日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)誤謬

【注】先月、お世話になっている創作人コミュニティ内の企画に参加した際の拙作です。
   企画の日程が終了し、コミュ主さんからの許可を頂いたので、こちらにも掲載すること
   としました。概要は次の通りです。

   企画名「第三回おおくま杯(朗読杯)」
   :参加者が書いてきた「恐怖」を盛り込んだ小説を、主と朗読組(こちらも参加者)が
   コミュ放送内で朗読してくれる。この際、誰がどれを書いたかといった情報は伏せ、耳で
   聞いた文章でもって誰の作品かを当てるクイズ的な催しも兼ねる。
   (全作品が朗読された後、配布されたアンケートtxtより回答して貰う)
   ルール上、主の書いた作品を当てられれば優勝とする。

(本文は追記部分からどうぞ↓)

 自分が「普通」だと思っていたことが、実は他の人達にしてみれば「特別」だなんていう
のは、世の中にごまんと溢れている。
 幼い頃からずっと、僕は違和感と一緒に生きてきた。
 他人が十回読んでやっと理解できるものを、自分は二・三回もあれば大体掻い摘むことが
できた。世間ではそれを天才と云うらしい。
 幼い頃──本当に物心つく前はその度に褒められ、無邪気に喜んでいたと思う。僕も笑顔
を向けてくれるのが嬉しくて、与えられたものを次から次へと吸収していった。それが、自
分にも皆にもプラスになるんだと信じて疑わなかった。そんな時期があった。
 でも、大体“掻い摘め”てしまうんだ。
 両親や周りの大人達が向けてくる笑顔。それを何度か見ている内に、僕はふとその笑顔が
本物なのかどうか疑わしくなった。
 ……そんなに嬉しいの? この程度のことなのに?
 疑問を抱き始めた理由は二つある。一つは、僕にとって与えられたもの達がどれもこれも
すんなりと入っていくから。こんなに簡単なら、皆にだってできる筈だ。なのに誰も彼も、
与えてやらせる相手は僕一人。それを見て、彼らは「偉いねー」と声色を丸めたり、頭を撫
でたりしてくるからだ。もう一つは、彼らの眼だった。良くも悪くも僕は色んなものを吸収
していったけれど、彼らの悦ぶ姿にはまるで変化というものがない。だから、彼らが悦んで
いる対象は、もしかして僕ではないのかもしれないと思った。あくまですんなりとモノにし
た、その事実に対して悦んでいるんじゃないかと考えるようになった。

 そうなのだ。別に“僕”じゃなくてもよかったんだ。あいつらは自分が与えたものを、自
分が飼っている──と思っている僕に上手に取り込ませること、それ自体を愉しんでいたの
だった。
 それは一度、確信を得る為にわざとテストで百点を取らなかった時に明らかになった。僕
が持って帰ってきたその赤ペン入りの紙切れを見て、母は何と言ったか。

『修司、どうしたの!? 百点じゃないじゃない!』

 彼女に──彼女達にとって、僕が掻い摘むことはすっかり当たり前になっていた。だけど
それは他の子においては当たり前じゃない。ただ、その違いに、我が子が勝っているんだと
いう見栄の為に僕は与えられていたんだ。……僕は確信した。勿論、この気付きに彼女らが
勘付くのはずっと後のことだけど。「ちょっと、身体がだるくって……」その時は風邪気味
を装って嘘をつき、次のテストからはまた百点だけを出すようにした。思った通り、父や母
は満足した。何も言わずに、当たり前のように、まるで自分がやったかのように渡される紙
切れを検めるだけだった。

 虚しくて。馬鹿馬鹿しくて。
 以来、僕はずっと独りになった。大人達の玩具にされるのはごめんだったし、僕を特別扱
いしておきながら笑顔を向けてくるクラスメート達も、段々信用ならなくなった。
 それでも、表向きは長い間優等生のままだった。あいつらの為じゃない。学ぶこと、それ
自体はあいつらから離れても好きだったから。知らないことがこの世の中にはまだいっぱい
ある。それが分かるだけで、自分の中に埋まるだけで楽しかった。授業中も、休み時間も、
僕はずっと本と一緒に過ごした。本だけが僕の友達だった。本は正直だ。僕が理解しても褒
めも貶しもしない。只々、僕がここにいることを許してくれる。
『それでさ~。××がさ~?』
『あはは! 受けるぅ~!』
『……』
 だから、尚のこと腹立たしくもあった。
 何故あいつらは、あんな無駄な時間を過ごしているのだろう? 何の知識にもならない他
人のエピソードを本人不在のままバラして、笑い転げている。
 絶望さえあった。あんな奴らと、何年もこの教室で一緒に過ごさなければならない。僕は
もっともっと知りたかったのに。できることなら年齢も背比べな子供じゃなく、古今東西の
書物の中に埋もれたかった。
 ……雑音。教室のあちこちにグループとなって駄弁っている奴らと、僕の間には明らかな
溝があった。住む世界の違いが違っていた。
 酷く遠い場所から聞こえてくるようだった。遠い、色彩の欠けた光景だけが毎日のように
広がっていた。雑音はぐわんぐわんと反響する。セピアに落ちたあいつらの姿は、その反響
する音と共にスローモーションで、退屈という表現がとても似合う。

 小学校。わざと百点を逃した日から、僕はここに閉じ込められているんだと悟った。
 中学校。少し新しい顔が増えた。でもあいつらは馬鹿だ。僕を遠巻きに見て哂っている。
 高校。変わらない。相変わらずくだらないことばかりに熱心で、もしそれに関わらない誰
かがいれば、総力を挙げて排除しにかかる。馬鹿を自分で証明することに必死だった。

 ……雑音。世界は僕が昔、夢見たほど美しくはなくて、愚かだった。
 ならばせめて、僕だけはその対極に在ろうと努める。だがそう努めようとすればするほど
に、僕は世界から切り離されていく。……それでもいいと、繰り返し念じた。誰かの機嫌を
取る為に賢くなりたいんじゃない。知りたいから、そうするんだ。
『なあ、相澤の奴、また学年一位だってよ』
『ふーん。流石天才は違いますねぇ』
『むかつくよな。お高く留まりやがってよ』
『あたしも~。あんなガリ勉の根暗、どれだけ金積まれてもお断りだわ~』
『あいつ、マジで友達いないらしいぜ? 昨日もずっと一人で飯食いながら本読んでたし』
『でもあいつ、先公には評判いいんだよな。成績が良くて、逆らわない。一体何が楽しくて
生きてるんだか……』
『……』
 そっくりその言葉を返す。
 お前達は、自分の愚かさを恥ずかしいとは思わないのか。


「──っ、うぅ……」
 その日も、僕は時間通りに目を覚ました。外はまだ明け方で、部屋のカーテンに差してく
る光もまだ弱い。
 まだ眠いと主張する怠け者を叩き起こして、ベッドからずり出た。……あまり目覚めは良
くなかった。また夢を見たからだ。ぐるぐると、無数の馬鹿達が僕の周りを延々と回って、
聞きたくもない雑音を浴びせ続けるのだ。
 同い年であること自体が恥ずかしかった。向上心のない奴は馬鹿だ。
 両親や家族も、とうに肉親の情なんてものはなかった。所詮僕は、あいつらの面子を維持
する為の道具なんだから。
 テレビの向こうの大人達も、馬鹿の塊にしかみえなかった。本質を失い、気に入らない相
手の揚げ足取りばかりに終始し、その時その時の感情論と──醜い保身ばかりに縋りつく。
知性と誇りを忘れた我執の亡者。
「……起きなきゃ」
 寝間着から着替え、制服に身を通す。家の中はしんとしていた。別にそれ自体はほぼ毎日
のことで不自然ではなかったのだが、何故かこの日ばかりは妙に不安が胸を過ぎる。
 ギシ、ギシ。
 階段を降りて台所へ。この時間なら、母が父の弁当を作り始めているだろう──。
『アラ、オハヨウ。修司』
「っ!?」
 なのに、何だ? 台所で背を向けていたのは、デロデロに溶けた紫色の人間。
 いや……人間ですらない。デロデロに溶ける身体から無数の小さな人もどきが零れ落ち、
じゅうじゅうと蒸発しながら言葉にならない奇声を漏らしている。
 全身が凍り付いていた。肩越しに振り返ってきた化け物──声だけは辛うじて母のそれは
こちらを見てニタッと笑った。ドロリと、窪んだ眼窩が崩れそうになる。
「ひっ──!」
 僕は逃げた。腰が抜けそうになるのを必死に堪え、家の外に飛び出した。母の声を真似た
化け物は「チョット、何処イクノ!?」と背中に声を投げてきたが、聞く暇もない。まだ薄
暗く光の乏しい町内を走る。
「どうなってんだ? 一体、何がどう──」
 だからこそ、心の中で絶望しか湧かない。
 皆、化け物になっていた。デロデロに溶けて、全身紫や薄緑色で、軒下で煙草を吹かして
いたり、器用に自転車に乗って新聞を配っている者もいた。
 どういうことだ? 息を切らせる。そんな僕を、徐々に化け物達はちらちらと目を遣って
不思議そうに話し掛けてくる。
『ウン? ドウシタ? ソンナ血相ヲ変エテ』
『ナア。コノ格好ト顔、相澤サントコノ息子サンジャナイカ?』
『相澤……。アア、アノ頭ノイイッテイウ……』
『ッテ、オイ。ヤッパリ様子ガ変ダゾ。大丈夫カ?』
 わらわら。怪物達が一人また一人と近付いて来る。デロデロの身体がすぐ近くにあった。
身体からは目や手の位置がてんでバラバラな人もどきが零れ落ち、じゅうじゅうと音を立て
ながらアスファルトの上で残骸になっていく。
「く……来るなぁぁぁーッ!!」
 もう、考えている暇はなかった。伸ばされたデロデロの手に、僕は叫んでいた。咄嗟に近
くの壁に置かれていたシャベルを手に取り、振り下ろす。
『ギャッ!?』
『オ、オイ、止メロ!』
「うるさい! この、このっ、化け物め!!」
 元々デロデロだったからか、彼らの身体は思いの外簡単にぐちゃぐちゃになった。仲間が
やられて動揺したのか、周りの連中も集まってくる。……駄目だ。自分以外、皆おかしくな
ってしまっている。持ち上げ、横薙ぎ、シャベルを振り回した。その度にデロデロの汚い残
骸が宙に舞い、辺りに飛び散る。
『ア……ッ、止メ……』
『シュ、修司! 何ヤッテルノ!? 止メナサイ!』
「うるさい! 化け物め! よりにもよって、母さんの真似を──!」
 敵はどんどん湧いてくる。
 もうこの街は、いや、もしかしたら街という街、国が世界が駄目なのかもしれない。
 でも、僕は陥らない。陥るもんか。
 自宅だった家から飛び出してきた化け物を、僕はもう一度、シャベルを振り上げて……。

 ***

「現場から中継です。事件は今日の明朝、この閑静な住宅街で起こりました」
 何台もの救急車やパトカーが赤色灯を回し、夜明けと共に去っていった災禍を何とか隠そ
うと留まっている。
 報せを聞いて集まったレポーターの一人が、カメラが回り始めるのを合図に表情(かお)
を作った。
 神妙に、沈痛に。
 だがさて、その内心はどれだけこの事件に心を痛めているのだろう? 精々、訳の分から
ない胸糞悪さ──他人事だと、これが仕事だからという割り切りが少なからず彼女にもある
筈だ。
「犯人は地元高校に通う十七歳の少年。証言によれば少年は明朝、突然奇声を上げて駆け出
てくると近くにあった鈍器で住人を襲撃、止めに入った周りの住人達も次々に手に掛けたと
いうことです。死者・重傷者合わせて被害人数は三十五人。その中には、少年の実の母親も
入っているとの情報もあり──」
 辺りはまさに地獄絵図だった。現場となった通りには飛び散った無数の血痕が残り、捜査
員がブルーシートを掛け、非常線を敷いていくものの間に合わない。それをいい事に彼女ら
を含めた報道各社第一陣は、それぞれに現場にギリギリまで近付き、この突然の凶行を中継
すべく踏ん張っている。
 一人また一人、隔てられた奥から担架に乗せられた何かが運ばれていった。今回の被害者
だろう。その身体は足先一つ窺うことはできず、ぐるりと厚手のビニールに包まれている。
『萬波さん。犯人とされる少年について、分かったことはありますか?』
「いえ。まだ警察の発表がないのと、事件の重大性から情報自体が──あ、今速報が入りま
した! 死亡です! 犯行に及んだ少年ですが、警官によって射殺されたとのことです!
全く説得にも応じず、暴れ続けたためにやむなく、との事ですが……」
 スタジオと現場、緊迫するやり取りの中ではたと新しい情報が入った。
 犯人とされる少年は凶行に及び続け、住民達にこれ以上被害を出さない為にと決断した警
官によって撃たれ、その後死亡が確認されたという。レポーターは銃の使用がまた大きな波
紋を呼ぶだろうとリポートし、暗に警察がまだ会見を開かない理由だと臭わせた。カメラ側
に陣取るスタッフからカンペを渡され、彼女は更に続けて言う。
「……また情報が入りました。難を逃れた住民によると、少年は自分達を見て『化け物』と
叫んでいた、とのことです」
                                      (了)

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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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