日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「時雨只中」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:桜、雨、記憶】


『おやおや……。これはまた、懐かしい顔だ』
 近付いて来る足音に気付いて、老桜はそう穏やかに声を漏らした。その一方で彼の下へと
やって来た当の青年は、ちらと少し驚くようにして空(くう)を仰いでいる。
「……僕のこと、覚えているの?」
『勿論さ。動けない身である以上、重ねた歳月だけが私を癒してくれるのだから』
 季節は冬の走り。鈍色の空からは静かに雨粒が落ち始め、辺りの視界を少しずつ白くぼや
かせている。
 青年の問いに、この老桜は笑った。今年の盛りもとうに過ぎ、その腕は一切の花弁も葉も
落としてか細かったが、それでも歳月が重ね上げてゴツゴツとした体幹の厚さだけはがっし
りと酷く安定しているようにみえる。
『ともかく、よく来てくれた。久しいな。十年、いや二十年近いか。随分と大きくなったよ
うじゃないか。あれから一体どうしていたんだい? あの頃みたいに、また一人っきりで俯
いてはいないかい?』
「……」
 青年はただじっと、目を細めて老桜を見上げていた。滴る水滴が時折目に掛かるが、構わ
ず彼は何度も瞬きながらたっぷりと長い時間、黙っていた。それはひとえに、彼と老桜とが
共有した在りし日々の濃さとも比例する。

 彼はかつて、一人ぼっちだった。
 いや、その表現は厳密ではないのかもしれない。成人した今も、彼はしばしば自分の中に
巣食う孤独と懸隔に苛まれているのだから。そしてそんな症状・性質は、何も今に始まった
ことではない。物心ついた頃からずっと、彼がその身に抱え続けてきた性だった。
 子供らしい無邪気さ。快活さ。
 だが彼は、そんな大よそ世間一般が持つイメージに添えるだけの性質に乏しかった。彼は
周りの誰よりも早く物事の“意味”について考え、疑うようになっていたし、野山を駆け回
るよりも本を読んでいる方が好きな子供だった。
 結論から言ってしまえば、ただそれだけのことだ。だがそんな些細な現実の気質と周囲の
理想との差は、ゆっくりとしかし確実に彼という一個の人間を蝕んでゆくことになる。
 遠巻きから陰口を囁き合う余所の大人達だけに留まらない。……いや、そんな他の親御の
眼があったからこそ、彼の両親はまた同じように我が子がおかしいのではないかと疑った。
或いは「お前の育て方が悪い」とか「あなたがちゃんと構ってあげないからよ」などと、彼
らをしばしば口論させるに充分だった。
 そんな姿を、幼き日の彼が解らない筈がない。
 一言で表現するならば、彼は聡かった。まだ周囲の子供達が遊びに生の全てを賭けている
頃、彼は全く別のものに興味を示し、全てを賭けようとしていたからだ。
 彼は心苦しかった。自分のせいで、両親が仲違いをしている。
 しかしながら彼は結局、その求められた“子供らしさ”をどうしても自分のものすること
ができなかった。それは彼自身との相性の問題でもあり、同時に彼自身の中にある一種の頑
なさによるものでもあった。後ろめたさと自分に嘘をつけない潔癖さの狭間で、彼は長く何
度も悩んだ。
 ……その結果の選択が、彼らを「知覚しない」ことであったのは、何とも哀しい。どちら
かに上手く引き摺られてしまえば楽だったのに、彼は敢えて引き裂かれる方を選んだ。或い
は引き裂かれるその瞬間まで、悩み続けたということなのだろうか。
 少なくとも当時の彼には、こうするしか方法はなかった。後ろめたいなら彼ら周囲の大人
を見なければいい。自分に嘘をつけないのなら、正直なまま突っ切ればいい。
 つまり彼は独りを選んだ。かねてより無邪気ではなく、快活ではない子供へと舵を取る。
そのことで益々周囲の大人達、ひいては同年代の子供達から奇異の眼で見られるようになっ
たが、それも時が経つほどに収まっていった。……何て事はない。ただ頼んでもいない期待
がいよいよ果たされぬと知って、向こうから失望していっただけのことだ。
 そして、そんな彼が特に好んだのが──この老桜だった。
 集落からは離れ、しかし全体を見下ろせる坂道の上。周りは幾つもの木々や草花が年中姿
形を変え、夏でも日陰には困らない。
 この絶好の場所を見つけた彼は、以来決まってこの木の下で独り本を読み漁る日々を過ご
すようになった。時折他の子供達や、或いは大人がその姿を見つけては誘おうとし、窘めた
が、頑なに孤独を生きる彼の前にやはりその全てはやがて諦め、去っていった。
 ──いいのかい? また行ってしまったよ。
 ──いいんだ。僕は、観ているだけで充分だから。
 必然、主な話し相手はこの老桜だった。
 春は満開の花弁を、夏は陽の差す新緑を。秋は色とりどりの紅葉を、冬はただ体温を。
 観ることしかできない老桜と、観ることを選んだ少年は、そうして緩やかな友人として幾
許かの時を共に過ごしていった。ただ何も咎めずに、期待せずにいてくれるこの老桜が、彼
には内心居易かったのだ。
 ずっとこんな時間が続けばいい。
 だが時は流れゆく。彼もまた、変わらざるを得ない。
 学年が上がり、学校も変わり、次第に二人が共に過ごす時間は減っていった。
 そして、ある時を境に──。

「ごめん。ずっと放っておいて」
 やがて青年は言った。雨粒か、自らのものか、その両目にはじわりと溜まっていくものが
あった。だが老桜は応えない。ただざわ、ざわと、合間を縫う風に揺られて、激昂するでも
なく失望するでもなく、あの頃から変わらない場所にずっと立ち続けている。
『謝ることなどないさ。私と君達の時間は違う。いずれああなることは分かっていた』
「でもっ……!」
『ふふ。そうやって自分を責める所は相変わらずだな。この手の話は、もうあの頃、飽きる
ほど繰り返した筈だが』
 逆に感情が噴き出しそうになったのは、青年の方だった。自分が長らく置き去りにしてい
た老桜(かこ)を悔いているというのに、当の本人は実に清々しい。なまじ他人の何倍も生
きていることで、そういった類の感情は鈍くなってしまっているのか。
 青年は押し黙った。雨足がまた少し強まり始めている。
 叫びかけて、彼はぐっと堪えるように呑み込んだ。或いは老桜(とも)の言うように、か
つてのやり取りを思い出しているのか。
『こう言ってしまえば酷かもしれんがね。私はこれまで何人もの人間達と出会い、そして別
れてきた。もう二度と会えない所へ逝ってしまった者も少なくない。そのこと自体を知るの
も、大体はずっと後になってからのことが多いが』
「……」
『だが、哀しくはない。本当だよ。言ったろう? 重ねた歳月が私を癒してくれると。確か
に彼らはもういない。だが私の中に彼らは生きている。呼びかければ、応えてくれる。君だ
ってそうだ』
「……。でも……」
 あくまで優しく、諭すように。とうの昔に着いた結論を繰り返し起こすように。
 だが青年はふるふると、小さく首を横に振りながら躊躇っていた。感情が上手く言語化で
きない自身を恥じ、その間にも蘇ってくる空白の十数年が茨のように刺さり、普段心を閉じ
込めた彼の性質を大きく揺るがせる。
「僕は、あれから色々頑張ってはみたんだ。僕はこんな性格だけど、分かっているからこそ
見えるものがあるんじゃないかって。……君が聞けば奇妙だと思うかもしれないけど、今僕
はカウンセラーをやっている。特に他人と馴染めずに苦しんでいる人達を、サポートする仕
事だ。まだまだ、修行途中の身だけれど」
『ほう? それは凄いじゃないか。あの頃の君では考えられなかった進歩だ。きちんと自分
の足で立って歩んでいる。泣くんじゃない。もう、君は立派な大人だ』
 ふるふる。しかし青年は老桜(とも)の言葉を素直には受けられなかった。何故なら彼自
身その欺瞞めいた部分を理解しているからだ。自分を偽れないからこそ、今も昔も理想は只
管に高く高く手の届かない場所まで昇っていってしまう。
「そんな大層なものではないよ。この道に進んだのだって、フリースクールの先生に試しに
と勧められた言葉に縋りついた結果だし、僕はクライアントの悩みに向き合ってはいない。
一緒に倒れてしまったんではいけないんだ。最近、解ってきたよ。何でも冷めて遠くから観
ようとする所があるから、先生は僕にこの話をしたんじゃないかって」
 彼にとって、善とはもっと慈しみを以って、無償の愛で行われるべきものだった。そんな
理想が今も心の中に巣食っている。
 だけども、そうしようとすればするほど、自分の心は損われゆく。吐き出された他人の痛
みをそっくり肩代わりすれば、いずれ待っているのは罹患側への転落だ。その事実が、理想
と歪んだ自尊心を抱き、育ててきた彼という人間を再び追い詰めてしまった。
「……実はね。少し前、仕事を辞めようとしたんだ。もう精神的に限界だって。でも院長は
引き留めた。もう少し落ち着いて休めばいい、席は空けておくからって……。敗北だよ。僕
はその言葉に甘えて、予防線だけは強いて逃げ帰って来たんだ。この町に、幼い頃住んでい
たここに。本当なら、君に会わせる顔なんて……」
 つらつらと言い連ねて、言葉を切る。それでもかつての場所を訪れたのは、きっと誰かに
聞いて欲しかったからなのだろう。ただの人間では駄目だ。ネガティブのサイクルは解消さ
れず、自分が解放されてもまた何処かで誰かが苦しむ。その意味でこの老桜(とも)を頼っ
たのかもしれない。なのに「会わせる顔がない」と口にしたのは、その“卑怯”さを彼自身
がよく解っていたからだ。
『──人というのは、不器用な生き物でね』
 ざざっ、雨がまた一層強くなった。冬の出頭に降るこの時期の雨は、しばしば隠れた日の
光の弱さに乗じて辺りを白く靄のように染め上げる。
 項垂れた友を前に、たっぷりと間を置き、やがて老桜は切り出した。その声色にはやはり
怒色など微塵もなかったが、一方でか細い哀しみとその先に微かに見える光が在る。
『過去に囚われれば現在(いま)を生きれないし、現在(いま)を生きているばかりでは未
来は霞む。だからといって未来に生きようとすれば、往々にして狂人だ』
 青年が顔を上げていた。降り注ぐ雨も、最早気にしている余裕すらない。
 老桜は言って、苦笑(わら)った。自嘲(わら)っていた。でも──。しかし言葉はまだ
そこから続いてゆく。
『……でもね。私はそれでいいと思っている。過去と現在と、未来。どこか一つに留まらな
くちゃいけない理由なんてなんだ。三つの間を、四苦八苦しながら生きればいい。それが人
を人たらしめる。人間であることが、生きている理由なのさ。……正直、身動きも取れず、
ただ現在(いま)に耐えるしかない私には羨ましい。だけど哀しくはない。君たちという存
在がいつの時代も私に近寄ってくれるから、寂しくはない。君と──彼らとの記憶は私の中
で生きている。記憶に、生かされている。ちょうどいい按配なのさ。過去と現在(いま)、
両方の間に根を張れているから、私は幸せなんだよ』
 そんなこと──。
 無い。或いはそれでいいのか? という問い。
 青年は言い返しかけたが、ただじっと立ち続ける老桜(とも)を前に言葉は呑み込んだ。
 自分が彼に向かって吐き出さずにはいられなかったように、彼もまた正直な所を吐き出さ
ずにはいられなかったのではないか? 高慢な推測ではあるが、これが彼からの“回答”な
のだろう。
『疲れたなら、休んでいいんだ。かつて私の膝元でそうしていたように。君はちゃんと頑張
ったんだ。過去を乗り越え、現在(いま)に進んだ。変わることができた。その事実を知ら
せに来てくれて、私は本当に嬉しい』
「……っ」
 涙が零れる。一条の筋は、すぐさま辺りを白ばませる雨粒に流されて分からなくなった。
 だがそれで充分だった。久方ぶりの友との再会は、全くの無意味ではなかった筈だ。
「あなた~」
「パパー、傘持ってきたよ~!」
 そんな時だ。ふと坂道の下から、彼を呼んで近付いて来る人影があった。
 彼の妻とまだ幼い娘だった。二人はそれぞれに大きな傘と、幼児用の小さな黄色の傘を差
し、互いの手を取り合って引きながら、その手にもう一本の傘を提げている。
『……ほう? 妻子もおったのか』
「あ、ああ。僕が実家に戻るって聞いて、自分達も行くって聞かなくて……」
 少しだけ茶化すような。少しだけ照れ臭いような。
 しかし青年は何処か優しい顔をしていた。こんな自分でも愛する人が、愛してくれる人が
できた。そんな二人が、雨の中「散歩」に出てしまった自分を探してやって来た。
『ふふ。尚の事、心配などないじゃないか。君は未来にも生きている。未来も作った。後は
三つの間を、必要に応じて渡っていけばいい。巻き戻ってもいい。それでも事実だけは確実
に君の中に宿っている。……紹介してくれないか。君の作った家族というものを、また一つ
私の記憶に加えさせておくれ』
 肩越しに、青年は少し困ったように苦笑(わら)っていた。しかしその表情は決して嫌と
いうものではない。寧ろ照れ臭く、綻んでいるほどだ。
「……そうだね。君のこと、紹介しなくちゃ」
 おーい、こっちだ!
 傘を掲げる妻子(かのじょ)達を迎えてやりながら、向き直った彼は大きく手を挙げた。
                                      (了)


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  1. 2016/12/25(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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