日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔80〕

 遠く高く、果てしない空。
 遠く深く、底知れぬ足元。
 そこはあたかも無限であり、永遠と錯覚するようなセカイだった。ありとあらゆる最果て
から渦を巻いて流れ込む魔流(ストリーム)の宙は、静かに刻一刻と七色にグラデーション
を変えている。
「……」
 そんな濃密な空を見上げて、彼は一人佇んでいた。芥子(からし)色のフードを目深に被
り、周囲に幾つものホログラム画面と、翠色の粒子を漂わせている。
 だだっ広い半透明の石畳が広がっていた。手前にはドーム状の天井が複層的に連なってい
るが、彼の立っている周りは石柱が点在するだけのテラスのようだ。
「ここにおられましたか」
 そうしてじっと静かに佇んでいた最中、ふと建物群の方から一人の人物がこちらに向かっ
て歩いて来た。白衣を引っ掛けた人族(ヒューネス)女性──シゼルだ。その声色は気持ち
トーンを落としてこそいるが穏やかで、目の前の彼との信頼を物語る。
「ただ今戻りました。既に“観て”おられたかもしれませんが」
 報告されたのは、言わずもがな聖都(クロスティア)での騒動とその顛末。教団とジーク
達の衝突という隙を突き、彼女率いる“結社”の大隊がその聖浄器を奪うべく暗躍した一連
の干渉。
「本当に、アイリスだったんだな」
 一通りの報告に耳を傾け、しかしフードの彼はこちらに振り返ることもないまま、ぽつり
とそう最初に言葉を零していた。
 アイリス・ラ=フォン・クリシェンヌ。かの“聖女”を彼は名で呼んでいた。それはかつ
ての友であり、今では忌々しい邪魔者となってしまった彼女を、改めて認識する一種の儀式
でもあるかのようであった。
「はい。聖教典(エルヴィレーナ)も、彼女達の手に……。申し訳ございません」
「構わないさ。あそこで退いたのは賢明な判断だったと思う。僕達でも、あれだけの力と真
正面からやり合うのは骨が折れるからね。覚醒した瞬間、その現場でとなれば尚更だ。取り
戻せばいい。数ならたくさんある。確かに、質的にはロストだろうけど……」
 シゼルは頭を下げたが、彼は殊更に彼女を叱責しようとはしなかった。
 宙を見つめている。左右正面に浮かぶホログラム画面と、視界に映る魔流(ストリーム)
達を同じ瞳の中で捉えようとし、暫く彼は何かぼんやりと思案していた。シゼルはゆっくり
とそんな彼に頭を上げ、無言のまま次の言葉を待っている。
「……三対一、か」
 ぽつり。そうしてやがて彼の口から漏れたのは、そんな呟きだった。
 十中八九、手に入れた十二聖ゆかりの聖浄器の数だろう。皇国(トナン)では告紫斬華、
大都(バベルロート)ではディムスカリバー、今回の一件でジーク達がエルヴィレーナを確
保し、更にもっと以前に──。
「嫌な傾向だな。どれだけ数を集めても、究極の一と等しくなるのは難しい。それに、測定
値がどんどん傾いてきている。状況は何も好転していない……」
 フードの彼の声色が若干、険しくなった。シゼルもそんな彼の背中をじっと見据え、眉間
に皺を寄せている。
 それはきっと、口にする彼本人への嫌悪ではない。
 もっと別の、もっと広い不特定多数の者達へと向けたそれ。無慮と無理解への怒り──。
「シゼル」
 名を呼んで、彼はようやく肩越しに彼女を見遣った。尤もそれでも目深のフードが被さっ
ていることには変わらず、その素顔は翠の粒子達も邪魔をして見えなかったが。
「皆に伝えてくれ。計画を少し巻きにするようにと」
「……承知致しました。仰せのままに」
 コクと頷いて、シゼルが軽く胸元に手を当て一礼する。白衣を翻して、彼女はそのまま再
び建物の方へと戻ってゆく。
「……」
 フードの彼は、また一人になった。だだっ広い半透明な石畳の上で、またこちらに背を向
けて黙り込む。渦巻く無数の魔流(ストリーム)は、時折そんな彼の衣をばさばさと揺らし
ては過ぎ去ってゆく。

 佇む彼の懐。
 じっと小脇に抱えられたその手の中には、とある一冊の魔導書が収まっていた。


 Tale-80.賢者の遺したもの(前編)

 マルセイユ侯爵領・翠風の町(セレナス)。
 南方の盟主サムトリア共和国の北西端、隣国エスナ王国と山を挟んで相対し、霊海越しに
はヴァルドー南端をも臨むことができる辺境の町だ。
 即ち、田舎である。かの“賢者”リュノーが賜った領地と聞いてどんな所だろうとダン達
南回りチームは思っていたが、何度か森を抜け、丘を登り下りしている内にそんな期待は正
直言って外れたと言っていい。
 一行が出た枯れ草揺れる丘の上。その眼下に広がっていたのは、大よそ楕円形に分布する
集落とのどかな田園風景だった。三方を丘陵に囲まれているという立地上、土地も限られて
いるのか、山際には切り拓いた棚田も少なからず見受けられる。
「ここが……翠風の町(セレナス)?」
「何ていうか、地味だね」
「しっ。あまり口に出すものじゃないわよ」
「まぁ仕方ねえさ。少なくとも都市部じゃねえんだし」
 戸惑いはあったが、地図で確認しても間違いはない。
 ダン達はとにかく町に降りてみることにした。集落の中はとても穏やかで、外界に比べて
ゆっくりとした時間が流れているかのように感じる。
 歩きながら、ちらちらと周囲を見渡しているミアに対し、ステラもついそう実直な感想を
口にしてしまっていた。リュカは口元に指を立てて注意しつつ平静を繕い、されど先頭を行
くダンもむべなるかなと肩を竦ませている。
「遁世の地、だからな。静かな環境を選んだのだろう」
 一方でクロムが淡々と応えていた。確かに史料では、ゴルガニア戦役の後、リュノーはこ
の辺境の地に落ち着いたという。
 尤も紆余曲折の一つや二つはあったのだろう。何せこと当時は、人々を帝国の圧政から救
った英雄達の一人だったのだから。仮に本人が静かな余生を望んでも、周りがそれを放って
おかなかっただろう。実際、戦後も多くの人々や国に請われて、その頭脳を振るったという
エピソードが各地に残っている。
「隠居ねえ……」
 町の人々は、滅多に訪れないダン達旅人を物珍しそうに見遣っていた。
 かといってその眼差しは都会ほど辛辣ではない。流石に個々人が腹の中で何を思っている
のかまでは量りかねるが、基本的に善人なのだろう。警戒心より、好奇心の方が上回ってい
るといった様子だ。実際小さな子供達が時折トコトコと駆けて来ては「おじさんだーれ?」
と無邪気に見上げてきたりする。
「何でまた、そこまでしてリタイアを選んだろうな?」
「分かりません。よっぽど嫌な思いをした……のかも?」
「まぁ戦争だからな」
「そういうもんか? 頭良かったんだろ? 分かってて参加してたんじゃねえのか?」
 マルタが、サフレがめいめいに呟く。そんな二人の応答に、根っからの傭兵であるグノー
シュは半信半疑といった様子だ。
「……なまじ頭が良かったからこそ、だったんじゃねえの?」
 本人はもうこの世にはいない。今や本当の理由など分からない。
 だがダンは数拍間を置き、言った。やや眉間に皺を寄せて難しい表情。その言葉に、肩越
しの後ろを歩くリュカも静かな首肯を打っていた。
(隠居の為に“偶々”ここを選んだってーのは何か違う気がするな。ここは首都(クーフ)
じゃなく、導都(ウィルホルム)に近い。まさか魔導学司(アカデミア)を──ユヴァンを
捉えておきたかった……?)
 晴れない疑問。それもかの子孫に話を訊けば分かるのだろうか。
 ダン達は見物がてら、ぶらりと町中を歩いて、一路小高い丘の上の方に見える執政館へと
向かった。ゆっくりとした時間が流れている。ふと白咆の街(グラーダ=マハル)道中の、
天上層の質素な人々を思い出していた。彼らから感じた温度のようなもの──冷たさまでは
ここでは感じないが、それでも忙しなくきな臭い世俗から離れた場所という点では、両者は
とても似通っているように思える。
「……お?」
「どうやら、お迎えが来たみたいだ」
 そして人々の物珍しい眼差しの中に、自分達がブルートバードだと気付いた者達の忌避と
困惑が交じっているのをはっきりと読み取り始めた頃、道向こうから一台の馬車が近付いて
来るのが見えた。

「いやあ、すみません。迎えを出すのが遅れてしまいまして……。ええと、初めまして。私
の名はアルノー・マルセイユ、この町で領主をやらせて貰っている者です。こちらは妻のル
ーシェ、そして子供達です」
 迎えの馬車に乗って執政館に着き、応接室に通されたダン達の前に現れたのは一人のまだ
歳若い人族(ヒューネス)の男性だった。
 ざっと三十代半ばといった所か。体格はやや細身で背は高め、薄眼鏡をかけた表情は緊張
が混ざっているのが何処かぎこちなく、なよっとしている。
 現マルセイユ家当主・アルノーだった。傍らには対照的に落ち着いた様子の妻と、十歳ほ
どと思われる双子の男の子と女の子が座っていた。名をテオとミオという。最初は物珍しげ
にダン達一行を観ていたが、マルタやリュカが優しく微笑を向けてやるとにぱっと、花が咲
くような笑顔を返してくれる。
「遠路遥々ようこそお越しくださいました。何もない町ですが、ゆっくりしていってくださ
いね?」
「大よその話は既に大統領府から連絡を受けています。何でも、ヨーハン様から直々に私達
を指名されたとか」
「ああ」
 歓迎の挨拶もそこそこに、話は早速本題へと入ろうとしていた。
 随分と若い領主さんだな……まぁ梟響の街(うち)も似たようなモンだが……。ダンは正
直このまだ歳若く、如何せん頼りなさそうな彼を眺めながら答えていた。一行を代表して、
特務軍としての聖浄器回収の任と、その一環で訪ねたディノグラード邸での一部始終を彼ら
に話して聞かせる。

『君達はもっと、世界を知る必要がある』
『書庫を見せて貰え。あやつがその生涯をかけて集めた様々な書物がある。きっとお主らの
役に立つじゃろうて』

「そうですか。ヨーハン様が……」
 ダン達からこちらに託された言葉を咀嚼し直すように、アルノーは暫くじっと唇に指先を
当てて考え込んでいた。
 いや……。というよりは、向けられた期待にプレッシャーを感じているようにも見える。
第一印象からそうだったが、もし出会った場が調度品が整えられた応接室ではなく、身を包
むその格好が正装でなければ、自分達は彼を貴族として認識していなかったかもしれない。
「確かに、ご先祖様──“賢者”リュノーはヨーハン様とは一番の友人であったと聞いてい
ます。解放軍の勝利を支えた偉大な頭脳だったと」
 だがその理由を、ダン達はふいっと気付くことになる。次の瞬間、アルノーの苦笑する横
顔に、一朝一夕のそれではない影が差していた。
「ですが私は、ご先祖様のように優れた頭脳を持っている訳でもない。ただ末裔だから、こ
の地を任されているに過ぎません。勿論皆さんに協力は惜しみませんが、はたしてどれだけ
ご期待に添えるのやら……」
『……』
 謙遜を、通り越した卑下。
 なるほど。頼りなさの正体はこれか。ダンやグノーシュは思った。尤も、元々気弱な性格
があって、先祖のネームバリューに押し潰されてきた経緯といった所なのだろうが。
 そんな夫の性格をよく分かっているのだろう。ルーシェはむすっと小さく膨れっ面になっ
て彼の手の甲をつねっていた。痛でで……! 沈んだ表情(かお)が揺らぐ。そしてはたと
目が合った妻の眼──激励を見て、心配そうな我が子達の顔を見て、その苦笑は少しだけ先
程よりも違った意味合いを持ち始める。
「期待に添うも何も、俺達だって具体的に何があるのかまでは知らねえからなあ」
「とにかく、案内していただけますか? それとリュノーゆかりの聖浄器についても、知っ
ていることがあれば教えてください」
「ええ……。というより、ご先祖様の聖浄器もその大書庫の中にあるのです。名を『天瞳珠
ゼクスフィア』──ご先祖様が遺された数多くの文献と共に、大書庫の奥深くに封印されて
いると聞いています」
「マジか。なら一石二鳥じゃねえか。その大書庫ってのは、何処に?」
「この屋敷の地下に。下手をすると……いえ、間違いなくこの屋敷の倍以上の面積はあるで
しょうね」
「倍って……。案内されて来た時も見てたけど、このお屋敷だって結構大きくないですか」
「余所の規模は知りませんが、そうですね……。本当かは知りませんが、寧ろご先祖様の書
物を保管する為にここが造られた、という話もあるくらいですから……」
「……。屋敷はカモフラージュか」
「ど、どれだけ広いんですか~、その地下……?」
 ダン達は、思わず足元を見る。
 アルノー曰く、その膨大な地下空間には大量の書物が眠っているのだそうだ。
 始祖である“賢者”リュノーが遺した、数多の資料。
 それだけでも歴史的な価値は相当なものだが、何よりそこに聖浄器までもが封印されてい
ると聞けば、立ち向かわない訳にはいかない。
 ダンが嗤い、ステラが面を食らう。アルノーの笑えない噂話に、サフレやマルタが言葉少
なげに戦慄している。
「十中八九、ディノグラード卿の言っていた場所のようだな」
「ええ。あの、マルセイユ卿。それでその封印はどうやって解くのでしょう? やはり志士
の鍵を使わないといけないのでしょうか?」
「……シシの鍵?」
 だが、リュカが改めて次の質問をぶつけた時、状況は少し変わり始めた。当然知っている
ものとばかり思っていたそのワードに、アルノーが頭に疑問符を浮かべたからだ。
「何ですか? それは」
「へっ?」
「知らねえのか? こう、掌くらいの小さな琥珀色の珠で、あんたら十二聖ゆかりの封印を
解くのに必要だっていう……」
「……いえ。初めて聞きました。それは、ヨーハン様から?」
「あ、ああ」
「すみませんが、そのようなものがあるとは聞いたことがありません。確かにあそこの扉を
どうやって開けるのかはずっと前から疑問でしたが、そんな物が必要だったとは……」
 にわかにアルノーの表情が険しくなった。初耳の情報であることと、片やヨーハンだけが
知っていたことに動揺したのだろう。
 聞き覚え、あるかい? 念の為、彼は妻(ルーシェ)にも訊いてみていた。
 いいえ、私も……。お義父さんは?
 可能性はあるかもしれないけど。でもそんな大事なことなら、僕に家督を譲る時に話して
ると思うんだよなあ。
 彼らは夫婦同士でそうひそひそと話し合い、当然ながら事情を飲み込めていない子供達は
更に、笑顔のまま頭に疑問符を浮かべている。
「おいおい……。開けらんなきゃ意味ねえだろ……」
「かもな。だがそもそも、鍵が全員分あったのか分からんぞ? 結局あっちでも、聖浄器は
預けて貰えなかったしな」
「どうしよう……。一旦船に戻って、レナ達に借りてくる?」
「そうだなあ。場合によっては頼まなきゃいけないかもしれんが、向こうだって同じように
回収任務をやってる訳だろう? 今頃は、ハウゼンの爺さんと会ってる筈だし……」
 そしてダン達も、この状況に正直戸惑っていた。
 もしかしたら“鍵”自体が希少なのかもしれない。運が良かっただけなのかもしれない。
 だが北回りチーム(むこう)の都合もある。そうなるとその分、回収任務の方は足止めを
食らうことになってしまうが……。
「……」
 だがそんな仲間達の中で、リュカは一人じっと思案していた。口元に手を当て、じっと静
かに目を細めている。
「マルセイユ卿。他に、何か代々伝わっているものはありませんか? 何も形あるものだけ
に限りません。例えば……まじないの類などでも」
「そう、言われましても……」
 すがるような新たな質問。アルノーは困っていた。
 しかし根は真面目なのだろう。問われるがまま、必死に頭の中の引き出しを開けて回って
いるさまが窺えた。視線が何処か上を向き、過去の様々な記憶を引っ張り出す。
「あ、そういえば。祖父辺りから聞いた事がありますね。“庭を枯らすな。池を絶やすな。
戦でないのに、見張り台には登るな”と」
「庭?」
「ええ。そこの窓からも見えると思いますが、屋敷の奥に向けて庭があるんですよ。祖父の
その言葉があったから、でもないのですけど、今も定期的に庭師が手入れをしています」
 アルノーに指差されて、ダン達は室内の一角にある窓へと目を遣った。それまでずっと控
えてくれていた使用人達が気を利かせて、これを開けて庭を見せてくれる。
 確かにそこには等間隔に楕円を描くように植えられた木々と、中央に広がる石積みのため
池が広がっていた。少し離れて奥には、話通り見張り台らしき塔も見える。
「……なるほど。そういうことね」
 皆、だからどうしたと目を瞬かせていた。
 ただ一人、目を光らせて何かに気付いたリュカを除いては。

「──先生さーん! 一体何がどうしたんですー?」
 何を思ったのか、その後すぐにリュカはこの庭を案内して欲しいと言い出した。アルノー
は特に断る理由もなく怪訝ながらも承諾したが、彼女は着くや否や、突然一人で空中浮遊の
魔導──風紡の靴(ウィンドウォーカー)で見張り台の天辺に上がってしまったのである。
 ダン以下仲間達も、彼女の急な行動に戸惑い、慌てていた。どうやら何か閃いたらしい事
は分かったが、肝心の中身に追いつけない。
「あ、危ないですよー! その見張り台、長い間まともに使っていないので、近々取り壊す
予定だったんですからー!」
 見張り台を見上げてダンが、アルノーが叫ぶ。だがリュカはそんな注意にも耳を貸さず、
何やらキョロキョロと周囲一帯の地上を見渡していた。
「いきなりどうしたんだろ? リュカさん」
「さあ。分からない。何の考えもなしに飛び出すような人ではないんだが……」
 そんな時だ。ふとリュカが、キラリと池の中に光る何かを見つけたのは。彼女は目を丸く
して確信し、一人頷くと、地上の仲間達に向かって叫ぶ。
「ミアちゃーん! 貴女の《盾》で、ここから池の水を割ってくれないかしらー?」
「……? うん。できるけど」
(できるんだ……)
 主にアルノー達、屋敷の面々が呟いていた。リュカに見張り台から指示され、ちょうどそ
の真下から池を横断する位置に彼女が移動してゆく。
「ステラちゃん、合図をしたら、私と一緒に池の水に凍却法(フリーズアウト)を使って!
術式、知ってるわよね?」
「あっ、はい。使えますけど……」
 ため池の石積みの上に立ち、ミアがゆっくりとオーラを練り始めていた。リュカが再び見
張り台から風紡の靴(ウィンドウォーカー)で降りて来て、今度はステラにそう指示を飛ば
して駆けてゆく。
 練ったオーラを、ミアが右拳に収束させた。色装の能力でエネルギー球となって包まれた
それは、強烈な内包と反発の力を備え、何の変哲もなかった池の水面を割る。
「……ふんっ!」
 それは見事に。大きく振り上げた《盾》の拳が水面に伝わった瞬間、その衝撃でため池の
水はざっくりと左右に引き裂かれた。
 池の中の魚達が流される。長年藻が染み付いた石の底が見える。
 そしてその一角に一同が目撃した(みた)のは、重石と思われる鎖鉄球に繋がれた状態で
鎮座する、古びた宝箱──。
「今よ、ステラちゃん!」
「はいっ!」
 そこへリュカとステラ、池の両側、ちょうどミアと直角の位置についた二人の魔導が割れ
た池の水に向かって放たれる。掌から展開される青色の魔法陣。コォォォッと、濃縮された
冷気が溢れ出す。
『盟約の下、我に示せ──凍却法(フリーズアウト)!』
 瞬間冷凍の魔導。大量の水は瞬く間にして凍り付いた。
 即ち、ミアが割った池は、これによって完全に底を晒すことになる。逸早くクロムが地面
を蹴っていた。この突如として現れた宝箱の前に着地し、重石の鉄球ごとこれを持ち上げて
再び仲間達の下へと跳び降りてくる。
「オッケー、思った通りね。二人ともありがとう」
「いえいえ~」「……お安い御用」
「つーか、意外とアクティブなんだなあ。先生さん……」
「そ、それもよりも! 何でしょう、この宝箱? 侯爵さんはご存知だったんですか?」
「いや、全く。……知らなかった。まさか池の中にこんな物が沈んでいたなんて……」
 回収した宝箱を囲み、ダン達一行とアルノーらがめいめいに呟いている。
 アルノーの祖父が彼に伝えたまじないとは、つまりこういう事だったのだ。おそらく祖父
本人は知らずとも、代々そうやって、この宝箱を関係者から遠ざける為の……。
「かなり長い年月放置されてきたようだ。鍵はとっくに錆び付いてしまっている。侯爵殿」
「ええ。私も気になります。やっちゃってください」
 ぬんっ! 一応アルノーの許可を得て、クロムが右手を《鋼》のオーラで覆った。肝心の
中身を壊してしまわぬよう、気持ち手加減をして素早い手刀を叩き込む。
「ッ!? これは……」
 砕かれた古き箱。そこから出てきた代物、ずっと隠されていたものの正体に、一同は思わ
ず息を呑んだ。
 “鍵”だったのである。
 破壊した箱から出てきたのは、保護するよう厚布に包まれた、あの琥珀色に輝く掌サイズ
の宝珠──志士の鍵だったのである。


 ジーク達北回りチームは、北方の大都市・クリスヴェイルへと到着していた。
 王都クリスヴェイル。
 北方の盟主ことアトス連邦朝の首都であり、その版図は今日の顕界(ミドガルド)におい
て最大域の名をほしいままにしている。
 成り立ちに至っては更に古い。およそ千年前、ゴルガニア戦役が終結した後、この地方の
出身でもあった十二聖の一人“忠騎士”レイアが、その長年の盟友・アトモスファイ一族と
共に戦火で荒れ果てたこの地の復興に尽力したことに起因する。
 それから千年。この国は北方の──地上層の中核として存在し続けてきた。
 一年を通して冷ための気候の下、石畳とレンガで整えられた古き伝統を誇る都市。
 街の名はかつてこの地の為に奮闘してくれた大恩人・レイアの姓に肖り、今にその功績を
伝える。終ぞ彼女自身、望まれども王になることはなかったが、この国イコール彼女という
認識は今や世界中の人々が共有する所だ。
「よくぞ戻りました。我々は貴方達の帰還と来訪を歓迎します」
「幾度もなく困難にぶつかり、しかしそれらを乗り越えてゆく……。貴方達に、私達は最大
限の賛辞を送りたい」
 クリスヴェイルの城門を潜ると、そこには大勢の人だかりが待っていた。何よりジーク達
一行を迎えたのは、そんな見物人達をしのぐ警備兵らを従え、折り目正しく手を差し伸べて
くる三人の男女。
 アトス連邦朝王女・ミルヒと、その婿ゼノゲイル公ギュンター。
 同じく同朝の王子・ハーケンであった。
「勿体無いお言葉、感謝致します。どうか不肖傭兵の一団が、この伝統ある都を歩くことを
お許しください」
 彼らの第一声・所作に、一行を代表してイセルナが応えた。
 伊達に荒波を潜ってきた面々のリーダーではない。朗々と謙遜の弁を述べながら、負けず
劣らずの優雅さで胸元に手を当て、小さく頭を下げる。
『……』
 出迎えがあるとは聞いていたが、随分とまぁ大所帯な。
 目の前の“外交的”な挨拶は彼女に任せ、ジークや他の仲間達はきゅっと唇を結んで横並
びに立っていた。
 王都中の市民だろうか。いや、時折焚かれるストロボや延長棒でこちらに向けて吊るされ
ている幾つもの写姿器を見る限り、間違いなく記者達もいる。アピールの場として黙認して
いるのだろう。でなければわざわざこんな市中のど真ん中で顔合わせをする必要などない。
(教団とドンパチやってる間は、知らぬ存ぜずで通してたのによ……)
 それが大人だ。政治というものだ。
 解ってはいる。だが常々真っ直ぐ過ぎるジークには、やはりこの手の表裏なセカイとは性
が合いそうにはない。

「よく戻って来てくれた。そしてすまかった。大切な時に力になれず」
 それでも迎えの鋼車がやって来、王子・王女らと共に王宮内に入った後は、まだ自分自身
でいられる気がした。
 迎え入れられ、案内されたのは王宮の中枢、玉座の間。
 臣下達が左右に分かれて臨席する中、ジーク達はハウゼン王に謁見していた。事実上の面
会である。当初の予定通り、一連の聖都での擾乱とエルヴィレーナの入手を報告する為だ。
「いえ……そんな事は。表に見えずとも、各国の反応を随時伝えていただいたことは私ども
としても大いに役立ちました」
「せめてもの助力だよ。お主らの内情は聞き及んでおったからな。それに我々は、二年前の
大都(バベルロート)において、この命を救われた恩がある」
 イセルナを筆頭に、ジーク達ははっと更に頭を下げた。
 王としての圧倒的な経験値と貫禄。だがその言葉には欺瞞という要素は薄い。そうである
のなら、いっそ語らぬというほどの峻別さえ彼にはある。
 これまで一対一で、膝を突き合わせて話をしたことがある訳ではなかったが、ジークは正
直この老齢の王は嫌いではなかった。先刻の市中の騒々しさ、他人びとの眼よりも、ここは
まだずっとクローズドである点も大きいのだろう。
 予め書面での報告は行ってあったが、ジーク達は改めて一連の仔細を直接彼へと伝えた。
 二年間の修行でレナが発現させた《慈》の色装。それがかの“聖女”と全く同じ波長さえ
持っており、即ち生まれ変わりであったこと。養父(ハロルド)が実はずっと以前からこれ
を知っていたこと。そのことですれ違いから兄弟は私闘し、教団に見つかり、今回の騒動を
生んでしまったこと。それを自分達は大切な“仲間”の為の闘いとして臨んでいたこと。
 特に、始祖霊廟での顛末──聖教典(エルヴィレーナ)を巡る交戦については詳しく訊ね
られた。何分限りなく密室の環境であったことと、教団などが公にしている情報では客観的
な事実のみを探り当てるのが難しいからだ。
 ジーク達は語った。厳重に守られた封印と、それらを解く志士の血と鍵。そこに現れた旅
の女学士ことシゼルの裏切り。
 “学聖”と彼女は自らを名乗っていた。その口振りからして“結社”の上位存在とみて先
ず間違いはないだろう。
 しかし彼女は魔人(メア)ではなかった。にも拘らず、不死身の性質を備えていた。
 何とか聖教典(エルヴィレーナ)自体はレナの覚醒も相まって死守することはできたが、
結局また謎が一つ増えてしまったような気がする。
「当初首領と目されていた“教主”に、正義の盾(イージス)の将校達を圧倒したフードの
男、そして今回の彼女か……。どうやら“結社”にはまだまだ我々の知らぬ者達が存在して
いるらしいな」
 報告の一言一句に耳を傾け、そして戦慄する臣下達とは対照的に、ハウゼンは至極冷静に
情報を整理していた。一国の──ひいては統務院の実質的長として、多くのそれをかねてよ
り把握していることも影響しているのかもしれない。
 その左右傍らには、ハーケン王子とミルヒ王女が座っていた。因みに娘婿のギュンターは
あくまで臣下の列の中である。冷静沈着として余裕のある王子と、何処か難しそうな表情を
拭えない王女。姉弟とはいえ、その姿は傍目に見れば対照的だ。
「しかし、今すぐにどうこうするという事もできまい。我々は我々の、できることをする。
引き続きお主らには特務軍の一員として聖浄器回収の任に当たって貰いたい。私も各国の王
や議員達に働きかけよう。今後、もっとお主らが動き易くなる為にな」
「ど、どうも……」
「はい。有難うございます」
 気にするな。つまり、これもまた二年前の恩返しのつもりなのだろう。
 皇子(ジーク)は恐縮し、イセルナもまた皆を代表して頭を垂れていた。
「……それで? これからのお主らはどう動く? 南方を経由しておるダン・マーフィ達の
件もある。教えておいてはくれぬか」
「はい、それは勿論」
「天上層に向かおうと思います。その前に先ず、この国の聖浄器を預かって」
 さて。報告の次はもう一つの本題だ。さもハウゼンもそれが分かっていて問い、イセルナ
やハロルドは澱みなく答えた。
 臣下達がざわつく。無理もなかろう。それは即ち、アトス連邦朝の王器が一介の冒険者達
の手に渡ることでもあるのだから。
「やはり、そうなるのだろうな。もう知っておるかもしれんが、我が国の王器は“忠騎士”
レイアがかつて使ったという聖浄器──『氷霊剣ハクア』と『風霊槍コウア』の二つだ」
「剣と槍……?」
「ああ。史料によると、彼女は剣と短槍を巧みに使い分けて戦ったらしい」
「いずれこの時が来ることは分かっておった。お主らに託そう。そして天上の国々からも、
“結社”に対抗する術を探して来てくれ」
「ま、待ってください! お父様!」
 特務軍としてジーク達クラン・ブルートバードを指名した時から、自分達の所へと回って
くることは予測していたのだろう。ハウゼンは一行の返答に、そう快諾を示す。
 だがそんな彼にいの一番に反対する者がいた。他ならぬ、ミルヒ王女である。
「事情は分かっております。ですがあの二振りはこの国の象徴なのですよ? もし彼らが旅
先で奪われでもしてしまったら……!」
「可能性は否定できない。ですが、姉上。教団に差し出させておいて、自分達は手放さない
というのは示しがつかないでしょう? 教団にも、他の国々にも」
 しかしそこへ反論を投げかけたのは、彼女の弟・ハーケン王子だった。不安からやや感情
的に父に訴える姉とは違い、彼の指摘はあくまで分析的で、政治的だ。
 それは……。ミルヒは思わず言葉を詰まらせていた。伊達にとうに成人し、有力公爵を夫
に持つ公女ではない。弟と同様、王器をジーク達に託すことの意味くらい理解している。
「解っていますわ。でも、アトスはレイア様がいたからこそのアトスで……」
 それでも感情がまだ追いつかないといった感じなのだろう。彼女は尻切れになる言葉を呑
み込みながら、そっと胸元に手を当てていた。夫のギュンターが、臣下の列の中から心配げ
にその姿を見つめている。
「それは私達とて同じだ。玉座には我々一族が座ることになったが、精神的な開祖は彼女だ
と考える者も少なくはない。だがな、ミルヒ。私はハーケンに賛成だよ。知っての通り、聖
浄器──王器の保全については未だ各国の足並みが揃っていない。“結社”からの襲撃に備
えようとも上手く連携が取れていないのが実態だ。だがここで私達が率先して王器を、それ
も聖浄器を彼らに託せば、その消極姿勢に一石を投じられると思う。何より大国としての責
任は、先ずもって果たされなければならん」
「……」
 暫し父と子、娘の玉座越しのやり取りが続いていた。ジークや臣下達はただこれを固唾を
呑んで見守るしかなかった。
 父と弟、そして自分達を取り巻く現実を改めて諭され、ミルヒは折れたようだった。彼ら
に向かって小さくコクリと頷き、立ち上がりかけていた腰をゆっくりと玉座の上に下ろす。
 すまんな……。
 ハウゼンもまた王として、一人の父として、選ばなければならない。
「そういう訳ですまないが、今回の委嘱は後日、領民達の前で行いたい。普段一般公開する
ことのないハクアとコウアを、この機に開帳する場にもしたいのだ」
「え、ええ。俺達は別に構いませんが……」
「式典(セレモニー)、ということですね。その方が対外的にも効果的でしょう」
 故にハウゼンからそう提案されたジーク達は、特段断る理由もなかった。強いて言えば当
日の警備の心配くらいだろう。
 実際どうなんだ? ちらっとジークはイセルナ達の方を見たが、当の彼女も快諾を示す。
レナやクレア、オズといった面子は大事になったなぁと緊張感が増したようだが、ハロルド
やシフォン、リカルドといった年長組がこれをそれとなく宥めている。彼らもまたイセルナ
と同様に、その言外に含まれた意図に勘付いているようだ。
「そうだな。それに、ただ宝物庫で埃を被っているより、真に人々を守る剣となり盾となっ
た方が武具としても本望だろう。“結社”などさえいなければ、そこまで駆り出すことは避
けたかったがな」
 目を細めてハウゼンは言う。おそらく半分は冗談めかしているのだろうが、平素の厳粛な
姿もあってその一言一言が大きな意味があるように錯覚する。彼は玉座の上から、王として
戦友(とも)としてジーク達に請うた。
「では当日まで、この王宮内に滞在するといい。城の者達には、最大限のもてなしをさせる
ことを約束しよう」

「──にしても、すまなかったな。毎度ああいう堅苦しい所に放り出しちまって」
 ハウゼン王との謁見が終わり、一旦宛がわれた部屋に荷物を置いてきた後。
 ジーク達は城内の一角にあるサロンに来ていた。綺麗に整えられた真っ白なクロスの上に
ティーセットが乗り、ほっこりと静かに湯気が上っている。
 一行に相対して座り、そう口にしていたのは、今回の為に上京して来ていたセドだった。
 格好こそびしりと正装に身を包んでいるが、その口調は本来のざっくばらんなそれだ。貴
族としてではなく、盟友として。何より予め人払いをさせてあるのが大きいのだろう。
「いえ……。流石にもう慣れましたよ。まさか受け取るのがイベントになるとは思ってなか
ったッスけど」
「仕方ないですよねえ。聖都(クロスティア)ではだいぶ悶着しましたし……」
 積もる話は色々とあった。二年間の修行の日々と、特務軍として始動したここ最近。
 何よりもジーク達が聞きたかったのは、皇国(トナン)にいるシノとコーダスの様子だ。
これまでも定期的に連絡を取りはしていたが、そこには気丈な振る舞いがある筈。なまじか
つての内乱で荒れた国土の復興という大仕事があり、尚且つシノ自身が政治家としての経験
を持っていなかったことから、不安の種は尽きないのだ。
「最初は俺も大分ハラハラしてたけどな。だがこの二年で随分と成長したよ。元々努力家だ
からな。先々代の頃の家臣達も戻ってきて、今じゃ上手いこと支えられながら回してるみた
いだ。まぁ如何せん博愛主義過ぎる所はあるが……。コーダスも今じゃあ公務に参加できる
くらい回復してるしな。二人の事なら心配要らねえ。この先も俺達が、できる限りのサポー
トを続けるつもりだからよ」
 だからこそ、ジークは嬉しかった。この両親の親友(とも)が心強かった。
 二十年近い時を経て、果たされたリベンジ。そして今度は、もうあんなことが繰り返され
ないような平和な国へ……。
「……」
 テーブルの下で、ジークは密かにぎゅっと拳を握り締めていた。
 二人の為にも、この戦いを少しでも早く終わらせないといけない。安心させたい。
「本当に、何から何まで」
「はは、いいって事よ。それよりかお前ら、一応気を付けとけよ?」
 そうして昔話も絡んで咲いていた話の話題は、いつしか現在のそれへと向き始めていた。
カップに注いだ紅茶を片手にしたまま、セドは言う。
「勘のいい奴はもう気付いてるとは思うが、今度の式典……早い話が“厄介払い”だ」
「? ドウイウコトデス?」
「イセルナさんも言ってたように、他の国にも示しがつくからじゃないんですか?」
「ああ。それもある。だが俺からすりゃあ、今回も目的は寧ろ、国内(みうち)にこそある
と踏んでる」
 オズがクレアが、先だって頭に疑問符を浮かべていた。ずずっと茶を啜ってから、セドは
静かに目を細めて続ける。
「二年前の大都消失事件以降、世の中の人間にとって聖浄器は、持っていると命を狙われる
代物ってことで一致しちまった。言ってしまえば疫病神なのさ。王器として聖浄器が祀られ
ている国の人間は、この二年間ずっと“結社”の恐怖に怯えてきた」
『……』
「それは翻せば、王や政府への不満にもなる。どれだけ奇麗事を並べようが、一方でそんな
ものは、領民の感情を置き去りにする方便でしかない」
 疫病神。そのフレーズにジーク達は大なり小なり、めいめいに眉間に皺を寄せていた。
 時に歓迎され、時に疎まれ。それはこの旅──“結社”との戦いが始まってからずっと浴
びせられてきた眼差しだ。とはいえ、セドとてそんな内情は解っている筈。解っていて、敢
えてこの表現を持ち出している。
「軍事と政治は不可分だが、必ずしもイコールじゃない。軍事は敵を倒せればそれでいいか
もしれんが、寧ろ政治はその後始末もおっ被る。ただぶっ飛ばせばいいのと領民の安全を保
証し続けるってのは中々両立しないもんさ。だからこそ、狙われる原因になる聖浄器がお前
らに渡ると分かれば──目の前でそれが行われれば、安心って寸法な訳だ」
「……それって、逃げだと思うんだけど」
「いや、無理もないよ。皆が皆、僕達のように戦える訳じゃない。巻き込まれるのはまっぴ
らごめんだと思っている人間は結構多いんじゃないかな?」
「あくまで他人事、か」
「んー……。そもそも、テロ組織にそんな見境(ぎょうぎのよさ)があるとは思えないんだ
がなあ」
 セドが語る分析眼に、ジーク達は思い思いの反応を示していた。
 むすっと頬を膨らませるクレアに、何処か冷めた様子で宥めるシフォン。茶菓子を頬張り
ながら一見無感動を装っているリカルドに、疑問を投げかけるジーク。
「こちらが中立だと言ってみても、向こうがそうだと思っている保証はないですもんね」
「そうね。元々テロリズムというものは、暴力支配をどんどん拡大していく所に活路を見出
す部分があるから」
「ああ。まぁ、そもそも大国って時点で中立もクソもねえんだが」
 セドが苦笑する。不安げにレナの視線を受けていたイセルナもこれに振り向き、ジーク達
他の面々と共に、彼のこの嘆きにも似た一言に複雑な気持ちになる。
「毎度毎度、政局に巻き込んじまってすまねえな」
 しかし当のセドはそれに気付いているのかいないのか、重ねて謝罪の言葉を紡いでいた。
テーブルの上に置いた茶は少し冷め始めている。
「式典なんて大きなイベント、何もなきゃいいんだが……」
 それは内心、ジーク達も懸念し始めていたこと。
 尤も、そうなればそうなったで、政治に関わる者達は戦いの口実にするのだろうが。

 時を前後して、梟響の街(アウルベルツ)。
 学院の食堂で、アルスはいつものメンバー達と昼食を摂っていた。
 親友のフィデロとルイス、シンシアとそのお付きコンビ。或いは相棒(エトナ)と、護衛
を務めるリンファ。
「……」
 だが当のアルスは、遅々として箸が進んでいなかった。時折その手は止まり、じっと険し
い面持ちで何かを考えている。その様子はあまりにも恐ろしく、思い詰めたかのようだ。
(まただ。どうしちまったんだ、あいつ?)
(何かありましたの? 随分と深刻そうですけど)
(うーん……。多分あのことだとは思うんけど、本人が中々喋ってくれないから……)
 しかしそんな彼の異変に、仲間達が気付かない訳がない。ひそひそと、各々のトレイに盛
った料理に手をつけながらフィデロやシンシアは問い、エトナも宙に浮かんだまま歯切れの
悪い返事を繰り返している。
(ともかく、訊いてみない事には始まらないよ。僕が、声を掛けてみる)
 大方、余計な心配を掛けまいと自分一人で背負い込んでいるのだろう。だがこうやって表
面に隠し切れないほど漏れ出してしまっては、気にするなという方が無理だ。
 リンファがじっと眉根を寄せたままこちらを窺っている。心配する皆を代表して、ルイス
がそのとば口を作ることにした。
「アルス」
「……」
「アルス」
「っ!? な、何?」
「何、じゃないよ。随分と難しい顔をしているじゃないか。悩み事でもあるのかい? 僕達
でよければ相談に乗るよ?」
「そうだぜ。俺達、ダチだろ?」
「本当。そんな怖い顔をしていたら、誰だって妙だと思いますわよ」
「だ、そうだ。苦しいんなら吐き出しちまえよ」
「うむ。心配は要らぬ。今更遠慮する仲でもあるまい」
「……」
 繰り返すルイスからの呼びかけに、アルスはやっと我に返ったようだった。フィデロから
シンシア、ゲドとキースへ。皆が彼に続いてそう促した。それでもたっぷりと数拍、アルス
はぐっと堪えるように逡巡している。
「アルス……」
「アルス様。僭越ながら、私も同感です。ここにいる皆なら、信頼できます」
「……。うん……」
 結局エトナと、リンファにも背中を押される形で、アルスは折れた。彼を心配する気持ち
は皆一緒だったのだ。
 一人で背負い込み易い性格は、本当主(ははおや)譲りだな……。
 内心リンファはそう心苦しく思って、敢えて自分の意見も織り交ぜる。
「その……。このことはできる限り内密にね? この前の、聖都(クロスティア)であった
騒動のことなんだけど……」
 大きく深呼吸をして、一応予め釘を刺しておいて。
 アルスは訥々と話し始めた。先日の聖都での擾乱において、兄・ジークがとある旅の学者
を助けたことを。短い間ながら共に市中を逃げ延び、教団本部突入の際にはその作戦立案に
も関わる協力者になってくれたことを。
「でも、結果からすればそれは全て罠だったんだ。騙されていたんだよ。彼女は“結社”の
一員だったんだ。そうとは知らずに兄さん達は、エルヴィレーナの祀られている祭壇の前で
襲われて……」
 ふるふるとアルスは頭を振る。打ち明けられた事件の内幕に、フィデロ達は思わず唖然と
していた。目を瞬き、息を呑み、ちらと互いの顔を見遣り合う。
「……そんなことがあったのか」
「知りませんでしたわ。メディアでは全く報じられていない内容ですもの」
「シゼル……。女の、学者……?」
「うん。多分今、ルイス君が考えていることは当たってるよ。少なくとも本人はそう名乗っ
てたって聞いてる。信じられないかもしれないけど」
 ぽつぽつと漏れる言葉。そしてそんな中でルイスが引っ掛かった疑問に、アルスは目敏く
首肯をみせた。まさか……。そう、彼やシンシア達が驚きのあまり目を丸くしている。尤も
フィデロだけはまだ、何を指しているのか気付けなかったようだが。
「シゼル・ライルフェルド──七十三号論文で亡くなった筈の彼女は、今も生きていて、僕
達の前に敵として現れた。ただ魔人(メア)という訳でもなかったらしいし、一体どういう
カラクリで今まで生き延びていたのかは謎のままなんだけど」
 でも……。ただでさえ打ち明けられた話に驚愕し、にわかに信じられなかったルイス達を
余所に、アルスは呟いていた。その俯き加減の表情(かお)には激しい後悔と──怒りが浮
かび、普段温厚な彼の姿を一変させる。
「……僕は、自分が許せない。本部に突入する前の晩、僕は兄さんからシゼルについて導話
で話を聞いていたんだ。まさかって思ったよ。でも普通に考えてもう本人が生きている筈は
ないし、何より協力してくれる人が現れて嬉しそうだった兄さんの気持ちに、水を差すこと
を躊躇ってしまったんだ」
「アルス……」
「でも、それは甘い考えだった。もしあの時、僕がきちんと脳裏に過ぎった可能性を話して
いたら、使徒という前例がある以上、本人かもしれないという思考を棄てていなかったら、
地下霊廟での戦いは防げたんだ。奴の介入を阻止することができた。教団や聖都の人達を、
不必要に傷付けなくて済んだんだ!」
 ギチギチッ……。手の中のフォークが、普段なら考えられないほどの力で握られる。つい
強く漏れた言葉の端は、ちらほらと食堂内の他の生徒達が怪訝に振り向き始めるには十分だ
った。
「……考え過ぎですわよ。まさかそんなことになるなんて、本気で信じられたとは思えませ
んもの」
「そ、そうだぜ。お前がそこまで気に病む話じゃねえだろ。そもそも聖都だの何だのを滅茶
苦茶にしようとしてたのは結社(れんちゅう)の方だろう? 何もお前一人でその責任を背
負い込むことなんてねぇんだって」
「フィデロの言う通りだ。もしこうだったら、という話はいくらしても何にもならないよ。
実際そんなピンチになっても、ジークさん達はエルヴィレーナを守り抜いたんだろう?」
「うん……。でもそれは結果論だよ。奪われて、失って、そういう結末もあり得たんだ」
「だからそれは、仕方ないんじゃ──」
「でもっ! ……怖いんだよ。兄さん達は必死に戦っているのに、僕だけはずっと学生をや
っている。皆が夢を応援してくれることは嬉しいけど、それが叶った時に皆がいなくなって
いたら意味がないんだ。それに、今回は運が良かっただけなんじゃないかって。もしまた同
じようなことがあったら、今度こそ“取り返しのつかない”ことになるかもしれない……」
 がっくりと俯き、項垂れた頭を抱えながら、アルスは荒く息を吐き出していた。皆に吐露
することを許されたのが却ってタガを外し、その精神を不安定にさせてしまった感がある。
 ルイス達は暫く押し黙っていた。安易な励ましでは意味がないと悟っていたからだ。
 しばしば、アルスは自分だけがぬくぬくと学院生活を送っていることに後ろめたさを感じ
ていた。強く仲間を想うからこそ、守られるのではなく共に守りたいと。──それが、ひい
ては彼の魔導師としての夢であり、唯一無二の未来像でもあった。
 そういった思いを、断片的ながらに知っているからこそ、中々二の句を継ぐことはできな
かった。お前(君は)そこまで……。思い詰めた彼の心の軋みに、ルイス達、エトナやリン
ファは我が事のように胸が張り裂けそうになる。
「……アルス様。やはり、だからこの前」
「はい。ずっと考えていたんですけど、中々言い出せなくて……」
 たっぷりの間。直後、リンファは瞬いた目をはたと丸くして呟いていた。ちらとアルスが
横目を遣り、申し訳なさそうに応えながら皆にその重い相談を始める(くちをひらく)。
「住所を──移そうと思うんだ」


 マルセイユ邸の庭で志士の鍵の手に入れたダン達は、早速“賢者”リュノーの大書庫を目
指して歩き出した。現当主アルノーの案内で、一行は屋敷の一角に隠された隠し階段を延々
と降りてゆく。
 そこはまるで迷路のようだった。何処まで広がっているかも分からない、だだっ広い地下
空間に無数の巨大な本棚が並び、ダン達の行く手を右に曲がり、左に曲がり遮っては表面積
を増やしている。書物の保存の為だろう。ほぼ一切の照明のない暗がりが一層、その得体の
知れない広大さを錯覚させる。頼りは先頭を歩く、アルノーが手に下げた魔力式のランタン
だけだった。
「……しかし何だな。広い広いとは聞いてたが、マジでこんな空間が広がってるとは」
「暗いですしねえ。これ、はぐれたら絶対迷子になりますよね……?」
「はい。ですから絶対に私から離れないでくださいよ? そうなったら多分、死にます」
『えっ?』
「いやあ、私自身、実際に遭った訳ではないんですがね? 何でも過去の当主や関係者の中
には、ここを調べていてそのまま帰って来なかった者も少なくないんですよ。見ての通り周
りは本しかないですからねえ……。道も複雑だし、きっと出口を見失ったんだろうなあと」
『……』
 長い階段を降り切り、本棚達が作る通路を進みながら、アルノーはそう苦笑いを零すと言
った。ランタンの灯りの下、そのあまりにもナチュラルに語られる言葉に、ダン達は思わず
言葉を失う。
「だ、大丈夫よね?」
「その筈、だがな……。この兄ちゃん、見た目の割に結構怖いこと言いやがる……」
 故に誰からともなく、ダン達はアルノーの灯りを追うことに熱心になった。ことマルタは
サフレの裾を握り、ステラはクロムの袖を握り、はぐれないように別の誰かが一緒であるこ
とに神経を配る。
「おわっ!?」
 ちょうどそんな時だ。ふと一行の目の前に、何か大きな影が過ぎったのは。
 石像だった。全身灰色の、悪魔を思わせる翼を持つ異形達が、黙々と本棚の間を繰り返し
繰り返し往復しては時折本の有無をチェックしている。
「何? こいつら……」
「……ガーゴイル、でしょうか?」
「ああ、大丈夫ですよ。この大書庫のガーディアン達です。ここが造られた時、その管理を
任された使い魔達だと聞いています。何分広過ぎますからねえ。人の手だけでは到底全部を
把握し切れないので」
「ふ、ふぅん……」
「……本当に大丈夫? 私達、狙われない?」
「ええ。確かに絶対ではありませんが、本を盗もうとか、怪しい動きさえ見せなければ何も
してきませんよ。そもそも彼らは、マルセイユ家の血を引く者には害を加えないよう厳命さ
れているらしいんです。ですから私が見守っていて、灯りを点している限り、彼らも許可を
受けた閲覧者として認識している筈ですよ。実際、どういう仕組みで動いているのかは私も
正直分からないのですが……」
 ミアの疑問、確認に、アルノーはそうフッと優しい苦笑(え)みを零して応えた。
 つまり現在は彼と、血の繋がった子供達のみがこの大書庫内を自由に行き来できるという
ことになる。流石にまだ幼い我が子達には、足を踏み入れさせてはいないらしいが。
「ということは、千年近くも? 凄いわね……。そんな長い間、駆動させ続ける使い魔を生
み出すなんて……」
 ぶつぶつ。そんな中でリュカは、いち魔導師としてそう興味深げにこのガーゴイル型の使
い魔を眺めていた。下手をするとふらふらっと一体ぐらい捕らえに行って、解剖でもしそう
である。はぐれてはいけないので勿論ダン達は彼女を促し、書庫の中を進んでゆく。
 件の封印区画への道中、試しに一行は大書庫内に保管された文献の一部を手に取ってみた
りもした。事前に渡されていた白手袋を着け、アルノーが灯りで照らしてくれる下、リュカ
やステラ、クロム、サフレなどがめいめいに目に付いた文献を捲ってみる。
「うーん……。私には難しくて読めないよぉ」
「紙もそうだけど、かなり古い言葉ね。書かれている内容からして、ゴルガニア戦役前後の
頃かしら?」
「それ以前の文献もあるようだ。自著以外にも、資料や蒐集品としての要素も強そうだな」
「ヨーハン様が勧めたのも納得ですね。これだけの数に加えて保存の質……間違いなくどれ
も第一級の史料だ。“賢者”リュノーは相当な几帳面だったみたいですね」
 ふーん……? 門外漢なダンやグノーシュ、ミアにマルタといった面々は暫く待ちぼうけ
にされていた。折角なのだからと手に取ってみたものの、果たしてこの膨大な量の書物の中
のどれに、彼の言っていた“知るべきこと”が隠されているのか。
「やっぱディノグラードの爺さんがここを名指ししたってことは、爺さんはその何かを知っ
てるってことなのかね?」
「だと思う。分かってて、でも直接話したくはなかった……?」
 益々分からない。ダン達は互いに顔を見合わせて、改めて頭に大きな疑問符を浮かべる。
 そもそも自分達は何を調べればいいのか? この中に“結社”の成り立ちや、根幹に関わ
る記述でもあるのだろうか?
 いや……或いは聖浄化についてかもしれない。あの面会の時、主だった話題はそれだった
のだから。
 一応、サムトリアン・クーフの国立図書館で下調べはしてきた。その中で、聖浄器が作ら
れた時期は魔導開放運動の頃と重なる──広く魔導が普及すれば瘴気の排出量も増加するの
を見越して、魔獣や魔人(メア)の脅威に対抗する術として作られたのではないかという仮
説も。
 ジークも、自らが持つ六華を“意思を持つ武器”と言っていた。聖浄器が他の武具と大き
く異なっているのは、やはりその成り立ちではないのか。
(どっちにしても、結社(れんちゅう)との繋がりがはっきりしねえんだよなあ。それかこ
こに在るのは、そういうのよりもっと突っ込んだ話なのか……)
 されど分からない。はっきりしているのは、ヨーハンやかつての十二聖が、何かしらの事
実に行き着いていたらしいということだ。
 そして複雑な大書庫内を、ガーゴイル達の傍を通り過ぎながら進み、一体どれだけの時間
が経っただろう。やがて一行の目の前に、巨大な石扉が現れた。
 表面にびっしりと緻密に彫り込まれたレリーフと、中央に空いた小さな丸いくぼみ。そこ
から上へと枝葉のように延びている溝。始祖霊廟の最深部を封じていたのと同じものだ。
「着きました。ここがお話した封印区画です」
「らしいな。これ見よがしだぜ」
「じゃあ若さん。早速……」
 石扉の前に立ち、ダンはアルノーに促した。ランタンを一旦預かり、彼が懐の中から先刻
庭のため池の中から見つけた志士の鍵を取り出す。カチリとくぼみに嵌め、小さく球の内部
が光った気がした。更に持ってきたナイフで軽く指の腹を切り、自身の血をこの石扉の溝へ
と伝わせる。
『!?』
 するとどうだろう。次の瞬間、それまで微動だにせず鎮座していた石扉が、ゴゴゴと大き
な駆動音を鳴らして左右に開き始めた。イセルナ達から話には聞いていたが、かなり大掛か
りな仕掛けだ。長年の封印で積もり積もった埃が、この機を逃すまいとするかのように濛々
と舞い踊る。
「……」
 暫くの間、一行は押し黙っていた。その壮大さに圧倒されていた。
 巨大な石扉の先は、更に円形に広がる大部屋のようだった。しかしここも灯りが付いてい
ないのか、目を凝らさねば分からないほど中は暗い。そしてその奥には、どうやらもう一つ
先へ進む扉が見える。
 だがそんな時だったのだ。ダン達が警戒し、ゆっくりとこの広間の中へと足を踏み入れ始
めた次の瞬間、突如として円形の壁面に次々と灯りが点り出した。
『──』
 思わず身構え、このだだっ広い空間を見上げるダン達。
 そして晴れてゆく暗がりから赤い双眸を光らせて現れたのは、金と銀、筋骨隆々の身体を
鈍い輝きで覆った、山羊頭の巨大な怪物達だったのである。

「ッ!?」
「デカい……!」
 散りゆく暗闇に代わって現れたのは、二体の巨大な山羊頭の魔獣だった。
 向かって左が金、右が銀。金の山羊は分厚い斧を、銀の山羊は鎖が巻かれた長杖を握って
いる。
 ダン達はその見上げんばかりの巨体と殺気に身構えていた。フーッ、フーッと息を荒げて
睥睨してくる姿もそうだが、これだけの大型魔獣が同じ空間にいたのに、直前まで気付けな
かっだというのもおかしい。
「……守護者(ガーディアン)か」
「あわわわ……!」
「で、でも、私達にはアルノーさんがいるんだし……」
 クロムが冷静にこれを見上げていた。一方でマルタとステラは恐れから緊張し、ならばと
近くに立っていたアルノーを盾にするかのように背中を押してみる。だがそんな彼女達に、
山羊頭の魔獣達は威嚇するように咆哮を上げた。
「ひゃう!?」
「な、何でー!? アルノーさんは襲わないんじゃなかったのー!?」
「例外、なんだろうな。ここに入ってきた奴は一人残らず始末しろ──大方そんな命令でも
受けてるんじゃねえか?」
 そんなあ……。涙目になるマルタと、ぐぬぬと唇を結ぶステラ。
 仕方ない。ダン達は一斉に戦闘態勢に入った。戦斧、幅広剣、槍に拳。そんな一行の構え
に呼応してか、山羊頭のガーディアン達も動き出す。横列に並んでいた二体は、金山羊を前
衛にして縦に並び直した。
「先生さん、ステラ、マルタ! 援護を頼む! 若さんを守ってくれ!」
「ええ!」「は、はい!」
「オッケー。……やってやろうじゃない!」
 対するダン達は、前衛にダンとグノーシュ、ミア、サフレ、クロム。後衛に残るリュカと
ステラ、マルタを宛て、戦う術を持たないアルノーを守る布陣を取った。
 金山羊が動く。その巨大な斧を振り上げ、駆け出すダン達に向かって叩き付ける。
 轟と地面が揺れた。土埃が舞い上がり、ダン達はめいめいに大きく迂回し、駆け抜けてこ
れを避ける。
「散開しろ! 纏まってたら格好の的だ! 小回りで狙いを散らせ!」
 叫び、ダンが全身にオーラを練る。他の仲間達も同様だ。ぐるりとこの金山羊を取り囲む
ように円形を描き、駆け抜ける。ミアも拳に《盾》のオーラ球を纏わせた。おおおおおッ!
左右からこの親子が、大振りで隙をみせた金山羊の土手っ腹に向かって一撃を打ち込む。
『……』
 ニタリ。だがこの巨体のガーディアンは、二人の攻撃を全くものともしていないようだっ
た。見下ろす瞳は光り、牙が覗く口元に弧を浮かべ、もう片方の手で二人を薙ぎ払おうと持
ち上げる。
「ダンさん、ミア!」
「っ……! ジヴォルフ!」
 巨大な影が迫る。しかし間一髪で、ダンとミアは難を逃れた。咄嗟にサフレが鞭の要領で
伸ばした一繋ぎの槍(パイルドランス)と、ジヴォルフ──雷獣型のグノーシュの持ち霊達
が駆け抜け、絡み取り、二人を救助したからだ。
「大丈夫か?」
「ああ。悪ぃ。助かった……」
 金山羊が空振りした攻撃に眉を顰め、そしてワンアクション挟んでからこちらをギロリと
睨んでくる。ダンは親友(グノーシュ)の言葉に平気と返していたが、その実、余波が掠め
ただけで胴に巻いた防具には圧迫された凹みが出来ている。
(……図体がただデカいだけじゃねぇな。攻撃自体もかなり鋭い。まともに受けてたらこっ
ちが長くもたねぇ)
 しかし攻勢はこれだけではなかったのだ。直後、後方のステラ達が叫んでいた。ハッと我
に返って見てみれば、ちょうど金山羊の後ろに隠れるようにして、銀山羊が呪文の詠唱を始
めている。
「皆、避けて!」
「赤──攻撃魔導が来るわ!」
 慌てて回避行動を取るには少し遅かった。銀山羊は詠唱を完成させ、ダン達の足元に赤い
大きな魔法陣が輝きながら現れる。
 噴出する群火(イラプション)の魔導だった。強く発光した魔法陣の円内から次々と高熱
の炎弾が噴き出し、ダン達を襲う。慌てて魔法陣から逃げる──銀山羊と距離を置くしかな
かった。リュカやステラが障壁で自分達やアルノーを守り、ミアが《盾》でクロムが《鋼》
で仲間達に飛んでくる炎弾を必死になって叩き落す。
 更に金山羊が、この混乱を狙って襲い掛かってきた。防戦一方になるダン達を追撃すべく
再び巨大な斧を振るい、その退路を封じようとする。
「ちいッ……!」
「ぬう。山羊の癖に生意気な……。だったら!」
 これに、リュカと共にステラが唇を噛んだ。狙いは噴出する群火(イラプション)を発動
している後方の銀山羊。バッと右腕を払って正面にかざし、詠唱を始める。
「盟約の下、我に示せ──終わらせる禍剣(ラグナレク)ッ!!」
 魔獣ながら不敵に嗤い、魔導を維持していた銀山羊。その足元から、今度はステラの魔導
が飛び出した。
 描かれたのは紫色の魔法陣。深い闇に溶けるようなその輝きはズルリと内側から一瞬何か
の切っ先を垣間見させ、次の瞬間、巨大な黒塗りの剣がこの魔獣向かって突き刺さる。
「よしッ!」
「やったか!?」
 だが直後、銀山羊のみせた反応に、ダン達は驚愕することになる。
『……』
 ニタリ。銀山羊は無傷だったのだ。襲い掛かった渾身の魔導の剣はまるで刃こぼれしたか
のように空中で瓦解し、そのまま静かに消え去ってゆく。
「……効いて、ない?」
「嘘でしょ? 上級呪文で傷一つ付かないなんて……」
 三度金山羊の一閃がダン達を襲っていた。猛攻に、巨大な刃は擦れ擦れの所を通っていっ
ていたが、辛うじてマルタが掛けてくれた遁走曲(フーガ)で速度が強化されたことでこれ
を回避する事に成功する。
「お父さん、これは」
「ああ。どうやらこいつら、やたら物理に強いのと魔導に強いののコンビみたいだな。流石
は賢者様だぜ。番犬の配置もえげつねぇや」
 娘(ミア)も気付き始める。要するに、そういうことだ。ダンは仲間達と迫り来る断撃を
かわしながら、一旦体勢を立て直すことにした。左右、視界の端で皆の位置を把握し、迂回
して駆けていた足に急ブレーキを掛けながら叫ぶ。
「気をつけろ! こいつら、どっちも耐性持ちだ! 金色は魔導、銀色は物理で押さなきゃ
ダメージは与えられねぇぞ!」
「なるほど……攻め易く攻められ難い布陣か。それで? ダン、どうする?」
「ふん。分かり切ってるだろーがよ。……敢えて押し通す。より魔導に近い錬氣でな」
 グノーシュ、ミア、サフレ、クロム。前衛の皆がダンの下に集まった。彼が看破した敵の
情報を聞き、五人はこの金と銀の巨獣を見上げる。
「俺とグノ、あとサフレで前のデカブツを止める。ミアとクロムはその隙を突いて後ろの奴
を叩いてくれ。サフレ。お前はお前で、変質させた魔導具の使い方、できるんだろ?」
 はい。ダンの言わんとすることを程なく理解し、サフレは頷いた。左右へとミアとクロム
が散り、三人は再びオーラを滾らせた。《炎》と《雷》そして炎を纏った機械槍──オーラ
を変質させた属性攻撃。それがこの状況を崩す回答(こたえ)だった。
「マルタ、俺達に戦歌(マーチ)を! 先生さんとステラは、合図と同時に金ピカに魔導を
叩き込んでくれ!」
『了解!』
 布陣を取り直し、先ずマルタが戦歌(マーチ)を歌った。ダン達五人は肉体強化の光に包
まれ、心配そうに守られるアルノーやリュカ、ステラ達に見守られながら地面を蹴る。
 金山羊も、これに負けじと吼えた。巨大な斧を振り上げ、今度こそ彼らを一撃の下に沈め
ようと試みる。後方の銀山羊も、次の詠唱の準備に入り始めた。
「遅い!」
 しかしもう、肉体強化でより速く、硬くなったダン達にそんな大振りの攻撃は通じない。
 振り下ろした自身の斧で死角になるのを利用し、ダンとグノーシュ、サフレはこの懐へと
飛び込んでいた。
 燃え盛る炎と化したオーラ。持ち霊達と共に迸る雷光を纏うオーラ。
 三つ繋の環(トリニティフォース)に槍と炎の魔導具をセットし、サフレの右腕をすっぽ
りと覆う大型の機械槍。
「三猫(さんびょう)、必殺!」
「圧し折れ! チャリオッツ!」
「一繋ぎの槍(パイルドランス)──炎改(フランマ・スプリング)!」
 轟轟。巨大な獣型の炎と、雷獣達の引く電撃の戦馬車、そして機械槍から放たれた燃え盛
る錨がほぼ同時、続けざまにこのガーディアンの土手っ腹にねじ込まれていった。
 それまで微動だにしなかった金山羊の体勢が大きく崩される。一気に叩き込まれるダメー
ジに、その赤い双眸が大きく白目を剥く。
「今だ、抜けろ!」
 更に今度は銀山羊に向かって二人が駆けた。体勢を崩されて揺らぐ金山羊の左右を猛烈な
速さで駆け抜け、ミアが両拳に《盾》を、クロムが左半身を棘だらけに硬化させた上で自身
の《鋼》を加える。
「……双衝!」
「破戒装・躙(りん)!」
 詠唱までもう少しだった。しかし銀山羊は、両手で二倍の威力となった《盾》の渾身の拳
と、硬化と《鋼》で固めたタックルによって激しくへしゃげさせられた。金山羊と同じく白
目を剥き、組み上げていた詠唱は勿論、途中で霧散する。
「先生さん、ステラ!」
「はいっ!」「オッケー。ルナっち!」
 更に更に、リュカとステラの魔導が駄目押しを打った。リュカが詠唱を開始するのと同時
にステラは《月》の色装を発動し、金・銀両山羊の力を奪い取りながら自身もまた呪文を唱
え始めたのである。
「盟約の下、我に示せ──伏さす風威(ダウンバースト)!」
「盟約の下、我に示せ──終わらせる禍剣(ラグナレク)!」
 金山羊の頭上と足元、白と紫の魔法陣が大きく広がり、その身体を巨大な黒塗りの剣が今
度こそ刺し貫いた。続いて駄目押しでこれまた膨大な風圧が叩き付けられ、貫かれた身体を
これでもかと押し抉る。
 断末魔の叫び声を放ちながら、金山羊はそのまま力尽き、消滅した。ボロリと身体中が瞬
く間に崩れ去ってゆき、ゆっくりと無に還ってゆく。
『……ッ! ?!』
 当然ながら、残るは銀山羊だけになった。
 ぬるりと、ミアやクロムに加えてダン達三人が加勢する。自分はとんでもない相手に喧嘩
を売ってしまったのだと銀山羊は理解したが、もう時既に遅しだった。
「さてと……。てめぇも金ピカと同じ目に遭って貰うぜ?」
 勿論、その後ダン達によって、この銀色のガーディアンも塵に還された(ほうむられた)
のは言うまでもない。

「──やれやれ。やっと片付いたか」
「伊達に十二聖ゆかりの使い魔ってことはありましたね。攻め方を見誤っていればどうなっ
ていたことか……」
 どうやら広間の向こう側にあった扉は、ガーディアン達を倒すことで初めて開く仕組みに
なっていたらしい。
 まぁ普通そういう仕様にするだろうなあ。ダンは仲間達が扉を検めて伝えてきた報告にそ
う苦笑いを零す。いざという時は、上手くあの二体をかわしつつ抜け切ることも考えたが、
やはりかの賢者様はそんな逃げ得を許さないようだ。
「あの魔獣達は、やはりこの奥を守る為に……?」
「そう考えて間違いないだろうな。さて、一体この先に、どれだけ隠しておきたいものが眠
っているのか……」
 そうして一行が小さめの石扉をスライドさせ、中へと足を踏み入れた瞬間だった。
『──』
「これは……」
 書斎だった。
 そこに広がっていたのは、静かに灯りが点し続けられ、やけにこじんまりとして窓一つも
無い、本棚と書き物机だけの小部屋だったのである。

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  1. 2016/12/06(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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