日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔77〕

 長いようで短い、聖都での一日が終わった。夜は静かに更け、深くなってゆく。
 飛行艇ルフグラン号宿舎ロビー。暗がりの中、ジークは一人導話の受話筒を取っていた。
片腕に挟み、その向こうにいる相手と話し込んでいる。
「──そっか。結局教団は強気の姿勢を崩していないんだね」
 導話の相手はアルスだった。寝間着のまま自室の机に着き、ランプの下、リンファから借
りた携行端末を耳に当ててごちている。
 兄達が出払ってしまい、此処もだいぶ物寂しくなってしまった。
 だからこそ、不安はつきまとうが、こうして話をできることは嬉しい。
『ああ。喧嘩を買ったことぐらいは解ってるさ。元からすんなりいくとも思ってねえよ。向
こうにも、面子ってモンはあるだろうしな』
「うん……」
 先だって報告は貰っていたが、アルスはジークから聖都とその道中でのあらましを聞いて
いた。散光の村(ランミュース)という村に住むレナの実の両親、そこへ夜襲を掛けてきた
神官騎士達。リカルドの機転で一度は聖都内への潜入に成功したものの、広がる彼らの包囲
網を前に一旦撤退を余儀なくされ──。
「それで、教団の聖浄器は市内には無かったんだよね?」
『俺達が調べた限りはな。ハロルドさんの見立てなら、やっぱり教団が自分で抱え込んでる
と考えた方が自然だろうって』
 昼間の報道ではジーク達が捕まり、そして交戦したとあった。
 だが本人達から聞く限りでは、どうやら難を逃れたらしい。聖女の塔とエルマ=ニシュ大
聖堂、そして散光の村(ランミュース)へ舞い戻ってのセディナ夫妻防衛戦。相手の企ては
防いだ。しかし時間が経てば経つほど事態は拗れていく筈だ。明日──もう日付は変わって
しまっている──が、文字通り正念場だ。
『明日、レナや団長達と一緒に乗り込む。向こうはこそこそやりたがってるが、真正面から
訪ねていけば誰の目にも付かないなんてことはねえだろう。サシで話せればこっちもまだや
りようがある』
「うん」
 あくまで目的はレナの自由とクリシェンヌの聖浄器だ。少なくとも後者さえ手に入れば、
ここまで教団と直接刃を交える必要も義理もないという所か。
 アルスは短く首肯する。同時に、それを向こうが簡単に許さないのだろうなとも十二分に
予想がついていた。今この時期、彼らがレナ──現代の“聖女”にここまで拘るのには理由
があるからだ。
 おそらく、発言力。リカルドの話では教団も教団で世界の「災い」に対して備えるべしと
の言葉が遺されているらしい。だからこそ、事実上のスパイを送り込んで共闘を持ち掛け、
“結社”との戦いの最前線に立つ自分達から情報を得ようとした。
 だがそれも、当のリカルドがこちらに付いたことで潰えかけている筈である。何よりこの
二年の間に“結社”との戦いの主体は完全に統務院へと移った。主導権──そんなものに拘
り至上とする価値観は正直解らないが、トリガーになったことは先ず間違いないだろう。
「できればしこりを残さずに和解したい所だけど……。無理かなあ」
『まぁな。向こうからとはいえ、あれだけ聖都ン中でドンパチやり合った訳だし。それでも
話し合いのポーズは取っとかねぇと後々響くってのが団長の方針だよ』
「そうだね……」
 望んでも、一度捻じれた糸は奇麗にはならない。
 アルスは正直もどかしかった。本当なら各勢力が一致団結し、少しでも早くこの戦いを終
わらせるべきなのに。
「ドンパチか……。それにしても兄さん達も運が良かったよね。この状況で道案内から突入
まで協力してくれる人が現れるなんて」
『ああ。まだまだ世の中捨てたもんじゃねぇってことさ』
「ふふ……。でも、その人って誰なの? さっき旅の学者さんだとは聞いたけど……」
『うん? ああ。そういやそこまでは話してなかったっけか』
 導話の向こうで、ジークがニッと笑っている。一方アルスは押し殺したように微笑むだけ
で質問を続けていた。さっきは大筋を聞くだけで詳しいことまでは訊けなかった。
『シゼルさんって女の人だ。暫く前から聖都に居付いてたらしい』
「えっ──」
 だから次の瞬間、アルスは思わず導話口で言葉を詰まらせていた。学者、女性、シゼル。
その名前に引っ掛かる記憶があったからだ。
『? どうした?』
「あ、ううん。何でも……」
 しかしアルスはこの時、次の問いをぶつけることを躊躇ってしまっていた。
 偶然かもしれない。同じ名前なんて探せば幾らでもいる。
 何より、長く“敵”ばかりが増える日々だった兄の喜びに、水を差したくなかった。
『……? まぁいいけど』
 受話筒を二の腕と頬で挟んだまま、小さく頭に疑問符を浮かべながらも、結局ジークはそ
れ以上深入りはしなかった。

 これが後々、自分達に大きな災いを運ぶことになるとはつゆ知らず。


 Tale-77.かくて携えぬ者達は

 市街での攻防から一夜が経った。日が昇った聖都内はまだ冷やっこく物静かそのものでは
あったが、東ルアークの古塔とエルマ=ニシュ大聖堂を中心に、方々に交戦の爪痕が残って
いる。
 結局ジーク・レノヴィン達を確保することはできなかった。聖女様を匿い、一体何処へ逃
れたというのか。ダーレン・ヴェスタの両隊が敗れ、更に散光の村(ランミュース)へ向か
ったミュゼ隊とも連絡が取れなくなってしまった。非常に……拙い。
「まだ奴らは見つからんのか!?」
「はっ。夜通し兵達を動員して捜させてはいますが……」
「足跡がぱたりと。もしかすると、空間転移した可能性も……」
「空間転移? 馬鹿な。この街の何処にそんな設備がある?」
「いや、分からんぞ。向こうには元使徒がいる。今回の一件では姿を見せていないが、何か
しらの技術提供をした可能性もある。転移したのは確かなのか?」
「はい。二度、上空の結界を通過する反応が確認されています。時刻もダーレン隊長とヴェ
スタ隊長が倒された後と一致します」
「ふむ……」
「拙い、拙いぞ。このままでは……!」
「……」
 教団本部。教皇謁見の間。
 玉座に着いたままのエイテルの目下左右で、怒りと焦りに苛まれる枢機卿達が口々に感情
を露わにし、或いは報告に来る神官兵に当り散らしていた。
 醜態。エイテルは内心、彼ら及び自身の現状をそう評価していた。今はまだ表──市井の
信者達の目に留まってこそいないが、内々でレナ・エルリッシュを確保し、祀り上げようと
した企みが結果却って自らの首を絞める格好となってしまっている。
 正直、乗り気ではなかった──そう言えば自分一人の逃げになってしまうだろうか。
 理解はしている。この二年、かの“結社”との戦いで多くの犠牲を出しながらも、しかし
現実に人々を守ってきた統務院の力は、我ら教団とのパワーバランスを大きく自陣へと引き
寄せて久しい。
 祈りでは何も変わらない。この世界は良くならない。
 そう考えを改めてしまう末端の人々が増えてゆくのも当然の、致し方ない現象なのか。
 だがエイテル自身は、それがこの世界にとってプラスになるとは思えなかった。確かに現
状の世界に対する不満・憤りによるライトな信者層からの突き上げは激しい。枢機卿ら教団
上層部も、これらを権威の揺らぎとして強い懸念を示している。しかしそれでも、自分達が
祈りを忘れてしまってどうするのだと思うのだ。はたして武力(ちから)で「災い」を断て
たとして、それは真の解決なのだろうか? その程度で片付くのなら、そもそも我らが開祖
クリシェンヌはかように意味深な言葉を遺しただろうか?
 ……見落としている気がする。何か根本的な、本質的な間違いを。かの“結社”の目的は
“大盟約(コード)”の破壊だと判明した。つまり彼らはその何かを知っているのではない
か? その知っている彼らを、ただ力で叩き潰してしまっては、この世界が抱える謎は永遠
に闇の中に沈むのではないか?
「大体ミュゼはどうした? あの密命が漏れれば、今度こそ我々の立場がないのだぞ!」
「しょ、承知しております。先刻、偵察の為の隊を出発させました。少なくとも昼には状況
が把握できるとか思われますが……」
「昼……。遅過ぎる……」
「場所自体が辺鄙だからな。足を飛ばしても半日は掛かる……」
「まさか、レノヴィンか? ミュゼは奴らにやられたのか?」
「信じられん……。あやつはマクスウェルの右腕だろう? 奴らが消えたのも、こちらの手
に気付いて引き返したからでは……?」
「拙いぞ……。だとすればもう手遅れではないか。レノヴィン達に、また手札(カード)を
与えてしまったことになる……」
 自分の、身内の事ながらエイテルは寧ろ冷ややかだった。どうやら周りがざわつけばざわ
つくほどこの思考は内々へ、遠巻きに遠巻きに立って物事を観ようとする癖がある。
 ──自分達の「正義」の為に、あの手この手を厭わない。
 統務院や“結社”、その他諸々の国や勢力。それらと一体、自分達は何が違う?
 祈りで包まれる世界が欲しかった。だがそれは今や叶いそうもない。力を振るうものが絶
えぬからこそ、埋没せぬよう力をつけなければならないし、維持しなければならない。それ
がたとえ一面の正しさであるとしても。
 現実。遠慮した者から失ってゆく。
 だから自分は個人の想いを脇に、大局を取らざるを得なかった。枢機卿達の度重なる進言
に乗らないままではいられなかった。せめてまだ純に、祈ってくれる人達の為にも。
「あああ! お許しください、お許しください! 私達は息子らと通じてはおりません!」
「どうか御慈悲を! 私達は今までもこれからも教団の信徒です! あの子達は何も相談せ
ずに裏切ったのです!」
「……」
 次にどう出ればいい? レノヴィン達の手札(カード)を押さえるべきか、それとも市民
らの安全を第一に落とし所を探す方が先か?
 しかしそんな熟考を妨げる者達がいた。先程からこの謁見の間にやって来て、何度も土下
座をして許しを請うている一組の老夫婦だ。
 ハロルドとリカルド──エルリッシュ兄弟の両親である。直接の面識はなかったが、教団
内でも代々司祭として仕える一族という情報は耳に入っている。
 どうやら長男に続き、次男までもが教団を裏切ってしまったことで、自らに咎が飛ぶのを
恐れたらしい。こうして慌しい中直参し、先程から何度も許しを請うている。
 だが、エイテルに彼らを罰する心算などなかった。仮に彼らを罰したとして、一体何が好
転しようか? 二十年前のハロルド・エルリッシュも、今回のリカルド・エルリッシュも、
肉親・親族に害が及ぶであろうことは容易に想像できた筈だ。それを解っていて──棄てる
覚悟でブルートバードについた。その時点でもう人質にすらならないし、そんな手が公に出
てしまえば益々立場が拙くなる。ただでさえ、現在進行形でミュゼの敗北という不利な状況
が転がっているというのに。
(どうして、ブルートバードなのかしら……)
 隣に控えていたリザと複数の神官兵が、夫妻を引き留めて追い出し、何人かの枢機卿達も
腫れ物を扱うような眼でこれを見ている。少なくともまたこちらから大掛かりな一手を打つ
のは危険だろう。今度はレノヴィン達が何か、仕掛けてきたものを使って──。
「ほ、報告します!」
 そんな時だった。謁見の間に、また一人二人と報告の兵が駆け込んできた。酷く冷や汗を
掻き、そのさまはまるで怯えているかのようである。
 エイテル達は誰からともなく、ざっと一斉にこれを見た。
「ま……街の入口に、聖女様と“蒼鳥”達が!」
「どうも教皇様との会談を希望しているようでして……」

 ジーク・イセルナ・レナ・ハロルドの四人と別れ、シフォンとクレア、リカルド及び同隊
士達は聖都をぐるりと迂回するように北へと向かった。
 街の北には、教団本部を背後から囲むように起伏の激しい丘陵地帯が広がっている。その
一角にあるのが四大ストリームの一つ、黄の支樹(エギル・ストリーム)だ。今回の協力者
シゼルの話によれば、この巨大な魔流(ストリーム)の存在により、聖都全域を覆う結界は
その規模を山の手前ほどで留めざるを得ないらしい。伸長すれば、その高エネルギーに相殺
されて結界の維持が困難になるという。
 今回、今日この日の作戦は、その内情を知った上でのものだった。
 表向きはジーク達が直接交渉を行い、レナの自由と聖浄器の譲渡を模索する。勿論、話し
合いで済めばそれに越した事はないのだが、これまでの経過から向こうが急に態度を軟化さ
せるとは考え難い。そんな時、もし決裂した場合はこちらの出番だ。会談の最中、この山の
地下から本部へと潜入し、聖教典(エルヴィレーナ)をいつでも確保できるように準備を整
えておくのだ。ジーク達と合流し、レナに持たせてある志士の鍵で内部へ──始祖霊廟へと
突入を敢行する。しこりこそ残ってしまうが、自分達としてはクリシェンヌの聖浄器さえ手
に入ってしまえば、これ以上教団と争う義理などないのだから。
「あ、皆さ~ん。こっちです~」
 山道に入り、疎らに残るかつて整備された路を登っていくと、途中の林の前でシゼルが待
っていた。こちらに気付いてほんわかと手を振っている。シフォン達一行は軽く顔を上げる
と彼女の下へと近付いて行った。
「こんにちは、今日はお世話になります。……大丈夫でしたか? 途中、魔獣などが出るか
もしれないのに……」
「いえいえ。大丈夫ですよー。これでも多少魔導は使えますし。それにこれだけストリーム
が常時供給されているような場所なら、瘴気も滞留しようがないですから」
 イセルナの端末越しに、面々は昨日の内に繰り返し打ち合わせを済ませてある。リカルド
が取り出している携行端末──兄・ハロルドが散光の村(ランミュース)へ飛ぶ前に借りて
いった端末には、既にこの辺り一帯の地図と教団本部を結ぶ水脈の分布図がインプットされ
ている。
 林の向こう、山々の奥に黄の支樹(エギル・ストリーム)が覗いていた。見氣の眼を持つ
者にしか見えないが、そこには確かに淡く金色に近い輝きを放ち続ける巨大な光の柱が天地
を貫くようにそびえている。
「イセルナさん達、もう教団と話し合い始めてるかな?」
「いや、四人が街の正面に出るのはもう半刻くらい先だ。距離的にも、俺達が先にスタート
しないと間に合わない」
 ディスプレイに表示される時刻を見ながら、リカルドが頭の中でタイムテーブルを読み返
していた。あまり悠長に立ち話をしてもいられない。早速シゼルを先頭に、目の前に広がっ
ている洞窟の入口へと足を踏み入れていく。
 地下水洞──聖都北の丘陵地から降りてゆくその空間は、まるで別世界だった。
 勿論、人の為に整備されている道などない。ゴツゴツと出っ張り、しかし表面は長年の水
流に揉まれてきたからか艶やかな上を、慎重に歩いていく。
「……まさか、こんな所があるなんてなあ」
「言われなきゃ絶対気付かないぜ」
「俺達も一応、聖都の出身なのにな……」
 隊士達が時折、そうめいめいにごちている。地元の人間でも中々知らない穴場であるよう
だ。いわゆる鍾乳洞である。見上げる天井には垂れ下がる無数の鍾乳石、足元周辺には無数
の石筍がじっと佇む。間近の支樹(ストリーム)の影響なのか、その全てがぼんやりと奇麗
な黄色を内包している。
「よく調べたよなあ、こんな所」
「ふふ。徹底した聞き込みはフィールドワークの基本ですので。あ、次そっちを左です」
 感心しきりながらも、端末を手にしたシゼルの案内で一行は迷いなく進む。
 奥に進んでいるからか、辺りは魔導の灯り無しではすっかり暗くなってしまっていた。時
折リカルドが端末の画面を覗いて位置を確認しているが、実に複雑な地形である。
「……ん? 少し登り坂になってきたね」
「ああ。ぼちぼち折り返しだ。予定通りなら、光が見える先が本部北の庭になってる筈だ」
 一人でいたらきっと迷っただろう。案内がなければそもそも来ようとすら思わなかっただ
ろう。シフォンが地面の微妙な変化を捉え、リカルドも応じた。まだ洞窟内は暗がりのまま
だが、臆することはない。進むしかない。
「急ごう。そろそろイセルナ達も本丸に入っている頃だ」
「ええ」
 気を引き締める。この先で待っている、試練の時を乗り越える為に。
「──」
 だがこの時、一行はまだ気付いていなかった。
 先頭を行くシゼルの微笑みに、フッと陰が差したのを。


 時を前後して。
 ダン達南回りチームは道中刺客に襲われたり、ジークら交戦の報を聞きながらも、当面の
目的地である導都ウィルホルムへと到着していた。
 高く頑強な石垣で区切られた街の正門を潜る。そこは巨大な、一大学園都市だった。
 周囲よりも数段高く、中心の棟から六方向に分岐してそびえる煉瓦造りの建物がおそらく
魔導学司(アカデミア)──魔導の最高学府だろう。この街は文字通り同学府を中心にして
広がっていた。
 煉瓦や石造りの古風な家屋が建ち並び、その両側が幾つもの路地を形成している。
 多くはやや丸みを帯びた四角形の石畳で、中心部たる魔導学司(アカデミア)本棟に向か
って緩やかに勾配している。風格という奴なのだろうか。どこを見渡しても辺りには魔導師
らしき通行人で溢れ、何となくダン達のような余所者には息苦しい。
「ふわあ……。大きな街ですねえ……」
「街というよりはキャンパスみたいだな。梟響の街(むこう)の学院を思い出すよ」
「魔導学司校(アカデミー)自体が魔導学司(アカデミア)が各地に建てた養成所だもの。
多少なりとも雰囲気が似るんでしょうね。私も、実際に来るのは初めてだわ」
「……ボク達、浮いてる?」
「かもしれねぇな。余所ならまだしも、ここは魔導師の街だろ。俺達みたいな冒険者の類は
寧ろ少数派だったりするのかもしれん」
「確かに……。ダンさんやグノさんみたいな格好の人、あまりいないね」
「いても正規の契約で入って来てる警備兵くらいなもんじゃねぇか? それよりも突っ立っ
てないで行こうぜ? 予想はしてたが、じろじろ見られ始めてる」
 魔導師じゃない──。まるでそんな当たり前を違和感に、少しずつ往来の視線が一行に向
けられる始めるのを感じた。ステラがローブの被りをきゅっと握る横を、グノーシュが言い
ながら皆に促して歩き出す。
 ロゼッタに都合して貰った、魔導学司(アカデミア)との会談予定は三日後だ。
 一先ずダン達は街中をぶらつきながら当面の宿を探してチェックインし、荷物を置いてか
ら再び外に出た。時間は少し余っている。情報収集がてら散策をしてみることにした。それ
にまだ、サムトリアン・クーフを出てから新しい『陣』を敷ける場所も見つけていない。
 ちょっとした観光気分だった。
 尤も、こうしている間にもジーク達北回りチームがレナの自由のため奮戦しているのを知
っている手前、心の底から気楽にというのは難しい。実際ミアやステラ、マルタは終始緊張
したように唇を結んだ表情(かお)をしていた。
「……何か食うか?」
 なのでダンが、通りすがりの露店を見つけて促してやると、ステラとマルタがぱぁっと少
し華やいだ。ホクホク出来立て大学芋だった。とりあえず三人分買ってやり、楊枝で刺して
頬張っている。それでもミアは、黙々と食べるだけで父の気遣いには乗らなかった。……単
に元々の寡黙な性格なのかもしれないが。
「流石は学問の街だな。本屋がごろごろとある」
「アルスがいたら喜んでいたでしょうね。どれも余所では手に入り難い専門書ばかりだし」
「……」
 教養組──サフレやリュカは通りのあちこちに居を構える書店・古書屋を見つけては覗き
込んでいた。クロムが黙っている。もっと別の意味で、彼は現を抜かしてはいけないと自ら
を戒めているのか。
「おっ?」
 そんな最中だった。ふと石畳から延びた広場に出てくると、見上げた煉瓦棟の頭上に複数
の大型映像器が備え付けられているのに気付いた。リアルタイムでニュースを流しているの
だろう。……見れば、画面にはちょうどイセルナとジーク、レナ、ハロルドと教皇エイテル
が握手を交わしている様子が映し出されていた。
「……ジーク達、作戦通り進んでいるみたいですね」
「ああ。イセルナやハロルドもいる、下手は打たねぇさ。俺達は俺達のやるべきことをやれ
ばいい。信じてやるのが、仲間だ」
 そう敢えてニッと笑ってみせたのは、他でもないダンの気遣いだ。特務軍参加の初っ端か
らトラブルに、いやそもそも今まで散々トラブルの渦中に放り込まれ続けてきた不安とスト
レスに、仲間達が何も感じていない訳がないからだ。
 こと娘(ミア)達、レナと仲の良い面子は尚更だろう。強がってはいるが、しっかり見て
やらなければなと一人内心で思う。
「……ダン。会談まで三日あるがどうする? まさか無為に過ごしはしないだろう?」
「ん。その心算ではあるんだがな。こっちでの結社(れんちゅう)の動きや聖浄器について
の情報収集──噂でも何でも、直接足を運んだからこそ知れるものもある筈だ。まぁ大半は
魔導学司(アカデミア)から色々訊けるだろうし、なら他のことをって考えるんだが、如何
せんこの街はあんまり陣をホイホイ敷ける場所はなさそうだしなあ……」
 ぽつり。クロムがそう神妙なままの面持ちで横目を遣り、訊ねてきた。ダンもダンとて事
前に整理中の思考を口にするが、それでも中身がふわっとしているのは否めない。
「つーかよぅ、グノ。お前が道中何かと急かすからだぜ? そりゃあ何があるか分かんねぇ
し、余裕があるに越した事はないが、俺達の目的はあくまで翠風の町(セレナス)なんだか
らな」
 故に、ガシガシと軽く後ろ髪を掻きつつ、ダンは親友(グノーシュ)に向く。
 だが当の彼は、寧ろニヤニヤと笑っていた。まるでそれが想定内だとも言わんばかりにど
っしりと構え、その瞳にはある種の嬉々のようなものが宿っている。
「分かってるさ。だが此処に来るって話になったから、せっかくだと思ってな」
「うん?」「……?」
「ダン、ミアちゃん。皆も聞いてくれ。案内したい所がある」

「──」
 有り体に言えば、固まっていた。含み笑いを零して一行を連れ始めたグノーシュに倣って
とある路地の角まで来た時、ダンはその道向かいにあるものに気付いて思わず足を止めてし
まったのである。
『ふん、ふん、ふん~♪』
 そこには一人の女性がいた。
 艶のある黒紺のミドルショートが印象的なシャム猫系獣人(ビースト・レイス)の女性。
その彼女が、角を曲がった先の通りの一角で和やかに鼻歌を口ずさみながら鉢植えの花達に
水をやっている。
 フラワークラフト・ハーヴェンス──軒先にはそう看板が掛かっていた。花屋のようだ。
先頭を行くグノーシュとダンに遮られて、仲間達が怪訝を漏らし始めた。背の低いマルタや
ステラは何度も背伸びをして道向かいを覗き込もうとし、クロムやサフレは二人の隙間から
覗くこの女性にじっと目を凝らしている。
(な、何でだ? 何であいつが此処にいる? ……いや、待てよ。そういやずっと前にグノ
が今は導都(こっち)に住んでるって話してたような……)
 ダンはガチガチになって冷や汗をかいていた。突然の事に半分パニックになり、ぐるぐる
と思考と記憶を引っ張り出す。
 くわっ。ダンは横に立つグノーシュの方を見遣った。にんまり。その相棒は予想通りだと
言わんばかりに笑っている。
「ぐ、グノ。てめえ──」
「お父さん?」
 だから背後から娘(ミア)の怪訝が投げ掛けられた時、心臓が止まるかと思った。ダンは
ビクンと全身を震わせ、肩越しに振り返ると「な、何でもなんだ。うん……」と必死に繕お
うとする。やれやれ……。隣でグノーシュわざとらしく肩を竦めていた。
(な、何であいつの所へ? まさか案内したいってのはこの事なのか?)
(そうだってばよ。他に何がある? アリアさんの居場所は二年前の選考会の時にも話した
だろ?)
 アリア・マーフィ。尤もこの苗字は今や旧姓だが。
 彼女はダンの元妻だった。即ちミアの実の母親である。まだ駆け出しの冒険者だった頃、
ダンが一目惚れをして何度もアプローチし、結婚した。だが片や荒事と表裏一体、片や平穏
を何よりも愛する一般女性。夫婦として長く続くことはなく、結局話し合いの末に別れる事
になった。その後ミアが母ではなく父との同行を選んだ理由は、当のダン本人ですら未だ知
れてはいないのだが……。
「……お母、さん?」
「えっ? ミアさんのお母さん?」
「あ、本当だ。確かに顔立ちとかはミアによく似てる……」
 故にコソコソとグノーシュを掴んで問い質すも間に合わず、程なくして彼女の存在はミア
以下後ろの仲間達にも気付かれてしまうこととなった。
 しまっ──。ダンが緊張で顔を顰める。呆然とするミアの左右にマルタとステラが身を乗
り出し、その顔立ちを確かめている。母親似なのだろう。雰囲気こそまるで違うが、ミアの
それを二・三度柔らかくすればそっくりだ。
「グノーシュ。案内したいとは、彼女のことか?」
「へえ。この街に住んでいたのね」
「ですが確か、ダンさんと奥さんはもう随分前に別れたって話じゃあ……?」
 クロムにリュカ、サフレも道向かいのアリアを眺めて問う。ダンは変な緊張ですっかりカ
チコチになっていた。そんな不甲斐ない本人に代わり、グノーシュが答える。
「ああ。こいつと別れて大分経ってから、人族(ヒューネス)の男と再婚したんだ。ロイド
さんっていってな。あそこで親子三人一緒に花屋をやってる」
「ふーん。そうだったんだあ」
「親子、三人……?」
 そう噂をしていると、店の奥から当の本人が姿を見せた。
 店のロゴを刺繍したエプロンを着け、アリアと親しげに話している。線の細く爽やかな印
象の人族(ヒューネス)男性だ。
 ロイド・ハーヴェンス。グノーシュの話ではそんな名前。
 ダンは勿論、一同は誰からともなくこの角の物陰に隠れていた。遠巻きとはいえ、見てい
る限りとても幸せそうな夫婦である。
「……俺達は任務の途中だぞ? そもそも、今更出て行ったって困らせるだけだろ」
「かもな。でもお前、こうでもしないと会いに行かねえだろ? お前はばつの悪さが勝って
るかもしれねぇが、ミアちゃんにとってはたった一人の母親なんだ。少しはその辺も考えて
やれよ」
「う、うう……」
 普段は快活な大男が、すっかり物陰に縮こまっていた。
 ミアが黙してこの父と道向かいの母を見比べている。クロムを除く仲間達が、苦笑いを浮
かべて見守っていた。
「妻か……。そういう事なら構わん。会って来るといい」
「あ、いや……。急にそう言われても、こ、心の準備が……」
 大切な女性(ひと)。そして在りし日々を思い出すように、クロムも仏頂面なままながら
その程度の暇は許せると促した。なのに──ダンは動かない。逡巡してこの角から動こうと
しない。ミアが、グノーシュがやれやれと嘆息をついた。他の仲間達も思わず苦笑を零して
笑った。この偉丈夫は、妻子の事になるとてんで弱くなる……。
「おじちゃん、だーれ?」
 そんな時だったのだ。ふと足元を見ると、小さな女の子がダン達をちょこんと見上げて声
を掛けてきていた。
 人族(ヒューネス)の少女だ。まだ幼くあどけない。五・六歳くらいだろうか。一握りの
花束を片手に、目の前の大きなダンを見上げている。思わずダン達はこの子を見遣って固ま
っていた。キョロキョロと、彼女は一行と件の店先を見比べて何やら理解する。
「パパー、ママー、おきゃくさんがいるよー!」

 正直言って、気恥ずかしい。
 最初はダンだけで、自分達は一歩離れてニヤニヤしていただけだったのに、気付けばあの
少女の一声でトントン拍子に事が進んでしまっている。
 彼女は、娘だった。サーシャ・ハーヴェンス。アリアとロイドの間に生まれた一人娘であ
った。つまりミアの異父妹に当たる。
 元夫(とその仲間達)が訪ねて来たのを見て、アリアは大層驚いていた。しかし奇妙な事
に彼女も、現在の夫であるロイドも一行を邪険にすることはせず、寧ろ是非と家の中へと上
げてきたのだった。何でこんな事に……? ステラやサフレがそう訴えたげに場の仲間達に
視線を送るが、誰もその問いに答えられる者などいない。
「いやあ。まさかわざわざ訪ねて来てくださるとは。あ、私はロイド・ハーヴェンス。今の
アリアの夫です。この子は娘のサーシャ。この街で、親子三人小さな花屋をやっています」
 にこにこ。二階客間のテーブルに対座するロイドは、そうやけに満面の笑みでダン達に自
己紹介をした。膝の上には先程の少女・愛娘サーシャが優しく頭を撫でられながらご機嫌に
している。アリアも終始にこやかだった。程なくして人数分の紅茶を持って来、テーブルの
上に置いていく。混乱する頭の中が、茶の香りにゆっくりと解されていくようだ。
「……ダン・マーフィだ。いいのか? 俺は、あんたからすりゃあ仇みたいな男だとばかり
思ってたんだが」
 カップを手に取りながら、ダンは先ず開口一番、真意を量ろうとしていた。ミア以下仲間
達も同様である。
 くすくす。するとアリアが笑った。空のお盆を胸元に抱えてロイドの横に座り、彼の妙な
好感ぶりをフォローするようにして言う。
「ごめんなさいね。うちの人、あなた達だと知って興味津々なのよ。活躍の様子は折につけ
てニュースで見ているわ。随分と出世したわよね。ミアもよく頑張ってる。無事で、本当に
良かった」
「……うん」
「アリア……」
「やっぱり間違ってなかった。あの時、私が退かなきゃ、あなたはずっと同じ場所に囚われ
続けていたんだもの」
 ? 何を──。だからこそ、そう胸元に手を当てて静かに祈るようにしたアリアに、ミア
やグノーシュが頭に疑問符を浮かべた。
 食い違っている。
 二人は、冒険者と一般市民の違いを理由に離婚したのでは……?
「お母さん……?」
「おい、ダン。お前、まさかちゃんと話してないのか?」
「あ、いや。話して……るぞ? 俺のせいでアリアに迷惑を掛けて、それで……」
「違うだろ! お前の、俺達の負担になりたくないからって、アリアさんは別れを切り出し
たんだろうが!」
 途端、場に緊張が走った。グノーシュの言葉にミアが目を見開いて振り向き、それでも尚
ばつが悪そうに視線を逸らすダンを、アリアとロイドが目を瞬いて見つめている。
「……呆れた。そうやって、全部あなた一人の所為にして背負い込んでいたのね」
「? 違うの? お父さんはずっとボクに……」
「今話した方が本当だ。このダァホ、自分の娘にも本当の事言ってなかったらしいな」
 横たわった緊張。だがそれが根っこからの叱責ではないと知り、仲間達も身構えを解く。
サーシャも一体何が話されているのかよく分かっていない様子だった。顔を見上げてじゃれ
つき、少し困ったように苦笑(わら)うロイドに「そこのお姉ちゃんと遊んでおいで?」と
促され、ミアもそれに小さく頷いて答えて二人はそっと席を離れていってしまう。やや遅れ
て念の為に、ステラもその後をついていった。
「……ダン」
「ああ! 悪かった、俺が悪かったよ! あんまり難しい事言ったって、小さい頃のミアに
は分からねぇと思ったんだ。それに、アリアを引っ掻き回したのは事実だしな」
「……もう」
 相棒に元妻に、すっかり詰られる格好だ。頭を抱えて、ダンは白状している。
 アリアは嘆息をついていた。しょうがない人。だがその声色に、表情に、怒りの類はまる
でみえない。
「変わらないわね。普段はぐいぐい引っ張ってくれる頼もしい人なのに、いざ家族が出来る
と途端に優先順位が滅茶苦茶になっちゃう。……だから別れたのよ? 解ってる? その方
があなたの本来の力が発揮できると思ったから」
「先程仇と言いましたが、とんでもない。私自身も活躍はかねがね拝見しておりましたが、
詳しい話の殆どはアリアから聞いたものです。今でも時々、話してくれるんですよ? あな
た達がどれだけ凄いのか。……寧ろ御礼を言いたいぐらいです。昔の彼女を守ってくれた、
恩人でもあるんですから」
「……」
 言葉を見失っている。気後れしているのはその実、ダンだけだったのだ。
 アリアは離婚こそせどそこに絶縁という意味合いなど持たせず、再婚相手と共にその長久
を祈り続けた。負担を掛けまいと取った行動が彼に負い目を被せてしまったと後々に知り、
しかしまた出会いに行くことが二の轍になるのではと思い続けていた。
「……俺は、そんな器用な人間じゃねえよ。イセルナやハロルド、シフォンにリン、上手い
こと人材が揃ったからできたことさ」
 つつっと視線を逸らす。卑下のような、照れ隠しのような。
 アリアも少なからず同じような感じだった。ロイドに引き摺っていた惚気を暴露され、今
の夫の人の良さに甘えていた部分を。サーシャは無邪気だった。半分は姉妹だと解っている
のかいないのか、ケタケタと「猫のおねーちゃん」と笑いながら若干戸惑い気味のミアに抱
き上げられている。母と同じであると、すっかり懐いているようだ。
「それで? これからどうするの? まさか私達に会う為だけに導都(このまち)に来た訳
じゃないんでしょう?」
「ああ……。それなんだがな……」
 口外は無しだからな? 大丈夫だとは思うが、一応念を押しつつ。
 普段からニュースで追ってくれているだけあってアリア・ロイド夫妻の理解は早かった。
特務軍への編入は勿論、各地で猛威を振るう“結社”との戦い、現在聖都で続いている教団
との擾乱も含め、ダン達はこれまでの経緯と目的地・翠風の町(セレナス)──その道中に
ロゼ大統領から勧められた魔導学司(アカデミア)との会談が迫っていることも伝えた。
 そう……。これまでは完全に外野から見聞きしていたことだからだろう。二人は気持ち面
食らったように神妙になり、居住まいを正していた。とはいえ、だからと言って情報を漏ら
すような相手ではない。元妻ではあるし、この男もなよっとしているが信頼できる。ダンは
内心そう経験的に悟っていた。
 それから暫くの間、ダン達とアリア・ロイド夫妻はあちらからこちらへ、色んな話題に花
を咲かせた。サーシャが遊び疲れてミアの膝で眠ってしまうのを見て、ようやくそんな一行
のなごやかな一時も終わりを告げる。
「……邪魔したな。元気そうでよかった。旦那と、達者でな」
「ええ」
「もうお帰りになるのですか? もし宜しければ泊まっていってください。会談まではあと
三日あるのでしょう? ミアちゃんの為にも、そう急がずとも」
 ぬぬ……。これを機にとハーヴェンス家を去ろうとした立ち上がったダンに、しかし当の
ロイドがにこにこと満面の笑みで提案してきた。サーシャに眠られて動けないミアも、他の
仲間達もぱちくりと目を瞬いて見つめている。呵々と、膝を打ってグノーシュが笑った。
「おお。いいんじゃねぇの? 久しぶりの家族水入らずだ。ロイドさんが構わないっていう
んなら世話になっちまえよ」
「だ、だがなあ……」
「荷物なら宿から取って来てやるからさ。部屋自体も二人減ったくらいじゃ少し余裕が出来
る程度のモンだろ? サーシャちゃんもすっかり懐いちゃってるしよ」
「うーん……」
 苦虫、ばつの悪そうな表情で顔を顰め、ダンはサーシャを膝枕したミアを見た。ロイドと
アリアを見、仲間達を見た。
 ……特段他に反対する者はいないようだ。厚意を無碍にする理由が見つからなかった。
「決まりね。ふふ。じゃあ今夜はご馳走にしなきゃ」
「だったら良い酒も買ってこよう。確かお好きですよね? お酒」
「む? あ、ああ……」
 ニヤニヤ。仲間達が笑っている。ダンはどうにも流されるままで落ち着かず、しかし異父
姉妹揃って寄り添っているミアとサーシャを見遣って、次第にそんな個人的な後ろめたさは
静かに融解していった。
(……ま、偶にはいいか)
 そっと目を細める。少なくとも別れ、放浪の旅に出た頃にはあり得なかった姿だ。
「じゃあ、俺達はこれで──」
「待てコラ。せめてお前も残れ。いくら何でも元カミさんの旦那ん家で寛げるほど俺は図太
かねぇぞ」
 むんず。しかし去り際の仲間、グノーシュの首根っこを取り、ダンは詰め寄った。要する
に道連れだ。どうしたって間が悪いというのは半分事実で、半分はこの再会を作ってくれた
こいつにも分け前をという思いがあったからだ。
「……しゃーねえなあ。リュカさん、そういう訳で」
「ええ。分かりました。では私達は一旦宿に戻りますね?」
 残る仲間達も、そんな二人の友情を解った上で応じ、場を去っていく。


 ジーク達と教皇エイテルの電撃会談の報は、瞬く間に世界中を駆け巡った。
 勿論、その情報は顕界(ミドガルド)の中枢たる統務院にも届いている。再三のトラブル
に王や議員達は頭を抱えていた。通信越しに互いの苦悶がありありと映る。

“統務院は一体何をやっている? 彼らの親玉なんだろう?”
“戦争反対! 権力の集中を許すな!”
“少なくとも今回のゴタゴタを収拾すべき立場じゃないのか。結局尻尾切りか”

『……やれやれ。ようやく交渉のテーブルに着いてくれたか』
『だが安心はできんぞ? 聖浄器とレナ・エルリッシュ、教団(やつら)がこの二つをそう
簡単に手放してくれるとは思えん』
『民からの突き上げも激しくなっている。信者を中心に、局地的なものとはいえ、問題が長
引けば長引くほど折衝点を見つけるのが難しくなる』
 統務院本部議事堂。中空に浮かぶ王達を映した無数の画面。
 安堵が半分、警戒が半分といった所だった。ブルートバードと神官騎士らの衝突が起きた
昨日はどうなる事かと思ったが、今朝になって前者が折れた。自ら聖都に出向き、話し合い
の場を所望したのだ。
 これで収まる方向に向かってくれればいいが……。しかし暫くは、周囲のざわめきやそれ
らに乗じた政府批判が続くであろうことが予測される。王は、議員達は慎重に意見を交わし
ていた。信者を中心とした巷の者達が感情的だからこそ、寧ろ自分達の側は妙にクールにな
れているという節がある。
『やはり、我々としてもブルートバードを支援すべきなのでは?』
『外交員を送るか? 彼らは武芸の専門家ではあっても、政治の専門家ではない』
『……止めとけ。俺達が加勢したってバレただけで、教団(むこう)がいきり立つ理由にな
っちまうぞ。何にしたって俺達は難癖を付けられるんだ。それがメディアの仕事だろ?』
 何かしら手を打つべきでは?
 だがそれを、若干気だるげに玉座に着いたままのファルケンが制した。皮肉っぽく、少々
自虐的に哂ってみせ、小窓(サブ)の映像に流れるジーク達の会談のニュースにちらと視線
だけは向けている。
『ああ。まだ必要最小限でいいだろう。確か先日、向こうとこちらの官吏が幾つか情報交換
をしたそうだな? その時に我々の方針は伝えてある筈だが』
『その筈です。動くのは彼らの交渉が決裂した時ですね。既に文武双方の部隊の準備は整っ
ています。いつでも動けますよ』
『……彼らを出動させずに済むなら、それに越した事はないのだがな。一度は戦いながら、
自ら交渉を申し出たのだ。何かしら手札(カード)を用意したと考えるのが自然だが……』
 ウォルター、ロゼ、そしてハウゼン。残りの四盟主もそれぞれに呟き、この正念場の経過
と結果を待っていた。
 もどかしい気持ちは分かる。焦燥が燻るのは同じだ。だが大きな組織に大きな組織がぶつ
かる構図が出来れば、問題は往々にしてややこしくなる。“結社”との戦いは続いている。
殊更に新しい“敵”を作りたいと思う者など誰もいないのだ。
(彼らには試練ばかりを与えてしまうな。元よりその分散の為に、我々は彼らを利用してい
る訳だが……)
 個人では申し訳ないと思いつつも、王としては彼らに多くを委ねる他ない。
 所詮尻尾切り。そうだ。
 自分たち統務院がクラン・ブルートバードをこの役職に据えたのは、他ならぬ自らが徒に
矢面に立たぬようにする為なのだから。

『……』
 第一関門は突破した。街の入り口で「頼もう」と申し出て、しかし昨日の今日の事もあり
警備の神官騎士らに取り押さえられそうになったが、ややあってトップダウンからの命令で
教団本部への進入を許された。
 神殿風の内装と赤絨毯で示された道を進む。
 多数の神官兵らに周りを固められ、ジークとイセルナ、レナとハロルドの四人は本部の中
枢へと案内された。謁見の間──玉座には教皇エイテルと枢機卿達が左右に控え、至る所に
施された金細工や等間隔に設けられた美麗なステントグラスが荘厳さを演出する。
 人払いを。スッと立ち上がったエイテルはそう言い、最低限の警備兵を残して枢機卿らま
でもを部屋の外へと促した。教皇様……? まさか自分達が蚊帳の外にされるとは思ってい
なかったのだろう。枢機卿達は驚き、戸惑っていたが、直後他ならぬエイテルの眼光と共に
すごすごと退散させられていく。
 そうして、やっとジーク達は差し向かいの場を持つ事ができた。融和の演出か、場には既
に記者達が呼ばれており、冒頭の握手だけが彼らによって四方八方から撮られた。
 だが既に駆けが引き始まっている。先ずどう出たらいいものか?
 記者達が退出させられてから暫く、警戒が先に立ってしまい、ジーク達もエイテルも互い
にまだ口を開けずにいる。
「……そろそろ、聞きたがり達も全員追い払えたでしょうか。お待たせしました。改めて自
己紹介といきましょう。私はエイテル・フォン・ティアナ、現在のクリシェンヌ教団の責任
者を務めさせて貰っています。まさかそちらから出向いてくれるとは思いませんでした」
「……ジーク・レノヴィンだ。こっちが団長と、レナにハロルドさん。お互い何処の誰かは
もう調べ尽くしてるだろ。今日は、このゴタゴタを終わらせに来た」
 それでも、少なくともエイテルの方はしぶとく謁見の間の外に張り付く記者達を警戒して
いただけらしい。部下がやって来て耳打ちをしたのを切欠に、彼女は語り始めた。ジークも
皆を代表して応じる。尤も、やはりどうしてもその声色は険を拭い切れてはいない。
「ゴタゴタ……。先日からの聖女様の秘匿と、部下達への危害の件ですか」
「随分とご挨拶じゃねえか。喧嘩を吹っかけてきたのはそっちだろ」
「ま、まぁまぁ」
「……ジーク。落ち着いて。今日は過ぎたことを責めに来たんじゃないでしょう?」
 初っ端から話は平行線のように思えた。ジークの眉間に皺が寄る。だが当のレナが、加え
てイセルナがこれを制した。きゅっと唇を結んで一旦下がる彼に代わって、彼女は言う。
「この度は互いに刃を交える結果となってしまい、非常に残念です。ちょうど私が留守にし
ていなければ、もう少し最初の状況は変わっていたのかもしれませんが」
「……」
 あくまで理知的に、恭しくを装って。
 だがその台詞の後半に当てつけがあったのは、ジーク達からみても明らかだった。黙して
エイテルはイセルナを見ている。勿論、団長イセルナ不在のタイミングを狙っての確保行動
だった事くらいはとうに把握している。
「我々教団としても残念です。非公式ながら、私達はこれまで共闘関係を結んできました。
しかしそれも、聖女様に対する見解の相違からかなり難しくなってしまいました」
 故に、エイテルも負けない。彼女は──個人の思いはともかく、教団という組織を背負っ
て闘っていた。その言い回しはあくまでこちらの要請に頑として従わなかった、ジーク達が
悪いと暗に繰り返し強調しているようである。
「ああ。それなんだ。レナの身柄と……“聖女”クリシェンヌの聖浄器。私達も、そちらも
拘ってしまう所は同じ訳だ」
 静かな平行線。だからか、今度はハロルドが話を切り出した。気持ち睥睨するようにエイ
テルや場の神官兵を見、懐からとある物を取り出す。
 録音器(レコーダー)だった。カチリと再生ボタンを押すと、網目状の表面からノイズ混
じりの声が聞こえてくる。
 ……ミュゼだった。リカルドに対し、セディナ夫妻を人質に取って勝ろうとしている一部
始終がはっきりと録音されている。加えてこの場面を切り取り、さもジーク達こそがこの企
みの実行犯だと陥れる心算であることも。
「っ──!?」
「何も私達は無策でここに来たのではない。話し合いをする為だ。悪いようにはしないさ。
娘の自由の確約と、そちらが保管している聖浄器・エルヴィレーナを譲渡していただければ
この録音・録画データは一切表に出ないことを約束しよう。既に把握していると思うが、こ
れも特務軍としての任務でね。応じてくれれば、元データは破棄する」
 大きく抑えながら、しかしエイテルの表情が変わった。
 彼女と連絡が取れなくなったのはやはり……。だが確証が取れた時にはもう遅かった。懐
にレコーダーをしまい直しながら、ハロルドは言う。口調は非常に丁寧だが、事実上の脅し
であった。仮にこのやり取りを暴露しリセットしようにも、肝心の消したい手札(カード)
は彼らの側にあるのだ。有り体に言えば、詰んでいた。
「……なるほど。道理で」
「あ、あの。教皇様、そんなに怖い顔しないでください。お父さんも本当にこれを公表する
気はないんです。私を助ける為に、こんな事……」
「おあいこって事だ。お互い、やんちゃが過ぎたんだよ」
 現実を受け入れて尚、熟考するエイテル。レナはそんな重苦しい緊迫感に耐え切れなくな
ったように弾かれ、訴えかけ、ジークも視線を逸らして呟く。
 お互い。そうだ。今回の一件はもうお互いに泥沼に片足を突っ込んでいる。
 退かねばならない。どちらか、或いは両方が退かねば、自分達はこの諍いを延々周囲を巻
き込みながら繰り返すだろう。そんな事をやっていては本分が果たせない。戦うべき相手が
そもそも間違っているのだから。
「その……私が聖女様だなんて今もあまり実感はありません。でも私の力で救えるものがあ
るのなら、私は惜しまないつもりです」
 だけどっ。レナは言った。その声色はどんどん必死になっていく。
「私は、ジークさん達と、皆と一緒にいたい。戦いたい。教皇様たちも“結社”を何とかし
て止めたくはありませんか? その為にも、私達は備えなければならないんです。あの人達
を知らなければならないんです。……ヨーハン様も言っていました。私達はもっとこの世界
を知る必要があるって」
「……その通りだ。何で俺達がこうもやり合わなきゃいけねぇんだよ。戦う相手が違うだろ
うが。教団さえ元気ならそれでいいのか? 違うだろ。そうならわざわざ総会(サミット)
前にこっそり文書を送ったりしなかったもんな。……向いてる方向は違ってない筈なんだ。
頼むよ。一緒に戦ってくれ。俺には学がねえ。だがあんたらにはある。これまでのゴタゴタ
は全部水に流すからよ。あんたらの持ってるもの、俺達に貸してくれ!」
「……」
 熱意の訴えが二人。レナは以前ヨーハンから受けた警句を引き合いに出し、ジークも彼女
を哀しませた怒りをぐっと自分の中に抑え込みながら頭を下げていた。
 エイテルは黙っている。言葉が出ないといった様子だ。
 そっと目を瞑ってハロルドは声だけを聞いていた。小さく呼吸を整えて、イセルナが二人
をカバーするように言う。
「勿論、こちらが一方的に得るばかりでは不公平でしょう。これまで通り“結社”に関する
情報提供は続けさせていただきます。それがひいては、私達が人々が、一丸となってこの戦
いを終わらせることにも繋がると思いますので」
「必要とあれば、レナをそちらの儀式に出させましょう。ただ戦うだけで全てが丸く収まら
ないことは、私達も今までの経験で厭というほど味わっていますからね。祈りで、娘の存在
で人々の気持ちが鎮められるのなら、それ自体に悪は無い筈だ」
 妥協案。示されたのは大きく二つだった。
 今回の諍いとリカルドの離反で途絶えてしまうかに思えたパイプの維持、完全掌握とはい
かないまでも、現代の聖女としてのレナの祭礼。互いの利益──体面を保つ為に考えられた
クラン・ブルートバードの譲歩だった。
「……話は分かりました。ですが、それでも私達の失うものは多い気もしますね」
 正直、エイテルはもう此処しかないと思っていた。しかし組織の長として、その示された
案が結局教団の“折れた”姿を避けられぬという部分を無視することはできない。
「聖女様のご協力は良しとしましょう。ですが聖教典の譲渡、もう現実に起こってしまった
神官兵達への損害をどうお考えになります?」
 あくまでブルートバード側が頭を下げたという体にできないか? 自業自得とはいえ、今
回の諍いに「負け」を見出されてしまえば、信者達からの突き上げは避けられない。
「損害ならば賠償に応じましょう。聖浄器は……そう、そちらからの“貸出”という形にす
れば、まだマシにはなるでしょうか」
 交渉は火花から、いつの間にか模索へ。教皇エイテルと団長イセルナは更に細かい磨り合
わせに入っていた。
 元より聖女の塔や大聖堂の戦いにて物損が出ているのだ。応じない訳にはいかない。何と
なく情熱から冷却されて進む話にジークはばつが悪く、ハロルドも眼鏡の奥を静かに光らせ
て二人の推移を見守っている。
(……問題は、枢機卿達ね。この妥結を「負け」と捉える可能性が高い。最後は私が権限で
裁決してしまうにしても、しこりは避けられない。でも……)
 元より看破されての“交渉”だったのだ。統務院に権力も権威も優越される中での焦り、
無力感が彼らを突き動かしたのだとエイテルは考える。
 祈りは武力(ちから)に勝てないのか。突きつけられる現実は、それに抗おうとして力に
訴えたばかりに追い詰められていく自身。自業自得だと思う。だが焦りと喪失に蝕まれた者
達は、その自らの逆張りにすら気付かないままなのだろう。
(かといって、このまま徒に皇子達と敵対し続けるのも限度が──)
 だが、事件はそんな時起こったのである。
 謁見の間に、大層慌てた様子の神官騎士が駆け込んできた。教皇様! 今は人払い中だと
いうのに飛び込んできた彼をエイテルやジーク達は訝しげに見たが、次の瞬間彼が放った報
せは文字通り両者を激震させたのである。
「報告します! ブルートバードです! 今し方、ブルートバードを名乗る傭兵達が市街の
兵らと衝突を……!」

 会談が着地点を見つけようとしていたその頃、クロスティア市中ではある異変が起ころう
としていた。それまで平静を取り戻しつつあった街の各地から傭兵姿の男達が現れ、巡回し
ていた神官兵らに襲い掛かったのである。
「ぐっ……!? 何だ、お前らは!」
「敵襲、敵襲ーッ!」
「まさか奴らが……?」
「うろたえるな、とにかく応戦しろ! 市民を守るんだ!」
 にわかに湧いて出たような荒くれ達。彼らは不意を突かれた神官兵らに組み付き、次々と
押し倒していった。覆面をしていて人相は知れない。だが目の前の現実に、会談の実現でよ
うやく戻り始めた街中の人々を守る為に、神官騎士らの指揮の下、その剣や銃が引き抜かれ
ては交わってゆく。
「俺達は、ブルートバードだ!」
「団長達を救い出せ!」
 何より傭兵ら自身がそう叫んでいたことが、疑いの根っこになった。元より教団に楯突い
たこと自体に眉を顰めていた市民らも少なくはなかったのだ。萎みかけた疑心はかくして再
び刺激され、聖都の至る所に剣戟の音が響く。
「……やれやれ。上手いこと引っ掛かってくれたぜ。あの方も回りくどいよなあ。邪魔だっ
てんなら言ってくれりゃあ潰すのによ」
「これも作戦の内なんだろう? とにかく任務は果たした。戻るぞ」
 そんな堕とされた狂気を街の高台から見下ろすのは、リュウゼンとヘルゼル──“結社”
の使徒二人だ。気だるげに着流しを揺らし、黒い背の翼を翻し、彼らはそのまま人知れず姿
を消してしまう。

「街で暴れてる……? 違う、そんな予定なんざ俺達にはない!」
 謁見の間。報告に転がり込んで来た神官兵の言葉に、ジークが目を見開いて叫んでいた。
団長イセルナやハロルド、レナも同じくだ。驚いて目を見開き、或いは眉間に皺を寄せ、胸
元を不安で掻き抱き、少なくとも何者かが自分達を陥れようとしている事だけは理解する。
「そ、そもそも他の皆さんは船で待機している筈です。こんな勝手なことする筈が……」
「ああ。仮に行動を起こすにしても、イセルナに連絡の一つもなしというのは考え難い」
 四人は互いに顔を見合わせ、しかし自分達が追い詰められることを予期していた。はたし
てそれはやって来る。顔を真っ赤にした枢機卿の一団が、神官騎士らを連れて謁見の間へ舞
い戻って来たのである。
「貴様らァ! 謀ったな!」
「教皇様を人質にする気か!? そうはさせんぞ!」
「ま、待てよ。俺達じゃねぇって……!」
 あたふたと胸の前で両手を交差させる。ジーク達は何とか誤解を解こうとした。そもそも
こんな実力行使に出て何のメリットがあるのか? 交渉が決裂すればシフォンらに霊廟を確
保して貰う計画でこそあったが、それはあくまで教団(あいて)側が撥ね付けて止まなかっ
た場合の筈である。
「……仕方ありません。交渉は一旦中止せざるを得ませんね。皆さん、一時こちらで身柄を
預からせていただきます」
「はっ? いや、どう考えても偽物だろ? 団員(おれたち)じゃねえって!」
「それも含めて、ですよ。話の続きは彼らの正体がはっきりしてからにしましょう」
「そ、そんな……」
 加えてエイテルも、この状況において敵対行動に出た。尤もそれは立場上仕方ないことな
のだろう。交渉は着地点を見出しつつあった。彼女自身もそれで終わると思っていた。だが
守護すべき聖都の人々に危害を加える勢力──ブルートバードを名乗る者達が現れた以上、
容疑をもって臨まない訳にはいかない。
「……拙いわね。このままじゃ、私達の犯行にされてしまう」
「連中の身包みを剥がせば明らかになるだろうが、それを待っていてはこちらの心証はマイ
ナスもマイナス、という所か……」
 じりじりっと包囲され始めるジーク達。イセルナが静かに嘆息をつき、次いでハロルドが
懐の究理偽典(セオロノミコン)に手を伸ばす。
 互いに目で合図をする。ジークがはしっとレナの手を取る。ハロルドがこの魔導具の力を
借りて、短縮詠唱を完成させる。
「──閃光法(フラッシュ)!」
「ぐっ!?」
「ま、眩し……!」
「ぬぅ……何をしている!? 追え、追えーッ!!」

 目くらましで作った隙を突き、ジーク達は謁見の間から逃げ出した。
 少なくとも、あの場に留まっていれば不利になる。或いは更に直接陥れられる策を打たれ
ていたかもしれない。四人は教団本部を構成する神殿内を駆けた。内部をよく知るハロルド
が先頭に立ち、湧き出す神官兵らを避けながら出口を目指す。
「くそっ、一体どうなってんだよ!?」
「皆さんが勝手に動き出した……訳ではないですもんね」
「勿論よ。おそらくは私達の名を騙った“結社”か、或いは教団側の自作自演でしょうね」
「あの驚きようからすれば前者だと思うが……。だとすれば逃走は正しかった。これまでの
奴らのパターンからして、追い出した記者達の中に工作員が混ざっていた可能性がある。あ
のままでは拘束された姿を発信されていたかもしれない」
「相変わらずえげつない……。じゃあやっぱり、目的は俺達の妨害?」
「でしょうね。私達が聖浄器回収の任に就いたのは、もう把握しているでしょうから」
 後付けの状況証拠とされては堪らない。ジーク達はとにかく神官兵らとの交戦を避け、角
という角を曲がり、階段という階段を上下して逃げ回った。
 とはいえ何も無策で逃げ回っている訳ではない。こうなったら次に取るべき道は二つだ。
「連中の化けの皮が剥がれるのが先か、俺達が捕まるのが先か……」
「い、イセルナさん? シフォンさん達と連絡は? こっちに着いていないんですか?」
「ええ……。さっきから何度もコールしているんだけど、全然反応がないのよ。地下を通っ
ているにしても支樹(ストリーム)の近くだし、回線が無い筈はないんだけど……」
 時間を稼ぐか、これを決裂とみて聖浄器回収だけに目的を変更するか。
 だが霊廟を確保する筈だったシフォンら別働隊との連絡が取れない。イセルナが何度も携
行端末から導話するのだが、反応がない。
 レナが「ふぇぇ……」と泣きそうになっていた。ハロルドもじっと眉間に皺を寄せてこの
状況に危機感を覚えている。
「まさか、向こうも何かあったんじゃ……」
「かもしれないな。仕方ない。こうなれば私達で始祖霊廟を押さえよう」
 ぐぐっと方向転換し、一路本部中庭へ。
 そこに始祖霊廟──“聖女”クリシェンヌの墓所がある筈だった。地図上はこの教団本部
の中央。石造りの渡り廊下を駆け抜け、途中から飛び出す。ざざっと緑の芝生がクッション
となって着地の衝撃を受け止める。
 はたして霊廟はそこに在った。巨大な楕円のドームを思わせる石室だ。
 だが同時にそこにはもう一人の人物が待ち構えていた。リザ・マクスウェル──史の騎士
団団長と彼女に率いられた防衛部隊である。
「……もう少し、貴方達は利口な方だと思っていましたが」
 嘆息をつくようにざらりと剣を抜き、左右に展開する兵らもこれに倣う。彼女が大きく込
めたオーラが分裂し、ジーク・イセルナ・レナ・ハロルドの四人の姿になって襲い掛かる。
「なっ!? あいつのオーラから俺達が……!」
「《鏡》の色装、彼女の能力だ。気をつけろ。見た目だけではなく能力も限りなく私達を模
倣している」
 今戦うべきではない。だが行く手をがっしりと阻まれている。
 抜くしかなかった。ハロルドが《識》でざっと教えてやりながら、迎撃体勢を取る。襲い
掛かってくる《鏡》の人形達と神官兵らを、ジークとイセルナがレナを守りながらいなし始
める。
「ちっ……。こんな場合じゃ……」
「どうして……? どうしてこんな事に……?」
 泥仕合。
 まさにそんな戦いの新たな火蓋が切らされてしまう。

『──よ』

 だがそんな最中だった。ジーク達を迎え撃つリザ、これに追いついて来る神官兵や枢機卿
達、エイテルら。そんなありとあらゆる場所にいる者達の中に、はたと何者かの声が響いて
きたような気がしたのだ。
 ハッとなり胸元を押さえて顔を上げる、天を仰ぐ信仰者達。
 統務院の王や、議員達。
 ハーヴェンス家に滞在していたダンやミア。
 或いは今日も今日とて、強硬なクリシェンヌ教徒らに迫られていたホームのアルス達。
 誰しもが胸奥に違和感を覚え、眉を寄せた。天を仰いだ。それがあたかも目に見えぬ意思
によるものであるかのように。
『──人の子らよ。争いを止めよ』
 だからはっきりとそれが聞こえた時、ジーク達は、世界は戦慄した。
 抗えない。まるで自分という存在のど真ん中──有り体に言えば「魂」を直接鷲掴みにさ
れたかのような感覚。そんな今まで経験したことのないような感覚と共に、その声は皆々の
脳裏に直接叩き込まれたのだった。
『我が名はゼクセム。創世の民が一人、この世界の開発者にしてその長。汝らが神と呼ぶ者
達の王である』
 ゼクセム。その名を聞いた瞬間、こと信仰に篤い者達は驚愕した。
 無理もなかった。何故ならその名は、この世界の始まりを語るにおいて決して外せない名
だったからだ。
「創世の……民……」
「まさか、神王ゼクセム?!」
 それは天上の王。この世界の創造に関わった神格種(ヘヴンズ)達の王であった。
 驚愕に人々が一斉に天を見上げている。光が差していた。眩しいほどに強く茜を帯びて輝
く光。天啓であった。それも神々の長が直接下す言葉である。
『人の子らよ、聞こえるだろうか。我が名はゼクセム。神託御座(オラクル)の名において
命じる。人の子らよ、争いを止めよ。クロスティアにおける一連の争いを止めよ。アイリス
・ラ=フォン・クリシェンヌはかつて我らが賢き者と認めた人の子。その魂を継ぐ少女をこ
れ以上翻弄するな。人の子らよ。彼女と共に纏まれ、祈れ。汝らが立ち向かうべき災いは、
既に他にこそあるのだろう……?』
 神託御座(オラクル)による声明だった。聞き間違いがなければ、それはクリシェンヌの
生まれ変わりであるレナを庇い、味方するとの旨であった。
 中庭に突入しようとしていたエイテルや枢機卿、神官兵らが呆然としていた。ジーク達と
剣を交えていたリザら一隊も同じくだった。普段こと信仰に篤い訳でもないジーク自身もこ
の突然の出来事に唖然としている。魂が、掴まれている。
『以上が、我らの意思である。人の子らよ、善く生きよ──』
 暫くの間、ジーク達は、世界は言葉を失って硬直していた。ようやくそれが解けたのは、
ゼクセムの声が止み、後光の如く天から差す光が消えていった頃であった。
「……まさか。主(しゅ)が御自ら……」
「レナ・エルリッシュを、庇って……」
 故にざざっと、一斉にエイテルやリザ、枢機卿や神官兵達はその場で深く深く跪くと頭を
垂れていた。ははっ! まるで擦り付けんばかりの低頭ぶり。ジークやイセルナ、当のレナ
ですら呆気に取られている。
「……。神様が、私を……」
 彼女は自らに起こった“奇跡”が信じられぬといった様子で胸元に手を当て、小さく祈り
の十字を切っていた。ハロルドもじっと後光の消えた空を仰ぎ、その青さを瞳いっぱいに映
している。
「……ジークさん」
 戦いの中で汚れた姿のまま、レナはおずおずとジークを仲間達を見た。二刀を下げ、彼は
ゆっくりとこちらに視線を向け直している。
「ああ。どうやらとんでもない所からお声が掛かったみたいだぜ」
 どうしようもなくて、苦笑する。
 終わったのだ。自分達と教団の、聖女(レナ)を巡る諍いが。


 クリシェンヌ教団と続いていた一連の諍いは、思いもよらぬ鶴の一声で解決した。
 何せ「神」直々の命令なのである。こと信仰の徒にとっては絶対の言葉であるのだろう。
聖都を舞台とする捕物帳は終止符を告げ、程なくして市中で暴れていた傭兵達も“結社”の
手先であることが判明した。
『そもそも、天上の神々がこうも具体的にお言葉を述べるケースは少ないのです』
 団員を騙る彼らが拘束され、連行されてゆくさまを眺めながらエイテルは言った。曰く天
上層の神格種(ヘヴンズ)達は、人々に“語られる”ことで半不滅の存在となっている。故
に不用意に何かに肩入れし、不興を買ってしまえば自身の消滅にも繋がってしまうのだと。
 ジーク達は思い出していた。地底武闘会(マスコリーダ)本選でのことだ。
 確かあの時、自分達を狙ったレダリウスという神も、世界中に放送されている中で名を明
かされ、目の前で消滅してしまった。……もしかしたら今回は、単にあの時の挽回を図った
だけのことなのかもしれない。
 神の威厳は示されたが、教団の威信は下がった。
 下部組織を犠牲にしてでも、自分達を守った。
 だが今は、そんな神格種(かれ)らの打算を暴き立てる必要性は感じない。

「──では改めて。こちらが始祖霊廟、開祖クリシェンヌの墓所となります」
 市中はまだ偽団員騒動の余韻が残っていたが、ジーク達とエイテル以下教団関係者は本部
中庭の始祖霊廟前に集っていた。エイテルとリザ、教皇と騎士団長の二人が案内役となり、
正面入口の石扉に立ったレナを促す。
 主神直々の命令とあらば従わざるを得ない。これまでと会談中断までの態度は何処へ行っ
たのか、彼女らは部下に石扉に取り付けられていた幾重もの鍵を外させる。レナの胸元には
琥珀色の小珠──“勇者”ヨーハンから預かった志士の鍵がそっと抱えられている。
「さあ奥へ。聖教典(エルヴィレーナ)は、この先の封印区画に収められています」
 レナとエイテル、その前を守護するようにリザが歩き出し、ジーク達もぞろぞろとその後
をついてゆく。霊廟は入ってすぐ下り階段になって掘り下げられており、外観よりもずっと
広々としていた。淡青を含む白を基調とした石室のあちこちに、細緻な文様が惜しげもなく
彫り込まれている。生前の彼女がどれだけ影響力を持っていたかを物語るようだ。
「これが人一人の墓か……。大層だな……」
「権力者とは概してそんなものだよ。特に時代を牽引した英雄となれば尚更ね」
 ドーム状の石室を見上げながら、ぼうっとジークは呟いた。ハロルドは真っ直ぐ前方の娘
を見つめたまま、そう悟ったように応じている。
「ジーク、儀式中は大人しくね?」
「ええ。分かってますよ」
 傍らのイセルナも小さく苦笑(わら)っていた。もう彼らと揉めるのは御免なのだから。
(ただ、当のクリシェンヌ本人は、こんな特別扱いをされて幸せだったのかなって……)
 外観もさる事ながら、内部の構造はそう複雑過ぎるという訳ではなかった。
 先ずは地下一階。すとんと道なりに進めば三方に分かれ、それぞれに大きな石棺が置かれ
ている。だがそれはエイテル達曰くダミーらしく、この三部屋に隠されたスイッチを押す事
で最初来た道の一角がスライド、更に地下への道が開ける。
 クリシェンヌ本人の墓所はその先にあった。階段を降りて地下二階へ。途中同行する神官
達が魔導の灯りを置いていきつつ、左右のくぼみに収められた小振りの石棺と副葬品の数々
を通り過ぎる。目的の場所はこの最奥にあった。分厚く巨大な石扉が、一行の前に突如とし
て立ち塞がったのである。
「ここです。教団設立以来、この扉が開くことはありませんでした」
 聖女様。エイテルが傍らのレナを促す。コクリと頷き、レナは扉の前に進んでそこに彫り
込まれたレリーフを観た。
 見れば中央に小さな丸いくぼみがある。そのくぼみに向けて、少し上から縦に枝葉を思わ
せる溝が彫られていた。
「……このくぼみに、鍵を……」
 カチリ。はたして志士の鍵はぴったりとこの丸いくぼみに嵌った。一瞬、チラッと光った
ような気がする。更にレナはリザに差し出されたナイフを人差し指の腹に当て、滲み出した
血をこの溝に這わせた。
『!?』
 するとどうだろう。レナの血を受けた小珠は、クゥゥンとにわかに内部で駆動音を鳴らし
始め、同時に硬く閉ざされていた石扉を左右に開いていく。封印が解けたのだ。志士の鍵と
十二聖の血で封印は解かれる──それは“聖女”と直接血縁のない筈のレナでもよかった。
駄目元で試してみたのだが、どうやら『血』とは肉体的なそれだけではないらしい。
「ひ、開いた」
「やはり本当に、聖女様の……」
『……』
 ざわめく神官達。ジークらは、それに努めて反応しないように進む。
 最深部の部屋は左右にずらり設えられた祭壇で、その正面中央の台にクリシェンヌの物と
思しき石棺があった。踏み入れた瞬間、ガタッと両の壁際に立っていた甲冑騎士らが動き出
したが、次の瞬間には一斉に握った剣の先を地面に向けて跪いていた。どうやらレナを、本
来の主人・クリシェンヌだと認識しているらしい。
 若干驚いた。だが紛れもなく正規の方法で進入した自分達に、このガーディアンらは危害
を加える意図はない。一行は再び歩き出した。そして石棺の上に、何故か煌々と点り続けて
いる燭台の灯に照らされて、金色の輝きを纏う魔導書──聖教典エルヴィレーナは在ったの
である。
「……あれが」
「そのようですね。私も、初めて見ます」
「さぁ聖女様、お手を。かの秘宝をその手にしてください」
 そうして先頭をゆくリザに振り向かれ、ついっと手を差し伸べられたその時だった。レナ
がごくりと喉を鳴らし、ちらと肩越しに頷くジーク達三人を見た後、このエスコートされる
手を取ろうとし──。

「そこまでです。封印解除、ご苦労さま」

 声がした。いや、何より突如として現れたのだ。
 ちょうど祭壇を背にして振り向いたリザの真後ろ、その空間に、藍色の魔法陣を描きなが
ら現れる人影。な──!? しかし気付いた時にはもう遅かった。次の瞬間振り向いたリザ
は、直後この人物から放たれた魔導をもろに受け、胸を一条の光に貫かれたのである。
「マクスウェル!」
 目を丸くしてその場に崩れ落ちてゆくリザ。エイテルが、同行する神官兵達がつんざくよ
うな悲鳴を上げていた。
 レナが怯えて後退る。ジーク達が半ば反射的に得物に手を掛ける。
 だがそれ以上に、ジーク達は驚愕したのだ。現れたその人物を見て、頭を殴打されたかの
ような不意打ちを喰らったからだ。
「……そんな表情(かお)しないでくださいよ。少し、傷付きます」
 シゼルだった。
 魔力(マナ)の余韻に煽られるまま白衣を揺らし、その微笑にこれまで無かった陰を差し
た、協力者シゼルだったのである。

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  1. 2016/09/06(火) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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