日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「業人形」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:灰色、人形、主従】


 初めまして。私の名前はシリル、自動人形(オートマタ)です。現在は屋敷にてご主人様
の身の回りのお世話を任されています。
 毎日の食事から掃除、洗濯、お裁縫、時にはお身体のマッサージまで。
 ご主人様はほぼ一日中、ご自身の書斎に籠もっておいでです。基本的に私はその邪魔をし
ないよう、そっとお食事などを運んでは退出するというサイクルを繰り返しています。
 ……偏屈なお方。そう言われてしまっても仕方ないのかもしれませんね。
 先祖代々、ご主人様はこの辺り一帯の地主を務めてきました。なので幸い予算には殆ど困
りません。ただご本人は、そんな自身の役割すら疎ましく思っているように感じられます。
一日の大半を書物の中で過ごし、会話があるとすれば、私や他数名の使用人に二言三言用事
を言いつけられるぐらいのものです。それ以外はずっと、お部屋に籠もって辛そうなお顔を
浮かべているばかりです。
 ……少なくとも昔は、そんなことはありませんでした。
 元々物静かな方ではありますが、それでも内に秘めた熱量は誰よりも強くて真っ直ぐな方
だったと私は記憶しています。まるで流れに逆らわない草花のような、ほんのりと温かさを
含んだ微風のような、そんな穏やかなお心の持ち主であった筈です。
 今でもはっきりと覚えています。私がこの世に生を受けた時、ご主人様は顔を綻ばせて泣
いていました。私はご主人様のご友人でもある技師(マイスター)によって創られました。
私が初めて意識を獲得した時、視界には涙を溢して喜ぶご主人様と、対照的にむすっと何処
か不機嫌な様子のお父様が立っていました。
 それこそ、当初ご主人様は私を実の家族のように愛してくださりました。必要な種々の知
識や技能は創造の際に与えられていましたが、ご主人様は私を街に連れ出しては色んなお話
をしてくださいました。私の知らない、もっと一人一人の心というものを、丁寧に教えてく
れていたのだと思います。

『私が贔屓にしている古書店のディランだ。値段の付け方がでたらめだが、愛嬌があってど
うにも憎めない奴でな』
『雑貨屋のスージーだ。ああ、お姉さんと呼ぶんだぞ? そうすれば買い物の時に少しおま
けしてくれる。こういうこともお前は学んでおかなくちゃならない』
『壮麗だろう? このオベリスクは、私の先祖が解放戦役で犠牲になった同郷の者達を悼む
為に建てたと言われている。私の誇りだ。今やここは領民らの憩いの場となり、平和な時間
が流れている。……悠久など無い。しかしだからこそ、私達は今この時を大切にせねばな』

 ですが時が流れるにつれ、ご主人様の態度は段々と変わっていってしまいました。
 何というか……私を遠ざけようとするのです。四六時中傍にいられては何か拙いことでも
あるのか、用件がある時以外は私と顔を合わせるのを避けられるのです。
 一緒に歩いた街でのお買い物も、今ではすっかり一人でのお仕事になってしまいました。
 それでも食料や消耗品、その他諸々の為に出掛けない訳にはいきません。なので人手が要
る際には他の方にご協力を仰ぎ、同行して貰うようにしています。……ですが、あの頃のよ
うな楽しい気分にはなれません。只々、義務を果たしているだけです。元より使用人として
そのような娯楽を抱えてお仕事に臨むのは浮ついているのかもしれませんが……。
 今日も私は、お食事を作り、洗濯をし、お部屋の掃除やお客様への応対などに走り回って
います。生身の人間ならば、何日かすればどうしたって疲れが溜まってしまうものですが、
それも自動人形(オートマタ)であれば大丈夫。だから、創られたのでしょうか。
 初めて目覚めた時、ご主人様は泣くほど喜んでくれました。
 しかし今は、私のことをとても冷え切った瞳で見返します。
 あの涙は何だったのでしょう? 今となってはお聞きすることは叶いませんし、最近まで
訊こうとさえ思いませんでした。私はご主人様に望まれて創られた──その事実で充分だっ
たからです。
 ですが今や、それすら怪しくなってしまいました。
 口にする事すら何処かで聞かれてしまうかもしれないようで、憚れる疑心。私のような使
用人如きがそもそも抱くには過分すぎるのかもしれません。ただ私には、あの時の愛されて
いた頃の記憶を忘れ去ることなんてできない。
 ……記憶。多分、ご主人様が変わってしまったのはその辺りにあるのだと思います。
 私は自動人形(オートマタ)です。内部機構の老朽化はあっても、この姿形は何年何十年
経っても変わることはありません。しかしご主人様は、人間はそうではなくて、それだけの
歳月が流れれば年老い、心も体も凝り固まってしまうものなのかもしれません。
 本当に、申し訳なく思います。変わらない私が、ご主人様の老いをより一層自覚させてし
まうのだとしたら。比較対象として目の前に現れるせいだとしたら。
 どうしようもありません。ですがそれでも、ご主人様は私をこれまで一度たりとも廃棄処
分にはなさらなかった。まだご主人様の中にお優しい心が生き続けているのだと信じたい、
そんな想いもまた、この魔導仕掛けの身体には宿っているのも事実なのです。
 ……ご主人様。
 私はあとどれくらい、貴方様にお仕え出来るのでしょう? どうすればあの頃の笑顔を取
り戻していただけるのでしょう?
 人気のない長い廊下を歩いていきます。そろそろ、お部屋に書き物の仕損じなどが溜まっ
てきた頃かと存じます。
 ご主人様は私が扉をノックすると難しい表情(かお)をされます。でもこれはお仕事で、
仕方なくて。でも私自身もそれだけのことだとは割り切れない。
 ……ご主人様。
 日がなお部屋に籠もり続け、貴方様は一体何を想っておられるのでしょうか──。

 ***

 シリルは、使用人の一人である自動人形(オートマタ)の名だ。そして今は亡き、我が娘
の名でもある。
 まだ十五歳だった。小柄だが元気でよく笑い、周りの人間全てを笑顔にさせてくれる、ま
るで太陽のような愛娘だった。
 なのにあの子は死んだ。街の外とを結ぶ高速馬車に轢かれ、その短い生涯を閉じた。
 ……許せるものか。私達のたった一人の娘を。かけがえのない宝を。
 無茶を通しているのは解っていた。だが私は領主としてあらゆる手段を使い、事故を起こ
した馬車の御者を問責した。一般市民には重過ぎるほどの賠償金をもぎ取ってやった。
 しかし、そんなことをしても心の隙間が埋まる筈など無かった。在ったのは真っ青になっ
て何度も何度も私達の下へ頭を下げにきた当人と馬車会社の幹部、そして裁判の結審に伴い
積み上がった札束だった。
 ……何をしている。
 怒りであったことくらいは解っていた。だがそれを、何故あの時過ぎるほどに相手方へと
ぶつけてしまったのだろう。
 それが愛娘への想いの深さだったからか? 違う。違いはしないが、それが全てだったと
は思えない。何処かで「楽」を選んだからだ。いっそこの情動に押し流されてしまえば、娘
を失ったという事実と真正面から座さなくてもいいのではと考えはしなかったか?
 尤も今更後悔しても全てが遅過ぎる。私は突き落とされ、見誤り、狂った。そしてまたし
ても繰り返して繰り返して、私が私自身ですらなくなったのだ。
 ──妻が死んだ。私と同様、娘の死という現実を受け入れられず、御者らとの法廷闘争に
のめり込んでいる最中、病に倒れた。元々丈夫な方ではなかったが、心(うちがわ)から蝕
まれてしまったのだろう。必死の治療も虚しく、彼女はおよそ半年後に娘の後を追った。
 私は、最愛の人を一挙に二人も失ってしまったのだ。
 部下や交友のあった卿、友人などが最初こそあれやこれやと励ましてくれた。だがそれは
私にとっては傷口に塩を何度も塗り込まれるに等しいものだった。中には辛いことは忘れて
新しい妻を貰いなよ、という痴れ者もいた。私の愛した女は妻だけだ。そして愛した娘も、
あの妻がいたからこそ授かった宝物だったというのに。

『この際はっきりと言っておく。止めとけ、サーラン。それはお前を幸せにはしない』

 シリルの、妻の死からどれだけ経った頃だろう。私はある決意を胸に、遠くとある地方で
技師(マイスター)を営む旧友の下を訊ねた。
 目的はただ一つ。娘との再会だ。妻も逝った、新しく産み直すなどできない。ならばもっ
と別の方法で娘をこの手に抱き締められればと思ったのだ。
 だが久方ぶりの対面に、彼はあまりいい返事はしなかった。壁掛けに並んだ使い込まれた
道具類と一際目に付く魔導炉。工房の隅で煙草を吹かし、旧友はそれだけを先ず言った。
 ……まぁそうだろう。娘そっくりの自動人形(オートマタ)を創ってくれなど。
 解っていた。その人形は娘の姿をしているが、娘じゃない。ただこの心にぽっかりと空い
た穴を塞ぎたい、その一心の情動だった筈だ。
 なのに私はまた情動に押し流されることを選んだ。娘ではない? 構わない。一時でもこ
の締め付ける虚しさが治まってくれるなら……。
『金なら幾らでも出す。頼む!』
 ありったけの財産を金に換え、私は頼み込んだ。侮蔑されても構わない。私という人間は
もう、あの事故の日を境に死んでいたのだから。
『……いいからその札束をしまえ。そこまで言うんなら創ってやる。だがもう、金輪際俺と
の友情なんてものは存在しないと思え』

 初めて見た時は感動のあまり、涙が止まらなかった。
 シリル。愛しい娘が帰ってきた。娘と同じ名前を授けられた自動人形(オートマタ)は調
律装置の卓上でぽかんとしていたが、私は思わず彼女を抱き締めていた。
 人形でもいい。偽者でもいい。
 私は彼女を、屋敷の使用人として迎えることにした。身体こそ小柄だが、性能的には何も
問題は無い筈だと彼は付け足すように言った。
 もうこちらを振り返ることはなかった。私も努めて見ないようにした。
 そして正規の料金だけを工房に置き、私はシリルと一緒に街へと帰ったのだった。

 やり直しの日々が始まった。私はシリルを、我が子同然に可愛がっていた。
 いけない事とは解っている。だがその姿を、無邪気にあれは何ですかこれは何ですかと訊
いてくる姿を目の当たりにすると、屁理屈(バリケード)など容易く壊れた。
 暇を見つけては、私はシリルを街に連れ出した。多くは買い物に付き合う名目で。道すが
ら、彼女が持ち合わせていなかった様々な雑学、歴史、土地に息づく人々の想いを教えた。
 しかし当然ながら、領民達の少なからずは私を訝しい眼で見ていた。予想はしていた。亡
き娘に起こった悲劇については彼らもよく知っている。だからこそ同情されたし、領主様は
おかしくなられてしまったという陰口も甘んじて受け入れた。
 それでよかった。この子がいれば。
 やり直そうと思った。自ら用意した偽りでも。
 私は笑顔だった。シリルも笑顔を返してくれた。胸に空いた穴がそっと埋まっていくよう
な心地がした。
 ……だがそれも、所詮は一時の慰みに過ぎたなかったことは言うまでもない。
 気付けば穴埋めされていたこの胸の虚しさは、寧ろ以前よりも広くなって私という存在を
侵食していたのだ。嘲笑うかのように、追い詰めるかのように。

『だがもう、金輪際俺との友情なんてものは存在しないと思え』

 かつて友だった者の、冷たく突き放した立ち姿が脳裏に描かれる。

 理由は簡単だ。自動人形(シリル)は成長しない。
 何とも馬鹿らしくて、今更な理由だろう。だが私は確かにその事実を身をもって味わいな
がら、己が熱を冷ましていった。
 彼女は成長しない。なのに自分はどんどん歳を取る。老いていく。今では歳も相まって気
違いの偏屈爺などと呼ばれているそうだ。もし一財産すらなかったら、とうに街の有志達に
よって放逐されていただろう。
 だからせめて、身辺整理だけは早い内に済ませた。というよりも、生身の方の使用人達が
僭越ながらと申し出てきたのだ。私が老齢だからとか、お子がおられぬからとか、色々な方
便を使ってきたが、要するに遺産が欲しかったのだろう。
 特に未練がある訳でもなくくれてやった。領主は私の死後、国王が選定した貴族によって
引き継がれ、この街がそのまま滅ぶということはなかろう。願わくば善政が敷かれることを
望むのみである。流石に二代も続けて気違いの統治者ではやる方ない。
 シリルには、何か明確な用件がない限りは部屋に近付けぬようにした。他の使用人達も同
様である。尤も屋敷に残った彼らの殆どは惰性と埃の被った忠義くらいで、自分達が遠ざけ
られようとも面と向かって心配を口にしてくるようなことはない。お互い気まずいことぐら
いは承知の上だからだ。ただ一人、シリルだけは哀しそうに微笑(わら)っていたが、もう
私に彼女へ笑顔を向ける資格はない。いや……元より無かった。
 疎ましさと愛おしさと。
 以来十数年、私の中では本来共存できぬ感情が綯い交ぜになっている。私は気付けば一日
の大半を書斎の中で過ごし、他者との意思交換は書物や手紙を介してのみとなった。
 衰えていく。まこと私は朽ち果てるを待つだけとなった。
 閉じ篭るのは狂ったからではない。まだ少しだけの、常人な部分をこれ以上壊してしまわ
ないよう、必死に耐えようとした末路なのだろう。
 はたしてこの身が最期を迎えるまで、手元に残してある貯蓄はもつだろうか? 朽ち果て
たその時、屋敷の者達はどうなるだろう?
 にも拘わらず、未だにシリルを廃棄処分にできないでいるのは、間違いなくこびり付いて
拭い切れない私の我執が故だ。
 彼女は娘の姿形をしているが、娘ではない。人ではなく物なのだ。頭では分かっているの
に、どうしても自らの手で壊せなかった。壊すことなどできようか。工房に送り返すことも
考えた。だがもう、彼は決して受け取ってはくれぬだろう。

「──ご主人様。シリルです。お部屋のお掃除に伺いました」
 そんな時だ。はたと扉をノックする音と可愛らしい声が聞こえ、堂々巡りする思考の歯車
が止まった。されどそれは軋み続けている。私が沈黙で入室を許可すると、彼女は「失礼致
します」と丁寧に頭を下げ、中に入ってきた。
「お邪魔をして申し訳ありません。捨てられても宜しいものなど、ございますか?」
「ああ」
 メイド服に身を包んだ、亡き娘と瓜二つの使用人だ。
 やはり目など合わせられなかった。深く深く眉間に皺を寄せ、とっくに内容など頭に入っ
てしまった古書で顔を隠しながら、私は片手で足元のごみ箱を引き寄せ、持っていくように
促した。
 ではお預かりします──。受け取り、去っていくと思った。なのに未だ気配がある。本の
陰からこっそりと覗いてみると、心底心配している眼差しが肩越しに乗っかっているのが見
えた。
「……」
 どうしようもなく愛おしい。変わることのない愛娘の姿が。
 どうしようもなく忌々しい。全ては私の、自業自得が故に。
                                      (了)

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  1. 2016/10/16(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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