日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔83〕

 顕界(ミドガルド)西方の盟主・ヴァルドー王国。
 その中枢、王都グランヴァールにてとある騒乱が起きようとしていた。現国王ファルケン
に対する大規模なクーデターである。
 玉座の間にて、ファルケンは取り囲まれていた。包囲し、刃を向けているのは、幾名かの
臣下達と見知らぬ黒衣の集団──そして裏切りの元王国武官・グノアだった。
 王を守ろうとする者と、王を倒そうとする者。
 追従勢力と反対勢力が今、文字通り相対している。
「……やれやれ。またお前か」
 城内のあちこちから響く剣戟や銃声。だが当のファルケンは、玉座に腰を下ろしたまま片
肘をつき、あからさまに辟易したようにグノアを見ていた。
 守る側と攻める側が得物を構えて睨み合っている。
 クーデター派を率いるのは造反の臣下達と、今や半人半機の魔人(メア)として“結社”
に下った使徒グノア。加えてそのやや左右後ろに、同じ使徒たるアヴリルとフェニリアが控
えている。
「ようやく、だ。私はこの日の為に結社(かれら)の下に降った。鎧戦斧(ヴァシリコフ)
を渡せ。王から退き、死んで貰う」
 グノアの最早隠さない忌々しい眼。彼の半分機械の視線はギロッと、ファルケンの左腕に
巻かれた文様(ルーン)入りの黒手甲──この国の聖浄器に注がれていた。
 取り巻きの部下達らがギチッと、より一層武器を握る手に力を込める。
 だが当のファルケンは、片肘をついた格好のまま何も変わらなかった。寧ろじっとグノア
ら造反者達を見つめ、小さくため息さえついている。
「はいそうですかと俺が差し出すような人間だと思うか? 少しは学習しろよ。二年前まで
はこの国で働いてた一人だろうが。兵を止めろ。今ならまだ引っ込みがつく」
「五月蝿い! 貴様のような──貴様のような人間がいるから、この世界には要らぬ戦いが
絶えないのだ! 無駄だと知れ。私達はヒトは“摂理”の一部でしかない。屈しろ。無駄な
足掻きは世に混乱を招くだけなのだ!」
 くわっと叫ぶグノア。その声色は間違いなく私怨を含んでいたのだろう。
 ルギスによって改造された義手をぶんっと横に薙ぎ、訴える。自身があの時見せられたも
のの偉大さ、途方のなさ。知ったからこそ、確信を得たからこそ、このかつての主君が突き
進む道に立ちはだかずにはいられない。
「……ふっ」
 にも拘わらず、ファルケンは嗤っていた。まるで取り憑かれたように降伏を迫るグノアを
哂うようにあくまで余裕の態度を崩さず、スッと城内に響く戦いの音に目を細めている。
「な、何がおかしい!」
「何がって……お前のその必死さだよ。お前がこの国を裏切った時にはもう分かってた。ま
さか反発してくる奴がお前一人で終わるだなんて本気で思っていたのか? 一応これでも、
悪役を演じている(にくまれやくの)自覚はあるんだぜ?」
 何を──。嗤って屈する素振りも見せないファルケンの言葉に、グノアや元臣下達が戸惑
いの表情を漏らした、その時だった。それまで乱雑に響いていた戦いの音が、ふとした瞬間
に一挙に定型のリズムを以って刻まれ始めたのである。
 反撃。その事実にグノア達が気付いたのは、数拍後の事だった。だが状況は既に思わぬ形
でひっくり返されることとなる。
「グノア様!」
「て、敵襲です! 城内の各ポイントを制圧していた部隊が、次々と崩壊を!」
「ヴァルドー軍の新手と思われます! 突然、何もない所から現れて……」
「何……?」
 大慌てで、ボロボロになりながら駆け込んできた黒衣の兵士──“結社”末端の兵達。
 その報告にグノアが、そしてそれまで傍に控えていたアヴリルとフェニリアが眉間に皺を
寄せた。そっと口元に手を当て、指先に小さく火を点し、いつでも戦えるように動き出す構
えをみせた。
『──』
 その、次の瞬間だった。ファルケンの周りに新たに十名ほど──紛れもなく空間転移して
きた武官達が突如として現われ、場のクーデター派配下の兵達を蹴散らしたのだった。堅い
鎧に身を包んだ戦士から大太刀を担いだ剣士、スリットの入ったドレスを着た女魔導師まで
その姿は十人十色である。
「!? これは……」
「紹介するよ。俺直属の将達だ。魔人(どうぞく)なのは……視れば解るよな? この二年
で集めた。名前はそうさな……“王の牙”って所か。いつまでもお前らの専売特許にしてお
く理由もねぇだろ?」
 眼を見開くグノア達。彼らは皆、使徒らと同じ魔人(メア)だった。
 斧を太刀を、弓を杖を構えてファルケンを守るように陣形を組む十人の将。少なからずの
味方を弾き飛ばされた黒衣の兵や反乱軍の面々が、じりっじりっと後退する。
 加えて城内──玉座の間以外の戦いの音が更に激しくなった。“牙”達配下の援軍がクー
デター派を押さえ、勢力を盛り返してきたのだ。元より効果的にと、城内の要所へ重点的に
兵力を分配していた作戦が、却って互いの兵力を分断する結果となったのだった。
「ぬぅ……ッ。おのれ、おのれおのれおのれェ!! この期に及んでまだ抗うか!? ファ
ルケン・D(デュセムバッハ)・ヴァルドー!!」
 狂ったようにグノアが叫ぶ。スッと、アヴリルとフェニリアが言葉少なく目を細める。
 ファルケンは嗤っていた。この二年で新たに従えた魔人(メア)部隊“牙”達を率いて尚
も玉座に着く。
 そして彼はパチンと指を鳴らした。予めこうした事態に備えていたのだろう。それを合図
にしたように中空に幾つものホログラム──通信映像が現れ、彼の不敵な笑みを映す。
「あー、あー。世界の皆よ、聞こえるか? 俺はヴァルドー王国国王ファルケン。この映像
が出回ってる頃には、また“結社”が面倒を起こしているだろう。さっさと始末はつけるつ
もりだが、一つお前らに言わせてくれ」
 既に王宮から上がる剣戟と幾つかの火の手。その不穏と実害が少しずつやや同時並行的に
城下町にも及び始め、導信網(マギネット)を通じて領民から世界へと発信され始めていた
その頃、ファルケンは言葉を放った。不安とまだ対岸と。人々のおもむろに上げた顔、瞳に
映るかの王の姿は、まるで対照的に決して折れぬ強さを持っているようにも見えた。
「知っての通り、俺達は“結社”というデカい敵と戦っている。今もちょうど、うちの馬鹿
が面倒を持ち込んできた所だ。この二年、いやもっとそれ以前から、皆はこいつらの影に怯
えてきたと思う。何にしたって関わりたくないだろうと思う」
 映像は二度三度、グノアやクーデター派の臣下達、きょとんとし、或いは訝しげなアヴリ
ルとフェニリアの表情(かお)を映した。もう一度ファルケンに戻り、彼は続ける。
「だが、俺達について来い。ついて来てくれ。ただ強制はしない。結局はお前らの自由だ。
平凡を選ぶならそれに相応しい安穏を、もしリスクを恐れないならその“背中合わせ”にあ
る報酬を用意する。ヒトはヒト以上ではないが、だからといってヒト以下に堕ちるべきでは
ないと俺は考える」
 人々は目を瞬いていた。或いは逃避し、俯き耳を塞いでいた。色んな人々が生きていた。
「──戦い続けろ。俺達は、準備ができている」
 ニッと嗤い、少し間を置いた一言。
 それは多くの人々にとって、彼の強気の発言、改めてのアピールなのだろうと思われた。


 Tale-83.真相(ことわり)に抗う者達

 目の前で起こった一部始終に、思わず唇を噛む。
 ハウゼンを助けるべく突入したジーク達の前に立ち塞がったのは、この二年で独自の力を
つけた元使徒ヘイトと、黒塗りの剣によって大蛇の異形になってしまったハーケンだった。
 思わず見上げるほどの、全身濁った緑色の巨体。
 その体表面のあちこちから、悲鳴のような怒号のような声を吐き出す無数の口と、虚しく
空を切り続ける痩せぎすの腕達。
 目は、頭は、一体何が起こったのかすぐに理解することを拒むようだった。この雑多な叫
びに耳を傾け過ぎていれば、こっちまでおかしくなってしまうような気がして。
 そして雄叫びを上げ、異形と化した王子──サーペント・ハーケンがぐんっと大きくその
尻尾を振り上げた。ジーク達が、ハウゼンがハッと我に返り、この強靭な一撃を飛び退いて
大きく屈んでかわす。
 さして頑丈でもない会議室の床は、テーブルは、あっという間に陥没して粉々になった。
部屋の骨格それ自体が大きく軋み、兵達もすっかり怯えて後退っている。何よりハーケンが
連れていた配下の兵士達も、逃げ遅れた正規軍の兵士の一部も、この一閃で綺麗さっぱりと
消し飛んでしまう。
「……敵も味方も関係なしか」
「何なんだよ、こいつは!? 王子が……魔獣に?」
「いや、厳密には魔獣ではないな。あれは瘴気を内包しているというよりは、瘴気の皮に覆
われていると言った方が正しい」
「やっぱり……さっきの黒い剣のせい?」
「そう考えて間違いないでしょうね。このままじゃ、王子の身体が……」
 ジークが二刀をぶら下げながら、しかし攻撃することも躊躇って叫んだ。イセルナの頭上
に顕れ、羽ばたくブルートがこの異形を観察しながら言う。少なくともヘイトが彼に何か細
工をしたのは確かなようだ。
「予定ではこいつを傀儡に、アトスを僕の物にするつもりだったんだが……まぁいい。順番
が逆になっただけだ。じっくりと味わうがいい。“創世器”の力を!」
「……ソウセイキ?」
 ハーケン! ヘイトが頬にまで延びた傷痕をそのままに、更にサーペントをけし掛ける。
肉塊を尚もボコボコと隆起させながら、その巨体がズザリとハウゼンに向いた。
 本体と無数の口から剥く牙。標的に向かって一斉に伸ばされる、痩せぎすの手──。
「ぬぅッ!!」
 だがその突撃を、他ならぬジークが受け止めていた。
 黒藤──巨大な鎧武者の使い魔を呼び出す六華の力で、サーペントからハウゼンを守る。
咄嗟の判断で二刀をその場に刺し、抜きながら彼の前に割り込んだのだった。
「おい、早く爺さんを! お前らも逃げろ! 一旦このデカブツを外にぶっ飛ばす!」
 えっ? 何を……。
 兵達や場の官吏、ギュンターが戸惑うのもそこそこに、次の瞬間、ジークは黒藤と動きを
リンクさせてサーペントの巨体を壁の向こう側に突き飛ばした。文字通り会議室の一角には
大きな風穴が空き、その巨体は落下してゆく。ジークも急いで二刀を回収し、返す踵で同じ
ようにこの穴から飛び降りてゆく。
 ちょうどそこは、王宮の中庭だった。つい先刻まで丁寧に手入れされた草花や植木が見る
も無惨に押し潰されてしまっている。
 ごめんな、花達──そう呑気に謝る暇さえなかった。ジークと、続いて降りてきた飛翔態
のイセルナやオズ、レナの征天使(ジャスティス)に乗った仲間達は引き続き相対し、サー
ペントはすぐにのそりと巨体を起こし始めていた。ヘイトがふわりと魔力で宙に浮かび、そ
の傍らに控えて哂う。
「ハウゼン王だけでも逃がすか。だがそれも、この城ごと粉微塵になれば一緒だけどな?」
「はん。させる訳、ねぇだろ」
「……来るわよ!」
 場所を中庭、先ほどよりも広い空間に移し、ジーク達はサーペントを取り囲むようにして
地面を蹴っていた。薙ぎ払われる尻尾をかわし、常に走り続ける。氷刃を飛ぶ斬撃を、銃弾
を矢を、砲撃を、魔導の光をめいめいに放つ。
 だがそんなジーク達の攻撃は、あまり効いているようではなかった。巻き上がる土煙の多
さとは裏腹に、これを払ってサーペントは唸る。多少傷は入っていたが、それもすぐにボコ
ボコと隆起する肉塊が覆って塞ぎ、治してしまう。
「……再生力は、下手すりゃその辺の魔獣なんかよりえげつねえな」
「で、でもあまり大きな攻撃過ぎても、王子様まで死んじゃうかもだし……」
 そして何よりも、ジーク達自身が、本気でこれに攻撃していなかったこともあろう。
 瞬く間に塞がってゆく傷を見て、リカルドが小さく舌打ちしながら弾を込め直していた。
クレアも五指の間に魔導のピンを挟んだまま、躊躇いの言葉を口にしている。
 そうなのだ。あの異形の中には、外皮の核には、ハーケン王子がいる。
 ジーク達はそれ故に、下手に火力を叩き込めないでいた。なまじ目の前の巨体は元人間で
ある。その一部始終を自分達は目の当たりにした。何も考えずに攻撃すれば、ブルート曰く
瘴気の皮に包まれた中のハーケンが死んでしまうのではないか? 或いはもう、侵食が進め
ば助からないのではないか?
「相変わらず甘いなあ。こいつはもう、人間じゃないのに」
 ふふっ。ヘイトが哂う。そんな彼を見上げて、ジーク達が憎々しげに眉間に皺を寄せる。
 上階の風穴からこちらを見ていた兵達が、銃を向けるべきか援護すべきかで迷っている。
奥では負傷者と、ハウゼンやミルヒを逃がすべく残りの兵や官吏が走り回っていた。
 もう一度黒藤を呼べばこの巨体ともやり合える。
 だがそれでは、中のハーケンごと斬ってしまいかねない……。
 ジークは腰に戻した太刀を一瞥して小さく舌打ちをした。挑発に乗ってしまっては奴の思
う壺だ。そんな簡単に、諦めはしない(しなせはしない)。
「さあさあ。どうする、どうする?」
 バッと腕を払って、ヘイトはまた再三とサーペントをけし掛ける。
 また振り下ろされた尾が、中庭の地面を抉った。ボコボコと断続的に隆起し、めいめいに
叫び声を上げる無数の口と痩せぎす手の、生えては肉の中に呑み込まれてゆく繰り返しを、
ジーク達は避けながら駆ける。駆けながら、表情を歪める。


 翠風の町(セレナス)の市中に、普段の姿とはそぐわぬ激しい剣戟が響き渡る。
 ダン達南回りチームからの連絡を受けて駆けつけたサムトリア正規軍と“七星”ロミリア
及びセロの連合軍は、町を襲ったフェイアンら“結社”の軍勢と激突していた。
 全てはロミリアの《占》で視た未来に備えた布石。
 強襲から一転、町を覆う戦いは援軍側の優勢に傾き始めていた。フェイアンとバトナス、
エクリレーヌら中核となる使徒三人組が、七星二人とその配下の猛者達に足止めを喰らう。
「しつこいなあ……。てめぇらと遊んでる暇は、ねぇんだって!」
「まぁまぁ。もう少しゆっくりしていきなよ」
 身体の大部分を魔獣化させて、セロの衣の下から飛んでくる無数の暗器を弾いてゆく。
 撤退する暇もなく、バトナスは彼と切り結んでいた。ロミリアはフェイアンと。襲い掛か
ってくる氷の八頭蛇(オロチ)を魔導で空間ごと捻じ切る。だが相手は即座に切れ端から凍
てついて再生し、常時展開させる障壁に噛み付く。
 その後ろで、エクリレーヌが従える魔獣達を肉壁に、サムトリア軍の猛攻を受けていた。
数は中々減らないが、果敢に攻め立ててくる兵士達の姿にくしゃっと顔を歪めている。
「厄介ですね。こちらの動きを読まれる色装(のうりょく)というのは」
「随分と素直じゃない。……でも無駄よ? 喋っている間に逃げる算段をしようなんて、ま
ださせない。彼らを追わせる訳にはいかないもの」
 かざした手に魔法陣が広がり、幾つもの螺旋する風が襲い掛かった。八頭蛇(オロチ)を
盾にして直撃を防ぎ、土煙から飛び退く。
「……」
 さて、どうしたものか。フェイアンは内心考えていた。
 もう自分達がここに留まる理由はない。回収の対象たる天瞳珠(ゼクスフィア)も、足止
めの対象たるダン・マーフィ達も逃げてしまった。おそらくはもう例の転移網でヴァルドー
に向かってしまったのだろう。全く、何処までも足掻いてくれる。
「妙だねえ。君の力は、その魔獣人(キメラ)だけかい?」
 一方でバトナスは、セロに次第に押され始めていた。
 魔獣人(キメラ)。通常の魔人(メア)よりも魔獣の力を強く宿し、魔獣そのものに自身
を変化させることができる。だが彼の、そんなパワーに偏った戦い方は、搦め手を得意とす
るセロとは相性が悪い。
「色装(のうりょく)を使わないっていうなら……ここで、潰すよ?」
 魔獣化した豪腕と、素早く鋭い短剣が弾き合う。
 その瞬間だった。バトナスははっと気付く。いつの間にか自身の左右背後から忍び寄り、
突如として何も無い所から無数の暗器が現れて──。
「ッ!?」
 だがその死角からの一撃を、フェイアンの八頭蛇(オロチ)が防いだ。間に割って入るよ
うにして、これら凶器をバトナスから引き離したのだ。
「バトちゃん!」
「やれやれ。性悪な能力だね。物を見えなくする色装、か」
 サムトリア軍に囲まれているエクリレーヌが叫ぶ。フェイアンが一度助太刀をして、また
ロミリアら魔導師隊に向き直る。
「君達に言われたくないなあ。それにどんなものかは、誰しも生まれ持ったものだろう?」
 ばさっと上半身の大部分を隠した、マントとストールを翻してセロは嗤う。
 操作型《隠》の色装。オーラで覆った物体を、通常の視覚から遮断してしまう能力だ。
 頬に両腕に。全身を魔獣化させたバトナスが険しい表情(かお)でこれを見ていた。自分
が押された事実も然ることながら、助太刀された事実も正直腹立たしい。
「……フェイアン、エク。俺が隙を作る。使うぞ」
 それ故に、バトナスが一言そう告げるのを聞き、フェイアンやエクリレーヌ、倒され伏し
た黒衣の兵士達が目を見開いた。剣で飛んでくる魔導を斬り、しつこく襲ってくる兵士らを
魔獣達で倒し、二人が慌てた様子を見せる。
「ええっ!?」
「使うって……。何も、こんな所で」
「しゃーねえだろ! いつまでも足止め喰らってる場合じゃねえだろうが!」
 横目でフェイアンが言う。だがバトナスは既にオーラを練り始めていた。
 セロが、ロミリアが、しならせた暗器達や魔導の詠唱を続ける。するとバチバチッと、彼
の纏うオーラはにわかに禍々しい赤色を帯び始めた。
「? あれは──」
「っと、させないよ」
「いいや。その前にもう一発で、終いだ……!」
 その異様さに、ロミリアが狙いをバトナスに向け直そうとする。それを、フェイアンがま
るで時間を稼ぐように割って入り、冷気の斬撃を振り落ろす。
 エクリレーヌがじりっ、じりっと後退り、サムトリア軍が何事かと見遣っていた。当の相
対するセロが小さく目を細め、しならせた暗器を再び《隠》に包んで撃ち放つ。
「──うらァッ!!」
 しかしである。赤いオーラを纏ったバトナスの拳は、そんなセロの投擲群を瞬く間に弾き
飛ばした。辺りの地面を抉り、家屋や敵味方を吹き飛ばし、その一発はセロに迫る。
(威力が……。拙い、防御を──!)
 はたして、彼の放った一撃は状況を一変させた。それまで“結社”の軍勢を押し返して呑
み込まんとしていた兵力の一角が、ごっそり穴を空けられてしまったのである。
 思わずサムトリア軍も、ロミリア達も唖然としていた。「団長!」当のセロ配下の傭兵達
もこの凄まじい破壊力に思わず叫んでいる。
「……見くびったな。やれば、できるじゃないか」
 大きく吹き飛ばされ、家屋に叩き付けられたセロ。彼はあくまで埃だらけの帽子を被り直
し、余裕ある姿を装っていたが、つうっと口元から血を垂らし、少なからぬダメージを受け
たことは誰の目から見ても明らかだった。
「ふん」
 バチバチッと。まだ赤い迸り、余韻の残るオーラ。
 強化型《凶》の色装。オーラとは魔力(マナ)であり、魔力(マナ)とは魂が正常に活動
する為に不可欠なエネルギーである。故に全身を巡るオーラは本来、その百パーセントを何
処か一点に配分する事はできない。生物の本能として欠乏する事を恐れるからだ。
 だがこの能力は、そんな己の本能さえも凌駕する。持てるオーラ量を文字通り全て戦闘に
回し、驚異的な破壊力を実現する。
 ……尤もそんな性質上、背負うリスクも大きい。本来防御にも回せるオーラも全て攻撃に
振るため、守りが皆無になってしまうのだ。相手が警戒している状態では、使い難い。
「今の内だ。戻るぞ」
 そして奥の手を出されたロミリア達が見せた隙を、バトナスは逃がさなかった。まるでこ
れを待っていたかのようなフェイアンやエクリレーヌ、配下の兵達が、瞬く間に転移の光に
包まれて消えてしまったのである。
 パラパラと、辺りには交戦で激しく破壊されてしまった市中だけが残った。サムトリア軍
は慌てて追おうとしたが、ロミリアは止める。どうやら自分達の足止めもここまでらしい。
セロも部下達に気遣われながらものそっと立ち上がり、深く大きなため息をつく。
「やれやれ……。逃げられてしまったか」
「元々討ち取る予定でもなかったでしょう? でも珍しい。貴方がしてやられるなんて」
「全くだよ。やっぱり奴らとの戦いは、割に合わないね」
 ロミリアからのこなれた嫌味にも、セロは小さく肩を竦めて自嘲(わら)っている。部下
達に命じ、作戦は既に被害の把握と事後処理に移り始めていた。
「……何とか防ぎ切ったかしらね?」
「この町はね。だがじきに今度はヴァルドーが戦場になる。彼らもまた、あちらに向かった
のだろう」
 戦塵を拭い去ってゆく何処からともない風。
 だが危機は、更に大きな都(まち)へと舞台を移し、燃え続けようとしている。
「とにかく一旦クーフに戻りましょう。大統領に、報告を」

「──アトスにも、反乱が?」
 時を前後して、ルフグラン号船内。ロミリア達の助力で翠風の町(セレナス)を脱出した
ダン達南回りチームは、合流した団員やレジーナ、エリウッド達からジークらの行動と言伝
を聞くことになる。
「大丈夫かな……? 連絡があったのはそういう事だったんだね」
「信じる以外にないだろう。どちらにせよ、片方を見捨てるなどという選択肢はない」
「そうだな。それにイセルナが任せるって言ったんだ。俺達は俺達で最善を尽くす」
 元よりロミリア達からもそのつもりで送り出され、向かう予定だった。兵力が分散される
のは否めないが、これまでもこの団員達(みな)で戦ってきた。
「急いでグランヴァールに向かってくれ。直接転移ができねぇんなら、先生さんの魔導で城
の中に降りる」
「ええ、今全速力で」
「向こうはどうなっているんでしょうか? 降下するにしても許可が……。そう簡単に連絡
が取れる状況じゃないのは分かってますけど……」
 一行は操舵室に集まり、逸る気持ちを抑えながら西の霊海を突き進む。先にジーク達に疑
問を投げ掛け、そのとんぼ返りを見送ったアルスやエトナ、リンファらも現地の具体的な様
子が気になっているようだ。
「導信網(マギネット)には、火の点いた王宮が撮られてますね」
「中の様子までは、ちょっと。一応、クーデター派が内部へ突入したって書き込みは幾つか
確認できますが……」
 アルスが、ダン達が唇を結ぶ。もう遅いかもしれない。
 だが諦めたくはなかった。私情からにも大局的にも、見捨てる訳にはいかなかった。何よ
りイセルナ達から託されたのだ。足を止める理由なんてない。

 リュカに風紡の靴(ウィンドウォーカー)を掛けて貰い、ダン達はグランヴァール上空に
差し掛かると一挙に飛び降りた。風の魔力を纏い、加速度的な風圧に曝されながらも、方々
で火の手と剣戟の上がっている王宮のど真ん中へと着陸を試みる。
 ……だが妙だ。空中から目を凝らし始めたその時点で、どうも正規軍──軍服の兵士達が
黒衣のオートマタ兵や黒ずくめらを押しているように見える。その見立ては地上がはっきり
と見えるにしたがって正しいと分かり、王宮の外回廊に降り立った時には既に、次々に湧い
て出てくる正規軍がクーデター派の面々を切り崩して回っていた。
「! 貴方達は……」
「クラン・ブルートバードだ。助けに来たぜ」
「まぁこの感じだと、最悪の事態は免れたみたいだがな」
「いえ、助かります。何せ数が多いので……」
「一度は造反者らの策もあって追いやられましたが、陛下直属の部隊によって巻き返しに成
功しました。現在は敵勢力を分断しつつ、各個撃破を進めています」
「ここは我々にお任せを。皆さんは玉座の間へ。本隊と合流し、陛下をお守りください」
「ああ。分かった!」
「……念の為、団員達(ボクらのなかま)を置いていく。上手く使って」
 既に押し返されている“結社”の軍勢を共に薙ぎ払い、取り押さえ、ダン達はその場で早
速役割分担を決めた。本隊はこのまま玉座へ。ミアが一緒についてきた団員達を示し、別班
として正規軍(かれら)のサポートに回らせる。

「──ほう? あれが噂に聞くブルートバードか……」
 そんな空より降って、深部へ駆けてゆくダン達の姿を、悠々と眺めている者の姿がある。
 大剣を背負った偉丈夫だった。不敵に嗤い、何よりも身に纏う緋色のラインと黒塗りの重
鎧が印象的だ。彼は城壁の一角に立ち、オートマタ兵の一隊を従えて一連の反乱発生と最初
の制圧、そこから逆転した正規軍の盛り返しを只々、腕を組んで見つめていた。
 どれ。試しに一度、実力のほどを……。
 だがそう彼がふらっとその場所から歩き出そうとしたその時、反対側から油断ならぬ殺気
がした。ガチャッと軽く鎧を鳴らして立ち止まり、振り返ると、そこには“七星”の一人、
グラムベルと彼が率いる傭兵達の姿があったのだった。
「……全く。ファルケン王も人使いが荒いぜ。こういう時に備えて俺達と契約してたってい
うのに、実際に事が起こりゃあ自前で対処しちまうんだもんなあ」
 獅子(ライオン)系獣人族(ビースト・レイス)の、これまた偉丈夫。西方を拠点とする
陸戦最強の傭兵団の長。
 部下達を率い、グラムベルは振り向いたこの重鎧の男に向かって最初、そう愚痴のような
言葉を紡いでいた。
 されど互いに、もう既に油断はしていない。一瞬で互いの力量を感じ取り、戦闘態勢を取
り始めていたからだ。
「悪いが、そこから先は通行止めだ。これも仕事なんでね。一応報酬の分は働かせて貰う。
しかし……見ない顔だな。まぁ結社(れんちゅう)の仲間に違いはないんだろうが。てめぇ
は誰だ? 何故ヴァルドーを、アトスを狙った? 何故今になってなんだ?」
 グラムベルは問う。だが重鎧の男は小さく嗤ったまま答えなかった。
 元より分かり合える筈もないか……。グラムベルは武器を、鎖鉄球付きの斧を抜き、全身
にオーラを滾らせる。力の揺らぎ。部下達も同じくこれに倣う。
「──」
 しかしである。次の瞬間、重鎧の男がふと一同を強く見つめた気がした。
 するとどうだろう。直後グラムベルの左右背後に控えていた部下達が、次々に一人また一
人と白目を剥いて倒れ、或いは膝を震わせて大きくグラついたのである。
「な、何だ!?」
「いきなり若ぇ衆が倒れた!」
「おい、どうした!? しっかりしろ!」
 大混乱に陥る部下達。その様を、グラムベルは肩越しに見遣っていた。いつもは豪胆な彼
の表情が、驚愕で緊張している。
「……てめえ。まさか」
 そしてゆっくりと視線を戻し、この重鎧の男を見遣る。
 グラムベルは深く眉間に皺を寄せていた。この手の能力は見た事がある。
 操作型《覇》の色装。威圧感をオーラに乗せて敵の自由を奪う能力だ。ファルケン王も、
これと同系統の能力を持っている。
(だがこれは。下手したら奴よりずっと……)
 ガチャリ。戸惑う部下達を余所に、グラムベルは一歩二歩と前に進み出した。得物の斧と
鎖鉄球をぶら下げて、この得体の知れない男を逃さぬように見つめる。
「だ、団長」
「お前らは下がってろ。まだ経験の浅い奴は特にな。こいつ……できるぞ」
 呼び掛けようとする部下達。だがそんな弱々しい言葉も、グラムベルのぴしゃっと端的に
表す一声には及ばなかった。
 決して温い奴らばかりを連れてきた訳じゃない。これまで一緒に幾つもの戦場を駆け抜け
てきた仲間達だ。そんな曲者揃いを、こいつは気迫の一つで怯ませやがった……。
「てめぇ、何者だ? これまでの奴らとは明らかに違う」
「……」
 しかし重鎧の男は、結局そんな質問には答えなかった。ざらりと、ただ何処か楽しそうに
嗤いながら、背中の大剣を引き抜く。
 念入りに練ったオーラを斧から鎖に纏わせる。片手で軽々と握った大剣にオーラが宿る。
 静から動。部下達が思わず息を呑んで見守る中、互いにゆっくりと距離を詰めていく。

 轟。
 そして次の瞬間、グラムベルと重鎧の男は、周りにとてもつもない風圧を巻き起こしなが
ら激突し始めた。


「おのれ……。おのれ、おのれ、おのれぇぇッ!!」
 グランヴァール王宮玉座。グノアは自らの見通しの甘さを嘆くよりも、今この場でままな
らぬ激情にこそ身を委ねていた。
 この二年の間、ファルケンが秘密裏に組織させた直属の魔人(メア)部隊・王の牙。
 一度は城内を知り尽くした強みで各所を制圧したグノアらクーデター派だったが、彼らが
動き出したことで一転、今度は逆に追い詰められてしまっている。
 同調してくれた元臣下達や、こちらが連れてきた信徒・オートマタ兵は既に反撃によって
撃破され、破壊された。グノア自身も“牙”達の内半数から追撃に遭い、防戦一方だった。
霞む速さで叩き込まれる斬撃を刃を立てた義手で受け流し、こちらを狙ってくる魔導は掌か
ら放つレーザーで相殺する。
 だが実際の所、そこまでが限界だった。数の不利は勿論の事ながら、グノアは間違いなく
彼らに押されていた。
 おのれ……! 繰り返し、グノアは怒りに目を血走らせる。
 自分は選ばれた存在だ。それが、こんなぽっと出の飼い犬どもに押されるなどあってはな
らないのに。仮にも魔人(メア)ならば、奴の味方をするなど間違っているのに。
「おのれ、おのれ……。あくまで世の理に逆らうか! ファルケン・D(デュセムバッハ)
・ヴァルドー!」
 届かない力、忌々しい。
 従わぬ奴が、忌々しい。
 “牙”達に囲まれ、必死に捌きながら、グノアは叫んだ。
 その向こう、玉座から立って残り半数の“牙”達に守られながら、当のファルケンは不敵
な笑みを浮かべてアヴリル・フェニリアと対峙している。
「ごちゃごちゃ五月蝿ぇなあ。少なくとも、てめえの指図に従う気はねぇよ」
 アヴリルが両袖から、大量の蟲型魔獣を放つ。それをファルケンは言い返しながら、既に
解放を済ませた鎧戦斧(ヴァシリコフ)のミドルレンジ形態──鎖の多節斧をぐるんと一薙
ぎして蹴散らすと、面倒臭そうにちらっとグノアを一瞥した。
「それにその理ってのが本当だろうが何だろうが、結局今のてめえはその威を借りた狐だろ
うがよ!」
 ヴァシリコフの追撃から飛び退くアヴリルと入れ替わるように、フェニリアが手に炎を生
み出して巨大化させる。オーラを込め、自ら“意思”を持ったこの炎は金切り声を上げなが
らファルケンに向かっていったが、これを“牙”達の内二人が水と風の魔導を打ち放って拮
抗。ややあって打ち消してしまう。
「ありゃりゃ。やっぱり聖浄器持ちは厄介だねえ」
「ええ。と言うより、最初に押し切れなかった時点でもう失敗なのだけど」
 だが仲間が向こうで押されている、言い負かされているにも拘わらず、彼女達はまるで興
味がないようだった。加えてファルケンや“牙”達との交戦も、何処か手を抜いているよう
な素振りすらある。
 二人は平静と、この備えを怠らなかった破天王を見ていた。
 グノアはあちこち焦げて、ボロボロになって、荒く息をついていた。
 両者の睨み合い。おそらく次の一手、二手で──。
「どおおっ……せいッ!!」
 そんな時だった。この玉座の間に、また新たな闖入者が現れる。
 ダン達だった。道中を守っていた信徒達を、文字通り千切っては投げ、千切っては投げて
蹴散らし、合流した王国正規軍と共に突入してきたのだった。
「!? ダン・マーフィ──ブルート・バードだと……?!」
「おーい、無事か? 話を聞いて助けに来た。まぁ割と大丈夫そうだけど──ん?」
 驚愕するグノアと、ちらりと横目に一瞥するだけのフェニリアとアヴリル。
 皆を代表してダンがファルケンに呼び掛けた。自身も鎧戦斧(ヴァシリコフ)を振るって
いる所からみるとやはり元気そうだ。
 だが言いかけて、視界に見慣れぬ魔人(メア)達がいることに気付き、思わずその眉間に
皺が寄る。
「ああ、大丈夫だ。安心しろ。こいつらは俺の部下だ」
 目を瞬き、少しきょとんとするダン達。何だ、びっくりした。
 だが状況はそうのんびりしている場合でもない。あからさまな敵意を向けるグノアと、奥
の玉座で相対するファルケンとフェニリア・アヴリル。先ず優先すべきは彼らの排除で間違
いないだろう。
「グノ、クロム。王さんを頼む!」
「ああ!」「うむ」
「それと……以前ヴァルドーを裏切った奴か」
「こっちは、ボク達が押さえる」
「くっ……! 調子に、乗るなあァァァ!!」
 ダンの指示でグノーシュとクロム、ステラとリュカが走り出す。サフレやミアが、血走っ
た目のグノアと相対し、その飛び上がって繰り出す義手の刃を待ち受けた。
 深く深くバネの要領で伸縮させ、相殺せんとする一繋ぎの槍(パイルドランス)。
 両手に溜めたオーラを球状に圧縮し、受け止めた《盾》の拳。
 だが拮抗は一瞬だった。グノアの攻撃は《矛》の威力を加えた槍先の射出に押し負け、更
に《盾》の堅い防御の前に圧し折れる。
 何……?! 驚愕に目を見開くグノア。《鋼》を纏ったクロム、《雷》を解き放つグノー
シュ及びステラとリュカの魔導に足止めされたフェニリアとアヴリルが、横目にこの同胞の
打ち破られる寸前を見る。
「これで……終わりだあああ!」
 そしてミアとサフレ、二人の間を抜けて飛び込んでいくダン。その振り上げた戦斧と彼の
全身には、猛烈に燃え盛る《炎》のオーラが。砕けた半機の身体、瞳にその勇猛な姿を──
畏怖を映し、グノアは引き延ばされた時間の中で表情(かお)を引き攣らせる。
「ひっ──ぎゃああああーッ!!」
 避けようもなかった。弾き飛ばされた中空で、まともに受ける《炎》の一閃。
 グノアは白目を剥き、炎の軌跡を描く一撃をざっくりとその身体に刻んでいた。ばらばら
に壊れ、舞い散った義手のパーツが辺りに転がって音を立てる。
「……やられた」
「ああもう。あの馬鹿っ」
 どうっと下座の絨毯の上に倒れ込んだグノア。ぽつっと漏らすフェニリアとアヴリル。
 暫し間があった。だがしかし次の瞬間、同じく玉座の間に突入した正規軍らが一斉に鬨の
声を上げたのだった。
 数拍、中空に残った炎の余韻。
 ニッと嗤い、鎧戦斧(ヴァシリコフ)を担ぐファルケン。
 クーデター派は、間違いなく瓦解する。

 大剣と斧が、激しく何度もぶつかり合っていた。
 同時刻、グランヴァール王宮外壁。
 有事に備え、ファルケンに雇われていたグラムベルは、同城に出没した不審な重鎧の男と
交戦していた。
 オーラを込めた一撃同士がぶつかる。その度に、ぎっしりと石積みされた足元が、周囲の
見張り塔の壁が剥がれてゆく。
 部下達はこの戦いを、固唾を呑んで見守っていた。最初の気に中てられた歳若い傭兵達は
まだ白目を剥いたまま目を覚まさない。
 一見して、拮抗しているように見えた。互いに決定打に欠けるように見えた。
 ……だがどうしてだろう。じっと見ていると、何だかグラムベルの方が少しずつ押されて
いるかのような。
「ふぅむ……。流石に堅いな。話は聞いているぞ? “獅子王”グラムベル。お前の色装、
強化型の《鎧》だろう? オーラを何重にも重ねて張ることができる能力。それ故に他の者
には真似のできない防御力を得られるとな。そしてその堅さは、当然攻撃力にも転嫁する事
ができるッ!」
 じわじわと苦しそうな表情になっていくグラムベルとは対照的に、この重鎧の男は寧ろ嗤
っていた。猛者との戦いを楽しんでいるかのように嗤っていた。
 再三と、自身の大剣を打って彼を弾き飛ばし、一旦饒舌な台詞を切る。ズザザッと大きく
互いに間合いを取り直し、再び地面を蹴って鍔迫り合いを。得物と得物がぶつかり合うその
瞬間を。
 しかし彼はその直前、またくわっと何か気迫のような力を乗せて大剣を叩き付けた。その
拍子にグラムベルがまた少なからず顔を歪める。
(ぐっ……! まただ……。また、《覇》で手元が……)
 若い衆のようにそのまま倒れることはしない。だが相手の放つ覇気は多少なりとも武器を
握るこの手から力を削ぎ、即ち押し負けさせようとしてくる。
 グラムベルはその度に耐えた。はたして──やはり只者ではないと理解しつつ、しかしこ
の男を城内に入れては拙いとの直感が彼を引き続きこの場に立ち続けさせていた。
「な、なあ。もしかして団長、押されてないか?」
「ば……馬鹿野郎! 団長に限ってそんなこと……」
「でも、団長がここまで苦戦するだなんて、久しぶりに見た……」
 部下達がやはりと確信し始め、ごくりと息を呑んでいる。不安な眼差しはグラムベル当人
にも気付かれており、只々なし崩し的に始まった交戦は消耗戦になりつつあった。
『──』
 そんな時である。はたと場に、新たな手勢が現れたのだった。
 何もなかった場所からの出現──空間転移である。フェイアンとバトナス、エクリレーヌ
の使徒三人組が現れ、交戦していたこの重鎧の男を前にサッと膝をついたのである。
「ただいま戻りました」
「おや。こちらも“七星”と交戦中でしたか。何も御身自ら戦わずとも……」
「何、構わんさ。ちょうど俺も暇をしていた所だ。そろそろ戻ると思ってたよ。少し前に中
へブルートバードが入っていくのが見えた」
 互いに攻撃を弾き合い、また大きく間合いを取り直す。されど重鎧の男は、息一つ切らさ
ずに鷹揚としていた。はっ……。フェイアン達が、かしずいたまま傍に控えている。
「あれって……“結社”の魔人(メア)?」
「拙いぞ。団長! 俺達も加勢を──」
 だが更に異変は起こったのだった。悪化する状況に部下達が動き出そうとしたその時、ま
たもや空間転移で現れた者達がいた。
 フェニリアとアヴリルだった。戦っていたからか、少し汚れている。フェイアン達が戻っ
て来ていたのを横目に見て把握しながらも、しかし彼女らもまたこの重鎧の男を前にして片
膝をつくことを忘れない。
「申し上げます。グノアが敗れました」
「ファルケン王は既に我らと同じ、魔人(メア)の部隊を作り上げていました。こうした事
態を予め想定していたようです」
「……そうか。やはり付け焼き刃の力ではまだ充分には使えないな」
 ガチャリ。そう少し目を瞑ってから呟くと、何を思ったか重鎧の男はその場で踵を返し始
めた。グラムベルが、部下達が「ま、待て!」と押し留めようとする。だが今さっきまで見
せていた底知れぬ力と、更に五人に増えた使徒達の存在が、本気での追撃を困難にする。
「撤収する。もう一度、対応を考え直さなければならん」
 そして彼らは、そのまま再び空間転移の光に包まれて消えた。ぽっかりと、城壁一帯には
穴の空いたような静けさだけが残った。
「……た、助かった、のか?」
「そうらしいな。一体、何だったんだ……?」
 遠くでまだ剣戟の音が聞こえる。だがそれは既に正規軍によるクーデター派の一斉確保だ
ろう。結社(しゅぼうしゃ)は去り、彼らの話では例の裏切り者は敗れたようだ。彼女らが
一緒に転移して来なかった所を見ると、どうやら見捨てられたらしい。
「……」
 ガチャリと鎖鉄球と斧を肩に担ぎ、ぶら下げる。グラムベルは自身の疲弊とボロボロさを
見下ろしながら、静かに嘆息をついていた。
 何とかクーデターは未遂に終わったようだ。
 だが結局、また奴らについての謎が増えてしまったような気がする。

「──蒼桜、三分咲!」
 左の愛刀に込めた《爆》の力を、目の前の巨体に向けて振り放つ。
 クリスヴェイル王宮中庭。人的被害を最小限に抑える為、ジーク達はサーペントを室外に
移し、食い止めようとしていた。蒼い斬撃の光が袈裟懸けに走り、サーペントの巨体をざっ
くりと引き裂く。
『……』
 だが、大きく瘴気の外皮を裂いたのも束の間、次の瞬間傷口はボコボコと隆起する肉塊と
共に、まるで縫い直されるように塞がってしまう。
 ヴォオオオオ……! 回復と共に吐き出される咆哮。サーペントはまるでダメージすら残
さないまま、また幾度目かの尾を振り上げた。慌ててジーク達は散り、これを避ける。草花
で綺麗だった緑はすっかり抉られ荒らされ、茶色く濁っている。
『オオォォォ……。憎イ、憎イ、憎イィィィィ……ッ!!』
 剣を弓を、銃をピンを、構えて握って取り囲むジーク達。
 しかし何度攻撃を叩き込めど、サーペントの再生能力の速さには中々追いけない。
「チッ。これじゃあキリがねえ」
「通常の魔獣と違って、外皮が瘴気そのもののようだからね。ただでさえ物理的な攻撃が伝
わり難いのに加え、あの量だ。生半可な威力では突き破れないか……」
「で、でも、あんまりやり過ぎると中の王子が」
「生体反応(バイタル)ハ確認デキマス。ガ、ドンドン弱クナッテイマス。急ガナイト」
「聖浄器で吹き飛ばしましょうか? ジークさんの六華や聖教典(エルヴィレーナ)なら」
「いや……駄目だ。先に中の王子を引っ張り出さねえと。取り込まれてるなら、王子まで一
緒に消し飛んじまうかもしれねぇ」
 何よりも、この時のジーク達には躊躇いがあった。殺気──敵を倒すという明確な意思、
害意を向ける覚悟といったものが決定的に足りなかったのである。
 魔獣ならまだ、冒険者として、人に戻ることはないと知っているが故にいっそ一思いにと
いう思い切りが身体に染み込んでいる。だが今回の場合、サーペントはあくまで瘴気の外皮
でハーケンという核を包んでいる構造と考えられた。まだ助かるかもしれない。そんな希望
的観測が、少なからず一同の刃を弱めていた。優しさと言い換えれば綺麗だが、こと強敵を
相手にする場合において、それは一撃の威力も自らさえも殺しかねない弱みとなる……。
「うん?」
 そんな時だった。ふとサーペントに、いや傍らで宙に浮かんでいるヘイトに、銃弾が飛ん
で来た。当然というべきか、これらは容易く周囲に張っていた障壁に阻まれたが、彼らの注
意が向くには充分だった。
「う、撃て撃てー!!」
「ブルートバードだけに任せておくな! 王子を、救出するッ!」
「っ……、馬鹿! 余計な真似──」
 アトスの正規兵達だった。風穴の空いた上階から、こちらに向かって一列に並び、銃を構
えていたのだった。
 加勢のつもりか。だがジークらは思わずハッと引き攣り、叫んだ。その程度の攻撃で何と
かなるような相手じゃない。
 案の定、ヘイトはサッと手をかざし、瞬く間にこの二年でより細く強靭なそれに進化した
魔流(ストリーム)の錨を彼らに突き刺すと、一本釣りの要領で空中へ引き摺りだした。更
にそこへ向かってサーペントが、大きく息を吸い込んでブレス──霧状になった瘴気を吐き
出して彼らを攻撃。あっという間に朽ちさせて塵に帰す。
「くっ……! だから止めろって……」
「ゴミ風情が目障りだ。消えろ」
 そして再び、今度は穴の空いた上階の中に向けてサーペントが瘴気のブレスを吐こうと息
を吸い込む。ジーク達は目を見開いて全身を強張らせた。されど同時に、彼らを救うべく地
面を蹴り飛ばしもする。
「危ない!」
「オズ、俺を飛ばせ!」
「っ……、征天使(ジャスティス)!」
「調刻霊装(アクセリオ)──三重速(サティスクロック)!!」
 イセルナが飛翔態で突っ込み、大量の冷気でこれを相殺しようと試みた。続いてオズにぶ
ん投げられたジークが中空で緑柳の結界を使って取りこぼしを防ぎ、レナの使い魔と加速の
魔導を使ったリカルドが崩落の端にいた兵士達を奥へ押し返す。
「ひっ……!?」
「た、助かった……」
「……お前らじゃ手に負えねぇよ。分かったらすっこんでろ!」
 ギロリ。サーペントが向けてきた視線、狙いがこちらに戻ったのを確認しながら、ジーク
達は再び中庭に降りる。征天使(ジャスティス)とリカルドが上階から、シフォンやハロル
ド、クレアらがこの巨体の背後に回って次の攻撃に備えている。
「……王子の安全は、保障できないかもしれないわね」
「ああ。一か八か、全力を叩き込んで外皮を吹き飛ばすしかなさそうだ」
 躊躇いの末に、ジリ貧の末に。
 屋外に出ても尚収まる事を知らない被害に、イセルナ以下一同が覚悟を決めようとする。
「──皇子、イセルナ殿!」
 だが、次の瞬間だったのである。それまで決定打を持ち得なかったジーク達に、希望の光
が差し込んだ。王宮から中庭へ出る一階の回廊口から、ミルヒ王女と夫・ギュンターが駆け
つけて来たのだった。
「王女さん!?」
「な、何で。避難した筈じゃあ……」
「ええ。実は宝物庫に戻っていたんです」
「使ってください! うちの馬鹿な弟の、目を覚まして!」
 一瞬ぎょっとしたジーク達だったが、程なくしてそれが単なる無謀ではないと気付いた。
 手にしていたからである。ミルヒが叫び、ギュンターが抱えていたのは、紛れもなくこの
国の聖浄器の片割れ、鞘に収まった氷霊剣ハクアだった。
 彼女が叫び、夫がぶんっと力一杯にこちらへ投擲する。
 咄嗟にジーク達は、イセルナがこれを駆け出して受け取った。クゥゥゥン……。柄に手を
掛けたその瞬間から、只ならぬ力が宿っているのを感じる。
「まさか……。やらせるな、ハーケン!」
 これが何か気付いたのだろう。ヘイトも目を見張り、させじとサーペンを差し向けた。再
び大きく息を吸い込み、瘴気のブレスを吐こうとゆっくり首を振り上げる。
「団長!」
「イセルナ!」
「──」
 はたして、その時だった。瘴気のブレスが襲い掛かった刹那、イセルナもまた振り向きざ
まにハクアを抜いていた。
 するとどうだろう。濛とした冷気を湛えながら、透き通るような蒼く輝く刀身が残心し、
彼女に襲い掛かる筈だったブレスが、サーペントの下顎を巻き込んで“空中に固定されて”
凍っている。
「……奴の攻撃が、固まって……?」
「凍ってる? でも何で、空中で……?」
 ジーク達も、同じく上階の兵やミルヒ達も、そしてヘイトもまた驚愕していた。物理法則
では本来あり得ない状態・質量での凍結に、皆が暫く数拍何が起きたか理解できずに固まっ
ている。
「……なるほど、そういう事ね。この剣は、空間ごと対象を凍らせられるんだわ」
 そして逸早く握り、理解したイセルナがゆっくりと残心を解く。濛とした白い冷気を描き
ながら、ハクアを片手にもがくサーペントを見上げる。視界に映る現実に、自身の脳内に直
接伝わってくる別のイメージが、彼女の今を妨げようとする。
「……ごめんなさい。暫く、力を貸して」
 唖然とするジーク達に振り向いて、イセルナは叫んだ。ハッと我に返った皆と共に、正真
正銘最後の攻撃を試みる。
「皆、援護をお願い! 奴の動きを止めて! 私とジークで、あの怪物からハーケン王子を
取り戻すわよ!」
「……っ!?」
『了解!』
 ハクアを握ったイセルナと、紅梅と蒼桜に魔力(マナ)を込めたジークが立ち並ぶ。その
背後左右を、他の仲間達が駆けた。シフォンはクレアと、リカルドはオズと併走してサーペ
ントの死角へと移り、それぞれにマナの矢と聖印弾を撃ち放つ。
「流星──掃射ッ!」
「喜べよ。今日は出血大サービスだ!」
 直接ではなく、上空に放ったシフォンの無数の矢が軌跡を描き、サーペントの尾や伸びる
痩せぎすの手などを縫いつけるように地面に突き刺さった。雨霰と降ってくるマナの矢に慌
ててヘイトは回避し、更にその間にもリカルドが聖印弾──対魔獣用の特殊弾をここぞと言
わんばかりに繰り返し撃ち込む。サーペントはバランスを崩し始めた。ある意味一番有毒な
攻撃を、その巨体の局所的にとはいえ喰らい、苦しみ出す。
「ハクアが氷の剣なら、やっぱりこいつには焔属性だね!」
 《彩》の眼でクレアがサーペントの身体を区分けして見、その全てにハクアと相反する力
のピンを投げ刺した。ダメージこそ皆無なものの、彼女の眼にはその巨体が全て、瞬く間に
赤色──焔属性に染まってゆくのが見える。
「盟約の下、我に示せ──」
「精神の枝葉(サプライメント)!」
 そしてハロルドとレナの魔導、魔力(マナ)を補給するサポートを受け、イセルナとジー
クは大きくその得物を構えた。大きくぐらつき、倒れようとするサーペントの腹部に向かっ
て、ハクアの斬撃が二閃三閃と描かれる。
『ゴ……アアッ?!』
 はたして、サーペントは完全に身体を地面につけたまま凍てつかされ、自らの核を差し出
すように首をもたげた格好で固定させられていた。
 必死にもがく。だがこれはただの凍結ではないのだ。空間ごと凍りつき、留められた身体
を引き剥がすのは容易な事ではない。
「いくわよ、ジーク!」
「うっス!」
 これで動きは完全に封じ込めた。イセルナとジークは地面を蹴り、互いの得物に溢れんば
かりの力を込める。ハクアの青白い光と、紅梅と蒼桜の赤と青の螺旋。狙うは晒される形と
なったサーペントの首筋。最も厚みがマシと思われる箇所──。
「……チッ!」
 凄まじい光が辺りに満ちた。ヘイトがその中で、眩しげに忌々しげに独り一足早く空間転
移して逃げてゆく。
 サーペントの身体は、二人の渾身の一閃で真っ二つにされていた。再生する暇も与えず、
切り口がハクアの冷気で凍り付き、更に六華の《爆》がその巨体を構成する瘴気の外皮を片
っ端から消し飛ばす。
 目一杯フォーカスしたランプ眼でその中に埋もれていたハーケンを補足し、オズが射出し
た腕で彼を引き抜いた。ガリガリガリッと腕部機構の鎖を巻き戻し、その身柄を確保する。
「王子!」
「ハーケン!」
 塵に還るように消えていった瘴気の外皮。
 しかしジーク達は、何よりもこの逆転劇の切欠を作り、見守っていたミルヒとギュンター
ら共に、この囚われの王子の下へと駆け寄ってゆく。
「……」
 ハーケンは、酷く衰弱していた。ぐったりと力なくオズに抱えられ、その全身は既に瘴気
の影響と思しき黒い痣に侵食されてしまっている。
「何てこと……。ハーケン、しっかりしなさい! お父様に刃を向けて、ましてや“結社”
に魂を売るような真似をして、このままで済むと思っているの!?」
 オズから引き継いで介抱し、相変わらず言葉は辛辣なミルヒだったが、その眼には大粒の
涙が溢れていた。
 無理もない。ただ一人の弟が、目の前で死にそうになっているのだ。ギュンターもジーク
達も、慌てて降りてきた上階の兵らも、彼を囲んで心配そうにその第一声を待っている。
「……私、は、王に……なれなかった。こんな姿(こと)になるなど、聞いていなかった」
「それはこっちの台詞よ! 何でクーデターなんか。時期が来れば、間違いなく次の王は貴
方だったじゃない!」
 姉に抱きかかえられながら、ハーケンは少し苦笑(わら)ったような気がした。父の在位
の長さ故に、先送りにされてきた皇位継承。だが、少なくともミルヒの側は、自身が政治家
に向いていないことぐらいは自覚(わか)っていたのだった。
「……マリーに、見せてやりたかった。父上にも負けない、最高の、王に」
「王子……」
 ジークやオズといった辺りは頭に疑問符を浮かべていたが、ミルヒ以下他の面々は大よそ
理解したのだろう。愛する人を失った哀しみの末に、彼は頼ってはいけない悪意(もの)に
手を出してしまった。
「……すまな、かった。私が、間違っ──」
「ハーケン!」
 だが次の瞬間、遂に彼は力尽きた。じわじわと全身を蝕んでいた黒い瘴気の痣は、やがて
彼の身体を炭のように朽ち果てさせたのである。
 ミルヒが叫んだ。涙を零して叫んだ。その手の中で、実の弟は燃え尽きたように壊れ、風
に運ばれて消えてゆく。ジーク達が強く強く歯を噛み締めた。ミルヒの絶叫が、破壊され尽
くした中庭と王宮の高壁に響き渡る。

「──」
 そうした戦いの一部始終を、黒いフードローブに身を包んだ人影が見ていた。
 ミルヒ達の慟哭。
 だがそんな彼らの哀しみを、感情さえも、この人影はまるで興味がないといった風に無視
して踵を返した。誰一人、その存在に気付かぬまま、そっと消え去る。


 かくして、四大国の半分を巻き込んだクーデターは未遂に終わった。
 事件による混乱と内部の都合のため、公表は数日ずれ込んだが、世界中に衝撃を与えるに
は十分だった。
 得たものと、失ったもの。
 一連の戦いで首謀者の片割れ、元ヴァルドー武官の使徒グノアを破り捕らえるという成果
を挙げることはできたものの、その一方でハーケン王子の死という大きな損失をアトスを始
めとした統務院各国は被る事となった。
 グノアとハーケン。両国のクーデターを率いた二人の実行犯。
 だが表向きには、ハーケンの死はあくまで玉座を巡る交戦の中でとされている。彼が用い
た黒塗りの剣も、その力で異形に変身したことも、当局は努めて伏せる方針を取った。ただ
でさえまだ全容が明らかになっておらず、寧ろ謎が増えたというのに、馬鹿正直に打ち明け
て徒に人々の不安を煽ることは上策とは言えない。何よりそうした不安は、いずれ自分達へ
の不満となって撥ね返ってくることだろう。
 ……尤も、いつまでも隠し通せるものではない筈だ。
 見境のない好奇心と正義感。ヒトの発揮する性は、いつの時代とて例外は無い。

「すまなかったな。お主らには、助けられてばかりだ」
 クーデター未遂から数日後のクリスヴェイル王宮内、玉座の間。
 ミルヒにギュンター、そして他の臣下達が勢揃いする中、ジーク達北回りチームもまたこ
の日顔を出していた。娘と婿を傍らに座らせ、ハウゼンは気持ち重く沈んだ面持ちで今日も
玉座に着いている。
「いえ……」
 皆を代表してイセルナが呟く。そう遠慮するほど、目に見えて彼は消沈していた。
 無理もなかろう。実の息子が一度は自らに刃を向けて叛逆を起こし、更に怪物と化した末
に死んでしまったのだから。
 ジーク以下仲間達も、下手な言葉を掛ける訳にはいかず、きゅっと唇を結んでいた。
 不敬云々ではない。もしあの時、もっと早く瘴気の肉塊から解き放てていれば、彼を死な
せずに済んだかもしれないのだから。
「痛恨の極みです。出しゃばっておきながら、最も救うべき方を救えなかった」
 故にイセルナは、あくまで片膝をついたまま深く頭を垂れる。ジーク達もそれに倣った。
ミルヒがじわっと目に涙を溜めている。夫ギュンターが、そっと肩に手をやって慰めてやっ
ていた。
「お主らが気負う事はない。よくやってくれた。もしお主らが駆けつけていなければ、被害
はより甚大となっていただろう。逸早くあやつの策略に気付いたアルス皇子にも、宜しく伝
えておいて欲しい。全ては我が子の苦悩に気付いてやれなかった、この愚父の不徳よ」
『……』
 息子(ハーケン)が死んだと聞かされた時、かの賢王は目を見開いたまま暫くその場から
動けなかった。そしてつぅっと、やや遅れて涙を流し、娘達から伝えられたその最期の言葉
にぐっと慟哭を飲み込んだのだった。
 王として常に気丈であり続ける。冷静沈着であり続ける。
 それが結果として、一番身近にいる息子すら守れなかった。だとしても、やはり彼は王と
して、他人に泣き腫らすような姿は見せられなかったのだろう。
『──やっぱ、湿っぽいのは嫌(や)なモンだな。これじゃあ戦いに勝っても、勝負に負け
たみたいなモンだぜ』
 そうしていると、ふと中空のホログラム画面から少々吐き捨てるような声がした。
 ファルケンだ。グランヴァール城内玉座の間にて、同じく残った臣下達と共にこの集まり
の一部始終に耳を傾けている。
 今日は、両国を通信で結んだ報告会でもあった。こちらには既に、ダン達南回りチームの
面々も顔を揃えている。やはり皆総じて、険しい表情(かお)をしていた。
「……ファルケン王。貴方という人は……」
「よい。犠牲者を悼むのは後ででも出来る。それよりも今は、今後どう動くかを決める方が
先決だ」
 そういう人間だとは解っている。だがミルヒはきゅっと、唇を結んで肩を震わせていた。
 それを他ならぬハウゼンが制する。一度深く息をつき、視線を向け直した先には、この日
呼び出したジーク達の姿があった。
「不慮の出来事とはいえ、随分と長居をさせてしまった。また引き続き、聖浄器回収の任に
戻るのだろう?」
『持っていけ。お前らが一番、使いこなせる筈だ』
 クリスヴェイル城ではハウゼンが、グランヴァール城ではファルケン自身が、それぞれ自
国の聖浄器を託す。
 ミルヒとギュンターが氷霊剣(ハクア)と風霊槍(コウア)を、ファルケンが腕に巻いて
いた文様(ルーン)入りの黒い手甲──鎧戦斧(ヴァシリコフ)をそれぞれイセルナとダン
に代表して手渡した。イセルナ達の側はともかく、ダンらは思わず目を瞬かせている。受け
取った手甲型の待機形態を、ずしりと重い感覚と共に見つめている。
『いいのか? こっちはまだ式典も何も……』
『構いやしねえよ。どうせ暫くは城も国ん中もしっちゃかめっちゃかになるからなあ。無駄
に引き留めてそっちの動きを鈍らせるより、さっさと渡しちまった方がいいだろ。どうせ、
お前らがこっちに来ようとしてたのだって、こいつが目的なんだろ?』
 次もなんて、保証はねえしな……。
 若干苦笑いが交じった様子で嗤いながら、ぽつりと何か呟いたような気がした。ダンが仲
間達が頭に疑問符を浮かべたが、もう同じ言葉は聞こえない。「持っていけ」ファルケンの
不敵な笑みと、内心まだ不安な臣下達の視線だけが、こちらに注がれている。
「……確かに承りました。この命に代えても、死守致します」
「真面目だの。まぁそれぐらいの意気でなければ、こちらも安心して預けられはせんが。ど
う使うかはそちらに任せよう。今いる“結社”達の掃討に用いるもよし、当初の予定通り、
奴らとの決戦に備えたアドバンテージにするもよし……」
「あ、あの……。陛下──統務院の側では、まだ結社(かれら)の真意は判らないのでしょ
うか? ここまで聖浄器に拘るのには、何か必ず理由があると思うんです」
『その辺りは私達が調べたわ。翠風の町(セレナス)の大書庫に、リュノーの手記が残され
ていてね。幾つか、はっきりしたことがあるの』
 託された聖浄器。それを仲間達と一緒に見つめるレナが、内心の不安に駆られるようにし
て問うた。その声に、通信の向こうからリュカが応える。
 ダン達南回りチームは、彼女を通して先日の解読結果をざっと話して聞かせた。
 ハウゼンがじっと眉根を顰めていた。ファルケンが「ほう?」と口元に手を当ててじっと
視線を向けている。
 北回りチームのジーク達もまた、その驚きは等しく大きい。
 レナが懐にしまった聖教典(エルヴィレーナ)にそっと手を添え、ジークが腰の六華をち
らと一瞥している。イセルナがじっとその場に跪いたまま耳を傾けており、ハロルドが眼鏡
の奥の瞳を静かに光らせてブリッジを触っている。
『なるほどねえ……。そういう事か。これで幾つかの疑問も説明がつく』
「少なくとも、こちらが聖浄器を手に入れることは正解だったようだな。どういう理屈なの
かは分からんが、結社(やつら)は“大盟約(コード)”に近付く為に、強力な魂の力を必
要としている訳か……」
 ファルケン・ハウゼン両王も深く、深く考え込んでいた。反面この場に臨席した臣下達や
ミルヒ、ギュンターは、事の大きさに若干ついて来れないでいる。
「これは近い内に一度、他の王や議員達とも協議しなければならんようだな。今回の一件も
ある。奴らのそもそもの目的と此度の襲撃、点と点を結ばなくてはならん」
『同感だ。まぁ実際、どれだけ他の奴らが役に立つかは微妙な所だが……。ジーク、お前ら
はこのまま回収の旅を進めてくれ。この辺のややこしい話は、俺達がまとめて引き受ける』
 コク。ジーク達は、ダン達は、それぞれ目の前の王達に向かって頷いた。未だ分からない
ことが多過ぎる。明らかになってきたことも、結局は新しい“点”であって、それらを繋ぐ
理解──“線”を結ぶにはまだ遠い。力を蓄え、奴らを挫き、その計画の全容を明らかにし
なければならない。
「行きましょう。団長」
『一旦船に戻るか。イセルナ』
 ジークやダン、仲間達の視線が彼女の下に集まった。
 ええ。マントを翻し、イセルナは立つ。王達に見送られながら、失ったものらを密かに引
き受けながら、一行はただ前に進むしかない。

「お帰りなさい。兄さん、皆」
「どうでした? 国王との会談、何か進展でもありました?」
「お咎めがあったり……しませんよね? 結果的とはいえ、ハーケン王子を死なせちまった
訳ですし……」
 転送リングでルフグラン号に戻ってくると、ジーク達をアルスやレジーナ、待機していた
団員達が総出になって迎えてくれた。合流したダン達とも互いに顔を見合わせ、苦笑する。
そういう話ではなかったと、ざっと今後の方針を皆に伝える。
「……そっか。また旅に……」
「ああ。改めてありがとうな、アルス。お前のお陰で、どっちの国も落ちずに済んだ」
「ううん。僕はそんな……。ただちょっと、出しゃばり過ぎたかなって思うだけで……」
 だからこそ、改めて感謝の気持ちを伝えたのに、当の弟は何処か自信なさげだった。結果
的にハーケンが死んだことを自責しているのかもしれない。ジークは苦笑(わら)い、ぽふ
っとその頭をわしゃわしゃに撫でてやった。
「あん時の肝の据わったお前はどうしたよ? お前はよくやった。全員じゃなくても、被害
は最小限に抑えられたんだ。黒幕も見えた。じき統務院も動く。お前がいたから、俺達は皆
無事に戻ってくることができたんだぜ」
 撫でられるがまま、しかしやはり眉を伏せて言葉少なげなアルス。
 ジークは小さくため息をつき、手を離した。こういう時のこいつは自分で納得しなければ
梃子でも動かない。自分で背負い込んで、答えを見つけようとする。
「……イセルナさん」
「ええ。アルス君、少しいいかしら? もう聞いていると思うんだけど、ダン達が向こうで
“賢者”リュノーの手記を見つけてね。聖浄器の正体や、色んな事が分かったの」
「でも資料は大書庫にまだまだたくさんある。もしかしたら“大盟約(コード)”や奴らに
ついて、もっと詳しいことが分かるかもしれない。でも回収の旅をしながらじゃあ、到底間
に合わない量なのよ」
「だからアルス君には、その解読と分析をお願いしたいの。前にもっと協力したいと言って
いたでしょう? 大変な作業になると思うから、基本こっちに住み込みになってしまうだろ
うけれど……」
 故に、リュカがイセルナやリンファ達と目配せを送り合い、言った。かねてより相談して
いた計画を、少し早いが彼に打診してみようとしたのだ。
「住み込み……」
 最初目を見開いて驚いていたアルス。だがその表情は徐々に、ぱあっと明るく希望を見つ
けたようなそれになってゆく。
「……頼めるか?」
「はい! 勿論です! 任せてください。全力で、頑張りますっ!」
 そんな彼の喜びように、ダンがにやりと笑った。エトナや仲間達も同じく笑った。
 よかったな。兄ジークも、ついっとこの弟を小突いて祝福する。やっぱりこいつにはひた
むきな姿がよく似合う。
「さあ。陛下達との会談も済んだし、一休みしたらまた南北に分かれて出発よ。私達の方は
天上層(うえ)に向かおうと思うわ。ダン達は?」
「ああ。とりあえず、魔界(パンデモニム)に行こうと思う。クロムの話じゃあ、あそこに
も十二聖ゆかりの家系があるらしいからな」
 束の間の休息を。旅の続きを。
 尤も暫くは、今回のクーデター未遂で、政治的にはゴタゴタが続くのだろうが……。

 ──時を前後して、世界樹(ユグドラシィル)内部。
 その一角に浮かぶ“結社”の本拠地・摂理宮では、使徒ら幹部級の面々が集結していた。
不規則に並んだ硝子質の床と石畳、石柱にめいめいと着き、七つ七色の光球が跪く彼らを見
下ろしている。
『ヘイトめ。やってくれたな』
『こちらの作戦を逆手に取り、アトスを我が物にしようとは』
『まぁ、向こうも結局失敗に終わったみたいだけどな』
『喜んでばかりもいられないだろう。デュセムバッハを止められなかった事は、我々の計画
にも少なからぬ支障をきたす筈……』
『抗ってくれますね。彼らは』
『……最早捨て置く訳にはいかないな。レノヴィンは勿論、あの男も』
『そうだね。僕達もいよいよ、動くべき時か』
 紫、黄色、赤、青、白、黒、緑。
 彼らの意思を纏めるのは、かつて大都に現れた“フードの男”の声。

 蠢く悪意。世界各地の、様々な勢力。
 だが何よりも凶悪なのは、はたして本当にかの“結社”だけなのだろうか?
 あの日世界は密かに大きな一歩を踏み出していた。彼らの忌む扉を開けていた。
 誰とも知れぬ者達により、何処とも知れぬ地下深くで、無数の魔導仕掛けの機械が動き始
めていた。暗闇の中、点々と瞳の赤と機材の電源だけが色彩を生み、ゴゥンゴゥンと不気味
な音を立てて脈動するものらがある。

『──戦い続けろ。俺達は、準備ができている』

 それが合図だった。あの時ファルケンが世界に向けて放ったその一言が、彼が密かに進め
ていた計画の始まりを告げていたのだった。
 戦い続ける。準備を終える。
 届いた者達には届いたその言葉が、反撃の狼煙を上げる。いつまでもヒトは、世界は、貴
様らの存在の怯えていてはならないのだと。克服し、前に進んで生き残るのだと。
 旅を続ける者、留まる者、本質を見つめようとする者。誰もが足掻いていた。たとえ相容
れぬと分かっていても、その“最善”を止めてしまおうという理由にはならなかった。

 世界は蠢く。
 誰からともなく、その性(ほんしつ)を燃やして。

               《古記なる旅路(リプレイ・ザ・レコード)(前)編:了》

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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