日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔82〕

 古界(パンゲア)北方を横断する大山系・竜王峰。
 その中腹に居を構える城塞都市・白咆の街(グラーダ=マハル)──自身が治める領地の
屋敷で、ヨーハンは報告を受けていた。
「……そうか。彼女達は無事、翠風の町(セレナス)に着いたんじゃな」
『はい。大よそ一週間ほどになりますか。予め根回しを行ってあったようで、到着後は全員
マルセイユ邸に滞在しています』
 執政館内の赤絨毯の一室。以前、ジーク達が彼と会談した場所だ。
 そこで変わらず彼はロッキングチェアに座り、中空に浮かぶホログラム映像──通信越し
に語るセイオンからの情報を聞いていた。その周りには数人、近しい側近達や普段身の回り
の世話をして貰っている使用人らが控えている。あまり詳しい事情までは聞かされていない
のだろう。彼らは皆、ピンと緊張した様子ながら、少なからず頭に疑問符を浮かべているよ
うにも見える。
「一週間か……。順調にいけば、そろそろあやつの書庫に辿り着いておるかのう?」
『おそらくは。伊達に冒険者ではありませんし、アルノー殿の案内があるのなら既に文献の
解読が進んでいる頃かもしれません』
「うむ。送り出した側とはいえ、あまり近寄って欲しくはなかったがの……」
 キィ……。ロッキングチェアを揺らして、ヨーハンは軽く掌で額を覆いながら天を仰いで
いた。映像越しのセイオンも沈黙している。同家重鎮の一人として、今回彼らが自分達を訪
ねて来て以降の動きを追っていたことは勿論、何より彼らに示唆したものの正体をヨーハン
より知らされていたからだ。
「……」
 具体的に何処まで踏み込んであれが書かれているのか、ヨーハン自身、全てを検めた訳で
はない。だが多少なりとも知っていたから、あの時代を生き、先人より続いてきた想いと真
実に触れた一人だからこそ、あの時自分は安易に聖浄器を渡す気にはなれなかった。
 その誕生に込められた秘密。
 故にその力を狙う“結社”の存在。
 先ずは知るべし──現状彼らは敵よりも本当の事を知らなさ過ぎると感じ、だからこそ友
の書庫へと誘ったのだが、はたして彼らが自分達と同じ結論に至るのかは疑問だ。
 もう使われるべきではない。戦いに酔うべきではない。
 ただ、今だけは……。
 そうやって彼らもあの戦争(ひび)と同じく正当性(りゆう)をつけ、使い続ける選択を
したのなら? 例外が広がり続けるのなら?
 自分の示唆は、はたして正しかったのだろうか。もっと頑なに、きちんと訳を話して諦め
させるべきだったのだろうか。
『大爺様?』
「ん……。すまんかったの。また彼女達に動きがあれば、知らせてくれるか? 七星の務め
に忙しいお前には悪いが」
『いえ……。大爺様の命とあらば、是非もありません』
 そうか。ロッキングチェアに腰を下ろしたまま、ヨーハンはフッと自嘲(わら)った。
 この玄孫が生真面目な人物である事は分かっているが、やはり心が痛み、寂しい気持ちに
なるのは否めない。どれだけ英雄だの、生ける伝説だのと呼ばれようが、誰もその過去の為
に切り捨てた(はらった)もの達のことを想いはしない。
 では、これで──。数拍沈黙があり、やがてセイオンは通信を切った。中空のホログラム
映像はプツンと消えて、室内にはただぱちぱちと暖炉の薪が燃える音だけが聞こえる。傍ら
に控えていた側近達の心配そうな様子・気配が手に取るように分かるようだ。
 十二聖の中でも、当時あまり深く考えなかった自分でさえ、今やこんな有り様だ。
 その代わり、と言っては何だが、あの頃からひたすら思慮の人であったリュノー(とも)
の心中は想像を絶するものであったろう。
 ……あれから、何度悔やんだことか。何度、もっと彼に手を差し伸べてやれなかったのだ
と自責の念に駆られたか。
 他人は自分達を“英雄”だと云う。だがその為に犠牲にしたものは、あまりにも大き過ぎ
たのではないか? 年寄の癇癪と言ってしまえばそれまでだが、自分達はその“大義”の為
に突っ走り過ぎたような気がする。にも拘わらず、奇しくもそのツケが今“彼ら”の逆襲を
生んでいるのだとすれば……。
(リュノー。お前は何処まで知っていた? 知っていて、何処までを墓に持って行った?)
 ギシ。ロッキングチェアに深く、二度三度と座り直す。静かに体重を掛けて長い嘆息をつ
きながら閉じられた空間の頭上を仰ぐ。
 側近達が、その心中を量り切れる筈もなく戸惑っていた。互いに顔を見合わせ、言葉なく
眉根を顰めている。
 遥か遠くの故郷で、これから本格的に雪に閉ざされてゆく天然の要塞の中で、ヨーハンは
ただ煩いの増す余生を迎えるしかなかった。取るべき“清算”に、躊躇い続けていた。


 Tale-82.願い蝕む器がゆえに

 所は変わり、クリスヴェイル王宮内。
 ジーク達北回りチームの面々は、空いた時間を使って、同城地下宝物庫に安置されている
という本物のハクアとコウアを見せて貰う事になった。主たるハウゼン王は公務と式典の準
備で多忙なため、代わりにハーケン王子が案内役を務める。
「着きました。こちらです」
 何十人もの衛兵を率い、何重にも厳重に仕切られた大扉を通りながら。
 ハーケンらに従って地下へと降り、途中宝物庫内の財宝の数々を横目にしながら、ジーク
達はやがてそこに立っていた。
 表面にびっしりと緻密なレリーフが刻み込まれた、小さな丸いくぼみのある石扉。
 以前教団本部の始祖霊廟で、ダン達がリュノーの大書庫で見たものと同じ扉だ。中央の大
人の背丈ほどの位置にはやはり、丸く小さなくぼみとそこから走る溝が刻まれている。
「王子」
「ああ。では早速」
 そしてごくりと息を飲んで石扉を見上げるジーク達の一方で、ハーケンは部下が慎重に小
箱から取り出した小さな宝珠──志士の鍵を受け取った。それを片手にし、もう片方の手で
別の部下が差し出したナイフの刃先に指を押し付けると、つぅっと自らの血を準備する。
「……なあ。あんたは厳密には十二聖の末裔じゃないんだろ? その血で開くのか?」
「ああ、それならご心配なく。確かに“忠騎士”レイアは伴侶や子を成しませんでしたが、
盟友として我々アトモスファイ一族は代々その聖浄器を守護する任を担ってきました。です
ので我が国の“鍵”は我々の血でも起動します。おそらくは別途守護者の一族がいる封印に
ついては同様にこうした例外が適用されているものかと」
「ふーん……」
 ジークがふと気になり訊ねたが、ハーケンの慇懃とした面持ちと言葉遣いは揺るがない。
実際この志士の鍵をくぼみに嵌め、溝に血を伝わせた瞬間、硬く閉ざされていた石扉はまる
でスイッチが入ったかのようにゴゴゴ……と轟音を立てながらスライドしていった。
 奥には祭壇があった。ずらりと、左右それぞれに剣と槍を携えた蒼銀の甲冑騎士──ガー
ディアン達が並んでいる。彼らが一斉に構えを敬礼のそれに変えて迎えてくれたのを見る限
り、ハーケンの言葉に偽りはなさそうだ。ちらっと一度、彼が肩越しにこっちを確認したの
を合図に、一行は恐る恐ると祭壇の方へと上がってゆく。
「……これが氷霊剣ハクアと、風霊槍コウアか」
「綺麗な青と金ですねえ。宝物って感じがします」
「寧ろ今だにピカピカってのがおかしいんだが……。まぁ聖教典(エルヴィレーナ)の時も
そうだったけどよ」
「身が引き締まるよ。式典自体はともかく、これが私達に託されるんだ」
「ええ。……大丈夫かしら。こんな物を職人さんが作るなんて……」
 祭壇の専用台に刺してあったのは、千年近い時を経ても静かに輝きを保ちつつづける、青
い長剣と金の長槍だった。
 見るからに強力な魔力を感じる。ある者は感心し、またある者は改めてこの異質に思わず
眉を顰め、或いは式典でこの本物を模したレプリカが用いられることに不安を覚える。
「はは。心配するのはそっちか」
「どうなんだろう? 要するに金ぴかにしておけば誤魔化せそうな気もするけど……」
 そんな団長(イセルナ)の少し別方向の不安に、仲間達は苦笑した。確かにこうして実際
に本物を目にした後では、無理もないかもしれない。だが、だからといって自分達に何がで
きる訳でもないだろう。この国の職人達の技術力を信じるしかない。
『……』
 暫くの間、ジーク達はこの二降りの宝物をじっと眺めていた。
 もし本当に用心するならば、式典が終わるまでここに閉じ込めておいた方がいいものを、
わざわざ事前に見せてくれたハウゼンの心遣い──誠意にはほとほと感服する。一行はここ
には居ない、かの賢君に心の中で礼を述べておいた。実娘(ミルヒ)のように反対意見・慎
重論もあったろう。それを説き伏せて、今回の式典に臨む──大きな目的の為に皆が団結す
ることの大切さ。……尤も、それも結局はケースバイケース。正義という名の都合でしかな
いのもまた事実だが。
「うーん。剣はジークさんかイセルナさんだとして、槍は……サフレさんですかね?」
「うん? ああ、誰が持っておくかって話か。そうだなあ、あんまり考えてなかった。レナ
の時は成り行きというか、これ以上適任って奴がいなかったし」
「船デ保管シテ貰ウトイウ選択肢モアリマスヨ?」
 取らぬ狸の何とやら。そんな厳粛に気圧されての沈黙も、ややあってのんびりと仲間同士
のやり取りで解されていく。
「……ハーケン王子。もしかしてですが、最近ここへ誰か入られましたか?」
 そんな中、イセルナが一人ちらっと祭壇内の片隅──先程の封印扉がスライドした溝の方
を見つめていた。
 気のせいだろうか。厳重に保管されていた割には、埃の積もりが少ない気がする。
「ええ。二年前、大都消失事件の折に敵軍から守ろうと一時的に……」
 それが何か? ハーケンが彼女の問いと、向けていた視線を見て理解したのか、数度目を
瞬いてから言った。確かにそう言えば、当時はこのクリスヴェイルも“結社”の軍勢が押し
寄せていたと記憶している。
「そうですか」
 スッと視線を祭壇の方、仲間達に戻し、イセルナは頷く。
 ええ。ハーケンも特にそれ以上何かを突っ込み、言及する訳でもなく、二振りを前にした
ジーク達を黙して眺めて、微笑(わら)う。

「──まさか。そんな、ことが……」
 リュカ及びクロムから伝えられたその内容に、アルノーは思わず顔を引き攣らせる。
 翠風の町(セレナス)・マルセイユ邸。一週間近くかけて完了した先祖“賢者”リュノー
の手記の解読。そこに書かれていたという内容を彼女達から聞かされるにつれ、彼の表情は
どんどんと青褪めていった。
 無理もなかろう。かの手記には驚くべき事実達が閉じ込められていたのだから。
 リュノーは異界人(ヴィジター)だった。それ故異次元の発想で、解放軍を勝利に導く名
軍師となった。
 その仲間“精霊王”ユヴァンと、最後の戦いで相打ちになったとされる皇帝オディウス。
 何と彼らの遺体は結局見つかっていないというのだ。表向きは影武者を使って戦いの大義
を保持することを選んだが、ならば一体彼らは何処に消えてしまったのだろう?
 何より衝撃的だったのは……聖浄器の真実である。
 魔導開放の交換条件的に造られた、強い魔力を持つ“人間の魂”を核とした決戦兵器達。
 おそらくヨーハンが示唆していたのは、この記述だったのだろう。だからこそ自らがかつ
て使っていたそれの封印を解くことも、誰かに託すことも避けようとした。せめて知った上
で覚悟を決めて欲しいと、そう伝えたかったのだろうと。
 更に当時から暗躍していた“結社”の存在や、この世界を覆う違和感。稀代の英雄として
時代に愛された賢者は、その実この世界で目の当たりにした数多くの矛盾に密かに苦しんだ
苦悩の人であった。
「これだけ厳重に保管されていたんだ。当たり障りのない内容だとは、思っていなかったけ
れど……」
 あまりのショックに、一挙に押し寄せてきた情報の波に、アルノーは掌で頭を抱えながら
座るソファに大きく項垂れた。妻のルーシェや、同席していた屋敷の使用人達が、慌ててこ
れを支えに掛かる。
「若さんの言う通り、何もない訳はねぇとは思ってたが、これほどとはな……」
「えっと。異界人(ヴィジター)で、死んでなくて、ヒトの魂が核……?」
「ジークが六華は生きてるって言ってたの、そういうことだったんだね。レナ、大丈夫かな
あ。今私達の中で本物持ってるのって他にあの子くらいだし」
 衝撃を受けていたのは、ダンら残る仲間達も同じくである。
 唇を結んで努めて取り乱さぬようにし、そもそもそんな余裕すらなく、或いは情報を整理
してはこの先の困難や別ルートの仲間のことを憂う。
 内容を纏めたノートを手にしたリュカと、補佐役のクロムが皆の前にじっと立っていた。
一通り解読した内容を話した二人であったが、一番悩んだのは彼女達だろう。
「これが、例の書斎に収めてあった手記を全て読み解いた上での要点です。アルノーさん、
皆さん。大丈夫だとは思いますが、この情報は表には」
「え、ええ。話しません。話しませんとも。こんなことが公になったら、世界が大混乱に陥
ってしまう……」
 それでもあくまで気丈に振る舞い、リュカはアルノーに口外しない事を確認する。彼らも
また言わずもがなだった。当主の繰り返す首肯に、ルーシェら屋敷の関係者も恐ろしくて語
れそうにない。おそらく、今からでも記憶から消し飛ばしたい程な筈だ。
「ヨーハン様の知るべきこととは、こういう事だったんだな。自分達も途中で知ってしまっ
たからこそ、できれば僕らに同じ目に遭わせたくなかった」
「うう……。そう言われても、今更どうしろって言うんですかあ……」
「これで少しずつ話が見えてきたな。“結社”が聖浄器を集めてるのは、その強い魂の力っ
てのを利用する為か」
「おそらくは。方法までは分からないけど“大盟約(コード)”を破壊する為に強力な魔導
をぶつけるってことじゃないかしら?」
 サフレの理解。マルタの泣き言。
 破壊!? さらっとリュカが口にした情報にアルノーがまた驚いていたが、正直彼のメン
タルを一々気にしながら話を進める悠長さは許されていなさそうだ。
「オーニールの爺さんも“大盟約(コード)”はモノだって言ってたしな。まぁクロムが訊
かなきゃ何も話してはくれなかったんだろうけど」
「それも妙なんだけどねえ。議長さんも言ってたけど、壊すだけなら何とでもなりそうじゃ
ん? でも結社(れんちゅう)は、わざわざ回りくどい方法を取ろうとしてる」
「……もっと別の意図があるのかもしれません。魔導とは魔力(マナ)──魂のエネルギー
との交信です。そのシステムの大元をなくそうというのなら、ただ断ち切るだけでは不十分
なのかもしれない。聖浄器を、大量の魂の力でその巨大な流れ、魔流(ストリーム)を操作
しなければただ魔導に支障が出るだけではなく、この世界そのものがおかしくなってしまう
恐れがある……」
 訥々と、頭を抱えながらも発言に割って入ったリュノー。
 その、魔導を扱える一介の人間の指摘に、リュカ及びダン達は思わず目を見張ると一斉に
彼を見つめた。
「そっか。単純に毟っても“在るべき世界”どころか、世界そのものがグチャグチャになり
かねねえのか」
「あ、あれ? じゃあ“結社”って良い人達ってことに……?」
「いやいや。手前の都合で引っ掻き回してることには変わらねえだろ。だがまぁ、奴らの理
想像っつーか青写真が見えてきた感じだな。ヒトがどうなろうと、魔導開放以前の状態に世
界を巻き戻す」
「……」
 理解できたり、余計に混乱したり。
 だが少なくとも、これまでほど不明なまま結社(かれら)と戦うことは避けられそうだ。
 敵にも明確な目的──理想がある。在るべき姿。世界を“大盟約(コード)”に縛られぬ
姿に定義し直そうという訳か。
 さりとて、彼らの暴挙を許していい理由にはならない。クロムが少し、視線を逸らして黙
っている。
 そもそも何故、そこまでして“大盟約(コード)”を軸とした今の世界を壊そうとするの
だろう? 壊さなければならない強力な理由でもあるのだろうか?
「……爺さんは、自分達の聖浄器を使って欲しくなかったんだろうな」
「ええ。だからこそ、その理由であるリュノーの手記まで私達を誘導し、考え直して貰おう
としたのかもしれません」
「気持ちは分からんでもないがな。言っちまえば、生贄で作られた武器で正義の味方面する
んだ。知っちまったら後ろめたさはあるさ」
「でも、もしこのまま“大盟約(コード)”が無くなるようなことになれば、人々の犠牲や
もたらされる被害は今の比ではなくなります」
「……ボク達や、皆に奴らがやってきたことも、帳消しになんてならない」
「ああ。彼らの大義は一つの見解だが、その為に切り捨てるものが多過ぎる。……それでは
駄目だと思ったんだ。今を必死に生きている人々にこそ手を差し伸べる。救世を謳うなら、
先ずはこちらがそこまで歩み寄るべきだったんだ」
 最初、ダンが確認するようにごちた。リュカが小さく頷き、その意図を汲んでいる。
 グノーシュも渋い表情(かお)をする。だがサフレやミア、皆はそれでいて足を止めよう
とは考えなかった。これから起こりうる災いと、これまで起こってきた犠牲を、ただ指を咥
えて諦めようとはしなかった。
 クロムも言う。それはかつて敵として必死に剣を交えながら、それでも自身の絶望を感じ
て涙さえ流したジークの姿。そんな若き現在(いま)の命と、ずっと押し殺してきた矛盾に
ようやく向き合い彼は今、かつての古巣を止めようとしている。
「皆さん……」
「今更、引き返せやしねえよ。元よりこっちが買った喧嘩だ。止めてみせる」
「まだまだ詳しい情報が欲しいですね。“大盟約(コード)”周りの詳しいことについて、
大書庫に文献があればいいんですけど……」
 アルノーが、ルーシェ達が息を呑んで見守っていた。
 今はまだ、彼らは折れる事を知らない。いや、何度となく水を差されてきたからこそ、逆
に貫くことを選ぶ他なくなっているのかもしれない。
 ともかくこの情報を、秘匿しつつも仲間達で共有する必要があった。話し合い、一度船に
戻ってイセルナ達と合流する場を設けることにする。リュノーが遺した文献も、引き続き読
み解こうと示し合わせた。ただ力で勝つだけでは足りない。それは何より、これまでの旅の
中で痛いほどに味わってきた現実だ。
「──た、大変ですッ!!」
 ちょうど、そんな時だった。
 皆が集まる応接室に、一人の守備隊員が転がり込んで来たのは。


「お願いします! 行かせてください!」
 梟響の街(アウルベルツ)、魔導学司校(アカデミー)の学院長室。
 アルスはエトナとリンファを連れ、ミレーユとの面会に臨んでいた。ブレアやエマ、学院
の教員・理事らが少なからず同席する中で、彼はそう深々と彼女達に向かって頭を下げる。
「お願いします! 僕だけが守られたままじゃ、駄目なんです!」
 懇願したのは許可。自身の住居を、現在の市内のホームから実質の最前線──ルフグラン
号内に移した上で学生生活を続けたいとの申し出。
 かねてから考えていた事だった。それが始祖霊廟での、兄達のピンチを防げなかった一件
を切欠に抑え切れなくなり、一度は激情のままに吐露してしまった。
 仲間達に驚かれ、そして叱咤され──しかし手を回し始めたのが今日という日。
 彼女の、シンシアのお陰で冷静になれたと思う。ただ闇雲に対“結社”との戦いに参加し
ても足を引っ張るだけだ。ならばもっと別の、自分にしかできないことで皆の力になりたい
と考えた。
 ディノグラード大公ヨーハンが告げたように、自分達は“結社”や“大盟約(コード)”
について、あまりにも知らない事が多い。
 もし皆が旅先でそういった情報の手掛かりを見つけて来たら、読み解こう。ただ敵を倒す
だけではなく、そうやって頭脳でサポートする貢献の仕方もある筈だから。特に今は聖浄器
回収の任務で皆が一所に留まらない生活だ。だったら自分が、その役目を担えばいい。
 ……ただそれは、少なからず現在の学業を疎かにしかねない決断でもある。
 自分が梟響の街(アウルベルツ)にいる──皇国(くに)に戻らないのも、形式上は留学
という体を取っているからだ。それを隠れ蓑に“結社”との戦いに加担しようものなら、筋
が立たないのではと思う。何より両親が心配するし、人々を振り回すことになる。
 だからこそ先ずは、学長であるミレーユらに事前に許可を取り、諸々の環境を整えようと
考えたのだが──。
「いいですよ」
『へっ?』
 あっさりと快諾。在籍している生徒とはいえ、一国の王子に頭を下げられて理事らは困惑
していたが、数拍間を置いてミレーユは実にすんなりと頷いたのである。
「あ、あのう。本当に……いいの? アルスが半分、学生じゃないみたくなるんだよ?」
「ええ。話の中で、本人が今後も講義には予定通り出席すると言っていました。その点を約
束してくれるのであれば、私どもとしては特に反対する理由はありません」
「それに、今回の申し出は学籍というよりも、住居変更の問題でしょう。総務できちんと手
続きさえ踏んでくれれば、何処から通おうとも妨げるものはありません」
「……ま、飛行艇から通う学生なんざ、前代未聞だけどなあ」
 てっきり反対、押し留められるかと思えば、クールに捌かれた。思わず目を瞬くアルスに
代わってエトナが改めて確認するが、ミレーユやエマの回答は揺るがない。ブレアに至って
は苦笑いして愉しむ向きさえみせている。
「が、学院長。宜しいのですか?」
「ただでさえ皇子は在籍生の中にあって、特別な存在です。これ以上自由と申しますか、特
例を認めてしまっては、他の生徒に示しが……」
 尤も、他の理事達は戸惑いの方が大きかったようだ。消極的な反対、慎重論。ただでさえ
悪目立ちするアルス──レノヴィン兄弟を抱える自分達の状況を、何とか穏便な方向に収め
ようと口を挟んでくる。
「元々特別な生徒ですよ。出自も、成績の優秀さでも。ですが今答えたように、この申し出
は学籍自体の問題というより、彼個人の通学環境の問題です。……基本、私達が口出しする
領域ではないでしょう。何より学生としての本分は引き続き全うすると約束しています。私
達が彼の留学中の学びを保障し、彼もまたそれに応えてくれる限り、貴方達の“常識”に押
し込めてしまうことは権限の乱用ではないのですか?」
 うっ……。朗々と反論するミレーユに、理事達は二の句を継ぐ事ができなかった。
 保身的な意図は一瞬にして見抜かれていたのだ。彼女はあくまで出自に関係なく、正規の
手続きを踏んで学院の籍に入った若者達の能力を、こちらの都合など関係なしに伸ばしてや
りたいと──その環境を整えることが使命だとの強い信念を持っているのだった。
「必要とあれば、私が直々に生徒達に説明しましょう。ただそうですね……表向きは保安上
の問題とだけ切り出しておけば。何も、ジーク皇子達を心配した勇み足だけの話ではないの
でしょう? この二年、わざわざ専用の飛行艇を造ったのも、この街に“迷惑”を掛けない
為ではないですか」
『……』
 そう呟いて、ちらっとこちらを見るミレーユ。
 流石は魔導学司校(アカデミー)を一つ任されているだけの事はある。或いはクラン独自
の転移網を構築する際、聞いていたのか。
 何も街の外だけに限った話ではない。未だに──今だからこそ、ジークやアルス、この兄
弟を全力で庇うクラン・ブルートバードを“疫病神”として内心快く思わない者達は一定数
存在する。早い話保身なのだが、彼女もまた、この二年で鬱積した水面下の人心を敏感に読
み取っているようだ。
「むう……」
「そう、仰るのなら……」
 だからこそ、この慎重論がこれ以上の“突出を出さないこと──保身から出発していると
理解しているからこそ、ミレーユの言い回しは彼らの反論を効果的に封じた。
 保安上の問題。
 街の安寧の為に皇子達(かれら)が住処だけでも退いてくれるというのなら、殊更声を上
げて反対する訳にもいかないだろう。自ら首を絞める事になる。
「決まりですね。そういう事で、我々としては特に問題はありません。後日総務の方から登
録情報変更の書類を用意させます。手続き上はそれさえ済ませて貰えれば問題ありません。
後は約束通り、当学院の生徒として恥じぬ節度と勤勉さを持ってください」
「は、はい! どうも、ありがとうございますっ!」
「……寛大なご判断、感謝致します」
 ニコッと微笑(わら)うミレーユ。アルスは少し噛みながらもぶんっと頭を下げて礼を述
べ、リンファもその傍らで恭しく胸に手を当てて小さく低頭する。
「正直面食らったけど……これで学院側(こっち)はオッケーだね。ジークやイセルナ達に
は話した?」
「ああ。ジーク様はまだだが、イセルナや幹部全員とはこの前一度。こちらの細々とした用
意は私やイヨが任されている。必要が出ればイセルナ経由で予算も人も出せるだろう」
 ようやく解放されたと、ホッとした様子でエトナが安堵の声を漏らした。ごめんねと苦笑
いを零すアルスを視界に入れながら、リンファも既に次に取るべき段階を頭の中から引っ張
り出している。
「でも……いいのかなあ? フィデロ君やルイス君まで呼んじゃって」
「構いません。アルス様のご学友ですし、個人としても信頼できる者達です」
「大体本当に一人で全部背負い込める訳ないじゃない。ちょっとでも手伝ってくれる人を確
保しておいた方が、講義だってきちんと出れると思うよ?」
「うーん。それはそうなんだけど……」
 計画途中だが、今回の移住に際してはルイスやフィデロ、シンシアらも招待する予定だ。
彼らの分の転送リングも発注し、サポート体制の補助員を頼もうと考えている。
 ……尤もそれは、表向きの理由だ。その実リンファやエトナは、彼らを一緒に迎え入れる
ことで、アルスの心理的負担を少しでも減らせればと密かに考えている。
「し、しかし。もし皇子が船外へ──分析作業の為に現地に赴くようなことがあれば……」
「確かにそこまでのケースになると、我々の監督責任の外になりますね……。ですがそうい
った場合はフィールドワークとすれば問題ないでしょう。出発する事前に、外出届を出して
貰います。レイハウンド先生。その際は随伴係、お願いしますね?」
「りょーかい。……まぁ、担当教官(おれ)に回ってくるわな……」
 一方でミレーユ達の方も、ケースバイケースで対応する申し合わせをしているようだ。
 ちらっと彼女がこちらを見て首肯が返されるのを確認し、ブレアに告げる。少なからず嘆
息のような乾いた笑いでもって、彼もまたこの異例尽くめの教え子を見守ることに異議はな
いようだった。
「アルス様、一旦船へ行きましょう。暫定ではありますが、一度皆にこの結果を報告しなけ
ればなりませんので」
「あ、はい。それは勿論。ついでに兄さん達が今どの辺にいるのか、訊いて来ましょうか」
 どうもありがとうございました。では、失礼します──。
 そして互いに暫くやり取りを交わした後、一度仲間達と連絡を取るべく、アルス達三人は
学院長室を後にする。

 ──奇しくも、それはこの面会と同じ日に執り行われた。
 王都クリスヴェイルにて開かれた、アトス連邦朝の王器二振りの委譲式典。
 会場となった王宮前広場には、王器を一目見ようと集まった王都市民らを始めとして、各
国からの来賓やメディア関係者達がこれでもかと言わんばかりに詰め掛けていた。
「それでは、アトモスファイ・ハウゼン陛下より、我が国の王器『氷霊剣ハクア』と『風霊
槍コウア』が託されます」
 式典では先ずもって、メインイベントである聖浄器の引き渡しがあった。
 司会の合図で、左右からハーケン王子とミルヒ王女が一振りずつを慎重に抱えて近付き、
父・ハウゼンに手渡す。そんな彼らに相対するように立つのは、ブルートバードを代表して
団長のイセルナと、着慣れぬハガル・ヤクランに身を包んだジークの二人。
 そうして託されたのは、輝く青で統一された宝剣ハクアと、輝く金で統一されたコウア。
 イセルナとジークは、恭しく或いは不慣れでぎこちなく、それぞれこの二振りを受け取っ
て軽く頭を下げた。同時に周囲からは大きな拍手が沸き起こり、各社マスコミ記者らは一斉
に写姿器のストロボを焚いて、繰り返しシャッターを押す。
 ……まさかこれがレプリカだなどとは、誰も思うまい。
 ジークは手渡されたコウアに視線を落としながら、よくもまぁこんな博打が打てたものだ
なと思った。一見すれば二振りの輝きは本物で、裏側を知らされている自分達でもややもす
ればその事を忘れてしまいそうだ。大体千年も前の代物がこんなにピカピカだというのは不
自然なのだが、巷で膨らんだ王器の威光とやらはそんな思考力すら鈍らせてしまうらしい。
(もしバレたら、とんでもない事になるなあ)
 会場ではウゲツやケヴィン──正義の盾(イージス)からの出向組とアトスの近衛騎士団
による厳重な警備が敷かれていた。ぐるりと人の輪で境界線を作り、見物する市民や記者達
をその外側に維持する。
 はたして、彼らはこちらの目論見通りに思い、動いてくれるのだろうか? ジークは内心
気が気でならなかった。着慣れぬ礼装も然り、まるで高所を綱渡りしている気分だ。
 事前の打ち合わせ通り、イセルナと共にレプリカを人々に向かって掲げる。途端に彼らか
らは拍手が起こり、中には熱心に拝み出す者達さえいた。
 ……正直、罪悪感がチクチクと胸を刺す。
 安心してくれただろうか? 厄介払いができると思われただろうか?
 もしいざという時は、警備上の都合で一時的にレプリカを使ったのだと説明されるのだと
思う。実際、宝物庫で本物は見せて貰ったし、この式典が終わりここを経つ前にはそれらを
正式に回収する予定となっている。
(面倒臭いモンだな。政治ってのは……)
 メインイベントが済んでからは、ハウゼンの演説に始まり、各国来賓達による委譲歓迎の
スピーチの連続だった。
 あまり話は頭に入って来ない。ただその場に立たされ続けただけというのがジークの感慨
だった。どうせ誰も彼も話半分はパフォーマンスで、実際に腹に抱えている内容など人それ
ぞれなのだから。これを機に自国のアピールをしたり、ハウゼンに擦り寄ったり。或いはこ
の先自国の聖浄器──王器を引き渡さねばならない流れになることを内心警戒・反発しつつ
も、表向きは一致団結して“結社”との戦いに当たる態度を示さねばならないなど。
 手の中にある宝物も偽物で、入れ替わり立ち代りスピーチをする各国来賓らの言葉も何処
か上っ面だけさという嘆息ばかりが、繰り返し胸奥に去来する。
 ……いや、それは他でもない自分の本心か。何度となく裏切られ、その都度掌を返しては
称賛されたり、批判され続けてきたこれまでの旅を、条件反射的に思い出しているのか。
 それでも……自分達は戦う。彼らの為、だけではない。何よりも自分達の為に。
 家族に、仲間達に。大切な人達に次々と手を掛けてきた“結社”への怒り。積もりに積も
った因縁と、最早後戻りさえできない現状。
 そういえば副団長達は、翠風の町(セレナス)でどうしているだろうか? 先日リュノー
の隠し部屋に辿り着いたとは聞いたのだが、そこに何があったのか。
 ヨーハン(じいさん)は言っていた。自分達はもっと知るべきだと。
 そこにその答えがあるのだろうか? 知って、はたしてこの戦いにピリオドを打つ事はで
きるのだろうか?
 式典は特に滞りなく進む。次の者、次の者へとスピーチが続いていく中で、来賓やアトス
政府の高官らが時折ひそひそと話している。政治とはこんな目立つパフォーマンスばかりで
はなく、実際の所もっと一対一の密室に近い中、関係性で決まってゆくものなのだろう。
「──」
 やはり王器が人手に渡るのは面白くないのか、ミルヒ王女はドレスに身を包みながらも終
始むすっとしているように見えた。一方でハーケン王子は、淡々と関係者席の一角に座しな
がら、ふと何やら部下の一人にこそこそ耳打ち──報告を受けている。その横顔がフッと、
暗くなるのを見たような気がした。
 ウゲツらも出張って妨害(テロ)を警戒していたが、どうやら今回“結社”が襲ってくる
様子はない。流石に目に見えて構えている真正面から要人達の殺害や王器奪取を目論むには
リスクが高いと踏んだか。或いはもう、レプリカだという事がバレているのか……。
(考え過ぎか)
 関係者席の向こうで、仲間達が見守ってくれている。
 イセルナと共に、ジークはもう暫くこのもどかしい時間を過ごさざるを得なかった。


 しかし、事件は起きた。生じた大きなうねりに追従し、巻き込まれるその他多くのうねり
が存在しない筈はなかったのだ。
「レプリカの情報が漏れた!?」
 式典自体が一通り終わり、ハウゼンら政府関係者もジーク達も、王宮内でホッと一息をつ
いていた頃。
 突如として導信網(マギネット)上に、式典で使われた二振りがレプリカ──偽物である
との情報がリークされたのだ。しかも何者かの暴露はそれだけに留まらず、人々を騙した不
義を責める文言と、そもそも本物はとうに奪われているのではないか? という疑惑まで書
き込まれる始末。
「よくも……よくも騙したな!」
「許せない! 数刻前の喜びを返せ!」
「……失望した。ハウゼン王、貴方だけは信頼できる王だと思っていたのに……」
 はたして、情報は一気に拡散する。
 気付けばリークされた真実に、掌で踊らされたことへの怒りに燃え、大勢の市民達が抗議
の声を上げながら王宮前に殺到し始めていた。数刻前には厳かに、そしてその実安堵の象徴
となっていた式典会場の広場には、今や無数の怒号が響き渡っている。
「これは、拙いことになったな……」
 ジーク達やハウゼン王、ミルヒなどが集まった王宮のサロンで、同席するセドがごちた。
 用心の為に取った手が完全に裏目に出た形だ。次から次へと報告に走ってくる官吏達から
聞かされる城外・市内の様子に、皆の表情がみるみる内に険しいものになっていく。
「イセルナ。これは」
「ええ。“結社”の工作でしょうね。暴露のタイミングといい、人が集まるまでの手際の良
さといい、準備が良過ぎるもの」
「くっそ! 道理で式典中に何もなかった筈だぜ……」
 ハロルドが団長(イセルナ)を見遣り、まさかと思った可能性はほぼ確信に変わる。
 一方でジークはガシガシと髪を掻き、頭を抱えていた。妙に大人しいとは思っていたが、
こんな搦め手を使ってくるとは。どうも嫌な予感というものは当たってしまうらしい。
「お父様……」
「……会見の準備を。皆の誤解を解かねばならん」
 くしゃっと表情(かお)を顰めるミルヒ。娘の漏らす不安に、暫く思案するように黙って
いたハウゼンがそう命じつつ立ち上がる。
 はっ! 官吏や大臣らが急ぎ敬礼し、慌てて部屋を出てゆく。どうやら悠長にしている暇
はなさそうだ。情報を隠し、こちら側の弁明が遅れれば遅れるほど、巷に流れた虚偽の噂は
本物になってしまう。
「すまないな。ハクアとコウアを渡すのはもう少し後になりそうだ。騒ぎが治まるまでお主
らは王宮内(ここ)に居てくれ。……私達のミスだ」
『……』
 ごくり。ジーク達は息を呑み、従うしかなかった。寧ろ自分達が彼らの矢面に出てしまえ
ば、この国の王器を引っ掻き回した“犯人”として叩かれかねない。
 勿論、元を辿れば“結社”の存在がこのような事態を招いているのだが……そのような事
情は多くの、感情的になってしまった市民達には届かないのだろう。
「ああ。分かった」
「どうか、お気をつけて」
 こうなれば素直にレプリカで代用したことを、警備上の用心だったと侘び、本物を改めて
人々の前に開帳する他ないだろう。尤もそれはそれで危険だし、疑いを持ってしまった彼ら
のどれだけがすんなりと矛を収めてくれるかだが。ジークやイセルナ、一同は肩越しに詫び
るハウゼンを責めることなどなく、ただ早期にこの混乱が治まるよう願う。
「ジーク皇子! イセルナ殿!」
 だが、ちょうどそんな時だったのである。サロンを足早に去ったハウゼンらとまるで入れ
違いになるように、ハーケンが部下達を率いて現れ、酷く慌てた様子で近付いて来た。
「? どうしたんだ?」
「陛下ならさっき、人々の説得に──」
「ええ、分かっています。それよりも至急皆さんに報せねばならない事が……。つい先刻、
ヴァルドー王都グランヴァールにて、クーデターが勃発しました。反ファルケン王派の軍勢
が王宮や都内を取り囲み、進軍を始めているとのことです。それに、まだきちんと確認が取
れた訳ではないのですが、中には黒衣のオートマタ兵も交じっているとの報告が……」
『──ッ!?』
「何ぃ!?」
 息を切らせて話し、数度身振り手振りするハーケン。
 その情報に、ジーク達は思わず目を見張った。弾かれるように立ち上がり、硬直し、同席
していたセドもまた青褪める。
「クーデターって……。そりゃあ、あのオッサンならありそうだけども……」
「そ、それ、本当なんですか!?」
「デマにしては悪戯が過ぎるだろう。……確認した。まだ少数だが、導信網(マギネット)
にも情報が上がり始めている」
 思わず立ち上がり、しかしキョロキョロと皆を見渡して戸惑うジーク。レナも不安そうな
面持ちを隠せず、嘘であって欲しいと願い、されどハロルドが努めて冷静であろうとしなが
ら取り出した携行端末で真偽のほどを確認していた。
「黒衣のオートマタ──“結社”が絡んでいると?」
「可能性は高いと思われます。ヴァルドーも十二聖ゆかりの聖浄器を有する国ですから」
「鎧戦斧(ヴァシリコフ)か」
「大都消失事件ノ際、自ラ使ッテイタ物デスネ」
「とにかく急いでください。このままでは聖浄器が奪われてしまう……。それに万一あの国
が、四盟主の一角が落ちるような事になれば、統務院の──特務軍存続の危機です。こちら
の対応は我々に任せて、皆さんはヴァルドーへ! 奴らを追い払ってください!」
「お、おう……!」
 焦り、口調が激しくなっていくハーケンに気圧されるようにして、ジーク達は動き出して
いた。互いに顔を見合わせ、頷き合い、この波状攻撃に対抗するには今すぐ打って出るしか
ないと唇を結ぶ。
「急ごう。ルフグラン号へ!」
「ああ。そっちは頼んだぜ、ハーケン王子!」
「はい!」
 慌しくも手早く、それぞれに腕の転送リングに魔力(マナ)を込めて。
 ジーク達は一斉にサロンの外へと駆け出しながら、転移の光に包まれてゆく。

「──た、大変なんです! 町の中に、突然軍勢が!」
 ダン達が集まる応接間に転がり込んで来たのは、敵襲の報せだった。
 何でもいきなり翠風の町(セレナス)市中のあちこちから黒衣のオートマタ兵や魔獣達が
現れ、人々に襲い掛かったのだという。異変に気付いた守備隊が慌ててこれに応戦していっ
たものの、虚を突かれた状況には変わらないらしい。
 目を丸くして、青褪めるアルノーやルーシェ達。ダン達南回りチームの面々は、驚き舌打
ちしつつも、次の瞬間には半ば自ら弾かれるように駆け出していた。
 マルセイユ邸──執政館の坂を駆け下り、市内へ。そこは既に拡大する地獄と化し始めて
いた。オートマタ兵や魔獣に襲われ、傷付いた人達が守備隊員らに運ばれている。しかしそ
うして人々を庇いながら戦おうとすれば、どうしても劣勢にならざるを得ない。
 この……外道どもがッ!!
 ダン達は、駆け抜けてゆくその道中の光景に唇を噛み、怒りを眼に宿して、この軍勢の中
心部へと急ぐ。
「やあ。来たかい」
「思ったより早かったな。チッ、もうちょっと暴れられると思ったのによお」
 はたして──いや、他にいる筈もない。
 “結社”だった。この二年で更に強化されたオートマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)、
手懐けた魔獣達などを率い、フェイアン・バトナス・エクリレーヌの使徒三人組がダン達を
待ち構えるように立ち塞がったのだった。
「てめえ……」
「よくも、無関係な町の人々を……!」
「知ったことかよ。俺達は任務通りに動いただけだ。呪うんなら、ここ一週間屋敷ん中に引
き篭もってた自分達を呪うんだな」
 剣に斧、槍、拳に魔導。
 ダン達八人とフェイアンら“結社”の軍勢。ざらりと瞬間抜き合った得物が、触れてもい
ないのに不快な音を立てて響き合った。
 義憤(いかり)のままに武器を握る手に力が籠もる。だが当のバトナスに至っては、開き
直ってまるで悪びれる様子はない。寧ろ破壊行為を愉しんでさえいるように見える。
「おっと。下手な動きはしないことです。市内の部下達が彼らを攻撃しますよ? 封印解除
ご苦労様でした。天瞳珠ゼクスフィア……渡して貰いましょうか。あくまで今回は、その回
収に来ただけなのでね」
 ヒュウッと這い寄るような冷気の筋が幾つも伸び、フェイアンのサーベルの切っ先が一同
に向けられて止まった。眉間に皺を寄せ、しかし現在進行形で町の人々が巻き込まれている
この状況──人質化している今では、迂闊に斬り込めない。守備隊の面々を寄せ集めても、
圧的に人数が足りない。
「クロおじさん……。戻って、来ない?」
「あー、止めとけ止めとけ。こいつはもう裏切り者(ダメ)だ。俺達以上に何が“正しい”
のか知ってる筈なのに、奴らに靡いたんだ。教主様が許しても──俺が許さねえ」
 魔獣達を率い、継ぎ接ぎだらけの人形を胸元に抱え、エクリレーヌがかつての仲間だった
クロムに問い掛ける。しかしそれはすぐに傍らのバトナスに押し留められた。少し困ったよ
うに苦笑(わら)いながらも、当の彼に向けられた眼は完全なる敵意だ。
「……」
 無言。クロムはダン達の側に立って拳を握ったまま、じっと彼らを見ていた。
 刈り上げた短い髪と浅黒い肌、隆々とした身体にややゆったりめに巻いた僧服。一見すれ
ば些末な変化だが、この二年で変わったものはもう元に戻ることはない。
「まさか持ったまま逃げる、なんてことはしねえよなあ? 話は聞いてるぜ。お前ら、この
二年の間に俺達の転移網を真似したんだろ? ……殺すぜ。もしそんな軟弱な選択をしよう
もんなら、この町の連中、一人残さず」
「──っ」
 解ってはいた。狂犬(こんなやつら)なのだ。
 それでも半ば反射的にきゅっと唇は結ばれ、両者は睨み合う。
 一方その頃、クリスヴェイル城内では、兵を率いたハーケンが領民らに向けた会見準備を
進める父・ハウゼン達の下へと近付いていた。不穏な足音が響いていた。
「……ふっ」
 しかしである。暫く睨み合っていたその直後、ダンが小さく口元に弧を描いた。ステラや
グノーシュ以下他の仲間達も同様である。
「まさかお前ら、俺達が今日ここまでで何の策も無しに来たと思ってんのか?」
「? 何を──」
 その、次の瞬間だった。突如遠くから無数の足音と剣戟の音が聞こえ、ザザザッと、フェ
イアンがしていた胸ピン型の通信魔導具に激しいノイズと悲鳴交じりの声が届く。
『フェ、フェイアン様ぁ!』
『こちら信徒ヴォーゲン、及び信徒ルビオ! て、敵襲です! 新手の敵が我々を……!』
「何だと? 馬鹿な。この町には私達以上の兵力などいない筈──」
『い、いえ。援軍です! 敵の援軍が突然……』
『しっ、執政館の中から次々と……! きゅ、救援をーッ!!』

「そもそも俺達は、首都(クーフ)に居た時点で布石を打ってたんだよ」
 滞在していたマルセイユ邸で、サムトリアン・クーフの大統領府で。その先々で『陣』を
敷いてきたのは、何も移動の便利さや助けに応じる為だけではない。
 こんな時の為だ。いつかまた、自分達という旅人をトリガーに結社(やつら)が攻めて来
れば、その時可能な限り人々を守れるように。
『赤い……光の柱』
『燃え盛る炎。これは……ファルケン王?』
『でも何故? 何故彼はこんな状況で、嗤っていられるの……?』
 実はクーフ滞在中、ダン達はロミリアにこの先の未来を占って貰っていたのだ。
 不確定だが、いつか訪れうる未来。
 彼女の《占》の色装は、そんな現時点での可能性を視る事のできる能力だ。
 そして断片的に彼女の眼に映った情報達を整理する中で、この先ヴァルドーで何か大きな
事件が起こるらしいとの結論に至った。導都(ウィルホルム)から翠風の町(セレナス)、
次いで同国を訪ねる予定だったダン達は、ロゼやロミリアらと相談し、互いにある約束を結
ぶことになる。
 ──もしこの国に“結社”の魔手が迫れば、ブルートバードとして加勢する。
 ──もし自分達の旅先で“結社”が現れれば、必要に応じて国軍を動かして欲しい。
 いずれ向かう地であった。この先全く邪魔をされないとは考え難かった。
 だからこそ半ば交換条件をもって、有無を言わさず、ダン達南回りチームは密かに強力な
援軍を確保していたのである……。
「総員、領民の保護を最優先に動け! 隊員達を全力でサポートしろ!」
「陣形を──障壁群(ぼうぎょせん)を維持しなさい。先ずは国軍と守備隊の救護活動を終
わらせるわ。第五隊から十隊は、結社達の迎撃を」
「分かってると思うけど、雑魚一人とて逃しちゃ駄目だよ? こういうのは根こそぎ始末し
ておかないと後々面倒だからねえ」
 マルセイユ邸内の陣からルフグラン号を経由し、現れたのは、サムトリア共和国の正規軍
大隊と“黒姫”ロミリア及び“万装”のセロ率いるそれぞれの冒険者達だった。市内中心部
から食い潰すように展開しようとしていた“結社”の軍勢を、逆に手薄になった密度を突き
破って次々と撃破していく。
 壊れた家屋、死傷した人々。彼らを保護して避難させてゆく守備隊員らをフォローするよ
うにサムトリア軍が左右に大きく展開する。そこへ更にロミリア配下の魔導師達がぐるりと
囲むように障壁の防御線を作り、迫る信徒やオートマタ兵達を後方から無数の攻撃術式で薙
ぎ払っていった。
 目に見えぬ早業で、セロが狂化霊装(ヴェルセーク)の全身を何本もの鎖で縛り上げ、引
き裂いた。粉々に砕ける鎧と巨体を背後に、ストールに隠した両腕をそっと広げ、そして何
事もなかったかのように被った帽子に手を添える。
「……チッ。目測を誤ったか」
「上等じゃねーか。二年前の決着、つけてやる!」
 次々に倒されてゆく傘下の雑兵達。フェイアンは忌々しいと言わんばかりの表情で口元に
手を当て、一方でバトナスは更に血の気を増して禍々しいオーラを練り始めている。
「で、でもお。皆が、どんどん、消えていってる……」
「落ち着け、バトナス。兵力差が逆転してしまったんだ。末席とはいえ、四大盟主の正規軍
と“七星”二人だぞ? そういう用意で来たんじゃないんだ。無駄に兵力を減らすような真
似はスマートじゃない。今は特に、な」
「……ちっ。分かったよ」
 魔獣(トモダチ)の気配が次々に死んでゆくのを感じ取り、エクリレーヌが苦しそうに涙
目になっている。フェイアンも聞こえてくる剣戟と部下達の悲鳴を聞き、この相棒を押し留
める選択をした。
 尤も、サムトリア軍やロミリア・セロ達にその心算はない。ハの字に展開して一つになっ
た三者の軍勢は猛烈な勢いで町を──“結社”の軍勢を呑み込み、この強襲を仕掛けてきた
使徒達へと遂に切り結び始める。
「……やれやれ。またしても巻き込まれてしまうとは」
「どうやら間に合ったみたいね……。大統領からの伝言よ。一旦船に戻りなさい。あの時視
た通り、ヴァルドーが今大変な事になっているわ」
「ここは我々に任せて、早く!」
 変幻自在にしなる無数の暗器と、空間を穿つ強烈な魔導。
 セロとロミリア、彼らに率いられた歴戦の冒険者達とサムトリア軍の騎馬部隊が勇ましく
フェイアン達の本隊とぶつかり出した。押し合い圧し合いになる中で、彼女はダン達に向か
って叫ぶ。
「ヴァルドーが……?」
「わ、分かった。恩に着る!」
 予め相談して打っておいた策とはいえ、正直こうも心強い味方はなかった。いつか抱いて
いた不安が的中したことも聞かされ、ダン達は場を、翠風の町(セレナス)とアルノーらを
彼女らに任せて走り出す。それぞれに腕の転送リングを起動させ、一斉に転移する。

 一呼吸で抜き放った切っ先は、そのままピタリと父・ハウゼンの喉元に向かった。
 生じた城下の混乱の為、急ぎ謝罪・釈明会見をセッティングしようとしていたハウゼンと
関係大臣、官吏達。
 その多くが、今やハーケン率いる兵士らによって斬り捨てられ、撃ち抜かれ、絨毯の上に
倒れていた。不幸にも絶命してしまった者や、まだ息があって震えている者達もいる。
「……何故だ? 何故お前が、私を狙う?」
「貴方が“優秀過ぎるから”ですよ、父上。きっとこの先何代も、貴方のような名君は生ま
れないでしょうからね」
 剣を他ならぬ自らの老いた父親に。淡々と語るも、ハーケンの眼は確かに深く澱んだ狂気
に満ちていた。
「賢君として名高い貴方の跡を継ぐ王は、不幸だ。どれだけ頑張ろうとも、少なからずその
評判はかの先王と比べられてしまう」
「……」
「貴方が悪いのですよ、父上。民に望まれたからといって、何十年も王座に就き続けてきた
のだから。私達に手渡すのが遅過ぎたから、マリーは……」
 不気味に自嘲(わら)うハーケン。そのぽつりと零れた名前に、追い詰められ動くに動け
なくなっていたハウゼンの瞳が大きく揺らぐ。
 アトモスファイ・マリー。かつてハーケンが愛した彼の妻だ。
 しかし、彼女はもういない。彼が愛したその未来の妃は、二十年近くも前に流産が原因で
死んでしまったのだから。
「ハーケン。お前……」
 ハウゼンは、その僅かなやり取りだけで全てを理解してしまっていた。とうの昔、あの時
から我が息子は狂っていたのだ。最愛の人を、授かる筈だった我が子を同時に喪った悲しみ
のあまりの大きさに、彼はやがて歪んだ欲望を抱くようになる。
「私は、王にならなければいけないんです。貴方をも越える王に。天で見ているマリー達に
もしっかり届くように……」
 ギロリ。その眼は長年の秘匿から解き放たれ、ありありとその狂気を現していた。剣先は
今にもハウゼンの喉を突き、裂きかねない。
 焦っていたのは何も娘(ミルヒ)だけではなかったのだ。寧ろ彼女にはギュンターとの間
にセネルという跡継ぎがいるが、ハーケンにはそれがない。されど彼にとって妻とはマリー
ただ一人であり、代わりに誰かを娶るなどという選択肢は無かった。
「……レプリカの情報を流したのは、お前か」
「貴方には、今回の式典を機に評判を落として貰います。綺麗事を並べながら領民達を騙し
てきた王として。そして私が引き渡しましょう。本物のコウアとハクアを、あの方に委ねる
ことが、真の意味で世界の救済になる」
「? 何を──」
 その直後だった。徐々に狂信的になっていく息子に戸惑うハウゼンの眼に、フッとそれま
で影も形もなかった第三者が映ったのだ。目深にフード付きのローブを纏い、俯き加減の口
元にニヤリと陰湿な弧を描く人物。
「そうさ、それでいい。結社(やつら)にばかり任せてはおけないよ。僕こそが大命を成し
遂げる。僕が世界を再構築する。アトモスファイ・ハウゼン。アトスは先ずその足掛かりと
なって貰うよ。梟響の街(アウルベルツ)も、陽穏の村(サンフェルノ)も、塵一つ残さず
消し去ってやる!」
 ははははは! ハーケンよりも更に狂気と邪気で以って笑い、その瞳に底知れぬ憎悪の炎
を燃やす小柄な姿。まるでそんな彼に服従するように、ハーケンは切っ先を向けたまま微動
だにせず、ハウゼンを、実の父を澱んだ眼で見下ろしている。
 完全に包囲されていた。共に居合わせた部下達はことごとく倒れ伏している。
 何かを紡ごうにも、ただ歯を食い縛って無数の想いを呑み込む事しかできないハウゼン。
 フードの人物がニタリと嗤い、ハーケンが剣を握り直し、配下の兵達がこれを拘束しよう
と近付いて──。
「どぅ、りゃあああーッ!!」
 しかし次の瞬間、この場に乱入してくる者達がいた。ジークを始めとしたブルートバード
の北回りチームとウゲツ・ケヴィン率いる正義の盾(イージス)、そしてミルヒと夫ギュン
ターを先頭にした王国正規軍の大部隊である。
『っ?!』
「皇子、ミルヒ……?」
「お父様!」「陛下っ!」
「助けに来たぜ! 爺さん、まだ生きてるか?」
「う、うむ。しかし何故だ? お主らはつい先刻、ヴァルドーに……」
「ええ。まぁ色々ありまして……」
「向こうならダン達に任せました。どうやらこちらも、退っ引きならない様子なので」
「ま、あの王だ。そう簡単にくだばりはしねぇだろうけどよ」
「……っ。ハーケン! 貴方一体、何てことを……ッ!」
 今度は他ならぬハーケンとその兵達が包囲される番だった。突入早々からめいめいに武器
を抜いていたジーク達やウゲツら正義の盾(イージス)の面々に始まり、くわっと激怒し出
したミルヒの左右に展開し、銃剣を構えた正規軍が瞬く間にハーケン達を取り囲む。
「これは……どういう事だ?」
「……くっ。またしてもお前達は、僕の邪魔を……」

『急いで進路を西に! ダン達にもすぐ連絡して!』
 それは少し前、ヴァルドーでのクーデター勃発の報せを受けてジーク達が一度ルフグラン
号に戻った時のことだった。
 事情を聞いた船内の団員達は、その報せに大わらわになっていた。急ぎ出撃の準備をし、
ホームや翠風の町(セレナス)にいる筈のダン達南回りチームにも通信を飛ばし、この特務
軍存続の危機に一丸となって対処しようとする。
『……あれ? 皆どうしたの?』
 そんな時だ。ちょうどアルスが、エトナとリンファ、数名の侍従を連れてロビーに顔を出
して来たのである。まだ何も知らないのか、彼らだけはきょとんと面を食らったような表情
をしている。
『どうしたのって……クーデターだよ。ヴァルドーでクーデターが起きたんだ』
『あの破天王に限ってそう簡単にくたばりはしねぇだろうけどさ……。万一あそこが落ちた
ら統務院は大ダメージだぜ。話じゃ“結社”も絡んでるらしいから、完全に俺達がバラけて
るのを見越して勝負を仕掛けてきたんだろうよ』
 ジークが、団員達が慌しく動き回りながら答えた。ガチャガチャと武器や防具が衣擦れや
金属音を立てて揺れ、にわかに船内の空気は殺気立ったものになっている。
『クーデター!? それは本当か?』
『ああ。ハーケン王子が大慌てで知らせてくれてな。先程導信網(マギネット)でも確認し
たが、少しずつ王都の異変について情報が出始めている』
『……』
 にも拘わらず、暫くアルスは緊張感も何もなくただぼうっとそこに立っていた。いや、皆
が口々に発する情報を片っ端から脳味噌に叩き込んでいたとでも言うべきか。
『ハーケン王子が?』
『ああ。俺達クリヴェイルにいたからな。この前話しただろ? 式典やってたんだよ。まぁ
あっちもあっちで面倒な事になって、今必死に火消しに走ってるが』
『全くな。こりゃあまるで、同時に狙われたみたいなモンだぜ』
『同時……』
 そして、そんな言葉が何度か行き交った少し後のことだった。アルスがふと眉間に皺を寄
せると気持ち小さく俯き、口元に手を当てて何やらじっと考え込み始める。
 アルス……? 相棒(エトナ)がその様子に逸早く気付き、怪訝な表情を向けていた。
『ちょっと待って。それ、変だよ』
『あ?』
 ガタ。次の瞬間、アルスのその一言に、ジークは勿論場にいた全ての団員達が固まる。
 何を言ってるんだ? そんな悠長に構えている場合じゃ……。
 しかし喉まで出掛かったジーク達の言葉は、直後全撤回されることになる。アルスの頭脳
がこの瞬間、まさに絶妙なタイミングで噛み合ったのだから。
『何でそんな情報、ハーケン王子が知ってるの?』
『えっ?』
『そ、そりゃあ、本人にしかない外交ルートとか……』
『うん。無いことはないと思う。でもそれにしたって不自然だ。同じ四大盟主の同盟国とは
いえ、他国の第一級の情報だよ? まだ導信網(マギネット)にも出たか出ていないかくら
いなのに、どうやって彼はそんな情報を手に入れたんだろう?』
『……言われてみれば』
『妙だなあ』
『それに“結社”が関わっているなら、その目的は統務院を破壊する事だと思う。残りの国
の警戒レベルが上がる筈だから、そんな大きな作戦に出るなら軍事じゃなく、政治的な頭を
潰した方がいい。その方が組織を無力化するには効果的だ』
『うん? ちょっと待て。じゃあアトスは』
『多分だけど、同時に狙われてる可能性が高いよ。この二国なら特務軍を動かしている実質
的なツートップだ。そうじゃなきゃ辻褄が合わない』
 最早ジーク以下団員達は、顔を上げたアルスの面持ちとその言葉に抗えなくなっていた。
 つまりこういう事か? 自分達は危うく敵の術中に乗りかけたと……。
『ねえ、兄さん達が最初にクーデターの情報を聞いたのは、ハーケン王子なんだよね?』
『あ、ああ。ハウゼンの爺さんが火消しに出て行ったのとちょうど入れ違いになって、慌て
た様子で……』
『悪いけど、多分その王子はグルだよ。政治(アトス)じゃなく軍事(ヴァルドー)が兵力
で攻撃された、順番が違っているということは、何かもっと別の利益を得られる仲間がいる
からじゃないかな』
『……おい。おいおいおい!』
『ハーケン王子が、敵ィ!? あの如何にも堅そうな王子様が?』
『動機までは分からない。でもこんな時、目の前に出された情報を鵜呑みにすることが一番
危険なんだ』
 仲間達が衝撃を受け、動揺する。
 だがそれはアルスの確固たる結論だった。何よりも一度、シゼルとの一件で酷く辛い思い
をした自身が、もう二度と同じ失敗はしないと誓った、冷徹なまでの慧眼だったのである。
『少なくとも今この状況で一番有利に立ち回れているのは誰だと思う? 王子だよ。兄さん
達がこっちに戻ってきた事で、今王宮は手薄だ。さっき言ってた面倒事──レプリカだって
いうのが漏れた混乱も、アトスの機能を妨げるのに一役買ってる』
『じゃあ、もしかして一連の話を漏らしたのは……』
『王子かもしれないね。或いは別の協力者か。少なくとも、彼が“結社”か何かしらの勢力
と繋がっていることは間違いないと思う。戻って。今ならまだ止められる!』
 ジーク達は思わず言葉を失い、しかし当のアルスから明確な一言を授けられた。
 北回りチーム。待機中の団員達と、レジーナら技師組の面々。
 一同は誰からともなく、それぞれに頷き合う。

「──詰めが甘かったみたいだな。ハーケン王子」
 正直何処かで半信半疑ではあったが、今目の前に広がっている光景を見ればアルスの予測
は見事に的中していたことになる。
 ハーケンが、ハウゼン──実の父親に剣を向けていた。率いた兵達も彼と一緒に会見を準
備していたらしい大臣や官吏らを斬り捨て、あちこちで息も絶え絶えに倒れている。
 ミルヒとギュンターに指揮された正規軍がぐるりとこれを取り囲み、いつでも引き金をひ
けるよう待機させている。ジークは二刀を握った状態で言った。くっと、ハーケンの歪んだ
狂気の表情に一抹の焦りと怒りが滲む。
「イセルナ」
「ええ。どうやら彼が王子を唆した犯人のようね……」
 そして肩の上にフッと顕現したブルートの投げ掛けに、イセルナも頷いていた。目深に被
ったフード付きローブの下で、その表情は見る見る内に憤怒へと染まってゆく。
「またか……。またお前達は、僕の邪魔をするのか」
「っ!? その声、まさか……」
 だからこそ、ジーク達は思わず目を見開いたのだった。
 憎々しげに吐き捨てながら、むんずと取り払ったフード。その下から露わになった顔は、
ジーク達が忘れようとも忘れられない人物の一人だったのである。
「ジーク、レノヴィン……!」
 ヘイトだった。元“結社”に属する使徒の一人。魔流(ストリーム)を差し込んで他人を
操る能力を持ち、過去幾度となくジーク達を苦戦させた人物。
 しかし彼は、二年前のギルニロックにて、その私情を持ち込み過ぎる性質から組織に切り
捨てられた筈だ。他ならぬ同じ場にいた別の使徒らによって命を狙われ、それ以降消息不明
になってしまったとばかり思っていたのだが……。
 以前よりも更に強烈を増した、その憎悪。
 あの時受けた傷なのか、ローブの下からぎゅっと握った身体には、左首筋から胸元に向か
ってて痛々しい痕が今も残っている。ジーク達は思わず目を見張った。ギリッと、ヘイトは
そんな視線すら敵意の対象だと言わんばかりに睨み付けてくる。
「あの時の……。生きていたのね」
「当たり前だ。この僕があんな所で終わるなんてあってはならない」
「ふん。相変わらずプライドの高いガキだぜ。しかしよう、てめぇの企んだクーデターって
のも、どうやら失敗に終わったようだが?」
 ジャキリと蒼桜の切っ先を真っ直ぐに向け、ジークは言った。元より因縁のある相手なら
遠慮など要らない。彼とハーケンを取り囲んだ一同は、いつでも飛び掛かる心算でいた。何
より先ずは、捕らわれたハウゼン王と倒れ伏している皆の手当てを急がねばならない。
「……ふふっ。そうかな?」
 にも拘わらず、ヘイトは哂っていた。ゆらりとその場から動き出し、澱んだ眼のハーケン
の傍に立つ。反応し、地面を蹴ろうとしたジーク達よりも早く、ひそひそとこの元使徒は彼
の耳元にこう囁いたのだった。
「さあ、どうする? このままでは君は王にはなれない。失敗だ。言ってごらん、君の願い
を。どうすれば邪魔者を排除して、理想を達成できるのか」
「……王にならなければ。もっともっと、優秀にならなければ。王に、王に、天国のマリー
に届くぐらい優れた王に……」
 ぶつぶつ。その虚ろになっていく眼は、本能の側から途轍もない危険を感じさせた。
 おい、止せ──! ジークが、リカルドが叫ぶ。
 だが次の瞬間、異変は文字通り目に見える巨大な災いと変わったのだ。まるでヘイトに導
かれるようにざらりと抜いた腰のもう一本の剣。それは禍々しいほどに黒く、実戦用にして
はやや短く幅広の、黒塗りの装飾剣であった。
「ヴぉ……オアアアアアアーッ!!」
『ッ!?』
 黒塗りの剣が、刹那重く闇色を発して光る。
 するとどうだろう。ハーケンの身体は瞬く間に無数の黒い触手に包まれ、次々に人の形を
失っていった。剣が彼自身を取り込んで肥大化し、巨大な肉の塊になっていったのである。
「──」
 はたしてそれは異形。膨れ上がった肉塊は、全身濁った緑色の巨大な蛇の化け物と化し、
対峙するジーク達に向かって地鳴りのような咆哮を上げた。そのぐねぐねとうねる体表面か
らはあちこちに悲鳴のような怒号のような声を上げ続ける口が開き、痩せぎすの手が何本も
生えてきてはまるで何かを求めるように何度も繰り返し空を描いては、伸ばす。
「うっぷ。な、何これ……? 気持ち悪い……」
「……少なくとも、好意的な相手ではなさそうね」
「皆さん、下がってください! このままじゃ危険ですっ!」
「ハーケン王子……。あんたって人は……」
 あまりの光景に、正規軍の兵士達もその少なからずが唖然とし、腰を抜かしていた。実の
弟が目の前で化け物に変わった一部始終を見せつけられてしまったからか、ミルヒも魂が抜
けたかのように突っ立ち──崩れ落ちる。それを寸前で慌てて、ギュンターや傍の兵士達が
支えている。
「ひひひ……。さあハーケン、邪魔者どもをぶち殺せ!」
 ヘイトが大きく口元に弧を描いて嗤う。この緑の巨蛇に命じ、叫ぶ。
「……っ」
 悲鳴混じり、怒号混じりの咆哮。
 変わり果てた姿となってしまったハーケンを前に、呆然と見上げるハウゼンやミルヒ達を
視界に、ジーク達はぎゅっと眉を顰めながら、各々の武器を握り締めた。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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