日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「官軍」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:裏切り、眼鏡、城】


 彼は、とある王国の第三子として生まれた。
 名をシャルル。後に名君として知られた父王と芯の強い母にたっぷりと愛情を注がれ、線
の細い、知的好奇心豊かな少年として育った。
 王宮の皆に囲まれ、何不自由のない生活。
 だが……そんな幸せな日々は長くは続かなかった。もしその原因を探ろうとするならば、
おそらくこの一点に尽きるのだろう。
 彼は上の兄・姉とは腹違いだったのだ。歳の離れた二人は父王と今は亡き王妃との間に生
まれたが、一方の彼は庶出──しかも王侯貴族とは縁もない下町出身の女性を母としていた
のである。
 いわゆる妾腹であった。父王もそれは理解しており、当初は密かに生活費を届けさせるの
みに留めていたが、ある時それが明るみになったことで人々の知る所となり、結果彼女を守
る為に王宮に招いたのだった。シャルルがまだ五歳の時のことである。
 だがそんな経緯、先妻を亡くして長かったとはいえ、これが王宮内部に波風を立てなかっ
た訳がない。
 こと第一王子である兄・シャーウッドは、この異母弟を当初から目の敵にしていたと伝え
られている。彼ら母子(おやこ)が王宮に招かれた当時、この兄は十七歳。依存と自立の狭
間に揺れ、多感な時期の少年であった彼にとって、尊敬すべき父の行為は自分達への背信に
等しかった。あくまで自分にとって母とは亡き王妃であり、髪色も瞳の色も、面影もまるで
違う後妻(かのじょ)の存在を彼は頑なに認めなかった。それ故同時に、並行的に、彼はあ
たかも降って湧いたかのようなこの“弟”の存在も許せなかったのだろう。
 それから十数年。父王は後ろめたさを覚えながらも、しかし彼女のこともまた同じように
愛していた。血の繋がりが半分でも、同じ家族として支え合って生きて欲しい──この国を
守り立てて欲しいと願っていた。
 しかし……彼のそんな願いは果たされなかったと言える。
 穏健な名君として長らく国のトップに就いていた彼もやがて老いから病に斃れ、新たな王
としてシャーウッドが玉座に就いた。するとこの兄王は、父亡き後の喪が明けた直後、先ず
シャルルとその母──自分にとっての継母らを、王国の辺境へと追放したのだった。当初は
自身の権力基盤を磐石とする為にも、すぐにでも亡き者にしてしまおうと画策していたが、
他ならぬ実の妹・シャルロットの必死の説得に方針を転換したという。尤もまだ理解──情
のあったこの異母姉本人も、兄の国王就任から数年後、有力貴族の下へと降嫁してしまう事
になるのだが。

 シャルルと母の飛ばされた先は、王都とは雲泥の差たるど田舎だった。
 一応、領主所有の屋敷を一つ譲り受けて暮らし始めたが、王宮での何もかも優雅で不自由
のない日々とは比べるまでもない。
 だが二人は、そんな逆境に追い遣られようとも、自分を見失わなかった。元より自分達は
下町育ちである。本来の姿に戻ったのだと、一時の夢から醒めたのだと考えれば、それほど
苦にはならなかった。
 当のシャルル青年は当初、王族時代の癖が抜けなかったが、それでも前向きに笑って生き
る母を──確実に老いたその後ろ姿を見ながら、歩き始めた。先ずは母と共に荒れ放題だっ
た庭を丹精込めて綺麗にし、野菜を育て始めた。屋敷内もこまめに掃除をして整え、足元の
暮らしを豊かにすることから始めた。
 最初の内は、二人を監視するよう任された領主も、何処か白けた眼で見ていた。兄王から
は不審な動きがあればすぐに報せろと口煩く指示されていたのだ。口実さえあれば、いつで
もこの異母弟と継母を亡き者にしようと。
 しかし、あくまで穏やかな第二・第三の人生を送るばかりの二人を見ていて、育てた作物
を交換し合うなど領民らの信頼を勝ち取ってゆく二人を見ていて、やがてこの領主は彼らを
疑う自分すら疑うようになった。そんな己を恥じた。
 中央の日の光を浴びることなく、ただ地味に終わってゆく人生。
 なのに目の前の彼らは、そんな運命すら歪むことなく受け入れている。元々庶民だったと
いう生い立ちもあろうが、普通なら王宮(あそこ)に戻りたいと欲っするのではないか?
 かつてある意味敵対勢力の一員であった彼は、後に彼ら母子(おやこ)に最も信頼される
同志となる。
 一説には彼は飾らぬ彼女逞しさ、強さに惚れ、求愛したという。だが当の本人は夫はあの
人だけだと苦笑(わら)い、固辞したそうだ。しかし事実として、息子シャルルは後に彼の
末女と結婚することになる。それはやはり結局権力の中心に返り咲きたいという野心か、或
いはもっと単純に彼らという存在に近付きたかっただけなのか──。

 かくして彼は王国の第二王子から、辺境の領主へと変貌を遂げた。
 屋敷の庭で育て続けた作物から農業を修め、そこから更に学術の幅は広まる。元より多く
の文献に目を輝かせ、知ることを何より悦ぶ性分であった彼は、領主末女の降嫁を機に本格
的にこの地の改革に取り組むことになる。私財を擲って土地を開墾し、されど元あった風土
を損わぬように細心の注意を払ってその全容を計画し、何よりも人々の教育に力を注いだ。
王宮に住まった頃の経験から、貧富の差を生む大きな要因の一つが学にあると知っていたか
らだ。出自は己ではどうにもできずとも、財を成すのは努力と心の持ち方次第で如何ように
もなる。王侯貴族の眼の厳しい王都周辺ではともかく、せめてこの地ではもっと人々が伸び
伸びと暮らせるようにしよう……。
 いつからか、彼が“名君を継ぐ者”などと噂されるようになったか。
 彼はよく治め、よく働いた。されど自身が華やかな表舞台に出る事は決してせず、あくま
でこの地の中でという領分を守り続けた。流れてゆく歳月の中で老いた母はその最期まで笑
みを絶やすことなく逝き、これを看取った彼と元領主──義父は、これを機に更に固い絆で
結ばれた。彼女が愛した平穏を守るのだと誓った。
 その一方で、王位に就いた兄王は穏健な父とはまるで真逆な政治を敷き始めていた。
 国境を巡って諍いを抱える隣国らとしばしば争い、時には武力を以ってこれを拡張する事
も厭わなかった。国内に蔓延る不正を許さず、たとえ父王の時代から懇意にしていた豪商で
あろうとも厳格に法で裁いていった。その威光は都から王国各地へと広まり、彼は後世屈指
の覇道を突き進んだ王として記憶されることになる。数少ない肉親たる妹(シャルロット)
がその身近から離れ──王宮を出てしまって久しくなったことも、彼の往く道を後押しした
のかもしれない。
 内側と外側。ある意味とても対照的な二人。
 しかし時の流れとは残酷だ。互いが信じた道を進むにつれ、王国がかつての隣国を呑み込
んで大きくなってゆくにつれ、領主シャルルの下には多くの人材(ひと)が集まった。彼の
執る政治を聞き、或いは変質する中央から距離を置くようにして彼らは集い、いつしかその
うねりは周囲も無視できない一大勢力へと化していた。
 当の本人は、自らを慕う者達に囲まれ、ただ苦笑(わら)っている。
 そんな力を蓄えた異母弟を、かの兄王が許す筈もなかった。

 ***

「──シャルル・ヴォーデン! 貴公を国家反逆の罪で逮捕する!」
 あれから一体、どれだけの月日が経っただろう。
 その日、彼の屋敷には完全武装した王都からの騎士団が訪れ、内部は物々しい雰囲気に包
まれていた。その掲げられた旗印と平穏な緑を覆い尽くす甲冑の色彩達は領民らに有無を言
わさぬ不安を与え、遠巻きに眉根を下げた視線を幾つも作り出している。
「……」
 執務室のデスクに着いたまま、彼──領主シャルルはじっと黙してこれを見ていた。
 少年から青年、壮年へ。やや白髪の目立つぼさったい髪を後ろに結わり、積み上がった書
類にペンを走らせた途中で止まっている。
「兄上か」
 ぽつり。彼はただそれだけを言った。拘束に来た騎士達はガチャッと微かに甲冑の音を立
てたが、多かれ少なかれその意図を理解しているのだろう。
 いよいよ、兄は自分が邪魔になってきたらしい。尤もここ数年の自分を見返せばそう取ら
れても仕方ない話なのかもしれないが。
 自分はただ、母と義父(ちち)が腰を落ち着け、守ったこの土地を長く豊かにしてあげた
かった。それだけだ。どうせ同じ知識欲の塊ならば、それを人々の為に使う方がきっと世の
為になると思った。実際そのおかげでこの地に来てから二十数年、領民の皆とは随分打ち解
けられたと思う。どんな金銀財宝よりも勝る財産を得られたと思っている。
 ……だがそんな他人との輪を、兄は謀反の為の勢力作りと思い込んでいるようだ。だから
自分はあまり皆に来てくれるな慕ってくれるなと思ったが……遅過ぎたようだ。
 見聞きしている情報だけとはいえ、理解してしまえるのが苦しい。兄はきっと焦っている
のだろう。父の亡き後玉座に就き、王国をより強固なものにしようと邁進した結果、多くの
民を疲弊させた。国土を拡張すればするほど戦いは起き、しかも一度兵を挙げればもう引き
返すことは難しくなる。繁栄という果てのないゴールに向かって走り続け、脱落していった
者達を尊き犠牲として背負い、引き摺ってゆく日々。
 ……自分は、もっと彼に関わってあげるべきだったのだろうか。配流された身だからとこ
の地に引き篭もり、悠々と暮らし過ぎたのか。
 恨みはない。恨んでも仕方ないのことだ。元はと言えば庶出の身ながら王宮に上がり込ん
だ自分達に非がある。こう言ってしまうと母が悪者だったように聞こえるが──決してそう
ではなかったと信じている。亡き父はあの日確かに、母を愛していると言ってくれた。自分
はそれだけで充分だ。
(結局、兄上は私を許してはくれなかったのだな……)
 ついっ。気持ち顔を上げてシャルルは苦笑(わら)う。そんな表情に、追い詰められてい
る筈なのにまだ余裕であるかのような様子に、取り囲む騎士達がガチャガチャと動揺する。
 眼鏡のレンズ越しに彼らを見た。いつからか、来るかもしれないと何処かで予感していた
結末とはいえ、もっと違った形にはならなかったのか。
 もし自分が、ヴォーデン卿と姻戚関係を結ばなかったら?
 もし姉が、兄を窘められる数少ない人が、降嫁という道に進まなかったら?
 もし兄ともっと早くに和解していれば。早々に諦めず、和解しようと努めていたら?
 だが今はもう、全てが遅過ぎて、交わらなくて、噛み合わなかった歯車達──。
「……」
 そして深く息をつくと、彼は立ち上がりデスクの前に出た。
 思わず騎士達が身構えるが、その両手は既に弱々しく挙げられて白旗だった。
「行こうか。もう、他の場所も踏み込まれているんだろう? 妻と娘達には、私が謝ってい
たと伝えておいてくれ」
 言って、歩き出すシャルル。そんな予想外の無抵抗に騎士達は数拍固まり、しかし慌てて
これを追って取り囲んだ。
 手錠を嵌めて鍵をかけ、ガチンと重く冷たい音が一度響く。
 だがそんな彼らを眼鏡越しに静かに見つめながら、終ぞ彼はその思いの内を晒して弁明す
るといったことはしなかった。
「……では、連行する」
 甲冑姿に見え隠れする戸惑い。それでも彼らは与えられた任務を全うする。
 かくて罪人は歩き出した。互いの怠慢と高慢を、知りつつも改める機会さえ失ったまま。
                                      (了)

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  1. 2017/03/05(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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