日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「選択機」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:洗濯機、運命、可能性】


 週明けの月曜日、それは貼り出されていました。
 とある大学の構内。中庭に面する渡り廊下の一角。掲示板にピン留めされた休講や補講、
様々な学部・教員からの報告事項や、ふんだんにカラーで刷られた催し物のお知らせ。
 そんな中に、明らかに異質なそれは溶け込んでいました。
 薄朱色のざらばん紙が使われているのは、一応は人の目につき易いようにと考えたからな
のでしょうか。しかしそこに書かれた文言は、四角四面の短い内容でした。

『貴方の悩みに最適解出します
 ○月×日~××日 十三時~十八時 理工学部実験棟四号室』

 示された期間は二週間。午後から日暮れまでの時間一杯を、彼はその部屋の中でひたすら
待ち続けました。
 名前の如く、様々な実験をする為の部屋。中は頑丈な作りで且つ殺風景で、無数の器具が
壁一面の棚の中に収納されていたり、床の配線と繋がったりしています。しかし今はそうい
った物は全てしまわれ、代わりに部屋の真ん中に大きな装置が一台置かれています。
 見た目は大人の背丈ほどはある、分厚い金属の箱です。背面から繋がる何本ものケーブル
や明滅するランプ、ファンの音などからして、いわゆるスパコンの部類でしょうか。
「……」
 そんな装置の横にパイプ椅子を置いて、彼は一人座っていました。
 髪はぼさぼさで、羽織っている白衣もよれよれです。時々ズレてくる黒縁眼鏡を指先で直
しつつ、ただじっと膝の上のノートパソコンと睨めっこをし、キーボードを叩いています。
 名を氷川といいます。理工学部所属の院生です。性格は根っからの職人肌であり、自身の
研究に没頭すると寝食も忘れてしまうことも珍しくはありません。
 ちらと彼は傍らの装置──自ら「エニグマ」と名付けたAIを見上げました。主人の視線
になど構うことなく、側面に並ぶランプはやや不規則に明滅し続けています。
「あの~……?」
 そうしていると来ました。一体どれだけ待ったでしょう。四号室の扉を遠慮がちにノック
する音が聞こえ、氷川が応じると、開いた陰から一人の青年が姿を見せました。氷川よりも
やや年下──学部生のようです。顔を上げ、彼にこの学部生は問いました。
「掲示板のビラを見て来たんですけど、悩みに答えてくれるって、ここですか?」
「ああ、そうだよ。よく来たね。僕の実験室へようこそ」
「えっ? 実……験?」
 戸惑う学部生。しかし氷川はまるで気にすることもなく、鷹揚として彼をこちらへと手招
きしました。室内に滞留する陰気と機材の山。彼はすぐに頼る場所を間違ったかと後悔し始
めていましたが、すぐには退けません。
 もう一つ、氷川とは別の、エニグマの正面に置かれたパイプ椅子に彼は促されました。恐
る恐ると座り、振り返ってこの奇妙な装置などについて訊ねます。
「あの。実験ってどういうことですか? 悩みを解決してくれるんじゃないんですか?」
「それは僕の台詞かな? ビラには“最適解を出します”と書いた筈だけど」
 まぁいいや。言って氷川は立ち上がりました。
 一体何がいいのか? この学部生は勿論分からず、不安になりましたが、そんな素振りに
は構わず彼は続けます。
「これは僕が取り組んでいる研究の実験──運用試験なんだ。これはエニグマ。僕が開発し
た論理的思考用のAIさ。君にはこれから、君の抱えているその悩みをこいつに提示して解
を導いて貰う。君がどうするかは、僕の知ったことじゃない」
「……はあ」
 彼は生返事をして、しかし不安が確実に落胆に変わっていくのを感じていました。
 どうやらこのだぼだぼ白衣の先輩は相談に応じてくれる訳ではなさそうです。寧ろ自分の
悩みを研究材料にしようとしているのです。カウンセラー、占い師──そういったイメージ
でここのドアを叩いたのは確かにこちらの早合点だったのかもしれませんが……。
「じゃあ、この端末に君のデータを入力して。あと悩みの詳細も」
「えっ?!」
「えっ、じゃない。答えるのはエニグマだ。一応音声入力も実装しているが、まさか君個人
のデータ全てを口頭で伝える心算じゃないだろう? 最適解を出す為には対象となる人間の
詳細な情報が必要だ。安心するといい。これとエニグマを繋いでいる回線は学内LANとは
完全に分離したスタンドアロンだ。万が一にも君の個人情報は漏れない。そもそも個人を特
定する為の固有名詞などは必要データ外だ。あくまでエニグマに蓄積するのは相談者の傾向
だからね」
「……」
 しかし直後、氷川が求めたその言葉に、彼は大きく反応しました。手元からひっくり返さ
れてこちらに向けられてきたノートPC、そこには予め設えられた膨大な質問用フォームが
表示されています。
 確かに名前を入力する箇所はありません。
 ですが年齢や性別、生年月日に血液型、体重・身長、出身地、来歴や家族構成、果ては異
性関係の有無や性格診断と思しき無数の質問──彼が大きく戸惑い、反発心を育てるには充
分でした。
「じょ……冗談じゃない! 個人情報をこんなに手放せるもんか! だ、大体あんたは何な
んだよ!? 研究? 人を馬鹿にしてるのか! 僕は真剣に悩んでるのに……!」
「……」
 ノートPCを突き返し、この学部生は立ち上がります。表情は興奮し、怒りに染まりつつ
ありました。
 にも拘わらず、氷川は平然としていました。寧ろ何故こんな反応をされているのかが解ら
ないとでもいったように。
「だからこのエニグマで、その悩みに論理的な最適解を出してみないかと言っているんじゃ
ないか。そしてその為には先ず、君という対象のデータを分析する必要がある。何かおかし
い所があるかい?」
「大有りだっつってんだろ!! ……ああ、期待して損した。場所からして何だか胡散臭い
と思ったんだよ……」
 彼は遂には激昂して叫びました。ガシガシと後ろ髪を掻き、最初の遠慮がちな面持ちなど
微塵もなくなった上で氷川をじろっと睨み、部屋を出て行ってしまいます。

「要するに、誰かに同意して欲しかったということだね」
「う、五月蝿い! 何よ、何なのよ!? わざわざこんなクズ鉄を用意して、他人をおちょ
くりたかったわけ?!」
「クズ鉄ではないよ。エニグマだ」
「どうでもいいわよそんな事! もういい、頼った私が馬鹿だった!」

 それからも、ほぼ閑古鳥ではありましたが、ビラを見た学生や教員がこの氷川が待つ四号
室の扉を叩きました。しかしこのように、あくまで氷川はエニグマの運転試験として彼らに
協力を要請しているだけであり、彼らの悩み自体に興味はありません。あるのは、往々にし
て感情的なりがちな人間の思考力を、機械が代替出来るのかということ。
 それがエニグマ開発の唯一無二の目的でした。彼は科学の徒、論理的思考の信奉者として
人々の発展を願って止まなかったのです。
 ……ですが、そんな氷川の考えは全くといっていいほど訪れた彼・彼女には通じませんで
した。寧ろ彼の努めて淡々とし続ける態度に真摯でないと憤り、途中でエニグマの利用を放
棄して出て行ってしまうばかりでした。或いはもっとそれ以前に、ビラを見て若干の好奇心
で来てみたものの、その胡散臭さに眉を顰めてUターンしてしまう者が大半だったのです。

「こ、こんにちは~……」
 しかし何人目でしょう。また軽くノックされ、開かれた扉から現れたのは、氷川も面識が
ある女子学生でした。尤も実際に交流がある訳ではなく、同じ学部故に時たま講義で顔を合
わせる程度のものだったのですが。
 セミロングの髪先を緩く結わった、眼に芯のある女子学生でした。彼女は上着の袖から覗
く手を胸元に掻き抱き、辺りをきょろきょろと見渡すと氷川と向き合います。
「やあ。こんにちは。僕の実験室へようこそ」
「やっぱり貴方だったんですね。先週から妙な事をやっているとは聞いてましたけど……」
 促されて、気持ち躊躇いつつもエニグマの前に座って肩越しに。しかし氷川はそんな彼女
の接し方に若干疑問符を浮かべていました。
 ああ……。彼女は気付きます。ぽんと手を合わせて苦笑(わら)いました。
「えっと。私は柳瀬春美っていいます。先輩と同じ、理工学部の四年です。やっぱり覚えて
なかったみたいですね。何個か講義で一緒だった筈ですけど……」
「そうだったかな。すまないが記憶にない」
「でしょうね。でもまぁいいです、少なくとも先輩の方は有名ですから。……うちの大学で
も指折りの変わり者ってことで」
 数度目を瞬いたものの、氷川は表情を変えませんでした。
 それだけ他人からの評判より、自分の研究にしか興味がないのでしょう。それで? 氷川
は例の如く質問フォームを開いたノートPCを差し出しつつ、本題に入り始めました。
「ここに来たということは、ビラを見たという理解でいいんだろう? このエニグマに答え
て欲しい悩みがあるのかな? その前にこのフォームに君のデータを書き込んでくれ」
 質問フォームをざっと見て、彼女は流石に眉を顰めていました。しかし元は同じ学部、そ
して彼の研究を人伝ながら知っていた彼女は、すぐにこの作業の意味を理解していました。
エニグマ──この背中にあるスパコンに相談者たる自分の基本情報を読み込ませる為だと。
「随分と突っ込んだことまで書くんですね……。あ、それで肝心の相談なんですが、その、
秋津先輩のことで……」
「? 誰だ?」
「えっ、知りませんか? 同級生、ですよね? ……私、先輩と付き合ってるんです」
「……ほう?」
 初めて口にはしたが、さりとてあまり興味があるという風ではありませんでした。
 あくまで氷川にとってはエニグマの実験材料なのです。彼は耳を傾けていました。ここに
来てようやくまともに実験データが取そうなのだ、慎重にいこう……。
「入学してすぐの頃ですから、もう四年近くになると思います。その、私先輩にプロポーズ
されたんです。これからの研究人生、一緒に歩いてくれないかって。でも私、先輩みたいに
今の分野にべったりの仕事に就かなくてもいいって思ってたから……」
「認識の齟齬が発生したという訳か。それが悩みかい?」
「はい。このまま先輩と同じ道を歩んで、いずれは結婚するのか、それとも先輩は先輩で私
は私で別々に働いて──つまり、今の内に別れてしまうべきなのか」
「ふむ……」
 ノートPCを柳瀬から回収し、質問フォームが大方埋まったを確認すると、氷川はこれを
エニグマ本体へと送信しました。カカカカッと装置側面に並ぶランプが激しく明滅します。
彼が作ったAIの分析が始まりました。即ち命題とは、
「研究者志望の恋人と、全く新しい市井の異性。どちらが君にとっての幸福を担保するかを
知りたい、ということだね」
 そんな二者択一だと言えます。
「予め言っておくが、これはこの論理的思考用AI・エニグマの運用試験だ。君の投げ掛け
た問いを、君に関するデータを元に、最善の解を出す。僕が関与するのはそれだけだ。君は
これの選択に必ずしも従う義務はない。最終的には君自身が選ぶんだ。君がどうするかは、
僕の知ったことじゃない。エニグマは、まだ開発途中だからね」
 淡々とケーブルで繋がる端末を観ながら、氷川は言いました。随分と投げっ放しな言い分
ですが、それは彼なりの論理的思考がゆえの前置きだったのでしょう。開発途中、まだ完全
だとは言い切れないシステムだから、今はまだ人間の意思決定を丸々代替してしまうには早
過ぎる……。
「ただここで心理学を引き合いに出すなら、誰か人間が悩みを出す時、その時点でもう当人
にとっての回答は決まっているんだ。本心ではAがいいけれど、その為には様々な障害や不
安材料があってBにするかもしれない。エニグマは、そんな際の曖昧な不確定要素を、客観
的且つ対象者が抱える事情の観点からみて可能な限り論理的に整理してゆくことを目的とし
ている。人間の判断の不確実性は、必ずしも論理的でいられない部分にある。ならばそれを
代替するシステムが存在すれば、僕らはもっと効果的に目の前の問題を解消できる──」
 朗々と、何処か無邪気な風に氷川は語っていました。それが、エニグマ誕生の理由です。
 はあ……。柳瀬は半ば呆気に取られ、しかしその言い分が解らなくもありませんでした。
ただそれを実現できるなど、実現させようなど、考えもしなかった……。
「っと。さて、どうやらエニグマの判断が決まったようだ」
『分析完了。クライアント名・ヤナセハルミ。我々ハ新シイ市井ノ異性ヲ採ルベキと提案シ
マス。現在ノ恋人ノ辿ル可能性ヲ考慮スル限リ、ヨリローリスクデアルト判断シマシタ』
 すると、暫く演算をしていたエニグマは不意に電子音の片言で喋り始め、そして彼女は返
ってきたその答えに「えっ?」と息を呑みました。願わくばと思っていた方とは、逆の答え
が返ってきたからです。
「ど、どうして……?」
「エニグマ。詳細説明を開始」
『開始シマス。現在ノ国内ニオイテ、研究者ノ定員ハ限ラレテイマス。加エテ博士課程ヲ卒
業シタカラトイッテ、ソノ後ノ就職ニオイテ有利ニ働ク可能性ハ、楽観的ニ見積モッテ五十
パーセントカラ六十パーセントト試算シマス』
「で、でも……」
『確カニ本来想定サレタキャリア・システムデイエバ、高学歴ノ人間ホドソノ後ノ収入ニハ
大キナ差ガアリ、収入ノ大キサハ即チ生活水準ノ高サニ直結シマス』
「う、うん」
『デスガ、ソレハ物質的幸福ニ限ッタ話デス。二〇〇二年ノノーベル経済学賞受賞者、ダニ
エル・カーネマン教授ノ研究ニヨルト、感情的幸福ハ年収九百万円ホドヲピークニソレ以上
比例シナクナルトイウデータガ出テイマス』
「えっ? そ、そうなんだ……』
『研究者トシテ貴方ノ恋人ガ大成スレバ、ソレハ物質的幸福ヲモタラスデショウ。シカシ今
ヤ経済的裕福ガ幸福ノ全テデハナイコトハ明白ト、我々ニモインプットサレテイマス。何ヨ
リモ貴方ノ恋人ガソコニ至ルコトサエ叶ワナカッタ時、貴方ニ訪レルノハ九百万円ノピーク
以下ノ、更ニ不足ニヨル感情的不幸ガ強マルト分析シマス。ヨッテ、今回我々ハ現在不確定
ナ収入源ヲ持ツ配偶者ヨリモ、マダ平均的生計者ノ配偶者ヲ──ゼロヨリモ一や十ヲ担保シ
ウル相手ヲ探スコトヲ推奨スルトイウ結論ニ至リマシタ』
 彼女は、眉を顰めて暫く黙り込んでいました。氷川もじっと目を細めて床の一点を見つめ
ていました。もしかしたらエニグマの分析が、自分の人生をもリスキーだと言っているよう
に受け取れたからなのかもしれません。
「……どうかな? 最初に言ったように、これはまだ実験段階だ。君が実際にどうするかは
君自身が判断するといい」
 それでも、彼はくすりとも笑わず言いました。促し、自分の役目はここまでだと敢えて線
引きをするかのようでした。
「……はい。じっくり考えてみます。ありがとう、ございました」
 ゆっくりと腰を持ち上げ、柳瀬は席を離れていきます。去り際、静かに佇むエニグマをち
らと見上げていましたが、そこには明確な感情が見えず、結局ただ寡黙に立ち去ってゆくだ
けだったのでした。


「──氷川ァ! てめぇかあッ!!」
 はたして、衝撃がやって来たのは数日後だったのです。
 この日、氷川は同じく実験棟の四号室にいました。ですがそれは大学側から許可を得てい
た期間を終え、エニグマを運び出す準備をしていたからです。
 そんな一人忙しない作業を突き破るように、一人の男子学生が乱暴に扉を叩きつけながら
入って来ました。氷川は少し苛っとしてこれに小さく振り向きました。しかし、相手のそれ
はもっと苛烈でした。激昂。まさに怒りに我を忘れているかのように見えました。
「何だい? 相談者じゃなさそうだね。もう今回の実験は終わったよ」
「ったりめぇだ! お前よくも、春美を誑かしてくれたな!」
 面倒臭そうに応じる氷川。その胸元を彼はむんずと取って怒鳴りつけてきました。物凄い
睨みようです。ですがそもそも、氷川はこの男性が誰かをまだ思い出せません。
「何の話かな。それに春美というのは、柳瀬春美のことかい?」
「ああそうだよ! っていうか、俺の顔も覚えてねぇのか。ああそうか。俺だよ、秋津亮太
郎だ。春美の彼氏だよ。お前の、この悪趣味な機械のせいで振られたな!」
 わざわざ説明ありがとう──そう呑気に返す暇もなく、氷川は秋津にぶん投げられてしま
いました。保管してあった器具の山に背中から突っ込み、派手な音を立てて倒れます。激痛
が走りました。元よりもやしっ子な氷川に、暴力沙汰などまるで向いていないのです。
「いたた……。何をするんだ。備品が壊れてしまったじゃないか」
「五月蝿ぇ! こっちは直せないものを壊されたんだよ! お前が全部悪いんだ!」
 ぽりぽりと後ろ髪を掻き、氷川はのそりと上半身を起こします。
 周りには無惨にも破損し、飛び散った実験室の備品の数々。あ~、これやっぱり僕が弁償
しないといけないのかな……? 今現在進行形で害意を向けられているというのに、彼の思
考に先ず過ぎったのは、この一件で大学側から請求されるであろう弁償額の計算でした。
「お前がっ、お前が余計なことを吹き込んだからっ! 春美はこの前の日曜、突然俺に別れ
話を振ってきたんだ! 何故って聞いたら口篭る。一緒にいたら将来が心配だってぬかす。
様子が変だと思って調べたら……お前があいつにあることないこと吹き込んだそうじゃねぇ
か!」
 語尾が跳ねる度、秋津からの強烈な拳が氷川の顔面にめり込みました。
 吹き飛ばされた格好のまま、完全にマウントを取られていました。氷川はなされるがまま
に、ただ怒り狂う彼からの殴打に何度も何度も晒され続けたのです。
「……僕、は、あくまで示しただけ、だ。決めたの、は、彼女だ、ろう? それに、回答を
出したのは、僕じゃなくて、エニグマ……」
 はたしてその言葉を聞いていたかどうかもはっきりしません。ただ暫くの間彼は氷川を殴
り続けた後、ややあって部屋の中に鎮座するエニグマに気付いたのです。
「もしかしてこれか? こんな訳の分からん装置の為に、俺と春美の仲を引き裂いたってい
うのか……」
 ギリッ。また憎々しさが膨れ上がって、今度はこの論理的思考用AIに向かって彼は歩い
て行きました。「っ!? ま、待て──」氷川が気付いて止めようとしましたが、もう抵抗
できるような余力は残っていません。エニグマを前に、秋津は立ちました。まるで親の仇の
ようにこの金属の箱を暫し睨みつけると、手近にあった金属棒を拾い上げ、そのまま力任せ
に振り被ったのです。
「こんなガラクタ! こんなガラクタ! こんなガラクタ!!」
 壊す。壊す。壊す。
 秋津は執拗なまでにエニグマを叩き、これを形が変わるまで壊し続けました。
 止めろォ! ようやっと氷川が彼に纏わり付きますが、標的を見つけた彼がこのまま鎮ま
る筈もありません。それからまたたっぷりと、エニグマはただの大型ジャンクになるまで執
拗に破壊され、遂には数個の鉄塊になるまでにへし折れてしまいました。氷川が唖然として
います。しかし尚も足元に纏わり付いていた彼を、秋津は棄てるように蹴飛ばしました。
「はっ、ざまぁみろ! 何が最適解だ。もう二度とこんな真似するんじゃねぇぞ! 他人を
食い物にしやがって……。こうなって当然なんだよ」
 散々に殴る蹴るを放って発散できたのか、やがて秋津は最後まで罵声を浴びせながらのし
のしと部屋を後にしていきました。部屋の中には顔面腫れだらけの氷川と、滅茶苦茶に壊さ
れたエニグマや器具の残骸が転がっています。
「……」
 たっぷり、いや実際には朦朧とした意識をこちらに引っ張り戻すまで、氷川は独り仰向け
に倒れ込んだままでした。薄暗い実験室の天井を見つめながら、今や見るも無惨なジャンク
になってしまったエニグマの気配を感じながら、彼は嘆息をつきます。
「やれやれ……。まったく、論理的じゃない」
                                      (了)

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  1. 2016/10/02(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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