日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(書棚)感想:湊かなえ『告白』

書名:告白
著者:湊かなえ
出版:双葉文庫(2010年)
分類:一般文藝/ミステリ(サスペンス)

悪とは、他人の物差の上に在るもの。
邪悪とは、自らの中に巣食った原風景。

──本質を抉れ。
例え貴方が「悪」と詰られようとも。


気が付けばあっという間に半年以上も経っていたというね……。申し訳ない。定期的にイン
プットしておかないと書く方にだって独り善がりやら表現の幅の狭まりが出るだろうに、忙
しいを理由に全然積ん読に手を付けてませんでした(読む人は何にだって暇を作って読んで
いる。書く人と同じように)後述しますが、やはり放置を後悔する事になりましたね。

今回は湊かなえ氏『告白』の読書感想です。映画化もされてご存知の方も多いと思われる同
氏の代表作です。物語の概要は次の通りです。

とある中学で担任を持つ女教師・森口は、自身が退職する学期末のHRで、生徒達に驚愕の
告白をする。娘の死は事故ではない。このクラスの生徒に殺されたのだと。
淡々と語る事件のあらまし。愛娘の死の真実。名前こそを記号として伏せられていたが、そ
の二人が誰なのかは生徒達には目にも明らかだった。そして何より、彼女は最愛の娘の命を
奪った二人を法の裁きには委ねず、とんでもない復讐を施したと言い残し、そのまま姿を消
してしまう。
語り部は、彼女からクラス所属の少女へと、少女から犯人の内一人の少年の母親へと、母親
から本人へと、そしてもう一人の、黒幕である少年へと。
徐々に詳細が本人達のモノローグによって明かされていく中、復讐後のクラスと罪を犯した
少年達の末路が描かれ、そして──といった内容。

この小説も、前々から名前もタイトルも見知っていたものです。なので実際に本屋で手に取
るまでは躊躇いがあったんですよね。なにせ『彼女の書く話はえぐい』と何度か方々で聞い
ていましたから。実際、その表現は間違ってはいませんでした。最初に言っておきますが、
この物語は始めから全力でバッドエンドです。誰一人として救われません。なのに文学とし
て社会風刺としての強いインパクトを読んだ者に与える。嗚呼、巧いバッドエンドとはこう
いう感じにまで描けるんだなあ。複層だなあ。それに比べて、自分の書くバッドエンド的な
物語の、何と底の浅いことか……。
上述のように、この小説は全編を通じモノローグ(一人称の独白)として書かれています。
自分の中の思考や感情をメインに文字に起こさないといけないため、往々にして相応の分量
まで積み上げるのが難しく、できたとしても読み難さを伴うものですが、少なくともこれに
関してはごちゃごちゃとした感じは少なく──淡々として?読み進め易かったです。流石は
プロですね。自分では三人称型が多いので、その意味でも参考になります。

さて、この物語の本題について少し語ってみましょう。概要の通り、物語は女教師・森口の
復讐とその後のターゲット達についての情報によって構成されています。ネタバレになるの
で具体的な事はあまりここでは文面を割きませんが、一人はショックで引き篭もり、やがて
破滅に向かいます。もう一人もその身の内の邪悪故にしぶとく生き残り、自身の本懐に向け
邁進しようとあの手この手を尽くしますが、最後は森口の復讐にまんまと嵌り、おそらく途
轍もない絶望に落とされたものと推察します。
この物語は──というか湊氏は、とことん世の“奇麗な”もの、表っ面をぴしゃりと払い除
けて論破・粉砕する為の物語・書き手であるように自分には思えました(同作後、現在に至
るまでの氏の思想などがどうなっているかは知りませんが)まるで作者自身が、学校やらお
上やらに親でも殺されたのか? とでも思うほど「静かな殺気」を帯びています。作中にも
そういうキレイゴトを振り撒いて闘う人物も登場しますが、寧ろ物語はそういった者どもを
コテンパンにする象徴として描かれていたように思えるのです。

復讐と聞いて、貴方は何を考えるでしょうか?
理由が何であれ悪いことだ。所詮は私刑(リンチ)だ。相手の残忍さによる。或いはヒャッ
ハー!ダークヒーローだー! でしょうか? 一通り読み終えた身から言いますと、その全
員が森口によってコテンパンにされますね。彼女は邪悪を倒した英雄ではなく、愛娘の仇を
討った義の人でもなく、只々復讐の為に冷徹になった一人の人間でありました。
今回読み、感想を書いた時期のタイムリーさもあるとは思います。その者が正しいだの悪い
だのは結局評する他人の物差し次第であって、世の人間達が「退治」しなければならない悪
というのは、もっと言えば邪悪──もっと個々人の中に普遍的に存在し、周囲を巻き込む事
も厭わない行動原理、それを宿して発露した人間と言えるのではないでしょうか。

吐き気のする邪悪とは即ち、手前が手前の為だけに他人を利用し、踏み付ける奴の事だ。

某人間賛歌の人気漫画の云いから引用しましたが、そういう事です。悪とは固定された何か
犯罪行為というよりは、寧ろその行動に対する在り方を言うのではないか? と。目的の為
ならば他人をどれだけ踏み台にしても構わないような倫理観・価値観、原風景。そして往々
にしてそういった人間の目指すものの根源とは、唖然とするほど単純で、幼稚で、だからこ
そ他人というものを考えられない──この物語の犯人も、突き詰めればそんな一人でした。

法によって裁かれるのは、悪という行為です。そこへ向かうに至った心理もまた裁判官など
によって批判はされようものですが、おそらく法による裁きの主眼はそこにはない。だから
こそ物語の森口は犯人の悪ではなく、邪悪を暴きたかった。自覚させて、とことん絶望して
欲しかった。悔い改めて、などと「甘い」ことは言わない。精神的に死ね。同作や同氏の描
くエグさというのは、もしかしてそんな一点に尖った糾弾のさまにあるのかもしれません。
登場人物達の邪悪──個々の独り善がりを暴き出し、その矮小さを見せ付ける。だからこそ
これほど物語は残酷に映り、同時に犯人に対して溜飲を下げる思いになる者もまた一定数現
れていたのかもしれません。

愛する娘の命が奪われても、彼は聖職者であろうとした。それが私には許せなかった。

印象に残っている、この物語の象徴とも言えるフレーズはそんな森口の語りです。愛娘の命
が奪われても、その犯人が生徒であると知って、同じ教師でもあった彼女の夫は復讐に走ろ
うとする妻を最期まで止めようとした。更生の道がある筈だと信じた。親であることよりも
教師であることを優先した、その志とやらで憎き相手を守ろうとした。その志自体が森口に
は許せなかったし、止められなかった。

そもそも、復讐とは近代的理性とは対極の位置にあるんですよね。憎しみの連鎖を止めなけ
ればならない。今度は貴方が狙われるかもしれない──そんな事は分かっていても、やらず
にはいられなかった。奪い返したからといって戻ってくる訳ではないけれど、やられっ放し
だなんて耐えられない。
その意味──先のこと他人のことを省みない点では、犯人の邪悪さが起こした罪も森口の復
讐も変わらないのかもしれません。直接的に手を下したか、相手の精神的な弱点に付け込ん
で追い詰めるか、やり方に違いはあっても。
作中でも、森口自身、自分が「正しい」とは一言も言っていません。それでも彼女は復讐を
止めてしまいはしなかった。理性的な概念だけでは、御し切れないものが、存外この世界に
は至る所に転がっているのかもしれません。実務家にとっては厄介で愚か極まりない実態な
のだろうけど、だけども、そういったものを描き出して可視化・人々に意識させることが、
作家のバッドエンドを書く意義の一つであるのかもしれませんね。

……ただ、如何せん自分も下手の横好きながら物書きの一人であり、完全に物語に没入して
この復讐劇にて素直に溜飲を下げることはできませんした。
分析的というには些か高慢過ぎるか。しかし犯人を“断罪”し絶望に叩き落す森口もまた、
正義の味方という訳ではなく、没入した読者の溜飲の下げる作用を担うという意味でメタな
位置に据えられた“キャラクター”なのだなぁと、ふと読んでいて理解した所です。なので
そういう面を意識に上らせてしまうと、物語全体が所詮作られたもの・他人の慰みに設計さ
れたものだと見えてしまいます。まぁ何を当たり前なことを……なのでしょうが。只々陰鬱
な人間模様だけを描いて放り投げる、それだけでは(自分のように)藝がない。読んだ者に
喜ばれる──物語の内側は陰惨でも、その外側にはエンターテイメントとしての性質をこっ
そり潜ませる。生き残らなければいけない、作家らしい技巧もまた、この物語にもしっかり
組み込んであるのだなあと。プロなんだよなと。

<長月的評価>
文章:★★★☆☆(全編を通しモノローグ的。されど人物も絞られていて読み易い)
技巧:★★★☆☆(犯人は判明している。だけども疑いが波打つ、散りばめられた情報)
物語:★★★★☆(復讐という難題を扱いつつも、一方で群集性(エンタメ)も備えた物語)

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Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

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