日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「斜(はす)」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:炎、地雷、過酷】


「新製品、だって?」
「はい」
 後輩の前園から連絡があり、時間が取れないかと訊いてきた。ここ数日上がるばかりの気
温と日差しに、いい加減真面目に外回りをやっているのも馬鹿らしくなってきた杉田は、こ
れを幸いと打ち合わせと銘打ち、暫しの休憩と洒落込む事にした。
 指定された市内のファミレスに着く。中では既にニコニコと、何時もの柔らかな顔がこち
らを見て小さく手を振っている。軽く手を上げ返し、そのまま彼の向かいへと座った。
「今日来て貰ったのは他でもない、今度の社内プレゼンについてでして。それで、上の人達
にプレゼンする前に一度先輩に見て貰おうかと……」
 三方に仕切りのあるテーブルの上には、諸々の書類が詰まったクリアファイルが置かれて
いた。杉田がアイスコーヒーを注文してウェイトレスが下がっていくのを見遣ってから、前
園が切り出す。取り出された書類には、既にかなりの構想が固まっているのか、小難しい設
計図面やプログラムのメモがみっちりと書き込まれている。
「ああ、そういや今月末だったな。でも俺でいいのか? お前らとは違って技術屋じゃねぇ
し、専門的なアドバイスを貰える奴なら他にもいるだろ」
「だからこそ、ですよ。実際にお客さんの手元に届くのは先輩たち営業や販売局の皆さんを
通してからですし。難しいことよりも、先輩の立場と感覚でもって意見を聞かせて欲しいん
です」
 杉田達の働くソフトウェア会社では、四半期に一度社内で大規模なプレゼン会が行われて
いる。そこには社内から多くの新製品のアイデアが出され、社の上層部や各部門から選ばれ
た選考委員によって審査されている。営業部の杉田にはあまり縁のないイベントだが、技術
部に属する前園らエンジニアにとっては自分の創り出したものが製品化する絶好のチャンス
になるのだ。
「ふーん……。それで? お前が今回出そうとしているソフトは、具体的にどんな事ができ
るんだ?」
 終始気だるげな様子で、しかし杉田は目を輝かせているこの長い付き合いの後輩の頼みを
断る事もできなかった。片肘をつき、素人ながらも広げられた図面に目を落とす。
「ええとですね。一言でいえばアクセス解析のアプリです。想定しているのは各種SNSに
おいての利用。これまで逐一個々のメンションを負わなければ確認できなかった発信の影響
力を、分かり易く可視化して表示させるんです」
 広げた設計図の空きスペースに、前園はワイシャツの胸ポケットに差していたペンでカリ
カリッと図を描き始めた。最初はユーザーと書かれた丸。次にそこへフキダシを加え、更に
周りにデフォルメした人型マークを数個描き加える。ペンのスイッチをスライドさせ、その
一部をざっと赤や青の網掛けを施した。残りには黒に戻し、同じように網掛けを走らせる。
黒の人マークには「share」と、赤や青のそれにはそれぞれ「like」や「bad」
の添え書きが並ぶ。
「フキダシには料理やスポーツ、芸能といった発言内容に即したカテゴリのアイコンを表示
させます。これで本人も、周りも何の話題かが読む前に把握し易くなる。周りの人型はその
発信内容に反応した他人(ひと)達の数を表します。黒やグレーは特にメンションをせずと
もアクセスした人、赤は好意的なメンション、青は批判的なメンションをした人をそれぞれ
示します。これでどれだけの数──反響があったかも視えるし、質──肝心の中身、賛否も
大よそすぐに把握する事ができます。フキダシのアイコンも加えて見れば、自分と同じ興味
関心を持っている人とより一層手軽に直に繋がる事ができる」
「……これは個人まで分かるのか? それとも反応のあった人数だけか?」
「人数だけですね。当該サービスのプラットフォームにもよりますが、メンションがあった
他ユーザーは個別にタップしないと詳細までは見られない仕組みです。全部だだ漏れでは流
石にプライバシーに懸念が出ちゃいますから」
「まぁ、そうだろうな」
 彼のプランを聞く限りでは、それ単体でというよりは従来のネットワークをより快適に楽
しむ為のサブツールという感じらしい。
 十人や二十人ならともかく、百や千になると表示が随分ともっさりになりそうだな……。
杉田は思った。だがそれも含めて聞いてみると、そこは総数に応じて表示一ヶ単位を大きく
するよう自動的に補正が掛かるらしい。個々のメンションは、そこからまた一覧を介して拾
っていけるようにするのだそうだ。
「それに、これを活用すればいわゆる炎上案件にも不用意に近付かなくて済むようになりま
す。青い人型がたくさんその人──発信内容に集まって取り囲んでいる、その様子自体が可
視化されていれば、心理としてもユーザーは充分に前もって警戒する事ができますしね」
 最初に問われたが負の部分とあって用意していた回答(こたえ)なのだろう。この後輩は
自信ありげにそう付け加え、心持ち胸を張った。自らの技術が他人を幸せにする、できる。
そんな未来を思い描いて綻んでいるさまが容易に見て取る事ができた。
「名付けて《moo^te(モット)》。人と人をより友好的に繋げる事のできるツールに
するつもりです。どうでしょう? 先輩」
「……」
 だが対する杉田の反応は芳しくなかった。やはりじっと気だるい眼で、この眩い後輩を見
つめている。見つめたまま、ポケットから煙草を取り出そうとしたが止めた。彼の後ろの壁
の方に禁煙マークのシールが貼ってあったからだ。
 嘆息。深くたっぷりと間を置いてから、杉田は言う。
「……お前、あんまり生きてて失敗して来なかったろ?」
「? はい?」
「そうなんだよなあ。そこで素できょとんと出来る奴は貴重だぜ? だから俺も昔っからお
前の事は危なっかしくて放っておけなかったんだが……今回ばかりは裏目に出たな」
 あの。それはどういう──?
 てっきり先輩なら一緒に喜んでくれると思った。前園はそんな杉田の反応に戸惑い、そし
てはたと、彼から感じる深く暗い何かにほぼ本能的に恐れを覚え、身を硬くした。
「お前はインターネットってものを、いや、人ってものを善いものみたいに思い過ぎてる。
その点では俺とお前は天地の差ほどの認識の差があるな。……俺が思うに、SNSやら何や
らってのは、俺達人間がその歴史の中で生み出してきたものの中で、過去最大の規模を持つ
便所の落書きだ」
 据えなくて指に収まったままの更の煙草をピンと向け、杉田は言う。その瞳は暗澹として
黒かった。磨耗して艶のあるグラデーションを失ったような眼だ。過去に見た記憶がある。
だが前園は漠然とそう記憶を引っ張り出してきただけで、彼と同じものは見えなかった。彼
と差し向かいの席に、まるで縛り付けられたように小さくなって、聞いているのみである。
「俺は営業をやってる仕事柄、他人の心のムラってモンを腐るほど見てきた。お前は憧れて
るのかもしれねぇが、まともな神経だったらやってらんないぜ? どれだけ俺やお前達が頑
張って良い商品を作っても、大半の人間は門前払いだ。延々居留守を使われて梃子でも出て
来ないなんてパターンも腐るほどある。やれ時間が勿体無い、金が勿体無い、そこまで急い
で要るものじゃない──俺達とまともに話をしてくれる人間なんざ脳味噌の足りないオバン
か、人恋しいばかりの年寄りくらいだよ」
「せ、先輩……。あまりそんな言い方は……」
「まぁ聞けよ。お前のその《moo^te》だがな、間違いなく人間同士の諍いをエスカレ
ートさせる道具になっちまうのがオチだ。お前は人の暗部ってモンを舐めてる。より友好的
に繋がるだ? そう上手くいくとは俺は思えねぇな。今言ったようにインターネットっての
は無駄に裾野の広い便所の落書きなんだよ、詰まる所はな。そりゃあ毎日充実してますよっ
てアピールに余念のない奴もいるんだろうが、大半は個人的な日々の恨み辛みをゲロってる
人間が澱んでる修羅の場所だぜ? 加えて最近はそんなとこだとも知らず、お偉いさん方が
参入して来てる。止めときゃいいのに、わざわざこっちを経由してご高説をのたまってる。
そうなりゃ後はどうなるか分かるよな? その味方と、敵が入り乱れる」
 コツン。杉田は広げられていた先ほどのメモを軽く指で小突き、前園を一瞥した。今彼の
頭の中ではまさにその言葉通りの光景がイメージされていることだろう。
「炎上ってのはただ叩かれるだけじゃねえよ。叩いてくる奴もいれば、必死にそいつを擁護
しようとする奴も出てくる。青だけじゃねぇのさ。赤い奴だってわんさか出てくる。そいつ
の影響力がでかければでかい程にな。そうなるとやっぱり見分けは付かなくなるんじゃねぇ
か? 表示されてる人型が多くても実際には半々に分かれて言葉で殴り合ってるかもしれな
いんだぜ? むしろ繋がれるっつって下手に近付いて火傷するんじゃねえか? お前には悪
いがよ。人間ってのは友好だの平和だのよか、小っせえ利己心やら憎しみで──共通の敵で
団結するものなんだよ。まぁだからと言ってそういう手合いも、本当の意味で繋がってる訳
でもねぇんだろうけどさ」
「……」
 前園はすっかり打ちのめされていた。想像していた以上に親しい先輩から酷評をぶつけら
れ、目に見えて眉を下げて俯いていたからだ。
 重苦しい沈黙が二人を包む。ガヤガヤと、何処か遠くに聞こえてくる周囲の客達の声や物
音がやけに耳障りに感じられた。
「……先輩は」
「うん?」
「先輩は、僕が《moo^te》を開発する事に、反対ですか?」
 だがそんな末に、先に口を開いたのは前園の方だった。耐え切れなかったのだろう。彼は
杉田に向かっておずおずっと上目遣いになり、訊ねてくる。
「反対も何も、俺は止めろなんて一言も言ってねぇぞ」
「えっ? だって……」
「俺はただ、お前の想像するような“善い”使い方がされるとは限らねえぞって言っただけ
だ。それにもし俺に言われたいぐらいで折れちまっても、そういう新しい技術ってのは誰か
が考えついて、実現させる。別に《moo^te》が悪い訳じゃねえだろ。悪用する奴は何
を使わせても悪用するし、他人に喧嘩を売りたがる奴は何であっても口実にするさ」
 はん。彼は空しく自嘲(わら)っていた。それが当たり前であるかのように、何より自分
にはどうしようもできないと、意見を求められて答えたことをさほど重大とも思っていない
ような、思うなと言わんとするかのように座っていた。
 そんな時、ウェイトレスが杉田の分のアイスコーヒーが運ばれてきた。カランとグラスの
中の氷が音を立てて揺らぎ、冷やっこさと共に周囲の音が戻り始める。
「所詮は道具だ。人はどうにでも変われる。慣れて当たり前になる。深く考えるな」
 くいっと軽く一口。
 そして杉田はそう、渇いた喉を潤した。
「お前がやりたいならやればいいさ。売り付けるのは俺達(こっち)の仕事、だろ?」
                                      (了)

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  1. 2016/07/24(日) 00:00:00|
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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