日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「黒の一時」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:黄昏、欠片、影】


 今日もまた、この世界にもう幾度目かも分からない闇がやって来る。
 空の主役は蒼色から茜色へとバトンタッチし、昼間鮮明に映っていた目の前すら、次第に
不確かに溶けてゆく。
 ……その筈だ。だが今日、こと人間社会において、そんな数千年と当たり前だった光景は
段々と失われつつある。夜の帳が降りようとも人々は明かりを点し続け、中々眠りに就くこ
とはない。当然、彼らの産物である、見渡す限りの街も。
 人は闇を克服したのだろうか? 天球の営みをも凌駕し、隔絶し、自分達だけの時空を手
に入れたのだろうか?
 実の所を言うとそんなことはない。確かに彼らは天球に逆らい蠢き続けているが、何もそ
うであるのは人間だけではないのだから。
 ……遥か昔から、昼の白ばみから夜闇の黒へと変わる時、その狭間の一時を「逢魔ヶ時」
と呼ぶ。それは即ちセカイの切り替わりだ。昼間、生の表舞台に出ることを許された者達が
めいめいの役割を謳歌した後、夜間この表舞台に出られなかった者達の時間が訪れる。
 茜色とはその刻(とき)を告げる警報なのだ。
 こちらのセカイを引っ込め、あちらのセカイと混じり合ってしまわない為に設けられた猶
予期間。しかし長い時間の中で、人々はその本来の意味をすっかり忘れ去ってしまった。

 茜色が辺り一帯に染み渡る。
 かつては木々や山だった。だが今では人工の建造物群がそれに取って代わる。
 さんざ遊び尽くして家路に就く子ども、部活終わり、或いはまだまだ働き続ける大人達。
振り返ってみたことはないだろうか? そこにはそびえ立つ、黒き異形の群れが。
 かつては木々や山の輪郭がそれらを成していた。こちら側に在るものと同化して、来たる
刻(とき)を待ち切れぬように彼らは蠢き出す。それが今となっては積み上げられたコンク
リートの塊達が取って代わった。より近くに、より荒々しく、闊歩する黒き軍勢となる。

 部活終わり、帰り道。今も昔も多くの若人が家路に就こうとしているだろう。
 昼間こそつまらない、ただ詰め込ませられるばかりの数式や言葉の羅列。だがせめてこの
時だけはと、彼──こと彼女達は惜しむように一緒に歩くだろう。勾配ある道を歩き、自転
車を押し、自分達にとってもっと大切で且つ刹那的な思い出を胸に刻む。
 ……こんな風景も、いつか消えてしまうだろう。
 それとも意識に上らせるには、まだ彼女達には早過ぎるか。往々にしてわざと足を緩めて
益体のない話に花を咲かせる。束の間の娯楽に身を投じて厭わない。
 ……だがさて、どうだろう? その語らいは本当に「真」だろうか? 和気藹々を互いに
装いながら、その実は常に腹を探り合ってはいないだろうか?
 あちら側の者達はこんな所にもいる。伸びゆく人型が、時折大きく揺らいで形を変える。
開いた口が、手が、脚が、全てがもし届いたら、相手を抉る凶器になるかもしれない。沸々
と抱く黒い炎が彼らに力を与えているのかもしれない。

 日暮れ時? そんなものは関係ない。
 或いは、寧ろ今や多くの大人達はこの灰色のジャングルに籠もり続けるのだろう。画面の
前に囚われ続け、明かりを点ける名もなき一人になるか、適度に切り上げて気の知れた相手
と飲みに行く。ある意味これも赤く染まる。
 否、そもそも大人達だけとは限らない。籠もることができるだけまだマシだろうか?
 帰宅する気力も、手段もなくなって途方に暮れる大人。
 帰宅する意味も見出せずに繰り出し、殊更の意味もないまま彷徨う子ども。
 茜色が主役となる一時にすら現れ、往々にして次の蒼色が戻ってくるその時まで居続ける
こともある彼ら。
 集う。だがそれぞれが交わることは皆無と言っていいだろう。きっと今夜もこの街で、彼
らは暗がり増す此処で彷徨する。足取りは重く、俯き加減であるか、或いは虚しさを打ち消
さんとするように暴力的で。
 そこにも、彼らは潜んでいる。あちら側の者達は好機として覗き見ている。
 こうした人々が何処へ向かうかは分からない。だが四方八方に歩く彼らについて回れば、
自分達も本来以上に移動できる。より広く長く、この舞台に立っていられる。
 振り返ってみたことはないだろうか? 項垂れて伸びてゆく人型を。
 斜めに反って伸び、歩と歩が交わる度に交わり、その瞬間に彼らは行き交う。茜の不確定
な景色の中で実は嬉々として飛び回り、少し早い自分達の時間を謳歌しているのだ。
 あわよくば、そのまま移動に使った人間にくっ付いてゆくことだってある。
 彼らもまた、この者達が項垂れながら抱く黒い炎を喰らっている。喰らい、確実に一つと
なってゆく。

 人々は忘れてしまった。かつて昼と夜が隔てられた意味を。
 人々は己だけを見ている。昼も夜も関係なく、ただ同胞すらも食い潰しながら突き進む。

 ……それでも、だ。それでも世界はこれらが全てじゃない。確かにあちら側の者達は姿形
こそ変えれど人々の陰に潜み、蠢き続けているが、こちら側にだって変わらないものという
のは在る。

 部活終わり、帰り道。少女達は一見益体のない会話をしながら帰路に就く。
 本音を言えば着いて欲しくはなかった。ずっとこの時間だけが続けばいいとさえ思った。
 それでも多分、この一時がこんなにも愛おしいのは、続かないからだ。まだまだ青臭くと
もそのことに気付き始め、大切に胸に抱いているのなら、半ば彼女は成功しているのだ。
 留めておくこと。確かに十年二十年と経てば細かい記憶は風化して、自身も忘れ去ってし
まうのだろう。
 だが、一度は覚えていた。彼女達は思う。
 今この時を共にしたという事実さえあれば、無意味じゃない。少なくともこの先の十年二
十年を進んでゆく足場にはなる筈だ。そしていつか、親愛も嫉妬も反目も全て含めて、遠い
日のことと笑い合えたら、どんなに幸せだろう。どんなに穏やかな生であれるだろう。
 蠢くあちら側の者達などものともせず、突き進めるエネルギーが少女達にはある。

 帰り道。少女は歩き、少年は自転車を押していた。
 茜色が二人の詳細を黒く隠す。それでも互いの息遣いは感じていた。
 つかず離れずの距離。カラカラと回る車輪の音。何度も会話に詰まり、ふいっと少し甲高
い声で話しかけては空回り、また黙り込む。また今日も同じか……。それでも少年は意識せ
ざるを得ない。こんな一時が、いつまでも続く訳ではないということを。
 車輪を止める。顔を上げた少女の方を意を決して振り向く。
 何かが紡がれた。大きく肩が揺れ、彼女もまた揺れる。長い沈黙の後に、ゆらりと揺れて
からまた何かが紡がれた。
 黙り込む。でも今度だけはそんなに嫌じゃない。寧ろ、嬉しかった。
 灰色の地面、ゴツゴツとした表面に映り込む二つの人型。
 立つこの若人の上を、ゆっくりと羽ばたく帰路の鳥が飛んでゆく。──期せずしてその形
は、愛を表す記号のようにも見える。

 疲労していた。それでも投げさせない理由がある。
 どんな大人になりたかったっけ? そんな遠い日の理想は、目の前の現実にいとも容易く
塵箱へ捨てられた。
 御託をほざく間があったら、手を動かせ。脚で稼げ──。そうして毎日がほぼ全てその営
みで過ぎてゆき、やがてその現実に反発する気概さえ失ってゆく。
 理屈を並べ立てることだけは、上手くなった。
 ……解っている。でもしょうがないんだと言い聞かせた。彼もまた、他の仲間もまた、同
じだと思うからこそ救われたし、雁字搦めになっていた。茜色は終了の合図ではない。今日
もまた長い帳の時間が始まる。それだけだ。
 ……なのに、この日だけはちょっぴり特別で。
 無愛想な上司がくいと顎で合図し、呼び立てる。何かと思えば「迎えが来てるぞ」と。
 妻だった。片手には幼い我が子の手が握られ、二人して建物の軒先にいる。
 どうやら仕事帰り、息子を迎えに行った帰りに寄ったらしい。何故と訊けば「何となくそ
うしたかったから」だと。
 無愛想でも、無粋までではなかった。上司は帰宅を許し、皆にも手を打って切り上げさせ
ていた。小さな天使が、小さな特別をもたらして。

 ──右と左、彼は妻と二人で我が子の手を繋いで帰路に就く。
 電車なら比較的すぐだった。だけども何だが今日は、歩いて帰りたい。別に運賃をケチっ
ている訳じゃあない。妻も同じ意見だった。実際、こうして三人一緒でという機会は下から
数えても容易に足りる。
 三つの人型がゆっくり少し斜めに伸びていた。茜色が眩しくて、セカイがあまり明瞭には
映らない。だけども今はそれでよかったと彼は思う。余計なものを見なくて済むのだから。

 あちら側もこちら側も、黒く燻って蠢くもの達は間違いなく在る。
 だがその一方で、至極個別的で些細ながら、闇に負けぬ眩さが時折キラリと輝くのだ。

 彼の手が、我が子の右手を。
 妻の手が、我が子の左手を。 
 くいっと二人に持ち上げられて、幼子は笑った。その小さな筈の人型は、この一時におい
てのみ、ずっと大きく偉大で、かけがえのないものでもある。
                                      (了)

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  1. 2016/11/01(火) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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