして考える事を止めた。明確に回答(こたえ)を得ていた訳ではなかっ
たが、あれらに加わるのはとてもしんどい事のように思えた。
 荒れ狂う人の水量は更に増していった。寧ろ新しく増えているようだった。
 最初は真っ直ぐに目標へ向かうだけだった人々に加え、気付けば四方八方から新たな支流
が生まれつつある。或る者はその本筋に引き寄せられて加わった者だったし、或る者はこれ
を邪魔すべく割り込む者だった。何より少なからず見受けられるように思えたのは、そんな
本流を支流らを、ただ“観る”為だけに集まった者達──緩やかで細い別の流れだった。尤
もその一部もまた、時が経つに応じて合流し、或いは離散してゆくといったことを繰り返し
ているようだったが。
 貴方は、少し安堵した。自分だけではないのだと思った。
 だがそんな気持ちは、すぐに一抹の気休めでしかないことを自覚する。貴方は取り残され
ていたのだから。このそもそもの原因も知らぬ、一々知ろうにも疲れるばかりの荒れ狂う水
量らが交錯する中で、ぽつんとその隙間という陸地に取り残された一人だったのだから。
 遠くに同じように、無数の流れと流れとの間に閉じめられた人々がいる。
 しかしその点々とした姿は、結局靄の向こうに見えども、即ち互いに交われるという訳で
はない。寧ろ逆だ。取り残されざるを得なかったにせよ、自ら取り残される道を選んでいた
にせよ、それは自ら全よりも個を選んだ魂だ。全におもねらぬ個であることで自分たろうと
し、必然的に断絶と孤独を抱える事になった魂達だ。中にはそれをあたかも己の優越性だと
胸を張る者もいるだろうが、所詮は虚勢である。圧倒的な水量に対し、貴方達は無力だ。
『ん……?』
 そんな時だ。ふと貴方は、群れの一人と目が合った。合ってしまった。続いて背後のもう
一方の誰かからも視線を感じる。今まで気付かなかった──気付く余裕も必要もなかった彼
らの一部が、やがて貴方達という存在を知ってしまう。
『おい、まだ乗って来ない奴がいるぞ!』
『何だと? 馬鹿じゃねえの? 普通こっちだろ、普通』
『それは勿体無いな。こっちに来て貰おう。いいものは共有(シェア)しないと』
『貴方…何をじろじろと見ているんです?』
『奴らの差し金か? 言え! てめえは敵か、味方か、どっちだ!?』
 がしっ。貴方は周りを取り囲んで交錯する、黒い水量から次々に手を掴まれた。もの凄い
力と声量が飛んでくる。引き摺り込もうとしてくる。中には初っ端から威圧的で、警戒心を
隠さない口撃も少なくなかった。貴方は──貴方達は、必死にどうにかしようと試みる。
『何でだよー。来いよ、こっちに!』
『そうだよそうだよ。乗らないなんてあり得ないって!』
『敵じゃない……? でも味方してくれる訳じゃねえんだろうが。ならてめぇは敵だ!』
『おーい、こっちに卑怯者がいたぞー! こいつもぶっ潰せ!』
 ぐいぐいと、貴方は引き摺り込まれた。哂われながら、罵声を浴びせられながら、更に黒
い人波の中から伸ばされる手が増える。ギロリと赤く血走った眼が幾つも垣間見れる。
 止めてくれ。もし貴方が、遠く隔たれた小さな陸地の上の貴方達が抗っても、彼らはきっ
と許さないだろう。全てを覆わないと気が済まない──いや、覆われない部分があること自
体を知らないし、解らないのだから。それは常識であり、厚意であり、或いは剥き出しの欲
望である。
 貴方は知っているだろうか? この世界はそんな荒れ狂う水量に溢れていることを。
 少なくとも大きな──誰かが仕組み、或いは原因を作ってしまった流れに乗り、呑まれて
いった者達は、自らの衣が黒く染まっていることに気付かない。いつだって自分こそが自分
達こそが正しいと思い、自らが主人公(ちゅうしん)だと信じて疑わない。
 ならば何故、その主人公(ちゅうしん)が何千も何万も、何億と何十億ともいる? 気付
かない為には、踏み潰すしかない。自分こそがこの流れの先端に立っているのだと、我先に
立たんとする他ない。はたしてそこに罪悪感はあるか──否、何故なら酔い痴れる者にとっ
て他者とは“脇役”だからだ。呑み込んで当たり前のプロセスだからだ。

 白く無機質な大地は、黒く蠢いて染め上げられる。
 はたして貴方はいつまでそこに居られるだろうか? 或いはもう呑まれているだろうか?
もしかしたら既に、自分を主人公(ちゅうしん)だと信じて疑わずに、小さな陸地らまでも
片っ端から食い尽くしているのだろうか?
 始めからそうだったのか。彼らがいるから、そうなったのか。目の前にどうしようもなく
広がり、時には直接干渉してくる荒れ狂う水量にもう絶望しているかもしれないし、それで
もまだ自らの足で進む希望を持ち続け──探し求めているのか。

 だが敢えて告げよう。
 その大地に、清流など無い。
                                      (了)

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  1. 2017/03/19(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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