日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「一期一夕」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:夕陽、砂時計、最高】


 さらり。また一粒、時間が零れ落ちてゆく音がした。

 一度は昇った太陽が、また馬鹿の一つのように地平の向こうに沈もうとしている。
 彰は静かに差し込む茜にじっと目を細め、街を見下ろす登り坂の脇に広がる草っぱらに背
中を預けていた。眼下のそれは輝いているようで、その実暗がりに呑まれていくのだと知っ
ている・分かっているからこそ、抱く心情は鬱々しい。
「……」
 いや、所詮そんな言い方は後付けか。彰は思い、また少し結んだ唇の端を尖らせた。
 今彼の中にあるのは失望と、目に映る全てのものに対する敵意だった。全身──特に頭の
中の神経という神経がささくれ立ち、もたれるような苛々が治まらない。
 十中八九、この感情の原因は先日の一件だ。
 彰は少し前、入学当初から所属していたサッカー部を辞めていた。年度が変わり、新しく
顧問となった教師ととにかく反りが合わなかったからだ。
 基本的にこの相手は、勝敗に拘る。そして何よりも自分に従順な者ばかりを重用して憚ら
ないメンタリティを持っていた。故に厳密に「勝つ」のではなく「自分の采配で勝つ」こと
を至上としている節がある。
 だから、口答えなどもっての外だった。戦略や技術よりも、自分に従順な選手をスタメン
に入れることも珍しくない。そのことを指摘した仲間達は、例外なくメンバーから外されて
いった。彰もまた、その例に漏れない。ことチーム内のぎすぎすし始めた空気に敏感だった
彼は、事ある毎にこの顧問と衝突するようになっていった。

『辞める? 何勝手な事を言ってる。次の大会まで日も少ないっていうのに、チームに穴を
空けるつもりか』

 結局こちらが身を引くしかなかった。どうせ自分の言葉は聞いて貰えない。ただ手前の機
嫌の為に選手を使い潰すだけならば、早い内に見限るべきだと思った。残るメンバーの動揺
を少しでも回復させてやる為にも、その方が次善だと考えたからだ。
 ……なのに、この新顧問はいけしゃあしゃあと、こちらの辞意に渋面を返した。それは慰
留というよりは、自分の思い通りにならないこと自体に不機嫌になったというべきだった。
加えて、この男はチームを去る者に、こんな台詞を吐き捨てる。

『それで? 一体辞めてどうするっていうんだ? 勉学に勤しむのか? 無理だな。今まで
サッカー(こっち)に力を入れていたから許されてきたお前らが、今更そっちに入ろうった
って半端にしかならないぞ? 後悔するだけだ。後で泣きついてきても知らんぞ?』

 実際、突きつけられた現実はこの男の言う通りだった。
 まるでついていけない。今までそう熱心ではなかった学業のレベルに、一月そこいらで追
いつくなんて事は至難の業だった。急に足元の土台を外されたかのようだ。毎日のように教
科書と睨めっこし、授業を聞いているが、はたして半分も理解できているだろうか。
 ……解っている。そんなこと。自分がそんな頭の良い部類じゃないってことくらい。
 解っていた。勉強だって、サッカーだって、飛び抜けた一番にはなれない。プロを目指す
など夢のまた夢だ。それでもこれまで続けてきたのは、ただ楽しかったからだ。小学校の頃
から続けてきた、自分の人生の大部分だったからだ。
 ぽっかりと穴が空いている。そして今だからこそ、その穴から自分の置かれている現実が
透けて見えるかのようだった。
 ……自分は一番にはなれない。半端者だ。自分は何となく卒業し、何となく就職し、凡庸
な半生を送るのだろう。草臥れたスーツに身を包んで、毎日クタクタになるまで働いて、で
もきっと同じくらいには報われない……。
(くそっ!)
 横に振り下ろした拳が、ガサッと草むらを凹ませて止まる。彰はあれからずっと焦りと共
に毎日を過ごしてきた。
 何となく就職──はたして自分はそれすらできるのだろうか? 正直怪しい。今の成績で
は進学も難しいし、仮にできたとして何を目指す? ならばさっさと社会人になって、下積
みでもいいから働いた方が稼ぎにはなるんじゃないか?
 手に職? 馬鹿言え。うちは普通科だ。今更ながら現在(いま)の居場所すら選択を間違
っていたのではないかとさえ思えてくる。探せばこの世の中、色々あるにはあるのだろうが
如何せんやる気というものがついて来ない感慨がある。
 さらり。また一粒、時間が零れ落ちてゆく音がした。
 しかし自分に残された猶予は、こうしている間も少しずつ消えてゆく。かつて手元に溢れ
かえっていた、永遠とさえ錯覚していたものは、今まさに飢餓のような焦燥と共に着実に消
えてゆくばかりなのだ。
(部には……戻れねえよな。もうあいつの下なんてまっぴらごめんだ)
 思い、だがすぐに憎たらしいあのクソ教師のしたり顔が浮かんで打ち消した。寧ろ焦りと
苛立ちばかりが余計に嵩上げされたかのように感じる。
「──あ~! 取られてる~!」
 ちょうど、そんな時だったのだ。もやもやと考え込んでいた彰の脳天に、そうはたと大き
な声がぶつかってくる。
 ハッと我に返り、顎を上げると、そこには一人の少女が立っていた。胸元のリボンと格子
柄のスカートを藍色で統一した、ブラウス姿の少女だ。
(誰だ……? うちの制服じゃないな。ってことは、他校(よそ)の生徒か)
 年頃はおそらく自分と同じくらい。背丈はやや小柄で髪は肩に掛かる程度。
 何故か彼女はぷくーっと頬を膨らませてご機嫌斜めだった。明らかに寝転がっているこち
らを見ている。何だ? 彰は仰向けの格好のままで、ただポカンと、この少女が肩に引っ掛
けた鞄を揺らしながら近付いて来るのを見遣ることしかできない。
「ちょっとお~。そこ、私の定位置なんですけど」
「……は?」
「うーん。まぁいいや。ならじっとしてて。この位置からでも……撮れるには撮れる……」
 するとどうだろう。いきなり放たれた文句に彰が戸惑った次の瞬間には、彼女はもう鞄か
らカメラを取り出すと、眼下に映る夕暮れの街にシャッターを切っていた。
 ずいっ。ちょうど彼女が、寝転んでいる彼の上に軽く覆い被さるようにして割り込む体勢
である。
「よしっ、撮れた撮れた。ノルマ達成~♪」
「……何かよく分からんが、よかったのか? どうやら俺は、あんたの邪魔をしてたみたい
だが」
「あー、うん。アングルが確保できればそれでいいの。いつもの場所に私以外の人が来てる
のなんて初めてだから、ついね」
 そうてへへと笑う彼女。しかし手にしているカメラは、素人目にも大分本格的な代物のよ
うに思える。彼女は本体の後部画面で今し方撮った画を確認すると、手馴れた様子で操作を
して保存し終えた後、そのままカメラを鞄の中にしまい込んだ。
「君こそ、何でこんな所に? 街の中心からは離れてるし、何もないよ? こうして一望す
るには絶好のポイントではあるけどさ」
「あんたには言われたくない。……まぁ、あれだ。ちょっと頭を冷やしたくてさ……」
 どうやらこの女生徒は、定期的にここへ撮影に訪れているらしい。双方共に初対面だと認
めているような状況下で、彼女は妙にずけずけとこちらの理由を聞いてきた。馴れ馴れしい
奴だな……。彰は思ったが、別に黙秘する理由もないので大雑把に答えておいた。この手の
人間は邪険にすると却って粘着してくる気がする。
「ふぅん? 何か悩み? トラブったの? もしかして誰かと喧嘩したとか」
「……」
 だが前言撤回。結局距離を詰められるのは変わらなかったようだ。彰はむすっとしながら
この少女の方を睨み見たが、その沈黙が質問を肯定することまでには頭が回らない。
「先公とだ。反りが合わなくてな。それで、色々考えるようになっちまって……」
 自分でも何故こんなことをと思う。だが彰は、たっぷりの沈黙の後、そう彼女に重い口を
開いてしまっていた。もしかしたら話したかったのかもしれない。自分一人では抱え切れな
いからと、誰かに打ち明けたくて。
 ……そっか。とすっと、彼女は彰の隣に座った。スカートのお尻を片手で支えつつ、さわ
さわと揺れる草っ腹の上に腰を下ろす。
 螺旋を描くように登っていくこの坂の脇道は、同じく下り勾配になっていた。
 眼下には茜色をいっぱいに浴びて、静かにそのあちこちで明暗を作ってゆく街の遠景。暫
くの間、彰も彼女も、ずっと二人は黙っていた。
「砂時計みたいなモンだと、思うんだ」
 そうしてたっぷり。長い間を置いて口を開いたのは、彰の方。
 彼はゆっくりと口にしていた。あの日からずっと心の中で揺らめいているイメージ。自分
という人間の中でさらり、さらりと零れ落ちてゆく、残り時間。
「何をしてようが、俺達の時間は永遠じゃない。少しずつ零れ落ちていって、最後には一粒
もなくなっちまうんだ。何だか、馬鹿みたいでさ……」
「……」
 傍らの彼女は、目を瞬いて返事がなかった。当然だろう。いくら彼女の側から話しかけて
きたとはいえ、見ず知らずの少年にこんなことをごちられたのなら。
「ひっくり返せばいいじゃん」
「えっ?」
「だから、ひっくり返せばいいじゃん。そしたらまた元通りだよ?」
 なのに彼女は次の瞬間、割と真顔でそう言った。思いもよらぬその言葉に目が点になる彰
に向かって、もう一度今度はジェスチャーも交えて答えてくる。
「いや……砂時計ってのはあくまで例えだって。大体時間は巻き戻せないだろ。そんな漫画
じゃあるまいし……」
「ははは。分かってるよー、そんなこと。でも、君が言ったからじゃーん」
 けたけた。だが彼女は笑っていた。屈託なく──まるで数年来の友人のように寄り添い、
笑顔を向けている。
「それにさあ。なくなるなくなるって見つめてばかりじゃあ、何もできないよ? どうせ最
後にはなくなるんなら、それまでに記録に残してゆけばいいじゃない」
 ぎゅっと唇を結んだ。彰は思わずぐうの音も出ずに押し黙る。
 だが彼女は特段こちらを責める様子でもなかった。代わりにぽんと自身の傍らに置いてあ
った鞄を撫で、思い出すように言う。
「……三年くらい前かな。私もちょっとした切欠でこの先自分はどうなるんだろうって考え
たことがあったんだ。実際にどうなるかはその時にならないと分からないけど、多分街の外
に出て、もしかしたらそのまま帰って来ないんじゃないかって……。だから決めたの。私は
毎日この街の姿を撮る。もしそうなっても、覚えていられるように」
 曰く、それが彼女がこの場所を“定位置”と呼んでいた理由だという。
 やはり彼女は彰とは別の学校の生徒だった。彼女は登下校時、毎日朝と夕方の二回ずつ、
この坂の上から見える街の風景をずっと撮り続けてきたのだと。
「今じゃすっかり嵌っちゃってさあ……。本気でカメラマンになろうかなって思ってるんだ
よね。お母さんからは無理だーって反対されてるけど」
「……」
 夢。何かになりたいという欲望。
 それは呪いのようなものだ。真っ直ぐに目指せば目指すほど、現実の自分との距離を目の
当たりにせざるを得ず──自分がどこにでもいる半端者だと認めよ認めよと圧力を掛けられ
てゆくようで、しかし既にその頃には一度描いてしまった未来図を簡単には手放せなくなっ
てしまっている。
 けたけたと笑っている彼女。彰は正直、内心苛立ちさえあった。
 嗚呼、こいつは今まで夢に挫折したことがないんだ。なのに何も知らず、その泥と茨だら
けの道に突き進もうとしている。
 愚かだとか、止めておけなどとは言えなかった。経験で、その道のりに必ずしも心がつい
ていかないことを知っていたのに。知っていたのに、もしそれを口にすれば、自分はあの男
と同じになる……。
「ねえねえ。これも縁だしさ、君も一緒に写真やらない? 面白いよ~? 同じものを見て
る筈なのにファインダー越しだと全然違った世界になるんだー」
 なのに、こちらの思いも知らず、彼女は屈託なく笑っていた。表向き仏頂面だとはいえ、
落ち込んでいるこちらの姿を見て何とか励まそうとしたのかもしれない。
 夕陽を背に微笑んでいる彼女。
 同じ世代、同じ今を生きている人間の筈なのに、その姿は何だか眩しくて──。
「……変な奴だな。まぁいいけど。どうせ暇だし」
「やった! じゃあ決まりだね。明日もここに来て? 色々教えてあげる」
 彰は半ば気圧されるような形で受け入れていた。にこにこ。その返答に、同胞の誕生に、
彼女は無邪気なまでに喜んでいる。
 見つかるだろうか、と思っていた。
 だが見つけるのではない、作るんだ。一度は捨てたこれまでの“意味”に代わるものを、
また自分で作り出せるいい機会なのかもしれない。
「あ、そういえば自己紹介がまだだったね。私は忍。堀田忍」
「……。城ヶ崎、彰」
 改めて、この物怖じしない少女・忍は言う。
 彰は名乗った。せめてこの内なる期待感だけは悟られぬよう、努めてそっけない風を装い
ながら。
                                      (了)

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  1. 2016/12/01(木) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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