日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔17〕

 差し込む陽の光は日に日に厳しさを増し、当初の穏やかさを何処か遠くへと追いやってし
まった。季節はすっかり夏への助走期間だ。何度か上陸するであろう梅雨時の台風も、一月
もすれば強くなった日差しに圧倒され、涼の一つも残しはしないのだろう。
(……はあ)
 この日、睦月は学園の教室にいた。クラスは今ホームルームの真っ最中だが、その視線は
あさっての窓の外へと向いており、ろくに集中できずにいる。
 理由は明白だった。先日のガンズ・アウターの一件だ。
 ガンズを倒し、小松大臣や海之は無事東京へと帰って行ったが、もう片方の不安材料は解
決していない。学園に攻め込んできた二人──いや、三人のアウター達のその後がようとし
て掴めぬままだったのである。
 酒を飲む度に強くなる酒乱(ジャンキー)のアウター。
 こちらの持ち物を奪う、レンズ甲のアウター。
 そして自分を吹き飛ばした、まだ見ぬ竜巻のアウター。
 二度目・三度目の襲撃はまだない。だがこれからもないとは限らない。睦月は内心不安で
仕方なかった。またいつ学園の皆が──海沙や宙が巻き込まれるかと心配でならなかった。
 先日のガンズはこの三人とは別物だったのか、それとも奴らの仲間だったのか?
 分からないし、確かめても進展に繋がる訳でもないが、うろうろと思考の隅で問いは漂い
続けていた。これまでにない強敵達だ。やはり学園(こっち)に攻め込んできたメンバーな
のだから、敵も精鋭を選んで送り込んできたのだろう。闇雲に相手をすれば苦戦することは
目に見えている。一体一体、確実に倒さなければ。
「はーい。じゃあ皆、グループを作ってー。できれば五・六人単位でお願いねー」
 そんな時だった。はたと担任の豊川先生の間延びした声が聞こえ、クラスの面々がにわか
に立ち上がって動き始めた。
 教壇に立ってにこにこと、この女性教諭は皆の自主性を見守っている。
 一方で睦月は自分の席でぽつんとしていた。何をしたらいいのかよく聞いていなかった。
「……やれやれ。やはり上の空だったか。グループ決めだ。今度臨海学校があるだろう?」
「ああ。あったね、そういえば……」
 だからか、そんな親友(とも)の様子を見て、皆人がこちらに歩いてきた。あさっての方
を見ていたのは傍からもバレていたようで、睦月は少々ばつが悪くなりながらも理解する。
 初等部一年、中等部一年、高等部一年。飛鳥崎学園では進級があるごとに臨海学校という
名のオリエンテーションがある。別に三回もやらなくてもいいのではないかと思うが、それ
ぞれの段階で求められるものが違ってくることもあり、普段とは違った場所で学園生として
のいろはを叩き込む行事となっている。
「場所って何処だっけ?」
「天童島だ。飛鳥崎のずっと南にある」
「ああ、あそこね。確かサーフィンの人がよく来てるっていう……」
「らしいな。去年と同じ場所だ。まぁ予想していた通りだな」
 親友とそんなやり取りを交わしながら、睦月はちらと人垣の向こうにいる海沙や宙の方を
見遣っていた。二人が國子が話しかけ、快く応じられている。同じグループに誘われたのだ
ろう。出会った頃に比べれば、彼女もすっかり二人と打ち解けたように思う。
「……そういえば」
「うん?」
 だが、だからこそ、睦月は心配事がある。言わずもがなアウター達のことだ。
 臨海学校に行くということは、その間自分達が飛鳥崎を離れるということで……。
「大丈夫なの? 臨海学校の間に、この前のアウター達が現れたりしたら……」
「ああ。そのことか」
 なのに、対する皆人は落ち着いていた。尤も彼自身、普段から冷静沈着な人物ではあった
が、それにしてもこの“余裕”のような素振りは何なのだろう。
「百パーセントと訊かれれば確かに今回も今までも保証などないが、その点なら心配ない」
 皆人は言った。グループ決めでかしかましいクラスメート達の中にあって、その答えは不
思議と不敵で、はっきりと聞き取ることができた。
「策は、既に打ってある」


 Episode-17.Storm/守護騎士、離島にて

 程なくして、臨海学校の当日がやってきた。
 場所は飛鳥崎南の遠洋に浮かぶ小さな島・天童島。ポートランド近辺のように開発の手が
伸びておらず、澄んだ青い海と白い砂浜、ありのままの自然が今も残る知る人ぞ知る隠れた
観光地である。
 朝早くから港に集合し、睦月ら高等部一年生一行は船に乗り込んでこの島を目指した。波
に揺られるにつれ、飛鳥崎の陸地が遠くなってゆく。ある者は甲板から水面を眺め、ある者
は船内でまったりと到着までの時間を過ごす。
「さあ皆さん。こっちですよー。一旦グループごとに並んでくださーい」
 船旅は大よそ二時間半ほど。古びたコンクリで補強された島の港に降り立ち、学園指定の
ジャージに身を包んだ睦月達は豊川先生ほか、引率の教諭達に誘導され、事前に決めておい
たグループごとに固まって整列した。
「全員揃っているか確認しろ。船に残っている奴はいないな?」
「各ホームルームでも話したように、こちらでの活動は基本、この各グループを一単位とし
て行う。クラスの垣根を越えて、協力してこの四日間を過ごすように」
「班長は点呼を豊川先生に知らせてください。全班揃ったら、宿に向かいます」
 初夏の日差しは場所によってこうも違うものなのか。睦月はそっと、飛鳥崎にいた時より
も厳しく感じる陽の光に目を細め、空を仰いだ。天気は快晴。青々とした絶好のオリエンテ
ーリング日和である。
「三条班。六人全員確認しました」
「はい。ありがとう」
 睦月の所属する班は、睦月と皆人、國子、海沙、宙、そして仁だ。
 いつもの面子と言えばいつもの面子ではある。だがそれだけに、何だか妙にしっくりとく
るのもまた事実だ。
 仁は、少なからずうきうきしていた。憧れの──ファンの一人として海沙と一緒の班にな
れたのが嬉しいらしい。「いいなあ……」他のM.M.Tメンバー達が羨ましそうにこれを
見ていた。対する仁も「へへ。いいだろう? 帰ったらたんまり土産話してやるからよ?」
と得意げだ。睦月はそれを横目に眺めつつ、静かに破顔する。かつては勘違いもあって激し
く対立した彼らだが、今ではすっかり気心の知れた仲間だ。……その為に一人、パージせざ
るを得なかったのは正直残念ではあったが。
「全班揃いました」
「ん……。では出発しましょう」
 各グループから報告が上がり、豊川先生が更にそれを学年主任に上げる。
 どうやら乗り遅れや降り忘れはないらしい。色黒で角刈りのこの学年主任は青い顎鬚を擦
りつつ、コクと頷く。
 これから三泊四日の日程で、臨海学校が始まる。島内の自然に触れ、サバイバル技術など
を学び、或いは宿において高等部生としての心得を叩き込む。正直言ってだるいし、こと街
に残してきたアウター達のことが心配で、思考はどうやってこの四日間をやり過ごそうかと
いう方向にばかり流れてゆく。
 集団行動──軍隊的──。ぽつぽつとそんな反発心が生まれなくもないが、国立の学校に
通っている以上、これもまた織り込み済みだろうと渋面を返されるのがオチだ。普段満たさ
れたインフラを享受していて忘れがちだが、今の時代は各国が激しくしのぎを削っている。
競うからこそ、勝ち取れる(えられる)ものもある……。
「これから、今回の宿へと向かう! 先生達について来なさい。地理の把握も兼ねて島内を
迂回してゆくので、各自しっかり記憶しておくこと!」
 はい! 学年主任の声に、一同は合唱するように応じた。満足そうに再度頷き、彼は先頭
に立って歩き始めてゆく。他の引率教諭らは何組かに分かれ、後に続く生徒達のフォロー役
に回るようだ。尤もこの程度の徒歩で脱落するようでは、この先が思いやられるが。
「……行くか」
「うん」
 睦月ら三条班も歩き出した。人気も疎らな港を後にし、軽い坂を登って島の丘陵の中へと
入っていく。集落はもう少し奥に集まっているのだろうか。道はすぐにあまり舗装されてい
ない土道になった。見渡す限りの緑の山と、その向こうに広がる青い海が平面をぽつぽつと
埋めるように佇んでいる。
『……』
 そんな二人、いや國子を含めた三人を、宙と海沙はじっと後ろから見つめていた。付かず
離れずの距離を保ちながらついてくる。
 思う所があったのだ。出発前から、二人は──特に宙は睦月達の行動に不審を感じてなら
なかった。何故かそのことを考える度にズキズキと頭が痛む──この前のダウンのダメージ
が残っているのか、邪魔をされるが、だからこそ何もないと思うことはできない。
(海沙)
(うん、分かってる。むー君達を見張る、でしょ?)
 こそこそ。
 この幼馴染達は皆の後を歩きながら、そう目配せをし合って密かに緊張の糸を張る。

「──」
 だから誰も気付かなかった。
 この時、島の別な浜辺の一角で、ふわりと着地する何者かの影があったことに。
 緩く渦巻く風を纏うようにして、灰髪の男が降り立ったことに。


「ガンズがやられた!?」
 時を大きく前後して。
 隠れ家にしていた廃ビル内に、人間態のジャンキーの驚く声が響いた。丸い小さなサング
ラスをずらし、血走った眼で逆さ帽子の少年の方を見返している。
「は、はい。あれから何度も連絡してるんですが、全然繋がらないんスよ。どうもデバイス
自体がぶっ壊れてるみたいで。あいつが最後にここに来た時、仕事を邪魔されたって言って
たでしょう? もしかしなくてもそいつが守護騎士(ヴァンガード)だったんじゃないかっ
て……」
 差し込む光を遮るように等間隔に立つ古びた柱。そこへめいめいに、思い思いに背を預け
ながら彼らはその報告を聞いていた。
 丸いサングラスを着けたチンピラ風の男──ジャンキー・アウター。
 彼の徒弟のように振る舞う逆さ帽子の少年。
 そして古びた胴着を着た、灰髪の大男。
 ガンズを含めて刺客として召集された彼ら四人だったが、気付けば自分達よりも先にその
一角を潰されたことになる。
 あれ以来、ガンズとの連絡は取れなくなっていた。姿も見ていない。彼がターゲットとし
て追っていた小松健臣が死ぬことなく街を出たとの情報からも、結局その暗殺(しごと)は
失敗したものと考えてよい。
 自分達を並の人間が止められる筈もない。ましてや斃せるなど。
 つまり、おそらくガンズはもう……。
「くそっ! やられた……!」
 ガンッとジャンキーは裏拳で近くの柱を叩き、その一撃で柱が大きくひび割れた。逆さ帽
子の少年も灰髪の男もそれ自体にはさして驚く素振りは見せず、代わりに同胞がまた一人倒
されたことを悔しがっている。
「その邪魔をした少年──学園生というのが件の人物であると見て間違いないな。あの時、
押し留めても詳しく聞き出しておけば良かったか」
「そうだろうけど……。もう今更言ったって仕方ねぇよ。どうします、兄貴? ラースにこ
の事がバレれば、俺達も何されるか分かったもんじゃないッスよ?」
「分かってる。というより、蝕卓(ファミリー)はもう把握している可能性が高い。分かっ
てて、まだ俺達を泳がせている……。悠長にはしてられねぇぞ。このままじゃ俺達は、奴ら
に体よく使い潰されるだけだ」
 灰髪の男から逆さ帽子の少年へ、そしてジャンキーへ。
 親指の爪を噛みながら、彼は苛立ちと焦りを感じ始めていた。蝕卓(れんちゅう)が自分
達のことを体のよい駒ぐらいにしか思っていないのはかねてから知っていたが、その番が急
に回って来たとなると焦らずにはいられない。
 さっさと仕事を果たさなければ……。少なくとも守護騎士(ヴァンガード)の正体ぐらい
は暴かなければ、ジリ貧になる。身元さえ割れれば、周りの人間の十や二十いくらでも人質
に取って確実に始末できる。
「急いで面を割らなきゃな……。トレ坊、確かもうすぐ学園は臨海学校だったな?」
「あ、はい。その筈ッスけど。ええと……高等部は天童島って所ッスね」
 ジャンキーに訊ねられ、それまで気圧されていた逆さ帽子の少年は、懐から手帳を取り出
すと確認していた。天童島……。この街を囲む地理を頭の中で思い返しつつ、ジャンキーは
ふふっと小さくほくそ笑む。
「ちょうどいい。一学年は丸々その島に集まってる訳だ。虱潰しに当たっていればいずれ奴
とも出くわす。ストーム、お前がやれ。俺達は三年生から順に潰していく。お前の能力なら
海の上だろうが問題ないだろう?」
「うむ。良かろう。ではそちらはお主らに任せる」
 もたれ掛かっていた柱から身体を起こし、灰髪の男──ストームは相分かったと頷いた。
相変わらず鷹揚とした佇まいだが、その瞳の奥には静かに闘志が燃え始めている。
「ああ。それと、何か分かったらこまめに連絡してこい。片方で見つかったのにもう片方で
無駄に探し回るのは御免だしな」
 うむ……。ジャンキーの上目遣いの眼光に、ストームは何とともなく首肯した。一人歩き
出しながらキュッと胴着の襟を締め、そして踵を返す前に訊ねてくる。
「のう、ジャンキー」
「うん?」
「もし私の側に彼奴がいたとして……。別に倒してしまっても構わんのだろう?」
 犬歯を覗かせた不敵な笑み。
 それは守護騎士(きょうしゃ)を前にして、血湧き肉踊らんとする悦びでもあった。

 小松大臣の視察終了を見届けて、海之は同じ案内役の官僚達と帰京の途に就いていた。
 列島を一繋ぎに結ぶ幹線鉄道。その線路上を駆け抜けるグリーン車の休憩スペースで、彼
はデバイスを耳に当て通話をしていた。相手は、飛鳥崎の両親である。
『──よかったの? 海沙や睦月君に挨拶もしないで』
「ああ。いいんだ。あいつらにも軽く話したように、今回そっちに寄ったのはあくまで仕事
の都合でだったからな。少なくとも大臣が会見をする前に情報を漏らすようでは、官僚失格
だろう?」
『真面目ねえ……』
 電話の向こうで、亜里沙の苦笑いする声が聞こえる。
 お互いに同じ公務員ではあるが、そもそも扱う義務の重さが違うのだ。同列に扱えという
方が無理なのかもしれない。そう思いつつも、堅物の海之としても、それが母のもう少しゆ
っくりしていってもという労いの類だということぐらいは推し量れる。
 やはり自分は、冷たい奴だと思われているのだろうか。
 しかし期せず帰省するとなれば顔を出し、復路の今もこうして一報の暇を作っている。家
族の無事を心配しない訳じゃない。偶にでも声が聞ければいい。
 それに……海之にはもう一つ、両親に確かめておきたいことがあった。
「なあ、母さん。海沙に何か変わったことはなかったか? 悩んでいたとか、そういう」
『えっ? うーん、特にこれといって思い当たることはないけど……。いつも通りと言えば
いつも通りよ? あの子の事だから黙っているだけかもしれないけど。それに、睦月君や宙
ちゃんもいるし……』
「……」
 やはりか。どうやら妹に降りかかったストーカー事件のことは、両親は知らされていない
らしい。自分は同僚経由の伝手で事件のことを知った。犯人の同級生が、飛鳥崎から引っ越
した──事実上の追放を食らったとの情報を貰ったのだ。だがどうも、肝心の周囲にはこの
事件が発生していたこと自体が認知されていないようなのだ。
(……睦月か?)
 何となくだが、そう思った。あいつなら本人が知らない内に手を回して、不快な目に遭う
のを最小限に抑えようとするだろう。……そういう奴だ。もっと昔、妹と宙を守る為とはい
え、血塗れになりながらも野犬から二人を守った時のことを思い出す。
『? どうかした?』
 亜里沙が電話の向こうで頭に疑問符を浮かべていた。不意に黙ってしまった息子の気配に
違和感を覚えたのだろう。海之はすぐに思考を切り替えて応じ直した。
「……いや。何でもない」
 知らないのならそれでいいのだ。平穏無事なら、それだけで自分達が日々力を尽くすだけ
の価値がある。

 幸い以前ほど大きくはなかった傷が癒えるのもそこそこに、筧と由良は再び玄武台高校へ
と足を運んでいた。事件の──瀬古勇による襲撃の痕が痛々しい。元あった校舎は崩壊した
まま保護シートが被せられつつ瓦礫の撤去が進み、代わりにグラウンドに侵食する形で仮設
のプレハブ校舎が建っていた。
「──あんな事があっても、まだ残ってるものなんですね」
「いっそ綺麗に消えてしまえば……ってか? かもしれねぇな。だがそれじゃあきっと何も
解決はしないだろうよ」
 どうしようもなく軋む胸の奥。署内で聞いた話では先日、瀬古勇による一連の復讐殺人と
ブダイの崩壊を受け、東京から小松文教相が極秘にここへ視察に訪れたのだそうだ。運悪く
校内にいた磯崎元校長も災難だったろう。同じく又聞きした話では、これまでの対応に怒り
心頭だった大臣からこっぴどくお説教を受けたらしい。
 ……問題は、その非公式に訪れた筈の大臣を狙った何者かがいたという点だ。幸い放たれ
た二度の凶弾は本人に当たることはなかったが、一歩間違えればこの国を揺るがす大事件と
なったに違いない。
(瀬古勇も、今回の犯人も。何でも気に入らないから潰すってのは違うだろうがよ)
 閑散とした敷地内を歩いてゆく。時折辺りを舐めるように見渡す由良とは対照的に、筧は
眉間に皺を寄せてじっと一点に崩壊した校舎の方を見つめていた。
 あの襲撃で、瀬古勇は“特安”指定となった。被害の甚大さを鑑みれば仕方ない判断、遺
族からすれば遅過ぎた決断だったのであろうが、それでも筧は暗澹たる思いを隠せない。
 瀬古勇は今も逃げ続けている。この街の何処か──或いはもうとっくに別の地域へと雲隠
れしてしまったか。
 だが筧個人は、そうではないと睨んでいる。あれほど復讐に身を堕とした人間がその本丸
たる磯崎を諦めるとは思えない。何処かに潜んでいる筈だ。何処かに、きっと……。
「うーん。手掛かりらしいものはもう見当たらないですねえ。やっぱり無駄足だったかもし
れませんよ? 兵(ひょう)さん」
「そりゃあ狙撃だからな。ここに犯人の痕跡はないだろ」
「鑑識の話じゃ、唯一の手掛かりになりそうな弾丸すら見つかってないそうですからねえ」
 やがて独り根負けしたのか、由良が一度深く息を吸い直してこちらを見てきた。筧はこの
相棒にそう割とあっさりと認め、しかし進む歩は緩めない。
 ……別にこの場に、犯人に繋がる何かがあるとは思っていない。筧がこの日わざわざ足を
運んだのは、ともかく実際の場所に立ち、見て、その思考や足取りを辿る為だ。
 瀬古勇のブダイ襲撃事件。小松文教相への狙撃未遂事件。
 この二つには共通点がある。部外者には眉唾だが、実際に経験している自分達だからこそ
放置できない情報だった。
 守護騎士(ヴァンガード)である。両方の事件において、かの都市伝説の鎧騎士はこの同
じ現場に現れ、大臣を凶弾から救ったという。署内の上層部は混乱し過ぎて見えもしないも
のを見たんだろうと一笑に付していたが、他ならぬ自分達はあの日、実際に目撃したのだ。
ブダイ襲撃事件の際、大規模な破壊を前に吹き飛ばされた自分達の前に現れ、立ち込める土
埃の向こうに立っていた、明らかに常人ではない人影を……。
「……っ」
 だが、思い出そうとする度に脳味噌の奥を掴まれるような痛みが走る。あの時の打ち所が
悪かったのだろうか? 或いはもっと以前に何処かで打ったのだろうか? つい反射的に指
先でこめかみ辺りを押さえると、ハッと気付いて由良が心配そうに覗き込む。
「兵さん。またですか?」
「ああ。どうも最近、考え事をすると痛んできやがる」
「自分も似たような時がありますね。やっぱりあの吹き飛ばされた時、変な所を打っちまっ
たんでしょうかね……」
 見ていて伝染(うつ)ったのか、由良もこめかみをぐりぐりと押し始めた。或いは筧と同
じ動作をすることで、彼の考えている推理を共有できるとでも考えているのかもしれない。
「由良。お前も見たんだよな?」
「えっ? あ、はい。それって……例の都市伝説のことですよね? 自分はぼんやりとしか
ですけど。でも、狙撃事件に居合わせた人間達も、同じことを言っている……」
「ああ。見間違いかもしれなくても、少なくとも何かがいたんだ。あったんだ。それは実際
に小松大臣を助けたし、瀬古勇を撤退させた」
 瀬古勇……。由良が小さくその名前を復唱した。ようやく先程から筧が考えていること、
方向性を把握したようだった。
 筧はついっと空を仰ぐ。必然、視界には保護シートと重機に囲まれた旧ブダイ校舎のなれ
の果てがそびえている。瀬古勇の事件にも、小松大臣の狙撃未遂にも、かの存在は確かな共
通点としてその身を潜めている。
「……調べてみるか。守護騎士(ヴァンガード)を」
 またズキリと頭痛がした。まるでその言葉を、思考を妨げてくるかのように。
 しかし筧は歩みを止めなかった。ズボンのポケットから片手を出し、汗ばむワイシャツの
胸元を気持ち緩めて風を送る。ええ……。由良も頷いていた。ぽりぽりと、先程のこめかみ
を指先で掻きながら静かに目を細めている。
「行くぞ」
「はいっ!」
 二人は歩き出した。ザリッと踵を返した筧に、由良がすぐ後ろからついて来る。
 隠されている筈だ。
 この街を軋ませる何か。その正体が、そこには。


 島内でもまだ整えられている方な白い土道をくねくねと進み、睦月達は今回お世話になる
宿へと辿り着いた。
 集落の一角にある素朴な旅館だった。初夏にも拘わらず着物姿の女将と従業員達が迎えて
くれ、取り敢えず一行は荷物を一旦それぞれに宛がわれた部屋に置くと再び集合を掛けられ
て外に出た。課外活動の開始である。
 初日は散策という名の島内観光だった。地元の人間がガイドとして同行し、森の中に埋も
れた神社や石碑などの史跡、海辺では漁師達の生活を事細かに紹介してくれる。おそらく普
段から折につけてこういった仕事をしているのだろう。海風と日差しに焼け、一見すると強
面に部類される壮年の男性だったが、その節々にこなれている感じがした。
「むう……」
「ぬぬ……」
 そんな中、目の前の学習が既に頭に入っていない生徒がいた。海沙と宙である。二人は睦
月や皆人、國子・仁と同じグループで行動しながらも、その走りから目の前の幼馴染と友人
達を疑っていた。
 曰く三条家の手伝い。パンドラに色んな経験をさせる、触れさせる。
 事情は分かった。睦月も心配を掛け過ぎたと反省し、守秘義務をこっそり破って話してく
れた。しかしその時同時に、二人には気掛かりなことがまた一つ増えたのである。
 謎の頭痛だ。春先からの奇妙な事件について思い出そうとする度に、まるで邪魔をするよ
うに襲ってくるこの痛み。しかもそれが互いに患っており、時期も八代直也の一件の前後と
一致する。何か理由がそこにはあると、二人は結論付けていた。
(ねぇ、ソラちゃん。本当にむー君達が知ってるのかなあ?)
(睦月達が知らなきゃ誰が知ってるっていうのよ? 大体、あんたのストーカー騒ぎの後、
すっかり大江達が仲間になっちゃったでしょ。考えてみれば不思議なのよ。罪滅ぼしって言
えばまぁそうなんだけど、あんたの優しさに甘え過ぎじゃない?)
(そんなこと……。確かにあの時は怖かったけど、大江君達全員が悪い訳じゃないよ。それ
にソラちゃんだって、一緒にゲームしたりするようになったじゃない)
(そ、それはまた別の話で……。まぁあんたがそれでいいってのなら今更蒸し返しはしない
けどさあ……。でも、少なくともあの頃に睦月達との間で何かがあったのは間違いないと思
うのよ)
 憐れの気持ち。心安い新たな仲間。
 しかし一方で、二人にとっては彼らが現れた頃から明確に自分達の周りで奇妙な出来事が
増えてきた。それも大切な幼馴染が事ある毎に傷付き、にも拘わらず決して多くを語っては
くれないという見えない壁に晒されながら。
 幼馴染を、仲間を疑いたくはない。だけどあの日彼が打ち明けてくれた言葉は必ずしも全
てではないのだろうと思うようになった。自分達が彼を大切に思っているように、彼もまた
自分達を大切に思ってくれている。それ故にまだ何かを背負い込んだまま笑顔を繕い続けて
いる。そんなの、自分達が望んでいることじゃない……。
 だから海沙と宙は、この臨海学校の間、睦月を徹底的にマークすることにした。本音を言
えば、皆人やその付き人たる國子を問い詰められれば一番確実なのだろうが、十中八九二人
が口を割るとは思えない。ならば、こう言っては何だが、まだもっと気優しい睦月から調べ
ていった方が成果は得られると思うのだ。何より、パンドラというただでさえイレギュラー
なくらい感情豊かなコンシェルを彼は今持っている。
 故に二人は、移動中付かず離れずこの幼馴染の動向に気を配り、見失わないように努めて
いたのだが……。
「ねぇねぇ宙。ここでもTAの回線あるんだって。自由時間にやろうよ」
「はーい、皆さーん。そろそろ次に行きますよ~」
「天ヶ洲さん。ちょっといいですか?」
「海沙さん、海沙さん! 凄いですよ! 一面真っ青!」
 道中、何かにつけて邪魔が入った。それは仲の良いクラスメートや同級生だったり、場所
移動をと皆に声を掛ける豊川先生だったり、或いはやけに絶妙なタイミングで睦月との線上
に入り込んでくる國子や、ぶんぶんと手を振ってターコイズブルーの海に興奮している仁で
あったりした。
 ぬう……。さりとて邪険にする訳にもいかず、宙は海沙はその都度対応に時間を割かざる
を得なかった。見た所当の睦月に目立った動きはないし、時折懐から取り出したパンドラに
島の景色を見せて優しく微笑んですらいる。
「はーい。それでは皆さーん、ここで一旦休憩しましょう」
「十五分後に出発だ。トイレや水分補給も各自、済ませておくように」
 そうして何ヶ所のスポットを巡ってからだったろうか。集落内から始まり、林道海辺、ま
た内陸へと戻って緩やかな丘陵を登り、一行はちょっとした見晴らし台まで来ていた。
 豊川先生や学年主任の合図を受け、面々がどっと解放されたように散らばる。すぐ眼下に
島の海が広がる高台は観光客向けに整備されており、落下防止の柵や石畳のフロアは勿論、
方々に東屋(あずまや)──屋根付きの休憩スペースも設けられている。
「流石にこれだけ歩くと喉が渇くなあ……。飲み物買ってくるよ。何がいい?」
「あ、ありがとう。じゃあ……冷たいお茶」
「俺も冷たいものなら何でもいい」
「うーんと。じゃああたしはコーラ!」
「わ、私はカルピスとか、そういうの……」
「スポーツ飲料があればお願いします」
「オッケー。ちょいと待っててくれ」
 皆人たち三条班も、この暫しの休憩に身を預けることにした。仁が皆にリクエストを聞い
て自動販売機の方へと歩いてゆく。東屋は既に他のグループらが我先にと押し掛けつつあっ
たので、早々に諦め剥き出しのテーブルや椅子の上に座った。ざわざわと、学園にいる時と
同じようなざわつきが辺りに満ちては空に溶けてゆく。
「いい所だね」
『はい。街の外は自然がいっぱいなんですね~』
「……」
 奥の方に座った睦月が、そうこっそりパンドラと話している。デバイスの中の彼女も、飛
鳥崎を出たことがないからか新鮮な環境にご満悦の様子だ。
(ソラちゃん)
(うん。分かってるよ。あいつはそもそも、あたし達に対して悪意なんて無いんだし……)
 だがそんな時だったのだ。この見晴らし台の方へ、ラフな格好の男性が数人、登って来る
のが見えた。睦月や海沙達もちらとその様子を遠巻きに見ている。ガイド役の男性に用があ
って来たようだ。老若に幅はあるが全員地元の住民らしい。何やら深刻な表情(かお)で、
この彼に話し掛けている。
「──それは本当か?」
「ああ、間違いない。村の奴らが何人も見てる」
「古い胴着を着た大男だ。見たこともないし気味が悪いって、皆怯えてちまってさ……」

「不審者?」
 やって来た住民らとガイドのやり取りに聞き耳を立てていると、宙の耳には確かにそう聞
こえた。周りの他のグループもちらほら異変に気付いたようで、向けられる視線と、それま
でとはまた別の種類のざわめきが漏れ始めている。
 眉間に皺を寄せ、ガイド役の男性は学年主任らにこの事を報告するようだ。あくまで引率
の彼ら──依頼元にだけひそひそと話しているのが聞こえ、学年主任が同じように渋面を作
って緊迫した様子になる。
「胴着姿の、大男?」
「ええ。少なくとも旅行者のようには見えなかったそうです。今の所、何かこちらに実害が
あった訳ではないですが……」
 宙と海沙、そしてすぐ後ろで國子がこれをじっと遠巻きに見ていた。具体的に何と喋って
いるかは把握し切れないが、それでも断片的に聞こえたフレーズとその表情からあまりよろ
しくないということだけは分かる。
「また、不審者……」
「ちょっと勘弁してよ。この前は学園にだって出たっていうのに」
 ねえ? だがそうごちて何となく振り向いた宙は、次の瞬間もう一つの異変に気付いた。
 睦月の姿がなかったのだ。皆人もだ。このにわかに穏やかではない変化と、ざわめく生徒
達の人の波に隠されて、二人の姿がいつの間にか消えてしまっていたのである。
「海沙、海沙。睦月と皆っちが」
「えっ? あ……。ど、何処に……」
 その場できょろきょろ。海沙と宙は見晴らし台一帯を見渡していた。学年主任らはまだ不
審者出没の報を一同には知らせていない。教諭ら同士でひそひそと話し合い、どうしようか
考えている最中のようだ。宙が思わず立ち上がろうとした。のんびりと椅子に座っている場
合ではない。だがちょうどそんな時、六人分のジュースを抱えて仁が戻って来た。
「うん? 何だ、待ち切れなかったのか? 天ヶ洲」
 ほれ。近付いて来て、軽くぽいっとコーラの缶を投げてくる。思わず反射的に受け取り、
手の中でキンと気持ちのいい冷たさが感覚を駆ける。
「あ、いや……」
「その、むー君と三条君の姿が見えないなあと思って……」
「ああ。そういや途中ですれ違ったな。トイレじゃねえの? それか、日陰のある場所でも
探しに行ったか」
 焦る二人。しかし対する仁はのんびりと気楽そうだ。確かに見晴らし台近くにはトイレは
なく、一旦下まで降りないといけない。
「屋根ん所が空けばいいんだがなあ……。でも待ってたら休憩時間が終わっちまうか」
「う、うん。そう、だね」
「そうだよ。だからあんまり遠くに行っちゃったら……」
 それぞれにリクエストされた飲み物が木板のテーブルの上に置かれた。だが内心、二人に
とっては、彼が追い掛けて行く先に立ちはだかっているように思えた。
「皆人様も一緒ならば大丈夫だとは思いますが……。分かりました。なら、私が様子を見て
来ましょう」
 だからか、代わりに國子が立ち上がった。
 それとなく背中に回したその右手には、反応(レスポンス)があって点灯している彼女の
デバイスが握られている。

「不審者か……。もしかしなくても、やっぱり」
「ああ。おそらくはな」
 一方、当の睦月と皆人はこっそり見晴らし台を抜け、丘を駆け下りていた。人気のない静
かな緑の中を逆走してゆく。先ほど異変を知らせに来た島民の言葉。聞き耳を立てていた二
人はほぼ同時にまさかと思ったのだった。
 アウター。それもこの前学園に現れた、三体の内の一体だ。少なくともこの夏島に、胴着
姿で訪れる観光客など不自然だ。
「追って来たってことか。僕がこっちにいるって分かったのかな?」
「いや、まだおそらくそこまでは把握していない筈だ。虱潰しだろう。この島には今、学園
の一年生が丸々集まっている。奴らにとってこれほど好都合なタイミングはあるまい」
 睦月の疑問に否を返し、皆人は答える。おそらくは二手に分かれて順繰りに睦月を捜し当
てるつもりなのだろう。何もしてこないとは思わなかったが、こうも早く尻尾を出すとは。
(……しかしどうやってこの島へ? 同じ船には乗っていなかった。いればパンドラや俺達
のコンシェルが気付く。司令室(コンソール)からも他便に不審な乗客は確認できなかった
ときている。自力で海を渡ったとでもいうのか……?)
 途中、追いついて来た國子とも合流した。
 パンドラやコンシェル達の索敵能力を駆使し、島内に現れたという不審者──アウターの
居場所へと向かう。

「──もし。少し訊ねたいことがあるのだが」
 島の北に面する浜辺。その進入口付近の道で、灰髪の男・ストームは通り掛かった中年女
性に話しかけていた。
「この島に、臨海学校に来ている学生達がいる筈だ。飛鳥崎学園という。彼らの宿が何処に
あるのか教えてはくれまいか?」
「っ……!」
 だがそう問われたこの女性は、開口一番から酷く怯え、警戒の眼差しで彼を見ていた。胸
を掻き抱いて身を小さくし、すみませんの一言もなく足早にその場を逃げ去ってしまう。
「……参ったな。さて、どうしたものか……」
 小さな島故の、伝達速度に長けたネットワークだった。
 尤もストーム自身はそのことに気付いてはいない。寧ろ自分のこの格好が周りから浮いて
いることさえも自覚していなかった。刈り上げられた灰色の髪をぽりぽりと掻き、ぽつんと
一人残された浜辺を前に攻めあぐねる。
『いました! この先に強力な反応一体!』
 ちょうど、そんな時だった。機械を通したようにくぐもった、しかし緊迫と朗々が同居し
た少女の声が聞こえてきたかと思うと、この浜辺に三人、ジャージ姿の少年少女達が駆けて
来たのだった。
 言わずもがな、睦月と皆人、國子である。
 ストームは浜へ入る坂道の下に立っていた。ちょうど三人を見上げる格好になる。
 だが最初、彼は「ほう?」と少し嬉しそうだった。同じジャージ姿の学生。もしかしなく
てもお目当ての学園生だとすぐ知れたからだ。
「ちょうど良かった。君達は飛鳥崎学園の生徒だろう? 訊きたいことがある。君達の宿は
何処にある? 良ければ案内して欲しいのだが……」
 あくまで鷹揚と、一見穏健に訊ねてくるストーム。
 しかしそれも口にした一瞬間だけのことだった。睦月達が向けてくる眼──敵意に程なく
して気付き、そっと目を細めて“同胞”達の気配を感じ取ったことで、その態勢は善意の第
三者の装いから立ち上る殺気に変わった。
「……ふっ。そうか、そちらから来てくれるとはな。手間が省けたよ」
 睦月が懐から取り出したEXリアナイザにデバイスを挿入し、起動させた。皆人と國子も
同じく調律リアナイザを取り出し、横一列に並んで操作する。
『TRACE』『READY』
「変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
「……朧丸」
「来い、クルーエル・ブルー!」
 頭上に掲げた銃口から光球が、身体の回りをデジタルの光輪が回転し、睦月の姿を白亜の
パワードスーツに変える。皆人が、國子が、それぞれのリアナイザから自身のコンシェルを
召喚して同期した。般若面の武者が太刀を構え、全身メタリックブルーの甲冑兵はその小剣
の切っ先をぐるんと宙に描いて胸元に抱える。
「……」
 デジタル記号の光に包まれ、ストームがその本性を現した。灰色のばさついた髪に、随所
に渦巻き模様を施したヘッドギア。隆々とした身体は革と赤茶のチェインメイルで固められ
ており、ヘッドギアと覆面に隠された素顔からはブゥン……と、赤い不気味な双眸だけが光
っている。
 両者はゆっくりと、そして一気に地面を蹴って駆け出した。三対一。されど余裕を一切持
てない戦いが始まる。
 最初に仕掛けたのは皆人のクルーエル・ブルーだった。突き出した小剣は高速でストーム
に向かって伸び、しかし当の彼はこの特性を瞬時に判断して掌でいなし、最小限の体捌きで
回避する。その空間的な狭まりを狙って、國子の朧丸と睦月こと守護騎士(ヴァンガード)
が迫った。だがストームはこれも一旦後ろへ半身を捻ってかわしながら逆に自身と小剣の間
に二人を挟み込み、回転の勢いを利用した裏拳、次いで蹴りで二人を吹き飛ばす。
「ぐっ……!」
 それからは三人が次々に同時に、ストームへ攻撃を仕掛ける乱戦となった。
 だがこのアウターは焦らない。一定のリズムで呼吸を整えながらゆっくりと動かす両掌の
軌道上を境として空間を捉え、クルーエル・ブルーの小剣も、朧丸の太刀も軽々といなして
みせる。脇腹へ一発、胸元へと一発。的確に重い反撃を打ち込み、長く自身の懐に留まらせ
ない。ナックル! 睦月が基本武装を最も破壊力のあるナックルモードに換え、エネルギー
球の拳を振りかぶってきたものの、それを彼は一瞥した瞬間に真正面から受け止め、逆に拳
で打ち返してしまう。
「な、何だ!? こいつ」
「強い……。それにこの動き、まるで格闘技の心得があるような……?」
「お主もな。尤も、まだまだ発展途上のようだが」
 睦月がギッとパワードスーツの下で唇を噛む。何が嬉しいのかフッと笑い、ストームが再
びゆっくりと構えを取る。
『ARMS』
『RAPID THE PECKER』
 今度は睦月は、新たに武装を召喚した。EXリアナイザを一旦腰のホルダーに挿し、白い
光球と共に手に収まった突剣(レイピア)が振動を始め、ストームに飛び掛かるその突きを
目にも留まらぬ連打へと変える。
「だらあああッ!!」
 しかしこれをストームは真正面から応じていた。この目にも留まらぬ無数の突きを同じく
無数の掌底で右へ左へと受け流し、自身への直撃を皆無にする。
『っ──!』
 だがそれはあくまで陽動だった。パワーで駄目なら速さで。そうして足止めされている隙
を狙ってクルーエル・ブルーがぐるりと側面に回り込み、或いは朧丸が一旦ステルス能力で
姿を消してから背後に現れ、それぞれ攻撃を加えようとする。
「……お主らに、用は無い!」
 しかしストームはこれにも対応してきた。一旦睦月の連続突きを手元からいなし、バラン
スを崩させると、その隙を見計らって半身を返して振り向き、もう一方の掌に力を──竜巻
を発生させてこれを襲い掛かる二人に向かって放ったのだ。
 轟。避けようもない。近距離からの凄まじい風圧だった。クルーエル・ブルーと朧丸は吹
き飛ばされると強烈に後方の岸壁に叩き付けられ、即ちそのダメージはそれぞれと同期して
いた皆人や國子にも跳ね返る。
「ガッ、アッ……?!」
「風……。やはり、こいつが、三人目の……」
 二人は思わずその場にがくっと膝をついてしまった。このコンシェル達も制御の集中力を
失って消滅する。皆人! 陰山さん! 睦月は叫んだが、直後ストームの正拳突きに吹き飛
ばされ砂浜に転がった。ぐぐっと身体を震わせて起き上がる。……恐ろしく強い。単純な力
だけじゃなく、地の戦闘能力自体がこれまでの奴らの比ではない。
『マスター!』
「……大丈夫。でも、何て奴だ。普通に戦ってちゃ埒が明かない」
 ふん。ストームは笑っていた。不敵な、そして嬉しそうな表情(かお)だ。
 朗々と述べる。それは睦月に向けた口上だった。
「我が名はストーム! 流浪の武道家・五十嵐典三の技と魂を受け継ぎし者! 我が望みは
ただ一つ、この武を世に知らしめることだ。守護騎士(ヴァンガード)よ。お前の力はその
程度か? これまで多くの同胞達を討ち続けてきたその底力、見せてみろ!」
 詰まる所挑発だった。だがそれ以上に、睦月はこのアウターの持つ奇妙さに眉を顰め、戸
惑っていた。
 自ら召喚主の名前を出すとは。それにこの言い分だと、まるで戦うこと自体が目的のよう
に聞こえる。……てんで妙な奴だ。これだけ強いのに、まるで“欲”というものが感じられ
ない。
「……睦月」
「分かってる。でも、このまま逃がすだなんて皆人も思ってないでしょ」
 ダウンしてしまった親友とその付き人に言う。睦月はゆっくりと立ち上がり、EXリアナ
イザのホログラム画面を操作し始めた。この姿で通用しないなら……これならどうだ。
『LION』『TIGER』『CHEETAH』
『LEOPARD』『CAT』『JAGGER』『PUMA』
『TRACE』『ACTIVATED』
「っ!」
『KERBEROS』
 レッドカテゴリのサポートコンシェル達を七体、その全てを同時に換装する。
 掌を押し当て、再び頭上に掲げた銃口より飛び出した赤い七つの光球は、睦月の周りをぐ
んぐんと速度を上げながら旋回し、降り注いだ。溢れる炎と光を掃って、睦月は新たな姿に
生まれ変わる。
「……ほう? そういう能力もあるのか」
 強化換装。皆人や國子がごくりと息を呑み、ストームも少し驚いたように目を丸くした。
両手の鉤爪を起こし、睦月は両脚から大量の蒸気を放出する。ぐぐっと全身に力を込め、相
対するストームを見遣って顔を上げる。
「むっ!?」
 一瞬の事だった。睦月が地面を蹴ったその次の瞬間、ストームの左脇腹に轟と炎を撒き散
らしながらヒットする衝撃があった。寸前でストームは防御し、身を捻る。だが初見でこの
速さに反応し切ることはできなかったようで、ここに来て初めて彼に明確なダメージを与え
ることができた。
「……なるほど。炎を操る力と、身体能力の強化か」
 砂浜に、轟々と地面を蹴っては熱の残滓を残す動きがあった。
 言うまでもなく睦月である。ケルベロスフォームでの高速移動でストームの周囲を駆け続
け、撹乱しながら、次の攻撃を当てるタイミングを図っているのだ。
 二発目、三発目、四発目。フェイントを挟みながら睦月はストームに襲い掛かった。だが
防御一辺倒になりながらも、驚くべきことに彼は少しずつこちらの動きに付いてきていた。
目というよりは気配でこちらの攻撃角を予測し、初手のようなダメージはもう入らない。
「正直驚いたぞ。だが──」
 何度目かの突撃を耐え、ストームは右手に小さな竜巻を凝縮させた。
 すると現れたのは、右手を覆うように装着された螺旋状の突起──ドリルアーム。それを
彼はその次の突撃を仕掛けてきた睦月に向かって構え、身を捌いて横っ腹から一突きしたの
である。
「ぐあああッ!!」
 完全にブローが入った。自身に纏う速さも相まって、睦月はそのまま大きく側方に吹き飛
ばされた。睦月! 皆人と國子が叫ぶ。大ダメージだったようだ。睦月はそのまま強制的に
変身を解除され、砂浜の上にぐったりと仰向けになって倒れていた。
「……そんな。強化形態を、一撃で……」
「ふむ……この程度か。思ったより呆気なかったな。惜しいものだ。このまま経験を積んで
いけば、お主ももっと強い戦士になれただろうに……」
 ざくっ。砂浜を歩き、ストームは倒れたままの睦月に近付いて行った。マスター! パン
ドラも叫ぶが、睦月は荒く息をついたまま動く事ができない。
 万事休すか。皆人達も何とか庇おうにも起き上がれず、ストームのドリルがゆっくりと持
ち上げられ──。
「睦月ー!」
「むー君~!」
 だが、ちょうどそんな時だったのだ。遠く見えない所から聞き慣れた声が聞こえた。宙と
海沙だった。どうやら探しに来たらしい。ざりざりっとこちらへ足音が近付いて来る。
 だ、駄目だ! こっちに来ちゃ──。
 睦月はハッとなって目を見開いた。脳裏に二人がこの怪人に粉微塵にされるイメージが過
ぎる。それだけは何としても防がなければならない。二人を、巻き込む訳にはいかない。
「……」
 なのにだ。次の瞬間ストームはドリルアームを解除し、そのまま踵を返して歩き始めたの
だった。睦月が、皆人や國子、パンドラが訝しむ。ざくざくと砂浜を踏み締め、ストームは
静かに人間態に戻ると、肩越しに振り返る。
「命拾いしたな」
 最初、睦月達はその意図する所が分からなかった。ストームはそのまま、潮風に紛れるよ
うにして姿を消して行ってしまう。
 宙と海沙が坂道を降りて来るのが見えた。止められなかったのか、後ろからは息を切らせ
ながら仁がついて来ているのも見える。
『……』
 助かった。
 睦月達がようやく理解できたのは、そんな乏しい語彙だけだった。


 それは、同じ日の朝方の出来事だった。
 集積都市が一つ、飛鳥崎市北部。国立飛鳥崎学園正門前通り。
 左右を閑静な住宅街が挟む人工的なストリートを遡上するようにして、ちらほらと学生達
が登校してくる。正門前の一角にはバスのロータリーまで整備されている。それだけ市内を
始め、遠方からも生徒を呼び込んでいるのだ。
 真っ直ぐに伸びる通りの両側には点々と、桜の木が植えられている。今はシーズンが過ぎ
てしまったが、それでも朝日を通して仰げる澄んだ緑の陰は見ているだけで心地良い。
「──ねえ兄貴。本当に現れるんスかね?」
 そんな朝の登校風景を待ち構えるように、彼らは潜んでいた。人間態のジャンキーと逆さ
帽子の少年である。二人は桜並木の一つに背中を預け、じっと通り過ぎてゆく生徒達の人波
を眺めていた。
「現れるさ。現れてくれないと困る。お互い、切羽詰ってるのは同じなんだからよ」
 ジャンキーは小さな丸サングラスをついっとずらし、傍らの徒弟に応えていた。時折生徒
達が誰だろうと視線を投げてはくるが、それでも変に関わり合いになるのはよそうとまたす
ぐに前を向き、学園の中へと吸い込まれていってしまう。
 二人は今朝からこうして待ち伏せていた。今日から臨海学校で一学年がいない今、この学
園に登校してくるのは二年生と三年生だけの筈だ。向こうへ遣らせたストームに当たればそ
れでよし、こちらに当たればもっとよし。奴には逃げ場など与えない。
「この前の様子見で、否応なしに守護騎士(ヴァンガード)とその協力者達も俺達を警戒せ
ざるを得なくなっている筈だ。面は割れている。その俺達がこうして学園前でプレッシャー
を掛けておけば、奴らも行動を起こさずにはいられない。何をするか、分からないからな」
「……なるほど」
 今度はこちらから仕掛けるというのだ。一度は取り逃がした失敗・状況を逆手に取り、彼
らをおびき寄せる。ジャンキー達にとっては周りの生徒達などどうでもいい。だが向こうは
そうではないだろう。その差を利用して(つかって)、あぶり出す。
「分かるな? 暴れてやるのはあくまで最後の手段だ。我慢比べだと思え。こっちの考えが
知れないからこそ、奴らにはプレッシャーになるからな。よーく連中を見ておけ。ホンモノ
なら恐れじゃなく対抗心を眼に宿す筈だ」
「ウッス!」
 逆さ帽子の少年も、ジャンキーの意図する所を理解して不敵に応じた。既に周囲の各路地
にはサーヴァント達を待機させ、奴らが動きをみせればすぐに知らせるよう命じてある。
 動く筈だ。
 こちらの面が割れているからこそ、目立つ真似をすれば守護騎士(やつ)は動く。
「──」
 だがやがて現れたのは、二人が予想していたのとはまた別の人物だった。
 カツンカツンと、アスファルトの地面の上を靴音を鳴らして彼はやって来る。登校する生
徒達の何人かがちらと一瞥をくれたが、特にそれ以上何をするでもなくまた一人また一人と
人波の中に紛れていく。
「む?」
「兄貴。まさか」
 その接近にジャンキーと逆さ帽子、アウター二人が気付き、視線を投げる。明らかに周り
の流れとは独立して真っ直ぐこちらに歩いて来ていた。釣れたか。しかし、こいつは……?
サングラスの下で、ジャンキーの表情(かお)に嬉色と思案が入り混じる。
「……」
 冴島だった。
 二人の前に現れたのは、スーツをラフに着こなした男性。守護騎士(ヴァンガード)の前
装着予定者、冴島志郎その人だったのである。

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  1. 2016/09/20(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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