日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔16〕

「先生!!」
 二度に渡って黒塗りの車列を襲った何か。一つ目はタイヤを射抜き、もう一つは窓ガラス
から顔を覗かせた男性の頬を、僅か数センチの差で掠めていった。
 彼の乗る車両の前後から、黒服の男達と側近らしき茶スーツの運転手が現れて、彼に駆け
つけ守る。にわかにざわめき立った、一見何の変哲も無い堤防道。睦月も、居合わせつい危
険を叫んでしまった手前、半ば身体が勝手に彼らの方へと踏み出していた。
『おい、どうした? 睦月、何があった?』
「……あ、皆人。うん。今ちょうど前を通り掛かった車が撃たれた? みたいで……」
 司令室(コンソール)に映った現場。香月が小さく「どうして……?」と彼の男性の名前
を呟くのを肩越しに、皆人は睦月に呼び掛けていた。小走りで近付きながら、睦月は自身も
まだいまいち状況を把握し切れていないようで困惑している。
「先生、お怪我は?」
「あ、ああ。何ともないよ。さっきあの子が叫んでくれたお陰だ」
 留まっていては危ないと判断したのだろう。スーツ達により車から降ろされ、ぐるりと周
りを囲まれながら庇われつつ、この男性──文教大臣・小松健臣は言った。ちらと内何人か
がおずおずと近付いて来る睦月を見遣り、睨んだ。怪しんだが、当の健臣の手前、露骨に追
い出しに掛かる訳にもいかない。
「何処から撃たれたか分かるか?」
「いや、さっきから探しているが見当たらない。もっと遠くからじゃないだろうか」
 ……つまりこの人は狙撃されかかったということか。睦月はぐわぐわと揺れる頭の中でそ
う要約した。スーツ達の何人かが健臣の円陣より外れて辺りを探し始めている。睦月もこっ
そりその中に混じり、且つ彼らから少し離れた堤防道に視線を落とし、ややあって一角にそ
っと煙を散らしながら空いている穴を見つける。
『それが、その撃たれた時の弾痕か』
「多分そうだと思う。直前に向こう岸がキラッと光ってさ。それで思わず危ないって、あの
人に叫んだんだ」
 じっと通信の向こうで皆人が画面をズームにしている。睦月もスーツの男達に咎められな
いよう息を殺して屈み、この土道に空いた穴を見る。煙も出ていて真新しい。先程の銃撃に
よるものと見て間違いなさそうだ。
「おじさんは……大丈夫そうだね。無事でよかった」
『ああ』
『マスター、マスター!』
「うん?」
『この穴、アウターと同じエネルギー反応があります。現在進行形でどんどん薄くなってい
ってますけど、間違いありません』
 何だって?!
 だがそうして一先ず胸を撫で下ろしていた時、ふとパンドラが懐の中から小声で呼び掛け
てきた。何かと思ってスーツ達から隠すように取り出し、応じてみれば、まだ考えてもいな
かった可能性を彼女は確信を持って明言する。
『アウターが、彼を? つまり暗殺か?』
『……』
 司令室(コンソール)の皆人達が静かに息を呑む気配がした。加えて声こそないが、その
場に同席している香月もまた、画面の一点を見つめたまま先程からずっと押し黙ってしまっ
ている。
「暗、殺? う、うん。そりゃあ狙撃ってことはそういうことになるんだろうけど……」
 インカムに軽く指先を触れ、睦月は頭に疑問符を浮かべている。やはり彼自身はまだ目の
前の人物の正体に気付いていないらしい。
 すぐに此処から離れるぞ──! スーツの男達が言い合い、またバタバタと動き出そうと
していた。先生。茶スーツの側近が健臣を促し、撃たれずに済んだ後方車両へと案内しよう
とする。睦月はそれをぼうっと眺めていた。眺めて、この一発を撃ち込んできたであろう向
こう岸の町並みに目を凝らす。……勿論、この距離からでは人の姿など視認できる筈もない
のだが。
「……いや、少し待ってくれ。せめて恩人に礼の一つぐらいは言っておかないとな」
 だがそんな当ても付かない視線は、ふと当の健臣(ほんにん)から投げられた言葉で中断
させられた。睦月も気付き、彼と、その取り巻き達の近付いて来る姿に眼がゆく。皆人が、
香月が、司令室(コンソール)の面々も画面越しにこの接触を目撃しようとしていた。

「──」
 微かな、ほんの微かな舌打ち。
 遠く向こう岸のビルの屋上から、長銃型の腕を持つ怪人が人知れずその場を離れて行くの
を、誰一人気付くこともないまま。


 Episode-16.Father/狙撃手は何処だ

「やあ。どうやら君のお陰で助かったようだ。ありがとう、礼を言う」
「い、いえ……」
 前輪と窓ガラスを撃ち抜かれ、半ば横付けされるように停止した車と、慌てて避けながら
停まった二台。先刻の襲撃も一先ず止んだとみえ、健臣はスーツの男達を連れてそう睦月に
向かい合って小さく頭を下げた。大の大人に、如何にも立場のありそうな相手に、対する睦
月も思わず畏まって身を硬くしてしまう。
 確か茶スーツの男達は、この男性のことを「先生」と呼んでいた。乗っていた車も──何
者かに撃たれてもう走れそうにないが、どれも黒塗りの高級車ようだし、やはり相応の地位
にある人間なのだろうと推測する。
 お偉いさん。そういえば以前にもこんな事があったなと、睦月は頭の隅で思い出す。
 他でもない筧のことだ。彼はあの時「他人のトラブルに割って入る仕事」だと言っていた
っけ。探偵だろうかと思えば、刑事だった。となると今回は弁護士やお医者さん──いや、
もしかしたら議員さんだったりするのかもしれない。
『……』
 皆人は、香月は黙っていた。司令室(コンソール)の画面に映る睦月と健臣らの一団の様
子に、ただこちらの存在を気付かれまいとするかのように沈黙している。
「……その、よければ君の名前を聞かせてくれないか? 今は色々忙しくてきちんと礼をで
きそうにもなくてね」
『っ!? ま、待て、睦──』
「あ、いえ。お構いなく。睦月です。佐原睦月といいます」
「佐原? もしかして、君は……」
 だが次の瞬間、健臣からの問い掛けに皆人が焦った。通信越しに睦月に名乗らぬよう指示
しようとするが、それよりも早く睦月はごくごく自然にはにかんで名乗っていた。
 するとどうだろう。ピクッと、健臣は眉を顰めて反応した。「まさか」じっと見つめて何
やら呟いた彼に対し、睦月は頭に小さく疑問符を浮かべている。
「? どうかしましたか?」
「あ、ああ。もしかして君は、佐原香月……博士の」
「はい。息子です。母さんのこと、ご存知なんですか?」
「……ああ。古い友人だよ」
 そうか。最初こそ妙に深刻な面持ちをしていたように見えたが、睦月が訊ね返した時には
もう、寧ろ穏やかな表情さえみせていた。優しい苦笑いとでも言うべきものだろうか。純粋
に訊ねてきたこの少年に、彼はそっと細めた眼差しを向けてくる。
「ああ……。香月博士の知り合いだったんですねえ」
「偶然ってあるもんだな」
「っていうか、やっぱそうだよな? あれって小松大臣だよな? 文教省の。鬼の小松の」
「何でまた飛鳥崎に……?」
「さあ?」
「それにしても……。なあ、あの二人、何だか似てないか?」
「うん? ああ。確かに言われてみれば、何となく顔立ちが似てるかなあ?」
「……偶々だろう? 人間、世の中には三人は自分と似ている誰かがいると云うしな」
 司令室(コンソール)でも、職員達が次々に言葉を漏らし始めていた。
 ある者は世間の狭さを。ちらと肩越しに香月を見遣って、しかしどうにもきゅっと唇を結
んだままで語らない彼女に若干の怪訝は残しながら。
 ある者は彼の正体を。その名を聞いて知らぬ者はいないだろう。何せ現役閣僚の一人だ。
しかもこの国における新時代の牽引役、三巨頭の息子となれば。加えて彼自身、まだ若いな
がらも芯の通った情熱の政治家(ひと)としてしばしばメディアにも取り上げられている。
 だがそんな職員達を、まるで無駄話は後にしろと言わんばかりに皆人が制止した。彼らの
驚きとは対照的に淡々とした様子で語り、場の話題を無理やりにでも中断させる。
「そうか。彼女の……」
 一方で当の小松大臣──健臣はしみじみと呟いていた。睦月が、スーツの男達が揃って頭
に疑問符を浮かべているものの、かといって何をと突っ込んでいく者がいる訳でもない。
「ところで」
 しかしそんな姿も束の間のことだった。ふと、次の瞬間には彼はううんっとわざとらしく
一回咳払いをし、少し威厳を持たせようとするモードになった。じっと睦月を、制服姿の睦
月の全身をざっと上下に見下ろし、注意する。
「君は玄武台の生徒ではないね。その制服は……確か飛鳥崎学園のものだ。サボリかい? 
駄目じゃあないか。学生の本分は勉強だよ。若い内に色んなことを学んで、この先の人生を
豊かにする準備なんだから」
「あ、はい。す、すみません……」
 今の状況を否応なく思い出さされて、睦月は思わずばつが悪そうに謝った。構わないよ。
だが彼は別にそこまで本気で怒っている訳ではないらしい。苦笑を零し、すると肩越しに軽
く振り返ってスーツの男達に指示を出した。
「学園までは遠いだろう。タクシーを呼んであげよう。金なら気にするな。ああ、それと。
降りる場所は裏口がいいだろうな。真正面から帰ればすぐに先生に見つかってしまうぞ?」
 はあ……。トントンと進む話に遠慮する暇もなく、睦月はそう曖昧な返事をするしかなか
った。スーツの部下達も、少々人の良過ぎるこの上司に若干躊躇いつつ、しかし指示とあれ
ばすぐに従う。懐からデバイスを取り出して市内のタクシー会社にコールする。
「あ、ありがとうございます。あの、それで、おじさん達は大丈夫なんですか? 車、随分
派手にやられちゃいましたけど」
「ん? ああ……。真ん中の一台は置いていくしかないが、残り二台がある。一旦帰るには
支障ないよ。また後で回収させる。どのみちこんな事になっては後始末をしない訳にはいか
ないからね」
「そう……ですね」
 少なくとも、彼ら自身に大事がなくて本当によかった。終始ペースを握られながらも、睦
月は内心大きく安堵していた。何というか、彼らをアウターのあれこれに巻き込んでしまっ
てはならないと直感が告げていたからだ。
 こっそりと、彼らが車の方に戻っていくのを確認してから、睦月はインカム越しに自分達
を見ている筈の親友(とも)らに呼び掛ける。
「皆人」
『……ああ。とりあえず戻って来い。大分時間を食ってしまった。学園の方は國子と大江が
カバーしてくれているが、これ以上深追いするのは限界だろう』
 うん。懐の中のパンドラもコクと頷き、睦月は健臣らが手配してくれたタクシーが来るの
を待った。乗り込むのを確認して、彼らもまた残った二台に分乗し直してこの堤防道を引き
返していく。
『……』
 とりあえず戻って来い。
 そこにもっと別の意図が含まれていたことなど、この時睦月はまだ知る由もなく。

「──うっ、んん……?」
 ふと誰かに見られているような気がして、宙はゆっくりと目を覚ました。頭の中では今の
今まで意識を失っていたらしいという事実に実感が持てなかったが、それらは開いた目に映
った、海沙と睦月のこちらを心配そうに覗き込んでいる姿ですぐに消し飛ぶ。
「あっ。起きた」
「そ、ソラちゃん、大丈夫? 私達のこと分かる? 痛くない?」
 酷く安心した。忘れる訳がなかろう。物心ついた頃からいつも一緒の、大切な大切な幼馴
染達だ。睦月はハッと息を呑み、海沙はおろおろと捲くし立てるように質問を投げてくる。
 思わず宙は苦笑した。随分と心配させてしまったらしい。
「特に……何処か怪我している感じじゃないかな。頭は少しぼ~っとするけど」
 言ってすぐに起き上がろうとして、まだ寝ていた方がいいよ? と二人に支えられる。
 ぼんやりと靄が掛かったような感覚の中で辺りを見渡してみた。足元を包む白いパイプベ
ッドと布の間仕切り、隙間から見える保管棚、薬品の臭い──ここは保健室だろうか。
「あたしは……」
 それでも何があったのか思い出そうとして、直後ビリッと痺れるような痛みが頭の中から
した。うっ!? 顔を顰めて咄嗟に頭を押さえた動作に、海沙が慌てた。だ、大丈夫……?
何もないとは思えなかったが、あからさまに反応する親友を前に宙は「……うん。平気」と
しか返せなかった。
「……ねえ。あたしはどうしてここに? 確か休み時間に、トイレに……行って……」
「訊きたいのは私達の方だよ。何か、トイレに行った後に倒れたって聞いたものだから、私
達大慌てでこっちに来て……」
 ならばとこの二人に訊こうとし、またチリチリと頭の中に痛みが走った。しかし対する海
沙は直接自分がどうかなかった所までは見ていないらしい。聞いた時には既に自分が倒れた
後だったようだ。トン、トンとこめかみを指で小突きつつ状況を整理しようとする宙に、睦
月が言う。
「僕も聞いた時はびっくりしたよ。もしかして、僕の入院の件でピリピリさせちゃっていた
からかな……?」
 一見する限り、申し訳ないといった表情だった。宙自身何故自分が倒れたのか皆目見当が
つかなかった。彼の言う通り、自分が思っている以上にこの身体はナイーブであったりする
のだろうか。
(そんな繊細なタマじゃないと思うんだけどなあ。自分で言うのも何だけど……)
 ただ実際、先日の火災に巻き込まれた睦月の入院から、彼に訝しむ眼を向けて気を張って
いたのは事実だ。あの夜自分は皆人に詰め寄ったが、結局あいつからは何一つ確かな答えを
受け取っていない。
「そうよ。睦月、あんた何処行ってたのよ? 皆っちと揃ってさ」
「え?」
「何だか記憶が曖昧なんだけどさ。あんた、休み時間にどっか行っていたでしょ? その時
も確か、皆っちも一緒だったじゃない。また三条家の手伝いだなんて言うんじゃないでしょ
うね? 一体何コソコソやってる訳?」
 また頭がビリビリとする。だが海沙が痛みに堪えながら詰め寄る自分を心配して止めよう
とするのを横目に、宙は喋り続けた。
「……」
 睦月は数度、目を瞬いて黙っている。一見、まるで病み上がりの彼女に遠慮し、その追及
に気圧されているかのように。
「トイレだけど」
「えっ?」
「トイレだよ? そもそも皆人とは一緒じゃなかったし」
「えっ……。そう、なの……?」
 なのに瞬いた後口を開いた睦月は、そう言った。さも「何を言っているの?」と小首を傾
げて見つめてくるものだから、宙は段々と自分の放った言葉が見当違いだったように思えて
しまう。
「むー君、そうだったの?」
「うん。それで戻って来たら、何か不審者が出たとかで騒ぎになっててさ……。宙もそれで
余計に勘違いしたんじゃないかな? 僕のせいで、ずっと気を張らせちゃってたから」
「……」
 フッと、睦月は申し訳なさそうに苦笑(わら)う。
 そうだったのか。だが海沙も、宙も、そう納得しようとしていたその時、睦月ははたと制
服の内ポケットに手を突っ込んだかと思うと、二人に自身のデバイスを差し出したのだ。
「こんな事になるならちゃんと話しておけばよかったかな……。紹介するよ。この子はパン
ドラ、母さんの作った新型のコンシェルだよ』
『どうも! 私、香月博士に作って頂いたデバイス制御用AIプログラム、コードネームを
パンドラと言いますです。現在はマスター、博士の子息である睦月さんの下、運用テストの
真っ最中ですっ』
 故に二人が目を丸くし、一瞬言葉を失ったのは無理からぬことだった。
 これまで自分用のコンシェルを使った事のなかった睦月がいつの間にかインストールして
いたことも勿論だが、それ以上に画面に映し出された銀髪の少女がさも人間と変わらぬほど
の生き生きとしたさまで話し掛けてくることに驚いたのである。
「えっ? えっ? 貴女……コンシェルなの?」
「驚いた……。あんた、いつの間に汎用型から換えてたのよ」
「四月くらいからかな。ほら、第七研究所(ラボ)で火事が起こる前。あの時、母さん達の
プロジェクトチームに頼まれたんだ」
 そうして睦月はこの幼馴染達に語る。パンドラとの出会いと、彼女を自身のデバイスに住
まわせることになった経緯を。
 睦月は二人に言った。パンドラは母によって開発された最新鋭のコンシェルで、まだ世に
は出ていない。自分は母らに頼まれて彼女の運用テストをしてきたのだと。
 三条家の手伝いとは他ならぬこの事だ。色んな場所や時間を経験させ、パンドラが何を学
び何を学ばないのか。それらをじっくり時間をかけて収集する為なのだと。
「ごめんね。母さん達からも皆人からも、できる限りこの事は隠しておいてくれって言われ
てたんだ。何せリリース前のプログラムだから、余所に漏れたら価値も半減するしね」
 なるほど……。宙が、特に海沙がコクコクと頷いていた。
 だからこそ、頑なに隠そうとした。何せいわゆる企業秘密という奴なのだから。睦月はこ
の事は最大限黙っていて欲しいと、加えて過去何度か事故に巻き込まれたのは偶然だと主張
した。パンドラを連れて街中を往く──その性質上、何かにエンカウントする確率は必然的
に跳ね上がるのだからと。
「そっか……。そういう事だったんだ……」
「それにしても最新のコンシェルかあ。いいなあ。この子、凄く可愛いし……」
 ベッドの上でそっと眉を顰めている宙。海沙は睦月が差し出したままの画面、パンドラの
姿を覗き込み、頭にハートを浮かべてすっかりデレデレになっている。
「……」
 何とか誤魔化せたか。勿論、この二人に話した事情は全てではなく、半分は脚色である。
 睦月一人の機転では不可能だった。
 時を遡ること暫し。それは一旦自分と合流した皆人からの指示である。

『宙にも、リモートを?』
『ああ。あのままではあいつがもっと俺達の戦いに首を突っ込んでくるのは明らかだった。
お前には悪いが、國子にやらせた。司令室(こっち)で記憶を改ざんして、ストレスで倒れ
たとでもしておく。お前は保健室に向かってくれ。青野が既に見舞っている筈だ。そこで二
人にこう話して欲しい』

 詰まる所、口裏合わせだった。パンドラを連れているという“秘密”の一部を開帳する事
で向こうの警戒を解き、且つ本丸であるアウターの存在や奴らとの戦いについては伏せる。
遮断し、来させないようにする。
 自分の知らない所で海沙に続き、宙までもがリモートチップを埋め込まれたのは正直いい
気分ではなかった。だが今度は自分にやらせず、國子ら手の者にやらせたのは皆人なりの気
遣いだったのだろう。そう捉えておかないと自分は親友のことすら疑ってしまいそうだ。
 事前の打ち合わせ通り、二人にデコイの情報を打ち明けた睦月は、態度を軟化させる彼女
らを見てほっと一安心していた。だが同時に、じわじわと内心で鈍い罪悪感のようなものを
覚える。
「とにかく大丈夫そうで良かった。一旦僕は帰るけど、無理せずに寝てればいいからね? 
先生にはもう話してあるから」
「あ、うん……」
 だからもう、これ以上長居してもいけないと思った。その実ばつが悪くて、もしかしたら
不意にボロを出してしまいそうで怖かった。宙や海沙がふいっと視線を向けてきて何か言い
留めるよりも先に、睦月は気持ち早口に捲くし立て、パンドラを懐にしまいながら保健室を
後にした。……しんと、部屋の中はベッドの上の宙とこれを見舞う海沙の二人だけになる。
「……行っちゃったね」
「うん。あいつに、気負わせちゃったのかな。あたしが怪しんでたもんだから、何とかしな
きゃって思って……」
 彼が去って行った扉を見遣ったまま、海沙は呟いた。宙も今の今まで自分がやってきた事
をここに来て申し訳なく思うようになり、しかしそれでも未だ、頭の中には何とも言えぬ違
和感の欠片が残っている。
 あたし、何だかとても大事なことを忘れているような……?
「……っ」
「ソラちゃん!?」
「だ、大丈夫。まだちょっと頭が痛いだけ。打ち所が悪かったのかなあ。倒れた時に何があ
ったのか思い出そうとすると、妙に頭がビリビリして……」
 故に、また頭の中を痺れるような痛みが駆け抜けた。
 今度は不意になって隠し切ることができず、傍らの海沙に支えられてしまう。それでも宙
は気丈に振る舞った。何て事はないのだと、ちょっぴりおどけたように苦笑(わら)ってみ
せさえしたのだ。
「……」
 なのに、当の海沙はきょとんと、まるで弾かれたように黙っている。黙って、何だろうと
目を瞬く宙の顔を、まじまじと見つめている。
「同じだ……」
「えっ?」
「同じなんだよ。その、私もね? 思い出そうとすると頭がビリビリして痛いの。何かとて
も大事なことだったように思うんだけど、何度思い出そうとしてもビリビリが邪魔をして思
い出せないんだよ」
 瞬く目がゆっくりと大きくなる。宙はまじまじとこの幼馴染を見返していた。頭の一点、
側頭部の髪をさすさすと擦り、海沙は思い返し警戒するように話した。こうして打ち明ける
だけでも、またあの痛みが走るのではないかと思ったのだろう。
「海沙。それって……」
 まさか。宙はたっぷり数拍をおいて息を呑み、確かめるように訊ねた。
 うん。海沙がおずおずと慎重な様子で言う。窓から差す光は茜色で、外からは運動部独特
の掛け声が遠巻きになって聞こえてくる。
「私もなの。多分、大江君達の件の頃から」

 放課後、すっかり日が落ちてから、皆人ら対策チームの面々は司令室(コンソール)に集
っていた。主に今日の不審者騒ぎ──アウターの侵入について協議する為である。宙の見舞
いを済ませて帰宅、合流してきた睦月も揃い、一同は早速この地下の秘密基地にて本題へと
移っていた。
「──という訳で、結局二人組のアウターには逃げられてしまいました。状況から考えて、
不審者扱いされたアウターと、僕と皆人が正門前で見つけたアウター達は別物で、仲間同士
だったのではないかと思います。先ず一人が学園内に潜入して、残りの二人は見張り役をや
っていたとか」
「或いは、順次散開しながら学園内を捜索するつもりだったか、だな」
 戦いの一部始終は勿論、細かい情報を共有する為に睦月は今日のことを一通り対策チーム
の皆に話して聞かせた。後半の推測は半分皆人からの助言で、残りの言葉をちらと肩越しに
見遣ったのを合図にこの親友(とも)は継いでくれる。
「酔拳みたいなアウターと物を盗むアウター、そして竜巻のアウターか……」
「その三人目ってのは、どんな奴か見てないんだよな?」
「ああ……。こっちは奴らの隙を見て離脱するのが精一杯だった」
「パンドラや、隊の皆さんの映像ログを一通り解析してみたけど、それらしい姿は捉えられ
ていないわね。能力の性質から考えても、ある程度の遠距離から撃ってきたと考えるのが妥
当かしら」
「……踏んだり蹴ったりだな」
「いえ。貴方達の判断は正しかったと思います。もしあの場で被害の大きいまま深追いし、
全滅でもしていれば奴らの目的──私達の正体が少なからず暴かれてしまっていた筈です。
逃がしてしまったのは確かに惜しいですが、学園の皆さんに実害が無かった分、ラッキーだ
ったと思う他ないでしょう」
 あの時の混乱に乗じて退却し、手当てを済ませた隊士達がめいめいに唇を噛んでいる。そ
れでも香月は、じっと多窓に表示した映像データを睨みながら可能な限りの情報を読み取っ
ているし、國子に至ってはそう淡々と自分達の非力を認めた上でそれが現状の最善手だった
と結論付ける。
「……」
 睦月はそんな仲間達を見遣り、そっと眉を顰めていた。
 正直、油断があったと思う。落ち着いて相手の力を見極めればもっと違った成果があった
かもしれないのだ。
 だがそれ以上に、睦月は内心自分の愚図さに嫌悪していた。今目の前で肝心の“敵”らに
ついて話し合っているのに、頭の中でモクモクと燻ぶっているのは、また宙や海沙に嘘をつ
いてしまった事に対する後ろめたさだったのだから。
「ともかく。一先ずは懸念を取り払うことはできた。だがアウター達が二体──いや、三体
も同時に現れ、向こうから攻めて来たのは今回が初めてだ。こちらとしても、しっかりと態
勢を整えておく必要がある」
 だから最初、それは自分達に疑惑を向けていた宙の事かと思った。だが直後に続く言葉か
ら考えるに、何も親友(かれ)はそんな身内だけをみている訳ではない。
 サッと手を払って合図し、頭上のモニター群に件のアウター達が映し出された。酒を摂取
する事で肉体が強化されるジャンキーと、相手の持ち物を瞬時に奪うレンズ甲のアウター。
更に睦月が竜巻に飛ばされた先で出会った、スーツ姿の男性達。
「おそらくはクリスタル──法川晶の事件において接触のあった幹部から、睦月に関する情
報が伝わったのだろう。少なくとも睦月が学園生であることはバレてしまっているようだ。
しかし今日の今日まで攻めて来なかったことを考えると、それ以上の情報までは持ち合わせ
ていないようだが。偵察といった所だろう。睦月──守護騎士(ヴァンガード)のいる学園
に潜入し、更に正体を探ろうとしたものと考えられる。一度交戦したことで慎重にはなるだ
ろうが、今後も奴らが仕掛けてくる可能性は高い」
『……』
 状況を整理する。各々何となく分かっていた事ではあったが、改めて睦月達はきゅっと唇
を噛んで緊張感を持ち直す。
 皆人もまた、アウター達の映ったモニターを見上げた。暫し見上げて、再び皆に向かって
話し始める。
「当面はリアナイザ隊の皆に学園を見張って貰おうと思う。交代制で周囲を警戒してくれ。
無理に戦う必要はない。睦月を呼んで、サポートに徹しろ」
『はい!』
「そしてもう一つ、武宝川の堤防で起こった狙撃事件だが……。睦月、お前にはこちらの犯
人を追って欲しい。パンドラが撃ち込まれた銃弾に反応していた以上、この件もアウター絡
みであるのは間違いない。俺達が動かない訳にはいかないだろう」
「う、うん。でも……いいの? 正体がバレそうだってのに、僕も学園の側についてた方が
いいんじゃ……?」
 一つ、二つ指示を飛ばす。
 だがそれに睦月は少々混乱していた。てっきりあの二人組──竜巻のアウターを合わせれ
ば三人のアウター達と戦うのだとばかり思っていたのだから。
「……本当に気付いていなかったんだな。お前、ちゃんとニュースを見ているか?」
 うん? 皆人が何だか呆れたようにこちらを見て呟き、睦月が頭に疑問符を浮かべて目を
瞬いている。見れば周りの仲間達も、苦笑いを零して「ああ……」とやっと彼が向けた反論
の理由を理解する。
「お前が助けたのは小松健臣──現文教大臣だ。時々テレビに出ているだろう?」
「えっ……? ええーッ!?」
「……それにな。実は昨夜親父から連絡があって、どうやらブダイの一件を受け、彼が内々
に政府から派遣されたらしいんだ。学校絡みとなると彼の管轄だからな。今日飛鳥崎に現れ
たのも、お前と出会ったのも偶然じゃない。政府が動き始めているんだ。何とか鎮めたい。
それにまた彼が狙われるようなことがあれば、政府の疑いを深めてしまう。もしこのまま首
を突っ込まれてアウターの存在でも嗅ぎ付けられでもすれば、俺たち対策チームとしても都
合が悪い」
「な、なるほど……」
「そんな事が……」
 驚き、しかし朗々と打ち明けられる皆人からの事情を聞き、睦月は頷かざるを得ない。見
れば司令室(コンソール)の職員や隊士達、仁ら元電脳研の面々、香月もまた初耳だったら
しく少なからず驚いているようだった。全員に伝えるのも含めて、皆人は言ったのだろう。
数拍間を置き、皆がハッと我に返るのを待ってから、彼は一同に告げる。
「つまり今回は二方面での作戦だ。学園への警戒は國子及びリアナイザ隊に任せる。狙撃犯
の捜索は睦月と仁、お前達でやってくれ。できる限り大臣の知らぬ所で、知らぬ間に犯人の
アウターを倒せれば一番だが、それは今後の状況次第だろう。持久戦も覚悟してくれ。明日
から各自、配置についてくれ。相互に連絡を密にする事を忘れぬように」
 了解ッ! 三条皆人。司令室(コンソール)司令官のその号令の下、面々は動き出した。
 早速二方面作戦に備えてシフトの相談が始まり、学園近辺の地図が広げられる。睦月も仁
らに肩を叩かれ、どうやって狙撃犯を捜そうかと模索し始めていた。それぞれが、明日から
の任務の為にピンと引き締まり出した緊張感の中に身を委ねてゆく。
「……」
 そんな中、号令を発した当の皆人はそっとただ一点を見ていた。じっと、制御卓より一望
できる扇状に配置されたデスクの一角で、静かにPCの画面を見つめているかのような香月
の姿を見ていた。
「……」
 ちらりと。互いに何か言う訳でもない。
 だが戦闘態勢が敷かれ始める司令室(コンソール)の中で、香月は何処か暗い面持ちで顔
を上げていた。スッと、皆人と互いにその視線を交わらせて。


「守護騎士(ヴァンガード)を、取り逃した……?」
 人気のない廃ビルの一角。神父風の男(ラース)が三人の刺客達を解き放った場所だ。
 先日の潜入についての報告を聞き、ラースはそう静かに呟いていた。一見喋り方こそ普段
のように丁寧だが、その声音には少なからぬ“怒り”が含まれている。
「あ、ああ。どこぞの突撃馬鹿がヘマをしたせいでな」
「それはすまぬと言っているではないか。それに、やりようがあると言っていたのはお主の
方なのに、結局奴と戦っていたろう?」
「そもそもあれはてめーが勝手に敷地ン中に入って行ったからじゃねぇか。それだけじゃな
く、兄貴がいいとこまで追い詰めたのに邪魔しやがって……」
 ジャンキーと逆さ帽子の少年、そして灰髪の男がそれぞれ互いを直截的に、或いはそれと
なく詰って言い合っていた。尤も気勢を上げていたのは逆さ帽子の少年一人だったが。
「擦り付け合いはそこまでです。済んだ事を今更言っても仕方ないでしょう。それで? 逃
げられこそしても、何か情報の一つくらいは掴んできたんでしょう?」
「ああ……。少なくとも今回、二つのことが確認できた」
 ピッと、ジャンキーは二本指を立てながら言った。鼻先に引っ掛けたサングラスの隙間か
ら目を覗かせ、一旦黙った残り二人を従えて話し出す。
「一つは、守護騎士(ヴァンガード)が学園にいるってのは違いないこと。こいつが馬鹿正
直に乗り込んだってのもあろうが、奴はただそれだけで俺達が忍び込んできたことを察知し
たみたいだった。やはり奴ら、俺達が人間じゃねぇことを分かってやがる」
「……二つ目は?」
「“奴は奴ら”だってことさ。蝕卓(そっち)でも既に把握してることかと思うが、奴には
協力者がいる。部下──いや、仲間か。そういう認識じゃなきゃわざわざ身を挺して雑兵を
庇う必要なんてねぇ。俺とトレ坊が戦ってる途中、あいつらはぞろぞろやって来て加勢しよ
うとしてた。奴と違ってコンシェルに同期しただけの戦力だが、こっちに攻撃を当てて来れ
るってことは奴らも真造リアナイザを用意できる技術があるってこった」
 薄眼鏡の奥でスッと目を光らせ、ラースは静かに口元を押さえて黙っていた。
 思案しているのだろう。これまでの自分達の情報と、ジャンキー達が持ち帰ってきた中間
報告。そこから導き出せる仮説は一つだ。
「やはり何か、組織的な抵抗勢力が存在していると考えるべきですね」
 口調は丁寧だった。だがその声音は少なからず“怒り”が含まれている。
「──」
 そう、面々が話をしていた最中である。カツンカツンと、ふとフロアの奥から靴音を鳴ら
して近付いて来る者があった。
 ラースと、ジャンキー達三人が視線や横目を向ける。気配で分かる。此処を、この時間を
知っているということは侵入者ではない。
「お? 今頃来たか、ガンズ」
 逆さ帽子の少年が言う。はたしてその人物は、本来召集された四人目の刺客だった。
 テンガロンハットを目深に被り、ちらっとツイストパーマの前髪が片目を隠している。そ
の姿・格好は一言で表すならガンマン風と言っていい。
 だが呼び掛けられた当人──人間態のガンズ・アウターは随分と不機嫌だった。結んだ唇
は口角から吊り上がっており、眉間に寄った皺で見返す眼は苛立ちに満ちている。
「どうかしたか? 随分と気が立ってるじゃねぇか」
「……依頼(しごと)を邪魔された。ターゲットの動きをあの少年がズラしたんだ」
 カツカツとブーツの音を鳴らし、ガンズは近くの柱にどっかりと背中を預けた。ラース達
は最初その話と此処にやって来たことの整合性に疑問符を浮かべていたが、それもすぐに本
人の口から語られる。
「受けた依頼は必ずこなす。それが俺のポリシーだ。今度こそターゲットを始末して、お前
らと合流するが……その前に一つ伝えておいた方が良いだろうと思うことがあってな」
「何だ?」
「……遠目ではっきりとは確認していないが、その邪魔に入った少年は飛鳥崎学園の制服を
着ていた。もしかしたら連絡にあった、守護騎士(ヴァンガード)の正体ではないのか? 
どうしていち学生があんな所にいたのかは分からんが」
 故に、ラース達は互いの顔を見合わせて目を見開いていた。特にジャンキーはまさかと、
灰髪の男の方を見遣って非難の眼差しを送っている。尤も当の本人はその意図に気付いてい
ないようだったが。
「その少年の特徴は?」
「遠目だったと言っているだろう。俺がスコープで視ていたのはターゲットの方だ。気付い
た時には狙いが外れて連中が右往左往していたよ。失敗した狙撃ポイントに長居する理由な
どない。今思えば、あれがもしかしたらと思っただけのことさ」
 あくまで自分の依頼(しごと)を優先する。良くも悪くも誇り高きスナイパー。
 ラースは気持ちくしゃっと表情(かお)を歪めていた。暴くべき相手はそこに居ると分か
っているのに、いざその時になると肝心の所まで手が届かない。
「今日はただそれを知らせに来ただけだ。俺は、これからもう一度ターゲットを追う」
 ま、待て──。だが呼び止めるよりも早く、ガンズは一人踵を返すと再びフロアの陰の中
へと消えていった。カツ、カツンと、場には残響した靴音とラース達だけが少し遅れて居残
るだけだった。

 それは学園にアウター達が忍び込もうとした日、その日の戦いが終わってから日が沈み、
司令室(コンソール)での作戦会議が終了した後の出来事だった。
『……』
 二方面での警戒・捜索態勢が敷かれ、この日は解散となった後。
 心許ない最低限のランプの灯が機材から漏れ、薄暗い中、司令室(コンソール)には皆人
と香月だけが残っていた。互いに黙り込み、一方はデスクの前、一方は通路の只中に立つ。
 彼女がじっとこちらを見ている。もう勘付いているのだろう。皆人は思った。
 だからこそ彼は、睦月達が出払ってたのをすっかり確認してから、ゆっくりと口を開く。
「香月博士。貴女に確認しておきたいことがあります。睦月の父は──小松大臣ですね?」
 彼女は答えない。だがただ二人になったこの場での沈黙は、事実上の肯定だった。
 じっと皆人を見つめ返して、だがややあってそっと香月の眼が逸れる。やはりかと皆人は
思った。認めたという体で、本題に入っていく。
「昨夜、父から聞きました。ブダイの一件で自ら動くようです。貴女には悪いですが、貴女
を三条グループに迎え入れる際、多少の身体検査はしていたようですね。貴女が学生時代、
彼と同じ大学の友だったことも、一時期交際していたことも」
「っ……」
 僅かに、だが確かに香月の表情が動いた。きゅっと唇を結び、眉間に皺を寄せる。
「ですが勘違いしないでください。この話を余所にする心算はありません。父もそれは約束
しています。過去に何があったにせよ、貴女が極めて優秀な技術者であることに違いはあり
ませんから」
 だから、皆人は予め用意していた言葉を紡いだ。別に、今更彼女を詰ろうなどと、そうい
った意図でこの場を設けたのではない。
「安心してください。睦月は勿論、他のメンバーには一切話していませんし、その心算もあ
りません。貴女達がそういう道を選んだのも、何かしらの事情があっての事でしょう?」
 そう。例えば……政治的配慮。
 皆人は口にこそしなかったが、大よそ見当はついていた。
 片や頭角を現し始めた女性技術者。片や国内きっての有力政治家の息子。
 正式に籍を入れることは諦めたという所だろう。実際、大臣には現在別の妻子がいる。
「……私達は同じ夢を追った友人だったわ。専門分野こそ工学と教育、違うけれど、互いに
高め合うことのできる最高のライバルでもあった」
「そして、やがてその友情は愛情に変わった」
「ええ」
 やがて香月当人が語り出す。それは在りし日の、彼女と小松健臣の記憶だった。
「出会った時から、私達の描いていた理想は同じだったわ。人々を幸せにする──専門が違
うのなら、ハードとソフト、それぞれの方向から夢を叶えようって。私達は何度も会っては
語り明かしたわ。それぞれの技術と知識を共有した。……そう言えば美しいけれど、結局は
肉体関係に行き着いた訳だから、あまり他人に誇れるものじゃないのかもしれない」
「……」
 ある意味必然の、惹かれ合った末の形だった。
 だがある時状況は変わる。香月の妊娠が発覚したのだ。更にそこへ健臣に縁談が舞い込ん
でくる。事実上の政略結婚だった。彼は彼女に結婚しようと申し込んだ。機先を制する為だ
った。しかし香月はこれを断ったのである。
「皆人君もよく知ってると思うけど、私って研究以外は結構ずぼらなのよ。ましてや政治家
の妻なんて柄じゃないわ。私も、彼も、一時の夢だったのよ」
 そんな立場を務めきれないという判断。大物政治家の家に生まれながら、教育者を志し、
しかし父の名声と周囲がそんな夢を許さなかった。
 香月曰く、その後二人は別々の道を歩むことになる。自身は生まれた赤ん坊──睦月を育
てながら技術者として歩み始め、彼は数年の教員生活の末に現役を退いた父の後継者として
政界に進出する。志は消えない。思い描いていた形ではなくなっても、文教という畑に拘っ
たのはその為だろうと香月は言う。
「最初、出馬した時は驚いたけどね……。でも彼の眼は、あの頃と変わっていなかった。演
説でも教育に力を入れることを何度も訴えていたし、ああ、彼なら大丈夫だって思った。だ
から私は、私のできることを精一杯やろうって思ったの」
「……」
 重苦しかった表情に、少しだけ解放感が宿った。今まで誰にも打ち明けられなかった父親
の正体を、自分の口から吐き出す事が出来たからだろうか。
 しかし彼女は自嘲(わら)っている。後ろめたさの類があった。
 最善ではなかったのかもしれない。もっと方法はあったのかもしれない。だがあの時は、
この判断が精一杯だった……。
「事情は分かりました。俺の胸に留めておく事にします。でも」
 だから皆人は暫く黙ってこれを聞いてから、その意思を尊重した。しかしふいっと上げた
生真面目な表情には、強く圧縮されたとある感情が宿る。
「これだけは覚えておいて欲しい。そうして貴女達が取った選択──片親だということが、
あいつの修羅のような一面の遠因になっているかもしれないということを」
「っ……」
 静かに告げた。香月はぐらっと瞳を揺らしこそすれど、何も言わなかった。
 皆人の脳裏には再生されていた。時に“守る”ことに命を張り、この戦いに自らの存在理
由を見出そうとするかのような秘めた激情を。
 何も言えなかった。
 香月はそんな息子の親友(とも)の言葉に、反論の言葉すら持ち得ない。

「──どう? 小松大臣の居場所、分かりそう?」
 学園での水際作戦から、早三日が経とうとしていた。睦月は学園の屋上でぶらぶらと夏の
日差しとそれを和らげてくれる生温い風に当たりながら、カタカタとノートPCを叩く仁の
方を見遣っていた。
 狙撃犯のアウターをこの街全部から見つけるのは困難だ。だが、少なくともその狙いが健
臣であるのなら、彼の居場所さえ分かれば後は自ずとエンカウントを待てる。
「ああ。見つけたぜ」
 そしてややあって、仁がキーボードを叩く手を止め、顔を上げた。にたりと得意げな表情
をし、くるりと手元の画面をこちらに向けてきた。SNSなどの無数の目撃情報から、今回
の目印となる人物の足取りを洗い出す。
「三条の話からすりゃあ当然だったんだけどな……。玄武台高校(ブダイ)だ」

 瀬古勇とタウロス・アウターによって崩壊した玄武台高校は、現在急ピッチで仮設のプレ
ハブ校舎の建設が進められていた。
「な、何だって!? そそ、それは本当か!?」
 同校長・磯崎は、突然訪れたその客の名を聞いて戦慄した。……いや、その表現は今はも
う正しくないだろう。元校長。先日彼は世間の追求を逃れる為に依願退職という最後の手段
を選ばざるを得ず、この日は偶々プレハブ内に移し、残されていた自身の荷物を引き上げる
ため内密に学校を訪れていたに過ぎないのだ。
 どうして、自分がこんな目に遭わないといけないのか?
 一連の事件は全部、あのキチガイのやった事だろう……?
「は、はい。もう裏門まで来ています」
「裏……。くっ! 逃がさない気か! 正面から出たらマスコミに嗅ぎ付けられる……!」
 先日まで部下だった職員からそう報告を受け、磯崎は慌てた。荷物をどうこうなど言って
いる場合じゃない。こんな事なら全部捨て置いて隠れることに徹すればよかった。
 しかし何故だ? 彼らは自分の動きを把握しているというのか……?
「失礼する。ここに磯崎康太郎殿はおられるか」
 ひっ──!? しかし先方は待ってくれない。やがてプレハブ内の廊下を進む足音が幾つ
も聞こえ、磯崎のいる部屋に入って来た。
 小松健臣。現政権の文教大臣である。かの“鬼の小松”の息子という肩書きもさる事なが
ら、教育行政に熱心な好漢であることは広く知られており、磯崎にとってはまさに雲の上の
天敵と言っていい人物だった。
「こ、これは大臣。ず、随分と急なお出ましで……。事前に仰ってくださればもっときちん
とした歓待も致しましたのに……」
「そのような雑事は必要ありません。私が今日やって来た理由、お解りですね?」
 うっ……。何とか凌ごうとへつらった言葉にもまるで反応せず、健臣は言った。磯崎や場
に居合わせた元部下達らはめいめいに脂汗を掻き、このまだずっと若い筈の相手の眼から逃
れることができない。
(ぐぬぬ……七光りの若造が偉そうに……! こんな、こんな筈では……!)
 見据えられる真っ直ぐな眼光に身動きが取れない。ぼたぼたと、額や顎から汗が滴るのが
分かった。磯崎達は、只々その場で彼からの糾弾を受けるしかなかったのである。
(……やれやれ。大臣も容赦ない人だ)
 彼らの突入した廊下。そのすぐ後ろから一行をじっと見守っている一団があった。
 仕立てられた高いスーツに身を包んだ数人の官僚達──そこには海沙の兄・海之の姿も含
まれていた。今回東京から帰省したのは他でもない。飛鳥崎出身者の一人としてこの街を訪
れる健臣を案内、世話する為である。
 だが、前々からの評判のように、この小松健臣という男は一見優男に見えながら、その実
非常に熱いパッションを持ってこの仕事に臨んでいる。“鬼の小松”の子というのは、また
違う意味ではあるが、伊達ではない。
 だがその一方、海之は内心個人的に、この人物をあまり良い風には思っていなかった。
 その理由はいち官僚としてのこちらが御し難いタイプ、その一点に尽きる。或いはある種
の個人的な嫉妬なのかもしれない。
 ちらとついて来た警備員らの表情(かお)を見る。各々が何を考えているか、詳しいこと
までは分かる筈もないが、大よそ自分達の抱いている感慨は一つだろう。
 ──この人は、真っ直ぐ過ぎる。
 首相からオーケーを貰って来たとはいえ、接待も受けねば事前の磨り合わせもせず、ただ
真正面から件の人物と相対する。現役の大臣だからこそ相手が恐縮しているだけだ。
 且つ、現地入りした翌日にはもう此処へ向かうと言い出した。こちらがどれだけあんたの
身の安全に心を砕いていることか。にも拘わらず、ダミーで先に玄武台(こちら)へ走らせ
た車列ではなく、隠れ迂回した当人らの車列がピンポイントで何者かに狙われた。
 ……どういう事だ? 誰かしらの政敵、反対勢力の差し金か。
 だが海之はそれ以上の詮索をすることは止めた。少なくとも自分が突っ込めば突っ込むほ
ど、跳ね返ってくる責任はとんでもない大きさになる。自分達はあくまで案内役で、警備の
責任者ではないのだから。そういう難しい話はセンセイ方の側近達に任せておけばいい。
「ともかく座りましょう。じきに終わります。……今回の一連の流れ、どう釈明するお心算
か? 生徒の自殺を隠蔽しただけでなく、その兄の復讐にすら真摯に向き合わず保身に走る
とは……。それでも貴方は教育者ですか?」
 もし怪我でもしたら一大事だ。なのに健臣本人は急ごしらえのゴムソファに自分と磯崎を
掛けさせ、早速説教に入っていた。磯崎はぶるぶると震えている。彼の怒りは尤もだが、お
そらく対する当人は今まさに、自身のプライドの高さと戦っているのだろう。
「そ、それは申し訳なく……。ですが、あのような凶行に走ったのは瀬古勇です! 貴方は
彼奴の罪を正当化しようとお思いか!」
「そのような考えは一切ない。彼には一日でも早く出頭し、罪を償って貰いたいと考えてい
ます。もし我々政府、大人が今回の事件を許せば、第二第三の模倣犯が生まれるでしょう。
ですがそれと、貴方の重ねてきた判断ミスは別物の筈だ。隠蔽に次ぐ隠蔽、彼に伝えてしま
った誤ったメッセージ。貴方がたがもっと早い段階で遺族に謝罪し、過失を認めていれば、
兄・勇君もあのような狂気に囚われる事はなかったのではないですか?」
 お……? 遂に逆ギレしたか。
 後ろ手に閉めた扉の前で、海之達はこの一部始終を見守っていた。うっ……! 理路整然
と反論、論破する健臣の言葉に、磯崎はぐうの音も出ない。かつていち教育者だった自身の
思いと大臣としての職責、その両方を彼は言われずともとうに弁えている。
「……子供が、周りの人間の命が失われているのですよ。貴方はその全てを見ていて、何も
感じなかったのか!」
 バンッ!! しかし内に秘めた“正義感”は彼を押し留めるには足らず、次の瞬間には目
の前の机を叩いて一喝を放っていた。
 ビクッと、磯崎達がその気迫に竦み上がっている。先生。それまで隣にいた茶スーツの秘
書が健臣に呼び掛け、彼の熱量を必要最低限の所作で冷ます。
 たっぷりと数秒、健臣は黙っていた。じっと頭を抱えて震える磯崎を見つめ、この男がど
んな人物なのかを奥深くまで自らの眼で確かめているかのようだった。やがて彼は取り巻き
達と立ち上がり、そっと乱れた胸元を正すと踵を返した。背中を向けたまま、スッと静かに
磯崎達に向かって言い放つ。
「……とにかく、政府としても今回の事件は重く受け止めています。近々専門家による検証
会議が発足します。貴方も、免許剥奪を含めて市教局から然るべき処罰を受けてください」
 剥奪──。小さくとても小さく呟いたそのフレーズに絶望し切ったような顔になり、磯崎
はその場から動けなかった。がっくりと項垂れ、依願退職だけでは逃げ切れないのだと暗に
悟らされた彼をちらと肩越しに一瞥してから、健臣は部下達を連れて部屋を後にする。

「仮設校舎は、あとどれくらいで完成する?」
「はい。今月末には全クラス分が使用可能になると聞いております」
「そうか……。生徒達には辛い思いをさせてしまうな。メンタルケアに気をつけよう。私か
らも局にカウンセラーの増員を頼んでおくとしよう」
 プレハブ校舎を出て、健臣達は敷地裏手にある小さな駐車スペースに出た。ちょうど体育
館の裏手に広がる空間である。タウロスに破壊された校舎本棟とは別に建っているため、先
の襲撃では損壊を免れた。
 SP達に囲まれ、幾つかブダイの今後についての報告と指示を飛ばす。現場は見た。渦中
の校長とも直に会った。やはりあの男では駄目だ。去り際に投げた言葉からの絶望の顔を見
て確信した。十中八九彼は、先んじて辞職して追求を免れようとしていた。
「先生」
「ああ。戻ろうか」
 秘書の中谷が車のドアを開ける。本音を言えばもっと関係者──できる事なら子供達に直
接話を聞き、力になってやりかったが、今回の来訪自体がかなりの強行軍なのである。先日
のトラブルで滞在スケジュールもかなりキツキツになってしまった。
(大臣と言っても所詮は机上の置物か。やはり俺には──)
 だがその時である。直後クゥゥンと、何処からか空気を引き裂くような音が聞こえた気が
したのだ。……飛んでくる。半ば反射的に振り向き、見上げた空には、猛スピードでこちら
に向かってくる金属の塊が見えた。
 不意にスローモーションになった世界。瞳の中で、その塊──銃弾が回転しながら自分を
狙っているのを目撃する。
 動けなかった。世界が遅くなった、感覚が捉えても、身体がついて来ないのだ。
 撃たれる。そう健臣自身が理解したのはそれから何テンポも遅れてからだった。
 まさか、あの時の……? くそっ! 何てことだ!
 SP達や秘書が同時、波打つように反応し始めている。
 真由子、真弥。香月、睦月。
 せめて、もう一度──。
「だらぁッ!!」
 しかし、次の瞬間だったのだった。スローモーションの世界で健臣が自らの死を連想した
時、脳天を撃ち抜く筈だった銃弾は突如目の前に飛び込んできた何者かによって叩き落され
たのだ。
 えっ……? 健臣が、中谷が目を丸くする。
 そこには立っていたのだった。
「──」
 奇妙な銃から伸びた刃を片手に、薄海色(ライトブルー)のパワードスーツに身を包んだ
誰かが。


(何だ……これは……?)
 目の前の世界が元に戻り、しかし健臣は無事だった。
 呆然としながらも意識の端で理解する。今自分は、この奇妙な鎧の人物に銃弾を叩き落さ
れて助かったのだと。
「──」
 彼を庇うように飛び込んだのは、守護騎士(ヴァンガード)に身を包んだ睦月だ。しかし
その姿は普段の白亜のパワードスーツとは違う。海を思わせる、ライトブルーを基調とした
形態だ。
 リプル・ジ・オルカ。音波を放ち、感応能力を高めるこのコンシェルは、特に睦月の聴覚
を常人を遥かに超えるレベルにまで強化した。健臣が玄武台高校(ブダイ)にやって来る事
は仁が調べて判明した以上、後は彼を狙う刺客が攻撃を放ってくるその瞬間を待てばいい。
 驚く健臣達を肩越しに一瞥したその直後、睦月はザッと空の一方向を仰いだ。今し方銃弾
が飛んで来た方向である。
「総員、検索!」
 それを合図に、司令室(コンソール)に控えていた皆人が指示を飛ばす。職員達は一斉に
制御卓を叩き、睦月が感知した方角の監視カメラ達を呼び出した。
「見つけました! 南南西に二・七キロ!」
「アパートの屋根の上です!」
 モニター群の一つに映ったのは、狙撃が失敗したと分かり慌ててその場を逃げ去ってゆく
ガンマン風の怪人だった。インカム越しに聞こえてくるその情報を聞き、睦月はぐぐっと両
脚に力を込めた。
「ま、待ってくれ! 君は──!」
 健臣が声を掛けようとする。だがそれよりも早く、仮設校舎の上から続いて飛び降りて来
た二体のコンシェル達が彼らを封じに掛かる。
「おっと」
「悪いが、おねんねだぜ?」
 タコを思わせるコンシェルと、羊を思わせるコンシェルだ。仁率いる元電脳研の隊士達が
事前に打ち合わせた通り、これと同期した状態で煙幕と催眠効果の泡を振り撒き、睦月と健
臣達を分断する。
「うわっ! な、何だ!?」
「煙幕? それに」
「何だか……眠く……」
 どうどうっと、健臣達はその場に倒れ込んでいった。睦月がもう一度肩越しに見遣り、元
電脳研隊の面々のサムズアップを受ける。仁が、グレートデュークと同期した状態で近付い
て来ると言った。
「奴さんの位置は分かったか?」
「うん。あっちの方向だよ。逃げ始めてる。追わないと」
 睦月は急ぎこのガンマン風のアウターを追撃しようとした。だがこの距離を徒歩で走るに
は時間が掛かり過ぎる。
「だったら俺に任せとけ。デューク、チャリオットモード!」
 するとどうだろう。仁は叫ぶと、自身が同期するグレートデュークに操作を加えた。白銀
に輝く頑丈な鎧騎士がふわりと飛び上がり、空中で変形し始める。それこそ元々の大きさは
何処にいったのかと言いたくなるほどのパーツが幾つも飛び出──しかし、その姿はものの
数秒で大型の白馬へと変化する。
「これは……」
『ああ、これで謎が解けました。見た目の割に随分質量があるなぁと思ってたら……』
 頭に鋭い角を生やし、前後四本の足に車輪を備えた屈強な騎馬。新たな姿のデュークは甲
高くいななき、驚く睦月とパンドラに促す。
『さあ乗れ! 一気に奴へ追いつくぞ!』

 建物の屋根から屋根へと飛び移り、ガンマン風の怪人──ガンズ・アウターは酷く焦りな
がら逃げていた。
 テンガロンハットに隠れた顔の半分は、機械仕掛けの鉄仮面とスコープ。革ジャケットを
羽織る身体には一繋ぎにされた弾薬が巻かれているが、何より目を引くのはその左手と一体
化した巨大なライフルだろう。
 彼は焦っていた。まさか二度も自分が失敗するなど信じられなかった。
 原因ははっきりしている。邪魔が入ったのだ。守護騎士(ヴァンガード)。まさかこの俺
の撃った弾を寸前で叩き落してくるとは。
「ちっ……俺も運が悪い。よりもよって次の依頼(しごと)が向こうからやって来るとは」
 吐き捨てる。しかし狙撃にアクシデントは付き物だ。天候や警戒する周囲の状況など、撃
つのに万全の態勢が整わない場合は次の機会を待つことだってある。
(とにかく、ここは一度退こう。弾丸を叩き落しただけじゃない。さっき奴は間違いなく俺
のいる方向を見た。……バレている。奴の能力の一つか?)
 故にそんな思案は、彼の意図せぬ所で油断となった。仮にこちらの位置を感知していたと
しても、この距離を追いつけはしない。
 ……そう。空でも飛ばない限りは。
「おぉぉぉぉッ!!」
『待てゴラァ! 逃がさねぇぞ!』
「っ!? ……!?」
 なのに追って来ていた。守護騎士(ヴァンガード)が鉄の白馬に跨り、猛然とビルとビル
の合間を駆け抜けて追って来る。
 ガンズは跳びながら振り向き、我が目を疑っていた。
 いつの間にあんな乗り物を……? 睦月を乗せたチャリオットデュークは道路を駆け、左
右にそびえ立つ建物の壁を蹴り、猛スピードでこちらの後を追って来ている。
「くっ! 聞いてないぞ……!」
 そこからが始まりだった。ガンズはビルとビルの間を跳びながら、しかし空中で半身を返
し、左腕の銃口を二人に向けたのである。
 風を切り鋭い弾丸が飛んだ。二人を撃ち落そうと試みる。だがオルカを換装(トレース)
している今の睦月にはこの弾道は音となって“視えて”いる。スラッシュモードの刃を振り
抜き、一発また一発とこれを叩き切っていく。仁もまた、チャリオットデュークの角で弾丸
を払い落とし、殆どスピードを緩めることなくガンズへと喰らい付く。
「くぅぅ……っ! 落ちろ、落ちろォ!!」
 まさに銃撃戦だった。逃げるガンズからの激しい銃撃が襲い掛かり、しかし睦月と仁も食
らう訳にはいかず、撃ち落し回避し、駆け抜ける。
『ARMS』
『EDGE THE LIZARD』
 睦月も武装を呼び出した。左手にリザード・コンシェルの曲刀を握り、EXリアナイザの
武装形態もスラッシュからシュート、剣撃から射撃に切り替える。
 飛んでくる弾丸を仁と共に叩き斬り、且つこちらからも反撃を放った。市街に流れ弾が当
たるのではないかとの思考も頭を過ぎったが、どのみち相手がこちらに撃ってくる時点で彼
らにとっては同じことだ。ぐんぐんチャリオットは加速する。街の人々も、一瞬で駆け抜け
てゆく二人の姿を、はっきりと認識する前に見失う。
『チッ、中々しぶといな。もうちょっとで追いつきそうなんだが……』
『マスター。このままじゃあ埒が明きません。弾丸の破片も、どんどん街に落ちちゃってま
すし……』
「そうだね……。大江君、もう少し奴と距離を詰めて。奴に組み付く!」
 おうよ! チャリオットの車輪がより一層火花を散らしながら回り、ガンズとの距離が少
しずつ少しずつ狭まっていった。鞍の上に立ち、EXリアナイザを操作してまた新たな武装
を召喚する。
『ARMS』
『BUOYANCY THE FROG』
 紫色の光球が銃口から飛び出し、睦月の両脚を包んだ。
 現れたのは縮れた外皮に覆われた具足。ぐぐっと睦月が力を込めると、次の瞬間この具足
の外皮が急速に空気を取り込んで膨れ始める。
「せいっ!」
 跳んだ。具足に空気を蓄え、その弾力で大きく跳躍したのだ。
 なっ──!? 振り返ったガンズが思わず驚いてこれを見上げる。ぬうぅぅぅッ!! 跳
んだその勢いのまま、睦月は蹴りを放つ格好でガンズの頭上から襲い掛かった。
「チィッ!」
 だが反応はガンズの方が少しだけ速かった。左腕の銃口を向けると、これを撃ち落すべく
右手を添える。
「やばっ!?」
 故に咄嗟に、睦月はもう一度具足に空気を溜めた。ボンッと大きく外皮は膨れ、まるで彼
自身を覆い隠すように巨大なクッションとなってガンズの眼前に降り迫る。
「だっ、はッ……!」
 ギリギリの判断だった。ガンズの左腕から放たれた銃弾は具足のクッションにぶち当たっ
てこれを破き、しかし睦月本体を貫くまではできず相殺された。ぐべっ!? 浮力を奪われ
た睦月はそのままガンズもろとも落下し、とあるビルの屋上へと転がり込む。
「ぬう……。無茶苦茶だな、お前。だが守護騎士(ヴァンガード)である以上、何より俺の
依頼(しごと)を邪魔した以上、もう生きては帰さん!」
 慌てて起き上がり、二人は相対した。向けた銃口と構えた曲刀・EXリアナイザ。じりっ
と拮抗があったが、それはほんの数拍の事だった。
「だわっ!?」
 放たれる。ガンズの左腕から強力なライフル弾が放たれる。
 睦月は必死に避けた。場の物陰を利用し、しかしすぐに弾丸ごと破壊されて転がり出る。
いくらオルカの超聴力があろうと、こんな近距離からの銃撃を叩き落すのは困難だ。
(……あの左手がやばい。奴にとっても最大の武器だろう。何とか、封じなきゃ……)
 睦月は逃げる。それを追って次々に左腕の弾丸がその通り道を破壊する。
 徐々に追い遣られていた。削られていく物陰から反撃に転じようにも、今度は右手の指散
弾を撃ち込まれて近付けない。
「っ! しまっ──」
 そして何度かそんな攻防を繰り返し、遂に睦月はガンズにその照準を合わされてしまう。
「……流石に強力だな。俺の盾でも数発が限度って所か」
 だがこの一発を防いでくれる者がいた。仁である。二人に追いつき、元のデュークの姿に
戻った上でその堅固な盾を掲げるとガンズの弾丸をから守ってくれたのだ。ヒットした箇所
が大きく凹んでいるのがその威力の程を物語る。
「……チッ」
「大丈夫か? こいつ、かなり効くぜ。まともに食らったら風穴が空くな」
「うん。でもありがとう。これで時間が稼げた」
『ARMS』
『STICKY THE SPIDER』
 ガンズが心なし目を見開く。睦月はこの間を縫って更に武装を呼び出していたのだ。
 橙色の光球がEXリアナイザの銃口へ。取り付けられたのはロングバレル。
 何だ? そう警戒した時にはもう遅かった。直後このバレルから放たれた粘着弾は的確に
ガンズの左腕を狙い、その銃口をねばねばで使い物に出来なくしたのだ。
「しまっ──」
「いくよ、大江君!」
「おう! 決めるぜ!」
 基本武装をナックルに換え、スパイダーの武装が消える。腰のホルダーにEXリアナイザ
をセットし、エネルギーを溜め込む。仁も盾と突撃槍(ランス)を構え、片足を引きながら
ぐぐっと全身に力を込めた。溢れるエネルギーが金色の光となって彼を包む。
「どっ……せいやァァァッ!!」
「うおぉぉぉーッ!!」
 突き出した拳から先ず捕縛のエネルギー網が出、ガンズを捕えた。睦月が跳び上がり、叫
びながら全エネルギーを込めた蹴りを放つ。仁も最大出力になった瞬間、輝く渾身の突撃で
もってこれに呼応する。
「ガァッ!?」
 睦月が蹴り飛ばし、仁が刺し貫いた。大きくへの字に折れ曲がったガンズの身体は、その
まま風穴を開けられながら二つになり、全身にひび割れを起こす。
「こ、こんな……筈では……」
 爆発四散した。二人の必殺の一撃が決まり、アウターは粉微塵に消し飛んだのだ。
 残心する。着地する。これでもう健臣を狙う刺客はいなくなるだろう。
 二人はふっと、電子の塵に還ってゆくガンズを見上げた。そしてどちらからでもなくお互
いを見遣り、ポンと軽く掌を叩き合うのだった。


 かくして人知れぬ内に電撃訪問は終わり、数日が経った。
 人々は今、テレビやネット上の配信に集っている。一連のブダイの事件を受け、小松大臣
による記者会見が行われているからだ。
「──この度は悲惨な事件が起こってしまい、痛恨の極みとしか言い様がありません。政府
としても、一人の大人としても、未来を担う少年の命を守れなかった事は二度と取り返しの
つかない失敗だったと感じています」
 黒のスーツとネクタイに身を包み、凜とそれでも気丈に振る舞う健臣。口元は悔しさで強
く結ばれ、その無念は電波を通じて人々の目に焼き付いていた。
「先日私は現地へ赴き、損壊した校舎と渦中の関係者達との面会を持ちました。……今回の
事件は、政府としても重く受け止めています。後日総理からもお話があるかと存じますが、
なるべく早い段階で有識者による会議が発足する予定です。何故このような悲劇が起こって
しまったのか? その徹底調査と、子供達の心のケアに我々は全力を尽くす所存です」
 言って、深々と頭を下げる。記者達のカメラがまるで無遠慮に、あちこちで光る。
 事実上の、政府要人からの謝罪だった。渦中の磯崎が表に出てこない以上、先ず自分が監
督官庁の長として率先すべきだと考えたのだろう。
 会場はざわめいていた。中継を見る人々も息を呑んでいる。だがそれは醜態ではなく、誠
意だ。良くも悪くも小松健臣という人間の人となりが、人々の心証を和らげたのであろう。
 ゆっくりと頭を上げる。
 そしてその表情(かお)には、厳しい気色が宿っていた。
「……瀬古君。この会見を見ているかい? 今更謝っても遅いかもしれないが、君の弟の無
念は必ず活かしてみせる。もう二度とこんな悲劇が起きないよう、私達大人は力を尽くすと
約束しよう。……君には一日も早く出頭して欲しい。そして罪を償って欲しい。お願いだ。
もうこれ以上、哀しみを連鎖させないで欲しい」
 故に、ざわめきは一層強くなった。周りに控えていた役人達も厳しい表情(かお)をして
いる。現役の閣僚が、いち少年に直接呼び掛けたのだ。これだけでも異例である。下手をす
れば復讐という手段が“有効性”を持つことを証明する行為になってしまう。
 だがそれでも、彼は伝えるべきだと思った。安易な奇麗事・説得は最小限に留め、尚且つ
無罪放免ではないのだと表明すること。記者達がカメラのシャッターを切っていた。メモを
走らせていた。良くも悪くも、小松健臣という人間は実直なのだ──。

 深夜の司令室(コンソール)。対策チーム研究班に宛がわれた大部屋に、香月は一人居残
って仕事を続けていた。
 そんな時だ。ふとデバイスに着信が入ったのは。
 何の気なしに懐から取り出し、画面に表示された名前に静かに目を見開く。
 小松健臣。かつて切磋琢磨し合い、愛し合った人。
「……もしもし」
『もしもし。久しぶり、だね』
 はたして電話の向こうは健臣本人だった。掛かってきた事にも驚いたが、まさかチームの
事を嗅ぎ付けられたのではないかとも警戒したのだ。
「ええ……凄く。どうしたの? 貴方がそっちから掛けてくるなんて珍しいじゃない」
『ああ。ちょっと話がしたくてね。夕方の会見、見たかい?』
「勿論よ。来ていたのね、飛鳥崎に」
『ああ。君にはすまないと思っている』
 それは昔の男がこっそり自分のすぐ近くまでやって来ていたこと、不快への謝罪か。
 可笑しな人。香月は苦笑(わら)った。そんな事で嫌だと思う訳ないじゃない。
『……睦月に会ったよ。君の名前が出てきて、まさかと思った』
 故に次の瞬間、香月は瞳をぐらつかせる。十中八九、武宝川の堤防でのことだろう。心臓
が跳ね上がる心地がした。それでも、今の自分達が悟られないように香月は平静を装う。
「そう……。あの子、貴方に気付いてた?」
『いや。今の俺すらパッと思い出せてなかったみたいだ。父親だなんてのは、もっとね』
 電話の向こうで彼も苦笑(わら)っている。それは自分達が自ら選択して隠してきたこと
ではあったが、彼は正直心苦しそうだった。
『元気に育ってるようで良かった。流石は君の子だ。サボリは感心しないけれど』
 ふふ。健臣が笑う。その言葉に嘘はない。香月もつい苦笑を零していた。貴方の子でもあ
るのよ? 思っていても、中々言葉にはできなくて。
『……それにしても、随分と突拍子もないことをやらせているようじゃないか。お陰様で命
拾いしたけども』
 だから次の瞬間、更にスムーズに発されたその台詞に、香月の全身は凍り付いた。
 もしかしなくても守護騎士(ヴァンガード)。まさか、バレた……?
「健臣」
『ああ、心配しなくてもいい。君の仕業なんだろう? なら俺は、君の判断を信じる。助け
られた恩もあるしね』
 なのに当の健臣は、内心焦る香月を見透かしたように、口外する事はないと言った。二度
も凶弾から救われたという実益もさる事ながら、実の息子を──愛した人を白日の下に晒す
ような真似はしたくないのだと。
『……ありがとう』
 直截的な言及はなかった。だが分かっていて、敢えて二人は言わなかったのだ。
 健臣がそっと瞳を閉じている。思い返すのは二度目の狙撃。自らを守ったライトブルーの
鎧の人物の姿が、突如として煙幕によって遮られ、更に猛烈な睡魔に襲われた時のこと。

『奴さんの位置は分かったか?』
『うん。あっちの方向だよ。逃げ始めてる。追わないと』

 薄れゆく意識の中、確かに聞いた。もう一人は誰か分からない──状況からして煙幕や泡
を撒き散らした者の一人と思われるが、聞こえてきた声は確かに、先日あの堤防道で出会っ
た我が子のものだった。
 気付かれてしまっていたようだ。だが互いに大切な人同士だったことが幸いした。彼はこ
のことを明かしはしないし、香月も多くを語る心算はない。何よりも明るみになれば、自分
達の立場が危うくなることくらいはよくよく知っていたのだから。
 暫くの間、二人は黙っていた。通話の繋がりだけが今夜、彼らを辛うじて結んでいる。
 言葉が出なかった。連絡を取った所で、一体何を話せばいいのか……。
『なあ、香月』
「何?」
『その。やっぱり、一緒に……』
 そして、ややあって健臣が言いかけた。だが言葉は途中で止まり、言い切ることが出来ず
に紡がれずに終わる。香月はじっと黙っていた。分かってる。でも今更そんなこと、できる
訳ないじゃない……。
 すまない。小さく彼は言った。ううん。香月も小さく呟き、首を横に振る。
『用はそれだけだ。それだけでも、そっちに出向く意味はあった。ありがとう』
「変な言い方ね。偶然──そう、偶然よ。貴方は貴方の仕事に集中しなきゃ』
 ……そうだな。健臣は少し間を置き、だが微かに苦笑いを零しながら言った。
 じゃあ、これで。電話の声が不意に遠くになった。デバイスを耳元から離したのだ。
 ええ、元気で。香月もそう彼に応える。互いに離したデバイスは、やがてどちらからとも
なく通話の終了ボタンに触れられていた。
「……」
 しんと、また部屋の中が一人っきりになる。香月は暫く沈黙したデバイスの画面を見つめ
てから、白衣の内ポケットにしまいつつ、壁際の換気口へと近付いて天を仰いだ。
 此処は地下だ。空は見えない。だが今飛鳥崎の街は、深い夜闇と月の光がゆっくりと降り
注いでいるだろう。
 気持ち俯き、細い吐息をついた。シングルマザーの天才技術者は、何処か嬉しそうな横顔
を浮かべて佇んでいる。

 月が綺麗だった。
 飛鳥崎に、この国に、幾度目とも知らぬ穏やかな夜が横たわっていた。
                                  -Episode END-

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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