日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔78〕

 一体どれだけ気を失っていたのだろう。目を覚ました時、室内に差す日の加減からミュゼ
は少なくともあれから半日以上は経ってしまったのだなと理解した。
 レナ・エルリッシュの実親、セディナ夫妻を確保すべく赴いた散光の村(ランミュース)
で、自分はハロルド・リカルド両兄弟との戦いを強いられた。
 一対一ならまだ勝算はあった。リカルド・エルリッシュには競り勝っていた。なのにあの
時ハロルド・エルリッシュが邪魔をしてきて計画が狂ってしまった。……まさか色装を看破
する能力とは。“蒼鳥”やレノヴィンだけじゃない。もっと警戒すべき相手はとうの昔から
すぐ身内(ちかく)にいたのだ。
(ここは何処でしょう。どうやら倉庫の中のようですが……)
 西日に目を細めながら、ミュゼは室内をぐるりと見渡す。中は干し終わった藁や袋詰めに
された麦、樽に入った果物などが所狭しと置かれていた。
 自分を捕らえたものの、放り込んでおく場所に困って一先ずここに寝かせたのだろう。後
ろ手にされた手首に封印術式の光輪──十中八九、ハロルド・エルリッシュの仕業がなけれ
ば、ぼんやりする暇もなく今すぐにでも脱出している。あの後、手当ては施されたようだが
身体中のダメージが消えた訳ではない。
「誰かいますか? 今は何日の何刻ですか? あれから何が起こったのですか?」
 なので、外に向かって呼び掛けてみる。最初はしんとしていて返事がなかったが、遠巻き
に耳に入ったのか、恐る恐るといった様子の足音が複数近付いて来た。
 いいのかな? 出しちゃって……? そんな相談でもしているのだろう。木製の粗末な扉
の前で逡巡する気配がし、しかし封印の輪がしてあるのだからと彼らはおずっと扉を開ける
とミュゼを表に出してくれた。村人達は明らかに怯えていた。やはりこれは、彼ら自身の意
思という訳ではなさそうだ。
「……部下達は?」
「は、はいっ! すぐに連れて来ますっ!」
 わたわたと走っていく村人。どうやら部下達は無事らしい。もし一人か二人でも殺めてい
たら反撃の口火にでもできたのだが。
 程なくして別の場所に軟禁してあった部下達が戻って来た。同じく手には封印の光輪が嵌
められている。
「無事で何よりです。それで、あれからどうなりましたか? セディナ夫妻やエルリッシュ
兄弟は何処です?」
 申し訳ありません……。心なしか項垂れる彼らを今更責め立てる気も起きず、ミュゼはた
だ数度目を瞬くと、落ち着いた口調で彼らに事の経過を訊ねてみる。
「その事なのですが……」
 そしてこの部下の神官兵達からミュゼは知った。半日どころか、今は既に一晩を越して丸
一日が経とうとしていること。ハロルド達はセディナ夫妻を連れてとうに村を出、“蒼鳥”
達と合流したと思われること。そして何より先刻、神王ゼクセムによる宣託──レナを巡る
争いを止めよとの旨が天上より下されたという事実を。
「……それは、本当なのですか?」
「は、はい。間違いありません」
「聖都の方角からも光が差していました。神託御座(オラクル)としての表明だと仰せられ
ていましたので、おそらく今頃は統務院や万魔連合(グリモワール)にも正式にその御意思
が届いているものかと」
「本当、凄かったよな……」
「ああ。今まで生きてきて、神様の声なんて初めて聞いたよ……」
「……」
 居合わせた村人達も口々にそう追従しては頷いている。彼らだけならまだ口裏を合わせて
嘘をついているかもしれないと考えたが、部下達もがそれに加わっている。調べればすぐに
分かることだが、本当なのだろう。それに神々を理由に使うなど、一介の村人達だけの知恵
とは到底思えない。
「ほ、本当ですよ?」
「ですからもう、私達はお咎めなし、ですよね……?」
「……」
 恐る恐ると村人らは言う。だがミュゼはその質問には答えなかった。
 保身が透けてみえる器の小ささというのもある。だがそれ以上に今の自分に事を断定でき
る権限や情報の持ち合わせはないのだ。決めるのは本山、総隊長や教皇様である。何よりも
彼らを見せしめ的に処罰しようにも、今回の任務が失敗──クラン・ブルートバードの知る
所となってしまった以上、それは逆効果にしかならないだろう。
(……それよりも)
 パッと頭の中でそんな思考を整え、ミュゼは空を見上げた。
 秋の変わり易い曇り空である。だが彼女は、つられるようにこれに倣った部下達もまた険
しい表情(かお)になると、目を細めて凝視する。
 空が戦慄いていた。上空の魔流(ストリーム)が大きく乱れて激しさを増している。
 聖都の方向だった。周りの村人達は気付いていない。魔導の資質と心得がある者だけが視
ることができる、真の世界の姿である。
「本当に、解決したのでしょうか?」
 頭に疑問符を浮かべる村人達を余所に、部下の一人がそう表情を曇らせて言った。意図は
明白である。神王自らがわざわざ介入までしたというのに、聖都のそれはまるで混迷の最中
のように見えたからだ。
 ミュゼもこの部下の疑問に賛成だった。何か……嫌な予感がする。
「本部に連絡を。この戒めを解き、至急聖都へ戻ります」


 Tale-78.真声にして侵すべからず

「シゼル、さん?」
「何で……?」
 かざされた魔法陣が光の粒子になって消えてゆき、石畳の上に崩れ落ちたリザに駆け寄る
神官兵やエイテル。
 だがジーク達はそれ以上に、この目の前に現れた人物について驚愕していた。魔導の威力
を物語るように余波で揺れた白衣、靡いた白灰の長髪。
 シゼルだった。聖都市中で出会い、今回の二方面作戦に大きな貢献をしてくれたシゼルが
突如としてこの地下霊廟へと一人現れたのだ。
 ジークは、レナは目を丸くしている。イセルナやハロルドは先んじて武器に手を掛けなが
らも眉を顰めている。
 どういうことだ? 予定では確か、シフォン達と地下水洞を進んでいる筈なのに……。
「貴女、一体何者なの? 旅の学者というのは嘘だったのね。その空間転移(わざ)、もし
かしなくても」
「ええ」
 確信はイセルナから問い質されたもう隠すつもりもないのだろう。シゼルはフッと小さく
微笑(わら)うと肯定し、そっと自身の胸元にその掌を当てる。
「改めて自己紹介を。私の名はシゼル・ライルフェルド。昔、魔獣と瘴気についての研究を
していました」
『なっ──?!』
 だからこそ、一同は更に愕然とした。その名前は同姓同名でなければ、自分達が知る限り
一人しかいないからだ。
「まさか、あの七十三号論文事件の……?」
「いや、あり得ない! ライルフェルド博士は騒動の折に暴漢に殺害された筈だろう!?
そもそも事件自体二百年も前の話だ。人族(ヒューネス)の彼女が生きている筈がない!」
「そうですね。あの時、私は死んだ筈でした。ですが私は直後“彼ら”によって生かされた
のです」
「……彼ら?」
 イセルナが、教団の幹部達が驚き、狼狽する。
 そうなのだ。いわゆる七十三号論文事件──魔獣や瘴気が世界にとっての“必要悪”だと
証明した彼女に、それまでの信仰や常識を揺るがされた人々が大挙して反発し、最後は暴走
した一人の男によって同氏が殺害されるというこの「真理の敗北」は、もう二百年以上も前
の出来事だ。仮に実は助かっていたとしても、とうに寿命を迎えている──こうも若々しい
ままでいられる筈はない。
 ジークが怪訝に呟いた。シゼルは確かに、そう何者かの存在を示唆していた。
「そして私は後に同志となる方々に出会いました。現在は“学聖”シゼル──そのような名
を拝命しています。ジーク皇子、ブルートバードの皆さん。貴方がたの活躍についてはかね
がね。ハザン殿より聞き及んでいますよ。……ああ。寧ろ“教主”殿と表現した方が分かり
易いのでしょうか」
 故に、その名前が出た瞬間、ジーク達の怪訝は確信に変わった。彼女もまた“結社”の中
枢に届く存在だったのだ。
 ギリッ……。ジークが奥歯を噛み締める。レナがそっと哀しげに胸を掻き抱く。
 ならば今さっきの空間転移も何ら不思議ではない。元々あれは彼らの技術なのだから。
「……騙してたのか。最初っから」
「状況からしてこれがベストだったというだけですよ。まさか貴方が保守同盟(リストン)
の刺客を追い払いに来てくれるとは想定外でした。感謝しますよ。私は、あまり戦闘は得意
ではないので」
 静かに怒りを溜めるジーク。そんな彼に、シゼルは微笑(わら)っていた。胸元に手を当
てたまま僅かに小首を傾げ、自らに降りかかった僥倖を慈しむ。
「今回の目的はクリシェンヌの転生体でした。貴方達が聖教典(エルヴィレーナ)の封印を
解くのは分かっていましたから、私はその瞬間を待てばいい」
「……っ」
「てめえ……よくも、レナを……!」
 言いながらそっと手を伸ばす動作。だがちょうどそんな時だったのだ。フッとシゼルを覆
うように影が出来、彼女を覆う。
 背後から甲冑騎士(ガーディアン)達が襲い掛かろうとしていた。主と、聖浄器に迫る悪
意を感知し、これを排除すべく一斉にその長剣を振り下ろす。
「おっと……。そうでしたね。貴方達はどこまでいっても十二聖の僕でした」
 しかし重い幾重の斬撃にも拘わらず、シゼルはこれを再度の空間転移で軽々とかわしてみ
せた。ガーディアン達が守っていた祭壇部屋の奥へ、突撃してきた彼らを潜りその後ろへ。
背後を取られたこの甲冑騎士らは、ギロリと振り返る一方、かつての主と同質であるレナを
庇おうとする。
「レナ!」
『……』
「あっ。だ、駄目! ジークさん達を攻撃しないで! この人達は、私の味方です!』
 故に思わず駆け寄ろうとしたジークやイセルナ、ハロルド達にもガーディアンらは警戒の
眼を向けて剣を持ち上げようとしたが、慌てて叫んだレナによって止められる。
 ある程度人語は理解できるらしい。或いは声色に込められた意思を読み取っているのか。
 それでもあくまでレナを守るようにして、彼らはずらりと並び直して構えた。その巨体に
応じた分厚い剛剣が横一列に立つ。
「ま、拙いぞ。このままでは聖教典(エルヴィレーナ)を奪われる……!」
「させるかよっ! ぶった斬ってやらあ!」
「っ! 待つんだ、ジーク君! 彼女は──」
 そして先ず誰よりも早く、ジークが地面を蹴っていた。二刀を霞む速さで抜き放ち、同時
に刀身と全身にオーラを込め、先制の一閃を繰り出す。
「──」
 だが、直後ハロルドの察知した異変も間に合わず、シゼルは動いた。静かに彼女もまた全
身にオーラを込め、スッとかざした掌の前に小振りの障壁を作ったのである。
「っ!? ぐっ……!」
「いきなり斬り掛かるとはスマートではありませんね。言ったでしょう? 私はあまり戦い
が得意ではないのだと」
 謙遜する。だが実際の状況、力関係はまるで逆だった。ジークの刃はシゼルがかざした障
壁によって阻まれ、ぴくりとも動かすことができない。驚愕を含め、じわりとジークの額に
汗が滲む。
「──ガッ?!」
 そして、弾かれた。並みの防御では押し通してしまう筈のジークのパワーを、彼女は易々
と跳ね返してみせたのだ。
 しかも当のジークは弾き飛ばされながら白目を剥き、ダメージを受けている。まるで攻撃
がそのままそっくり自分に返ってきたかのような……。
「ジーク!」
「ジークさん!」
「……やはりか。気を付けろ! 彼女の色装は《反》──あらゆる攻撃のベクトルを反転さ
せて打ち返す能力だ!」
 はん、てん……? どうっと石畳に転がったジークが肩で息をしながら、周りの神官兵・
枢機卿達が目を丸くしながらこの裏切りの学者を見ていた。
 ゆらりとオーラが彼女の全身を覆っている。一見して静かだが、落ち着いて視ればそれに
込められた力の密度の尋常なさが否応なしに読み取れる。
「……何ですか、これは。あのオーラの量、尋常じゃない」
「もしかして、魔人(メア)? だから殺されても……」
「いや。彼女からは抱え込んだ瘴気は感じない。少なくとも、肉体的には正常だ」
 エイテルが見氣を凝らしながら絶句している。イセルナも剣を抜き、構えていたが、その
推測は直後肩の上に顕現したブルートが否定する。
「当然です。私達は、それよりも更に上の存在──選ばれし者なのですから」
 ……それはどういう? 眉を顰め、ジーク達が問い返す前に、シゼルは指をパチンと鳴ら
した。するとそれまで何もなかった空間から多彩に武装した黒衣のオートマタ兵達と、右半
身をより強固な装甲で覆った黒騎士が計五体、現れる。
「オートマタ兵と……狂化霊装(ヴェルセーク)!?」
 それはこの二年で改良が重ねられた、“結社”の汎用戦力達だった。
 一方は数。用途に応じて様々な武装を着脱できるよう設計を見直し、使いこなせるよう個
体自体の技量を強化し、白兵乱戦において更なる猛威となった黒衣の人形兵。
 一方は質。強い魔力を持つ人間を丸々生贄──核として用いる点は変わらずとも、かつて
弱点であった右胸を、更に強化した鱗状刃の外骨格で覆い、左手には使徒グノアのレーザー
砲も搭載する漆黒の狂化兵。
 ヴェルセーク達はそれぞれが先ず甲冑騎士なガーディアン達に襲い掛かった。数の上では
大きく劣る筈なのに、先手を打ったこともあってかぐいぐいと押していく。一方オートマタ
兵達はシゼルを、祭壇への入口を塞ぐように陣形を組む。
「くっ……」
「邪魔を、するなあァァァ!!」
 ジークが、イセルナが、ハロルドが地面を蹴ってそうはさせじとなだれ込む。次々と群が
ってくるオートマタ兵を叩き伏せ、二人の剣閃がシゼルに向かうが、彼女はまたしてもこれ
を自身の《反》でもって防御。傷一つ付かずに二度三度と弾き返してしまう。
「ひっ、ひいっ!」
「総員集まれーッ! 教皇様達をお守りしろォ!」
 枢機卿達が逃げ惑う。後続に置かれた神官兵達が、それでも猛スピードで頭を回転させ、
守るべき者らを地上に逃すべく円陣を組んでゆく。
「無駄ですよ」
「っ! また……」
「ああ、出口が塞がれた……。もうお終いだあ……!」
 しかし再びシゼルはオートマタ兵の一団を召喚し、これを地下の出入口の前に展開させて
立ち塞がらせた。元より戦場など無縁の枢機卿らの多くは狼狽し、泣き喚いた。圧倒的に数
で勝る敵を前に、神官兵らが苦渋のままに武器を取る。一体また一体と、ガーディアン達が
ヴェルセーク達によって破壊されていく。
「くそっ! 馬鹿みたいにわんさかと……」
「レナ、私達の後ろへ。離れないように」
「う、うん。でも……」
 地下空間という地理がここに来て不利に働き始めた。有り体に言って、ジーク達は絶対絶
命のピンチに追い遣られてしまったのである。
「──ガッ!?」
「グエッ!」
 だが、それでも彼らは諦めなかった。オートマタ兵の群れにシゼルとの距離を引き剥がさ
れる最中、ふと別の誰か──ジークやイセルナ達とそっくりの戦士達がこれを削り取るべく
加勢に入ってきたのだ。
「これは……」
「マクスウェル!」
「……数なら、何ともでなります。総員、全力で教皇様と枢機卿をお守りしなさい! 聖教
典は私達が、何としてでも確保します!」
 リザだった。一度は不意打ちの一撃を受け、倒れていたが、途中で介抱する部下を振り払
い、残る力を振り絞ってジーク達の“映し身”を作り出したのだ。
 しかしその胸元からはぼたぼたと血が滴っていた。ジーク達が、エイテル達がごくりと息
を呑んで彼女に眼を遣っている。
「……無茶をなさいますね」
 シゼルは小さく哂っていた。光り輝く祭壇を背に、黒く蠢く下僕達を従えながら。

「な、何だ、こいつら?! 何処から出てきた!?」
「黒ずくめの被造人(オートマタ)に鎧騎士……。まさか“結社”かっ!」
 一方その頃地上では、始祖霊廟前の中庭でも戦いが始まっていた。
 聖教典(エルヴィレーナ)の開帳、その準備が整うまで地上で待機していた他の神官兵と
騎士達だったが、突如空間転移してきたオートマタ兵の軍勢に強襲され、瞬く間に防戦一方
となってしまっていたのである。
 特に、その中に黒騎士──新型の狂化霊装(ヴェルセーク)が一体交ざっていたのが致命
的となった。パイプ役をしていたリカルドが手に入れ、教団上層部から降りてきた情報によ
るとこの黒騎士は生きた人間をその動力源に使っているという。そんな知識のせいもあり、
下手に攻撃することを躊躇ってしまったせいもある。逆にヴェルセーク当人は全く彼らのよ
うな遠慮は無い。狂化された力そのままを、鱗状刃の右腕で薙ぎ払い、気付けば相当数の神
官兵らが重軽傷を負って倒れてしまっていた。
「地下はどうなっている!? 教皇様達とは連絡がつかないのか!?」
「だ、駄目です。通じません! 魔流(かいせん)がジャミングされているようで……」
 状況がいまいち把握し切れない。それでも神官兵達は霊廟の入口前に集まり、彼らの侵入
を防ごうと戦っていた。防衛線の内側で、技術兵がエイテルらの無事を確認しようとする。
だがシゼルが乱入し、多くの手駒を召喚しているためか、既に周辺の魔流(ストリーム)は
平素の流れから大きく変質させられてしまっているようだ。
「くそっ! どこまでも邪魔を……」
「棟内から待機組を呼べ! このままじゃ霊廟ごと叩き壊される!」
 上からの指示を待っていては間に合わない。そう判断して、現場の神官騎士らは辛うじて
無事な回線を全て本部内の友軍へのSOSに回させた。剣戟の音は否応なしに聞こえていた
のだろう。連絡を取るか取らないかよりも早く、既に数隊が駆けつけてくれる。だがどんな
に数を率いても、半ば無尽蔵に湧いてくるオートマタ兵達の勢いは押さえられなかった。何
よりもヴェルセークという怪物がこちらの友軍を数十・数百単位で抉り取ってしまう。
「真正面から押そうとするな! 数で囲め!」
「地理を活かせ! ミノフス隊、ランバート隊、シェスカ隊、左側面を!」
 故に一同は、駆けつけてくる味方の数を当てに、オートマタ兵とヴェルセーク達を中庭と
いう空間の中に閉じ込めて時間を稼ぐ作戦を採ろうとしていた。背後は壁、右側面と正面は
霊廟前に最初待機していた兵力と、追加でやって来た味方の兵力を随時混ぜながら奥へ奥へ
と押し固めるように展開する。
 左側面は、この追加の彼らの半分を注いだ。
 銃弾が飛ぶ、剣先が突き立てられる。数で肉薄し、押さえ込む。一ヶ所に纏めてしまえば
範囲型の魔導で消し飛ばすことも──。
「グ……オアァァァーッ!!」
 咆哮と、反射的に強張る彼らの全身。
 オートマタ兵らにすし詰め状態にされてゆくのが癪に障ったのか、ヴェルセークが次の瞬
間吼えた。右の豪腕は届かない。ならばと今度は左手を正面にかざし、レーザーの光を溜め
込み始めたかと思うと、正面から敵援軍のやって来る左側面へ、掃射のようにこの一条の破
壊光線をスライドさせたのである。
『があああッ!!』
「ひ、退け! 退けーッ!」
 ごっそりと、扇を描くように緑の地面が抉れ、その射線上に焼き爛れた神官兵達の山が築
かれた。密集して押し遣っていた作戦を、さも逆手に取られたのだ。
 辛うじて逃げた者達は絶望したように顔を引き攣らせていた。目の前で、見知った顔がい
とも容易く死んでいる。
『……』
 ガチャリ。更に暇を与えないように、オートマタ兵らは隊列を整え直した。
 脅威のレーザーを放つ為にヴェルセークは後方へ。これを守るように四方にぐるりと長盾
と槍を装備したオートマタ兵が並ぶ。そこから更に二刀剣の兵と、機銃の兵が交互にこの外
周に並び、対峙する神官兵らとの接触線に構える。
「……そんな」
「もう駄目だ……。おしまいだぁ……」
 だが、そんな時だったのである。
 睨み合う──その実は“結社”の侵入者達に気圧される構図の中、突如としてぐいと引っ
張られる力があった。それは狙い澄ましたようにオートマタ兵らだけを捉え、中空へと千切
っては投げ、千切っては投げしてその防御層を突き崩す。更にその隙間を縫って、幾本もの
黒い触手がまるで鋭い刃のようにぐんと伸び、次々とヴェルセークの装甲に突き刺さったの
だった。フルフェイスの赤い左のレンズ眼がギロリとその方向を睨み、全身を縫い止められ
ても尚、破壊を続けようとする。
「何やってんだ、お前ら!」
「地下には教皇様や総隊長がいるんだぞ? 諦めるなんてことは許さない」
「ダーレン隊長、ヴェスタ隊長!」
「良かった……。まだ助けがあった……」
 本棟の渡り廊下から飛び出してきたのは、まだ手負いのままながら事態の急変を知って押
し出てきたダーレンとヴェスタだった。両手に纏わせた《寄》でオートマタ兵達の陣形を切
り崩し、手加減なしの《影》の触手がヴェルセークに刺さっている。
「全く、やれやれだ。ただでさえ私達は骨折れ損のようなものだったのに」
「同感だ。正直癪だが、このままみすみす殺させれば、外交問題にもなりかねんしな……」
 部下達を率いて拳を構え、或いは剣をざらりと抜き放つ。
 私情は燻っているが、組織が和解を受け入れざるを得なくなった以上、もうそれを表に出
すことはできまい。やったやられたを除けば、彼らの中には一国の王子すら含まれている。
「諦めるな! 総員、俺達に続け!」
「この無粋極まる侵入者どもを、駆逐する!」

 教団本部の外、聖都の市中は落ち着きつつあった。他ならぬ神託御座(オラクル)からの
思わぬ介入により、教団とクラン・ブルートバードの諍いに終止符が打たれたためである。
 これで一件落着だ──。人々はそう信じて疑わなかった。
 元より、頑なに教団側を擁護していた者がどれだけいたのか。教団関係者はともかく、大
半の人間は信仰と生活がそこまで深くイコールで結び付いていた訳ではない。
 第一の望みは、これまでの生活が続くこと。そしてあわよくば少しでも上向くこと。
 仮に敬虔な信徒であったとしても、その殆どは過激な抗議行動など望まなかった筈だ。力
に訴えるという選択は、それ自体が彼らの信じてきたものを根幹から否定し、冒涜する行為
に等しいのだから。
「せ、先輩……。やっぱり止めましょうよ~……」
 だがそんな市中に広がる沈静の中、果敢にも教団本部へと忍び込もうとしている二人組が
いた。彼らは共にワイシャツとズボン姿、小柄な方は首から写姿器をぶら下げ、先の崖道を
よじ登るもう一人を気弱そうに追っている。
 二人はとある雑誌社の記者だった。聖都の市民ではない。
 混乱が収拾してゆく市中をこっそりと迂回し、彼らは教団本部が建つ山の斜面を隠れなが
ら、駆け抜けながら登っていく。
「ばっきゃろう! 今更尻込みしてどうする。こうでもしねぇとデカい情報(ソース)なん
ぞ永遠に回って来ねぇぞ。ただでさえうちみたいな小さい所はカツカツだってのによ」
 先を行く、先輩らしき負けん気の強そうな記者は言った。肩越しにこの後輩を振り返り、
ギロリと睨みを利かせるようにしてごちる。
「……対“結社”の戦いが始まってから、統務院も万魔連合(グリモワール)もすっかり口
が堅くなっちまった。自分達に都合が悪い情報は出さないって気が満々だ。いいか? 俺達
ジャーナリストは連中の広告塔じゃねえ。寧ろあいつらが隠したがること、埋もれて見えな
くなっちまったことを掘り起こして社会に広く知らせるのが使命なんだ。その為には権力と
闘うことだって臆しちゃいけねえ。会社は小さくても、志はどーんとデカくだ」
「……はあ」
 生返事をする。しかし彼は内心、この先輩記者の主張にはあまり賛同できなかった。
 悪いが、自分はそこまで熱くはなれそうにない。飛ばしを書いて、向こうさんや大手から
干されれば、それこそ食っていけなくなるではないか。
 ジーク皇子達と教団の和解。
 神託御座(オラクル)異例の広域声明。
 記事のネタとしてはもう充分過ぎるくらい、インパクトはあると思うのだが……。
「それに、各社横並びで同じことばかり載せてたら、それこそ幾つも社がある意味がなくな
るだろうが。……俺達がやらなくても、遅かれ早かれ誰かがやるぜ? 余所にはないソース
を見つけてきてすっぱ抜く。お前も記者の端くれなら、もうちっと欲を出せよ」
 街を見下ろせる削り取られた斜面を登り、茂る草木に隠れながら、二人は大きくぐるりと
Uターンしながら教団本部に向かって降りていった。
 目指すは本部の外壁。場所によっては、部分的ではあるが中の様子を覗き込めるスペース
がある。
「ん~……。やっぱ厳しいなあ」
「そりゃそうですよ。付け入る隙があったら困りますもん」
 担いできた小さめの脚立に乗り、間近に迫る斜面に足を引っ掛け、先輩記者はああでもな
いこうでもないと身を乗り出しては外壁の向こうに広がる本部の様子を探ろうとしていた。
それを嘆息をつきながら後輩記者は見上げ、写姿器を手に周囲の気配に注意を配っている。
「でも……何だか今日は割合すんなり覗けましたね。この前まではこんな際にまで神官兵が
うろついてて失敗続きでしたけど」
「ああ。そう言えばそうだな。大方ブルートバードとのいざこざにケリがついて、警戒のレ
ベルを下げたんだろうよ」
 答えながら覗き込み続ける。そんな時だった。……遠巻きに見える渡り廊下を、何人もの
神官兵達が大層慌てたように走っていくのが見える。
『急げ! 北の中庭だ!』
『しかし何でまた……。やっとブルートバードとも落とし所が見えたっていうのに……』
『畜生ッ! “結社”の奴ら、よりにもよってこんな時に邪魔を……!』
『無駄口を叩く暇があったら走れ! 教皇様や聖浄器を守るんだ!』
 だからこそ、耳を澄ませて飛び込んできたその断片的な情報に、塀の上から顔を出して覗
き込んでいたこの記者二人は思わず顔を見合わせていた。先輩だけではなく、後輩の方も脚
立の上に上り掛かって来、今聞いたそれを信じられないという風に眼を瞬かせる。
「……先輩」
「ああ。こいつは、とんでもない事になったぞ……」
 後輩記者が、理解したその事実に震える。
 だが一方でこの先輩記者は、寧ろ興奮したように目を見開き、嗤った。


「学者の嬢ちゃんが、敵ぃ?!」
 時を前後して、南方上空のルフグラン号。レジーナ経由でジーク達がピンチだと聞かされ
たダン達南回りチームは、急いで同船内へと転送リングで戻って来た。そしてそこで合流し
た、傷の手当を済ませたシフォンやクレア、リカルド隊士らから一行は衝撃の事実を聞かさ
れることとなる。
「ああ。彼女はあのシゼル・ライルフェルド本人だったんだ。何故二百年前のヒューネスが
当時の姿のまま生きているのかは分からないが……僕達は見事に嵌められたという訳さ」
 曰く、地下水洞を進んでいたシフォン達に突如として本性を現し、牙を剥いたシゼル。そ
の圧倒的な力の前に彼らは為す術もなく痛手を負い、閉じ込められたのだという。
「私達を足止めした後、どこかに消えちゃったの。多分、ジーク達を追って聖浄器を横取り
するつもりだよ!」
 必死に訴えるクレア。ダン達は険しい表情にならざるを得なかった。
 ピンポイントに自分達を邪魔してきたこと。その身一つで為した空間転移。十中八九、彼
女は“結社”の一員だったのだろう。
「チッ……そういう事か。でもよ? それじゃあ何でお前ら、こうして船まで戻って来れた
んだ?」
 だからこそ、ダンは皆を代表して問う。
 しかしその質問をぶつけるや否や、シフォン達はきゅっと唇を結んだまま黙り込み、互い
の顔を見合わせていた。
 状況からして、誰か仲間が機転を利かせてくれたのだと思うが。そういえば、今この場に
リカルドの姿が見えない……。
「まさか」
「いや、命に別状はない。ただかなりのダメージだ。暫くはまともに動けないだろうね」
 眉根を寄せたシフォン曰く、その功労者は現在医務室で集中治療を受けているそうだ。
 全く、どんな無茶をやったのやら……。ダンはそう、グノーシュやミア、サフレ達と顔を
見合わせたが、今は呑気に見舞っている暇はない。
「……それで? 聖都(あっち)の状況はどうなってる?」
 操舵室中央の制御卓(コンソール)に表示されたクロスティア上空の様子。ダン達は誰か
らともなくこの前に集まった。レジーナやエリウッド、ルフグラン・カンパニーの技師達に
訊ねながら言う。
「正直言って、空撮からでははっきりとは分からない。街自体は現状、騒動も落ち着いて平
常を取り戻しつつある。だが、シフォン君達の話では、シゼル・ライルフェルドがジーク君
達の下へ向かった。始祖霊廟で、何か良くないことが起きているのは間違いない」
「イセルナやハロルドは? 連絡は取れないのか?」
「うん。さっきから何度も掛けてはいるんだけど、回線が上手く繋がらなくって……。多分
魔流(ストリーム)自体がジャミングされてる。ジーク君達を孤立させる為でしょうね」
「参ったな……。せめてその霊廟ってとこの様子を見れればいいんだが」
「流石に世界規模で監視の眼をってのは、この船には搭載されていないよ。今から撮りに行
こうにも時間が掛かり過ぎる」
「うーむ……」
 ジーク達の危機。そう聞いて急ぎ船に戻ろうとした時、アリアとロイドは賢明にも素早く
その意を汲んで送り出してくれた。それだけではなく、またウィルホルムに戻って来れるよ
う、仮ながら陣の敷設も申し出てくれた。
 確かな情報は、シフォン達がシゼルに裏切られたということだけである。だがそれだけで
疑わしきは充分だった。もう頭の中では、やるべき事は決まっている。
「イセルナは大丈夫だと言ってたが……。助けに行くぞ。どうせこっちはあと三日暇がある
んだしな」
「ああ。その言葉を待ってた。船長、急いで俺達をクロスティアに飛ばしてくれ」
「あ、うーん、それなんだけど。基本都市部って魔流(ストリーム)が乱れがちだし、そも
そもあそこには結界が──あれ?」
 ダンが決断し、グノーシュ以下仲間達が頷く。
 しかし現地画像を確かめていたレジーナは、いまいち歯切れが悪い。始点と終点、双方に
きちんとした設備がない状態の転移には通常多くの困難が伴うからだ。
 にも拘わらず、次の瞬間、彼女は小さく驚いたように画面をずいと覗き込んでいた。エリ
ウッドや技師達、ダンらも「何だ?」とこれに倣う。
「穴が空いてる……。聖都の結界に、穴が空いてるよ!」
「は? 穴? 何でそんなモンが──」
「既に転移した者がいるということだ。見る限り、位置もちょうど教団本部の真上のように
みえる」
 導信網(マギネット)経由で収集した、聖都上空の魔流(ストリーム)状況。
 そこには確かに、渦巻くドーム状の塊の一点にまるで力ずくで捻じ切ったような穴が空い
ていた。何故と驚く一同に、これをじっと見ていたクロムが見解を示す。
「それって、やっぱり彼女なのかしら」
「そう考えて間違いないだろう。話の通り、ジーク達を追ったようだ」
「たたた、大変です! 急いで追わないと……!」
 ああ。リュカの確認にクロムが再度肯定し、慌てるマルタにダンが「分かってる」と言わ
んばかりに歯を噛み締めた。
 やはり状況は宜しくない方向に傾いているようだ。全く、結社(やつら)とはとことん反
りが合わない……。
「レジーナ、エリウッド、大至急俺達を飛ばしてくれ。ここやホームの連中も借りていく。
結界に穴が空いたままってことは、俺達もそこを通って転移できるんだろう?」
「う、うん。多少リスキーではあるけど」
「基本的に一方通行だ。それでも構わないね?」
「ああ。今は後のことを考えてる暇はねえ」
 奇しくも、シゼルの通った穴が進入路となった。ダン達の返事を受け、レジーナとエリウ
ッド以下技師達は急ぎ空間転移の準備に掛かる。
「私モ連レテ行ッテクダサイ。モウ修理ハ完了シテイマス」
「勿論だよ。がっつり働いて貰うからね」
「ああ。敵は彼女一人でない可能性が高い。また市中が戦場になるのは忍びないが……」
 急ぎ操舵室の地下から船底を通り、転移装置のある設備棟へ。
 併せて船内やホームから呼び寄せた団員達を引き連れ、一路ダンとシフォン達は、再びの
混乱に呑まれる寸前のクロスティアへと飛ぶ。

 減速したかのようにみえた歯車は、それぞれが良かれと思い、或いはその利を求めていく
が故にまた回り出す。
 教団本部、始祖霊廟での“結社”出現の報は、とある小さな雑誌社の特報を皮切りに瞬く
間に人々の知る所となった。
 それは勿論、聖都の市民らとて例外ではない。ようやく解決したとばかり思っていた一連
のいざこざが、また更に混ぜっ返されたと知った時の絶望は如何ほどであったか。
「やったぞ! 同志がやってくれた!」
「俺達も加勢するぞ!」
「聖都にも、在るべき姿を!」
 そしてこの飛ばし記事は、結果的に摘発を逃れ、市中に潜んでいた“結社”の残党達を奮
い立たせる事態を招いた。彼らはそれがシゼルだとは知らず、しかし同じ変革の思想で繋が
る同志だと高揚し、次々に武器を取って街に繰り出す。
 この事態に、警備を引き上げ始めていた神官兵らは大いに苦戦させられた。
 結社(れんちゅう)の工作員は、こんなにもいたのか……。
 残党達は街の方々から北へ、教団本部へと攻め上がる。その突然の蜂起に散在する各隊は
数の上でも劣勢を強いられた。
 何せ、ここまでの争いでミュゼにダーレン、ヴェスタを始めとした少なくない数の隊長格
が倒され、或いは本部内に戻ってしまったのである。指揮系統は瞬く間に混乱した。連携を
取るような暇もなく、次々に数の上で孤立してゆく。本部に事態を知らせ、応援を求めよう
にも上手くいなかった。言わずもがな、その本部自体もまた、シゼルと彼女が召喚するオー
トマタ兵や狂化霊装(ヴェルセーク)を止めるので精一杯だったのだから。
「くっ……! 応援は!? 本山からの応援はまだか!?」
「だ、駄目です! 既にあちらにも敵の手が……。どうやらこいつらが湧いて出たのも、そ
の侵入者の影響のようで……」
「何て事だ……。というより、訳が分からんぞ。何故前線(わたしたち)よりも早く、市中
にその情報が広まっている……?」
 “結社”の信徒・信者の軍勢はさも合流する川のようにやがて一つのうねりとなり、街の
北へと向かい始めた。神官兵達はこれを防ぎ、押し留めようとするが、兵力の差は如何とも
し難い。留めることすらままならず、悪意の濁流に呑み込まれる。
 気付けば、彼らに交じって黒衣のオートマタ兵もその数を増し始めていた。悪夢である。
市中の神官兵達は、為す術もなく押し遣られ、一人また一人と倒れるしかない……。
『──』
 だが、そんな時助けは現れた。両者の最中に轟と空間が抉れるような衝撃が降り注ぎ、一
旦敵味方を問わずに吹き飛ばされる。
 な、何だ……? 神官兵達が、信徒やオートマタ兵達がそれぞれに尻餅をついて驚き、或
いは警戒して武器を真っ直ぐに構える。
「……おいおい。こりゃあ予想以上に面倒な事になってるぞ」
「彼女の強襲に乗じて、残党が盛り返してきた、という所かな」
「……そうはさせない。あそこには、レナがいる」
 ダンやシフォン、ミア。クラン・ブルートバードの軍勢だった。最初こそ神官兵らはぽか
んとしていたが、彼らが自分達に背を向け、庇ってくれているらしいと解った時、その表情
には少なからず泣き崩れるかのような安堵が零れる。
「シフォン、サフレ。奴らの両側に回れ。三方向から叩き潰す」
「了解。六番隊、総員右翼へ!」
「はい。七番隊、左に回り込むぞ!」
 ダンの指示を受け、二人のそれぞれ率いる隊が一旦街の路地へとなだれ込んだ。これに気
付いたオートマタ兵らが信徒達よりも先んじて追討に掛かろうとするが、その動きをリュカ
の使い魔達(シュヴァリエル)やステラの《月》が回り込み、力を奪い、阻む。
「させないわよ?」
「ルナっち。がんがん吸っちゃって! 何よりも先ず数を押さえなきゃ」
 おお……。神官兵達は暫しこの連携プレーに見惚れていた。颯爽と現れ、流れるように敵
軍勢を呑み込んでゆく。戦い慣れした冒険者達だからこそ可能な迅速さだ。
「おいこら、ぼさっとしてんじゃねぇよ。お前らも働け。本部にゃあ、うちの団長達やお偉
いさんがいるんだろ?」
 ハッとなり、彼らはダン達と並び立って構えた。もう自分達だけじゃない──。数は依然
として向こうが勝っていたが、それも心では拮抗し、持ち直した。ミアが握り拳を鳴らす。
グノーシュが幅広剣に電撃を蓄える。オズとクロムがそっと眼光を持ち上げ、リュカとステ
ラが次の魔導を詠唱し始めた。ダンもぶんっと戦斧を振るって、鬨の声を上げる。
「さあ、お掃除だ。さっさと片付けて、イセルナ達を助けに行くぞ!」

 時は更に遡る。
 当初、シフォン達はシゼルの案内で地下水洞を進んでいたが、その最深部と思しき地点に
差し掛かった頃、絶体絶命のピンチを迎えてしまう。
 言わずもがな、シゼルの裏切りであった。
『──どういう……ことだ……?』
 鍾乳洞内が下り坂から上り坂へ。足元の感触が出口への期待を呼び起こした時、先頭を行
くシゼルが「光なんてありませんよ」と呟いたのだ。
 えっ? シフォンが短く反応する。すると次の瞬間、彼女はこちらに振り向くと、かざし
た掌の魔法陣から一条の光を放って攻撃してきたのだった。
 寸前、シフォンは身体をよじって避けようとする。それでも脇腹を抉られ、どうっと大き
く膝をついた。突然の事に、後ろをついて来ていた仲間達も驚愕に引き攣り、駆け寄る。
『言葉の通りですよ。確かにこの地下水洞は方角的には教団本部の中庭に繋がっています。
ですがこの地下の岩盤を貫いて、本当に地上に穴が空いていると思いますか? もしそんな
抜け穴が敷地内にあったら、とうに埋め立てるなどの対策を取っている筈でしょうに』
 陰の差した哂い。豹変した彼女に呆然となるも、一行には確かなことがあった。

 騙された──。

 脇腹を押さえて肩で息をしているシフォン、そんな彼に駆け寄っていたクレア。いきなり
何でこんな事をするのか混乱する隊士達と、ギリッと唇を噛んで腰のホルスターに手を伸ば
そうとするリカルド。
『止めておいた方がいいですよ。貴方達では私には勝てません』
『うるせぇ! よくも、よくも……!』
 ジークの厚意を。
 二重速(トワイスクロック)! 最初に飛び出していたのはリカルドだった。背中に彫っ
た霊装の力で加速し、至近距離からの銃殺を狙う。
 だが、それは叶わなかった。突撃する直前、シゼルが全身に纏わせたオーラがぐんと膜の
ように広がり、彼の放った銃弾を弾き返したからである。
『ぎゃっ?!』
『えっ……? 弾かれ──』
 そしてその“反転”した銃弾は、運悪く隊士の一人の肩に。
 リカルドは目を丸くして肩越しにそれを振り返っていた。中空で跳んだまま、シゼルに隙
をみせたままで。
『がっ?!』
 二度目の、シゼルの魔導攻撃が彼を貫いていた。胸元を光線で射抜かれ、短い悲鳴を上げ
ながらリカルドはどうっと地面の上に倒れる。リカルド! 手負いのシフォンが、クレアに
支えられながら叫んだ。一方、彼が傷付けられたことで、他の隊士達がいきり立つ。
『このアマぁ!』
『よくもリカルドさんを!』
『っ、止すんだ! さっきの能力──』
 剣を抜き、銃を手に取り、彼らはシゼルに襲い掛かる。シフォンはその激情が危険だと知
っていた。だが、そう叫んだ時には既に遅く──直後、彼女の《反》が、彼らの攻撃の全て
を彼ら自身に打ち返していた。
 白目を剥き、次々に倒れ込む隊士達。シフォンは、仰向けに息を切らすリカルドは、この
奇妙な能力を前に為す術がない。
『君は、一体……?』
『私ですか。そうですね……改めて名乗っておきましょうか。私の名はシゼル・ライルフェ
ルド。“学聖”の二つ名を賜っています。貴方達のことは、ハザン殿からもしばしば伺って
おりました』
 ハザン──。そしてその名を聞いて、シフォン達が更に目を丸くする。
 確か、それは“教主”の真名ではなかったか? いつかクロムが“結社”の内情について
色々と話してくれた際、語ってくれた筈だとこの二年の記憶を呼び起こす。
『何てこった……。よりにもよって結社(れんちゅう)の手先かよ……』
『いえ。寧ろ彼らが私達の部下なのですが──まぁ、それはいいでしょう』
 そしてシゼルはゆっくりと倒れた隊士達に近付いていき、ふとその腕から零れ落ちた腕輪
に目を留めた。転送リングである。拾い上げるその隙を見計らい、他の隊士達が逃げようと
するも、結局誰も発動できなかった。自分一人だけが逃げることに、呵責があったからだ。
『これは……。なるほど。こちらの転移網を模倣したのですね。危ない所でした』
 故に退路を塞がれる。少し検めただけで、彼女はその用途と出所を瞬く間に理解していた
のだった。
 シフォン達に手をかざし、呪文を唱える。攻撃か!? 身構えるも、動けない。
 だがそれは攻撃ではなかったのだ。寧ろ単純にいたぶるよりも残酷なこと。一行の周りを
ぐるりと覆うように、翠色の丸い結界が出現したのだった。
『……さて。貴方達にはここで足止めを食らって貰います。ここは知っての通り地下水洞、
その一番底に当たる部分です。時が来れば地下水が満ち、貴方達は溺死する事になります。
ああ、一応言っておきますが、その結界は中からは壊せませんよ? 魔導も通らないように
作ってありますで』
 この結界を見上げるシフォン達。早速叩くが、びくともしない強度。
 シゼルはご丁寧にも説明をしてやりながら言った。くすくすと笑う。笑い、そのまま白衣
を翻して転移の光に包まれて消えていってしまう。
『ではごきげんよう。これから私は、聖教典(エルヴィレーナ)を手に入れて来なければい
けませんので』

「──くそっ! 全然ビクともしない!」
「連絡は!? 団長さん達に連絡は!?」
「駄目だ、繋がらない! 魔導が掻き消されるってことは、魔流(ストリーム)も遮断され
てるってことじゃないのか?」
「うおおお! どーすんだよォ!? 水、水上がって来たぞ!? ほ、本当にこのままじゃ
あ俺達、溺れ死んで……」
 拳で叩こうとも、剣で砕こうとも、魔導を撃ち込もうとも、結界は壊れなかった。
 それでも尚、隊士達やクレアは何度も何度もシゼルに閉じ込められたこれを何とかしよう
ともがいていた。だが封印の効果も併せ持つそれは、度重なる衝撃にもビクともしない。
「おおお、落ち着いてください! な、何か方法がある筈ですっ! 何か……」
 クレアがそう自身も動揺を隠せないまま叫んでいた。透き通って、結界越しに鍾乳洞のさ
まは見えているのに、届かない。その一方でシゼルが言い残したように、気付けばこの最深
部に向かって徐々に地下水が溜まりつつあった。水位は時間と共に増し、今や膝下ほどまで
の高さに達している。
「……お、おじさ~ん……」
「……ごめん。正直、僕もお手上げだ。魔導にしろ物理的攻撃にしろ、こう限定された空間
を作られてしまえば迂闊に高威力の技も出せない。そもそもオーラ依存の攻撃が封殺されて
しまう以上、もう……」
 縋るような眼でクレアがこちらを見てくる。シフォンは非常に険しい顔を崩せず、ただ彼
女に謝るしかなかった。
 あの時サッと出現させたようで、かなり頑丈で狡猾な設計だ。
 それでも、何かある筈だ。少なくとも水は内部に染み込んでいる。つまりはそれくらい細
かい粒子であれば通るということ。問題は、それを今魔導以外の手段で以って試せるのかと
いう点なのだが。
「……」
 悩むシフォン。そんな仲間達の横顔を眺めながら、リカルドは考えていた。
 正直言ってこの状況はもう詰んでいる。時間だってあまり多くはない筈だ。今更シゼルの
策略に嵌ったことを悔いてみても仕方がない。ここが水没する前に、脱出しなければ。
(……なりふり構ってらんねぇか。もう、あれしかない)
 この状況は詰んでいる。そう、この“今”の時点では。
 仮の止血で踏み止まった身体で、どこまでもつか……。ぎゅっと、リカルドは胸元を押さ
えながら大きく息を吸い込んだ。仲間達には、直前まで悟られてはいけない。
(調刻霊装(アクセリオ)──負重速(ゼロヌスクロック)ッ!!)
 その刹那だった。背中に彫った刻の呪文(ルーン)が起動し、しかしその文様に光が点る
順番は逆になる。
 ガクンと猛烈な負荷が全身に掛かった。世界がモノクロのスローモーションになり、直後
後ろへ後ろへ線を引きながら遠退いていく。
 負重速(ゼロヌス)。それは自身の時間を早めて加速するのではなく、遅延させることで
時間流を過去へと押し戻す──即ちタイムスリップさせる技である。
 だが巻き戻していられる時間は少ない。何よりも通常の加速よりも更に負荷が増す。
 禁じ手に近い、奥の手だった。だがこれしかなかった。絶体絶命の不利を覆し、あの裏切
り女に一発ぶちかましてやる為には。
(ぐぅ……ッ! 流石に……ダメージが……)
 線を引きながら遠退いていく世界が、程なくして緩まった。そこには先程まで結界の中で
もがいていたシフォン達の姿はなく、代わりにモノクロの世界の中でシゼルに先手を打たれ
て膝をつき、手負いのまま相対する彼らの姿があった。
 戻れた。先ずは第一関門。
 だが異なる空間への移動という効果は、既にリカルドの全身に猛烈で痛切な悲鳴を上げさ
せていた。一歩一歩が恐ろしく重い。一方で、シゼルが手に取った転送リングを片手に、掌
をかざして結界を作り出そうとしている。先刻の再現だった。リカルドはまるで超重力にで
も押し潰されるかのような鈍重と戦い、シゼルの後ろへと回った。震える手でホルスターに
手を掛け、銃を抜き、その口を彼女の後頭部へと押し当てる。
(これで……っ!)
 彼女を止めれば、結界に閉じ込められるという現在(みらい)は掻き消される筈だ。
 再び線を引きながら世界が移動してゆく。元に繋がろうとしているのだ。リカルドはモノ
クロが薄れていく世界の中で、仲間達に向かって叫んだ。
「に……逃げろおッ! 船に……戻れェ!!」
 そして同時、彼はその引き金を、最後の力を振り絞って引いて──。


「紅梅……三分咲!」
「ブルート!」
 二体の狂化霊装(ヴェルセーク)に、ジークとイセルナが挑みかかる。
 《爆》で強化されたオーラの斬撃を、精霊融合──攻撃特化の蒼鎧態から繰り出す冷気の
半月剣で一刺しを。二人の渾身の一撃が、より堅固に強化されたヴェルセーク達の装甲を貫
いていた。
 鱗状刃の右腕が、肩ごと斬り剥がされる。
 内側から膨張した氷刃が、右半身を砕き飛ばした。
 断面から見えたのは、ヴェルセークの中身だった。使い潰され、真っ白になった生身の人
間が一人ずつ、虚ろな瞳で収まっている。二人はそれを確認すると、彼らをむんずと掴んで
引っ張り出した。だがどうっと、動力源にされていた彼らは倒れ込んだが、床に転がれば転
がったままで目を覚ます様子はない。
「あらあら……流石にやりますね。ここまで盛り返してくるとは」
 五体いた狂化霊装(ヴェルセーク)は残り一体まで減っていた。それでもシゼルは不敵に
笑いながらパチパチと拍手をし、この残す一体が彼女を庇い守るように立ちはだかる。
『──』
 そんな彼女を、リザの操る人形達が狙い続けている。
 《反》の色装という強力なカウンター能力を持つシゼルには、これ以上生身の残存兵力を
ぶつける訳にはいかない。実際それに気付けず、神官兵の側が大分返り討ちに遭ってしまっ
た。今はハロルドを軸にオートマタ兵を一掃し、教皇や枢機卿達、そしてリザに治癒魔導を
かけ続けているレナを守りながら上階への出口を確保しようとしている。
「……しつこいですね」
 しかし、ジークやイセルナ、リザの姿を模した人形達は、やはりこの《反》の防御壁の前
に一撃すら入れられていなかった。振り下ろした攻撃が弾かれ、反転して己に襲い掛かり、
また一体また一体と消滅してゆく。
「まだ……まだです。私の色装なら、貴女を足止めすることぐらいはできる!」
「り、リザさん落ち着いて。無茶ですよう。そんなに力んだら傷口が開いちゃう……」
 レナの《慈》による回復を受けながら、それでもリザは《鏡》の色装で分身を作り出し、
攻め続けさせることを止めなかった。
 あと一体だ。あと一体、二人が破壊できれば、あの女から聖教典(エルヴィレーナ)を守
れる……。
「ふむ。あまり悠長に構えていてはいけませんね……。そろそろ遊びも終わりにしないと」
 だからからか、少しずつ押し返されてきた状況を眺め、シゼルが呟いた。残り一体のヴェ
ルセークを祭壇部屋の前を塞ぐように配置し、踵を返そうとする。
「くそっ! 間に合わねぇ!」
「仕方ないわね。史跡のど真ん中だけど、足止めを──」
 だが、ジークやイセルナ達が立ち塞がるヴェルセーク越しに左右を抜けようとし、或いは
霊廟の崩落覚悟で魔導を撃とうとした、次の瞬間だったのだ。
「ッ?!」
 撃たれた。それよりも先に背を向けかけていたシゼルが、突然何者かに後頭部を撃ち抜か
れて吹き飛んだのだ。
 ジーク達が目を丸くする。やっと反応して振り向けたのは、彼女が吹き飛んで自分達の後
ろまで大きく転がり込んでからだった。
 何が……起きた?
 しかし周りを見渡せど彼女を撃ったらしい味方はいない。そもそも、ヴェルセークを挟ん
で向こう側にいた彼女を背後から撃ち抜くなんてことは物理的に不可能な筈だ。
「──レナ!」
 だが、今はそんな事どうでもいい。ジークは叫んでいた。ビクッと、当のレナが小さく身
体を震わせてこちらを見る。
「今の内に聖浄器を! あれはお前のモンだ!」
 千載一遇のチャンス。ジークの咄嗟の判断だった。レナは数拍硬直し、しかし弾かれたよ
うに立ち上がると、後ろの養父(ハロルド)の援護を受け走り出した。出口付近に篭城する
オートマタ兵が一抜け二抜けしようとするが、彼の魔導や、この期を逃すなと奮い立った神
官兵達がこれを薙ぎ払った。うつ伏せのままのシゼルの横を抜け、ジーク達の方へ。ヴェル
セークが眼光を光らせたが、これをジークは真正面から止めに掛かる。
「させる……かよっ!」
 迫り出した刃で繰り出す右腕を、ジークは二刀を交差させてがしりと受け止めた。踏ん張
った地面に大きな窪みができる。だがそれにもめげず、ジークは耐え続ける。イセルナも、
瞬時にこれを見て冷気の剣をヴェルセークの足元に向けて一閃した。瞬く間に両脚が凍り付
き、その身動きを封じる。
「はあっ、はあっ……!」
 レナが息を切らせながら後ろを通り過ぎていった。期せずしてがら空きになった祭壇部屋
への道がようやく開き、一人中へと突入しようとする。
「──」
「ぬんッ!!」
 その後ろ姿を、ヴェルセークが眼で追っていた。もう片方の左腕から、レーザーを溜めて
攻撃しようとする。だがジークは目敏くこれに反応し、交差を解いた瞬間に蒼桜の斬撃を飛
ばした。レナに照準を合わせようとした左腕が、綺麗にスパッと弾け飛ぶ。
「はあっ……! っ……!」
 侵入者との乱戦があっても、変わらず燭台は灯り続け、中央の石棺の上には金色の輝きを
纏う魔導書が佇んでいる。
「……これが、聖教典(エルヴィレーナ)」
 んっ。そんな時だった。地面に突っ伏していたシゼルがむくりと起き上がったのは。
 ひっ?! 枢機卿や、神官兵達が思わず身じろいだ。こいつ……不死身か? 何者かは分
からないが、確かに後頭部を撃ち抜かれていた筈なのに。
「……やれやれ。とんだ邪魔が入りました。……ふむ、なるほど。異相からの介入ですか。
お陰で取られてしまいました。任務失敗です」
「何が取られただ。元からお前らのモンじゃねぇよ」
「そういう貴方達の物でもないと思いますが。それにあれは、もう武器として使われるべき
代物でもない」
「……何?」
 まるで逆再生するかのように後頭部の傷口が塞がってゆき、血まで綺麗に見えなくなって
いった。白灰の髪をぽりぽりと掻き、数拍何処か遠く別の所に眼を向けるようにして何やら
一人で納得している。
 ジークが苛立ち、言った。その後ろでは他の四体と同様、右半身を引き剥がされたヴェル
セークから生身の人間がぐったりと転がり出ており、イセルナもブルートと融合した姿のま
ま殺気を放っている。
 シゼルは哂い、言い返していた。更にその言葉は奇しくも、以前ヨーハンが呟いたそれと
酷似するものだった。
「お前ら、一体何を知ってる? 何でお前らは“大盟約(コード)”を壊そうなんて──」
 しかしそんな時だった。疑問が疑問を呼び、ジークが直接彼女に問い質そうとした次の瞬
間、祭壇の方から眩い光が吐き出されてきたのだ。
 な、何だ……? 思わずジーク達やリザ、エイテルに枢機卿、神官兵達が振り返り、眩し
げに目を細めてそれを目撃する(みる)。
『──』
 レナだった。いや、何だか様子がおかしい。文字通りに眩しいその佇まいが、急に神々し
くなったというか……。
「……レナ?」
「いえ。何だか様子がおかしいわ。まるで人が変わったみたいに……」
「それってまさか。クリシェンヌ?」
「そのまさかのようだな。どうやら生前に、自身の記憶をコピーしていたらしい」
 ジーク達が唖然とする。そのさまを視界にこそ映せど、ゆっくりと進み出したその歩みの
先には、シゼルがいた。彼女は他の面々とは打って変わってさして驚きもせず、寧ろ挑戦的
な風に立っている。
『随分と私の墓所で暴れてくれましたね。立ち去りなさい。この力はもう彼らの物です』
「アイリス・ラ=フォン・クリシェンヌの残留思念……。憎らしいですね。そこまでして今
の世界の人々を守ろうというのですか。この世界の人々“だけ”を」
『ええ。分かっています。それでも私は、私達が人である以上、人であることを諦めたくは
ないのです』
「……矮小な。それを人は、業と呼ぶのですよ」
 レナの身体を借りたクリシェンヌとシゼル、二人の人物が距離を取って相対していた。
 所々言葉の意味が分からない。だが少なくともこの両者が決定的に隔絶していることだけ
は何となく分かった気がした。
 ジーク達が息を呑む。暫くの間、二人はじっと見つめ合っている。
 だがそうした末に、先に動いたのはクリシェンヌだった。金色の光を纏うエルヴィレーナ
を手にしたまま、ざっとその手を大きく高く掲げる。
 ──有り体に言うのならば、奇跡だった。
 次の瞬間、彼女の手から膨大な光が漏れ、地下を貫いて地上へ──聖都全体へと溢れてい
った。見上げる人々、市中で戦っていたダン達や神官兵。空高く昇った光の塊は、直後無数
の雨となって降り注いだ。それらは一条一条が強力な浄化の力を纏い、市中に増殖し続けて
いたオートマタ兵を無に還した。中庭のそれも、ヴェルセークも、この光を浴びて忽然と消
え去り、或いは機能を停止して崩れ落ちる。
 そしてそれは、何も地上だけの話ではない。ジーク達のいた地下霊廟も同じだった。残存
していたオートマタ兵は無に還り、引き剥がして地面に転がっていた真っ白な人々も何処か
穏やかな表情で眠り始めたような気がする。
 呆然と、ジーク達は見ていた。レナなのか、クリシェンヌなのか。
 少なくとも、今自分達は奇跡を──“聖女”の力、その一端を見ている……。
「……仕方ありませんね。退き時、ですか」
 やがて次に、シゼルが大きく嘆息をついた。片手を白衣のポケットに突っ込み、やれやれ
と言った風に壊滅した地震の手勢らの跡を見る。
「ではまたいつか。今度会えた時には」
「あっ、ちょっ──!」
 ハッと我に返って追おうにも既に遅し。次の瞬間彼女は、空間転移の光に包まれながら消
え去っていってしまう。
『……』
「レナ、ちゃん? それとも“聖女”クリシェンヌ様でしょうか?」
『はい。ですが私は原典(オリジナル)ではありません。その司祭殿の見立ての通り、彼女
がいざという時の為にこれに遺した、記憶と人格のコピーです』
 レナの身体を借りたクリシェンヌがゆっくりと歩いてくる。穏やかな金色の輝きを纏い、
優しい笑みでこちらに近付いて来る。
 面食らう一同の中、イセルナが意を決して誰何した。ジークやエイテル達がちらっとハロ
ルドの方を見た。当の彼は、養女(むすめ)に取り憑いたこの英雄をじっと見つめている。
『断片的ではありますが、事の一部始終は見させて貰いました。悪しき者達の手からこれを
守っていただき、本当にありがとうございます』
「あ、いや……とんでもないッス」
 目の前にいるのはレナ、互いに知り尽くした仲間の少女だ。
 なのに何故だろう。今の彼女は、本当に直視することすら気後れするほど美しい……。
『貴方は……シキ殿の末裔ですね? どうやら半分のようではありますが』
「あ、ああ」
 にも拘わらず、レナの身体を借りたクリシェンヌはジークのすぐ前までやって来て優しく
微笑む。ぼうっとして生返事を返すしかなかった。半分とは、ジーク(とアルス)の血筋が
彼の妹の系譜から延びていることを言いたいのだろう。
『今更こんなことを言ってもどうしようもないとは思いますが……ごめんなさい。当時の私
達がもっとしっかりしなかったせいで、後世の貴方達にこんなにも過酷な運命を背負わせて
しまった』
「あ、いや。別にそれはいいんだけどさ……」
 正真正銘、本物の“聖女”。
 ジーク達は勿論、後ろで辛うじて生き残った神官兵やリザ、エイテル、そして枢機卿達は
かなりの衝撃を受けていたようだ。中にはその後光に当てられ、平身低頭でぶつぶつと祈り
と感謝を捧げている者もいる。
「一つ訊いていいだろうか? 先程、貴女はこの力は彼らの物だと言った。それはこのエル
ヴィレーナを、私達が所有してもいいという理解でいいのだろうか?」
『ええ。貴方達に預けます。この娘の記憶から必要な情報は得ました。かの“結社”との戦
いにおいて、私達がかつて使った力の死守は絶対の急務でしょう』
 うむ。眼鏡の奥を光らせて、ハロルドは頷いた。当人から許可が出たのだから、もうこれ
以上揉めることは無いし、許されない──ちらと横目でエイテル達を見たのは、そんな確認
と牽制の意味を込めていたのだろうか。
『ジーク・レノヴィン皇子』
「は、はいっ!」
 そして、レナの身体を借りたクリシェンヌはジークの目の前で言った。とても穏やかで慈
しむような眼で。或いは何処となく、くすりと笑って試すような眼で。
『この娘の事を……宜しくお願いします』
「? はい。そりゃあ勿論……」
 そこまでだった。直後それまでエルヴィレーナとレナの身体が纏っていた金の光は消え、
ぐらりと彼女がこちらに倒れ込んできたのだった。
「おっと……」
 思わず反射的にジークはレナを抱き止める。ふわりとした感触と、女の子の匂い。どうや
ら気を失ってしまっているようだ。だらんと全身の力が抜け、全てをジークに預けている。

「──連中が消えた。やったんだな」
 消滅したオートマタ兵。突然眠ってしまった信徒達。市中のダン達は突然の事ながらも仲
間がやり遂げたことに安堵し、空を見上げる。
「──何だったんだ? あれは」
「さあ……。だがとても安心する光だった。もしかすると……」
 北の中庭、霊廟前ではボロボロになりながらも敵の拡散を防ぎ切ったダーレンとヴェスタ
以下神官兵一同がぐったりと座り込んでいた。荒ぶる呼吸を整え、空を見上げる。相棒から
の問いかけに、ヴェスタはちらっと此処からは見えない、地下の秘宝のことを想った。

「……終わったのですね。今度こそ本当に」
「ああ」
 たっぷりと間を置いてエイテルが言う。ジークも駆け寄って来たイセルナとハロルドに囲
まれ、穏やかに眠り続けるレナを見守っていた。
「……よくやった。レナ」
 フッと慈しむように笑う。彼女の頭をそっと撫でてやった。片膝をついたままのリザも安
堵の表情を浮かべ、イセルナやハロルドもふいっと頬を緩め始める。
 終わったのだ。
 ようやく、やっと。


 今後こそ、聖都を覆う暗雲は晴れた。
 尤も、ここまで持ち直す為に払った犠牲は決して少なくはない。今はまだ勝利を祝い、皆
口にこそ出さないが、内心では「何故」という苛立ちが燻っている筈だ。
「それでは聖女様。壇上へ」
「は、はいっ」
 騒動から翌々日。教団側の急ピッチの調整のお陰で、この日ジーク達は開放された教団本
部の一角でその催しを観ることができた。本棟に向かう正面庭に設えられたステージ上に、
リザに促されたレナが緊張した面持ちで上がってゆく。壇上には既に教皇エイテルが待って
いて、周辺国の要人や報道各社、噂を聞いて集まった聖都の市民らが写姿器を構え、見守る
中、二人は互いにしっかりと手を握り合う。
 言わずもがな、これは教団とジーク達の和解を演出する為の場だ。神王ゼクセム──天上
の神格種(ヘヴンズ)達の介入により、エイテル達もこれ以上事を荒げる訳にはいかない。
 握手が交わされた瞬間、方々で激しく写姿器のストロボが焚かれた。わああと市民達の歓
声と拍手が上がる。
 ジーク達はステージ袖から彼女の勇姿を見守っていた。市中に現れた“結社”残党を防ぎ
に駆けつけてくれたダン達、絶体絶命のピンチから脱出したシフォン達も合流している。
「……」
 レナは輝きを失い、一見してただの古書となった聖教典(エルヴィレーナ)を胸元に抱え
たまま、最初数秒固まっていた。人々の視線が一様に真っ直ぐにこちらを見ている。
 ごくり。つい最近まで、いち信徒として暮らしてきた少女にとっては、やはりそう簡単に
物ともしないとはいかぬプレッシャーなのだろう。レナはちらっと肩越しに仲間達の方を見
てきた。皆が大丈夫と頷く。ジークも、その例に漏れずに笑みを向けてやって背中を押す。
だからか、そんな仲間達の励ましを──ジークの見守りを受け、彼女は訥々と話し出す。
「えっと……。み、皆さま。初めまして。レナ・エルリッシュと申します。既に報道などで
ご存知の事とは思いますが、畏れ多くも私がかのクリシェンヌ様の生まれ変わり……だそう
です。私自身、つい最近まで知らず、ただ魔力(マナ)の性質が当時の彼女と同じだという
ことが判ってこういう事になってしまい……」
 わたわた。先ずは自己紹介と、謝罪のつもりだった。
 もっと別の道があったのではないか? 最初の段階でもっと自分がしっかりしていれば、
これほどの事件が起こることもなかったし、犠牲者が出ることだってなかった……。
 エルヴィレーナを抱えたまま、ぺこりと低く頭を下げる。だが対する人々の反応はざわざ
わとやや困惑に近いものだった。考えていなかった訳ではないが、実際にこうして発端とな
った本人の──見た限りまだ歳若く可愛らしい少女の恐縮をみて、期せずして険を潜めざる
を得なくなったらしい。
 ふぁさっと長い金髪が地面に向かって垂れた。背中の白い翼が時折秋風に揺られている。
 たっぷりと十数秒。その後、そっと顔を上げる。唖然としていた人々、記者達だったが、
再び写姿器のストロボが焚かれ始めた。キュッと唇を結んで正面を見つめ、エルヴィレーナ
を抱えたその姿が画になると判断したからだろう。レナは暫くされるがままにされていた。
そしてストロボの光が止んできた所で、口上を続ける。
「正直言って、今も私がクリシェンヌ様だということにはまだ実感が持てません。クリシェ
ンヌ様だった頃の記憶だってありませんし……。でも、この力が、二年の修行で得たこの力
がそうだというのなら、私はただ一人安全な所で待っているのではなく、一番苦しんでいる
人達の為に使いたい。ジークさ──ブルートバードの皆と一緒に戦いたい。ずっと一緒にい
て欲しい家族(なかま)だから。皆を、皆さんを“結社”の魔の手から守りたい……」
 お願いします! 再び深く下げられた頭。それは紛れもなく懇願だった。
 これからも彼らと一緒に──。それがレナの願いだった。養父(ちち)のそれだからとい
うだけではなく、自らの意思でそう望む。現代の聖女として過保護に守られるより、多くの
苦楽を彼らと共にする。それができなくて、何が象徴か──。
 ざわっ。しかしそれは直後ピタリと止む。
 人々は息を呑んでいたのだ。彼女の真っ直ぐな想いに、詳しい内情を知らずとも心打たれ
るものがあったからだった。
「それが、貴女様のご意思ならば。我々教団としても最大限の助力を惜しまないでしょう。
ジーク皇子。クラン・ブルートバードの皆さん。どうか聖女様を宜しくお願いします」
 加えて、このタイミングを待っていたかのようにエイテルが再びレナの手を取り、袖にい
たジーク達にそう念押しを掛ける。勿論──。彼らの誰もが、その返事に臆することなどな
かった。元よりそのつもりだ。彼女達の方はまだ神託御座(オラクル)直々の命が故に託し
たに過ぎないのかもしれないが、自分達は始めから、そのつもりで此処にやって来た。
「はい。必ず」
「任せといてくれ。何があっても、守ってみせる」
 お……おぉぉぉ!! その刹那、ステージの周りを囲む人々が一斉に歓声を上げた。大き
く両手を挙げ、万歳を叫ぶ。
「聖女様、どうかご無事で!」「お守りください!」様々な叫びが飛ぶ。中には一心に両手
を擦り合わせ「ありがたや、ありがたや……」と熱心に祈り始めるお年寄りも少なくない。
「……何とか、丸く収まったな」
「ええ。一時はどうなるかと思ったけど……」
「全くだぜ。本当、調子のいい連中だ」
 轟く歓声に紛れて、ダンやイセルナ、仲間達が安堵の呟きを漏らしていた。ジークもそう
人々の掌返しに皮肉っぽい言葉を零すが、内心はそれ以上にホッとした思いが勝っている。
「……」
 壇上で、レナは優しく笑っていた。あまりに人々が熱狂するものだから、少々気圧されて
苦笑している節もあったが。
 破顔するその横顔が眩しかった。
 金糸のような長髪が揺れ、白鳥系鳥翼族(ウィング・レイス)──綺麗な白い翼が気持ち
その喜色に合わせてはためくかのように。
 ジークは見守っていた。仲間達も、同じくステージの袖に立っていた。
 深まってゆく秋の微風は、火照る心を適度に慰め、空を清々しいほどの青に染め上げる。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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