日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔76〕

 日は昼の白ばみから移ろい、茜の傾きへと下り始めていた。
 終わりが始まっている。しかし今目の前にある現実は、その前にもう一波二波と災いを連
れて来る。
 散光の村(ランミュース)。ルフグラン号から急ぎ転移してきたリカルドは、ややあって
同じく村へ踏み入ってきたミュゼ隊の面々と対峙していた。ひっ……!? 武装した両者、
張り詰めてゆく緊張に怯え、運悪く場に居合わせた村人達が蜘蛛の子を散らすように逃げて
いく。
「……此処に戻って来たという事は、我々の目的に気付いたという理解でいいのですね?」
 そんな彼らを、ミュゼは一瞥もくれずに言った。リカルドは答えない。じっと睨み返しな
がら、ゆっくりゆっくりと腰の銃を抜き放つ機を窺っている。
「本当に裏切るのですね。まぁ正直、私は貴方のような人間が神官騎士になるべきではない
と思っていましたが……」
 そう言って小さく息を吐く。そうかよ、余計なお世話だ。
 もう両者が交わることはない。リカルドの動きにも目敏く反応し、ミュゼはサッと手で合
図を送って周りの部下達の武器を抜かせた。遠巻きに隠れてセディナ夫妻始め村人達がこの
一部始終を恐る恐るといった様子で見ている。
「ああ。このゴタゴタが片付いたら正式に騎士団を抜ける。俺はセディナさん達を──ただ
平穏無事に暮らしたいと願っただけの市民(ひと)を人質に取ろうなんて卑劣なことをする
ような連中とは一緒にならねえ」
「……貴方達が悪いのですよ。聖女様を誑かして自分のものにして……」
「ざけんな! レナちゃんは物じゃねえッ!!」
 あくまで淡々と目の前の障害に当たるミュゼに対し、リカルドは怒号と共に吼えた。物陰
の村人達が震え、当のセディナ夫妻がぐらりとその見開いた瞳を揺らがせる。
 リカルドは沸々と怒っていた。身内が組織に囚われんとするからだけではない。
 あくまで彼女らが、教団が“アドバンテージ”に拘り続けるからだ。組織の生き残りの為
に暗躍するからだ。
 一体いつまで手前らは連帯しない気だ? 人を道具にする気なんだ……?
「……退きなさい、と言っても無駄なのでしょうね」
 淡々とミュゼは言った。「はあ」とわざとらしき嘆息をつき、リカルドを見る。その眼は
分厚く冷たく、さも大局を理解せど己の感情を優先して動く彼を侮蔑するかのように。
「総員、彼を捕らえなさい。……生死は問いません」
 そして部下の神官兵らが動き出した。半分は剣を、半分は長銃を。リカルドに向かって突
撃し、或いは横列のまま一斉射撃を繰り出す。
 あわわわ……! 村人達やセディナ夫妻は目を丸くし、身を強張らせた。彼が殺されてし
まうと直感的に思った。
(調刻霊装(アクセリオ)──二重速(トワイスクロック)!)
 だが、次の瞬間皆の目に映ったのはまるで逆の光景だった。
 背中に彫った呪文(ルーン)刺青。自らの身体を器にして発動した魔導は、彼の速度を容
易にこの兵達のそれよりも遥かに追い越させた。
 セピアになる世界、スローモーションで襲い掛かってくる彼ら。
 リカルドはそれを駆け抜けながら一人一人に肘鉄を打ち、握られた剣を叩き飛ばしながら
迫った。緩慢に進んでくる銃弾の群れもナイフで軽く弾いてあさっての方向に向け、切っ先
を銃身に突き立てて破壊する。或いはその兵自身を顔面ごと地面に叩き伏せ、排除する。
 腰から銃を抜いた。銃兵の列を抜け、更に目指すはミュゼだ。
 スローモーション。しかしこの辺りで時間切れのようだ。彼女は緩慢ながらも少しずつこ
ちらが何をしてきたのかを悟りつつあり、ゆっくりゆっくりと身を逸らし、後ろに下がりな
がらリカルドの銃口から逃れようとする。
「──っ!」
「ちっ……」
 調刻霊装(アクセリオ)が切れた。周囲の時は再び本来の速さに戻り、色彩が回復する。
殆どの人間には一体何が起きたか分からなかっただろう。襲い掛かった筈の神官兵らは気付
いた時には殴り飛ばされ、痩せた地面に転がる。或いは手に痛みを感じ、剣があらぬ方向へ
と飛んでいる。後方の銃兵達も同じで、中には地面に叩き付けられる格好でもろに衝撃を受
け、吐血している者もいた。
「な、何だ?」
「今、一瞬で何人もやられたぞ……??」
 遠く物陰に潜む村人達のざわめき。だが構う余裕など無い。本命はやり損ねた。ミュゼは
大きく後ろに跳び、間合いを取り直していた。リカルドも向けた銃口を程なくして手早く外
し、側方に逃れたこの彼女を見ている。
「……なるほど。これが調刻霊装(アクセリオ)ですか。刻魔導の使い手であるというのは
聞いていましたが……」
 再び向き合う。部下の神官兵らは多くがダウンした状態だ。だがミュゼはそれに構う素振
りもない。被害が出ることは最初から想定の範囲内だったらしい。
(流石に一発じゃ仕留めらんないか……。どうしたもんかね)
 そしてリカルドも、また内心で思案していた。兄との私闘の事もある。多少の加速でも反
応されることは予想内だった。やはり隊長格ともなればその辺の雑魚とは違う。
(“楯無”のミュゼ、だったか。総隊長のお気に入り……。他の隊長達とは任務で一緒にや
ったことはあるが、こいつばかりは初めてなんだよな)
 つまり、手の内が分からない。寧ろ先に調刻霊装(アクセリオ)を見せた事で、相手側に
先ずアドバンテージが出来た可能性だってある。尤もあの口振りだと元からある程度知って
はいたようだが。
 さて……。手に下げた銃を握り締め、じっと様子を窺う。数歩ミュゼが歩み出し、そっと
指に嵌めた小さな指輪に唇を近づけた。ぶつぶつと詠唱のような小声が聞こえ、次の瞬間に
はその両手に二本の短槍──魔導具の双槍が現れた。
「仕方ありませんね。私が直々に、罰を与えましょう(おあいてしましょう)」
 ヒュンとそれぞれの手の中で回された短槍。ギチリと握られて彼女は構える。
「……」
 スチャリ。右手には握った銃をゆっくりと顔の傍へと持ち上げ、左手は半身を返した後ろ
腰に忍ばせたナイフへと。
 寂れた村に吹く乾いた風。物陰の村人達や、セディナ夫妻が息を呑む。

 決戦(たたかい)が、始まろうとしていた。


 Tale-76.或る兄弟の嘆歌(ラメント)

「……やあ。暫くぶり」
 時を前後して、エルマ=ニシュ大聖堂。
 偵察に向かった仲間達が中々戻って来ないことに不安を覚え、シフォン達は意を決して堂
内へと突入を試みた。
 そしてそこに居たのは、傷付き倒された件の仲間達と、神官騎士ヴェスタ率いる一隊だっ
たのである。
 憎々しいほど端正な所作で哂い、一行を迎えてくるヴェスタ。
 入って来た正面の大扉を除き、シフォン達はずらりとほぼ全方位から銃口を向けられてし
まっていたのだった。
「ベーレ、ボーンズ、スコッター!」
「くそっ! 待ち伏せ、されていたのか……?」
 痛めつけられた同胞らの姿を見て、隊士達は叫んでいた。
 しかし今下手に動けば一斉に壊滅させられるのは明らかだった。かといってこのまま大人
しく捕まってやる義理もない。
 ……ならば、頭を取る。シフォンが背中の矢に手を伸ばそうとし、クレアがピンを、オズ
が腕の銃口を開こうと身構えようとした。
「おっと」
 だがそれよりも一歩早く、ヴェスタは動いていた。オーラを練りつつ軽く跳び、シフォン
達との距離を詰めながら真正面へ着地する。
 《影》だ。シフォン達から長く伸びていた影を、彼は踏んだのだ。矢を番えた格好で、腰
のポシェットからピンを出して構える直前で、手甲の砲門が開いた所で、それぞれの動きが
ピタリと止まる。残る隊士達もまた同様だった。
「くっ……」
「ふふ。もう同じ手は通じないよ。その辺りも対策済みだ。こちらのホームでやり合おうと
したのが運の尽きだったな」
 言って軽く払うヴェスタの手の向こうには、祭壇が埋まった壁一面に点けられた幾つもの
燭台があった。先の老司祭や若い神官が数人、そこを守るようにして身を強張らせている。
どうやら他の観光客など外部の人間は既に追い出してあるようだ。
 捕えろ! ほくそ笑むも数拍、ヴェスタは部下達に指示を飛ばす。銃口を向け、サーベル
の切っ先をゆっくり床に向けて円を描き、四方から神官兵達がにじり寄って来る。
「……っ」
 だがその時、僅かな隙が生まれた。この一部始終を見守っていた若い神官の一人が、つい
恐れに負けて立っていた場所から少しズレたのだ。
 そうして一部が遮られた、燭台の灯。それは《影》のクレアへの影響力を弱め、僅かにだ
が彼女がピンを握っていた右手の自由を緩めたのである。
(!? チャンス!)
 これを、若いながらも彼女は見逃さなかった。全身はまだ動かないが、それでも手首のス
ナップを利かせてピンを投げる事はできる。
 判断は一瞬で、均衡が崩れるのも一瞬だった。クレアが投げ付けたピンは迫る神官兵らの
背面へと飛び、大理石と絨毯の床にその先端を突き立てる。
『ッ!?』
「しまっ──」
 それは光の付与術(エンチャント)だった。ピンに巻いた紙、魔法陣があたかもレンズの
ように聖堂内に差し込む光を集め、眩い光を辺り一面に振り撒いたのである。
 神官兵達が、そしてヴェスタが背面を飛んでいったピンに気付き、だがその時にはもう止
める事はできない。シフォン達を縛っていた彼の《影》はその実体を維持できなくなって消
滅し、今度は兵達が発された光に思わず目を眩ませられる。やったぜ、嬢ちゃん! 隊士達
やシフォン、オズもここぞとばかりに脱出し、今度は一網打尽にされぬようにと誰が言うで
もなく聖堂内に散開する。
「戦えない人を置いたのが失敗だったね。もうやられないよ。私の付与術(エンチャント)
で全部吹き飛ばしてあげるんだから!」
「……猪口才な。光源なら幾らでもある。ここに入って来た時から、お前達に逃げ場なんて
無いんだよ!」
 穿て! そして今度は、ヴェスタは自身の影を操って無数の触手とし、一斉にシフォン達
へと襲い掛かってきた。シフォンが寸前で彼女を回収し、かわす。《影》の色装によって操
られた無数の影達は、まるで一本一本が意思を持つ大蛇のようにうねり、大理石と絨毯の床
を抉り始めた。
「あ、あわわわ……。き、騎士様、そんなに暴れられると聖堂が……!」
「隊長に続け! 奴らを仕留めろ!」
 《影》の触手の間を縫いながら、襲い掛かってくる神官兵らと隊士達が切り結ぶ。壁際の
祭壇に逃れていた司祭達は半泣きになりながらヴェスタに請うていたが、もうその懇願──
手加減が通用する状況ではない。シフォンの矢、クレアのピン。ならばとヴェスタに直接攻
撃が飛ぶが、どれも《影》の触手によって弾き返されてしまう。
「ははは! 無駄だ無駄だ! 私の力に押し潰されろ!」
 刃のように鋭く伸びる黒い触手の切っ先達。高笑いするヴェスタのそれに応じ、渾身の一
撃がシフォン達に迫ろうとした。
「──グッ!」
 だが、それを文字通り身を挺して防いだのは、オズだった。シフォンやクレア、隊士達が
驚いて見上げたその頭上では、両腕を交差させて防御したオズの身体を、幾本もの《影》が
刺し貫いている。
「オズちゃん!」「オズ君!」
「……大丈夫、デス。ソレヨリモ今ノ内ニ、ヴェスタヲ」
 にわかに明滅する彼のランプ眼。にも拘わらず攻撃を促す言葉を聞いて、シフォンはぎり
っと歯を食い縛った。当のヴェスタはオズに《影》を止められてもがいている。反撃するな
ら今しかない。
「皆、僕のオーラの中に隠れて!」
 全身にたっぷりとオーラを練り、シフォンは色装の能力を発動した。《虹》の色装。霧状
に拡散したオーラを媒介に、無数の幻影を作り出す。
「うっ? これは……」
「正門広場で見たのと同じ──ぐあッ!?」
「やられた!? おい、気を付けろ! 奇襲だ!」
 一度は見た筈。だがそれでもヴェスタ隊の面々はこれをどう攻略するかまでは身体に覚え
込ませられてはいなかった。次々に現れる、弓を番えたシフォンの群れ。だがその攻撃から
身を守ろうとし、身構えた次の瞬間には霧の中から全く別の攻撃が襲い掛かってくる。
 隊士達だった。彼らはオーラの霧に乗じ、ヴェスタ隊の各個撃破を狙い始めたのである。
 その刃に、銃撃に倒れていくヴェスタ隊。或いはシフォンの幻影からの矢を本物か偽物か
見破れず、その身の内の疑い故に、本当にダメージを受けたのかすらも解らない。
「落ち着け! これは幻術だ、ダミーだ! 裏切り者達の攻撃に集中しろ! 目ではなく見
氣で見るんだ!」
 そしてこの突き崩され始めた形勢に、ヴェスタも部下達を立て直すべく叫んだ。
 オズから《影》の触手を、やや強引に抜く。ぐらりと彼の身体がその場に膝をつかせる。
シフォンの群れが霧の中から現れ、ヴェスタを狙った。しかしどれが本物なのかをじっくり
見定めている暇はない。《影》の触手を、現れたシフォン達へと片っ端からぶつけて打ち砕
いていく。殆どが偽物なのだ。この霧の中に、必ず本物が混じっている筈──。
「……いない?」
 なのに、本物のシフォンの姿は一向に見つからなかった。幻影の彼だけが《影》によって
撃ち抜かれ、霧散する。ヴェスタは深く眉間に皺を寄せ、気配を探った。そして気付いた時
には、彼は祭壇に逃れていた司祭の背後に滑り込んでいたのである。
「っ! 貴様──」
 だが、結論から言えばそれは罠だった。元よりシフォン達も関係の無い者を手に掛けるな
ど選択肢に上ってすらいない。
 クレアだった。ヴェスタが思わずこの“人質”に目を奪われた隙に、彼女は断氣を駆使し
て彼に近づき、その背中のに付与術(エンチャント)のピンを刺したのである。
「しまっ──!」
 二度目どころか三度、四度。光を放つ魔法陣によって展開していた《影》はことごとく拭
い除かれ、ヴェスタはほぼ無防備になった。驚く司祭を余所に、シフォンが跳ぶ。跳びなが
ら番えた矢は魔力(マナ)の矢で、それは急速に膨らみながら輝きを増していく。
「流星巨砲!」
 一撃必殺の技だった。凝縮された矢状の魔力(マナ)は放たれた瞬間解放され、巨大なエ
ネルギーの奔流となってヴェスタを襲う。
「ぬ、おおぉぉォッ!?」
 ヴェスタは咄嗟に剣を抜き、全身のオーラを防御に回し、これを受け止めていた。だが対
する一撃が大き過ぎる事もあり、抑えはできるものの足元はガリガリと急速に抉れながら彼
を押し出してゆく。
「く、くそッ! 私が、この私がぁ! ……ぁ?」
 しかし、結論から言えば相手の本命はこれではなかったのだ。
 反撃の一矢に押され、叫ぶヴェスタ。だが次の瞬間、その視界の端に映ったのは、傷付き
ながらも鋼の豪腕を振りかぶってこちらに迫る、オズの姿で……。
「ぶべらッ?!」
 殴り飛ばされていた。流星巨砲を受けるので精一杯な彼は、真横から打ち込まれたオズの
右ストレートを防ぐ手立てもなく、顔面にその一撃を受けて猛烈な速さで吹っ飛んでいた。
 空気ごと弾かれてぶつかった身体。ヴェスタは聖堂内、反対側の壁面に激しく叩き付けら
れ、巨大な陥没──穴を作って吐血、白目を剥き、そのままぴくりとも動かなくなる。
「た、隊長が、やられた……」
「に、逃げろー!!」
 そして、その一部始終を見ていた彼の部下達は、絶望したように恐れをなし、隊士らとの
鍔迫り合いをも捨て置いて散り散りに逃げ出していった。
 ああ……聖堂が……。ぶち抜かれた壁、辺り一面の惨状に老司祭が青褪めてぶつぶつと呟
いている。仕方ないのだが、正直すまなかったと言わざるを得ない。
「……とりあえず、追い払ったか」
「オズちゃん、大丈夫?」
「ハイ。装甲ハ損傷シマシタガ、駆動部ニ問題ハアリマセン」
 少々罪悪感を感じながらも、シフォン達は集って勝利を労い合った。クレアら仲間達に問
われてオズも茜色のランプ眼を点滅させながら無事だと応じる。
「シフォンさーん! ベーレ達、回収しました!」
「ああ。ありがとう」
「うーん。結局ここに、聖浄器は無かったみたいだね」
「聖女ノ塔デショウカ?」
「どうだろう。イセルナ達と合流しない事には分からないな」
 お騒がせしました──。そうシフォン達は司祭らに会釈をして頭を下げ、踵を返した。
 また援軍が来るかもしれない。色んな意味で、長居は無用だ。
 聖堂を後にし、一行は別れた他の仲間達と合流することにする。

『──そうか。そっちも大変みたいだな』
 ダーレンを倒し、イセルナとの合流を果たした聖女の塔・屋上。
 ジーク達はイセルナの携行端末から導話し、ダンら南回りチームと連絡を取っていた。聖
都での状況報告と共に、公が伝えない内情をきちんと仲間同士で共有する為である。
 導話の向こうでダンが一通り聞いてから呟いた。今朝のゴタゴタ──ブルートバードによ
る市街戦勃発といった報はもう南方(あっち)にも伝わっている筈だが、信じてくれている
からなのか、声色に焦りなどはみえない。少なくとも向こうから聞こえてくるのは、涼やか
な風と葉の音色である。
『導信網(マギネット)にも上がってたぜ。今朝宿で見た。どうする? 手ェ貸そうか? 
向こうとサシで話せる状況じゃねぇんなら、数入れて早いとこ聖浄器だけでも回収した方が
いい気もするが』
「気持ちだけ受け取っておくわ、ありがとう。でも大丈夫。私達の方が騒ぎ立てられれば騒
ぎ立てられるほど、そっちがやり易くなるだろうし」
『……はん。相変わらず食ぇねえ女だ』
 呵々。あくまで不敵な彼女にダンは嗤う。イセルナは耳元に端末をくっ付け、涼しい顔で
そこに立っていた。ジークやレナ、そして気持ち離れてシゼルもそんなやり取りに耳を澄ま
せている。視界の向こういっぱいに広がる聖都の街並みを眺めながら、イセルナは言った。
「そっちこそ大丈夫? さっき“結社”に襲われたって言ってたけど……」
『ん? ああ、問題ない。雑魚のレベルさ。寧ろ奴らが道中、邪魔して来ない方がおかしい
ってもんだろう?』
 曰く、翠風の町(セレナス)へ向かっている道中、信徒級の一隊が林の中で攻撃を仕掛け
てきたというのだ。幸いマルタの《音》で敵は一掃され、難なく場を脱する事はできたが、
改めて連中の警戒は緩んでいないことを思い知らされた。
『大都の一件以来、奴らは各国に侵攻してる。落ちた落ちなかったに関係なく、もう奴らの
縄張りは世界中に作られてると考えた方がいい。さっき話したように、俺達はこのまま一旦
導都(ウィルホルム)に向かう。その後、翠風の町(セレナス)に入るつもりだ。それぞれ
着いたら陣を敷ける場所も探して連絡する。こっちの事は心配せずに、お前らはレナの自由
を勝ち取ってこい。いざとなりゃ、こっちにはクロムもいるしな』
「ええ……」
 イセルナが苦笑(わら)っていた。ジーク達も傍に立って覗き込み、彼らが無事なのを確
認している。それじゃあな。やがて三つ四つとやり取りを交わして、ダン達との導話は切れ
た。サフレやグノーシュ、リュカにミア、ステラなど他の仲間達も変わりなさそうだ。まだ
互いに旅立って一月も経っていないのに、実際に声を聞くと思いの外安心する。
「……お待たせ。向こうは大丈夫そうよ。私達は私達のやるべきことをやりましょう?」
「ええ。何はともあれ、助かりました」
「本当に。もう、一時はどうなる事かと……」
「私がこっちに残って正解だったみたいね。それに……」
「……」
 塔の屋上でひとしきり話した後、イセルナはジークとレナを伴ってシゼルを見る。流石に
団長と知って気を引き締めたのか、この風に靡く白衣の彼女はぴんっと背を伸ばして立って
いた。ジークが助け、塔への潜入を後押ししてくれた経緯については、既に二人から説明を
受けている。
「シゼルさん、でしたか。貴女にもお礼を言わないと。二人を守ってくれてありがとう。貴
女がいなければ、私が駆けつけるのも間に合ってはいなかったでしょう」
「い、いえ。こちらこそ、部外者なのにずけずけとついて来てしまい……」
 小柄な身体と薄眼鏡を目一杯動かしながら、シゼルは求められた握手に応じた。年格好は
同じくらいの筈だが、如何せんイセルナがすらりとスタイルがいい分、どうしても彼女の方
が小動物っぽく見える。
「それで……これから一体どうするんです? 大体の事情はお二人から聞いていますが、こ
の塔に聖教典(エルヴィレーナ)が無いとなると……」
「そうですね。先ずはシフォン達──エルマ=ニシュ大聖堂の結果を聞きます。それを踏ま
えて一旦集合しようかと。どのみち、このまま分断された状態で戦い続けるのは無理があり
ますから」
 レナちゃん。言ってイセルナは傍らのレナに精霊伝令を頼んだ。は、はい! 彼女が胸元
をそっと掻き抱き、ほうっと光球な精霊を呼び出して言伝する。小さな光となった精霊はそ
のまま数拍五人の前に浮かんだ後、滑るように空へ舞い上がると消えていった。
「ハロルドはリカルドさんを追ったわ。散光の村(ランミュース)に戻ってセディナさん達
を保護しにね」
「あの二人が……」
「大丈夫、なんでしょうか?」
「できる事なら皆で駆けつけてあげたい所だけどね。でも、それだと組織を裏切ってまで芝
居を打ってくれたリカルドさんに申し訳が立たないわ。ハロルドもいるし、よほどの事がな
い限り大丈夫だとは思うんだけど……」
 塔の屋上から街の北、散光の村(ランミュース)の方向を見た。しかし村の姿は街の内外
を隔てる峰に阻まれ、何一つ確認することはできない。只々、山の斜面を削り取って建てら
れた、教団本部の荘厳な神殿群が見えるだけである。
「シフォン達の方も外れなら、今度はあそこに飛び込まなきゃいけねぇんだな」
「でも、正面から入ろうとしても無理じゃないでしょうか? もっと、裏口みたいな所でも
見つけないと……」
「ええ。何にせよ難しいでしょうね。相手だって総力戦になるわ。それにさっき飛んでいて
気付いたんだけど、どうやらこの都全体には結界が張られているようなのよ」
「えっ? じゃあ……」
「無理やりに押し通るなんてのは、まず不可能ってことよ。少なくとも侵入しようとした瞬
間、すぐに彼らに気付かれてしまう」
 眺めながら、暫しの作戦会議が行われていた。しかしイセルナからの報告によると、聖都
全域にはそもそも結界が張られているらしい。教団本部へとなると尚更だろう。押し通ろう
とすれば激戦は避けられない。ジーク達にとっても、それは悪手だ。できるだけ目立った交
戦はせずに済むに越した事はないからだ。もしこれ以上混乱や実害を招けば、一連の喧嘩を
売ってきたのは教団の側だという事実・状況的有利が人々にとって霞んでしまう。
「うーん。一体どうすれば……」
「……あのう」
 そんな時だった。ジーク達が、遠く斜面に埋まった教団本部を睨みながら頭を抱えていた
最中、おずっとシゼルが四人に向かって手を挙げた。ジークが、レナが、イセルナと彼女の
肩に留まっているブルートが一斉に彼女を見た。
「その、北の地下水洞を経由するというのはどうでしょう? 確かに結界はこの街を覆うよ
うに敷かれていますが、街の中に入ってしまえば実はそうでもないんです。何分あの山の奥
には黄の支樹(エギル・ストリーム)がありますから、周辺にはあまり強い結界は張れない
んですよ。魔流(ストリーム)の渦に相殺されちゃいますからね。なので、地下から本部の
敷地に出られれば、比較的安全に内部に侵入できるのではないかと」
『……』
 ジーク達は、振り向いたままぽかんと口を開けていた。あれ? 薄眼鏡が鼻先からズレ下
がって、数拍シゼルがおかしい事を言ったかなと小首を傾げる。
「そ、それ本当ですか!?」
「いける! それならいけるよ、シゼルさん!」
「……驚いた。随分と詳しいのね」
「あ、ははは……。これでも学者ですから。現地調査は徹底的に、です」
 故にジークやレナはそれだ! と、大きく膝を打って彼女に詰め寄っていた。思いもかけ
ずに光明が見え、つい彼女の手や肩を取って何度も何度も揺さ振ってしまう。イセルナも苦
笑いを零しながら、しかし重要な情報を得たと思考を整理し始めた。携行端末を再度開き、
聖都周辺の地図を呼び出す。シゼルから件の水脈の位置を聞き出して大よそのアタリを付け
ると、早速作戦を詰める為に動き出す。
「可能性があるのならやってみましょう。一旦皆を集めるわ。水脈の位置なんかはレジーナ
さん達に詳しい図面を出して貰って、実際に使うルートを詰めましょう。シゼルさん。申し
訳ないのだけれど」
「はいはい。大丈夫です。私の方も、皆さんを案内する準備を始めますね」
 取り急ぎ連絡先を交換し、ジーク達は一旦シゼルと別れた。一人で大丈夫かとジークは訊
ねたが、ダーレンが倒された混乱の今ならこっそり抜け出られるだろうと言った。寧ろ多人
数でうろついていれば、怪しまれる。どのみち追加の軍勢がこちらに向かってやって来るだ
ろうから。
 去り際、手を振って外階段に消える彼女を見送って、ジーク達も一旦ルフグラン号へと帰
る事にした。
 転送リングを使い、魔導の光に包まれる。精霊伝令も飛ばした。シフォンら他の仲間達も
調査を終えれば同じく戻って来るだろう。

 藍色の魔法陣がジーク達それぞれの身体を包む。
 刹那、四人の姿は塔の屋上から忽然として消え去った。

「……」
 被っていたフードを取り、眼鏡を付け直して、束ねた髪を解き直す。
 神官騎士(ダーレン)敗北の混乱の最中、たった一人の女を気に留める者は皆無だった。
こうして軽く変装してやれば人の目とは思いの外簡単に騙せる。
 路地裏に一人、シゼルは音もなく身を滑らせていた。辺りではまだ他の神官騎士の隊が、
消えてしまったなど想像だにしないジーク達を捜して右往左往している。
「……さて、と」
 静かに息をついてから、彼女は軽く呪文を唱え掌に光球を呼び出した。通信用の魔導だ。
光球の向こうには特にこれといった姿は見えない。だが彼女はすっかりこなれた様子で、そ
の先にいる筈の者へとそっと声を掛ける。
「もしもし、私です。至急でそちらで二・三、手を回して欲しい事があるのですが──」


 兄達がまた旅立ってしまっても、自分に課されたものは変わらない。
 梟響の街(アウルベルツ)学院内、レイハウンド研究室。アルスは積み上げられ、広げら
れた魔導書と格闘していた。ノートの上で走るペンの動きと、連ねられる構築式や証明を、
ブレアが横で見ている。
「ん……。完璧だ。相変わらず末恐ろしいよ、お前は」
 そうして一通り問題を解き終え、添削する。出会って以来何度も繰り返されてきたやり取
りではあるが、弾き出された回答はほぼ満点に近い。なのに、褒め下手なのか褒められ過ぎ
て慣れてしまったのか、ブレアが嬉しそうに苦笑(わら)ってもアルスは表情一つ変えずに
じっとこちらを見ている。次をと、席に着いたまま待っている。
「……」
 間違いなく彼は天才だ。だがここ最近、ブレアはこの弟子が恐ろしくもある。
 何と言えばいいのだろう。こう、あまりに学ぶことに貪欲で、歳相応の瑞々しさというか
無邪気さというか、そんなものが欠けてしまっているようで。
 だがその理由は、大方予想はついている。彼の出自だ。東の雄国・トナン皇国の第二皇子
にして、世間を騒がせるに事欠かない冒険者クラン・ブルートバードの一員。数奇な運命と
言ってしまえば簡単だが、十六歳──大都の一件から二年の歳月が経ち十八歳になったこれ
までに経験してきた全てが、彼を内面から大きく変えてしまったのだろうとブレアは思う。
 磨耗。一言で表現するならばそれだ。
 ただそれは、外野から一見するだけでは分かるまい。自分のようにこうして近くで長い間
接してきたからこそ分かるものである。奇しくも巻き込まれた“結社”との戦い、晒された
出自と戦果、それ故に向けられる畏怖と忌避の眼差し……。普通に生まれ、生きた少年だっ
たならこうはならなかった筈だ。本人は頑なにひた隠しにし、耐え続けているが、彼の中に
あったもっと純粋で素朴なもの達はこれらに曝され続けて傷付いてしまった。かつて自分に
語ってくれた夢も、志も、今では悪い意味で彼を己の暗い奥底に縛り付ける鎖となってしま
っているのではないかと思う。
「……問題ないな。前回の復習もばっちりだ。じゃあ早速今日の本題──回復系魔導のレク
チャーに移るとしようか」
 だがブレアは、この日もそんな心証を問う事はできなかった。彼の横に座り、予め用意し
てあった魔導書(きょうざい)を広げながら、メモ紙の片隅にざざっと図を描いて講釈を始
める。
「もう医療分野の講義で聞き始めてる部分もあるとは思うが、復習も兼ねて一から話すぞ。
知っての通り、医療分野──こと回復に特化した魔導というのは古くから存在する。どの系
統か分かるな?」
「はい。聖魔導です」
「そうだ。光と祈り、聖なる力。現在も回復系の魔導においてこれに勝る系統は無い。傷だ
けじゃなくダメージ自体も軽減できるしな。それでも今日、回復系の術式は他系統の魔導に
おいても多く開発されている。その理由を説明するには、古く魔導開放以前の歴史を遡らな
ければならない」
 メモの一番上のスペースに(聖)と。ブレアはそこから線を繋いで更に四つの丸を描き、
それぞれ墳・流・魄・焔と文字を続けた。
「魔導開放以前──古代の魔導師とは特権階級だった。素質ある者は種族・血統ともに限ら
れた者だけであり、それ故今でいう神官のような役割も兼ねていた。光と祈り──聖属性を
出発点としたのはそんな歴史の必然性だと言える。元から術者が限られているんだから、回
復系の魔導を扱える奴はそりゃあ重宝された。だが、その理由は何も単なるなり手不足だけ
じゃない。もう一つ、大きな原因があった」
「原因……なり手不足……。つまり、需要?」
「理解が早くて助かるよ。そうだ。これまでお前も学んできた通り、規模の大小を問わず人
が魔導を使う時、必ずその廃棄物としての瘴気が発生する。そして瘴気はある程度の濃度と
量を伴えば、一個の生命体を変異させるに充分となる。魔獣だ」
 師がちらつかせた情報を即座に読み取り、答えるアルス。ブレアは満足げに頷いた。メモ
の左右へ更に人と、怪物のデフォルメした絵を添えると、その両方に彼は往復する矢印を引
いてみせた。バツ印を、その上に繰り返し書いて強調する。
「太古の昔から、ヒトは魔獣の脅威と戦いながら生きてきた。当時、祈りは即ち力だったん
だ。祈りという名の聖魔導は傷付いた多くの人々を癒し、救った。必然だった訳だ。需要と
供給、鶏か卵かって話になっちまうが、魔導を軸に文明が作られた以上はな」
 だが──。そこでペシペシと、ブレアは手の中のペン先をこれまで描いてきたメモの絵に
軽く叩いて示し直す。アルスがじっと真面目にこちらを見ているのを確認した。ブレアはそ
れを瞳の中に捉えて見つめ返し、いよいよと核心に突入する。
「実際、均衡であったかどうかは今の俺達には分からねえ。だが少なくとも、その後の両者
のバランスは大きく変わった筈だ。魔導開放──魔導の拡散が始まった。それは即ち、世界
全体で行使される魔導の──消費される魔力(マナ)の絶対量が増大したことを意味する」
「……」
「魔力(マナ)の消費量が増えることはイコール、瘴気の発生率を引き上げる。そうなれば
当然、魔獣も多く発生する。術者の数が増えたとはいえ、回復系の魔導の供給はその需要に
耐え切れなくなった。以前お前にも話したように、俺達個々人には各系統に対する相性──
先天属性がある。全員が全員、聖魔導を使える・使いこなせる訳じゃないんだ。だからこそ
聖魔導以外にも回復系の術式が開発された。自己治癒力を強化する墳属性、流水による消毒
作用に長けた流属性、精神治療の魄属性、生命活動そのものを活性化させる焔属性といった
具合にな。こうして今日に伝わる回復系魔導の体系が整備された。これもまた時代の必然だ
った訳だ」
「……」
 静かにアルスは目を瞬く。気配で、顕現を解いて寝入っているエトナの様子が背後にあっ
たが、例の如く授業中に彼女へ構っている余力はない。
 時代の必然。魔導を用いるから、魔導がどんどん必要になった。
 “大盟約(コード)”の完全消滅。かつてクロムが自分達に教えてくれた“結社”の目的
とこの話はまさにリンクする。
「そうしたロジックを実際に証明したのが、七十三号論文なんですね」
「そうだな。魔獣が絶対悪じゃない、瘴気が生まれるから奴らも生まれるんだ。システマテ
ィックに捉えれば、世界全体の瘴気量を魔獣の中に隔離し、自然の自浄能力を援ける。或い
は魔獣がヒトを狙うのも、瘴気を生み出す大元だから──ライルフェルド博士は大したモン
だよ。まぁその所為で結果的に命を奪われることになっちまったけどな」
「ショックだったでしょうからね。世の中の常識を、ひっくり返したから」
「常識っつーか、信仰だな。魔獣が絶対悪、人間が善っていう大前提を否定されたんだ。そ
の手の連中は顔を真っ赤にしてキレるさ。博士の理論は後世色んな学者が別個証明し直して
るんだけども、それでも未だに頑なに認めないっていう奴らも多いしなあ」
「……クリシェンヌ教も、ですか?」
「どうかね。あっちはまだ比較的マシな部類だろ。これは俺の感触でしかねぇが、そういう
のは土着系の信仰の方がもっと偏屈だぜ」
 そうして話題がかつての名論文に及んだ中、アルスは数拍躊躇いを含んでから問うた。
 対するブレアはさして気に留めるようでもなく答える。だがその名前が出た時、昨今の情
勢からも、彼が何を思ってその言葉を口にしたのかは容易に想像できた。
「ま、そもそも信仰ってのが凝り固まってナンボな所があるしなあ。自分じゃ抱え切れない
色んな疑問の答えを先に用意して待ってくれている──だからこそ祈るんだし、一度寄り掛
かったら簡単には離れられないんだろ?」
「……」
 敢えて、いや努めて、ブレアはそう話題がさも軽いように言って苦笑(わら)っていた。
だがアルスは静かに視線を逸らすと、じっと思考を自分の中へ奥深くへと持っていって、そ
んな彼の慮りも五感の遠くに追い遣ってしまう。
(兄さん達、大丈夫かな……)
 今日もこれまでも。学院生活を送りながら常に心の片隅に陣取るのは、そんな仲間達への
想いだ。兄達は半月ほど前、正式に特務軍の一員として十二聖ゆかりの聖浄器回収の任の為
に旅立った。それが来たる“結社”との決戦に備え、彼らの真の意図を知る手掛かりにもな
るのだと信じて。
 今朝、導信網(マギネット)の記事で、兄達が聖都で教団との全面対決──交戦を演じた
との内容を読んだ。ホームの皆の話では無事だったらしいが、あまりこんな事を続けていれ
ばどうなるか分からない。こと聖都、相手のホームでの市街戦は人々の心証をどんどん悪く
していくだろう。実際に正しいか正しくないかではない。彼らがどう感じるか、自身にメリ
ットやデメリットがあるか、である。
 戦っているのだ。兄も、仲間達も皆、自分たち兄弟が巻き込んでしまった渦の中で。
 本来なら自分も一緒に戦いたい。戦って早く終わらせるべきなのだ。だけども皆は決して
首を縦には振らず、自分の夢を叶えることを第一に考えて欲しいと言う。この戦いは自分達
がその意思で選んだのだからと。
 ……本当にそうだろうか? 最近特にその想いは強くなっている。
 皇国(トナン)の内乱、フォーザリア鉱山、大都、地底武闘会(マスコリーダ)、そして
梟響の街(アウルベルツ)。自分が関わらなければ、そこに住み、訪れる多くの人々は平穏
でいられたのではないか? 元より血脈の運命だった、或いはどのみち“結社”はその野望
の為に暗躍していたのだろう。でも、それは自分がそうした災いの渦を止められなかった言
い訳にはならない。力が、足りない。
(……僕は、何の為にここにいるんだろう?)
 守られて、守られて。
 足手まといだと避けられている訳ではない。そう信じたい。でも二年前、レジーナさん達
にルフグラン号──クラン専用の飛行艇を造ってくれるようイセルナさんが依頼したのは、
避ける為ではないのか? 繰り返し自分たち兄弟を庇い、味方してきた事でいずれこの街に
居られなくなるであろう自分達を、クランごと空に逃がす為ではないのか?
 ならば、自分が真っ先にそこへ収まるのが筋だろう。自分さえいなければ、街の人は誰も
傷付かない。誰もその為に悲しむことはないし、怒りや憎しみを振り撒くこともない筈だ。
なのに彼女達は、兄はそうは言わない。ただ夢を追う君であればいいと言う。
 ……耐えられないよ。僕はそんな皆の優しさに気付けないほど、図々しくはない。
 移り住むべきだ。これまでの為にも、これからの為にも、せめて自分は普段の住処を余所
の空に変えなくっちゃいけない。
 それが、ずっとこの二年近く考えていたことだ。身の振り方についてだ。
 でも未だもってこうした考えは皆に話せていない。普段一番近くにいるリンファさん達に
すら、切り出せていない。
 図々しいのだろうか? ずるいのだろうか?
 僕は、本当に皆の──。
「おい。アルス」
 だがそんな深く深く沈み込んでゆく想いは、次の瞬間ブレアの呼び掛けによって引き摺り
上げられていた。
 ハッとなって我に返るアルス。それをブレアは怪訝に──何処かある種の確信を持ってい
るかのようにじっと見つめている。
 いけない……。アルスは居住まいを正した。背後でエトナの気配がもぞっと動いたのが分
かる。ブレアは片肘をつき、メモの手を止めていた。もしかしたら暗澹とした想いに囚われ
出した瞬間から、彼はずっとこちらの事を観ていたのかもしれない。
「大丈夫か? 何やら考え込んじまったから、話を止めたんだけどよ」
「だ、大丈夫です。すみません……」
 苦笑(わら)う事もままならなかった。ただアルスは平謝りをし、胸の奥で暴れ始めてい
たエネルギーをギュッと、これまでもそうしてきたように無理やりにでも押し込めて知覚し
ないように努める。
「……ま、いいんだがよ。あんまり胸糞のいい歴史(はなし)じゃねえしな。切り口を変え
てみるか? 一度実務的な──具体的な術式をとにかく詰め込んでみよう」
「はいっ」
 言い出せなかった。
 そして彼の提案は、好都合だと思った。

「おーい、こっちにも薬を頼む!」
「誰かF7とT5の鋼板取ってきて~。あとボルトも~」
 転送リングを使い、ジーク達は聖女の塔からルフグラン号へと帰って来た。こちらが送っ
た精霊伝令を受け、シフォン達も既に戻って来ているようだ。
 これまでの経緯と被害を見聞きし、船内はにわかに慌しくなり始めた。正門前広場や聖堂
で負傷したリカルド隊士を中心に、団員達が《慈》の力で治療をするレナのサポートに走り
回っている。ヴェスタに装甲を貫かれたオズも、レジーナ以下技師組の面々に早速、寄って
集って修理され始めていた。
「……そうか。結局教団は取り付く島もない、か」
「ああ。まさか向こうに着く前にとっ捕まるとは考えてなかったんだけどな」
「でも態度自体は充分予想通りよね。向こうにしてみれば面子が丸潰れな訳だし」
 その一方でジークやイセルナ、手の空いた仲間達はエリウッドと操縦室のテーブルを囲ん
で話し込んでいる。特に行き先はない浮遊。制御は一旦自動操縦に切り替えてある。
「やっぱり聖浄器は本部の中、ですか」
「参ったなあ。それってつまり団長達が無駄にドンパチやってきただけって事じゃん」
「かもしれないけど、そもそも彼らが聖堂の司祭から聞き出していなければ確証は取れなか
ったことだよ。混乱こそ招いたが、意義はあった」
 団員達の、頭を抱えた気難しい表情(かお)。
 だがシフォンはあくまで前向きに現状を捉えようと努めていた。皆で視線を寄越し、レナ
らに手当てされているリカルド隊士らのサムズアップに苦笑(えみ)を返す。
「もう、直接対決は避けられないのでしょうか?」
「生憎な。だがまぁ、実際連中とは梟響の街(アウルベルツ)でやり合ってるんだ。今更怯
えてどうするってのもあるだろ」
「そうだけど~……。そもそも原因を作ったのはジークじゃん」
「あははは……」
「どっちにしろ明日が正念場だね。でもオズ君は戦線離脱させないと駄目だよ? 辛うじて
核(コア)部分は逸れてるけど、かなり深くまで装甲を貫かれてる。普通に過ごそうが戦お
うが、このまま放っておいたらいつ核(コア)にダメージを受けるか分かんないからね」
 発光する掌を優しく隊士達にかざしながらレナが言った。ジークはもう直接対決の覚悟を
決めていたが、クレアが茶化すようにそもそもの切欠は彼の挑発である。一方のレジーナは
オズのパーツを順繰りにバラしながら言った。本人は平気だと言っていたが、その実損傷は
かなり危険な所であったらしい。
「スミマセン……。マスター、皆サン」
「気にすんな。シフォン達を守ってくれてありがとよ」
「……そうなると、問題はどうやって教団本部に潜入するかだね。イセルナ。そっちの話だ
と現地で協力者を得てきたそうだけど……」
「大丈夫、なんですかね? そのシゼルっていう学者さん」
「教団のスパイとかじゃないんです?」
「うーん。そんな悪い方には見えませんでしたが……」
「その可能性は無いんじゃねぇか? もし奴らの仲間ならあそこまで道案内なんざしてくれ
ねぇよ。塔の中に入っても神官兵をかち合わせるような事はしなかったし、俺があのハゲを
倒した時もレナと一緒に見てただけだったしな」
「うーむ……」「ハゲ?」
「ジーク達が帰って来る前に邪魔してきた奴らの片割れだろ? ダーレン、だっけ」
「確かに不明瞭ではあるけど、彼女からの提案以外に方法が見つかっていないのも事実よ。
今は利用できるものは何でも利用しましょう。時間が過ぎれば過ぎるほど、基本的に私達は
不利になっていくのだから」
 押忍ッ!
 不安と模索。意見は分かれていたが、団長イセルナの一言で大よその方針は堅持された。
 ジークを信じたいというのもある。だがそれ以上に現状を打破する為の手が欲しかった。
アルスの策略により、導信網(マギネット)上では今も教団の一連の行動には賛否両論が挙
がっている。信頼と懐疑。だが両者はそもそも対“結社”戦争を認めるか否かという二分論
に立脚していると考えていい。百パーセントの味方などいないのだ。後ろ盾である所の統務
院も、中々教団と面と向かって戦えない──手を出せない以上、今回のゴタゴタは基本自分
達でどうにかするしかない。
「……それにしても、ハロルドさんとリカルドさん、戻って来ないな」
「リカルドさんを追って行ったんだっけ?」
「ああ。二人とも急にこっちに帰って来てさ。散光の村(ランミュース)が危ないからとに
かく急いで送ってくれって……」
「確かに僕らが聖都に送り出されていた今、村はがら空きだ。もしセディナさん夫妻が人質
に取られれば、僕らはほぼ確実に“詰み”になるだろうね」
「……。お父さん、叔父さん……」
 毛布の上に横にされている隊士の手を取ったまま、レナはくしゃっと顔を顰めていた。今
にも呼び戻された不安に押し流されそうである。
 ジーク達はそんな彼女をちらっと見た。心配なのは自分達とて同じである。
 だが今から行って間に合うのか? そもそもレナ解放の為の闘いなのに、その為にわざわ
ざ芝居を打って聖都内へと送り届けてくれたのに、それは悪手にはならないか?
「ハロルドがついていれば、余程の事がない限り大丈夫だとは思うんだけど……」
 心配ね。表向きはそう仲間を信頼しているようだが、その実は団長(イセルナ)もまた彼
らの状況が気掛かりだった。
「連絡取れねぇかな? それかもう、連中とかち合っちまってるのか」
「一応、出がけに端末を借りてたから出来なくはないと思うけど……どうかなあ」
 そわそわ。
 助けに行こうにも、向こうがどうなっているかが分からない。

 打ち合いが重なるにつれ、狭まってゆく視界の中に無数の穂先が飛び込んでくる。
 左手のナイフに半ば無理やり切っ先を滑らせ、リカルドは頬すれすれにこの攻撃をかわし
ていた。刃同士が火花を散らし、尚も短槍はこれを押し崩しに掛かる。
「くっ……!」
 辛うじて耐え切り、重心を移しながら飛び退いた。直後しなる短槍とミュゼが突っ込んで
飛び込み、ちらと横目にこちらを見てくる。
 着地しながら踵に力を入れて踏ん張る。
 着地と同時に向き直り、双つの切っ先が日に反射する。
 有り体に言って、リカルドは苦戦していた。“楯無”のミュゼ──史の騎士団の隊長格の
一人で、同団長リザ・マクスウェルの忠実な部下。小柄故パワーこそ並だが、その分繰り出
される突きは恐ろしく鋭く、正確だ。
 この槍がやばい……。リカルドは内心焦りに身を蝕まれ始めていた。何よりも彼が彼女に
苦戦している理由がそこにはある。
 再び地面を蹴ってくるミュゼに、半ば反射的に銃口を向けた。ひかれる引き金。だが数発
と撃った弾丸は全てぐるんと回った槍の柄や穂先によって弾かれ、あさっての方向へと飛ん
でいく。装填? 迎撃? だが迷うよりも速く彼女の突きがリカルドを襲う。
(……っ!? まただ……)
 咄嗟にもう一度ナイフで受け流す。
 だが今度は、そんな結果は無かった。確かに突きのインパクトに合わせて這わせた筈の刃
が、次の瞬間まるですり抜けたかのように眼前に迫ったからだ。
 やはりか。これを寸前の所で、無理やり体勢を変えながら回避し、されど頬にまた一つ赤
い筋をつける。見ればその黒衣は既にあちこちが同じように破れていた。彼女からの攻撃で
もう何度もこの不可解な現象に見舞われた証である。
 だが当のミュゼもかわし続けさせてはくれない。動いたとみるや、もう一方の手首を返し
て短槍の柄先をリカルドの腹に打ち込む。ぐっ……。一瞬目の中に星が散ったが、それでも
リカルドは気を保ちながら退いた。同時に調刻霊装(アクセリオ)を発動。彼女を含めた周
囲の遅くなった時間の中で、手早く弾を装填しながら距離を取り、駆け出す。
(やっぱり妙だ。どう見てもこっちの防御をすり抜けてやがる。あの魔導具(やり)の能力
か? それともあいつの色装か……? どっちにしろこのままじゃなぶり殺しだ)
 残像を描きながら地面を蹴り、家屋の壁を蹴り、頭上に上がる。駆け抜けてぐるりと彼女
の周りを旋回しながら、攻撃を打ち込むタイミングを計る。
 駄目元でまだ数発。聖印弾。被弾対象の瘴気を膨張、内部から破壊する特殊弾。
 しかしミュゼはこれも、背後という死角から撃たれたにも拘わらず、ほぼノーウェイトで
弾き返していた。魔導を用いる代物ではあっても、術式の内容自体は武器を展開するだけの
低消費。着弾と共に弾かれてしまえば、十二分な効果は期待できそうにない。
 何よりこちらの加速に彼女はついてきていた。物理的に、視覚には追えていない筈だが、
高速化という効果については聞き及んでいるのだろう。自分から攻撃を仕掛けない限り、見
氣をフルに活用してその大よその動線を予測しながら応じているのだ。しかも倍速で動ける
時間がそう長くはないことも、おそらく彼女は把握している。
(なら……!)
 二重速(トワイスクロック)が切れるのと同時に、リカルドは一気にオーラを練って体内
に留めた。予備動作である。《滞》の色装──発生させた力場内の魔流(ストリーム)を自
他共に断つ事のできる彼の能力である。
「……?」
 ドーム状に広がるモノクロの世界。振り向き駆け出そうとするミュゼは眉を潜めたが、次
の瞬間、両手の短槍が弾けて消えてしまったことにやや目を丸くする。
 魔流(ストリーム)が断たれたからだ。魔導、そして錬気法の源である魔力(マナ)の流
れが遮断されたことで、魔導具の槍は解放時の形状を保てなくなったのである。
 その隙を突いて、リカルドは左手のナイフを伸ばして突撃した。咄嗟にミュゼも腰に差し
ていた小剣を抜いてこれを防ぎ、濃密な刹那での鍔迫り合いに持ち込まれる。
 ここまでは計算通り。
 だがそんな均衡も束の間、彼女の小剣は再びリカルドのナイフをすり抜けて迫ってきたの
だ。一瞬の判断で体内に残っていたオーラを使い、反撃したのだ。
「っと……」
 《滞》を解き、リカルドは大きく飛び退く。反撃されたが、これで彼には確信が出来た。
 間違いない。すり抜けてくるあれは魔導具じゃなく、奴の色装だ。
『……』
 互いに距離を取り直し、二人はじっと相手の様子を窺っていた。
 左手にナイフ、右手に残り三発の聖印弾が入った拳銃のリカルド。両手に短槍、ぐるんと
回して片方を前に突き出し、もう片方を背中側の死角に隠して構えるミュゼ。
(さて……。どうしたもんか)
 リカルドは思案していた。
 やっと相手の力が見えてきた。だが、肝心のその正体がまだはっきりとしない──。
「そこまでだ!」
 ちょうど、そんな時だったのだ。もう一度仕掛けてみるか? とリカルドがじりっと動こ
うとした次の瞬間、ミュゼの背後から黒衣の男達──神官兵らが現れた。羽交い絞めにした
その腕の中には二人、苦悶するカインとクラリス、セディナ夫妻の姿がある。
「リカルド・エルリッシュ! 大人しくしろ!」
「武器を捨てて貰おうか。さもなくば……分かるな?」
「っ、てめぇら……。卑怯だぞ!」
「戦略と言ってください」
 ミュゼの部下達だった。どうやら事前に別働隊がいたらしい。
 しくじった。リカルドは思わず悔しさに歯を噛み締めた。首と両手を塞がれながら、それ
でもふるふると、カインとクラリスは涙目でこちらに首を横に振っている。
「彼らの確保が今回の任務ですから。そして人質を取った映像を、貴方たちブルートバード
の仕業として発信します。二人が聖女様の実の両親だと明かした上で。……聖女様を渡さな
い貴方達が悪いのですよ? 政府でもない我々は、独自に力を保持しなければ生き残ること
はできないのですから」
「っ……」
 部下達がこちらへ歩いてくる。ミュゼはそれに振り向きもしないまま淡々と言った。
 ギリッ……。リカルドは唇を噛む。分からねぇのはどっちだ。一体いつまで連帯しないつ
もりだ? いつまで人を道具のように使う気だ……?
「──光条の雨(レイ)」
 だがしかし、次の瞬間だった。ぽつりと何処からかそう呪文を唱える声が聞こえてきたか
と思うと、まるで狙い済ましたようにカインとクラリスを避けてこの人質確保の神官兵らが
上空から降ってきた無数の光線に撃ち抜かれたのである。
 どうどうっ、彼らは次々に倒れた。
 えっ……? その中でただ二人残されたセディナ夫妻は、何が起こったのか分からないま
ま、キョロキョロと辺りを見渡している。
「……やれやれ。念の為にと来てみたら案の定だ。けじめの心算か? そういう格好づけは
もっと実力をつけてからやれ」
 ハロルドだった。村の奥、別働隊がやって来た方向からハロルドが一人、そう皮肉たっぷ
りに呟きながら歩いて来たのである。
 手には開かれ、金色に輝く究理偽典(セオロノミコン)。
 他でもない自分を言っているのだと知り、リカルドはむっとした表情になった。それでも
心の奥では何と安堵した心地だったか。悔しいが、その意味でも兄の言葉は一々的を射てい
るのである。
「ハロルド・エルリッシュ!? どうして此処に……。部下達には、ずっと周辺への警戒を
怠らせていなかったのに……」
 珍しく大きな声。誰よりも驚いていたのはミュゼだった。
 彼らは遠く聖都にいた筈……。リカルドの時と同様、彼女らはまだブルートバードが独自
の転移ネットワークを開発した事を知らない。
「兄貴……」
「何をぼさっとしている。二人を助けに来たんだろう? なら彼女を倒せ。私が援護する。
二人は私が守ろう。全力でやれ」
 リカルドは思わずそう兄の名を呼んでいたが、当のハロルド本人はにべもなかった。突然
現れた自分に驚き、倒れ伏した神官兵らを見て困惑しているセディナ夫妻を守るようにそっ
と前に立ち、ちょうどリカルドと挟み撃ちにするような位置取りでミュゼを見据えている。
「一部始終は見させて貰った。また小癪な企みを考えたものだな。……全て録画・録音させ
て貰った。もしこれが公に出れば、お前達の信頼は地に堕ちるだろうな」
「っ!? 貴様ァ!」
 更にハロルドは、そうおもむろに懐から携行端末を取り出すと、画面に映った先程の人質
作戦の模様をわざとらしく見せてくる。ミュゼが激昂した。組織に、リザに忠実だからこそ
その害となるものに対する敵意には容赦がない。
「……元はと言えばお前達が始めたことだ。当然の報いだろう? 信仰という大義を盾に娘
を翻弄し続けた罪、償って貰う」
 キッ! ミュゼがこれまで以上に明確な敵意を持って二人を睨み付けていた。短槍に込め
られたオーラが一層強く、大きくなる。ごくりとリカルドは内心喉を鳴らしていた。ちらと
兄の方を見遣り、伝えようとする。
「兄貴、こいつは」
「分かっている。見たと言ったろう。《霧》だ。強化型《霧》の色装。自身のオーラを通常
よりも更に細かい粒子に分解・再構築する能力だ。お前の防御を攻撃がすり抜けたのも、刃
がぶつかった瞬間に武器を一旦粒子状にしていたからだ。得物が魔導具なのもその為だな。
通常の武器では武器本体まで粒子化はできない、寧ろ防御に回すオーラ量を減らして身を危
うくしかねない。だが形状保持を魔導、オーラに依存する魔導具ならば、この色装の性質を
百二十パーセント活かせる」
 つらつらと述べていた。それはまるで説明書でも読んだかのように整然としていて、当の
ミュゼ自身をも唖然とさせる程の。
「……そういう事ですか。だからこそ貴方は、彼女を……」
 相手の色装を見抜く《識》の色装。正確な銘までは分からずとも、何かしらの感知系能力
であるらしいという事はミュゼも勘付いたようだった。危険を判断したのか先ず彼を狙って
地面を蹴ろうとする。それを咄嗟にリカルドが二重速(トワイスクロック)で追い縋り、銃
口を向けて一発威嚇射撃する。
「サンキュー、兄貴!」
「カインさんとクラリスさんの為だ。二撃目に意識を向けろ。基本その能力はデコイとして
使われるのが真価だ。極力体勢を維持しろ。叩き返せ。人間一人の制御能力では《霧》から
元に戻した武器をまた瞬時に分解するのは困難な筈だ」
 そしてそれからは、リカルドとハロルド、エルリッシュ兄弟の猛反撃だった。
 セディナ夫妻を守りながら究理偽典(セオロノミコン)を展開する兄・ハロルドの援護を
受けながら、調刻霊装(アクセリオ)を発動したリカルドの近接戦が牙を剥く。
 加速自体はこれまでとは変わらない。見氣を深め、迎撃に徹すれば捌ける筈だった。
 だが、一対一から一対二へと状況が変わった今、ミュゼは肝心の《霧》の反撃を打ち込む
よりも前に、ハロルドが絶妙のタイミングで撃ってくる聖魔導の雨や矢にそれを阻まれる。
その隙を突いてナイフが滑り込んできた。銃弾が飛んできた。大きく払って引き離そうにも
それでは相手に装填させる間を与えるだけで、しかも離れた位置から魔導を撃ってくるハロ
ルドを防げる訳でもない。
 徐々にミュゼは押されていった。二本の内右手の短槍を光の矢で弾き飛ばされ、咄嗟に返
す左のそれを今度はリカルドの弧を描くような蹴りが押し返す。
 戒めの光鎖(パニッシュメント)──更にはハロルドの掌、金色の魔法陣から離れた幾つ
もの光線が彼女の四肢に巻き付き、その動きを封じて縛り上げた。軋む身体の痛みから左手
の短槍も零れ落ち、遂に彼女はこの兄弟に対して敗北を喫する。
「……何故だ。何故お前達は、私達に逆らう? お前達は所詮、統務院に体のよい駒にされ
ているに過ぎないのに」
 あちこちがボロボロになり、疲弊して吊り上げられたまま、それでも尚睨み返して呟いて
いるミュゼ。
 だがハロルドは、リカルドはまるで動じなかった。唇をへの字に曲げ、そんな彼女を哀れ
とさえ思う事ができた。
「知っている。だが“結社”との戦いは、ジーク君とアルス君──即ち仲間(かぞく)たる
私達自身の因縁でもある」
「……それによ。自分で選べる駒の方が、まだマシに決まってんだろ?」
 らぁッ!!
 兄に続き言って、次の瞬間リカルドはオーラを込めた拳を彼女の腹に打ち込んだ。
 おぶっ──!?
 防御もままならず、これをまともに受けたミュゼは、そのままぐったりと頭を垂れて意識
を手放した。


 とにかく加勢を。連絡は取れなかったが、ジーク達は程なくして意見の一致をみた。
 負傷者を除き、出られる者が出る。しかし教団側に総兵力までは悟られぬよう、メンバー
は控えの団員達を十数人加えた規模とする。
 いざ……! しかしジーク達が船内の転移装置で散光の村(ランミュース)へ向かおうと
したその時、導話が入った。他ならぬハロルドからである。
 曰く『心配を掛けた。こっちは終わった。カインさんとクラリスさんは無事だ』と──。

「そういう訳で、また一つこちらに有利な画が撮れたよ」
 村に到着した時、戦いは既に終わっていた。ハロルドとリカルドの足元には小柄な女性の
神官騎士──ミュゼとその部下達が昏倒したまま縛り上げられており、後ろ手には封印の術
式を書いた光輪がぼんやりと嵌っている。
 一先ず彼女らを村の倉庫に放り込み、ジーク達は事の顛末を聞いた。最初リカルドが危惧
したように、教団はセディナ夫妻を人質に取るべく動き出していたのだ。しかしそれもハロ
ルドが加勢に入り、その企みの一部始終を撮影したことで逆転した。直接交渉に漕ぎ付ける
のに有効な一手を得たとも言える。
「ではやはり、導信網(マギネット)に流すのですか……?」
「それは今度こそ交渉が決裂した時ですね。脅し(カード)とはちらつかせるからこそ価値
を発揮するのです。実際に切ってしまってはもう同じ手は使えなくなりますから」
 それでも教団と表立って対立するのが怖いのか、或いは単に自分達が映り込んでいるのが
恥ずかしいのか、カインとクラリスは何処となく不安そうに訊ねてきた。ハロルドは端末を
片手に努めて微笑(わら)う。言葉通り、あくまでこれは交渉材料だ。
「とにかく、一旦私達の船に避難してください。また追加の軍勢が来るとも限りません」
「は、はい。ではすぐに荷物を纏めてきます」
「そう、ですね。それがレナの為になるのなら……」
 イセルナに促され、夫妻は少なからず躊躇いながらも、しかし自分達に降り掛からんとす
る状況は理解して従ってくれる。生まれて初めての飛行艇と聞いて、二人ともちらっと空を
見上げて不安そうな面持ちこそ浮かべてはいたが。
「……全く、何て事をしてくれたんじゃ」
「そうだ! あんたら、一体自分達が何をやったのか分かっているのか!?」
「全部お前らのせいだ! 教団に逆らった。騎士様を縛り上げた。もうお終いだぁ……もう
俺達はここで暮らせなくなる……!」
 しかし、そんな夫妻と一行を忌々しい眼で見つめている者達がいる。老齢の村長を中心と
した村人達だ。彼らはミュゼ隊とハロルド・リカルド兄弟の戦いの一部始終を隠れて見てい
たのだが、ここに来て辛抱堪らず、これまでの鬱憤をジーク達にぶつけてくる。
「……。お前らなぁ……」
「今そこにキレてる場合か? 彼らを責めたって仕方ないだろう!?」
「まだ分からないのか? 本山は俺達みたいな小さな村の事なんかちっとも考えちゃいねぇ
んだよ! 今回の件で分かったろ。あいつらは目的の為なら、兵隊を放り込んでくるぐらい
何とも思っちゃいねえ!」
 その一方でそんな、保守的な彼らに対して強く反論する村人達もいた。老若男女はばらば
らだが、総じてまだ村の中では若いと言ってよい部類の者達である。
 彼らもまた、半ば罵倒するように同じ村の仲間に鬱憤をぶつけていた。その感情の源泉は
十中八九、教団への幻滅・失望だろう。暫くの間、両者はジーク達やセディナ夫妻をそっち
のけで言い争っていた。痩せ細った土地と村の姿のように、沈んで暗くなっていく辺りの闇
のように。
「あ、あの。皆さん、落ち着いて……」
「そうですよ。あくまで狙われたのは私と主人で……」
『五月蝿い!』
『あんたは黙ってろ!』
「それでも、事は村全体の問題じゃ。儂ら全員に関わる事態じゃろうが!」
 レナやクラリスが、あたふたと宥めに入ろうとする。
 だが興奮する村人達には彼女らの言葉は逆効果で、寧ろ両者から怒鳴られてしまう。くわ
っと睨み、怒声をぶつけられ、二人が気圧された次の瞬間には彼らはまた延々と言い争って
平行線を辿っていく。
「……そうやって、二十年前もカインさんとクラリスさんを追い詰めたんじゃねえのか?」
 どうしたものか。イセルナ達も互いに顔を見合わせてしまっていた、その時だった。
 低くドスの利いた声だった。それまで喧々といがみ合っていた村人達が一斉に首根っこを
掴まれたように大人しくなり、恐る恐る後ろを振り向く。そこには“怒り”を必死に抑えな
がらも殺気めいた表情(かお)でこちらを睨む、腕組みをしたジークの姿があった。
「自分の都合だけを押し付けて、誰かが不幸になる。そうしたら次は、そうされた誰かが他
の誰かにまた押し付ける。必要以上にもがく事になる。擦り付け合いなんざ、やってる場合
じゃねぇだろうがよ」
 村人、そしてレナを含めた仲間達がしんと押し黙っていた。ぐうの音も出ない──こと今
の状態をくり抜かれた村人達は口を噤むしかない。
 ジークの感情は、はたして怒りだった。不毛と虚しさと、哀しさと裏表な怒りだった。
 尤も、特務軍の一員という立場上、自らもそんな輪の一人であるのだろう。だが少なくと
も自分はそんなどうしようもない連鎖を止めたいから戦ってきた。自分が受け止めて、もう
こんな思いをしなくなるようにと闘ってきた。
 なのにまただ。また、自分が関わった事で人が別たれる。憎しみに駆られ、己が可愛さの
為に他人を蹴落とす。
 半ば自覚はしていなかったが、自身への不甲斐なさも相まっていたのだろう。ギッと奥歯
を噛み締めて、彼は必死に殴りつけたいほどの衝動と戦っている。
「そもそもって話はいくらやったって何にもなんねぇだろ。開き直りじゃ──あの場で教皇
に喧嘩を売ったことを正当化する訳でもねぇけどよ。俺達はハロルドさんがレナを引き取っ
てくれたお陰でレナに出会えた。怪我した時は手当てしてくれたし、飯とか普段の生活でも
色々助かっているし、いっぱい元気を貰ってる。……だから、無駄じゃない。無駄じゃなか
たって、信じたい」
 代わりに記憶から呼び起こすのは、彼女との思い出。仲間達との日々。どれだけ多くの困
難が自分たち兄弟に襲い掛かろうとも、今日までやってこれた。それはひとえに、クランの
皆がいたからこそ出来たことだ。自分一人の力なんてものは、どだい限界がある。
「ジークさん……」
 そんな吐露を後ろで聞きながら、レナは半分無意識の内に彼の名を呼んでいた。呼んで、
段々顔が真っ赤に火照って火照ってどうしようもなくなる。
「そうだぜ。大体、この子のことが世間に知れた時点で、この村が何も変わらずにいられる
訳がねぇんだ。もしこんなゴタゴタにならなかったら、聖女様誕生の地! みたいな感じで
村おこしが出来たかもしれねぇのによ」
「そうだそうだ! それをまるで彼女を売るような真似をして……。余所に俺達のやった事
がバレたら、どのみちイメージはガタ落ちじゃねーか!」
『そうだそうだ!』
 ぐぬぅ……。始まった幻滅側の村人達からの再攻勢に、村長たち保守側は苦虫を噛み潰し
たようにばつの悪い顔をし始めた。また、今度は一方的な糾弾が始まる。だが今度は両者が
ヒートアップし過ぎない様に、はたっと絶妙なタイミングでイセルナらが介入する。
「失礼。お言葉ですが、それは何も村おこしに限った話ではないと思いますよ? もし私達
や教団が今回の一件から退いても、“結社”が黙っていないでしょう。今回の混乱に乗じて
クリシェンヌの聖遺物(アーティファクト)を掻っ攫おうとするのでは?」
「そうだね。そうなれば、彼女の生まれ変わり──レナちゃんの生まれ故郷であるこの村も
手掛かりの為に荒らされるかもしれない」
『ひっ──?!』
 イセルナが、そして乗じるように横目を遣りながらシフォンが言った。
 そもそも教団が先に力に訴えかけてこず、落ち着いて話し合おうと持ち掛けてくれていれ
ば、レナの扱いやエルヴィレーナの譲渡についても早々水面下で着地点が見出せていたかも
しれない実情はある。だが、彼らには騙して悪いが、お灸を据える意味でも少し脅しを掛け
ておいた方が後々この現状を上手く立ち回れると判断した。要するにこちらに引き込んでし
まおうという魂胆である。
 教団、ないし教皇と直接会談の場を設けられればいい。
 或いは最悪、エルヴィレーナを入手だけして既成事実を作り上げるしかない。
 今度はアルスの策略に加えて、ハロルドが撮っておいた件の映像を。併せて引き続きレナ
にエルヴィレーナを解放して貰い、直接“聖女”としてメッセージを発信する演出を担って
貰う。
 尤もどれだけ大義を捏ね回しても、彼らを巻き込み続ける訳にはいかない。今後の特務軍
としての任務の為にも、此度のゴタゴタは早急に終わらせる必要がある。
「──そういう訳で、いざという時にはこちらから駆けつけます。約束しましょう。なので
この村に魔法陣を敷かせてください。空間転移、ここと私達の拠点を繋ぐ為のものです」
 詳しい内情、一から十までは説明しなかったが、その後イセルナ達は粘り強く村人達を説
得し、村の一角に陣を敷設する許可を貰った。早速ルフグラン号から技師達がやって来て、
セディナ夫妻の移送と今後の為の中継地点の一つとしてこの村を獲得する。
「……結局、脅しすかした感じだよな」
「多少は仕方ないさ。まさかこれだけの数に全ての情報を漏らす訳にはいかないだろう?」
 作業は進む。ジークはまだ気持ちが悶々としたままなのか、むすっとしたまま遠巻きにこ
れを眺めてごちていた。その隣でシフォンが、友としてそれとなく宥めてやっている。

 日が暮れていく。レナは両親──当面の荷物を纏め終えたセディナ夫妻を案内し、行き来
する技師らと入れ替わりに船の中へと戻っていた。ジークら他の面々も、作業の完了を待っ
てからこれに続く。まさかこの期に及んで村に泊めてくれなどとは言えまい。
 茜色が沈み、暗がりが降り始めた。聖都と、その周辺ないし世界はもう幾度目とも知らぬ
眠りの時を迎える。

 長い一日が終わろうとしていた。
 本部突入(けっせん)は明日。レナと“聖女”の遺物を巡る諍いに、終止符を打つべく。

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  1. 2016/08/03(水) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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