日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「背中合わせ」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:部屋、魅惑的、役立たず】


 深く深く没入することもし切れないまどろみの中で、惣太はカンカンと上って来る足音を
聞いた。意識する眠気よりも先に肉体が反応し、目が覚めてしまう。視界には薄暗い自室の
天井が映っていた。今、何時だろう。
「惣太、いる? 私だけど」
 近付いて来た足音は彼の部屋の前で止まり、次の瞬間には軽くノックがあってから聞き慣
れた女性の声がした。
 惣太は特に応えなかった。というよりは、まだ寝起きすぐで頭が回っていなかったという
のが正しい。それが解っていたのか、数拍反応を待つような沈黙の後、カチャリと鍵が刺さ
る音が聞こえた。合鍵を使ったのだろう。もぞっと萎びた布団を引っ張りながら寝返りを打
ちつつ、惣太はようやく身体を起こし始めた。
「あ、やっぱり寝てたんだ。ごめんね、起こしちゃった?」
「……んにゃ。今、何時?」
「えっと……十一時四十分。殆どお昼だね。朝と昼、一緒でいい?」
「ああ。頼む」
 部屋の入ってきたのは惣太の恋人・素子だ。
 緩めたワイシャツと膝上までのスカートといったラフな格好。短い髪の後ろを括って小さ
な尾っぽを揺らしながら、手に下げたスーパーの買い物袋をぶら下げている。
 素子に訊かれて、惣太はぼやっとしたまま答えた。踵を返し、彼女はそのまま勝って知り
たる様子で流しの方へと向かってゆく。
 これが近年の、惣太の日常だった。
 仕事柄、生活が不規則になりがち自身の毎日。それを補うように、休みの日になれば彼女
はこうして自分のアパートまで食事を作りに来てくれるようになった。暇があれば掃除や洗
濯、一緒にテレビを観たり雑談をして過ごすこともある。
 何の変哲もない安アパートだ。強いて言えば年季の入った三階建ての、階段が金属丸出し
の少し不安な造りだというくらいである。
「……」
 ぼうっと惣太は、この恋人を眼で追っていた。ベッドの上でぽりぽりと後ろ髪を掻き、這
い出ると室内のカーテンを開けてゆく。日差しが目に眩しかった。天気自体はそれほど快晴
ではないが、改めて自身の不規則さが実感させられる瞬間でもある。
「ご飯が残ってるね……卵も。じゃあ、チャーハンにするね? もしリクエストがあるなら
聞くけど」
「いや、それでいい。二人分ありそうか?」
「うん。少し控え目にしたら分けられると思う」
 保温中の炊飯器を覗き、冷蔵庫の中身と自分の買い足してきた食材を見比べて素子が今日
の献立を決めようとしていた。惣太に異存はない。そもそも作って貰っている側なのだ。な
まじ彼女の方がずっと器用なものだから、寧ろこうメニューを聞いただけでキュウと腹が鳴
りかけたくらいなのであって……。
「待っててね。すぐ出来るから」
 もうすっかりこなれた様子でそう素子は言うと、早速料理に取り掛かり始めた。惣太も言
われるがまま、コキコキと身体を軽くストレッチさせてやりながら一度彼女の横で蛇口を捻
って顔を洗うと、タオルを手にまたとぼとぼと来た動線を戻っていく。すっかりこなれた、
いつもの二人の風景であった。
(……作って貰ってる、か)
 ごしごし。タオルで顔を拭って一度大きく息をつき、惣太は思う。
 そうだ、作って貰っているのだ。わざわざ自身の休みを使ってまでこのアパートまで足を
運んで貰っているという事実。
 トイレを済ませ、水を流してまた出てくる。惣太はタオルを丸い硝子テーブルの上に放り
投げ、どっかりとその一角に腰を下ろした。角度的にちょうど右に眼を遣れば流しで作業を
している素子の背中、横顔が少し離れて見える。……微笑(わら)っているようにみえた。
それが惣太には、ことごとく不可解でならなかった。

 ──二人の出会いは、以前勤めていた会社だった。
 いわゆる社内恋愛という奴になってしまうのだろうか。一個下の後輩である彼女の面倒を
事あるごとにみるようになり、頼り頼られを繰り返していた結果、ある時彼女の方から告白
されたのだ。
 快活で裏表が少ない。惣太自身も彼女のことは憎からず想い始めていた。だからこそあの
告白を受け入れ、以来恋人同士になったのだが……今はもう状況が違ってしまっている。
 会社を辞めたのだ。彼は今、フリーターの傍らアフィリエイトブログとウェブライターの
仕事をしながら辛うじて毎月の暮らしを賄っている。
 耐え切れなかった。いや、続けてゆけるほどの希望的観測を持ちえなかったのか。毎日の
ように書類に忙殺され、上司には挨拶代わりの小言を吐き捨てられる。加えて彼女との交際
が知られてしまってからは、他の女子社員らからの陰口──やっかみも自他から聞くように
なってしまった。
 潮時かな、と思った。元より忠誠心に篤く働いていた訳でもない。何より彼女からの告白
を受け入れる時、このような面倒が起こるかもしれないとは予想していたのだ。彼女の方に
それを押し付けるのは漢じゃないと思った。だから、自分から辞めたのだった。
 ……確かに、安定した収入という意味では以前よりも劣るだろう。
 だがそれは、額を比べればあまり大きなインセンティブにはなりそうもない。このご時世
を考えれば致し方ない所だとは思うが。〆切がある以上、徹夜も辞さずなケースがままあっ
て生活リズムは乱れがちだが、それは何もこの仕事に限ったことではない。幸い、試行錯誤
の期間こそあったが、とりあえず部屋を追い出されたり、飢え死にするような事態にはまだ
なっていないだけ良しとしよう。
 それでも……と、惣太は思う。
 自分は職を捨てたのだ。なのに何故彼女はまだ、自分と交際を続けているだろうか?
 はっきり言って金を持っているかいないかでいえば、彼女の方が上だ。悔しいかな安定性
が違う。何を考えているのだろうか? 新人時代の恩返しのつもりなのか? 或いは会社を
辞めてしまった理由が自分にあると思い、せめてもの償いの為にと自身は会社に残っている
のだろうか? それとも奇特にも、こちらの懐が不安定になったからこそ、自分がしっかり
しなくてはとでも思っているのだろうか?
 ……何故捨てない?
 一人逃げてしまった自分を、彼女は今もこうして、まるで通い妻のように甲斐甲斐しく世
話してくれている。実際、そのおかげで救われている部分がある。だが何の利益だ? 金だ
って無いし容姿も並み以下の自分に、そこまで拘る理由がどうしても分からない……。

「──」
 しかしである。惣太は現実、目を奪われていた。自身の部屋で鼻歌交じりに料理をしてい
る彼女の後ろ姿、エプロンを結んだ腰回りやうなじに、ぼうっと視線を外せなかったのもま
た事実だったのである。
 分からないと思った。だが同時に愛しいとも思った。
 何故なんだろう? 知りたかった。されど知れば、実は何かしら企みを抱えていたのだと
知ってしまえば、この緩やかな関係性と時の流れが一挙に壊れてしまう気がして……。
「なあ、素子」
「? なぁに?」
 ごくり。喉を鳴らして、惣太はようやく口に出すことができた。これまで何度か試み、し
かし今日という今日まで勇気を振り絞れなかった疑問である。
「その……何でお前は、ここまでしてくれるんだ? 面倒じゃねぇのか。男ん家に飯を作り
に来たり、掃除やら何やらもやって……。俺は」
「もうあそこの社員でもないんだぞ?」
「──っ!?」
 だから、最後の一言を他でもない彼女に言われた瞬間、惣太は息を呑んで押し黙った。
 クスリ。なのに対する素子は小さく笑ってさえいる。チャーハンはもうだいぶ出来上がっ
ていた。フライパンを慣れた手つきで返し、一度ちらっとこちらを肩越しに見遣ってから答
え始める。
「もしかして、とは思ってたけど、やっぱり心配してたんだ。金もないのにまだ自分みたい
なのと付き合ってるお前はどうかしてる、みたいな」
「……」
「ふふ。図星。恥ずかしいから、あんまり言いたくはなかったんだけどね……。私が惣太と
付き合ってるのは、何もお金目的なんかじゃないよ?」
「えっ」
 故に、思わず驚きが口に出ていた。
 そもそも私達、元からそんなにお金があった訳じゃないじゃん──。なのにくすくすと、
素子は苦笑いを零して笑っていた。
「理由は幾つかあるかなあ。昔はよく助けて貰ってたから、今度は私が助ける番。或いはた
だ単純に、お料理とかのお世話が好きだってのもあるけど……。でも一番は、惣太が会社を
辞めてくれたからなんだよ?」
「……は? 俺が? 何で……」
 まるで分からない。惣太が思いもかけぬその“理由”に更に面食らう中、素子はまたもや
可笑しいといった風に苦笑(わら)っていた。嬉しそうで、楽しそうで、でもそれでいて何
処となく自罰的な笑み。
「惣太もそうだったんだろうけど、私もさ、一時仕事が辛くて辛くてもう駄目だって思って
た時があったの。それこそ死んでやろうかなって思うくらい。会社から飛び降りでもすれば
あのむかつく上司も困った表情(かお)をするかなあって、何度か考えた事はある」
「っ、お前……」
「はは。分かってるよ。もうそんな企みは無いって。仮に投げ捨てたところで本当に性悪な
奴らが懲りるかっていったら怪しいし、お父さんやお母さんにも──惣太にも迷惑が掛かる
もん」
「……。相談、してくれりゃあ」
「しようかなって思ってたんだよ? でもそれよりも先に、惣太がひょいっとうちを辞めち
ゃったんだんもん」
 あっ──。遠くに見えていた溝つきパズルのピースが、不意にすぐ目の前から一つに組み
上がって繋がっていくように思えた。早まらなくて良かったと思う。そしてどうやら、彼女
がまだ自分を好きでいてくれる理由は、他ならぬ“一人逃げ”だと思っていた自分の行動に
こそあったらしい。
「……あ、なんだ。辞めていいんだって。部長に散々言われたらしいけど、それでも惣太は
引っ込めなかったじゃない? 何だか自分が馬鹿馬鹿しくなっちゃってさ……。別にここに
拘る必要はないんだって。移ればいいんだから、もっと気楽にいようって」
 料理の手は止まっていた。或いは話しながらもう完成していたのか。
 つまりどういう事だ? 惣太は目を瞬きながら彼女の言葉を整理していた。
 つまり自分に救われたと言いたいのか。自身の悩みが小さいセカイの中でのものだと、自
分の行動を観ながら気付き、視野が変わったのだと。
「だからさ。惣太は私の恩人なの。その貴方と恋人のままでいられる、素敵じゃない? 今
度は私が貴方をサポートする番。任せておいてよ。貴方は貴方の意思で違った生き方をする
って決めたんじゃない。私に気兼ねすることなんて、何もないんだから。ね?」
「……」
 しゃもじを片手に、そう言ってふんすと腕まくりをしてみせた素子。正直、惣太は内心感
激すらしていた。それは本当に感激だけだったのか、すると途端、心の中を打ち明けてくれ
た彼女が愛おしくて、今にも抱き締めたくなる。なるが……やっぱり抑え込んでしまう。
「……ありがとう」
「いえいえ、こちらこそ。……ふふっ。改めて正直に話すと、恥ずかしいね」
 そうなると今度は、まともに目を合わせられなくなった。年甲斐も無く顔を真っ赤にし、
惣太は思わず彼女から視線を逸らしていた。
 ただ口から漏れたのは、感謝の言葉。正直に話してくれたことと、まだ本当に好きでいて
くれたこと。
 コト、コトン……。するとテーブルの上に皿が置かれた。冷や飯を再利用して作った二人
分のチャーハンだ。ほこほこと湯気が上がっている。反応して顔を上げた惣太に、素子はに
っこりと微笑みながら言った。
「はい、お待たせ。お昼、食べよっか?」
                                      (了)


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  1. 2016/10/23(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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