日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「バグマン」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:魔女、蜘蛛、観賞用】


「お疲れさん。もうぼちぼち上がっていいぞ」
 随分と日が傾いて暗さが目立ち始めてきた頃、とある町工場の中でそう作業着姿の社長が
皆に呼びかけた。
 うい~ッス……。彼と同じ格好の男達が、それまで黙々と向かい合っていた機材から顔を
上げると、揃えたように気だるげな返事をしてめいめいに作業を切り上げてゆく。
「んぅ……。ああ、もうこんな時間か……」
 比較的若い部類とはいえ、治もまたそんな面々の一人だった。社長の一声で解れていく精
神と肉体の緊張。ゴキゴキと伸びをして凝り固まった背筋を労わると、彼もまた機材の電源
を落としてからおもむろに帽子を脱ぐ。
 何の変哲もない、毎日だ。
 だけども彼にとってはそれが一番だった。平穏無事が何よりも尊い。キツいこともあるけ
れど、今の仕事は自分の性にも合っているし、何より社長もこんな自分をきちんと見てくれ
ている。
 コツコツと働き、日々の糧を得る。彼は至って普通の勤め人だった。
 ただ一つ、彼という人間を説明するのにうってつけのものがあるとすれば──。
「ただいま~……」
 油に汚れた顔をざっと洗い、作業着を鞄に突っ込んで日暮れ時の電車に揺られる。
 治は街のメインストリートなど目もくれず、一人淡々と横道に入り、手狭に軒を連ねる静
かな住宅地を進んだ。
 彼の住居は、築十年ほどの比較的新しいマンションの一室だ。だが元々のデザインが地味
なのと、立地のぎゅうぎゅうさとが相まって、如何せん貧相に見える。
 だが彼にとって、ここが自分の城だった。快適な日々を送れる拠点だった。
 鍵で扉を開けて中に入る。ぽつりと呟いた言葉。独り身の彼に、本来応えてくれる者など
いない筈だが……。
『──』
 はたして、出迎えてくれる者達がいた。尤もそれらは人間はない。
 薄手のカーテンを引いた窓際のラック群に、幾つもの飼育ケースが置かれていた。その中
には、彼が愛して止まないペット達が思い思いに生かされている。
 土や小さな丸太の上に鎮座する蜘蛛。
 縦長に植えられた植物の中で両手を研ぐ蟷螂。
 羽化器の中でじっと飛び立つ日を待っている蝶のサナギ達に、枯れ葉や丸太の上で角を突
き合わせている甲虫達……。
 これが治の、唯一無二の趣味だった。幼い頃、祖父母の住む田舎で昆虫採集した日々を忘
れられず、気付いた時には無類の昆虫好きになっていた。専門書やネットで繋がった愛好家
仲間達からの知識を吸収し、今では年中何かしらの昆虫を飼育することがライフワークとな
っている。にっこりと笑って、彼はこの“同居人”達の前に近付いていった。
「ただいま~。いい子にしてたか~? 餌は足りてるか? 室温が高かったり低かったりは
しないか? 問題は空調だよなあ。仕事に行っている間もエアコンを切らさないようにする
のは案外掛かっちまうし……」
 ぶつぶつ。面と向かえば頭をもたげてくる現実的な諸事情。
 だが、ご主人様だと知ってか知らずか、彼が帰ってくるとケースの中の昆虫達は大よそが
反応してこちらを向いてくる。角や触覚をヒクつかせて、全身でその帰宅を迎えてくれてい
るかのように。
「~♪」
 本当の所は分からない。だが治はそれだけで嬉しかった。充分だった。
 それこそ最初の内は何もかもが試行錯誤で、何匹も早死にさせてしまったけれど、今では
大分飼育の仕方にも慣れてきた。今後もっと手を広げる予定も、予算もないが、こうして昆
虫達と一緒の時間を過ごせるということ自体が彼にとっての癒しだった。

 ──だが、そんな細々とした平穏の折、治の住む町で事件が起きた。
 幼い少女が亡くなったのだ。何処からともなく現れた毒蜘蛛に刺されてショック症状を起
こし、病院に搬送されたが、その後帰らぬ人となってしまったのだという。
 これといって特筆するものもない平凡な町だ。事件はあっという間に地域の人々が知る所
となり、地元紙の一角にもそのニュースは載った。
 治も、この報を読んで悲しんだ。そして同じ昆虫を愛する一人として憤った。
 メディアの発表によれば、少女の命を奪った蜘蛛は、本来国内に生息していない筈の種類
だという。ということは、十中八九誰かが飼っていたものが逃げ出したと考えてよい。或い
はわざと逃がした──捨てたのか。
 腹立たしかった。昆虫とて立派な一個の命だ。飼おうと決めたなら、最期まで面倒を見る
のが当然の責務ではないのか? こうやって物珍しさだけで手を出しては持て余し、放り出
すような輩がいるから、自分たち愛好家が白い目で見られる。しかもまだ幼い少女を。一体
何処の誰が……?
『すみません。誰かいらっしゃいませんか?』
 そんな事件が起きた最中の出来事だった。とある休日、治は鳴らされたインターホンに思
わず怪訝な表情になった。普段この部屋、自分を訪ねてくる人間など限られているからだ。
しかも向こうから聞こえてくる声に聞き覚えはない。そっと、用心しながら、チェーンを外
さずに小さくドアを開ける。
「花村治さん、ですね? 私達はこういう者です。少しお話を伺いたいのですが」
「……」
 だが、今思えばそれが全ての始まりだったのだ。小さく開けたドアの間に足をそれとなく
入れられ、コート姿の男が三人ほど、そう懐からある物を周りから隠すように取り出して切
り出してくる。
 警察手帳だった。何故? 真っ先に治の脳裏を占拠したのはその一言だった。
 改めて見上げた男達──刑事達の油断ならない眼光。そしてよく目を凝らせば、彼らの肩
越しの向こう、階の廊下端にこちらをひそひそと囁き合いながら覗いている数名の陰。
 ……疑われている。数拍置いてようやく治は理解した。おそらくはあの少女が亡くなった
毒蜘蛛の事件についてだろう。住人の誰かが、警察に密告したのだ。自分が部屋で昆虫達を
飼っていると。しかし妙だ。お互い近所付き合いは皆無に近いし、わざわざメジャーだとは
言い難いこの趣味を明かした覚えはない。……見られたのだろうか? 新しい子を買ってき
たり、餌を部屋に運んでいたりした時に、誰かがそれを見ていた可能性はある。
「例の、亡くなった女の子の件ですか」
「ええそうです。そちらが昆虫を飼っているとお聞きしたもので」
「誠に申し訳ありませんが、お部屋の中……見せては貰えませんか?」
「……構いませんよ。俺は事件には無関係です。好きなだけ見て行ってください」
 だから治は、下手に抵抗するべきではないと思った。たとえ身に覚えのない疑いでも、相
手の印象を悪化させてしまえば拗れることは避けられないと考えたからだ。
 刑事達を部屋の中に招き入れ、図らずも眉間に皺を寄せて廊下の住人達を睨んだ後、ドア
をゆっくりと閉める。
 彼らは室内の飼育ケースの数に驚いているようだった。まぁ素人なら当然の反応だろう。
興味半分おっかなさ半分といった様子で中の昆虫達を見つめ、特に件の事件の原因となった
蜘蛛には真剣な眼差しが注がれている。
「調べて貰えば分かると思いますが、その子達は例の事件の蜘蛛じゃないですよ。毒だって
持っている種類は一匹も飼っていませんし、逃げられてもいません。……これをどうぞ。購
入した時に発行された飼育許可証です。今コピーするので、確認を取ってください」
 そして治は、机の引き出しから装丁された書類を取り出すと、彼らにこれを見せた。自ら
の無実を証明する為、誤解を解く為、彼はそのままサッと踵を返して机の横のスキャナプリ
ンタを起動させる。
「……ヤマさん」
「ああ」
 昆虫達の為に暗がりを維持した部屋。
 その中で、独りスキャナの規則正しい音だけが響く。

 数日後、治に掛けられた疑いは晴れた。提出された書類からそもそも、今回少女が刺され
た蜘蛛が飼われていた事実は無いことが証明されたからだった。
 いわれのない罪だ。自分は胸を張っていればいい。そう、最初は思っていたのに……。
「──あ、ヒトゴロシだ!」
「ヒトゴロシー、ヒトゴロシー♪」
 全くの不意打ち。遠距離から一気に絶望へと叩き落されたような心地だった。
 その日いつものように出勤しようとマンションを出た治は、偶然居合わせた小さな子供達
に見つかるやいなや、そう突然指差され叫ばれたのである。
 思わず……顔が引き攣った。大よそこんな小さな子供が口にする言葉ではない。
 だが当の本人達にその自覚はないようだった。まるでその意味を解っていないかのように
無邪気に笑い、しかし確かに自分を自分と認識した上で発している。
「……」
 溢れ出す激情を必死に呑み込んだ。その理由(わけ)を理解し、ゆっくりと肩越しに周囲
へと視線を這わせる。
 あからさまに逸らされていた。ちょうどこの場居合わせていた近隣の住人達が、こちらの
眼から逃れるようにそれぞれあさっての方向を向いていた。
 ……やはりか。こんな小さな子供が何もなしに口にする筈がない。
 ずっと陰で囁かれ続けていたのだ。事件が起こって、毒蜘蛛が原因だと知り、ふと誰かが
自分のことを話してしまったのだろう。噂は限りなくクロの憶測として彼らの間に広まり、
十中八九そんな大人達の背中を見て子供達は“学んで”しまったに違いない。

 魔女裁判(けつろんありき)だったのだ。
 事実として、自分が少女の命を奪った毒蜘蛛の持ち主なのかかどうかは関係ない。ただ事
件を受けて、頭をもたげた彼らの不安が、同じ昆虫愛好家である自分の存在を快く思わなか
ったのだ。先日警察が自宅を訪ねて来たのも、そんな彼らの“総意”だったのだ……。

「よう。おはよう花村──って、どうした? 何だか顔色悪いぞ?」
「……別に。何でも」
 電車に揺られている間、治はただ只管鬱々とした気分の中に押し込められていた。
 自分じゃない。だがそれを改めて証明してみせた所で、はたして彼らは納得してくれるの
だろうか? そもそも誰に、どのくらい? 今住んでいる町の全てに訴えて回れとでもいう
のか。そもそも未だ知ってすらいない誰かにまで、自分の趣味を伝えるのか?
 同僚がいつものように声を掛けてくるが、正直上の空だった。ふらふらと焦点が定まらな
いままに工場の中を抜け、更衣室へと向かう。
 いっそ訴えでも起こすか……? 馬鹿を言え。そんな状況になった時点で──今の時点で
もう、互いの間に空いた溝は深いのだ。逆に掘り進めるだけだ。たとえ論理的な無実を勝ち
取れてたとしても、肝心の、一度彼らが抱いてしまった自分への嫌悪感は拭えない。
「……」
 作業服に袖を通しながら、しかし途中で治はスマホに手を伸ばしていた。ぐるぐると今朝
から去来する幾つもの煩いから逃れるように、抜け穴を探すかのように、小刻みに震える手
で画面をタップする。
『○○市 賃貸マンション ペット可』
 検索ツールに、そんなキーワードを打ち込んで。
                                      (了)

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  1. 2016/12/04(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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