日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「獣の國」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:犬、伝説、主従】


 首輪を着けられることが獣の証ならば、確かに彼らはそうなのだろうと思う。

「よ、よろしくお願いします! ご主人様!」
 目の前には一人の少女が立っていた。か細い身体に薄手の貫頭衣を着、緊張した様子でこ
ちらを見上げて唇を結んでいる。
「ああ。これからよろしくね。僕はラグトーシャ・ベオルフォン。ベオルでいいよ。親しい
相手にはそう呼ばれてる」
 ご主人様──そう呼ばれた彼は、体毛で覆われていた。一言で形容するなら服を着、二足
歩行する白狼そのものであった。
 隆々とまではしていないものの、少女よりも遥かに大きな体躯。銀色を含んだ全身の白。
何よりその顔は獣そのもので、頭に生えた耳もふさふさの尻尾も本物だ。
 だが誰一人、そんな姿に違和感を唱える者はいない。
 それが当たり前だったからだ。少女を買った彼の周り、街の市場には、彼と同じように獣
のヒトが溢れ返り、一方で少女と同じような体毛の少ないヒトが売り買いされる。既に主人
に仕え、大きな荷物を懸命に運ぶ者達が何度か、すぐ後ろを通り過ぎていった。
「そ、そんな勿体無い! ご主人様はご主人様です! わ、私なんかが名前でお呼びするな
ど……」
 白狼のヒト・ベオルはそうこの日買ったばかりの奴隷(ケナシ)に穏やかな挨拶を向けた
が、当の少女の方はすっかり恐縮してしまったようだ。買い主の思わぬ態度にぶんぶんと首
を横に振り、あくまで彼女は身分を弁えようとする。
 ベオルは少し眉根を寄せ、ちらと檻の前に椅子を広げて座る奴隷商人を見た。
 ……何がおかしいんだい? だがこの茶縞猫の女主人は、キセルを吹かしながら寧ろ彼の
方が奇異だと言わんばかりに訝しげな眼を遣ってくる。やり取りを聞いていた他の通行人達
も総じて同じ反応──を見せつつも、特に絡むことなく通り過ぎてゆく。彼のそんな第一声
に違和感を覚えたのは、他の檻の中の奴隷(ケナシ)達も同じだったようだ。ぽかんと目を
瞬き、互いに顔を見合わせ、内心自分がこの男に当たらなかったことにホッとしている。
「返品するかい? 今なら買ったばかりだから、まだ替えは効くけれど」
「……いや、この子でいいよ。ありがとう」
 たっぷりと間を置いて小さく否と答え、ベオルは少女を連れていく。

「ふわあ……。ここが、ご主人様のお家なんですね……」
 街を五区画ほど西に戻り、住宅街の奥まった建物の一角にベオルの自宅はあった。懐から
取り出した鍵で扉を開けて中に入ると、少女はぱぁっと表情を明るくさせる。
 室内は、所狭しと書物が詰まった本棚に囲まれていた。入り切らないのかその一部は床に
も積み上げられ、整理されていながらも乱雑という印象を与える。それでも檻暮らしよりは
ずっとマシなのか、彼女は気にする様子でもなく物珍しげに辺りを見渡している。
「ああ。今日から君の家にもなる。ちょっと、物が多いけどね」
「……」
 だが再びふっと笑ったベオルに、少女はきょとんとした様子でこちらを見返してきた。
 何で? まるでそう訊ねるかのような視線にベオルは困った表情(かお)をしたが、先に
言葉が出てきたのは彼女の方だった。
「ご主人様は」
「うん?」
「ご主人様は、その……変わってらっしゃいます。奴隷の私にそのようなお優しい言葉など
勿体無いです。先に売れていった人達を見ていましたけど、他の方は皆、私達をもっとこき
使う気満々でしたのに」
「あー、うん。まぁ普通はそうなんだろうけどねえ……」
 ははは。ベオルは思わず苦笑いを零し、半ば無意識に顎の下を掻きながら言った。それに
してもこの子、従順で大人しそうに見えて案外ずばっと言う方である。
「何となく分かってるけど思うけど、奴隷を持つのは君が初めてなんだよ。そもそも僕は、
君に戦えとか石を切って来いなんてことは求めてないしね。店先でも言っただろう?」
「あ、はい。お料理とお掃除、お洗濯。あと出来るなら読み書き計算も。でもそれは、私は
女だからそれぐらいできないと使い物にならないって店主様に……」
「……マイヤさんも人がいいんだか悪いんだか。まぁいいや。ともかく僕からの頼みはそう
いった普段の雑務を手伝って欲しいってことなんだ。前々から知り合いには、成人した男が
奴隷(ケナシ)の一人や二人持ってて当たり前だ、なんて言われてきたけど……」
 一足先に中に入った彼女を見守りつつ、鍵を締め、ベオルは苦笑(わら)った。ともかく
と近くのソファに促し、座らせる。そうさせながら自分は本棚に歩み寄り、そこから適当に
一冊の本を引き抜く。
「研究に集中したいなあとは、かねてより思っていたんだ。だから纏まった収入が入った今
回、思い切って雇ってみたんだよ。凄く個人的な理由だけどね」
「い、いえっ! 筋肉ムキムキでもない私を勝って頂けただけでもありがたいです! で、
でもその……研究って、何ですか? もしかしてご主人様って凄く偉い方なんでしょうか?
学者様なんですか?」
「はは。学者は学者でも学者くずれって言った方が正しいかな。これといって誰かに仕えて
いる訳じゃないし、國長(くにおさ)お抱えでもないしね。普段は子供達に読み書きを教え
たり、本を書いたり、他國の様子を調べたりしてる。それ以外は研究漬けさ。まぁ仕事って
もの自体、基本は奴隷にやらせている人も少なくないけどね……」
 それとなく正体を明かされ、にわかに焦る少女。だがベオルは相変わらず穏やかで、持ち
出した本を開くと向かいに座り、試しにと文面を見せ始めた。
 ページを捲る度に幾つもの記号から成る文字列がいっぱいに埋まっており、時折古びた模
写らしき絵が貼り付けてある。
「うーん? ちょっと私には難しいです……」
「無理もないさ。これは写本。大昔に残された文献を翻訳して、刷り直したものだよ」
 はあ。彼女はちんぷんかんぷんだったが、それでも語るベオルの顔がとても楽しそうだっ
たのは分かった。
 多分、嬉しかったのだろう。こうして話に付き合ってくれる誰かがいることが。
 彼女は改めて思った。このご主人様は、変わっている──。
「君は創世の物語は知ってるかな? 遥か昔、ケナシが大きな罪を負い、その後に支配者と
して僕達ヒトが遣わされたっていう」
「あ、はい。読み書きの本でざっくりとですけど。そのために私達は奴隷として生きなけれ
ばならなくなったとか」
「うん。でも僕はね、本当にそうなのかなって思うんだ」
「!?」
 だから彼女は、思わず目を見開いて言葉を詰まらせた。慌てて周りを見渡して、この会話
を聞いている者がいないかを確認した。
「なな……何を言ってるんですか! だ、誰かに聞かれたらおしまいですよ!?」
「ああ。だからこの話は出来るだけ内緒にね? 今でも創世の教えを信じて疑わない人達は
多いから。確かに國長や名士達に知られたら処刑されるかもしれない」
 ふふっ。なのにベオルは苦笑(わら)っているではないか。自分の言葉が人々の常識とは
相反することを知っているのに、敢えて部屋に戻って来るや否や、それを口にしたのだ。
「……僕はただ本当のことを知りたいだけなんだよ。でも君も言うように、それは自分の身
を危うくする。あまり大っぴらに他人の手は借りられない。だから、直接じゃなくその研究
に集中する為の環境を先ず整えようと思ったんだ。君が家事を担ってくれれば、僕はその分
研究に時間を当てられる」
 至極整然とした理由。冷たくと割り切り過ぎた感さえある。
 だが少女には、ベオルが嘘を言っているようには思えなかった。奴隷だからこそ後で何と
でもできるということなのかもしれないが、彼はきちんと自分を買った理由と目的を話して
くれているだけのように思う。多分、他の誰かに買われたのなら、そういった“果て”すら
示されない。
「……分かりました。ご主人様の望みがそうであるのなら、私は与えられたお仕事を頑張ら
せていただくのみです。そのお時間を作る為のお手伝い、させていただきますっ」
 少なくとも、一般に知る奴隷(ケナシ)とは随分違う待遇であるようだ。彼女はふんすと
胸を張り、ともかく求められた仕事をこなすことに決めた。チリンと、首輪から下がった鎖
を付ける為の輪っかが揺れる。
「ありがとう。えっと、台所は入ってすぐのそこ。風呂場はこっちの扉、トイレの向かい側
で、洗濯物も普段はそこの籠の中にぶち込んである。もし足りない物があれば遠慮なく言っ
てくれ。買い足すとしよう。先ずは……」
「この、大量の食器ですね」
「……うん」
 ご主人様──ベオルはホッとしたように微笑(わら)った。早速と決して広くはない家の
間取りをあちらこちらと指差して教え、最初に何から掛からせようかと迷う。
 だが答えは割りとあっさりだった。二人して一致した。二人の向けた視線の先、台所には
もう何日分もの洗い物が溜まっている。
「そうと決まれば。早速、お仕事を始めます! ご主人様、お水は何処で汲んで来れば宜し
いでしょうか? あとどの食器は何処にしまうという決まりがあれば」
「ああ。廊下の突き当たりに水がめやら何やらを置いてるから、先ずはそれを使ってくれ。
共同の井戸はさっきこの棟に入る前の裏手にある。皿は……任せるよ。普段から仕事以外の
物は割と適当だから」
「あはは……。はーい、分かりました~」
 腕捲りをして、心ばかりの荷物もソファの横に置いたまま扉を潜ろうとする。
 働き者だなあ。ベオルは思った。そんな小さくも心強い新しい奴隷(どうきょにん)の背
中を微笑ましく眺めながら、彼はのしっと本を片付ける為に立ち上がった。
「あ、そういえば」
「? はい。何でしょう?」
「君の名前、まだ決めてなかったね」
「えっ。そこまでしていただけるんですか? いち奴隷にそんな……」
「いいんだよ。大人数を抱えてる所じゃないんだし、番号のままのメリットも無いだろう?
それにさっきも話したように、僕は君達奴隷を使うことに懐疑的だ。ただ一方的に使い潰す
んじゃなく、僕の研究を間接的に助けてくれる相棒だと考えてる」
「ご主人様……」
 じーんと、奴隷の少女は思わず目に涙を溜めていた。願わなかった訳ではない。だが自分
達ケナシが彼らヒトから平等な扱いを受けるなど、現実的にあり得ないと何処かで割り切っ
ていたからだ。
 ごしごし。半ば反射的に涙を晒さないように腕で拭い、謹んで受け取るように努めた。と
はいえ、急に言われても困る。うーんと悩み、彼女はぽつりとこうだけを言った。
「凄く嬉しいんですけど、どうしたものか。一応奴隷商店(むこう)では、一〇〇三九号と
呼ばれていましたが……」
「一〇〇三九号か」
 照れ笑い、苦笑い。扉の前で振り返ったこの少女に、ベオルは少し考える仕草をした。
「じゃあ、ミク。君は今日からミクだ」

 自称学者くずれ・ベオルが買った奴隷一〇〇三九号──ミクはそれからというもの意欲的
に働いた。毎日の食事から掃除、洗濯、散らかり放題だった家中の整理まで。
 尤も買い出しだけは、主であるベオルに付き添って貰わなければならなかった。奴隷の身
分ではまともに相手にされないからだ。そうやって必要な物を買い揃え、家の中が見違える
ほど綺麗になった頃、二人は主人と奴隷という枠組みを越えた信頼関係を結んでいた。彼が
自身の研究に没頭できるようになったのも、彼女が毎日献身的に身の回りの世話をしてくれ
たからに他ならない。
『よう。やっと買ったんだな、奴隷(ケナシ)』
『女か……。まさか叩き売られたんじゃないだろうな? 使い物になるのか?』
『随分と手厚いじゃねーの。奴隷(ケナシ)にそんな上等な服、勿体無ぇぞ?』
 ただ勿論というべきか、知人ほか周囲の眼はあまり好意的ではなかったが。
 こと以前より奴隷を持つべきだと勧めていた腐れ縁達は、ベオルがよりにもよって女の奴
隷を、しかも彼女を大切に扱っていることを知って幾度もからかい、時に侮蔑の言葉さえ向
けてきた。だがベオルはその度に「潰れてしまったら困るのは自分だからね」「生憎君達み
たいに何人も持てる余裕がないんだよ」と苦笑(わら)って返すだけで、されどぐうの音も
出ない論拠であったために彼らの反論はことごとく封じられていった。
『ねぇ聞いた? 西区のラグトーシャさん、女の奴隷(ケナシ)を買ったんですって』
『やっぱり変わってるわよねえ。学者先生って頭の中が私達とは違うのかしら……』
 尤もベオル自身、街の人々が向ける自分への評は分かっていた。元よりあまり世俗に染ま
らず、学者くずれの半引き篭もり生活が長かったせいもあり、どこまでが“常識”でどこま
でがそうでないかを弁えていた。家の中ではともかく、外に出る際はあくまでミクの主人と
して振る舞い、買い物の荷物も基本的に彼女に持たせた。それでも首輪や枷に鎖を繋ぐこと
をしなかった彼は、周りから見れば充分“変わり者”であったことには変わりない。

「──はい、どうぞ。全部で千四百七十二カッパーね」
 その日、ベオルは街の市場に買い出しに来ていた。勿論ミクも一緒だ。
 ふくよかな狸の女店主から紙袋に詰めた野菜を受け取り、銅貨を支払う。受け取った紙袋
はそのままミクに手渡しした。他にも道中買った品を抱えた彼女は、やはり視界も塞がって
重そうにしている。
(……ごめんな。ミク)
 だが衆人の手前、奴隷(ケナシ)である彼女に優しくし過ぎては拙い。それは当の彼女の
方が解っているようで、ちらと眼だけで「気にしないでください」の一言が聞こえてくるか
のようだ。
「しっかしラグトーシャ先生? 貴方も変わってますよねえ。その子、鎖も付いてないじゃ
ないですか。逃げられたらその品も全部盗られちゃいますよ?」
「かもしれませんね。でも、しっかり躾けてありますから。それにこんな人通りの多い所、
鎖をじゃらじゃら引っ張っていたら通行の邪魔でしょう?」
 あくまで微笑を装う。最早いつものことのように、ベオルはそう世話話のレベルですらも
向けられてくる言葉を受け流しながらも、その度に自分の異質さ──自分と他人びととの壁
を感じずにはいられない。
「号外、号外ーッ!!」
 ちょうどそんな時だった。通りの向こう側からたすき掛けにした鞄に大きな紙束を詰め込
んだ狐の青年が声を張りながら駆けて来、道行く人々にばら撒き始めたのだ。
 新聞屋だった。それを見て、皆が我先にと彼に殺到してゆく。
「ウェークがリジンに攻めて来た! 現在、北の國境で戦闘中!」
「マジかよ……」
「三月前にニッケリが落ちたばかりだろ。早過ぎねぇか?」
「おいおい、拙くないか? もしリジンまで落ちたら今度は位置的にこの國じゃあ」
『……』
 戦いの報せだった。北の山岳地帯にあるウェーク國が軍勢を率いて南下し、その線上にあ
る国々へと次々に戦争を仕掛けていたのだ。
 紙面を食い入るように読んだ市民達が、動揺して震える。リジン國はこの街──トヴァル
國とは川と平野を一つ隔てた隣国だ。以前にはその更に隣国、北東のニッケリ國もウェーク
との戦いでほぼ壊滅の憂き目に遭っている。彼らの不安も、無理からぬことだった。
「ご主人様……」
「……。家に戻ろう」
 泣きそうなほどくしゃっと顔を顰めたミクの頭を撫でてやりながら、ベオルはのしのしと
この人だかりからは敢えて距離を置くように踵を返して歩き出した。買い物の紙袋を抱えた
ミクも慌ててこれに倣う。人の波は、程なくして二人とは逆向きに遠退き始めた。
「僕が分析していたよりも、進行速度が早い。これはまた、そっち方面の仕事が増えるかも
しれないな」
「えっ? それって」
「情報収集。ヒトを使って現地の様子をレポートする。時々お偉いさんから僕の所にも降り
てくるんだけど、正直あまり積極的には関わりたくないね。個人的には知ること自体に罪は
ないと信じたいけど」
「……」
「ウェークは立地上、作物を育て難いんだ。だから十中八九、今回仕掛けてきた戦は土地を
狙ってのことだと思う。あそこだけじゃない。ただでさえ國の外っていうのは荒地が多いか
ら、どこもかしこも肥沃な地域は獲り合いになるんだ」
 ベオルはそう淡々と話してこそいたが、ミクは完全に意気を削り取られていた。
 知らなかった訳ではない。だがこの風変わりな主に出会えて、穏やかな日々を得られて、
それがこの先もずっと続くと思っていた。
「ッ! ご主人様」
「ああ。國長の近衛隊だ」
 そんな時だった。道ゆく人々を掻き分け、馬に乗った軍人達の一団が近付いて来る。
 ミクが身構え、ベオルも静かに警戒し目を遣った。トヴァルの長に仕える軍人達だった。
人々が何事かと不安がって立ち止まり、顔を上げる中、彼らは声を張り上げてバッと大きく
巻いてあった文書を広げる。
「國長からの宣旨である! 皆も知っての事と思うが、先刻リジンにウェータの軍勢が攻め
入った。現在も両軍は交戦中である。そこで國長は事態の重大性に鑑み、全ての市民に徴兵
の勅を下された! 剣奴を持つ者は速やかに國府まで連れて来られたし! 志願も大いに歓
迎する! 以上だ!」
 ざわっ……。下された命令に、市民らは騒然となった。
 一方で遅かれ早かれこうなることは予想できたのだろう。奴隷を連れている者達はめいめ
いに顔を見合わせ、思案し始めた。國長に逆らうとまでは考えていないが、あまりホイホイ
と自分の奴隷(ケナシ)を明け渡すのは抵抗がある……。
「た、大変です。せ、戦争が」
「大丈夫だよ。君が戦場に送られることはない。戦う力は持ってないんだから」
「それはそうですけどお。でも、もしウェークがここまで攻めて来たら……」
 ぐすっ。不安のあまり涙を溜め、しかしミクはそこで言葉を切った。周囲の市民や彼らの
連れる奴隷達も、少なからず同じ事を考え始めているだろう。そんな内心を知ってか知らず
か、近衛隊の一団は用件だけを告げるとまた別の区画に向かうべく駆け過ぎて行った。もし
戦となれば、両軍共に大量の奴隷(ケナシ)が先陣を切って犠牲となるのだろう。
「……ミク。以前僕が話した創生の物語のこと、覚えているかい?」
「えっ? あ、はい。私達が大昔に負った罪の話、ですよね?」
「ああ。もしかしたらそれは、戦のことだったんじゃないかと、僕は思う」
 バタバタッ……。第二陣か別の軍人達の一隊がまた通りを駆け抜けていった。ミクが目を
何度も瞬き、こちらを見ている。あまり話の繋がりがピンときていないという表情だ。
「色々と調べている内にそれは確信に変わった。君達の祖先が遥か昔、戦に明け暮れたこと
で、この世界は荒地ばかりになったんじゃないかな? どうやればそこまで破壊しつくされ
るかは分からない。だが今僕達が使っている技術や文化の原型は殆ど、かつてのその時代の
遺跡から発掘されたものなんだ。國はあまりそのことを表にはしたがらないけど……優れて
いたのは、その時代に生きていた者達じゃなかったのかな?」
 あまりにも淡々と、声量を落として語るものだから、最初ミクはその言葉の重大さを理解
できなかった。
 優れていたのはその時代──私達のご先祖様?
 ご主人様達は私達を支配するべく現れたんじゃなくて、後釜についただけ……?
「ご、ご主人様。研究の(そういう)話はあまり……」
「そうだね。誰が聞いているかもしれないし」
 でも……。しかしにわかに騒々しく、緊迫してゆく街の有り様に、ベオルはゆっくりと視
線を巡らすことを止めなかった。一方でミクは思わず焦り、別の意味で周りの様子を窺って
いる。それでも。この異質な白狼のヒトは、誰にともなくごちるのだった。
「──僕達と君達。一体、何が違うというんだろうね」
                                      (了)

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  1. 2017/01/01(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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