日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「美弥先輩」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:卒業式、猫、告白】


 冬の寒さはとうに峠を越してしまって久しいのに、目の前に映る世界も、この先の未来も
まるで見通せやしない。
 三月。今日は卒業式だった。手の中で弄んでいた卒業証書の筒も程なくしてズボンの尻ポ
ケットに収まり、徹平は一人校舎裏へと足を運んでいた。
 巣立つ者と見送る者。
 周囲にはまだこの日独特の空気の残り香が漂っているような気がするが、少なくとも彼に
はもう、そんな感慨は他人事だった。今は後ろを向いて、センチに思い出に浸っている場合
ではない。
「──やあ。式は終わったようだね。卒業おめでとう」
 はたして彼女はそこにいた。ざくざくと、散らかったまま朽ちた足元の落ち葉を踏み砕き
ながら近付いていく。
 昔、雷に撃たれて折れたという樹の残骸。そのうろにすっぽり嵌るように腰掛けながら、
紺のセーラー服姿の彼女は振り向く。
「おめでとう。毎年そう言ってはみるけれど……やはり不公平だな。入学と卒業。ただそれ
だけの違いなのに、季節はこうも態度を変えてしまう」
 素朴に染まった栗色の髪、ミドルショート。一目見てやはり自分より年上だと感じはする
のだが、その眼差しはどこか茶目っ気や愛嬌を多分に含んでいる。
 彼女は一度軽く空を仰ぎ、校舎向こうから遠く漏れる生徒達の声を聞いた。
 巣立つ者と見送る者の惜別。言葉にすれば感傷的だが、その実現代では単純な通過儀礼の
一つに過ぎないのだとも知っている。それでも彼女は口にせずにはいられなかったようだ。
「一体どうしたんだい? 積もる話もあるだろう。今日くらいは同級生や先輩・後輩達と花
を咲かせていても罰は当たらないだろうに」
「話ならありますよ。でもそれは、美弥先輩にです」
 いつものように、彼女──美弥は飄々とした風に振る舞っていた。それが徹平にはいつに
も増して切なくなる。ぎゅっと、一度気持ち言い返してから唇を結んで口を開いた。
「もう誤魔化しません。はっきり言います。俺、先輩が好きです」
「……」
 予想して(わかって)いたような、いないような。
 うろに座っていた彼女は一瞬だけ瞳を揺らがせ、しかし努めて平静を装うとしているよう
に見えた。しんと二人の間に沈黙が横たわる。代わりに在るのは校舎の向こうから伝わるこ
の日の特別性と、中途半端に温かさを孕んだ乾いた空気だ。
「解っているのかい? 私なんかに現を抜かすなんて、正気じゃない」
「自覚はあります。でも俺は、このまま自分に嘘をつき続けることなんてできない。このま
ま伝えなかったら、ずっと後悔する。──たとえ、先輩が人間じゃなくても」
 笑っていた。自嘲(わら)って踏み止まられて、サァッと風が吹いた。
 美弥は押し黙ったまま暫くじっと徹平を見ていた。少し興奮している。だがその真っ直ぐ
見返してくる眼は本気そのものだ。三年間、この学校で多くの時間を共有してきたからこそ
彼女には否応なしに解る。
「そりゃあ最初は、俺も手の込んだ作り話だと思ってましたよ。でも実際に先輩はこうして
ここにいる。俺が入学するずっと前からこの学校に──昔森だったこの場所に住んでいる。
この辺り一帯を見守ってきた、猫神様……」
 当初から、徹平の通うこの高校には一つの伝説が言い伝えられていた。
 何でもこの学校には昔から長い年月を生きた猫の神様が棲んでいるのだと。時代時代の生
徒達をひっそりと見守りながら、或いは自分も学生のふりをして溶け込み、気ままに暮らし
てこの地を守ってくれているのだと。
 元々、この学校の敷地は手付かずの森だった。そこを昔の人達が切り拓き、子供達に勉強
を教える学び舎を建てたのだそうだ。
 だから、厳密にはこの学校に棲んでいるのではなく、棲んでいた所に学校が建った。
 しかし当時の祠も敷地の片隅にきちんと移されていたこともあり、猫神様はこの人間達の
開発に怒りはしなかった。寧ろ距離が近くなり、のんびりとその移ろいを見守ることを楽し
んできたのだという。
 猫神様と出会えたなら、くれぐれも怒りを買わないように。
 友好的な関係さえ結べれば、かの方はまこと愉快な神様なのだから──。
「そこまで分かってて付き合い続けてきたんだから、君も相当変わり者なんだけどねえ」
 小さく嘆息。そして美弥──土地神はちょんとその頭に猫の耳を生やした。同じくふりふ
りと尻尾も揺らして寛いでいる。
「久しぶりにまたいい話し相手ができたと思ったんだ。本当にそれだけだったんだよ。でも
君は毎日のように私の所に来るようになった。お弁当を持ってきた。……勿体無いよ。君の
今は、今この時しかない。もっと同じ年代の……他の人間と交流すべきなのに」
「全く付き合いがない訳がないですよ。先輩は、ちょっと特別なだけです」
 やれやれ。フッと彼女は破顔した。体格はそう大きくもなく、寧ろ小さい方なのに、徹平
を見つめるその眼差しは単なる年上を越えた包容力──慈愛に満ちている。
 仕方ない子。だがそれがどうしようもなく愛おしい。
 だから彼女自身も解っていた。それが近過ぎる距離になってしまったことを。
「本当に物好きだなあ。私は人間じゃないんだよ。遡ればただの猫だ。他人より百年二百年
ばかし長生きしているだけのお婆ちゃんさ。それを君は、好きだという」
「はい」
「お婆ちゃんだよ? 君の言っている好きとは、らいくではなくらぶなんだろう?」
「その通りです」
 必死だった。徹平にとっては一世一代の大勝負。きゅっと唇を結び、返事を待っている。
だが対する美弥は何かとはぐらかしたがる。人間ではないから始まって、歳が違い過ぎる事
も引き合いに出して。先輩とは呼ぶが、ずっと在籍し続ける所属不明の女生徒──不審に思
わない筈などなかったろうに。
「受け入れられようが断られようが、ちゃんと伝えたかっただけですから。それに、もしか
したらこれで、先輩とは二度と会えなくなるかもしれない。……知ってますよね? 来月か
らの建て替え工事」
 人と人ならざる者。解っている。それでも徹平は、伝えなくてはならない理由があった。
 一つは、自身の秘めてきた思いにけじめをつけること。
 もう一つは、この学校に迫っている危機のこと。
「俺達の学年が卒業した後、この学校は耐震化の為にごっそり建て替えられます。もう今の
校舎で勉強することはありません。でもその後、先輩はどうなるんですか? 祠は大丈夫な
んですか? 昔移したって場所、見に行ってみました。一面草だらけで知らない人にはあそ
こに小さな石碑があるだなんて分からないと思います。知らなければ、工事と一緒に壊され
てしまう筈です」
「……」
「消えてしまうんじゃないですか? 忘れられて、生徒の噂話程度にしか残っていなくて。
詳しい原理はよく分からないですけど、このままじゃ先輩、いなくなってしまうような気が
するんです。前にも話してくれましたよね? 神様は信仰があるからこそ神様でいられるん
だって。もうしそれが原理なら、拠り所を失った先輩は……!」
 最後の方は半ば悲痛のような声だった。この少年にとって、彼女が失われることは耐え難
い苦痛だったのだ。人ならざる者。関係ない。事実これといって将来の目標もなく、ただ淡
白に漂流するだけだった筈のこの三年間を彩り続けてくれた、かけがえのない女性(ひと)
なのだから。
「後悔したくない! 俺はこの三年間を、無駄になんてしたくない! ……こんな俺にも目
標が見つかったんです。恩人なんです。だから何も言わずに、消えないでください」
 お願いします! 徹平は深々と頭を下げていた。告白なのやら懇願なのやら分からなくな
っている。だが少なくとも確かなのは、目の前の彼女を──猫神様をみすみす消えさせては
ならないという想い。しんと、二人の間に校舎裏に、沈黙が沈殿する。
「……そこまで調べてたのか。参ったな。確かに、工事の如何では私の社は消える。存在自
体が死滅せずとも、力の低下は免れないだろう。ひいては……本当に死ぬだろうな」
「だったら!」
「そう熱くなるな。仕方ないじゃないか。これも時代の流れさ。語られないまま存在する神
というのもそれはそれで辛いものだよ。ただでさえマイナーだから、だから……君が私を知
覚できる人間だと知った時、話し相手にと選んだのかもしれない。暇だけはあるからね」
「……」
 助けたい。しかし当の本人は助けなくてもいい。
 熱意の溝があるように感じた。徹平は目に見えないその溝に視線を落とし、しかしキッと
次の瞬間には顔を上げていた。
 決意。まさにその表現が似つかわしい。
 一歩を踏み出し、宣言する。
「だから、俺にしかできないことなんです。先輩、一緒に生きましょう!」
 ザザッと二人の間に風が吹く。
 美弥の瞳が大きく揺らぐ。
 自ら消えることを受け入れても尚、自分に手を伸ばしてくれる異性(ひと)がいる──。


「よしよし、良くやった。今夜はすぺしゃるな猫缶を喰わせてやろう」
 年季の入った畳敷きの一室で、彼女は嬉しそうにその猫達を愛でていた。
 美弥である。だが今はもうセーラー服ではなく、パーカーにスパッツという現代風の普段
着だ。にゃーにゃーと集ってくる何匹もの猫達に囲まれ、彼女はまるでその一匹一匹と会話
するように視線を合わせて鼻歌を歌っている。
「ただいま戻りましたー」
「あ、お帰りー。どうだった、徹平?」
「ばっちり解決です。今回も先輩の能力(ちから)さまさまでしたよ」
 そうしていると開けっ放しになっていた襖の陰から、足音を鳴らしながら徹平が入って来
た。ラフな姿の彼女とは違って、こちらはフォーマルなワイシャツ姿である。ぱぁっと喜色
を差した美弥からの振り向きに応じ、徹平は親指と人差し指でOKサインを作りながら笑い
返す。
 あれから、七年の歳月が経っていた。徹平からの告白を受け入れ、彼と美弥は以来共同生
活を営んでいる。
 二人がこの家に引っ越してきたのは三年ほど前──徹平が大学を卒業して間もない頃だ。
街の郊外にある雑木林つきの古民家。二人はここを買い取って拠点とし、とある商売をして
生計を立てている。
「そうか。ならよかった。こちらも例の依頼、調べ終わったぞ。やはりあの女の方が嘘をつ
いていたようだ。男がいた。今日も旦那の留守を狙って密会していたぞ」
 それは一言でいえば探偵業だった。尤もその体は同種のビジネスとは大分異なる。
 この二人の古民家には『猫目何でも相談所』と書かれた看板が立て掛けられていた。様々
な依頼を受け、これを解決するのである。そして依頼人は──案内された室内であるものを
目撃することになる。
 はたしてそれは祭壇だった。神道式の祭具らの中央に古びた石碑が乗っかり、不可思議と
神秘性を同居させている。
 美弥──猫神様がかつて依り代にしていた祠の要である。あの日、工事が始まる前に地元
の古老らに話をつけ、何とか運び出すことに成功したのだった。
 しかし破壊を免れただけではいずれ美弥は消えてしまう。そこで徹平が考えたのは彼女を
何かしらの形で“信仰”して貰うこと。そんなに大仰でなくてもいい。詰まるところ猫神様
がいるという話が人々の間に広まってくれれば、目的は達成されるのだ。
「……本当、お前は面白いことを考えつく。私と眷属達をこんな方法で活かせるとは思いも
しなかった」
 美弥は猫の神様だ。つまり同胞である猫に力を行使すれば、彼らは忠実な眷属になる。
 かつて学校の敷地内に迷い込んでくる野良と話し込んでいる彼女を見て温めていた構想だ
った。彼女のこの能力(ちから)を使えば、人間では難しいこともできるのではないかと。
 それが探偵業だった。どれだけ秘密を抱えた人間であっても、動物にまで口封じはし切れ
まい。彼女に眷属とした猫を放って貰い、情報を収集する。それを元に本人しか知りえない
決定的証拠を掴む──面白いほどホシは落ちていった。それに比例して、この「猫神様」を
祀る相談所の名前は街の人々の知る所となってゆく。
「どうせなら、犬や鴉、雀や鼠などにも訊ければいいのだがな。しかしあまり手を広げ過ぎ
ると他の神の管轄と被る……ふふふ……」
 フッと笑い、美弥は眷属の猫達を優しく撫でてやっていた。
 彼女のお陰で、探偵業はかなり儲かっている。少なくとも二人がこの先食べていくには暫
く困らないくらいの額が。
「現状維持でいいんですよ。この調子で来た依頼をこなしていきましょう。ええと、他にも
あと三件、身元調査と落し物探しが──」
「なあ、徹平。そろそろぺーすを落とした方がいいんじゃないか? 私は力が戻ってくるか
らいいが、お前はそうではないだろう? 金ならたんとあるのだし、少しくらい休んでも」
「いえ。そうはいきませんよ。やるべきことは山積みですし、何より俺達を頼ってきた人を
見捨てることなんてできませんから」
 ……そうか。なのに尚も意気込む徹平を、美弥は小さく微笑みながら一瞥した。とても優
しく、見守るような笑みだ。
(やるべきこと、か)
 本人は面と向かって話さないが、自分は知っている。
 彼があの日以来、猛勉強をして資金と人脈を蓄え、神社仏閣や古びた建造物の保存・再生
を手掛けるNPOを立ち上げたこと。その運営が、スタッフも増え、今年に入ってようやく
軌道に乗ってきたということを。
                                      (了)

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  1. 2016/09/18(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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