日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ボックス」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:告白、窓、天国】


 明かりを点けると、彼女は既にそこに座っていた。
 もしかしたらずっと待っていたのかもしれない。ちらと肩越しからこちらに向けた視線、
見えた表情は何処となくむすっとしており、ご機嫌斜めだ。
 眼鏡の下で二・三度目を瞬き、彼は先ずもって貼り付けた苦笑いを浮かべていた。
 いつもとは少し違う表情の彼女。だが付き合いの長さで分かる。確かにむくれて見せては
いるが、本気で怒っている訳でもないのだろうと。
『遅いぞ。いつまで放っておく気だ』
「あはは……。悪い悪い。こっちも忙しくてさ」
 画面の向こう、何処か古めかしい調度品に囲まれた部屋の中から彼女は第一声を零す。や
はりポーズのようだ。彼は努めていつものように、これまで繰り返してきたことを頭の中か
ら取り出しつつ、その言葉に応える。
『むー。君はいっつもそう言うんだから。一体この前会ってからどれだけ経ってるか分かっ
てるのかい?』
「えっ? うーん……二ヶ月くらい?」
『ぶぶー。正解は五十三日と十七時間──換算すると一ヶ月と二十二日だ。確かに二ヶ月目
という形ならば間違ってはいないけれど』
 わざとらしく唇を尖らせて効果音を出す。相変わらず口調はさばさばしているが、どうに
もふとひょうきんな面を覗かせることがある。
 彼はやはり苦笑いを貼り付けていた。それが彼女と顔を合わせる時の、彼の基本スタンス
だった。
 自分よりも少し年上で、ずっと物知りながら、妙に子供っぽい所のある彼女。
 だからこそ愛嬌があって、魅力的だと思っていた。尤もお互い今更な恥ずかしさもあって
これまでもこれからも面と向かって伝えることはないのだろうけど。
「はは。思ってたより経ってなかったか」
『笑ってる場合かい? 全く、君はいつもそうだ……』
 ぶつぶつと彼女がまた拗ねかけている。わ、悪かったよ……。彼はようやくそこで彼女を
宥めに掛かった。それは何も今度こそ本気だったから、という訳ではないのだが、如何せん
不機嫌を拗らされるとその仕返しの舌鋒はほぼ間違いなく自分に返ってくる。
『それで? 今日の今日まで君は何をやっていたんだい? 何か変わったことでもあったの
かい?』
「……何も。相変わらずの仕事漬けだよ。ただ仕事に行って帰って来て、飯と風呂を済ませ
た頃には限界がきて寝落ち。それでも目が覚めるのは朝方、時間ギリギリ。また会社に出て
行って仕事をして──その繰り返し」
『相変わらずだねえ。まぁそっちはそれが当たり前なのは知ってるけど』
「いいよなあ。その点そっちは気楽で。一度でいいから、俺も衣食住の心配のない暮らしを
してみたいよ」
 だから自然と二人の会話は近況報告となり、且つあまり変わり映えしないものだった。
 画面向こうで彼女が苦笑(わら)っている。そこでつい彼もつられて嘆息をついてしまっ
たのだが、それが失言の類であるとすぐに気付いた。
 ハッとなって唇を結び、おずおずと視界を正面に向け直す。
 だが当の彼女は一見する限り、あまり表情を変えていないように見える。相変わらず妙に
落ち着いている癖に、妙に危なっかしい感じが同居した雰囲気だ。
『……まぁ、確かに憂いはないわね。必要なものは大抵揃っているし』
 フッと笑って彼女は言う。揃えたのか揃っていたのか知れぬ周囲の家具・小物をちらと横
目に見遣りながら、トントンと、軽く組んだ手の指先でリズムを取っている。
『でもねえ。いざこっちに住んでみると物足りなさってあると思う。少なくともそっちの話
はニュースを読むことでしか分からない。肌で直接触れるっていう機会はない。大抵の人は
もうすっかり慣れっこなんだけどね。でも私は……まだ、そこまで自分を“最適化”するに
は抵抗があるかな』
「……今更言われてもなあ。それも、隣の芝は何とやらで」
『そうね。そうかもしれない』
 持てないからこそ望んだ。届かないからこそ手を伸ばした。
 本当に今更である。もうそっちに行ってしまったのにこちらを恋しいなんて言うのは、実
に我が儘じゃないかと思う。
 身勝手だと思う。
 そもそも君は、君がこうなることを予測して(わかって)はいなかったのか──。
「……」
 彼は一度大きくため息のように深呼吸し、ぐるりと横目に自身の部屋の中を見渡した。
 とにかく暗い。ごちゃごちゃとしている。
 室内を点すのは今彼女と話しているデスクトップPCの明かりだけで、その他の空間達は
まるで切り取られたかのように沈黙している。コンビニ弁当や惣菜、飲料の空ペットボトル
が至る所に転がっている。主にこのテーブルを中心とした、自宅での行動圏内だ。それでも
出来合いの物で済ませた日はマシなのだろう。それ以上に数で勝るのは、手間もスペースも
取らない補給剤の空パックである。
『あ。もしかしてまた部屋散らかってる? 駄目だよ、ちゃんと片付けないと』
「……分かってるよ。分かってるけど、普段はやる気が起きなくてさ……」
 言うまでもなく、仕事でエネルギーを使い果たしてしまって。
 数拍視線が画面外へ逸れていたのに目敏く気付いたのか、彼女はずいっとこちらに迫り寄
って来ながら言った。もう何度目の注意だろうか。分かってはいるのだが、そういったこと
に割ける労力の持ち合わせがなく、別にまた後でもやれると必要性の順位を低く付けてしま
うから、いつもいつも後回しになってしまう……。
『……そんなに、お仕事辛い?』
 彼女の顔が画面にアップで映っている。眉根を下げて、少し上目遣いの質問が来る。
 コクリ。彼は言葉もなく小さく頷いていた。目を合わせることができなかった。だがそれ
は何も、アップになった彼女と面と向かうのが恥ずかしかったからではなく、ただ正視に堪
えなかったからだ。悔しさと、怒りと。解っている筈なのに、よりにもよって彼女が自分に
そんな言葉を向けてくることに感情が込み上げてきそうだったからだ。
 ──お前に、何が分かる。
 しかしそんな激情の言葉は呑み込む。呑み込むしかない。
 そもそも、彼女にぶつけたって何が変わる訳でもないんだ。寧ろ彼女は向こう側に行って
しまった別人。自分達とはもう決して交わることのない者達なのだ。
 そんなお前達の為に、自分達は少なからずここに残っている。残されている。なのにその
お前が分かったような口を利くな。
 いつも顔を会わせる時はそういった事実(こと)は忘れようと、表には出すまいと努めて
いる。だが彼女が知らないからこそ──本質的に“同じ”にはなれないからこそ、しばしば
そのこっちの努力は無垢の一言でズタズタにされる。……分かっているんだ。自分だって分
かっているんだ。こうして君と対面しても、また顔を見ても声を聞いても、虚しさや疲れが
根本的に無くなる訳じゃない。ただの執着だってことくらい、分かっているんだ。
「……ごめんな。やっぱり俺、疲れてるんだわ。話そうにも本当、仕事してたってことぐら
いしか記憶に残ってないし」
 ははは。乾いた笑いが彼の身体から大切な何かを奪ってゆく。もう、何度目とも知れぬ。
 画面の向こうの彼女は二の句を継げないでいた。適切な受け答えを導き出すのに手間取っ
て固まってしまっているようにみえた。

 お互い、元気で。
 結局久しぶりの顔合わせは長続きせず、気鬱な世間話で茶を濁したまま終わった。通信は
切れ、室内には明かり一つない夜の暗がりだけが戻ってきた。
「……何やってんだろうな。俺」
 誰もいない部屋の中で、彼はごちた。顔を見た瞬間には安堵したが、言葉を交わすにつれ
て自分の中で違和感が増していって耐えられなくなった。

“なあ。俺もそっちに行っていいか──?”

 別れ際、つい口に出しそうになった弱音(ことば)を、必死の思いで呑み込んだ。
 馬鹿野郎。あっち側に逃げたって何も解決しねえよ。面倒なカスタマーが増えるだけだ。
分かっているだろう? あっちの存在が増えれば増えるほど、こっちでその維持に掛からな
きゃならない人間が必要になってくるってことぐらい。
 ──何の憂いもない、永遠の世界。
 もし本当にそんなものが在るのなら、そこは楽園と呼べるのだろうか。人は生き続ける事
ができるのだろうか。
 奇しくも、かつては空想の中だけだった筈の世界が、今や現実にある。
 個人丸ごとをコピーする。容姿や性格、記憶は勿論、生前のありとあらゆるデータがその
直前まで管理公社の専用サーバー群に保存され、その終焉と共に電子の海に解き放たれる。
 彼女達は、そうして作られた永遠の世界の住人だ。
 飢えることもなければ老いることもない。希望次第でそういった生身の人間のような要素
を追加することも可能だが、大抵の人間は本末転倒だと否定的だという。
 ……いや。もう人間と呼ぶのすら本来はおかしい。何故ならあそこに解き放たれた者達は
所詮故人(オリジナル)の記憶を写し取り、AIで動くだけのプログラムなのだから。
 それに目を凝らせば見えてしまう。画面の向こうで自分と話していた彼女はただのデータ
の集合体で、周りにあった調度品も外に覗いた景色も、全てプログラムされた記号の羅列で
しかない。まだ“こちら側”に生きている人間が生前の姿を偲び、いつでも会えるようにと
作られたシステムだそうだが……正直こんなものは、正気の沙汰じゃないと思う。
「ああ……」
 ガタン。彼はデスクチェアの背もたれに深く体重を預け、大きく天井を仰ぐように口を開
いた。絞り出した声は濁音を含んで低く、あたかも地獄の釜にくべられたようである。

 ──畜生。
 彼はまた彼女の姿を、声を求めてしまったことを後悔した。束の間でも会って、現実を忘
れたいと思い立った欲求に勝てなかった自分に激しい怒りを覚えた。
 ──畜生。
 学生時代に期せずして出会った腐れ縁。
 しばしば様々な示唆を与えてくれ、終生良き“友”だった彼女。
 俺、本当はさ……伝えたかったんだ。
 ──畜生。
 なあ。何でお前、自分を遺そうだなんて思った?
 何でお前、自分から先に逝こうだなんて思ったんだ?
                                      (了)

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  1. 2017/01/29(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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