日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「罰の後」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:時間、十字架、嫌】


「なあ。お前、前科持ちだっていうのは本当なのか?」
 そう給湯室に入ってきた社長に問われて、一人茶を沸かしていた岩田は、大きく目を見開
いて振り向いた。
 小さな町工場である。従業員は十人といない。
 そんな面々と同じ作業着姿の社長は、間違いなく神妙な面持ちをしていた。後ろ手に部屋
のドアを閉め、じっとこちらの返答を待っている。
「……誰から聞いたんですか?」
「ん? いや、ちょっと小耳に挟んでな……」
 苦笑い。だが十中八九、チクられたのだなと岩田は確信した。努めて何でもないという風
に振る舞おうとする社長だったが、表情は硬いし、視線も途端に逸らされてしまっている。
 岩田は暫く迷っていた。正直に話すべきか、否か。
 そんな自分の躊躇いなど構わぬというように、ヤカンから湯気が立ち上っている。岩田は
一旦コンロの火を止めると、重い口を開く。
「昔、友人と喧嘩になった時に死なせてしまいました。そんなつもりはなかったんです。だ
けど倒れた時、打ち所が悪くて、それで……」
 この人だったら。だがそれは自分の希望的観測に過ぎなかったのだろう。
 社長の表情が明らかに険しくなった。眉根を寄せて、唇を結ぶ。それでもまだこの場で取
り乱さなかっただけ、年の功を持ち合わせていたのやもしれない。
「そうか……。俺は何も聞いてなかったんだがなあ」
「……すみません」
 岩田はただ静かに平謝りするしかなかった。
 確かにここを受ける際、賞罰欄のない履歴書を使ったのは事実だ。社長からも特に聞かれ
なかったし、三年半の空白も何となく誤魔化してしまったことも覚えている。
「正直を言うと、だからといってすぐにどうこうしようっていう気にはなれないんだ。お前
はまだうちに来て半年ほどだが、他の若いのよりもずっと真面目だし、いい仕事をしてくれ
るからな。まぁ元々こっち方面の経験があるってのも大きいんだろうが、でもな……」
「……」
 苦笑い。社長の戸惑いと、しかし自分に向けられる確かな感情があるのは解った。
 岩田は黙っていた。というより、考えていた。一体何処からこの話が漏れたのか? 少な
くとも自分から安易に話すようなことはしていない。……ネットか。今の時代なら少し調べ
れば前科持ちの一人や二人出てくるのだろう。自身では怖くて試したことはなかったが。
 だが社長はそこまでパソコンに慣れている訳ではない。他の従業員か。長尾、谷村、鈴木
に岡──今更だが、ここに勤め始めてから殆ど交流というものをした記憶がない。
「うちは小さい所だ。一人でも抜ければ手痛い。だが、お前の話が本当なら、万一取引先に
知られてしまうと……」
 やはりか。要するに確かめたかったのだろう。岩田は小さく目を伏せた。
 工場全体の信用にも関わる。バレた時点で、採るべき道は決まっているということか。
『……』
 そんな時だった。社長が閉じた筈の扉にいつの間にか僅かな隙間が空いており、そこから
じっとこちらを覗き込んでいる人影が見えた。
 同僚の一人、谷村だった。害意ある眼とくすんだ茶髪が見え隠れしている。

 お前か。わざわざ社長に漏らしたのは。
 ぎゅっと岩田はぶさらげていた拳を握り締めたが、それ以上何もできなかった。振り上げ
てしまう訳にはいかなかった。

 ***

 はたして切欠は何だったか。薄情なもので、今となっては随分曖昧になってしまった。
 自分には水谷という友がいた。学生時代からの付き合いで、片や板金工、片やしがないサ
ラリーマンと違う道を歩んだが趣味が近くてしばしば語り合う仲だった。
 それは、二人で飲みにいった帰り道、人気も疎らな歩道を歩いていた時の事だった。
 確か……その頃出た新譜について話していたと思う。自分はあまり今回は出来がよくなか
ったと語ったが、水谷は逆にこれを褒めていた。今思えば、楽曲自体を楽しむ自分と対照的
に、あいつは「誰が歌っている」かにも大分拘っていた気がする。
 ほろ酔いも手伝って、口論になった。何も解っちゃいないと。
 自分もつい感情的になってしまったからいけなかったのだ。彼の何処か額面だけを盲信す
るような部分を突き、鋭く批判してしまったのだから。
 口論はやがて、取っ組み合いの喧嘩になった。先に手を出してきたのは水谷だが、彼をそ
うさせた一因は自分にある。
 暗く、人気も疎らな小さな路地。
 押し合い圧し合いを続けた末、自分はその波の勢いのまま彼を突き飛ばしていた。そして
目の前で起こったのは、今も記憶に焼き付いて離れない、友の最期。
 ゴッ。不幸だったのは、倒れ込んだその先に縁石があったことだった。水谷は仰向けに倒
れ込んだままかわす術もなく、これに真っ直ぐ後頭部を打ちつけ、そのまま動かなくなって
しまったのだった。
 ……酔いの残る頭がややあってその意味を、彼の頭からじわじわと広がっていく血だまり
を目撃して(みて)理解した時、自分は逃げ出していた。怖くなった。自分が殺してしまっ
たのだという現実から思わず逃げることを選んでしまっていたのだ。
 結果的に、それ──救護義務を果たさなかったことが、裁判でも不利に働いた。酒が入っ
ていたのも量刑を押し上げたのだろう。
 人気が疎らだったからといって、誰も見ていなかった訳ではない。水谷は誰か別の目撃者
の通報で搬送されたが帰らぬ人となり、自分も数日後、アパートの部屋を訪れた刑事達を見
た瞬間に観念した。
 懲役三年六ヶ月の実刑判決だった。自分は以降ごく最近まで、あの無機質な牢屋の中で過
ごしていた。
 水谷を殺めてしまったのと同じく、頭から離れない光景である。
 刑期を終えて出所する時、振り向いた刑務所の冷たい殺風景な高い壁を。ようやく自分は
あそこから出ることを許されたんだと思いつつも、安堵はできなかった。罪を背負うことに
なった自分を、これからどう裁き続けていけばいいのか。
 事件後、水谷の家には何度も謝罪の為に足を運んだ。しかし彼の両親は頑なに自分と会う
のを拒み続け、遂には叶わなかった。当然といえば当然かもしれない。だけど償わない訳に
はいかない。出所後、何とか小さな町工場に就職した自分は、毎月給料の三分の一をご両親
に宛てて届けることにした。自分が直接では受け取ってくれないかもしれないと考え、裁判
の時にお世話になった弁護士さんに仲立ちを頼んでいるが……今の所、受け取ってくれたと
いう報せは聞いていない。
 罪は消えないのだ。前科、その言葉の重み。こと他人の命を奪ってしまった者なら。
 だから思う。だったら何故、三年半で出した? 自分の過去を知って避けられる当たり前
が巷に漂っているのなら、許す他人がいないのなら、いっそあの中にずっと閉じ込めておけ
ばよかったのではないか……。

 ***

「──」
 その日の夜、日没まで仕事をした岩田は、帰り道にコンビニへ寄っていた。ATMから金
を下ろす為である。
 照明の加減で少し見難い、画面をタッチして操作を進める。そろそろ七回目の送金日だ。
また弁護士先生に言伝なければならない。尤も、今回も水谷のご両親は受け取ってくれない
と思われる。それでも、止めてしまっては辛うじて繋ぎ止めている“誠意”さえも失ってし
まう……。
「お、おい! 金を出せ!」
 そんな時だった。ふと入店して自分の後ろを通り過ぎていった男が、次の瞬間ナイフを取
り出して店員にそう脅しを掛け始めたのは。
 夜も遅く、客も自分以外いそうにない閑散とした店内である。刃を突きつけられて歳若く
線の細い男性店員は震え上がっていた。
「ひっ──!?」
 いや、他にもいた。自分の他にも、店の奥に少女が一人いたのである。
 年格好と制服を着ている様子からみて、道草帰りの女子高生か。どうやら棚の陰に隠れて
気付かれなかったらしい。立ち読みでもしていたのだろうか。コミック本とお菓子を幾つか
手から零れ落とし、目の前で起きた光景にすっかり竦んでしまっている。
「あ? てめっ……いつの間に……!」
 自分もいたんだがな。岩田は思う。だが今はそんな突っ込みをしている場合ではない。少
女が思わず落としてしまった商品の物音でその存在に気付き、この強盗犯の男はピリピリと
殺気立って彼女に向かい始めたのである。
 ──拙い。もし人質にでも取られたら、店員も迂闊に動けなくなる。
「待てゴラァ!」
 だからだったのか。岩田は次の瞬間、咄嗟に動いていた。ナイフを振り上げて少女に襲い
掛かる強盗、その両者の間に駆ける込むと、割って入ってこの一撃を自らの身体で受け止め
ていたのである。
「ぐっ……!」
「なっ!? お前、何すん──」
「今だ、店員さん!」
 腹にめり込む刃の感触。肉を引き裂く激痛。
 だが岩田はそんな身体の訴えなど聞く耳さえもたなかった。驚く強盗犯のナイフをその手
ごと掴んで封じ込め、唖然としていた店員に向かって叫んだのである。
 数拍して、弾かれたようにこの青年店員は動き出した。先ずカウンター裏に設置された非
常ベルを鳴らすと、そのままこちらに加勢に来てくれる。ナイフを封じられ、しかし尚も暴
れる強盗犯を背後から羽交い絞めにして引き剥がし、直後異変に気付いたもう一人の店員が
奥から飛び出してきてこれを手伝う。
「おじさん! おじさん、大丈夫!?」
「……」
 一方岩田といえば、どうっと倒れていた。ナイフが刺さったまま、これを犯人の手ごと握
り封じていた右手が腹と同じく赤く染まっている。
 じわじわと、青を基調とした作業着に染みが広がっていき、不自然に紫になっていった。
この一部始終を後ろから見ていた件の少女が血相を変えて駆け寄って呼びかけてくるが、も
う岩田に返答する余力は残されていなかった。
(おじさん……。まぁそうか。三十過ぎはもう倍くらいの年齢だもんなあ……)
 大丈夫ですか!? お、おい。救急車! 何とか犯人を取り押さえた店員達も、こちらの
状況を見て更に焦っていた。一人が叫び、もう一人が電話口へと駆け戻る。

 ──何とか、犯行は未遂に押さえられたようだ。咄嗟とはいえ、よくやったと思う。
 つまり自分のやったことは、英雄的行為だろうか? 否、そんなつもりなんてなかった。
 突き刺さった刃からの感触がどんどん鋭くなり、カッカと熱を帯びてくる。
 嗚呼、自分は死ぬのだろうか? これでやっと水谷(とも)と同じになれるのだろうか?
 否、そんな事を考えてはいけない。願ってはいけない。
 それは結局の所、“逃げ”であることに変わりはないのだから。
                                      (了)

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  1. 2016/11/13(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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