日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「エディプス」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:銅像、地獄、残念】


 駅前に来る度にあれを見なくて済むというのも、わざわざ遠く離れた街で就職した理由の
一つなのだろう。
 故郷の正面玄関を潜ると、奥に長い楕円形のロータリーがある。
 その内側に、あの銅像は建てられている。野球のユニフォームに身を包み、不敵な笑みで
バットを構える一人の男の像だ。
 モデルになった人物の名は、榎本壮。他ならぬ──僕の父親だ。
 彼はかつてプロ野球の選手だった。お調子者ながら妙に憎めないキャラクターと、その実
確かな才覚を武器に、数々の有言実行を成し遂げた巧みな打者。とうに今は引退して気まま
な余生を送っているが、ファン達の中には未だに父への賞賛を惜しまぬ者も多い。
 いわゆる、有名人。
 それ故地元では、父はまさに“英雄”だった。
 特にこれといった産業もなく、じわじわと衰退していくありふれた地方の田舎町。そこに
生まれたヒーローの存在を周りが利用しない筈はない。かくして彼が名実共に一流の選手と
して世間に認知され始めた頃、この銅像は建てられた。寧ろこの田舎町に不似合いなほど整
えられた駅前も、この銅像を建てる際のついでだったと言っていい。
 ……だけど、はっきり言って僕はあの人が嫌いだ。終ぞ好きにはなれなかった。どれだけ
球界で功績を立てようとも、そのキャラクターで愛されようとも、あの人は僕にとって只々
“障害”でしかなかった。
 有言実行──そう言えば聞こえはいいが、要するにビッグマウスなのだ。
 そのせいで当時から「生意気だ」と反発する人達も一定数いたし、そんな口撃の矛先は時
として家族である僕達に向くことも珍しくなかった。
 とにかく、あの人は自分が目立つ為に周りを掻き回し続けた人だ。その癖、こちらの苦労
や必死のフォローを何とも思っていない。いつものようにニヤニヤと人懐っこい笑みを作っ
ては時折振り向くだけで、何も変わりはしない。僕は大嫌いだった。自分で作っておいて、
その家族よりも大衆にばかりいい顔をするあの人が、何につけても疎ましかった。
 ……何より、僕はあの人の息子という肩書きから逃れることができない。あの人が有名に
なってゆけばなってゆくほど、必然僕の周りにも人が集まった。だけど結論から言えば、別
にそれは僕を目当てにしていた訳じゃなかった。“榎本壮の息子”である僕──彼らの動機
は常にその形容詞とセットだったのだから。
 父が野球人ということもあって、幼い頃の僕は一時当たり前のように同じ野球をやってい
た時期がある。あの頃はまだ僕も子供で、ただキャッチボールなどで構ってくれる父と笑い
合いながら白球をやり取りしていた。その周りを、マスコミ達が忙しなくカメラを構えて取
り囲んでいた。
 違和感が自分の中ではっきりとしてきたのは、中学生くらいの頃だろうか。
 皆の、自分を見る眼が僕そのものを見てないと解った時、ただ気ままに好きでやっていた
だけの野球を、僕は全く楽しめなくなった。
『ねえねえ、健(たける)君。もっと凄い球投げられないの?』
『なあ、もっと打ってくれよ。親父さんみたいにさ』
『やっぱりお父さんみたいにプロになるんだよね? いいなあ、凄いなあ』
 ……誰も彼も、勝手に僕が父と同じ道を進むものだとばかり思っている。当時現役のプロ
選手でその息子もまた野球をやっていたとなれば、無理もない発想かもしれないが。
 だがそんな彼らの判を押したような反応に、眼差しに、僕は早々に厭になった。まだ将来
のことなんて深く考えもしていなかった年齢の子供に、周りはもう未来の姿を決め付けた上
で話を広めてゆく。……辛かった。僕の思いなど、誰も聞こうとすらしなかったから。
 高校に上がり、ちょうど父のビッグマウスの風評被害を身近に感じられるようになったの
も手伝ったのだろう。僕はピタリと野球を辞めていた。
『どうしてだ? 才能を無駄にしようっていうのか!?』
『可哀相に。重圧に耐えられなかったのかなあ』
『仕方ないよ。お父さんが、偉大過ぎたんだ……』
 ……黙れ。どいつもこいつも、好き勝手言いやがって。
 自分があの人のような野球の才能に恵まれていないことくらい、とうに解っていた。ただ
育った環境が自然とボールを、グラブをバットを握らせただけであって、始めから同じ道を
進む為の英才教育を受けていた訳じゃない。
 唯一父が賢明だったのは、息子である僕にその道を決して強制しなかったことだ。尤もあ
の人はそこまで考えてはいなかったのだろうとは思うが。ただ単純に、息子と遊びたかった
だけなような気もする。仕事としての野球を離れて、息子とキャッチボールをしている時の
あの人は心底楽しそうだった。本当に好きだったから、一切の邪念がなかった。
 ……だけど、だからこそ僕にはそれが疎ましい。責めようにも責められなかった。暖簾に
腕押すようなものだった。
 何をしても──たとえ安易にやさぐれて非行に走っていたとしても、僕という人間は榎本
壮の、という形容詞なしには語られることはない。語られないだろう。はたしてそんな諦め
が結果として良く働いたのか、悪く働いたのかは分からないが。父との間に精神的な溝が刻
まれる度に、深まる度に、僕はあの人と同じことをことごとく避けるようになった。野球を
早々に辞めたことは勿論の事、家で顔を合わせることさえも。
 ……僕はあんたとは違う。
 結局、高校生活は勉強漬けだった。只々平凡に憧れた。それでも榎本壮の息子ということ
で色々無茶振りをされることはあったけど、基本それらは無視し続けた。そのせいで嫌われ
たって構わない。もしそうだとすれば、所詮彼らは僕を僕としてではなく、榎本壮の息子と
いう“ナニカ”としか見なしていない何よりの証拠になるのだから。なるのだから──そん
な彼らと繋がれなくたって構わない。
 只々普通に暮らして、普通に生きたかった。過大評価されたくなかった。
 在学中に幾つか事務系の資格を取り、卒業後は地元から遠く離れた一般企業に就職した。
営業職になるのは固辞した。どうせ父親のネームバリューで契約を取って貰おうという魂胆
だったのだろう。目に見えてそう青二才の僕に媚を売ってくるような会社は、就活の段階か
ら切り捨てていた。
 今僕は、小さな商社の会計係にいる。こじんまりしたオフィス、小さな世界の片隅で黙々
と仕事をし、生きている。
「ええ、出ないんですかあ? 今度の野球大会~」
「しーっ! こいつに野球の話は禁句だっての」
「いいんじゃないの? 実際接待みたいなもんだし、面倒臭いしな」
「仕方ないわね……。他に出席して(でて)くれる人を探しましょう」
「……」
 それでいい。これでいい。
 書類の山と画面に映っているデータだけは、僕をきちんと僕として扱ってくれる。

 そんな、ある日の事だ。昼休み、いつものように会社近くの定食屋で一人昼食を摂ってい
た僕は、カウンター席の片隅に置いてあった新聞の中にある記事を見つけたのである。

『○○市の榎本氏像壊れる バスターミナルで衝突事故』

 何気なく手に取り、咀嚼しながら捲っていた紙面。その地方欄の一角に書かれていたのは
間違いなく故郷の名前だった。
 何年も帰っていない場所。そしてそこに文字ばかりで伝えられていたのは、あの銅像が壊
れてしまったという件(くだり)。
 思わず手を止めて、小さなスペースに目を凝らした。どうやら先日、あの駅前ターミナル
で運転手がハンドル操作を誤り、バスごとあの銅像のあるスペースに突っ込んでしまったの
だという。年季が入っていたこともあり、流石の“英雄”もその衝撃の大きさには耐えられ
なかったのだろう。周りの縁石やら植木ごと、像はバラバラに砕け散ってしまったそうだ。
 記事の結びには、市はなるべく早い内に像を建て直したいとコメントしている。
 一方で、当の父本人が何か発言している様子は記事からは確認できない。尤もこの程度の
ことで、一々気にするような人はないのだが……。
 ただ僕は、すぐに建て直すなんて止してくれと思った。僕にとってあの銅像は、忌々しい
あの人を象徴する異物でしかなかった。故郷の人々や観光客が、まるで信仰の対象かのよう
にあの像を前にして笑い、ポーズを決めて写真を撮っている姿など、僕には苦痛でしかなか
った。何度いっそのこと無くなってしまえ、壊してしまえとさえ思ったことか。
(そうか……。壊れたのか……)
 もしかしたら周りの客が気付いて、気味悪がっていたかもしれない。
 だけども僕は、この新聞記事を片手に、独り口元に漏れる笑みを隠せなかった。
                                      (了)

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  1. 2017/02/19(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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