日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「寄り添う理由(わけ)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:天使、際どい、ヒロイン】


「慧ちゃーん、お昼食べよー」
 四時限目が終わり、教科書やノートを机にしまっていると何時ものように彼女が教室の扉
からちょこんと顔を覗かせてきた。
 栗色でふわふわのミドルショートを揺らし、満面の笑みを浮かべながら、彼女はクラスの
端にいた慧へと軽快に歩いて来る。その手に下がっているのは二人分の弁当包みだ。
「お? 片倉、愛しのハニーが来たぜ」
「嗚呼、いいなぁ! いいなぁ! 俺にも幼馴染が居たら……!」
 何時もの。
 彼女の方へと目を遣り、そう近くの席の友人達が何時ものように茶化してきた。
 いや、悪友と呼ぶべきか。好き好んで慧と友情を深めようとするこの同級生達といえば総
じて強面の──いわゆる不良の部類と言っていい面子だし、或いは自他をあまり考えていな
いようなお調子者ぐらいだ。
「……ちゃんは止めろ。ちゃんは」
 だが、そんな自分を囲んでくる仲間(ツレ)からも頭一つ抜きん出た強面っぷりが、慧の
慧たる最大の特徴でもある。
 何年も鍛え続けた身体は背高く引き締まり、その目付きは人一人ぐらい殺していそうな程
に鋭い。加えて髪型は短く刈り上げた上でのオールバックだ。一見しただけでは、人となり
を知らない者から見れば畏怖の対象でしかないだろう。
「慧ちゃんは慧ちゃんだよ。昔から、ずっと。はい、お弁当」
 にも拘わらず、目の前に立った少女・恵はそんな周りの評などまるで気にするでもなく彼
に人懐っこい笑顔を向けてくる。ぶすっとそう無愛想に顔を上げた慧に彼女は笑み一つ崩さ
ず、このやり取りさえ何時もの事とでも言わんばかりに弁当包みを渡すと、近くの空いてい
る机を引っ張ってきてくっ付けた。
 先の悪友二人も何気に同伴している。片方は弁当で、もう一人はコンビニの惣菜パンだ。
「はい。じゃあ手を合わせて……いただきます」
『いっただきま~す!』
 何時もの。昼休みの一時が始まった。
 目の前に広げられたのは恵お手製のお弁当が二つ。色取り取りのおかずが奇麗に盛り付け
られ、何よりも全体に可愛らしい。にこにこ。花が咲くように優しい笑顔を絶やさない彼女
が取れば実にマッチするのだが、如何せん強面の慧がセットだと違和感しかない。
「? どうしたの? 何か苦手なもの入ってた?」
「いや、好物ばかりだが……。なあ、恵。せめて俺の分はもっとシンプルにしてくれよ。格
好がつかなくて困る」
「え~。可愛いのに……」
「まぁまぁ。腹に入れば一緒だろ? それに折角こうして毎日彼女が飯を作ってくれるんだ
ぜ? 先ずは感謝しねぇと罰が当たる」
「そうだそうだ! お前は恵まれ過ぎなんだよっ。……あ、恵ちゃん。その唐揚げ一個貰っ
てもいい?」
 うん、いいよ~。にこにこ微笑んで、恵は自分の分のおかず一個とお調子者の悪友の惣菜
パンの具を一切れ、交換していた。何がそんなに嬉しいのか、彼はいわば恍惚の表情を浮か
べながら咀嚼している。
「……彼女じゃねえし」
 もぐもぐ。海苔でデフォルメの笑顔を作ってあるおにぎりに齧り付きながら、慧は消え入
るような声で呟いていた。しかし誰も聞いていない。口の中に程よい甘さと握ってくれた者
の温かさが伝わってくる。……解ってはいるのだ。彼女が自分なんかにも普通に──いや、
べったりなほど接してくるのは単純に幼馴染だからというだけではない。元々の性格が博愛
過ぎるのだ。傍にいるだけで癒される存在──だけども、何というかそれを自分が露骨に表
に出してしまったら負けなような気がする。なので、いつも突っ張っている。
「しっかし相変わらず一之瀬は器用だよなあ。それも毎日。面倒臭くならねえ?」
「うーん。あまり考えた事もないなあ。慧ちゃんの分も一緒にお弁当を作るのは、もう何年
も習慣になってるから……」
「嗚呼、いいなあ! いいなあ! 俺にもこんな幼馴染が居たらなあ!」
「……お前、それ今日で何度目だよ」
「む? 慧ちゃん、お箸があまり進んでないね。食欲ない? 早弁でもした?」
「あ、いや……」
 不良仲間の悪友の話題にこっくんと小首を傾げ、しかしそんな様子をぼうっと眺めながら
食べていた慧に目敏く視線を向けると、恵はまた話し掛けてきた。まるで母親か姉だ。思わ
ず慧は顔を顰めるが、当の彼女に恥じらいの類はない。
「だったら食べさせてあげる。はい、あーん」
 自分の箸に玉子焼きを挟み、そう言いながら突き出してくる。
 満面の笑みだった。お調子者の悪友は「くそっ! くそっ!」と三度机を叩いて男泣きし
ているし、不良仲間の悪友はもう面白半分にニヤニヤと傍観を決め込んでいる。
「ちょっ……。恵──」
「ああ。また始まったわよ」
「お熱いことで」
「解らない……本当、解らない……」
「何で恵ちゃんみたいな子が、あんな奴に……」
「……」
 聞こえてるっての。てめーら。
 顰めっ面は変わらなかったが、それは困惑から怒りへと内心シフトチェンジしていた。
 確かにこの幼馴染はとても人好きのする娘だろう。毎日のように構われている自分が一番
よく分かっている。でも、だからこそ、安易に「解った」風な陰口を叩く奴らが慧は大嫌い
だった。一つ睨みを利かせてやろうか。だが露骨にそんなことをしても、後々面倒事を招く
というのは経験的に知っていた。結局気付かぬ風に、ただきょとんと一点こちらを見遣って
いる恵に向き直って応える。
「慧ちゃん?」
「……何でもねえ」
「? そう。要らない、玉子焼き?」
「いや……食う」
「だったら。はい、あーん」
「……あーん」
 口を開けて、放り込まれた玉子焼きの甘味が舌全体に広がる。
 恥ずかしくて堪らなかった。どれだけ無視したって周りの視線が刺さってくる。
 くそっ! くそっ! まだ悪友(ダチ)が咽び泣いている。勝手にやってろ。
 口の中でもきゅもきゅと咀嚼する。やたら甘いように感じてしまうのは、何も気のせいで
はないのだろう。


 ──慧ちゃんと出会ったのは、私が五歳の時です。
 お父さんの転勤でこの町に引っ越して来た、そのお隣さんが慧ちゃんのお家でした。最初
お母さんと一緒に挨拶に行った時、慧ちゃんは出て来ました。後から聞いて、同い年だった
筈なのに、随分と暗い眼の男の子だなぁと記憶しています。
 きちんと物心がつく前の事です。私達はよく一緒に遊びました。慧ちゃんは何というか、
他の子達が遊んでいるのを遠くから観察するのが好きだったみたいで、元気に駆け回ってい
たようなイメージはないのだけど、頼まれればてきぱきとルールを決めたり悪い子は叱った
りとしっかした子でした。
 だから、頭自体はそんな悪くは無かった筈です。
 でも慧ちゃんは大きくなるにつれて“悪い子”になっていきました。周りの大人達は口を
揃えて言います。片倉慧は一旦キレると手のつけられない子だ──でも私は知っています。
慧ちゃんは今も昔も、自分から理由のない暴力を振るう子なんかじゃないって。
 ……七歳くらいだったかな。私は近くの山道で捨て猫を見つけ、でもお父さんが許してく
れなかったので毎日のように餌を持っていってあげていました。
 いつもにゃーにゃーと甘えてきて凄く可愛かった。でも、ある日その子は血塗れになって
死んでいました。野良犬に食べられたのです。そして私も……夕暮れに一人やってきた子供
だったからか、この野良犬達に取り囲まれてしまったのです。
『でりゃああ!!』
 だけど、慧ちゃんが来てくれました。太い木の棒を片手に野良犬達に突っ込んでいって、
怪我をさせながら負いながらも追っ払ってくれました。
 お母さんに訊ねられたそうです。最近娘がいつもふらっと何処かへ出掛けてしまうのだけ
ど何か知らないか? と。それで後を追ってきて……出くわしたみたいです。
『おい。大丈夫か』
 私は思わず泣きついていました。凄く怖かった。血の臭いと猫ちゃんの変わり果てた姿。
 でも慧ちゃんはどっしり立って受け止めてくれました。自分があちこち噛まれて血が出て
いたのに、私がそれに気付くまでずっと黙っていたのです。……だから、本当は凄く優しい
子なんだなと思いました。だから、私はとても申し訳ない事をしたと思いました。
 本格的に慧ちゃんのお世話をするようになったのは、それから何年も後のことです。お母
さんに料理を教わったりして、何か慧ちゃんに恩返しできないだろうかと願っていました。
その間にもいじめた子をこっそりぶん殴っていたり、近所で生まれた仔猫を一匹引き取って
家に持って来てくれたりと、慧ちゃんも色々私の為に動いてくれました。
 ……やっぱり本当は優しい人なんだ。不器用なだけなんだ。
 気が付けば慧ちゃんは私の中でとても大きな存在になっていました。あの時貰ってきてく
れたミミは、今でも私達の大事な家族です。時間が経つにつれて、慧ちゃんは腕っ節なら誰
にも負けないくらい強く逞しくなりました。周りの大人達がそれを“不良”だと言って眉を
顰めますが、いつまでも私にとってのヒーローです。進学して、お弁当を作ってあげるよう
になりました。最初は恥ずかしがっていましたが、それでもぺろりと平らげてしまう辺りは
流石男の子です。周りが茶化してくるけれど、気持ちに嘘はないし、この為に何年も勉強し
たんだから。……迷惑なのかな? 時々そう、思ってしまうことはあります。
『……彼女じゃねえし』
 慧ちゃんはそうやって、いつもごにょごにょと濁しながら目を逸らしています。
 分かってる。照れ隠しなんだろうし、自身本当にどうしようか迷い続けていることも。
 でも。それでもいい。
 せめて私は、貴方の理解者であり続けたい。


「──B組の一之瀬? ああ。あの“狂犬”に惚れ込んでる物好きね」
「今日もまた彼の所でお昼食べてたんだってさ。クラスが変わっても相変わらずみたい」
「ふぅん? 何でまたあんなのがいいかねえ。幼馴染だって話は聞いた事あるけど……」
 その日の放課後、慧は階段下で話し込んでいる女子らの一団に気付き、思わず気配を殺し
て物陰に隠れていた。
 別に何てことはない。我関せずと通り過ぎてしまえばいい。
 だが最初耳に飛び込んできた言葉を聞いて、それもまた面倒を背負い込むことになりはし
ないかと身体が「止まれ」を命じたからだ。まったくあいつのお陰で、すっかりこの手の立
ち回りが叩き込まれてしまっている。
「むかつくよね。あんなスペック高い癖してさ、区内きっての不良だよ? 私の美貌があれ
ばこんな男だってイチコロよとでもいいたいのかしら?」
「さてねえ……あの子の考えてることってよく分かんないし。それにいっつもニコニコして
るじゃん? 実際いるんだよねえ。ああいう“奇麗”な所で育った的な奴」
「……」
 間違いなく、恵への陰口だった。慧は踊り場の陰に隠れて、暫くじっとそのやり取りを聞
いていた。お前らに何が──腹立たしいのは事実だ。だがもう、この手のやっかみを彼女が
受けているというのは、耳が腐るほど触れてきて微塵の新鮮味も無い。

 正直言って、一之瀬恵は優し過ぎる。いや、悪意というものを知らな過ぎる。
 それだけ恵まれた環境で生まれ育ったのだろう。実際、金持ちでこそなくともおじさんも
おばさんもいい人だし、一人娘としてとても愛されてきたんだろうなというのはまだ子供だ
った俺にも分かる。
 だが一方で俺は違った。冷めた夫婦、嫁姑、田舎の町だからこそ一層の近所の眼、逃げ場
のない人間関係。娯楽が乏しいからこそ人は他人のあれこれ、こと不幸や欠点をあげつらう
ことで代用しようとする。
 物心ついた頃には、自分が冷めてしまっている事に自覚して(きづいて)いた。歳相応に
自身の生を喜び、無邪気に振る舞えるだけの興が、もう俺にはなくなっていたのだ。
 そんな時に引っ越してきた、一之瀬家。恵。彼女は俺とはまるで対照的で他人を疑うこと
を知らず、この今一瞬で全力で喜べる才能の持ち主だった。
 ……眩しかったから、羨ましかったからかもしれない。俺は表面上は彼女につっけんどん
に振る舞い続けた。何処かでこの世界がそんなキラキラしてなんざいないってことを気付か
せて、叩き落してしまえと思った。なのに、あいつはまるでそんな気配がない。欲しいと言
われれば与えてしまうし、憎いと言われれば「ごめんね」と己を責める。……まるで訳が分
からなかった。同じ年頃の人間の筈が、どうやったらこんな別の生き物みたいになってしま
うのか……。
 多分、一番最初の切欠は七・八歳の頃だったと思う。その日俺はおばさんに恵が最近何処
かへ出掛けていくとの話を聞かされ、あいつの後を追ってみた。するとどうだ。血塗れにな
った仔猫を庇うようにして、何頭もの野良犬に囲まれているじゃないか。
『でりゃああ!!』
 殆ど反射的だった。俺は近くに転がっていた木の棒を片手に突っ込み、無我夢中になって
このクソ犬どもを追い払っていた。……血だらけになっていた。だけどそれよりも、ぐしゃ
ぐしゃに泣いて抱きついてくる恵の姿が意外で、動けなくて……。当たり前なんだけどな。
子供の時分であんな目に遭って、しかも女で怖がらない奴は早々いないだろう。
 それからだ。俺が何かとあいつに気を配るようになったのは。
 こっそり飼っていた捨て猫が死んだと分かれば、知り合いの婆ちゃんの所の仔猫を一匹貰
ってきたり、とかく目立つ──元気いっぱいでキラキラしているあいつを疎む奴らが嫌がら
せをやってると分かればその都度ぶちのめした。……強くならなきゃいけないと思った。あ
いつが変わらないってなら、奇麗なままの優等生なら、俺がその分汚れ役をやらなきゃ誰か
がやらなきゃ、こいつはあっという間に他人の悪意に潰されて死んでしまう。
 陰口があればマークした。
 苛めがあればあの手この手で黙らせた。
 それでも万一恵に実害が及んだ日には……文字通りこっそり締めてやった。
 だからだろう。先公や町の大人達が、気が付けば俺を札付きの悪(ワル)として扱うよう
になった。……望むところだ。元々俺は半端に澱んでいた。なら、いっそ自他共に真っ黒に
なっちまうのも悪くはない。喧嘩も無闇にやらなきゃいいし、勉強だって平均点さえ維持す
れば向こうもあからさまに摘まみ出せやしない。
 あいつを守りたかった。訳が分からないけど、気付けば俺の目的は逆転していた。
 この頃には、あいつは何かにつけて俺の世話を焼きたがった。多分俺のしたことへの恩返
しの心算なんだろうが、ペアルックの弁当はな……。実際、不安になっていた矢先から周り
には俺達が付き合っているように思われている。恵はまんざらでもない風だが、だからこそ
俺は一線を越えちゃいけなかった。越えることなんて許されなかった。
 収まる所か、寧ろ悪質で陰湿になっていったからだ。
 要するにやっかみという奴だ。恵は小柄だが、色白で可愛らしいし、スタイルも結構出る
とこは出てる。野郎どものそれは勿論だが、特に同性(おんな)だ。あいつらの嫉妬やら憎
しみやらはえげつない。根暗が疎まれる以上に、出た杭を他人は全力で打ちたがる。
 ……何度か、恵が押し倒されそうになった事があった。その度に俺は彼女を守ってきた。
 あれは男自身の衝動か、それとも誰かが手を回したのか。まぁ俺にとってはその辺はどち
らでもいい。ただあいつを犯そうとした、その事実さえあれば充分だ。この拳を……振るう
理由にするには充分過ぎるのだから。


「──ここに慧ちゃんが?」
 放課後の夕暮れ。恵は他クラスの男子数名に案内され、校舎裏の焼却場近くへ来ていた。
 彼らとは面識はない。ただ『片倉が呼んでる』と聞かされ、ついて来たのだ。
 しかし当の幼馴染の姿はなかった。きょとんとし、辺りを見渡し、その人気のなさに少し
寒気がする。えっと……? 目を瞬いた。振り返れば先程の男子生徒達がニヤついた眼でに
じり寄って来ており、理解はせずとも、これまでの経験が彼女のその最適解を教える。
「慧ちゃんは来ないよ。その代わり俺達と遊ぼうぜ?」
「ああ、叫んでも無駄だからな。この時間帯この辺に来る奴は皆無だ。頼みの片倉も今はあ
いつらが押さえてくれる筈……」
「な、なあ。早くヤろうぜ」
「五月蝿ぇなあ。こういうのはたっぷり怖がらせてからが面白いんじゃねぇか」
 普段“悪意”を意識しなくても、恵には分かった。経験が知らせる。全てが未遂であって
も、彼女の記憶の中には封をして厳重に眠らされている。
「あー、やべ……ったく、反則だよなあ。柔らかそうだ」
「やっ……止めて!」
「ははは。何を今更。ホイホイついて来たお前が悪いんだよ!」
「ったく……毎日毎日イチャコラしやがって。俺達だって溜まっ──グホッ?!」
 壁際に追い詰めて恵に襲い掛かろうとした男子生徒達。欲望に血走った眼。
 だがその内の一人を、次の背後から鷲掴みにした手が彼女を避けながら一切の容赦なしに
叩き付けた。あまりの腕力に色んなものが折れる音がする。ぶしゃっと、コンクリ壁の灰色
に赤い波紋が飛び散ってへばり付く。
「ひっ……!?」
「か、片倉? な、何で。お前は相澤達が……」
「こんなこったろうと思ったよ。あいつらなら引き剥がしてきた。妙に俺に絡んできたから
なあ。勉強教えてくれなんて、もっとできる奴なら他にいるだろうが」
 白目を剥き、顔面が真っ赤にとんでもない事になった男子を一人ぺいっと投げ捨て、駆け
つけたのは慧だった。驚き怯える残りの面々をざっと見渡しながら、パキパキと拳を鳴らし
ては誰から掛かってきても殴り返せるように構えていた。
「っ……。に、逃げろ!」
「えっ。ちょっ……ま、待って!」
「くそっ! 何でお前が……お前だけが……!」
 しかしこれまで積み重ねてきた喧嘩の強さもあり、残りの男子生達は最初の一人を皮切り
にして逃げ去ってしまった。慧も慧で、特段とっ捕まえる素振りもない。顔は見た。煮るな
り焼くなり、後は何とでも奴らのお灸を据えることはできる。
「……。慧ちゃん」
 壁際に立ったまま、恵がこちらを見ていた。制服の胸元が少し緩んでいる。慧は気取られ
ないようにそっと背中を向けると、そのまま一人立ち去ろうとした。
「……ありがとう。ごめんなさい」
「自覚(わか)ってりゃ充分だ。惹き付けちまうのはどうしようもねえが、お前が多少でも
学習すりゃあ避けれるものもあるだろ」
 解ってくれたのは、はたした何度目の時だったか。
 可愛い癖して、誰にでもその天から授かったような笑顔を、善意を向けてやれる。解って
はいるのだ。突き詰めれば彼女が悪いのではなく、それを自分だけのものだと、偽善だと勘
違いして嫉妬して陥れようとする俺たち人間の捻くれた心が悪なのだ。
 とすん。ぶっきらぼうに呟いて、後にしようとした。自分はただこいつの「抑止力」だけ
であればいい。なのに彼女は自分の背中に向かって飛び込んできて、全身の柔らかさを惜し
げもなく磨りつけ、顔を埋めたのだ。
「慧ちゃん……。私……」
「……」
 何となく言いたい事は分かる。でも言わなかった。言わせないのは何も今に始まった事で
はない。「抑止力」でいい。それ以上越えてしまったら、こいつをそんな安易な手で慰めて
しまったら、自分はこれまでの奴らと一体何が違うっていうんだ……?
「ごめんね」
「謝るな。お前は、笑ってりゃいい」
「……うん」
 たっぷり間を置いて、彼の背に顔を埋めたまま恵は言った。
 慧は突っ撥ねた。暫くの間、二人はその場で抱き締め、抱き締められていた。
                                      (了)

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  1. 2016/08/28(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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