日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)道連れ世界の処世術

# とは

(体感ではもっと経ってる気がするのですが)早いもので梅雨が明けて十日。時たま通り雨
のような天気になる事もあるけれど、基本的にお天道様はカッカ照りの夏です。七月もあっ
という間に終わろうとしています。

思えば只々暑さとの戦いでした。
空模様を見ては一喜一憂したのもここ数週間のこと。今やデフォルト暑いのであって、僕ら
人間は如何にこの環境に心身を慣らすのかを問われている訳です。うちの作業場も少なから
ぬ面子が夏バテのようでしんどそうです。自分も昼休み──真昼間に腹ごなしと称して外に
出るのを止めようかと考えています。汗だくになるのが毎度鬱陶しいのもあるし、午後から
のお仕事の手がね……(何より親に熱中症を心配されたのが大きい)当稿本日、動くよりも
しっかり横になってみました。よほど外歩きは消耗を促していたようですね。午後の余力が
段違いなんですが^^; ただ問題は、これで肥えがちな体重がどう推移してゆくかですねえ。
ずっと腹持ちがあってこれなら間食せずに済みそうだけども、元々の食事量がそもそもどう
なんだってのもあるし……。

ぼちぼち、次の三題とユー録の更新が迫っています。とある物書き仲間さんにも言われまし
たが、何でこう「スケジュールに追われてる」的なスタイルになったんだろう? いやまぁ
そうでもしないとサボるから、コンスタントに書くという目標自体が目的化している、今更
プツと途切れさせてしまうのも惜しいというよく分からん惰性──等々当てのある理由なら
指折りしつつ挙げられれはするのですけれどφ(=_=;)

……それにいい加減、物語の「質」にも拘らなきゃな。眼を向けろよおい。

具体的に言うと“安易なバッドエンド”にしない。即ちユーザビリティ、手に取る人の幸福
を考える。何を望んでいて、何が受けているのか? たとえそれが自分の趣味嗜好とは違う
現実だとしても、凹んでいる場合ではない。どちらにしても、インプットが長いこと疎かに
なってしまっている。創造力など無尽蔵ではないのだから、どんどん刺激を追加しないと。
自分が思いついたものはほぼ全て先人がやっている。
或いは思いついたけどやらなかった(やっても“面白くない”と踏んだ=他人を考えた)
あと、漢字を開くこと。散々嫌っておいて自分自身がペダンティックな所があるのか、文章
それ自体にも配慮が欠けているとの指摘も受けました。

まぁ、それでも「我」を捨て切るのは限りなく不可能に近いんでしょうけどねえ。特段高い
評を受けた才人でもないのなら、どうしても縋りつくのはそこになってしまう。なまじ書く
には書くのだから、間違いなく何処かで自分優先の高慢さがへばり付いている……。

エンターティナー。

滅私奉公なんて精神は、旧いのかなあ。


話はがらりと変わりますが、報道で皆さんもご存知の通り、とんでもない事件が起きてしま
いましたね。

26日未明、相模原市の障害者施設にナイフを持った元職員が侵入し、19名の障害者を殺害、
加えて重軽傷者が20名以上に上るという平成──戦後でも最大級の殺人事件が起きました。
犯人は犯行後に出頭。移送時には笑みすら浮かべ、供述では『障害者は死んだ方がいい』等
と話すなど、十中八九狂気の沙汰であることが窺えます。

……びっくりしましたね。先週の雑記で自分も福祉系のお仕事に就いている一人としてここ
暫く思う所を呟いていた矢先だったのに。作業場でもチラホラと話題には出ました。ただ、
まだ犯人に関する確かな情報が不十分というのも、沈痛な事件というのもあり、あまり互い
に熱心に語ることも憚られる空気でしたが。
元職員による犯行。退職前、どんなトラブルがあったのか? それら恨みが積み重なった末
に障害者といういわゆる弱者へと向けられたのか? 考えただけでは分からない。元より当
事者ではないからどうしようもないのだけれど、こう自滅的・道連れ的な犯行はかつてあっ
た秋葉原通り魔事件だったり、昨今ヨーロッパ各地で頻発している自爆テロの犯人達のメン
タリティと何処か通じるようなものがある気がして、肌寒いのです。

これだけの人数を殺せば、おそらく極刑は免れないでしょう。
だからこそ犯人はその事前の声明(怪文書?)で心神喪失の無罪を自ら主張したり、刑期を
短くしろなどと書いていたのかもしれません。勿論、それで司法や検察がホイホイその通り
に減刑に働くなどとは思いませんが──色んな方面で僕自身、密かに唸って思考がぐるぐる
する案件ではあります。

僕は大学の頃、刑罰史と死刑存廃議論についての書いたことがあります。うろ覚えですが、
確か刑罰自体はその歴史上、突き詰めれば“私刑”であったけれども、それを公権力が独占
することで復讐の連鎖を止めると共に、その基盤の一つとした云々と書いていたと記憶して
います。そして今日における存廃についても、その不毛さ(私刑の代行をした所で何が解決
する訳でもない?)から存続に疑問符を打っていたような気がします。
……ただ、今回の事件を耳にして、正直揺らいでいます。やはり今回も、世間や遺族は犯人
死すべしと叫ぶのだろうなと。そして僕自身も、彼ができうる贖いとこの国というコミュニ
ティの最適解を考えると、あの時と同じように能天気に廃止ガー人権ガーと言えない世界は
続いているのだな、寧ろ悪化してさえいるのではないか? と言わざるを得なくて。

彼の犯した罪は生命の破壊だ。それは二度と修復できず、一人分であってもすらきっとその
身で代替することなど不可能なのだろう。……それでも、遺された者達の怒りを鎮める為に
は、この国のコミュニティ──世間様が忘却して安心するには、この咎人をパージしなけれ
ばならないのだろうと思う。永遠に。その命を絶ち、文字通り抹消する事によって。

これは、非常に複雑なようなで、もしかしたら簡素な取捨選択ではないかと思う。
十の善人の為に、一の悪人を殺す。人権ガー冤罪ガーと制度に文句を垂れるのならば、それ
によって放置される前者の膨大さを解決してみろ。できないだろう? なら切り捨てるしか
ないではないか──そんな類の。

犯人がこのような凶行に及んだ背景、メンタリティ、問題となるこの社会の負の側面。
だけども実は、それ(全)とこれ(個)とはそこまで密接ではないのではないか? そこま
で密接に扱い続ければ、僕らはどんな咎人も罰することができなくなるのではないか? 結
果的に一の悪人の善なる何か、加害者の被害者たる部分を守る為に、その犯された被害の被
害者たる膨大さを切り捨てることにはならないか?

やらかしたことはやらかしたことで、その行為事実は裁かれなければならない。仮に彼の背
景に“僕らの落ち度”があったとしても、先にヤったのは彼なのだ。そこだけは何はともあ
れ先ず、落とし前をつけて貰わなければ困る。

今回の大量殺傷然り、秋葉原通り魔然り、その被害者数を比較される地下鉄サリン事件も然
り、昨今のテロリズム然り。
僕らは、切り分けないといけないのだろう。どれだけ犯行に及んだ人間が思う所あっても、
その手段に“暴力”を用いた時点でその言葉に耳を傾けてはいけないのだ。「正しさ」など
存在しないのだ。非情かもしれないが、それが罷り通ってしまえばきっと「次」が現れる。
自分の命を擲ってでも──他人の命を巻き添えに、道連れにしてでも、鬱積した思いをぶつ
けたい欲求がこの世界の当たり前になってしまう。そうなれば(もうなっているのかもしれ
ないが)一体誰が安心して毎日を過ごすことなどできようか?

今回の犯人は、障害者は死んだ方がいいと言った。

それはどういう意味なのだろう? 理由なのだろう? 障害……というほど相対的には重篤
ではないが、僕も「普通」から零れ落ちた一人だ。もし彼が患っていること、ハンディキャ
ップを持つことが疎通を困難にし、この世界で“価値”を発揮し難いから(迷惑だから)と
いう意図で語ったのだとすれば、僕は先ずその前提を問う。「生きていていた方がいい」人
とは誰か? 「普通」とは何か? 一度福祉(こちら)側に来た身だからこそ思う。世間で
言われる「普通」とはそんなに普通のことなのだろうか? 今日ネット上でも地の底から渦
巻くように日々の生き辛さを抱え、吐露している人達がごまんといるのに。世界的に見ても
生を維持するだけで死と隣り合わせの人達が大部分を占めているというのに。寧ろ「普通」
という肩書きはごく一部の恵まれた人間にのみ与えられ、持続している状態ではないのか?
何よりこんな凶行を、自身の歪んだ思いだけで多くの他人の命を巻き込める時点で、とても
「普通」などとは言えないだろうに……。

──こんな事になるのなら、それが正しかろうが正しくなかろうが、僕らは共有すべきでは
なかったのかもしれない。

生と人間への礼賛、憎しみによる同調。
しばしば前者は善で、後者は悪として迎えられ、排斥されるけれど、思いが噛み合わなかっ
た時、ヒトは恐ろしいほど残酷になれる。何故この崇高さが分からないんだ? 何故お前ら
はそんなにキラキラしたものと平気でいられるんだ? 交わらない。所詮善も悪も、右も左
も、近しい者達だけがスクラムを組む。『王国』に与しないのならば、出て行け──。

今回の犯人を擁護する心算は微塵もない(寧ろ、よりによってウチの業界に影を落としやが
ってという歯痒ささえある)ただどんな時代にもコミュニティにも、その“主流派”であれ
ない人間は一定数いるということだ。かといって“反主流派”も『王国』の境や外部に陣を
構える別個のコミュニティに過ぎない。どちらにも属せず、与できぬ流動するグレーな思い
は、いつの時代にも様々な鬱積を燻らせる。……何が違うのだろう? 徒党を組んで闘争を
繰り返すイデオロギストの正義と、居場所を失って憎念を蓄積させる者達の害意と。少なく
とも犯罪行為を切り取って、犯した者を切り捌いていくしかない。それでも、きっと行き場
を失った思いはこれから先も、まるで関心・関係のなかった他者を道連れに暴発するだろう。

共に歩む──歩もうとする試みは、限りなく不可能なのかもしれない。
統合を強いて、いずれ大きな『王国』を作りたがるのなら。

己が思い──“拘り”を抱くとは、つまり災いの源なのかもしれない。
他者を蹴散らしてでも、いずれそこへ向かおうとするなら。

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  1. 2016/07/28(木) 18:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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