日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「些末」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:雲、眼鏡、意図】


 季節柄仕方ないとはいえ、何日も続く長雨にはいい加減飽き飽きしてくる。
 放課後。クラスの席で後藤はぼうっと窓の外を眺めていた。視界の上には重ね塗りしたよ
うな灰色が、下には一見無秩序に溜まっては流れてゆく無数の水たまりが見える。
 教室にはまだ数名のクラスメートが残っていた。その殆どは女子だ。何やら雑談に花を咲
かせている。尤も内容までは興味もないし、変に聞き耳を立てて気持ち悪がられるのはこち
らとしても癪である。
 帰ろうか。そう考えつつも、後藤は何となく長々と居残っていた。
 わざわざ雨の中を帰るのが煩わしかったし、何より自宅に帰った所で特に何かするべき事
がある訳でもない。
「──ってな感じだね」
 そうしていると、後ろからひょこりと一人の男子生徒が近付いてきた。小柄で眼鏡を掛け
ており、口元はにへらと笑っている。対照的に後藤はへの字に尖らせていることが多いが、
彼は別にお人好しではない。寧ろ陰気で、ねちねちとした性質のそれである。
「勝手に考えを読むな。気持ち悪い」
 ついっと肩越しに視線だけを遣って、後藤は言った。さりとて隣の空いた席に座る彼を特
段咎めるようなことはしない。
 彼の名は志島といった。後藤の友人……と言っても多分差し支えのない、数少ない人物の
一人であった。
 正直言って、出来た人間じゃない。今し方思考したように、話し掛けきてた第一声からも
分かるように他人を食うような所がある。それでも後藤は不思議と彼とは緩々と付き合いが
続いている。性根のひん曲がった者同士、あぶれ合った結果なのだろうと考えている。
 暫くの間、二人はそれぞれの席から窓の外を眺めていた。
 しとしとと降る雨音は頑丈な校舎と分厚い窓で大分遮られ、凝らした視覚に辛うじて雨粒
の線をみせるだけである。こんな天気では運動部は出て来れる筈もない。大方体育館や渡り
廊下での基礎トレ、或いは練習自体が休みかもしれない。文化部はそもそも棟が中庭を隔て
て別の所にあるので聞こえようもない。
「……ったく、鬱陶しいな。さっさと止んでくれりゃあいいのに」
「そう言うなよ。世界には水がなくて雨を待ち望んでいる人達だっているのに」
 そして、半分以上愚痴で構成されたぼやきに返ってくるレスポンス。
 ああそうだ。志島とはこういう男だった。性格はアレだが、頭だけはいい。ちらと彼の席
を見遣ってみれば、詰められた鞄がトンと置かれたままになっている。おそらくさっきまで
図書室にでも行っていたのだろう。軽いものなら放課後に集中して片付けてしまうというの
は彼のいつものパターンだった。
「今日、何か課題出てたっけ」
「三限の御厨だよ。プリント貰ったろ」
「ああ……」
 だから議論というか、議論にすらならない屁理屈で志島(あいて)のペースに巻き込まれ
るのが面倒だと後藤は無視して、目を遣っていることに気付いていることを前提にそう別の
話題を振っていた。この友は苦もなく返す。
 そういえばそうだった……。後藤は今日一日の記憶を引っ張り出し、机の中でしわになり
始めていたそのプリントを取り出した。数学の問題が幾つか。面倒臭いが、あの先公はやた
ら課題を出すことが好きで、提出率が悪いと機嫌を損ねる……。
「また写させてくれや。どうせさっきまで解いてたんだろ?」
「ああ。構わないが……次の試験も近いぞ?」
 頼んで、頷いて。いつものように緩々としたギブアンドテイクの関係を維持するが、それ
でも志島はそこはかとなく嫌味を付け加えるのを忘れなかった。
 分かってら。後藤は呟く。夏休み明け、九月に入って二週間もすればぼちぼち定期考査の
日程が正式に発表される頃合だ。憂鬱だが、この二ヶ月分の揺り戻しだと考えて無理やり納
得させるようにしている。
「この前だって赤点が幾つかあったんじゃなかったか? もう一年もないぞ。来年には僕達
は受験生なんだから」
「ついさっき世界の人間がどうのって言ってた奴の台詞とは思えないな」
 なので、今度は相手の言葉を引き合いに出して皮肉を返した。ニッと哂ってこの友人の顔
を見たが、やはりというか彼の表情に「やられた」という気色はない。
「だって僕達にとって事実は変わらないだろう?」
「……そりゃあそうだが」
 ぐぬぬ。寧ろ更に逆転された感がある。やはりこいつと屁理屈で勝負するのは分が悪い。
「君は、遠くの出来事と自分の周りの出来事を切り離して考え過ぎるきらいがある。おそら
くは目の前の面倒から逃れる為だと思うが……僕は逆に、どちらも切り離しては語れないと
考えている」
 半分聞いているようで、聞いていない。志島は両手を机の上に組んで話し始めていた。同
じく後藤も片肘をついて彼を見、ぼうっとそんな言葉と後ろの雨音の両方を頭の中に反響さ
せている。
「例えば長雨が続けば畑の作物が痛み、価格が上がる。そうなれば僕たち個々の家計にも響
いてくる訳だ」
「買って来るのはお袋だけどな」
「食べるのは君だろう? 例えだよ。関係ない、自分には鬱陶しいものでも、何かしら意味
はあるんだと言いたいんだ」
「ふーむ……」
 饒舌になってくる志島。ああ面倒臭いなあと思いつつも、後藤は別段止めはしなかった。
 何処かで愉しんでいる節があると自覚している。時々──いや、結構な割合でついていけ
ないことも多いが、ただ単純に誰かとこうして雑談できるだけの関係性というのが自分には
そう多くないからというのが少なからずあるのだろう。
 咀嚼する。だが後藤が思ったのは、本当にそうだろうか? という思いである。
 何かしら意味がある、というくだりである。理屈は分からなくもないが、捻くれ者の性な
のかもしれないが、何処か否と引っ掛かって止まない節があった。
「なんつーか……上手く言えねぇけど、そういうのって結局俺達の側の理屈っつーか都合な
んじゃねぇの? こっちがこうこうこんな意味があるっつったって、関係なく空は曇るし雨
は降るだろ? 晴れるのだってさ。こう……後付けなんだよなあ」
「ああ……言いたい事は分かる。そうだね。理屈というのは説明だから。実際にある現象に
ロジックを付けているのだから、君がそう思うのも無理はないよ」
 結局、自分もまた屁理屈を返しているだけではないか。
 だが後藤のそんな返答に、寧ろ志島は愉しそうにみえた。彼の言う所の議論になりつつあ
るからか、ただ単純にレスポンスがあったのが嬉しかったのか。
「でも、一つ言えるのは“何故こうなる”と“何故そうある”は全然違う問いだって事だ。
こうなるは理屈の得意分野だけど、そうあるは守備範囲外だと僕は思うな。君の言ったそれ
は、要するに何故晴れや曇りがあるの? だろ。存在それ自体にまで理由を求めていったら
僕達は何もなくなってしまう」
「うーん……? つまり訊くなってことか?」
「ざっくり言えばね。隙なく答えられないっていう感じかなあ。もっと分かり易くすると、
何故僕達は学校に通わなければならないか? みたいな話だと思う。国民に義務付けられて
いるから、教育がないと不利益が大き過ぎるから、そうしないと次の世代が育たなくて社会
が回らないから──個別の眼で答えることはできても、そこから更に“何故”を突き詰めて
いけば、そもそも何故僕達は生きているんだろうっていう話になってしまう」
「随分と飛躍したな」
「君がやり始めた話題じゃないか。まぁ僕は好きだけどね、こういうの。さっき僕も試験が
近いぞって言ったけど、それはいい成績と取って、きちんと卒業して、社会に出て行くって
いう階段をイメージしている訳じゃない?」
「ああ」
「でも、じゃあ社会に出なければいけない理由って何だろうってさ。新しく人を入れなけれ
ば世の中が回らなくなる、世の中が回らなくなれば僕達は生きていけなくなる……」
 まーたややこしい。後藤は思った。だがこうなるとこの腐れ縁の友は止まらない。
 彼の言葉に誘導されるように、後藤もまた自分の頭の中でイメージしていた。小さな子供
が学校に放り込まれ、大きくなって、スーツを着て世の中に出て行って、歳を取って死んで
いく。途中で結婚したり子供ができる。ぐるぐると、ループする……。
「じゃあ何で、生きていかなきゃいけない、か」
「そういうこと。そこまで来るともう、絶対の理由なんてないじゃない? 何で存在してる
のって訊かれても、事実存在してるんだからしょうがないじゃない。寧ろそこで一つの理屈
に依存してしまえば、それが崩れた時に存在価値も一緒に消滅する事になっちゃうんだし」
「うーむ……」
 だから、何故そうあるを問うな、という訳か。分かったような分からないような。
 自分達の後ろではまだ女子達が雑談をしていた。本当に取り留めもない、ミクロな話ばか
りようのだ。どんな番組があった、何を買った、何を食べた、誰が何した……。
「そこで話は戻るけど、じゃあ何で雨は降ると思う? 君は鬱陶しいから早く止んで欲しい
と言ったけど、雨は地上に水を供給する。だけど降り過ぎれば土砂崩れや洪水だって引き起
こす。全部悪いとか、全部良いとかなんて無いんだ。どちらかだけを切り離しても“正解”
にはきっと辿り着けない」
「……」
 少なくとも、こいつは自分よりもずっと前から、何度も何度もこんな思考を繰り返してき
た筈だ。なのに返ってくるその回答(こたえ)は妙にポジティブだ。いや、こちらが知らな
いだけで、彼も一時は片方だけを切り取って「クソだ」と吐き捨てていたのかもしれない。
それが現在は回り回って肯定に回ったらしい。尤も、もっと単純にあるものはある。それは
どうしようもできない。そんな結論行き着いただけなのかもしれないが。
「少なくとも、ないものねだりで鬱々としているよりは、あるものはあるんだと認めておい
た方が楽だと思う。いつかは止むさ。晴れ続けないのと同じくらいには」
 はたしてそんな最中だった。フッと、差し込む光に気付いて二人は振り向き、窓の外に目
を遣った。いつのまにか雨は止んでいたようだ。線上の水滴はかなり疎らに、段々少なくな
っていっており、雲の切れ間からは青い空と我先にと潜り込んでくる日の光が顔を出す。
 クラス内の面々も、ぽつぽつとこれに気付き始めたようだ。一瞥するだけで相変わらず雑
談を続けようとする者、雨宿りが終わったようだと帰り支度を始める者。後藤と志島は後者
だった。
「……帰るか」
「ああ」
 それぞれに鞄を引っ張り上げ、肩に担いだり手に下げたりして二人は出ていく。急に光が
差してきた窓際が眩しく、一度目を細めて小さく仰ぎ、或いはそんな動作もなしに自分の鞄
だけを席から拾い上げてサッとドアの方へと向かう。
 ガラリとドアが開き、二人は出て行った。程なくして他のクラスメート達もめいめいにこ
の場所を後にするだろう。誰が求めたでもない、誰が引き止めたでもない。彼らの意思とは
無関係に空は晴れ、曇り、雨を降らせてはまた陽が注ぐ。

 外側に在る繰り返し。
 意味など、死んでからでいい。
                                      (了)

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  1. 2016/09/25(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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