日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「奪い愛」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:指輪、憂鬱、新しい】


「紹介するよ。彼女は千鶴。お前の……新しいママになるかもしれない女性(ひと)だ」
 思えば最初から、私は彼女に拒絶されていたのかもしれません。
 二年前、知人の紹介で知り合った将人さん。彼には今は亡き前の奥さんとの間に生まれた
一人娘がいました。
 名前は由佳ちゃん。当時高校生になったばかりの女の子です。
 少し癖っ毛なショートヘアと、綺麗な顔立ち。あの日私は将人さんに招かれ、彼の自宅で
彼女との初顔合わせを行っていました。
 何の変哲も無い、だけど私にとってはやはり場違いに思えるリビング。
 そのテーブルを囲んで将人さん、隣に私が座り、私達に相対して由佳ちゃんがじっと座っ
ていました。
「は、初めまして。朝霧千鶴です。将人さんとは以前からお付き合いを……」
「……」
 改めて口に出すのが恥ずかしいのか、将人さんは少々顔を赤らめながらそう切り出してい
ましたが、一方で肝心の由佳ちゃんはといえば、終始無表情──寧ろむすっと不機嫌そうだ
ったように思います。
 最初から重苦しい、気まずい空気でした。由佳ちゃんは私の自己紹介にも反応せず、あか
らさまにぷいっと目を背けて黙り込んでいます。そんな娘の態度に、普段温厚な将人さんも
眉間に皺を寄せていました。「由佳、挨拶ぐらいしなさい」反発があるかもしれないことは
彼も予想していなかった訳ではなかったのですが、ここまで頑ななものだとは思っていなか
ったようです。私を招き、迎え入れたいという体面と本心の手前、焦ってしまったのかもし
れません。
「友達だって、言ったじゃない」
 そしてたっぷりの沈黙の後、由佳ちゃんが最初に口にしたのは、そんな不服でした。
「あ、ああ。最初の頃はな。でも今は……真剣に結婚を考えている。だから今日、お前にも
こうしてきちんと紹介しておきたかったんだ」
 私の存在自体は、以前から将人さん経由で聞き及んではいたそうです。ですからこの話も
全くのゼロからではない、少しずつ進めていた……筈だったのですが。
「ママが死んでから、お前には色々と迷惑を掛けてきた。いて然るべきだった存在がいない
ままずっと。だからこれはお前にも悪い話じゃないと思う。急に言われても困るというのは
分かっているが、二人よりも、三人四人で支え合う方がずっと──」
 何とか“説得”しようとしていた将人さん。しかしそれよりも早く、話の途中で由佳ちゃ
んはおもむろに椅子から立ち上がりました。「由佳?」にわかに遮られるようで、不安が目
の前でどんどん膨らんでいくようで、彼も私も思わず歩き出す彼女の横顔を見上げます。
「……ママはもういないんだよ。パパは一人じゃ物足りないっていうの?」
 そう、肩越しに私達を見遣った眼は静かに怒っていました。ママではないと、そう確かに
言い返してきたのです。
「由佳ちゃん……」
「こ、こら。由佳、待ちなさい!」
 拒まれたショックに撃たれる私と、その横でいよいよ感情的になりだす将人さん。
 そんな狼狽する私達二人を、由佳ちゃんはギロリとその眼で一瞥すると、独り踵を返して
リビングから出ていってしまうのでした。

『俺の見立てが甘かったかもしれないな……すまない。流石に年頃も年頃だし、色々多感な
所があるんだろう。もっとじっくりと、俺からも説得はしてみるから……』
 最初の顔合わせが芳しくないまま終わった後、将人さんはそう頭を下げてきました。
 とんでもない。寧ろ今まで二人で一生懸命頑張ってきたお家に、赤の他人の私が入り込も
うかとしていたのだから。歓迎までされないだろうということは一応覚悟はしていたけど。
 年頃。確かに彼の言う通りなのかもしれない。
 だが気のせいだろうか? あの時由佳ちゃんの見せた表情は、単なる反発心だけではなか
ったようにも思える。上手く説明はできないのだけど、こうもっと沸々と燃え上がる感情の
ような……。
(本当に、良かったのかな)
 あれから半年。私は正式に将人さんと入籍、彼の後妻となった。初めての結婚相手がバツ
イチというのは、友人達からは困惑されたけど、将人さん自身はとても素敵な男性(ひと)
だ。こうして再婚──由佳ちゃんの為にもう一度「母」を迎えるのに八年も掛かってしまっ
たのは、ひとえに前の奥さんのことを中々吹っ切れなかったせいもあるのだろう。将人さん
本人は辛いのか、あまり当時の状況を多くは語ってくれなかったけれど、周囲から話を聞く
限りではかなり落ち込んでいたそうだ。
 若年性の癌。あまりにも早い愛する人との別れ──。
 それでも彼は遺された一人娘を今まで立派に育ててきた。その耐え忍ぶ努力、心根にも、
私は惹かれていったのだと思う。
「……」
 炊事の傍ら、ちらと自身の手元に視線を落とす。左手の薬指には質素な銀の結婚指輪が嵌
っている。
 家計は決して楽ではない。なのにあの人は「こんな安っぽい指輪で、式も挙げられないで
すまない」と心底申し訳なさそうにしてくれた。確かに人生に何度ともない機会だし、ウェ
ディングドレスや何やらに憧れはあるけど、二人の暮らしを多少なりとも知っているから、
私の我が儘だけを通すだなんてとてもじゃないができない。せめて由佳ちゃんとの関係がも
っと落ち着いてから──本当の家族になってからじゃなきゃ、意味がない。
「……」
「あ、おかえりなさい。由佳ちゃん」
「……ただいま」
 そうしていると、気だるくスリッパを蹴る音がしてキッチンの扉が開きました。学校から
由佳ちゃんが帰ってきたのでした。私はハッと我に返って意識を切り替え、笑顔を作ると彼
女に振り向きます。
 でも、やっぱり対する由佳ちゃんの態度は冷たいものでした。入って来る時も無言で、私
が呼び掛けてもたっぷりと数拍、じっと見返してからようやくその一言が出る程度。
 それでも、こうして一応は返事をしてくれるだけ当初よりはマシになっているのかもしれ
ません。ぷいっと視線を外し、彼女はそのままキッチンを抜けていきます。一度冷蔵庫の方
を見て、私の姿を確認して諦めた風な所をみると、部屋に戻る前に何か飲みたかったのかも
しれません。後で持っていってあげよう。
(由佳ちゃん、か……)
 もう半年。いや、まだ半年なのだろうか。
 未だに彼女は、私のことを「千鶴さん」と呼ぶ。
 ママ──は流石に馴れ馴れし過ぎると思うし、恥ずかしいけれど、せめて「お母さん」と
呼んで欲しいというのは欲張り過ぎなのでしょうか? だったら「お義母さん」でもいい。
少しでも、距離を縮めたい……。
(……焦っちゃ駄目よね。じっくりと、時間を掛けていかないと……)
 きゅっと握ったお皿を、タオルで拭いながら思います。
 家族になるんだ。
 将人さんとのこれからの為にも、何より由佳ちゃん自身の為にも。

 ──でも、それから数日経ったある日のことです。
 その日は由佳ちゃんが友達の家にお泊りに行ってしまい、家には私と将人さんだけが残っ
ていました。……多分、気を利かせてくれていたんだと思います。或いは私と同じ屋根の下
にいるのが耐えられなくて、意図的に家から離れてしまうようになったのか。
 後者だとしたら、やはり私はあの子に認められていないのでしょうか?
 ですがそう考える一方で、愛する人と二人きりという環境は私達が男と女、新婚の夫婦で
あることを否応なく意識させてしまいます。
「んぅ……?」
 夜もすっかり更けた頃。将人さんとの営みの余韻も、意識も気付けば沈み込み、どうやら
暫く眠ってしまっていたようです。ベッドの中では将人さんが、少し疲れながらもぐっすり
と熟睡していました。幸せそうに時折頬を緩めています。つい私も、そんな寝顔を見て嬉し
くなってしまいます。
 彼を起こさないように、私はそっと一人寝室を後にしました。寝汗を拭う為のタオルと、
渇いた喉を潤す為に暗がりを手探りで歩きながら、キッチンへと足を運びます。
「牛乳、牛乳っと……」
 開いた冷蔵庫からの光で少し辺りが明るくなり、私はコップに牛乳を注ぎました。パック
を片手にもう一度冷蔵庫の中へ身を屈め、しまおうとします。
「──」
 そんな時でした。ふと、背後に他人の気配がしたのです。
 将人さんかな? ですが気付いた私に何も声を掛けてこないことに違和感を覚えました。
何だろうと振り向いてみると、そこには今夜いない筈の由佳ちゃんが立っていたのです。
「あ、由佳ちゃん……。帰ったのね、おかえりなさい。将人さ──お父さんならもう寝ちゃ
ったけれど……」
「……」
 確か泊まりではなかったのでしょうか?
 でも私は、ある種の怖さも手伝ってやはり今回も深く突っ込んで訊ねることはできません
でした。実父である将人さんならともかく、まだ認めて貰っていない私が根掘り葉掘り問い
質すのは出過ぎた真似になる──余計に関係が拗れる気がして怖かったからです。
 なので、思わず口にしたのはお茶を濁すような言葉でした。時間はもう遅く、私が起きて
きたのだって偶々です。お風呂は入ったのでしょうか? 夕食は? もしまだなら何か簡単
なものでも作ってあげて……。
「パパと、寝たの?」
「えっ?」
「パパと、寝たんでしょ」
 なので私は、この時由佳ちゃんの様子がおかしいことにすぐには気付けませんでした。
 訥々と零れた彼女の言葉。その眼は暗がりの中真っ直ぐ私を見ていて、そして最初の頃と
同じく、静かな怒りで荒れ狂う──。
「やっぱり駄目だった……。あいつらは、パパじゃないんだもん」
「……ゆ、由佳ちゃん? 一体何の──」
 ザラリ。そして肩に下げていた鞄から取り出されたのは、一本のナイフ。年頃の女の子が
持つにはあまりにも不相応なそれでした。
 私の言葉を遮るように剥き出しにされた刃。私にも、その標的が誰に向けられようとして
いるのかが解ってしまいます。
「……やっぱり許せない。あんたが、あんたが悪いんだ。私のパパを、私だけのパパをいき
なり出てきて、奪い取って……!」
「ゆ、由佳ちゃん。お、落ち着いて。そんなものはしまって──」
 やっと解った。あれは“嫉妬”だったのです。
 義母と義娘じゃなく、女と女という関係で観ていれば、気付けたかもしれなかった。普通
に考えれば異常な話だけれど、そもそもこの時既に、彼女は狂ってしまっていたのでした。
じわじわと蝕まれた末の、暴発でした。
「……っ!」
 理解して、私は逃げ出そうとしました。
 でも何処へ? ここはキッチンで、他への出入口は二つ。廊下とリビングの二方向。しか
し廊下の方の扉にはもう彼女が立っていて、必然駆け出す方向は決まっていて……。
「ぬあアッ!」
 先回りされていました。リビングの戸を開けるよりも早く、彼女は私の前に滑り込んで来
て立ちはだかります。ぎらりとナイフの刃が暗闇の中で一瞬光ったような気がしました。冷
たく鋭い感触が、ずぶずぶと身体の中へ侵入してくる激痛が走りました。
「う、がっ……?!」
「あんたが、あんたが、あんたがッ!!」
 突進してきた勢いのまま押し倒され、私は彼女に馬乗りにされました。冷蔵庫から漏れる
光だけが私達を部分的に照らし、彼女の狂気に満ちた瞳がギラつき、逆手に持ち替えられた
ナイフが真上に固定されます。
 ザク、ザク、ザシュ。自分のことなのに、おもしろいほど私の身体は次々に刺され、抉ら
れるように穴を作っていきました。激痛の後に吐き出されてゆく私の温度。暗がりばかりで
よく見えなくても、それが自身の血であることは容易に理解できていたと思います。
「どいつもこいつも、全然ッ、足りない! パパになんか到底及ばない!」
 なのに! 彼女は突き立て続けます。これまで沈黙を保っていた分を巻き戻すかのように
声を荒げ、他ならぬ私に向かってその激情をぶつけてきます。
「あんたが、あんたが横取りしたんだ! 許せない……。パパは、パパは私だけのものなん
だから……!」
                                      (了)

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  1. 2016/10/30(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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