日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「ケンオノケンギ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:悪魔、家、おかしい】


「──以上の点からも、被告人が繰り返される恐怖と差し迫った危険を回避する為に思わず
手近の凶器を手に取ってしまったと言えるでしょう。故に弁護側は、本件において正当防衛
が成立すると主張します」
 その日、直江聡志は弁護人として法廷に立っていた。
 依頼主の名は三枝彩子。旧姓・榎本。掛けられたているのは義父──母親の再婚相手殺害
の容疑だ。席に戻ってじっとうな垂れている彼女を時折目の端で気遣いながら、直江は朗々
と彼女の無実を訴えていた。

『あいつは……人の皮を被った悪魔です。あいつは、顔を合わせると決まってねちっこく見
つめてきて、隙あらば私を……』

 依頼があった時、初めて詳しい事情を訊いた時の彼女の姿を直江は忘れる事はできない。
 一言で言ってしまえば、性的虐待だった。あろうことか彼女の義父となった男・三枝忠雄
は、この年頃の義娘(むすめ)にしばしば欲情し、その度に腕力にものをいわせて彼女を犯
してきたのだという。
 母親は信じてくれなかった。寧ろ彩子以外の人間に対しては、忠雄は寡黙だが仕事に愚直
な一介の職人であったのである。無理もなかったのかもしれない。若い頃に不真面目な前夫
と別れた彼女にとって、忠雄は十数年ぶりの男であった。そんな筈はないと、またしても自
分の眼が間違っていたと、認めたくなかったのかもしれない。
 だが忠雄の狂気は、この再婚相手(ははおや)に隠れて何度も繰り返された。内容が内容
だけに下手に打ち明けられないことを逆手に取り、彼の衝動はエスカレートしていった。
 そして事件が起きたその日……彼女は遂に耐え切れなくなった。
 またしても劣情のままに押し倒してくる忠雄。その暴力的な姿に再三怯え、絶望し、彼女
は偶然近くのテーブルに置かれていた灰皿を握って彼の頭を──。
「少なくとも抵抗しなければ、被告人の尊厳は際限なく蹂躙され続けていたろうことは想像
に難くありません。今回の事件はある意味、必然でした。被告人は犯人であるよりも前に、
被害者なのです」
 両手で顔を覆い、激しく肩を震わせて泣いていた彩子。
 直江は必ず彼女の無罪を勝ち取ってみせると誓った。真実を、自らが受けた辱めの数々を
他人に話すことがどれだけ辛かったか。そこまで追い詰められ、結果的に人一人の命を奪っ
てしまった罪悪感。
 直江は手にした原稿に目を落とすまでもなく、叫んでいた。溢れ、委ねられた思いをそれ
でも何とか平静の中に押し込めて、弁護側の冒頭陳述と代える。
 情に訴える作戦は一先ず上々といった様子だった。裁判官石下に陣取る裁判員達も、一様
に険しい表情(かお)をして迷っているのが見て取れた。
「……」
 しかし、直江は気を抜かなかった。気を抜けない理由があった。
 その理由は証言台を挟んだ検察側の席にて相対する人物。今回の起訴判断を担当した検事
の存在にこそある。
(阿久津清二郎──地検の中でもまた異質、そしてかなりの曲者。先輩達は口を揃えて気を
付けろと言っていたけれど……)
 どっかりと椅子に腰掛け、スーツの両ポッケに手を突っ込み、じっとこちらの陳述を聞い
ている。……いや、というよりも彼女の様子を観察していると言った方が正確か。
 直江はどうにも不快でならなかった。まるでその大柄な体格に比例したふてぶてしい態度
と、何を考えているのか分からない気だるげな眼。何だかこちらが真面目に公判に臨めば臨
むほど、小馬鹿にされているかのような錯覚を受ける。
「……以上です」
「有難うございます。では次に、立証に移ります。検察側、前へ」
「ん。りょーかい」
 それは今回の裁判官も似た感慨なのだろうか。線が細く生真面目そうな眼鏡の彼は、促さ
れて立ち上がった阿久津の口調に少なからず表情を歪めていた。
 尤も、当の阿久津自身はまるでそんなことは意に介していないらしい。むんずと資料の束
を手に取り、補佐官らが見守る中席の前に立つと、ふぅ……と、先ずは一度大きく深呼吸を
する。
「ええと。先ず今回の事件に関し、被害者・三枝忠雄を殺害した、その点では双方一致して
いる訳だが、あくまで弁護側は正当防衛だったと言っている。なのでこちらとしては、それ
を崩させて貰う。つまり被告人(おじょうさん)には予め殺意があったと、この場で立証し
たいと思う」
「……」
 直江は思わず唇を噛んだ。多少予想はしていたが、あくまで相手は彼女を殺人犯に仕立て
上げたいようだ。望む所だ……。念入りに読み込んだ調書と繰り返し向かった現場の資料、
それらを全て目の前に揃えて握り、彼の次の一言を待つ。
「──と、いきたい所なんだが、その前に先ず、幾つか話しておかなければならないことが
ある。他ならぬ、そこに座っている弁護人の兄(あん)ちゃんのことだ」
『……??』
 だから次の瞬間、阿久津が口走った発言に、直江自身を始め法廷にいた者達は皆一様に怪
訝の表情を浮かべた。傍聴席の人々や裁判員達がまじまじとこちらを見ている。
 直江は、予想もしなかった方向からの搦め手に、ただ何もできずに目を瞬くだけだった。
「名前は直江聡志。一九八一年、八月生まれの獅子座、血液型はA型。M県S市のメーカー
勤務の父と専業主婦の母の一人息子として生まれる」
「……検事。本件と関係のない発言は」
「まあ聞いてくださいな。それに全く関係ない訳じゃない。もしかすると、この事件への評
価が根本からひっくり返るかもしれないんでね」
 すらすらと読み上げられる個人情報。その脈絡のない紹介に、裁判官の方も戸惑いながら
制止しようとした。いつの間に調べたんだ……。しかし、当の直江が内心驚きとそれ以上の
不快感を抱き始めているにも拘わらず、阿久津の演説は止まない。
「兄ちゃん。あんた、十四歳の時に父親を亡くしてるね。原因は自殺。当時彼が勤めていた
メーカーで不正騒ぎが起こり、その責任をおっ被された末に首を括ったとある」
 ざわ……。軽く手の資料を叩く阿久津を合図とするように、場がざわつき始めた。
 静粛に! 静粛に! 裁判官が鎮めようとするが、数分それは止まない。直江も眉間に皺
を寄せて、この変わりゆく空気に不安がる彩子を見遣ってやることもできない。
「当時の友人・知人から幾つか証言を得た。……あんた、随分親父さんを憎んでいたそうだ
ねえ。自分達を方って逃げた、圧力に屈したんだと散々こけ下ろして苛立っていたそうじゃ
ないか」
「……随分と性悪な方なのですね、検事。まさか毎回、相手の素性を調べているとでも?」
「程度によりけり、かな。ただ今回はどうも臭ったもんでね。少し念入りにあんたの過去っ
て奴をリサーチさせて貰った」
 だいぶ直接的に非難した。なのに阿久津はまるで悪びれる様子はない。寧ろ本題はここか
らだと言わんばかりに再度呼吸を整え、言う。
「弁護人は過去、父と不義を憎んだ。そして今回の被告また、義父の自分に対する悪行に耐
えかねていた。これは、はたして偶然なのかねえ?」
「……何が言いたいのです?」
「おや、ここまで言ってお認めにならない? じゃあ言いましょう。あんたは本件に私情を
挟んでいる可能性がある。彼女の義父殺害を正当防衛だと主張し、その罪を正当化しようと
している。つまり自身の過去を重ねているんだ。“父は敵”──その一点で、あんたと被告
は同じ思想を抱いている」
 ざわっ、ざわっ……! 今度こそ抑え切れぬざわめきが法廷に満ちた。裁判官が必死にな
って制止を求めるが、中々止まない。嫌疑は今確実に、直江と彩子の側に傾いた。
「弁護人」
「……確かに、昔そんな事はありました。ですがそれは本件とは無関係でしょう? もっと
正面から闘ってください。それでも貴方は法に携わる人間か!」
 それは他ならぬ直江自身も理解していた。そしてこのことが、裁判官以下面々のこちらへ
の心証を悪くすることに繋がるとも充分に予測できた。
 この検事……卑劣な真似を……。
 弁護士として、いち人間として、直江は内心義憤で今にも爆発しそうだった。彼女の必死
の抵抗を罪と詰るだけでは飽き足らず、自分の素性まで利用して勝とうとするなど……。
 尤も表向きは、裁判官は何も言わなかった。ここで追従すれば、公正中立を保てない。
「認めはする、と……。何もそんなに怒ることはないだろうに。こちらとしてはただ、私情
を挟むことで偏った裁判になることを避けたいだけだ」
「無関係な煽りは不要だという話をしているのです。そちらが有罪にするのに都合が悪いだ
けでしょう? 私は、被告人の権利と尊厳を守る為にここに立っています。それに……法に
心を求めて何が悪い!?」
「ああ、悪いね」
 自分でも苛立ちが漏れているのは分かっていた。だが自らの信念にまで土足で踏み込んで
来る以上、付け加えて叫ばざるを得なかった。
 だが結果的に、それは直江にとって最大級の悪手となってしまった。ニタリと阿久津は小
さく口角を吊り上げて哂う。まるでそんな言葉を待っていたかのように、ほぼ即答に近い形
で断言しながら。
「俺達の使命は法によって罪を裁くこと。感情じゃない。論理的・合理的思考じゃなく感情
で決めてしまっていいのなら、法曹の人間なんざ要らねぇよ。多数決で決めるか、当事者同
士拳で語り合ってくれりゃあいいんだからな。……思い上がるなよ、若造。てめぇの“心”
ってのはその程度か。未だに自分の過去にいる親父が許せなくて、その埋め合わせに他人を
使う──他人の運命さえも利用する。そんなご都合主義な“心”だってんなら捨てちまえ。
それで真実を捻じ曲げようって心算なら尚更だ。……感情的になることは、冷静な判断力を
鈍らせる。確かに法は実際に生きている人間を“心”から救わないかもしれない。だが彼ら
から取り上げた機会を使ってまであらぬ罪を作り出し、ある罪を無きものにしてたんじゃ、
意味がねぇだろうが。俺はただ、きちんと捌きたいだけだ。ブタ箱にぶち込まきゃいけない
人間とそうじゃない人間を、嘘偽りなく明らかにしなきゃいけない。その一点は何が何でも
誠実じゃなきゃいけない。俺達には、その義務がある」
『……』
 まるで反論できなかった。直江も、傍聴席や裁判員の皆々も、ぐうの音も出ない程に押し
黙って、ただ阿久津の独白に注目せざるを得なかった。
 彩子が自身の席で、動揺して目を泳がせていた。直江は正面の彼の言葉に文字通り刺し貫
かれ、微動だにできないでいたが、一方の阿久津はそんな彼女の変化を見逃さなかった。
「……さて、前置きはこのぐらいにしとこう。肝心の偏り(フィルター)はこれで取れただ
ろうしな。始めようか。俺達の、立証(しごと)を」
 ニッと場面を切り替えるように笑い、パァンと資料の束を叩いて。
 呆然とする法廷の中、阿久津はそう直江達の眼を覚まさせると、言った。
                                      (了)


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  1. 2016/11/27(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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