日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「全て溶かして」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:前世、無敵、悪魔】


『──力が、欲しいか?』
 その青年はこの世に絶望し、この世を憎みながら死んだ。
 彼が首を吊った場所は、憎き父親の書斎だった。
 古今東西の書物を集めることが趣味だった父。だがそれは自分達の家計すら省みないほど
の極端なもので、加えて放浪癖のあるこの男に彼とその母、つまり妻は随分と苦労させられ
てきた。
 終わりの始まりは、その収集の為に手を出した借金がいよいよ返せなくなり、父自身も行
方知れずになってしまってからである。
 彼の母は必死に許しを請うた。理不尽な散在と、理不尽な取り立てに晒されながらも、至
極真っ当な小市民だった彼女は何とかその借金を返そうとした。ただ一人の我が子を守ろう
とした。
 だがそれが、結果的には全員の破滅を呼ぶことになる。幾つものパートを掛け持ちして必
死に返済に明け暮れた彼女は、数年後過労に倒れてこの世を去った。
 少年から青年に成長していた彼は、そんな母の最期すら看取れなかった。同じく必死に働
き、学歴もままならなかった彼の人生は、疲労して帰宅したその瞬間に崩れ去ったのだ。
 ……もう、どうしようもない。
 父は結局戻って来なかった。葬儀の出費すら家計を圧迫した末、彼は自ら命を断つことに
決めた。わざわざ父の書斎を死に場所に選んだのは、届かないと分かっていはいてもせめて
もの当て付けだったのかもしれない。
 異変が起きたのはその直後だったのだ。締まってゆく苦しい呼吸と共に意識が遠退き、両
脚が宙に浮いて暗転していった数拍後、真っ暗になったセカイの何処かからその声は確かに
聞こえてきた。
『力が欲しいか? 復讐する為の力が』
 自分は死んだ筈では? しかし声は間違いなく自分という死んだ人間に向けられている。
 彼は明確に言葉を返すことはなかった。全てを手放し、消えゆくのみだと決意した時点で
己を殺したつもりだった。
 復讐。そのフレーズがやけに印象に残った。
 自分達を省みなかった、今何処にいるかも分からない父。
 理不尽な取り立てで母を苦しめ、死に追いやった高利貸しども。
 悪。この世に蔓延り、慎ましやかな暮らしさえ奪ってゆくこの世の悪人ども……。
『そうだ。お前からはいい匂いがする。俺様好みの真っ黒な匂いだ』
 何も見えない。ただざわっと後ろから回り込まれ、包まれるような感触がした。今自分は
至近距離でこの“何か”に見つめられている。全くの無。知覚も定かではないセカイで、彼
はその憎しみを肯定した。
 あんな奴らさえ、いなければ……。
『そうだ。俺様が叶えてやる。お前を、最強の存在に変えてやる』
 多分男だ。なのにやけに甘美な囁きに聞こえた。
 彼は“何か”からの誘惑に、抗うことをしなかった。どうせもう命は断った、人間なら辞
めた。ならば為ってやろう。最強でも、何でも。
『よし、決まりだな。契約成立だ。お前はお前の悪をぶっ潰す。俺様はお前からその煮え滾
ったエネルギーを貰い受ける。何も心配しなくていい。お前は誰にも止められない──』
 だから、目が覚めた時、現実を疑った。
 何故目が覚めたのだ? 自分は死んだ筈じゃなかったのか?
 じっと手を見る。ちゃんと形がある。世界が変わらずにまた目の前に広がっている。
 どれだけ時間が経ったのだろう? 辺りを見渡した。そこは間違いなくあの憎き父の書斎
だった。フローリングの床の上には千切れたロープが落ちている。ということは、やはり自
分は一度死んだのか。
「……」
 いや、どうでもいい。彼はのそりと起き上がると、動き出した。
 生気のない肌をしていた。だがそれを彼自身が気付くのはずっと後の事になる。
 歩き出した。復讐を。悪を根絶やしにする。
 ジュウジュウと、その身体から黒い霧が漏れ出しては霧散していた。
 立ち去ってしまう。書斎の壁に並んでいた本棚が一部崩れている。
 古びた、六芒星の描かれた書物が一冊、その床に散乱した本達の中に紛れている。


 それからだ。ある頃から人々の間で、奇怪な噂が広まり始めたのは。
 ある者は姿なき殺人鬼だと言った。またある者は孤高の英雄だと言った。
 少なくとも当人にとっては、後者に近かったのだろう。だがもうそんな細かな思考など彼
にはなかった。ただ強い悪の匂いを放つ者を駆逐する──その為だけに夜の街を徘徊する破
壊者と化していたのだから。
「あん? 何だお前?」
「何ぼさっと立ってんだよ。邪魔だ。ぶっ殺されてぇのか、ああん!?」
 主に彼の仕事は掃除だった。夜の街を彷徨い、その片隅に蠢くクズどもを排除する。
 路地裏でいかにもといったチンピラ達がたむろしていた。彼らはこちらに姿に気付くと視
線を向け、しかしその場に突っ立って何もしないことに次第に苛立ってくる。
「……」
 彼、かつての青年は死んでいた。心などとうに磨耗して大半が塵になっている。
 夜闇のような黒のフード付きの上着を深々と被り、上下も同色の漆黒。表情は見えなかっ
た。仮に見えていたとしてもこのチンピラ達にどのような感情が読み取れていたか。
 程なくして囲まれる。だが青年はただ黙って立っている。
 罵声が飛んできた。まるで品性のない、下賎の極みだ。
 中にはこれみよがしに折り畳みナイフを手の中で弄び、脅しを掛けてくる者もいた。無駄
なのに。そんな程度の攻撃では、もう契約を果たした彼には何一つ効かないというのに。
『こいつらもいい匂いだ。如何せん小せぇがまぁ仕方ない。おい、喰わせろ』
 あ……? だから次の瞬間、口を動かしている訳でもないのに聞こえてきた声に、彼らは
怪訝の表情をみせた。しかしそんな隙は文字通り致命的だ。刹那青年の手は伸び、彼らの内
一人の顔面を鷲掴みにしたのである。
「ぐっ……ぎゃああああッ!!」
 ジュウジュウと、黒い霧に包まれながら溶け始めていた。彼の全身から立ち上り始めたこ
の黒に侵食されるように、鷲掴みにされたチンピラの顔面が瞬く間に焼け爛れ、分解されて
いった。あまりに激痛に本人は泣き叫び、周りの仲間達が驚愕で目を丸くしている。
「な、何だあ?!」
「と、溶けてる……? お、おいお前、一体何しやがった!」
 虚勢だけは一人前。残るチンピラ達が叫ぶ。
 だが青年はそんな彼らに一瞥すらしなかった。ジュクジュクとやがて焼け爛れて崩れてい
くさまは全身に及び、遂にはこの最初に犠牲者は跡形もなく塵に還ってしまう。
「ひっ──?!」
「こ、この化け物があああ!!」
 ナイフやメリケンサックを取り出し、彼らは青年に襲い掛かる。
 しかしそんな攻撃はまるで通用しなかった。攻撃はことごとく彼の身体をすり抜け、黒い
霧そのものに流動する中へと呑まれる。
「なっ!?」
「こ、こいつ、人間じゃ……」
 驚く暇すら与えない。流動する身体に受け流された彼らは、即ちその黒い霧に触れたこと
になるのだから。
 路地裏にまた四つ五つ、断末魔の叫びが響いた。
 今夜もまた、灯りすらろくに届かぬ夜の街の一角で、溶けて消えた小悪党達がいる。

 青年の標的は、毎夜街にたむろする不良達だけに留まらない。
 明かりに誘引される蛾達を、それを待ち構えてむしり喰う蜘蛛達を、夜の街に跋扈する水
商売や博徒、ヤクザの類の人間達を、彼は手当たり次第に見つけては、その黒い霧の餌食に
してゆく。
「な、何なの!? 私が何したって言うのよお!」
「た……助けてくれぇ! 金なら全部持って行っていいから、な? なっ?」
「畜生! てめぇ何処の組のモンじゃ!?」
「撃て撃て! 撃ちまくれ!!」
 男を食い物にする悪女を。ギャンブルに没頭するクズどもを。
 時にはある意味彼・彼女らを掌の上で転がす、元締めと呼べる者達の拠点に一人乗り込ん
で行った。挨拶代わりに突っ掛かってきた徒弟を一瞬で溶かし、逆上したハゲ頭や角刈り達
の銃弾をもろに受ける。しかし彼にそんな攻撃は効かない。全ては流動する黒い霧の身体を
通り抜けるだけで、通り抜けた瞬間塵に還るだけで、彼自身は微動だにしない。
「ひっ……?!」
「ま、まさか。てめぇが、例の“狩人(ハンター)”──」
 はたして、そうやって一体どれだけの事務所や夜の会社を潰してきただろう。
 誰も彼を止められる者はいなかった。ただ彷徨い、悪の匂い──“何か”曰く美味なエネ
ルギーの持ち主達を溶かして殺すだけの夜を繰り返した。
「……」
 達成感さえなかった。感じることすら、まるで遠い昔に置いてきたようだった。
 闇色のフードを目深に被ったまま、ただ青年は、主のいなくなったオフィスに佇む。

「な、何なんだ。私が一体何をしたって──」
 その日は、とある高利貸しの社長を狙っていた。夜中に自宅へ帰る所を尾行し、一人自室
に入った所を霧状になることで侵入し、姿を曝け出していた。
 やや筋肉質の、黒縁眼鏡を掛けた男性だった。
 一見するとエリートそうな、神経質な感じの黒スーツである。
 だが青年は知っていた。真の悪人ほど身なりと整えている──財力や権力を持っているも
のなのだと。“何か”も言っていた。こいつは、かなり上玉だぜ? と。
 驚いて振り返った彼を、青年は無言のまま鷲掴みにした。首をじわじわと締め上げ、黒い
霧を手の先・足の先から順番に這わせて溶かしゆく。
「がっ……ああッ!? 熱い、溶け──むぐっ!」
 激痛か、或いは助けでも呼ぼうとしていたか。
 どちらにせよ関係ない。青年は次いでこの社長の口も塞ぎ、じわじわと全身が隈なく溶け
てゆく痛みと恐怖を味わわせた。
 ……そうだ。苦しめ。
 お前らのような、人間は、この世にいては、いけない……。
「あなた、帰って来てるの?」
 そんな時だった。背後の扉から妻らしき女性が何も知らずに入って来た。
 勿論ながら、突然の目の前の光景に驚愕している。だがもう既に遅かった。この社長は身
体の八割方が霧に呑まれて溶け、塵に還ろうとしている。
『ほほう? こいつも中々図太い奴みたいだな。ついでに喰っとくか』
 何の感慨もなく、青年は掌の中で残り少なくなった彼の頭を握り潰し、霧状になってこの
彼女の寸前へと迫った。ひっ──?! 恐怖に引き攣る顔。だが今やもう、青年にはそんな
今更ながらの滑落に嬉々し、或いは憤る感情さえなかった。“何か”に言われるがままに、
身体は自然と動き、その顔面を鷲掴む。
「……お母さん?」
 だが、まだいたのだった。物音を聞きつけたのだろう。寝惚け眼を擦りながら、まだ幼い
少女が一人、この部屋を覗いてきたのである。
 十中八九娘だろう。当然ながら少女は、暫くぼーっと室内の様子──細切れになった両親
の服や溶けて消えてゆく直前だった母の残骸を見、やがてその意味を理解する。
 言葉は出なかった。ただ呆然と、感情のない青年を見上げ、しかし次の瞬間ボロリと崩れ
落ちた母だったものへ向かって駆け出す。
「お母さん! お母さん! 何で? 何で!? もしかして、あれは……お父さん? ねぇ
何で? 何で? 何で!?」
 答える筈もない。残骸になった両親を弾かれたように必死になって見比べ、この目の前の
出来事の意味を探ろうとする。意味などは無かったのだが。ただ彼らが、人を食い物にする
悪人だった。それだけだったのだが。
「何で? 何──」
 ジュグッ。殆どノーウェイトのまま、青年はその霧状にした手を彼女の頭上から垂らし、
押し包んでいた。
 喧しい悲鳴は一瞬で消え失せた。残ったのは、子供用のパジャマの切れ端で、それもすぐ
に両親と同じく追うように一片も残さず塵に還る。
「……」
 青年は黙っていた。ゆっくりと身を起こし、僅かにだが口元を開く。

『お母さん! お母さん!』

 それは一瞬の事だった。脳裏に今し方の光景が蘇る。
 久しく機能していなかった、黒く深い霧の粒子の向こうに覗いた、倒れた母親に泣きじゃ
くりながら縋る幼子の姿。いつか誰かが、決して消えない記憶として己に焼き付け、以降全
ての原動力となった筈の記憶──。
「俺、は……何の、為に……?」
 だが辛うじて呟いたその言葉も、直後己の中の黒い霧の中に霧散し、或いは“何か”が放
つ声によって掻き消される。
『……チッ、余計なモンまで喰っちまった。ずらかるぞ。次の獲物を探そうぜ?』
                                      (了)

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  1. 2016/10/09(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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