日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔19〕

 私は、いわゆる資産家の一人娘として生まれました。
 周りは私の事をよく“恵まれた人間”と言います。でも在るのはお金だけで、私が願った
ものは何一つとして無かった。
 少なくとも物心ついた頃には、両親の仲は冷え切っていました。
 父はいつも仕事を優先し、家族を愛そうという努力をしませんでした。母も母で結婚した
のは父ではなく彼に付随する財産であったように思えます。二人が家に──同じ場所にいる
時は、決まってお金の話ばかりしていました。いつも不機嫌で、冷たい態度ばかりを投げ付
け合っている姿が、今でも脳裏に焼き付いていて心苦しいのです。
 ですがそんな両親も、最期は呆気ないものでした。車に乗っている最中事故に遭い、その
まま帰らぬ人となってしまったのです。
 ……私は、一人遺されてしまいました。
 そして何処からともなく擦り寄ってきたのは、叔父を始めとした親戚達。まだ幼かった私
には対抗する術などありませんでした。彼らは次から次へとやってきて、両親が握っていた
財産を毟り取ってゆきます。
 気付いた時にはとうに手遅れでした。私に残されたのはこの殺風景な屋敷と、知らぬ間に
後見人の座に収まった叔父による、制限された日々だけでした。
 例えるなら──鳥籠の中。大事にされているようで、実質この屋敷に閉じ込めて金を得る
為の体裁だけは何としても維持しようという魂胆。
 絶望がずっと横たわっていました。でも裏切られたという怒りは、あまりありません。
 両親というケースを観ていたからでしょうか? 二人の死後、叔父達が群がってきたその
目的がお金だということを、子供心ながらに感じ取っていたのかもしれません。何より初め
から私を見てくれてはいなかった。お金目当てで、私は単なる手段に過ぎなかったから。
『──引き金をひきなさい。願いが叶うわ』
 そんな、ある日のことでした。思えば全ては、あの時から始まったのです。
 独り屋敷に暮らしていた私の下へ、とある女の子が訪ねてきました。ゴスロリ……という
のでしょうか。そんな奇抜な格好もあって、多分同い年くらいなのに随分と“大きく”見え
た記憶があります。
 彼女が手渡してきたのは、先のへしゃげたスピードガンのような道具でした。
 リアナイザというらしいです。上蓋の中には既にデバイスが挿っていて、彼女は私にその
引き金をひくようにと言ってきます。
『願いが、叶う?』
『そうよ。何だったら貴女から全てを奪った者達に復讐することだってできるわ』
『……』
 ニタリと笑う彼女。でも私が望んでいたのは、そんなものじゃなかったから。
 半ば言われるがまま、引き金をひきました。すると驚くことに、銃口から飛び出してきた
光は人の形に変わり、鉄仮面の怪人となって私の前に現れたのです。……正直、怖いという
よりは、驚きで頭が追いつかなかった気がします。
『……オ前ガ召喚主カ。サア、願イヲ言エ。ドンナ願イデモ叶エテヤロウ』
 だから暫く、私は呆然としていました。
 これがリアナイザの力? 私の、願い? ゴスロリ姿の彼女が小さく口角を上げて私を見
ていました。相変わらず、年格好の割には態度の大きい子です。
『私は……』
 去来するこれまでのこと。両親の不仲と死、叔父達の侵食と管理。恵まれていたのは一時
の持ち合わせだけで、その実何も豊かなものなんてなかった……。
『? 貴女──』
 気付いた時には、泣いていました。昔の記憶を思い出したせいか、私は知らず知らずの内
にぼろぼろと涙を流していたのでした。ゴスロリ姿の彼女が、鉄火面さんが、やや怪訝に私
を見下ろして立っています。……私は決めていました。ぎゅっと彼の手を取り、私の願いを
伝える為に。
『お願い……傍にいて。もう、一人ぼっちは嫌なの!!』


 Episode-19.Lovers/お嬢様と黒執事

『お帰りなさい、冴島さん(君)!』
 臨海学校も終わり、睦月達が飛鳥崎に戻って来た後のその日。此処司令室(コンソール)
ではちょっとした祝い事が行われていた。
 冴島志郎──元守護騎士(ヴァンガード)装着予定者の復帰である。第七研究所(ラボ)
の事件の際、重症を負って入院を余儀なくされていたが、つい先日退院して正式にアウター
対策チームに合流したのだ。臨海学校の最中、学園に現れたジャンキー達を撃退したのも彼
だった。尤も徒弟格のもう一人は逃してしまったが。
 睦月や皆人、國子、そしてその他対策チームの面々。
 皆に囲まれながら何処となく、当の冴島は照れ臭そうだった。線の細い好青年。その様子
からはもう怪我のダメージは見受けられない。
「策なら打ってるって、冴島さんのことだったんだね。皆人も人が悪いよ。退院してたなら
僕にも言ってくれればいいのに……」
「すまないな。まぁあれだ、敵を騙すには先ず味方からという奴さ。万一お前の様子で仲間
が他にもいると勘付かれれば、もっと強硬に攻め入られていただろう。それに実際、彼が戦
闘に出られるかどうかはギリギリまで調整中だったからな」
 仲間達に交じり、睦月がそう苦笑いを作りながら漏らす。答える親友(とも)は言葉こそ
詫びていたが、敢えて黙っていたことも策の一環だったらしい。何より皆人自身、冴島とこ
の親友(とも)の微妙な距離感を知っていた。そのせいでコンディションに影響が出ること
も避けたかったのもある。
「急ごしらえだったけど、上手くこちらのペースに持ち込めたのが大きかったかな? とも
あれ、これからは僕も睦月君をサポートするよ。リアナイザ隊の、隊長としてね」
「ありがとうございます。……そっか。陰山さんの肩書きが“隊長代理”だったのって」
「はい。復帰されるまでの代役でしたので」
「そういうこと。でも彼女には、今後とも副隊長として頑張って貰うよ。宜しくね?」
「はい。微力ながら、補佐させていただきます」
 尤もずっと復活を隠し続ける訳にもいかない。当初の予定通り、冴島は國子が温めていた
リアナイザ隊隊長の椅子に座ることになった。これからは守護騎士(ヴァンガード)こと睦
月を、全力でサポートする役目を担うことになる。
「本当に……回復してよかった。あの時はもう……」
 だからか、睦月は堪らず俯き加減になり、涙腺を緩ませていた。そんな彼に他ならぬ冴島
がそっと寄り添って背中を擦ってあげている。
「心配をかけたね。でももう大丈夫だ。背中は僕達に任せて、睦月君はアウター討伐に集中
して欲しい」
「……。はい」
 しかし内心、睦月は複雑だった。彼が回復・完治したことは素直に安堵したが、一方でそ
もそも自分が現れたせいで、彼は守護騎士(ヴァンガード)装着者としての資格を失ってし
まったのではないのか? 確かにあの時、彼は結局EXリアナイザの認証を通過することが
できなかったとはいえ……。
(冴島君……)
 そしてそんな気持ちは、睦月の母・香月もまた似通っていた。
 一時は重症を追った彼もこの度復帰した。喜ばしいことだ。だがそもそもこのシステムを
作ったのは自分で、しかも結果的にその装着者という危険な役目を自分の息子に託すことに
なってしまった。
 今でも現状、他に確実な適合者がいないのは事実だが、今でも心苦しさや後ろめたさがあ
る点は否めない。なのに、今回彼が復帰したことでまた別の意味での安堵を抱いている自分
がいる。アウターとの戦いに身を投じるリスク。彼が合流し、リアナイザ隊がより本格的に
一個の部隊として活躍するようになれば、我が子のそれも少しは分散されるのだろう。だが
それは同時に、彼をまた自分達の都合で振り回すことと表裏一体である筈だ。
「……」
 更にその一方で、冴島を中心とした輪から外れている仲間達がいた。仁と元電脳研の面々
である。そもそも仁達は、対策チームのメンバーとしては新参の部類だ。事情こそ聞いては
いたものの、冴島とは直接面識がなく、何となく蚊帳の外に甘んじていたのだ。
(守護騎士(ヴァンガード)になってたかもしれない人、かあ。もしそうだったら、俺達も
ここに居ることはなかったのか……)
 ちらちら。時折睦月達が冴島と話しているのを見ながら、仁は空きのデスクの上でノート
PCを弄っている。ネットサーフィンという奴だ。その特技柄、仁達は暇さえあればこうし
て草の根の情報収集を担っていた。この日も勿論、そんなすっかり染み付いた習性のままに
マウスホイールを回していたのだが……。
「うん? これは……」
「? どうかした?」
「ああ。ちょっと気になる情報(もの)を見つけたんだが……」
 ちょうど、そんな時である。何となくスクロールさせていた電子の海の書き込みの中に、
仁は一つの目を引く内容を見つけたのだった。
 それまで和気藹々と喋っていた睦月や冴島以下面々が、ふいっとこちらの様子に気付いて
振り向き、或いは近付いて来て画面を覗き込んでくる。
 今度は仁の周りに皆が集まる格好となった。画面を操作し、仁は睦月達によく見えるよう
に件の文言を拡大する。
「飛鳥崎メディカルセンターに大勢の学生が運び込まれたらしい。一人や二人ならともかく
一度に百人近い人数だ。全員が全員、突然体調不良を訴えたみたいだぜ」
「百人? 多いなあ」
「メディカルセンターっていうと、ポートランドの中だな。よっぽどの重症なのか」
「いや、それだけが理由じゃないだろうな。運ばれたのは清風女学院──東のお嬢様学校の
生徒達だ。バックの人間が人間だけに、生半可な所じゃ文句が出るんだろう」
 書き込まれていた情報は匿名。だが十中八九、関係者の誰かと思われる。
 睦月達はその名に思わず目を丸くした。清風女学院は、飛鳥崎東の山林一帯に居を構える
富裕層向けの女子高だ。そんな文字通りの箱入りお嬢様達が、大挙して最先端技術の病院に
担ぎ込まれたという。
「原因は分かるか?」
「ああ。ここには食中毒と書かれているが……どうも噓臭い」
「えっ?」
「考えてもみろ。ここは集積都市、技術の粋を集めた街だろう? そんでもって現場になっ
たのも金持ち御用達の学校ときた。普通に考えて、こんな大人数が中るなんてヘマをしでか
すようなスタッフを雇ってると思うか? 何かあるのかもしれない。それこそ、公にはした
くない拙いことがあったとかな」
『……』
 皆人、そして睦月の質問と疑問に答え、仁は言った。ちらと画面から目を逸らして集まっ
てきた皆を見遣り、僅かな情報から大きく事件の匂いを膨らませる。
 一同は思わず黙り込んでしまった。ちらちらと、中には互いの顔を見合わせてどう反応し
たものかと迷っている者もいる。
「で、でも普通に、そのヘマをやってしまった誰かがいるのかもしれないよ?」
「かもな。だがそれなら、何で事件を公表しない? 犯人がはっきりしているならそいつを
突き出して自分達は逃げちまえばお終いじゃねえか」
「つまり、犯人すら不明なのではないか、と?」
「それって……」
「……。越境種(アウター)か」
「その可能性もあるかもしれないって思ったんだ。まぁ、俺の考え過ぎかもしれねぇけど」
 言われてみれば……。逆に聞き返され、言葉を詰まらせてしまった睦月の代わりに、國子
そして皆人が彼の言わんとしていることを代弁する。
 だとしたら無理もない。たとえどれだけ金を持っていようとも、アウターの存在も知らず
対抗もできない彼らに打つ手はない。もしかしたら内部でも、正体不明の事件に戸惑ってい
るのかもしれない。言われずとも、安全には万全を期していただろうから。
「調べてみる価値は、ありそうだな」
「そうだね。でも、例の睦月君を狙っているアウターの方も油断はできない」
 暫く口元に手を当てて考え込んだ皆人が、そう結論を出した。冴島達も概ね賛成で、また
新たな二方面作戦が必要になりそうだった。
「そちらに関しては私達が。隊長がジャンキーを倒してくれましたので、ある程度余力は空
いています」
「分かった。引き続き警戒を頼む。では冴島隊長。すみませんが、睦月と一緒に向かっては
くれませんか?」
「うん。了解。アウターが絡んでるかどうか、確かめればいいんだね?」
「でも皆人。相手は女学院(せいふう)だよ? そもそも僕達が近付けるものなのかな?」
 一方は國子と仁、大半の戦力は引き続きレンズ甲のアウターを警戒し、追う。
 その一方で睦月は他ならぬ冴島と早速コンビを組んでこの集団食中毒事件を追うこととな
った。皆人の指示に冴島は安請け合いするが、当の睦月は不安そう──既に相手方のネーム
バリューに気圧されていた。
「ああ。その辺りの事なら任せておけ。伊達に……“チーム”じゃないさ」
 しかし対する皆人には逆に余裕すらあった。
 もう何かを思いついたかのように、この親友は不敵に微笑(わら)い、言う。

 飛鳥崎メディカルセンターは、同市南岸の埋め立て区域・ポートランドの一角にある大型
の医療施設だ。
 元よりポートランドは各種先端技術の研究とその生産に特化した特別区だが、同センター
も最新医療の研究という柱をその一つに据えていることから此処に居を構えている。故に街
の中心部からは離れているが、その性質上、飛鳥崎一帯の高度医療の拠点として機能してい
る施設だ。
「まぁともかく、元気そうで良かった」
「はい。怪我の方もお陰さまで順調に回復しているそうです」
 そんな、普段なら金に糸目をつけない類の人間で溢れているこの病院内に、由良はいた。
目的はただ一つ、玄武台高校(ブダイ)の元野球部マネージャー見習い・七波由香の見舞い
である。
 六人部屋の一番通路側の右。めいめいを仕切るカーテンすら質のいい生地が使われ、院内
はこれでもかというほどに清潔感に溢れている。……正直由良にしてみれば、人間味すら削
り取ってしまったかのように殺風景に思えるが、受けられる医療のレベルを考えれば些末で
帳消しになるのだろう。
 ベッドに座った包帯姿の七波。そんな彼女と軽く会話をしつつ、由良は設えの棚の上に置
かれていた水瓶からコップに水を入れてやっていた。会釈して受け取り、七波は渇いた喉を
湿らすように口にする。
「……」
 彼女を、玄武台(ブダイ)の生徒・教職員達を襲った瀬古勇の襲撃事件。
 自分たち警察が同校をマークしていたにも拘わらず、事件は起きてしまった。尤も彼を暴
発させてしまったのは校長・磯崎の保身による所が大きいが、それでもあのような事態を許
してしまったことは事実だ。
 結果、校舎は原型を留めぬほどに崩壊。それに巻き込まれて七波以下、校舎内にいた生徒
や教職員の多数が病院送りとなり大惨事となった。
 一度目に周囲を襲った衝撃波と、校舎に走った亀裂。
 上層部はあれを何かしらの爆発物を用いた犯行と発表し、マスコミの報道もこれに追従す
る形となっていた。……しかし由良は、正直納得していない。あまりのことに現場にいた自
分でさえ何が起こったのかはっきりとはしないのだが、少なくとも尋常ではなかった。大体
一介の学生にあれほどまでに破壊力のある爆弾が作れるのだろうか? 一連の惨殺は大振り
の刃物さえあれば何とでもなるが、あれほどの規模となると……。
「あの。今日は筧さんはご一緒じゃないんですか?」
「うん? ああ。ごめんね、今日はちょっと調べ物があるとかって言って、朝から缶詰にな
っちゃってさ……」
 それでも、と由良は思う。
 彼女が無事でよかった。貴重な証人としても、一人の人間としても。
 まだ身体のあちこちに巻かれている包帯姿は痛々しいが、表情は大分元気を取り戻してき
たと思う。或いは自分と会う時だけは繕って、心配させまいとしているのか。
 コップ半分の水を飲み干し、彼女は訊ねてきた。他でもない自身が決死の告発(リーク)
をした時、打ち明けたもう一人の刑事──筧のことである。由良はハッと我に返り、苦笑い
と共にそう答えを返していた。事件が起きてからこうして何度か彼女を見舞ってきたし、今
のところ急変する様子でもないとはいえ、やはりあの人は我が道を往く……。
「そうですか……。それってやっぱり、捜しているからですか? 瀬古先輩、まだ見つかっ
ていないんですよね?」
「……。ああ」
 だからおずおずと、周りに聞かれないよう小声で訊ねてくる彼女の不安げな表情(かお)
が心苦しい。由良は静かに頷くしかなかった。申し訳ないと思った。もうじき一ヶ月を迎え
ようとしている。署の捜査本部が血眼になって捜し回っているにも拘わらず、あれから瀬古
勇の足取りは全くと言っていいほど掴めていない。
「もう殆ど、行方不明な状態だよ。もしかしたら既に飛鳥崎を出ている可能性もある。近隣
の県警にも捜査協力は要請してあるんだけど……」
 口篭る。あまり喋ってはいけないという以上に、由良自身、何処かで諦めの感情に苛まれ
つつあったからだ。もう瀬古勇は、逃げおおせてしまったのではないか?
「で、でも。兵(ひょう)さんは言ってた。まだ磯崎を殺れてない以上、あいつはきっと姿
を現す筈だって。これで諦めるなら、あんな執念深い殺り方はしないって。だからその時こ
そ、最後の勝負だと思う。全力で捕まえる。何としても、必ず……」
「……そうですね。それだけ酷いことをしたんだもの。やっぱり、私達は先輩に恨まれてい
るのかなあ」
「七波ちゃん……」
 正直、しまったと思った。励ますつもりで希望を残したが、よくよく考えれば彼女達にと
っては恐怖の継続でしかないではないか。直接瀬古優の苛めに加わった訳ではないにせよ、
こと善良なまでに自責の念に駆られるような彼女であれば。
(あああ、もう! 俺の馬鹿! な、何とか慰めないと……)
 しゅんと苦笑して俯いている七波を見て、内心由良は焦っていた。頭を抱えてこちらが落
ち込みたいぐらいだった。……こんな時、兵さんならなんて言うのかなあ? そう、今は別
行動中の相棒であり師匠たる筧の立ち姿を思い出し、煩悶する。
(……うん?)
 ちょうど、そんな時だったのだ。
 由良はふと視界の端に、一人の人物の姿を捉えていた。
「──」
 他の患者が出入りする部屋の扉から覗く、院内の廊下。
 その中を独り真っ直ぐに通り過ぎてゆく、縦ロールの少女を。

 時を前後して。
 睦月と冴島は、飛鳥崎メディカルセンターを訪れていた。更に十名ほどリアナイザ隊の仲
間達も一緒だ。
「あー、ストップストップ」
「すまないね。ここから先は関係者以外立入禁止だよ」
 踏み入れた先は、院内でも奥まった位置にある隔離病棟。事前の調べで件の女学院生達は
ここに集められていると分かった。益々怪しい。加えて一般病棟との境目に当たる通用口に
睦月達が近付こうとすると、警備員らしき二人組が立ちはだかり、これを制止してくる。
「おや? 話は聞いておりませんか? 浅霧化成の“シジマ”と申します。こちらに搬送さ
れた方達の原因究明の為、派遣されました」
 しかし一行を率いる冴島は、そう丁寧に笑みを作ると小首を傾げてみせた。その服装はビ
シリと決めたスーツに分厚いマスクと、引っ掛けた白衣姿。後ろに並ぶ睦月や同行する隊士
達も同様だ。
 浅霧化成……。その名を聞いて警備員達もハッとなり、互いの顔を見合わせていた。まる
で顔パスのように、それまでの態度が軟化する。
 ──相手はお嬢様学校の生徒達で、尚且つ運ばれた先はハイレベルな医療施設。普通に考
えて真正面から進入できるとは思えなかった。忍び込むとなれば尚更である。
 故に睦月ら対策チームは、先ず根回しをした。対策チームに名を連ねる大手企業の一つ、
浅霧化成の力を借り、生徒達に起こった異変の原因究明を名目にこの隔離病棟へ進入しよう
と考えたのだ。
 因みにシジマとは勿論偽名──“Si”rou Sae“zima”から取った名である。
「ああ、貴方達がそうでしたか。失礼しました。上から話は伺っています。どうぞ」
 そして皆人立案のこの作戦は覿面(てきめん)だった。幸いこの末端の警備員達も指示は
受けていたようで、冴島が提示した偽の社員証を確認するとスッと左右に分かれてくれた。
どうも……。会釈をし、冴島達は隔離病棟の門を潜っていく。
「? シジマさん。そこの彼は誰です? どう見ても中高生にしか見えませんが……」
 故に警備員達は、その中に明らかに若いメンバーが交じっていることに違和感を覚えて呼
び止めた。言わずもがな、睦月である。
「ええ、そうですよ。現在うちの部署で面倒を見ている、職業体験生の“キハラ”君です。
今回は滅多にない機会ということで同行して貰いました」
「体験生? いや、流石にそれは──」
「最初は私達もどうかと思ったのですが、他ならぬ当人の強い希望でして……。何せ、今回
被害に遭われた方の中に、お姉さんがいるとのことで」
『……ッ!?』
 正直睦月は内心ビクッとしていた。しかし予め回答を用意していた冴島の声は澱みない。
あくまで彼が体験とはいえ、正規のメンバーであること。そして何より、彼が件の女生徒達
の血縁者だと匂わせることで、警備員達の追求する余地を奪ったのだ。
 “被害に遭われた方の中に、お姉さんがいる”
 つまりは清風女学院生の姉弟、親族。今この場で、自分達だけで食い止めてしまって後々
問題になったら面倒だ──。サァッと血の気が引く二人の表情には、そんな急速に回る思考
のほどが読み取れた。
「な、なら仕方ないですね」
「しっ、失礼しました。その……この事はなるべく内密に……」

 当然ながら、隔離病棟は一般病棟に比べてかなり静まり返っていた。部屋は通路沿いにず
らりとあるのだが、如何せん人の気配というものに乏しい。気分を落ち着ける為なのか、照
明が仄暗いブルーに替えられているのもあって、どうしても押し黙りがちになる。
「……さて。そろそろ調査に入ろうか。先ずは本人達に聞き取りだね。手分けして回ろう。
アウターが現れる可能性も考えて、二人一組を維持すること。何か分かったら随時こちらに
メッセージを飛ばしてくれ。あとくれぐれも、彼女達を怖がらせないように」
『了解』
「……あの、冴島さん。清風の生徒さん達って、具体的にはどんな症状になっているんです
かね?」
「うん? ああ、睦月君は根回しの時の内容までは聞いていないんだっけ。そうだね……ま
だ断片的な情報しか分かっていないけど、皆が皆、酷く落ち込んでいるようなんだ。鬱状態
というのかな。運ばれて意識を取り戻した後、そんな状態だから、学院としてもそのまま帰
す訳にはいかなかったんだろう」
「うーん……? それは、食中毒になったショックとかではなくて?」
「僕の勘だが、多分違う。そもそも食中毒っていうのは表向きの方便だろう? それに皆人
君から聞いた話では、中には自殺を図った子も──」
「自殺!?」
「しいっ! ……声が大きいよ」
 だからこそ、睦月は具体的な彼女達の様子を知った時、思わず驚いてしまった。冴島はそ
れをすぐに塞ぎ、唇の前で人差し指を立ててくれる。幸い、飛んでくる関係者はいなかった
ようだ。……すみません。一度大きく深呼吸をし直し、睦月は不意に跳ねた緊張を静める。
「ここに彼女達が運ばれたのも、そんな症状が、しかも集団で出た理由が分からなかったと
いう面もあるのだろう。大江君の眼は間違っていないよ。この件、何かある」
「……」
 最初の内は半信半疑だったが、ここに来てその心証は大きく傾いた。
 やはりアウターが? 目的はまるで想像できないが、少なくともこのまま放っておく訳に
はいかない。
「さあ、始めよう。出来るだけ有力な証言を。そして迅速にね」

 閑散とした病棟内へ二人一組となった隊士達は散り、場には睦月と冴島だけが残された。
 彼らと同様、二人は浅霧化成から派遣された専門家(とその助手)という体で何部屋かの
女生徒達に聞き込みを行う。しかしその大半は先方からリークされた通り、かなり精神的に
参っているようだった。中にはこちらがやって来たことにすら怯え、取り乱し、ガタガタと
拘束具を揺らして駆けつけたスタッフ達に取り押さえられるというケースもあった。
 そんな結果は、概ね他の隊士達の側でも同じだったらしい。話を訊くには訊いたが要領を
得ず、記憶も曖昧だという。突っ込んで思い出させようとすれば、何かに怯え出して取り乱
す始末だ。……全くもって分からない。とにかく彼女達の血液や皮膚のサンプルを採らせて
貰い、香月ら研究部門の分析を待つしかない状況だった。
「すごく怯えていましたね。よっぽど怖い目に遭ったんだな。でも、皆が皆、同じものに怖
がっているって感じじゃなかったような……?」
 数部屋目の調査を終え、睦月と冴島はたった二人廊下に出ていた。カツカツと歩く足音だ
けが妙に耳に残る。これまで話を聞いて回った女子生徒達の様子を思い出し、何とか共通の
原因を見つけ出そうとするが、どうにもその中身──本質である所にまでは届かない。
「そうだね。それは僕も思った。何だろう? 何かそれぞれにとってのトラウマが、呼び起
こされていたかのような……」
 傍らの冴島も、そう口元に手を当てて難しい表情(かお)をしていた。好青年から、いち
科学者の顔だ。目を細めて、じっと頭の中で無秩序な情報を整理しているようにみえる。
「……」
 だから睦月は、そんな彼の横顔を見て押し黙っていた。今目の前の調査ではなく、もっと
自分達の間に横たわっている問題についての想いを。
「……冴島さん」
「うん?」
「その、ごめんなさい。第七研究所(ラボ)の時は僕達を庇って……。それにあのせいで、
僕は貴方から守護騎士(ヴァンガード)を奪ってしまった……」
 ちらりと視線を寄越し、数拍目を丸くする冴島。
 だが次の瞬間、彼はフッと笑っていた。何を今更──深刻な面持ちになって口を開いた睦
月とは対照的に優しく語り掛ける。
「別に恨んじゃいないよ。それに、僕では変身できなかったことは事実なんだ。寧ろあの時
あの場に君がいてくれて本当によかった。そうじゃなきゃ、対策チーム自体もあの時壊滅に
近い打撃を受けていた筈だからね。……謝るべきは僕の方さ。もっと早く、僕が使いこなせ
るようになるべきだった。君に戦わせることは、香月さんにとって心苦しい筈だ。でも僕だ
ったならまだ、使い潰せる」
「……そんな」
 そんなこと無い。言いかけて、しかし睦月はそれ以上の言葉を続けられなかった。
 もやもやと、二つの感情が綯い交ぜになる。一つは素直に、彼に自己犠牲の精神を発揮し
て欲しくないという想いと、もう一つは彼の言う通り、自分が戦わずに済む未来もあったの
ではないかという仄暗く湧いた非情。
 いや、駄目だ──。ぶんぶんと睦月は首を横に振る。仮にそうだったとして、母さんが冴
島さんが戦いで傷ついていくのを快く思う筈がない。貴方がそんな言い方をできるのは、今
自分という比較対象があるからだ。……もやもやする。良心はこの人を巻き込みたくないの
に、一方でそうなっていればと思う自分がいる。やっぱり苦手なのだ。自分は母に好意を、
それも真面目にアプローチを試みている彼の存在が眩しくて、疎ましくて……。
「起こったことは変えられないよ。どちらにせよ、僕は戦っていたさ。対策チームの一員で
あることには変わりないんだから。とにかく今は、目の前の事件に集中しよう」
「……はい」
 敵わないな……。結局自分はいつも、彼と膝を交えて話そうとすると己が心の小ささを思
い知らされる。立ち向かっても敗北。逃げようとしても、自認せざるを得なくなり敗北。
 悪い人ではないのだ。中々にいない善人なのだ。でもだからこそ、母を狙う異性であるか
らこそ、どうしても素直になれない。どちらにとっても心地良い距離感が……分からない。
 あくまで“仕事中”と軌道修正してくる冴島に、睦月は返す言葉もなかった。ただ難しい
表情(かお)で唇を結ぶだけである。そんな現マスターの気持ちを汲んでか汲まずか、懐の
中に収まっているデバイス──画面の中のパンドラも、この二人のやり取りを聞いてむすっ
と頬を膨らませていた。
(……うん?)
 そんな時だったのだ。ふと睦月と冴島は、行く手に思わぬ人物らを目の当たりにすること
となる。
 それは車椅子に乗せられた少女だった。年格好からして睦月よりは少し上だろうか。ふん
わりと柔らかそうな黒髪が長く伸び、廊下の一角に設けられたブロック型クッションの休憩
スペースで楽しそうに話している。
 その相手は、端正な顔立ちをしたスーツ姿の青年だ。
 明るく表情を変える彼女とは対照的に、どうやらあまり感情を表に出さないタイプである
らしい。しかしそれでも、傍から見ても二人はとても強い絆で結ばれているようにみえた。
少なくとも、少女の方は彼と一緒にいるだけでとても幸せそうである。
「……誰だろう? ここは普通の病棟じゃない筈なんだけど……」
「話を聞いてみようか。もしかしたら、これは」
 当然ながら、怪しく思う。だが調査が手詰まりであった二人は意を決し、この男女の下へ
と歩いていく。冴島が、例の偽の社員証を見せながら言った。
「……。誰だ?」
「あ、あのっ! すみません」
「浅霧化成のシジマと申します。こちらは助手のキハラ君。今回こちらに運ばれた学生さん
達の原因究明の為に派遣されました。失礼ですが、お二人は……?」
「あら、わざわざ私達の為に? これは失礼しました。私は藤城淡雪。清風女学院の三年生
です。こちらは執事の黒斗。お仕事、ご苦労様です」
 故に、二人は思わず顔を見合わせた。てっきり搬送された女生徒達は皆、あのような鬱状
態になってしまっているとばかり思っていたからだ。
「いえいえ。その……貴女も清風女学院の? お見舞いの方ではなく? 今回、被害に遭わ
れた方なのですか?」
「はい。私も当時、現場にいたので。私は大丈夫だと言ったんですが、学院側が念の為にと
入院を……」
 伊達にお嬢様学校の生徒ではない。名乗ってから受け答えをしていく、その所作一つ一つ
が洗練されていて美しい。育ちの良さとはこういう事を言うのだな……。睦月は内心ほおー
と見惚れながらそう思った。尤も、本人の努力というものもあるのだろうが。
「その、でしたら是非お話を聞かせて貰えませんか? どうやら貴女以外に無事なままの方
はいないようだ。一体学院内で何があったのです? 表向きは食中毒とされていますが、私
達が看てきた彼女達は明らかにおかしい。皆、何かに取り憑かれたようにナイーブになって
しまっている」
 少し強引かと思ったが、このチャンスを逃すべきではないとも思った。睦月がぼうっと見
つめている中、冴島はスッと胸に手を当ててそうこの少女・淡雪に問い質す。
「……すまないが」
「いえ。いいのよ、黒斗。このまま放っておいてもきっと解決はしない」
 そんな押しに、ギロリと彼女の執事・黒斗が睨みを利かせようとした。だが当の淡雪はこ
れを制し、自らの口で語り始める。
「……とは言っても、正直な所、私もよく分からないんです。ただいつものように食堂でお
昼を食べていたら、急に周りの人達がバタバタと倒れ始めて……」
「お昼? じゃあ本当に食中毒……?」
「いや、流石にそんな切り揃えたようなタイミングで中るなんてこと、普通じゃ考え難い。
それに彼女だけが無事だった理由の説明にならない」
「そうですね……。あの、その時、何か変わったことってありませんでしたか? 何でもい
いんです。とにかく今は情報が欲しいです」
「うーん……。そう言われましても……」
 冴島から睦月。次々に訊ねられて、淡雪は困っているようだった。何度も可愛らしく唸っ
て、懸命に当時の記憶を掘り起こそうとする。
「あっ。そういえば何か“粉”みたいなものが舞っていた気がします。凄く小さくてすぐに
は気付かなかったんですが、綺麗でキラキラした、青い粉……」
 粉……。睦月と冴島は、互いの顔を見合わせた。間違いない。大きな手掛かりだ。
 つまり何かしらの毒は調理前に盛られたのではなく、食される寸前に浴びせられたのだ。
もしその粉の現物を入手することができれば、集団搬送の原因もアウターの仕業かどうかも
判る筈……。
「……お嬢様。そろそろお部屋へ。あまり部屋を空にしていてはスタッフ達が気付きます」
「えー? そう? 仕方ないわね……。ごめんなさい。この辺りで失礼します。あまり力に
なれなかったかもしれませんけど」
「いえいえ。その証言だけでも充分です」
「どうぞ、お大事に」
 しかしまるで話を断ち切るように、黒斗が淡雪を促して車椅子の後ろに回ってゆく。彼女
も不承不承ながらに受け入れ、しかしこちらへの配慮と挨拶も忘れずに微笑みを寄越した。
 睦月と冴島はついつられて微笑み、これを見送っていた。
 しんと、二人の姿が見えなくなると、院内はまたそら寒いほどの静けさになる。
「……行っちゃいましたね」
「ああ。しかし驚いた。まさか無事な子がいるとは」
 たっぷりと間を置いてからの呟き。睦月の言葉に冴島も同感だった。てっきり全員が件の
症状に罹り、運ばれてきたとばかり思っていたのだから。
「だがこれで一つ有力な手掛かりが掴めそうだ。隊の皆に指示を送ろう。話よりも、彼女達
からのサンプル採取にシフトして貰うんだ。もしかしたら体表や血中に、その粉が残ってい
るかもしれない」
 冴島がデバイスを取り出し、早速別行動中の仲間達にメッセージを送り始める。睦月も何
となく懐からデバイスを拾い上げ、画面を覗く。するとパンドラが、何故か緊張した様子で
こちらを見上げていた。
『……あ、あのう。マスター』
「うん?」
『その、非常に言い難いことなんですが。さっきの男の人……アウターです』


 埃を被った資料満載の本棚達に囲まれながら、独りじっと画面を睨む。
 その日、筧は飛鳥崎中央署の中にいた。場所は資料課資料室。先端技術という荒波に置き
去りにされたかつての先輩刑事達の奮闘の記録が、所狭しと詰め込まれている。
 筧はそんな人気のない部屋の一角で、独り黙々と慣れないPCの画面を操作していた。
 これまでの事件をもう一度洗い直す為である。如何せん作業は遅れているが、この中央署
も近年では、捜査記録も随時アーカイブ化されている。紛失や改ざんが行われることを防ぐ
為にも、こうして原本をスキャンしてデータ保存してあるのだ。筧は自身に発行されている
関係者IDでログインし、ここ最近の不審な事件をピックアップしている。
「……」
 特に自分達の常識、科学では説明のつかないような事件──守護騎士(ヴァンガード)が
関わっていると噂される事件を中心に浚ってゆく。
 由良の話では、巷で守護騎士(ヴァンガード)の都市伝説が広まり始めたのは、爆弾テロ
犯・井道の事件の前後だという。
 言われてみれば確かにそうだ。あいつもまた、不可解な点の残る男だった。
 先ずどうやって一介の農夫があれほど大量の爆薬を調達できたのか? 小さな規模ならば
まだネット上で幾らでも製法は流出している。だが駅ビルを一個損壊させられるほどの破壊
力となるとかなり本格的な筈だ。それに犯行毎、どうやって現場に忍び込み、爆弾を仕掛け
たのかも謎のままである。
 何より胸糞が悪いのは、当の井道が既にこの世にはいないということだ。
 集積都市を恨んだ男・井道渡は何者かに殺害された。しかしその事実は表向きには伏せら
れ、事件の捜査自体も被疑者死亡のまま事後処理を残して打ち切りになってしまった。
 ……何か裏がある。
 そう思ってはいても、組織内の権力とは寧ろ反目し合う筧にとっては、それ以上の追及を
行わせるのは不可能だった。その為にも、一連の不審事件を追い続けている。一見して直接
関係性のない事件達の裏に潜む、得体の知れない黒幕(なにか)の存在を。
(結局、瀬古勇と小松健臣との間にもこれといった接点はなし……。やはり繋がりを見つけ
る鍵は守護騎士(ヴァンガード)か……)
 朝から夕方、ほぼ一日仕事で資料課のデータベースを漁ったが、井道前後からの不審事件
らの間に共通点は見つからなかった。少なくともめいめいの犯人同士に直接的な繋がりがあ
ったとは考え難い。
 だからこそ思う。知らなければと思えてくる。
 玄武台(ブダイ)襲撃の時、爆ぜる土埃の向こうに立っていた、鎧のような人影……。

 気分転換も兼ねて、ようやく筧は外に出た。仰いだ日は既に茜色に変じて下降しており、
この街もまた徐々に猥雑な一面を強く現してゆくことだろう。
 何もしないよりはマシだ。筧は入り組んだ路地を何度も曲がり、出会った者達に片っ端か
ら聞き込みをしていた。
 守護騎士(ヴァンガード)。
 巷でそう呼ばれているそいつについて、何か知っていることがあったら教えてくれ。
 だが元々強面な部類もあってか、成果は芳しくなかった。中には職業柄すっかり顔馴染み
になってしまった相手もおり、何か後ろめたいことでもやらかしたのか、こちらの姿を見た
だけで逃げ出していく。
「あ、刑事さん。お久しぶりです!」
 だから最初、筧自身もまるで期待はしていなかった。寧ろ誰だっけ? と、記憶の引き出
しを探る方にエネルギーを使っていたほどだ。
 如何にも遊んでいます的なファッション、こちらの身分が解っていて妙に気さくな態度。
 林とその仲間達だった。井道が千家谷駅を爆破した時、その瓦礫で怪我をし、入院してい
た青年だ。当時のゲーマーグループは今も健在らしい。
 だが筧はそのことを覚えてはいない。いや、思い出せないのだ。何故ならそれよりもずっ
と後、八代直也の一件で対峙した他ならぬ皆人ら司令室(コンソール)によって、記憶自体
を改ざんさせられたのだから。
 近付いて来られても、頭に疑問符を浮かべたまま。
 しかしそれでも、いつもの痛みはずっと控え目だった。筧は眉間に皺を寄せる。視界に林
達を映しながらも、もしかしたら長らく続くこの頭痛には、何か法則性があるのではないか
と思い始めた。
「……お前達は」
「? あれ? 覚えてない感じですか? まぁ忙しそうですもんねえ。例の事件も何だかん
だでもう過去のことになっちゃってますし」
「刑事さん、また聞き込みですか? 今度は何が起きたんです?」
 随分騒々しい奴らだ。だが筧は少ししめたとも思った。これだけ口が軽いなら何かポロッ
と情報を吐いてくれるかもしれないと考えたのだ。守護騎士(ヴァンガード)の、もっと具
体的な出没先や行動パターンを。
「ああ。何がって訳じゃねぇんだがな。色々きな臭い事件が続いてるだろ? だから少しで
もそいつらが繋がる手掛かりでもあればってな」
「へえ……。こんな時代になってもやってることは地味なんですね」
「あ、そういや。例の爆弾テロ犯、死んだんですってね?」
 故に筧はピクリと、目敏く反応していた。
 正直この目の前の若者達は皆目思い出せないが、あの事件と関わりがある……?
「教えてくださいよ~。やっぱり“リアナイザを持ったおっさん”だったんですか?」
「それにあの“学園(コクガク)”の子、大丈夫だったのかなあ? あの後、巻き込まれて
なきゃいいけど……」
「──」
 故に思考が一瞬フリーズし、同時に電撃が走る。
 何だそれは? リアナイザを持った、おっさん? 学園(コクガク)の子? 俺は以前に
こいつらからそんな話を聞いていたのか……?
「……おい」
「? はい?」
「その話、もう一度詳しく聞かせろ」
 殆ど直感だった。
 ずずい。思わず凄味を利かせて、筧は林達ににじり寄る。

「──ただいま~……」
 合鍵を使って玄関の扉を開け、海沙は自宅に帰ってきた。
 尤もそんな言葉も、今日もまた虚しく響いては消えるだけ。茜色の光が無音で差し込む家
の中に、応えてくれる誰かはいなかった。
 父と母はともに飛鳥崎市役所の職員で基本平日は忙しいし、少し前まで帰省してきていた
兄・海之も今は東京に戻ってしまっている。……ただそれだけだ。それだけなのに、海沙は
如何ともし難い寂しさを拭えなくなる。
 がらんとした家。ううん、いつもの事。鞄を下ろし、とりあえずキッチンの椅子に引っ掛
けてから手を洗う。冷蔵庫の中の麦茶をコップに注ぐとくいっと口にし、喉を潤す。
「あ、宙ちゃん……」
 そんな時だった。ふとピロリンとデバイスの着信音が鳴り、すっかり見慣れて久しい親友
のアイコンが画面に現れる。
『やっほ』
『ゲーセンなう。そっちは?』
『いま帰ったところ。今日も楽しそうだね』
 Mr.カノン──西部劇のガンマン風ナイスミドルの姿をした、宙のコンシェル。普段は
主の彼女と共に、TAでゲーム仲間をばっさばっさと撃ち倒している子だ。
 くすっと海沙は微笑(わら)う。何というか、こんな時にばっちりのタイミングで声を掛
けてくれるから嬉しい。愛おしくて、嬉しくて。その場で海沙も返事を打っていく。
『おうよ。数をこなさないとランクは維持できないからねー』
『ほどほどにね? あまり遅くなっちゃ駄目だよ?』
 ビブリオ・ノーリッジ──その趣味の性質柄、検索能力に特化させた海沙のコンシェルで
ある。浮遊する複数の古書を従者に、紫紺のローブを纏った賢者風の青年が、アイコンの中
でモーションをしながらメッセージを画面のタイムライン上に載せてゆく。
『そういや、睦月はどうしてる?』
 すると、ふと宙の方からそんな話題が振られてきた。それを見てぱちくりと目を瞬き、海
沙はキッチンの窓越しに隣の家を見上げた。佐原家──睦月の家だ。しかし様子を窺ってみ
る限り、人のいる様子はない。
『見てないよ。帰ってきてる感じでもないかなあ』
『またかー。あいつ、また例の手伝いでウロウロしてるのかなあ?』
「……」
 宙がそう訊ねてきたのは、何も偶然じゃない。自分達の幼馴染が抱える、ちょっと面倒で
危なっかしいお仕事についての心配が尽きないからだ。
 最新鋭のコンシェル・パンドラ。空色のワンピースと白銀のおさげ髪、三対の金属の翼を
持つ高性能AIの少女である。
 彼女は睦月の母・香月が開発したコンシェルだ。しかもかなり人間に近い感情を持ち、受
け答えやタスクをこなす。どういう経緯でそうなったのかは分からないが、我が心優しい幼
馴染はそのテスター役を引き受けたのだそうだ。
 しかも彼女はまだ公には発表されていないトップシークレット。今まで自分達に黙ってい
たのも、ひとえにこの全く新しいコンシェルが社外──三条電機グループから漏れないよう
にする為だったと聞いている。
 ……だが、そのせいで彼は今までに何度か危ない目に遭ってしまった。彼女に色んなもの
を見聞きさせ、成長する過程をデータに取っているからなのだそうだが、夜の街にも出てい
るためにそこで起きた事件や事故の巻き添えを食ってしまっている。
 時には入院もした。だからこそ宙(とも)は怒り、依頼主たる皆人に詰め寄った結果、こ
の事実も明らかになったのだ。
 海沙は思う。本当にデータ集めだけなのだろうか? 本当に、ただ巻き込まれただけなの
だろうか?
 それはきっと宙も思っている筈だ。だけども今の所、その最大の疑問を本人達にぶつけて
みたことはない。彼らの反応からだと多分正直には答えてくれないだろうし、本来極秘にし
なければならない情報をこっそり伝えてくれたのは、ひとえに自分達を何とか安心させたい
一心だったのだろうと思う。今が、ギリギリのバランスだった。
『海沙?』
 ぐるぐると自分の中で不安が渦巻いて疼く。だがピロリンと、宙からの新しいメッセージ
が入り、海沙はハッと我に返った。
『……ごめん。ちょっと考え事してた』
『それって、パンドラのこと?』
『うん。やっぱりおかしいよね。いくらパンドラちゃんの為だとはいっても、こう何度も事
件に巻き込まれるなんておかしいもん』
『確かにねえ。単にそれだけ、最近の飛鳥崎が物騒になってるのかもしれないけど』
 今度は宙からのメッセージが少し止まった。向こうも向こうで、段々言葉を選び始めたの
かもしれない。
 海沙も画面に目を落としながら頷いていた。因果関係があるのかは分からない。だがせめ
て、そんな危ない場所にだけは行って欲しくないと思う。
『何だか最近、三人でいる時間が減ってきたよね』
 次のメッセージが表示されない間隔。先に言葉を紡いだのは、海沙の方だった。
 三人。言わずもがな、自分と宙と睦月。小さい頃にお隣さん同士になり、以来ずっと一緒
だった自分たち三人。
『寂しい?』
『……正直を言うと』
『んー。こんなこと言うとおばさんかもだけどさ、どうしたって変わっちゃうもんなんだと
思うよ? 私達だっていつまでも子供じゃないんだし』
 子供じゃない。そんな言葉が、やけに胸に刺さった。
 拒む訳じゃない。だけども切欠が唐突で、あまりにも巻き返せなさ過ぎる。
 正直を言うと。寂しいよ。どんどんむー君が、遠い所に行ってしまうようで──。
『皆、大きくなっているってことなのかな? それぞれの道っていうか』
『かもね。実際、あと二年したら私達も受験生だしねー』
 ケタケタ。直後、大笑いするスタンプが画面の上で踊った。彼女なりの気遣い、空気を解
そうとした対応なのだろう。
 でも解るからこそ辛かった。二年。そうか、もうそんなすぐ傍まで近付いてるんだ……。
『むー君は、研究者になりたいのかな? おばさまみたいに』
『さあ? どうなんだろう? 少なくともそんなに理系じゃなくない?』
 そうやって暫くメッセージを打ち合う。手探りの未来に、中々届く気がしない。はっきり
とは視えてこない。
(……もう昔みたいに、べったりしてちゃいけないのかな)
 声もなく嘆息する。
 そう思って、海沙は自分が考えている以上に、自分はこの幼馴染達に依存してきたんだな
と感じた。


「二人は……何処に……?」
「駄目だ、見失った。部屋に入ってしまったか」
 恐る恐るなパンドラからのカミングアウトに、睦月と冴島は思わず駆け出していた。
 淡雪と、その執事・黒斗を探す。だが先刻悠長に見送ってしまったこともあり、二人の姿
は中々見つけることができなかった。名前から部屋を割り出そうにも、ここが一般病棟とは
違うからか、番号は書かれていても宛がわれた人間の名前は一切下がっていない。
 冴島が急ぎ隊士達に連絡を送り、捜索と周囲の避難工作を指示している。睦月もその隣で
並走しながら右に左にと同じようにしか見えない部屋を一室一室確かめていた。
「っ!? ちょっと、貴方達──!」
 途中、階段を上ってくる女性看護士(スタッフ)と鉢合わせし、眉根を顰められる。二人
は一旦急ブレーキを掛けて忍び足になり、注意してこようとする彼女を通り過ぎた。
「というか、パンドラ。何ですぐに言ってくれなかったの?」
『す、すみません。あの場で私が声を出せば、向こうにもバレてしまうと思ったんです。そ
れに……』
「それに?」
『あの黒斗というアウターから、尋常でないエネルギー量を感知しました。もしかしたら、
いくらマスターでも……』
 返事はそこで一旦途切れた。忠義や純粋な畏怖も合わさり、皆まで口にするのが憚られた
のだろうか。
 睦月は思わずぎゅっと眉根を寄せ、そんなデバイスの中の彼女を注視する。
 相当の怯えようだ。いつぞやのH&D社の生産プラントに侵入した時のことを思い出す。
「しかし妙だね。仮に今回の集団搬送の犯人があの執事君だとして、何故彼女まで巻き込む
ような真似をする? 二人のあの親密ぶりを見ている限り、おそらく彼女が彼の召喚主だ。
自身の主を危険に晒さなければならない理由が分からないな」
『私達が話を聞いていた時、リアナイザを使っている様子もありませんでしたしね。もう既
に実体化(しんか)済みと思われます。こんな事をする理由が、益々ありません』
「うーん。そんな悪い人には見えなかったんだけどなあ……。何か事情があるのかな? そ
れとも、犯人は別にいる……?」
 藤城淡雪の病室を探しながら、睦月達はにわかに乱立した情報を整理しようとしていた。
 一つ。犯人は黒斗なのか? 二つ。実体化を済ませているにも拘わらず、何故ああも召喚
主を甲斐甲斐しく世話しているのか? 三つ。二人の様子と現状が一致しない。本当に今回
の騒動を起こしたアウターは彼なのか?
『──っ!? マスター、志郎。出ました! アウターです!』
 だがそんな混乱を収拾している間もなく、再びパンドラが敵の出現を感知する。
「こちらに気付いて迎え撃つか……。パンドラ、彼の居場所は?」
『言われなくても教えるってば。そっち! そこの角を左!』
「ああ。皆にも連絡を──」
(……出現? 人間の姿でも、パンドラは捕捉できてた筈じゃあ……?)
 すぐさま、彼女に案内されて二人は駆ける足を速くする。だが睦月は、その一瞬この電脳
の少女が口にした表現に一抹の違和感を覚えていた。
『あれ? でもこの反応の感じ、さっきの奴じゃ……?』

 自身の病室に戻って暫く。淡雪はその扉が軽くノックされる音を聞いた。
「どうぞ。開いてますよ」
 ベッドの上に座ったまま彼女はにこやかに促していた。またさっきの調査の人達が来たの
だろうと、最初はそう思っていた。
「……」
 だが現れたのは、白衣の集団でも見知らぬ男性達でもなかった。
 如何にも良い生地を使っていそうな灰と藍のセパレートのワンピースに、念入りに巻かれ
た縦ロールの茶髪。片手を腰に当てたポーズと吊り上がった眉はいかにも勝気そうだ。
 東條瑠璃子。淡雪と同じ清風女学院に通う女子生徒で、同級生である。
「まあ、東條さん。来てくれたんですね」
「一応ね。あれだけごっそりと生徒がいなくなったんだから不審に思わない方がおかしいで
しょう?」
 そして開口一番の言葉もまた、何処か刺々しい。だが当の淡雪は、終始にこやかにこれに
応じていた。
 それもそうよね……。くすくすと上品に笑い、何の警戒もなく彼女が近付いて来るがまま
に迎えようとする。
「こんな所でごめんなさいね。充分におもてなしできなくて。あ、黒斗なら、今飲み物を買
いに行って貰っているから、連絡して貴女の分も──」
「ええ。知ってる」
 ちょうど、そんな時だったのだ。あれこれと喋り、ふいと廊下の方を見遣った淡雪の隙を
突くようにして、瑠璃子は呟いた。えっ……? 彼女が少し疑問符を浮かべて振り向くより
も早く、肩から下げる鞄から取り出したのは──リアナイザ。
「がっ……?!」
 それはTAを遊ぶ為だけの玩具ではない。引き金をひけば、そこから現れるのは文字通り
リアルに襲い掛かる電脳の怪物だ。
 越境種(アウター)。そして彼らを呼び出す事のできる改造リアナイザ。
 瑠璃子はそれを握っていたのだった。引き金をひき、飛び出したアウターはその勢いのま
まに淡雪の首を掴んでギチギチと持ち上げる。
「フ……ウウウッ!」
 その姿は、はたして異形と表現してよい。
 ベースは二足歩行、人型だが、身体のパーツが特徴的だった。
 顔面にはこれでもかと張り付いて大きな楕円を作る葡萄色のブツブツ。しかもその青みは
あまりに強過ぎて逆に毒々しい。くすんだ緑をベースとした四肢の上に、このブツブツは頭
部・顔面を始めとして両手足や胸元、腰回りにと広がっていた。内部に含まれているのか、
動く度に同色の細かい粒子がむわっと舞い立つ。
 淡雪は完全にこのブツブツ顔のアウターに捕らえられていた。咄嗟に声を出して助けを呼
ぼうとしたが、次の瞬間にはこの肩から伸びた幾本もの触手に口を塞がれ、押さえ込まれて
しまう。
「ぼ、ぼふひょふ、はん……?」
「何でよ? 何で肝心のあんたに効いてないのよ? 本当、悪運だけは強いんだから。でも
これでお終い。この子の毒の塊、直接喉の奥にぶち込んでやるわ。……いい加減ボロを見せ
なさい。その作り物の仮面、剥ぎ取ってやる」
 淡雪は何とか名を呼ぼうとした。だが瑠璃子は聞く耳を持たない。改造リアナイザを握っ
たまま、このブツブツ顔のアウターを操って呪詛を吐く。
「あんたさえ、あんたさえいなければ……!」
 叫ぶ。大きく膨れ上がった触手の先。
 その一つが、がっしりと押さえ込まれた淡雪の口へと伸び──。
「そこまでだッ!」
「一体何をやっている!? その子を離せっ!」
 駆けつけてきたのだった。間一髪、睦月と冴島はパンドラに導かれ、この病室に飛び込ん
できたのだった。
 目を見開き、淡雪が拘束されたまま涙目で訴えかけている。その意味で、驚いているのは
瑠璃子もまた同じだった。
「な、何なの?! 貴方達……?」
「……やっぱりそうか。犯人は別にいたんだ」
「アウター絡みだったね。こうなると、見過ごす訳にはいかないな」
 EX、調律リアナイザを、二人はそれぞれ取り出しざまに向ける。
 だが状況は圧倒的にこちらの不利だった。理由は分からないが、淡雪が人質に取られてい
る以上、下手に動けば彼女の身に危険が及ぶ。
(どうする? リアナイザ隊の皆が来るまで持ちこたえれば、或いは……?)

『──』

 しかし次の瞬間だった。院内の一角、仄暗いその中で、彼はそっと広げた掌に淡い黒色の
光球を生み出していた。
 ゆらゆらと揺れ、光りながら急速に拡大する。それはあたかも、彼を中心としたドームの
ように見えた気がした。
 睦月も冴島も、果ては瑠璃子とブツブツ顔のアウターも、何が起こったのか理解できなか
った。それほど一瞬のことで、早業だったのである。
 先ず目の前がにわかに消え失せた。……いや、自分達自身が瞬間移動させられたのだ。
 ふわっと予告なしに全身を包む浮遊感。だがそれも一瞬のことで、睦月達はぐらりと突然
目の前に広がったコンクリートの地面に慌て、バランスを崩していた。
「うわっ!」「ッ!?」
「きゃっ?!」「……!?」
 四人が四人、めいめいに倒れ込む。冴島やブツブツ顔のアウターは辛うじてよろめきなが
らも着地し、睦月と瑠璃子はそれぞれに盛大に転がった。
「いたた……。な、何なの? 何が起きたの?」
「痛っつぅ……膝打った……。うん? あれ? ここって……」
『駐車場、ですかね?』
 突如出た場所は、どうやら駐車場のようだった。但しメディカルセンターの中でも奥まっ
た位置にあるらしく、その面積はあまり広くはない。殺風景なコンクリートの地面に、数台
の車が停めてあるだけだ。
「大丈夫か? 怪我はないか?」
「黒斗……」
 その一方で、淡雪だけは地面から近い位置に現れ、しかもそのまま尻餅をつく前にやはり
突如として現れた黒斗によってキャッチされる。
 いわゆるお姫様抱っこという奴だ。抱え上げられ、頬を赤く染めると、淡雪は熱っぽい眼
差しをこの執事に向けている。
「……さて。他人の繰り手(ハンドラー)に手を出す事がどういうことか……分かっている
のだろうな?」
 正直言って、睦月達はポカンとしていた。そっと淡雪を優しく下ろし、うろたえるブツブ
ツ顔のアウターと瑠璃子の前に一人近付いてゆく彼を、ただ唖然として見守るしかない。
 普通に考えれば異常事態だ。ましてや対策チームの一員でもない彼女が、この状況に平然
としていられる筈がない。
 なのに……淡雪は落ち着き払っていた。下ろされたその場に立ち、頬を染めたまま両手を
胸の前で組み、彼が自分に背を向けて進んでいくさまを熱っぽく見つめている。
「──」
 そして睦月達は、驚愕することになる。
 顔を隠すかのように、そっと開いた片手を近付ける黒斗。すると彼の身体からは黒い靄が
立ち込め、次の瞬間、全身がデジタル記号の輝きに包まれた。
「っ!?」
「まさか……」
 アウターである。
 全身を包む光が弾け、現れたのは、骨と皮ばかりの羊頭をした人型の、黒いローブを纏っ
た一体のアウターの姿だったのである。

スポンサーサイト
  1. 2016/11/16(水) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(雑記)綺麗な言葉、汚い言葉 | ホーム | (企画)週刊三題「罰の後」>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/805-0fc1e671
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

08 | 2017/09 | 10
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (149)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (87)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (28)
【企画処】 (339)
週刊三題 (329)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (318)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (24)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (16)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート