日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)サハラ・セレクタブルⅡ〔15〕

 街の喧騒を遠くに、そのビルは建っていた。何年も人の手が入っていないらしく、内部に
は痛みかけた柱が点々と並び、放置された大小の機械と共に昼間ながら幾つもの暗がりを作
っている。
「……来ましたか」
 そんな人気の無い只中に立っていたのは、薄眼鏡をかけた神父風の男だった。以前、二度
に渡り守護騎士(ヴァンガード)と相対した、アウター達幹部の一人である。
「よう。久しぶりだな、ラース」
 近付いて来る足音に半身を返し、彼──ラースは静かに振り返った。昼間に差す柱の影を
ゆらりと抜けて、声の主達が姿を現す。
「この俺を呼び出すとは……。一体、どんな難物だ?」
 一人目は丸いサングラスを掛け、袖なしのジャケットと半袖シャツを合わせたチンピラ風
の男だった。
「ならば好都合。猛者であればあるほど、滾るというもの」
 二人目は灰色の髪の、古びた胴着を着崩した彫りの深い大男だった。
「まぁ、オイラ達が来たからには心配要らねぇぜ。何たって兄貴がいるんだからな」
 三人目はサングラスの男に付き従うように威を借る、数個のバッヂをあしらい逆向きに帽
子を被った少年だった。
 そして四人目。テンガロンハットを被った──。
「? 一人足りませんね。ガンズはどうしました?」
「ああ、それなんだがな。伝言を預かってる。先に今受けてる依頼(しごと)を片付けてか
ら合流するってさ」
「……そうですか」
「全く、何考えてるんだか。蝕卓(ファミリー)からの命令は絶対なのに」
「同感だ。そこまでして一体金の何がいいのだろう」
 呼び出した刺客は合わせて四人。だがその内の一人は身勝手にも指定したこの時間・場所
には現れなかった。サングラスの男がそう伝言をつたえて来、逆さ帽子の少年と灰髪の男も
それぞれ肩を竦め、軽んずる。
「仕方ありませんね。彼には後でこちらから伝えておきましょう。それよりも早速本題を。
今回貴方達を呼んだのは他でもない。ある者の正体を調査──して貰いたいからです」
 されどラースはすぐに頭を切り替え、彼らに数歩進み出た。言いながら黒衣の懐から一枚
の写真を取り出し、彼らに見せる。
「守護騎士(ヴァンガード)──噂くらいは聞いたことはあるでしょう? 今回貴方達には
彼の素性を調べて貰いたい。明らかにした上で、始末して貰いたい」
 ぴらっと示されたのは、土煙の中に半分隠れて映る、白亜のパワードスーツだった。
 おそらく撮られた時期としてはボマーの一件。写真の中の守護騎士(ヴァンガード)はこ
ちらには背を向けて横顔だけを見せ、視線は更に奥の何かを見据えているようにもみえる。
「ほう? あの……」
「相手にとって不足はなし、だね」
「例の同胞達を片っ端からぶっ殺してる奴だな。それで? まさか手掛かりのての字も無い
って訳じゃあないんだろう?」
「ええ。先程も話したように、声からして中身は男性です。そしてこれまでの我々の情報網
によって、彼は飛鳥崎学園の生徒であるらしいということが分かっています」
 へえ……? 答えられて、サングラスの男が片眉を上げた。想像していたよりもその正体
が歳若いと知って意外だったのだろう。逆さ帽子の少年はそれだけで「へっ」と侮り、灰髪
の男は腕組みをしたままこの写真を見つめている。
「先ずは、その正体を明らかにすることを優先しなさい。知っての通り、彼にはこれまで多
くの同胞達が斃されました。今後の為にも外堀から埋めます。身元さえ分かれば、どうとで
も攻める手立てがありますからね」
「ん……。りょーかい」
 写真を受け取り、サングラスの男はにやりと口角を吊り上げた。逆さ帽子の少年がこれに
倣って両手を頭の後ろに組んで不敵に笑い、灰髪の男もそっと腕を垂れて胴着の襟を引っ張
り直した。
「任せておけ。守護騎士(ヴァンガード)の正体、この俺が露わにしてやる」
「守護騎士(ヴァンガード)か。ふふ……久しぶりに骨のある相手と戦えそうだ」
 嗤う。
 幾つもの影が差すビルの一角で、刺客達は動き出した。


▼シーズン2 開始

 Episode-15.Father/来訪者と第二幕

「では、睦月の退院を祝って……乾杯~!」
『乾杯~!』
 タウロス・アウターの一件から数日。表向き入院を余儀なくされていた睦月はこの日やっ
と治療を終えて家に戻ることができた。
 そうなるとパーティーが開かれるのが、佐原・天ヶ洲・青野三家の通例だ。その中心であ
り言い出しっぺである輝がいつものように料理を用意し、音頭を取ると、集まった皆はめい
めいにお茶や酒のグラスを鳴らし合って宴の合図とする。
 夜の定食屋『ばーりとぅ堂』。
 輝と翔子が営む店兼自宅に一同は集まり、わいわいと舌鼓を打ち始めていた。輝や翔子、
定之や亜里沙、宙に海沙といった何時もの面々に加え、今回は研究所(ラボ)から一時帰宅
した香月や皆人、國子もいる。病み上がりでありながら睦月は唐揚げを口に頬張り、御握り
に齧り付き、暫くぶりの“日常”に内心そっと心癒されていた。……同時に、こうした宴を
開かせることになった理由──守護騎士(ヴァンガード)としての自分達の戦いに後ろめた
さも過ぎる。

『瀬古さんが……行方不明?』
『ああ。あの後警察が捜し回ったが、結局見つからなかったそうだ。また路地の奥へ奥へと
息を潜めてしまったんだろう』
 せめて表面上は。だがその実、内心は純粋にこのパーティーを楽しめない。
 理由は一つだった。あれだけ必死の思いで戦い、倒したタウロスの召喚主・瀬古勇の身柄
が未だに確保されていなかったからである。
『そんな……一体何処へ……? 捕まえなきゃ。あの人を野放しにはできないよ』
『確かにな。だが、これ以上俺達に何ができる? 少なくともタウロスは倒した。あいつの
手にはもう改造リアナイザは無い。これまでのような復讐殺人は不可能になった筈だ。対策
チームとしての役割は一先ずお終いだ。ホシの確保は当局の仕事だろう?』
『……。でも……』
 口篭る睦月。分かっている──されど皆人は、そうともで言いたげにじっとこちらを見つ
めていた。
 確かに自分達の戦いは終わった。アウターは倒されたのだ。
 しかし、根本的な所で事件は終わっていないような気もする。瀬古勇がこのまま改心する
とはどうしても思えなかったからだ。直接正面から対峙した睦月には分かる。あの憎しみは
尋常じゃない。故に玄武台高校(ブダイ)の関係者を何人も惨殺できた。その犯人が未だに
この飛鳥崎の街に潜んでいると思うと……ここで万事解決とするには楽観的過ぎる。
『気持ちは俺だって同じだ。一応、司令室(コンソール)の皆にも引き続き情報収集は続け
るよう指示してある。だが何も敵はあいつだけじゃないんだ。次を考えろ。俺達の目的を、
忘れるな』
『……。うん……』

(次を、か。そりゃそうなんだけど。アウターは待ってくれないんだけど)
 ちびちび。茶を啜りながらぼんやりと睦月は考える。
 携行端末──デバイスを動かす基幹AIプログラム・コンシェル。本来はデータの中でし
か存在せず、ましてや人間に牙を剥くことなど有りえない筈の彼らが、とあるツールを介す
ることでこの現実世界(リアル)に現出する。奴らは召喚した人間の願いを手段を問わずに
叶え、その及ぼした影響力で以ってこの世界に実体をもって具現化するのだ。
 越境種(アウター)。
 それが自分達、対策チームが名付けた総称だ。そして彼らと戦う為の奥の手とでも言うべ
きパワードスーツ──通称・守護騎士(ヴァンガード)の装着者となったのが、この自分な
のである。
 睦月は悶々としていた。事件後、親友にして対策チームの司令塔・皆人が語った通り、奴
らはこちらの都合などお構いなしに現れ、街を泣かせる。ずっと一つの事件に構ってはいら
れないのだ。もし新たなアウターが事件を起こせば、自分達はその害意と断固として戦わな
ければならない。
 だが、それでいいのか?
 哀しみや怒り。置き去りにされた彼らの想いを、どんどん過去に追いやっては──。
「……っ」
 ハッと我に返り、ぶんぶんと首を振る。
 いけない。顔の出しては皆に勘付かれてしまう。自分は、この大切な人達との平穏を守り
たいから戦っているのだ。巻き込んでしまっては、意味が無い。
「──」
 と、そんなパーティーの中で、睦月とは別の意味で心ここにあらずといった様子で座って
いる人物がいた。スーツ姿の気難しそうな男性。顔立ちは輝に促されて黙々と飲む定之によ
く似ている。気持ち皆とは距離を取りながら、それでも間違いなく視線はこちらに──睨む
ようにじっと向けられている。
(やっぱりまだ機嫌が悪いのかな……? 海之(みゆき)さん)
 青野海之。睦月の幼馴染の一人、海沙の実の兄である。普段は首都集積都市に暮らす官僚
だが、今日の日暮れ、パーティーの準備をしている最中にふらりと帰って来たのだ。
 輝と定之、海沙に亜里沙。久しぶりの家族の様子をざっと見つめてから、しかしその表情
は地というのもあるが、硬い。

『おい。海沙がストーカーされたというのは本当か?』
『えっ? な、何でその話を──』
『本当かと聞いている』
『は、はい。一時期こっそり盗撮されてて……』
 パーティーの準備が終わるまでの間、睦月はずいっと彼に首根っこを掴まれて尋問されて
いたものだ。
 彼は仕事は優秀だ。しかし妹の事となると一転、容赦なくなる。要するに過保護なのだ。
昔から海沙(かのじょ)が大人しく、身体もそんなに丈夫ではなかったせいで事ある毎に心
配するようになってしまったのだと思うが。
『なのに、お前は入院していたのか』
『うっ……。そ、それはすみません。でも、一応犯人は捕まりましたので……』
『……そうか』
 彼は父親に似て、あまり多くは語らない。先ずもって本人ではなく、自分にこっそり問い
質してきたのも彼なりの優しさなのかもしれないなと睦月は思った。実際、事件が終わって
いると聞かされると彼はあっさりと引き下がってくれた。……託されていたのだろう。彼女
のことを。だから彼はムッとしていたのだ。自分不在ならば妹は、幼馴染であるお前が守る
んだと、そう言われたようで。

「ほらほら、海之兄ぃも飲んだ飲んだ。折角いいとこに帰って来たんだから、今夜ぐらいは
パーッと羽目を外そうよ」
「……相変わらず、お前は変わらないな」
 そう先刻のことを思い出していると、父共々いい気分になった宙が海之の所に来て酒瓶を
注ごうとしている。彼は半ば押される形でグラスを向けてやりながらも、淡々とした様子で
久しぶりの年下の幼馴染に呆れたような言葉を投げていた。睦月も苦笑いする。トクトクッ
と、彼のグラスの中に酒が満ちる。
 定之と輝が、ついっとこちらに目を遣った。性格はまるで正反対だが、自分達の“息子”
を見守る優しい眼だ。翔子や亜里沙、香月ら女性陣もグラスを交わしながら、同じように優
しくテーブルを囲む。「……もしもし」ちょうどその時、皆人のデバイスに着信があった。
皆がわいわいと和やかに食卓を共にする中で一人中座をし、ちらと國子がその背中を目で追
う中、暖簾を潜って店の外へと出て行ってしまう。
「ねえ、お兄ちゃん。今日は一体どうしたの? 帰って来るなら、前もって連絡をくれれば
迎えにだって行ったのに」
「そうよねえ。普段忙しいから、中々連絡も取れないし……」
「っていうか、帰省にはまだ早くない? 夏休みなら二ヶ月くらい先だよ?」
 それとほぼ同じ頃合だった。談笑を繰り広げる中で、ふと話題は海之の突然の帰省につい
ての疑問となっていた。
 海沙がちょこんと小首を傾げ言う。亜里沙も、宙もそれに応じてグラスを傾けながら、も
ぐもぐと口の中のサラダを飲み込んでから問うた。
「ああ、その事か。こっちに顔を出したのはついでだ。今回、飛鳥崎で別件の仕事ができて
しまってな……」
 分かっていると思うが、口外はするなよ?
 すると、グラスの中の酒を軽く煽ってから、海之は言う。

「──何だ? 今夜は睦月の退院祝いに出ると言付けてある筈だが」
 デバイスに着信があり、皆人はこっそり宴の席を離脱した。外の夜風は相応の冷やっこさ
を持っているものの、来たる雨の季節を孕んでか同時に湿っぽさも感じる。
 気持ち声を潜め、皆人は通話に応じた。画面に表示された名前と返ってきた声は、他でも
ない父・皆継のものだった。
『ああ、聞いている。だが取り急ぎ、お前にも知らせておかねばならん事が起きてな……』
 威厳あるフォーマルな場よりは若干和らいで、しかしその声色には言葉通りに切迫感が垣
間見えた。皆人はそっと眉間に皺を寄せる。自分にも──つまりアウター絡みか。
「……瀬古勇か?」
『いや、そっちじゃない。まぁ全く関係ない訳ではないんだが。……政府が動き出した。先
日の玄武台での事件を受けて、内々に要人が視察に訪れるらしい』
「それは……拙いな」
 そっちか。父からもたらされた情報に、皆人は内心焦った。
 タウロスと瀬古勇による復讐殺人とブダイ襲撃。その一連の結果を、政府は深刻なものと
受け止めたようだ。もし内偵の手が伸びれば、アウターどころか自分達対策チームの存在ま
で嗅ぎ付けられかねない。
『事件を切欠に、我々の存在を嗅ぎ回られれば厄介だ。既に内通者達には手を回し、明日に
でも幹部会を招集するつもりだが……相手が相手だからな。直接的な圧力を加えた所で却っ
てこちらの首を締めることにもなりかねん』
「ああ」
 頷く。対策チームとて万能ではない。所詮は非公式、民間のカルテルだ。公権力のメスが
本格的に入ってしまったら、とてもではないが太刀打ちはできない。
 だがそれ以上に、皆人は思案していた。頭痛の種が一つ増えてしまった。先の事件、睦月
の強化換装失敗によって負った怪我で、いよいよ宙と海沙が自分達の活動に疑問を持ち始め
ている。外からの脅威と、内側の突き上げ。何とかしなければ……。
『なるべくお前達司令室(コンソール)の側に労力を割かせないようにはするが、場合によ
っては実力行使でその高官に接触しなければいけないかもしれない。ビートル・コンシェル
でな。状況が状況だ。お前には先に知らせておかねばと思ってな』
「……そうか」
 リモート。やはり記憶を改ざんするしかないだろうか。良心など、目的の為になら脇に置
いておかなければならないか。友人と権力者。同じ人間なのに、いざ自分をクールに冷却し
てみるとこんなにも躊躇いの有無がはっきりと感じられる。
「それで? その視察に来る要人というのは誰か分かっているのか?」
『ああ。確認を取ったから間違いない』
 そして皆人は、続いて返ってきた返答(こたえ)に耳を疑う。
『大臣だ。文化教育省の──』
 飛鳥崎に乗り込んでくるという人物の名。
 通話越しに父から語られるその名前に、皆人はじわりと目を見開いて……。

 我が国の集積都市の一つ、飛鳥崎。首都圏からも幹線道路・鉄道の延長上にあり、この辺
り一帯は旧時代以前からも副都心として潤沢な発展を遂げてきた。
 夜の道路を走る。流石に他の車の姿は時折数えるほどしかないが、それでも街のネオンは
煌々と、この延々複雑に続くインフラを照らし続けている。
 ……美しい光だ。だがこの中には、間違いなく多くの軋みが潜んでいるのだろう。
 黒塗りの高級車。その後部座席の半分に陣取りながら、彼はぼうっと過ぎゆく夜の街並み
を眺めていた。
 昼の公務を急遽ハイペースで消化し、この車に乗り込んだ。明日には視察を始められるよ
うにしたい。犯人すらまだ捕まっていないのだ。自浄能力を持たぬというのなら、最早トッ
プダウンで差配する他あるまい。
「市中に入りました。ホテルまであと十分ほどで到着します」
「そうか」
 ハンドルを握りながら、運転席の中谷が言う。彼は小さくそれだけを応えて特段向き直る
訳でもなく、変わらず街の灯りを眺めている。
 一連の事件について聞き、義憤(いかり)が込み上げた。何故ここまで拗れに拗れたのだ
ろう? もっと早く、形だけでも大人達が非を認めて謝罪をすれば、あの少年はあそこまで
凶行に駆られることも無かっただろうに。
 ネットで配信された釈明会見も視た。酷い保身だった。
 復讐を称賛することはできない。しかし一人の少年が、未来を担う若者が一人、その命を
自ら断ったというのに何故あそこまで彼らは無視できる? 仮にも、そうした若者達を育て
る使命を帯びた教育者であるのに。

『先生が介入することで、一層大事になりはしませんかね?』
『それでも、だ。これは俺たち大人が解決すべき問題だ』

 惜しむらくは事件を知ってすぐに動けなかったことだろう。貴方が直々に動いてはいけな
いと何度も周囲に止められた。秘書の中谷もその一人だ。尤も彼の場合は事なかれ主義とい
うより、自分に跳ね返ってくるダメージを気にしてのことだったと思うが……。
 だが今回に関しては、首相より許可を貰っている。
 気持ちばかりが急く。こんな時に動かなくて、何が大臣だ。
「……」
 本当ならすぐにでも現場に飛んでいきたい。無念のまま亡くなった少年の為に祈り、暴走
を止められなくなった彼の兄を何とかして救いってやりたい。
 景色は、海辺を埋め立てた広大な港湾地域を映し始めている。
 確かポートランドといったか。
 そうか。“彼女”は今、此処いるのか……。
「先生?」
「……何でもない。急いでくれ」
 バックミラー越しに中谷がふいっと怪訝に声をかけてきた。彼はハッと我に返り、あくま
で冷静沈着を装ってこの秘書を促す。

 夜の飛鳥崎を、彼を乗せた黒塗りの車が駆けて行く。

 彼の名は現文化教育大臣・小松健臣(たけおみ)。
 この国における“新時代”の始まりを牽引した三巨頭が一人、“鬼の小松”こと小松雅臣
の息子である──。


「よう、佐原。聞いたぜ? また入院してたんだってな」
「災難だったなあ。春先に続いて二度目かよ。お前、もしかして何か呪われでもしてんじゃ
ねぇの?」
「あはは……」
 翌日。クラスメイト達に迎えられて睦月は何時もの日常に帰って来た。ニヤニヤと笑い飛
ばしてくる彼らに苦笑いを返す。もしかしたら欠片でも怒ってみせた方が良かったのかもし
れないが、真面目に怪しまれるよりはずっとマシだ。
 玄武台襲撃(あんな)事件があったにも拘わらず、一見すると学園は平常を保っていた。
時間割通りに針は進んでゆく。余所の学校の事件だから、なのだろう。だが登校時、正門に
詰める警備員の数が普段より多いように思えたのは気のせいではなかった筈だ。
「──では、今日はここまで。各自予習・復習を怠らぬように」
 鳴り始めたチャイムに反応して、そう堅物の化学教師がカツンッと板書する手を止めて言
った。てきぱきと卓の上の教材をまとめ、足早に立ち去っていく。
 ざわ……。すると直後、教室内の空気がドミノを崩すように弛緩した。本日二回目の休み
時間。クラスの面々は緊張から解き放たれ、束の間の休憩に身を預ける。
「ふぅ」
 睦月も、教科書やノートを机の中にしまって小さく息をついた。授業態度こそ真面目であ
った筈だが、それでも本当に集中できていたかどうかは怪しい。
(うーん。どうしたもんかな……)
 海之は昨夜、実家に泊まることもなく宿に戻って行った。彼曰く今回戻って来たのは街を
訪れる要人の案内の為らしい。彼を含めた何人かの飛鳥崎出身者が、省内から急遽抜擢され
たのだそうだ。
 ……それよりも。睦月は退院してからずっと頭の隅に留めていることがある。
 宙と海沙のことだ。タウロスとの戦い、赤の強化換装に失敗した時、二人やおじさん達に
は随分と心配を掛けてしまった。それだけではない。後で皆人から聞いた話では、宙が自分
達の活動を訝しみ始めたのだという。
 三条家(うち)の手伝いをして貰っている──その時はそう繕ったそうだが、宙達は大層
お冠だったという。誰かに狙われているんじゃないか? とも詰め寄ったらしい。
 彼女なりの優しさなのか、はたまた単純にこちらに話が伝わっているのを知らないのか。
 少なくとも今は、もう露骨に機嫌が悪いようには見えないが。
 ……バレる訳にはいかない。
 正直気は進まないが、場合によっては海沙だけでなく、宙にもリモートチップを埋め込ま
ねばならなくなるのかもしれない。
「皆人、次って音楽だっけ?」
 だから睦月は、気を紛らわせるように隣列席の皆人に話しかけていた。机の中に教科書な
どをしまい終わり、何となく間を繋げるように言う。
「……」
「皆人?」
「? ああ……。そうだったか?」
「違いますよ、皆人様。それは四時限目です」
「む? そうか」
 だがその皆人本人は、何だか反応が鈍かった。
 上の空、という奴なのだろうか。つい生返事をした直後、二人のやり取りを聞いていたら
しい國子に指摘されてそっと我に返る。
「……?」
 睦月もまた虚を突かれた感じだった。頭の上にちょこんと疑問符が浮かぶ。
(しまったな。今ので睦月に怪しまれなければいいが……)
 内心、皆人は迷っていた。なすべき事と、伝えるべきか否か。二つの二つに挟まれて今朝
からずっと思案で手一杯になりかけていたのだ。
 昨夜父・皆継から報告があった小松文教相への対応、自分達の戦いに怪訝の眼を向け始め
た宙への対処。そしてこの事を、睦月に伝えるべきか否か。
 肘をついた手で口元を押さえながら、皆人は密かに嘆息を吐き出していた。ちらと視線を
外に遣れば体育らしき生徒達がちらほらとグラウンドに出始めている。
 ……やはり、こいつにはまだ話さないでおこう。
 それは父から任された新たなる重荷であると同時に、友人としてのエゴなのだろう。
「ねぇねぇ、聞いた?」
「聞いた聞いた。ブダイの校長、クビになるんだってね」
「そりゃああれだけ大っきな事件になったんだもん。誰かが責任取らなきゃ収まらないよ」
 一方で、教室内にはひそひそと、控え目ながらも着実にその噂が広まっていた。
 先日起こった玄武台高校の襲撃事件。メディアでも連日報道された、見るも無惨に崩壊し
た校舎の様はたちまち飛鳥崎内外の人々の知る所となり、つい昨日には校長の依願退職──
事実上の免職が決まったばかりだった。
『──』
 ざわ、ざわ……。動揺は静かに広がっている。それは他校である学園も少なからず、この
クラスもまた例に漏れない。そして海沙や宙も、そんなクラスメート達の微妙な変化に気付
かない訳はないし、その重苦しさに少しずつ呑まれつつあった。
「……物騒なニュースが続くわね」
「そうだね。やっぱりむー君が巻き込まれたのと、何か関係があるのかなぁ」
 ひそひそと二人して向こう側の睦月と皆人、國子を観る。
 だが遠巻きに見る限り、この幼馴染達の様子は普段とあまり違わない。いつも通り過ぎる
くらい穏やかだし、いつも通り寡黙で感情を表に出さないし、いつも通り自身の主たる御曹
司にピッタリと付き従っている。
「? 何だか騒がしいわね……」
 そんな時だったのだ。ふと気付くと、それまでのざわめきとはまた別に、困惑にも似た生
徒達の気色が伝わってきた。外だ。廊下の外から、順繰りに伝染してきた異変を確かめてき
たクラスメートが戻って来て、叫ぶ。
「おい、大変だ! 中庭の方に不審者が出たらしいぞ!」

 時は少し遡る。
 この日、国立飛鳥崎学園の正門には見慣れぬ三人の人影があった。
 丸サングラスの男と逆さ帽子の少年、そして胴着姿の灰髪の大男──蝕卓(ファミリー)
が一人、ラースが送り込んだ刺客達である。
 その目的は、守護騎士(ヴァンガード)もとい睦月。
 だが到着して早々、何を思ったか灰髪の男は一人ずんずんと真正面から敷地内へと入って
行ってしまった。「あ、おい──!」サングラスの男が止めようとするも時既に遅し。この
突然の侵入者に立ち向かった警備員達は、彼の流れるような拳捌きの前にあっという間に全
滅させられてしまったのである。
「もし。少し訊ねたい事があるのだが」
 そうして校舎群を目指して彼は歩いていく。途中で生徒や職員を見かければ、さもそれが
当然であるからのように堂々として声を掛ける。
「君は、守護騎士(ヴァンガード)が何処にいるか知っているか?」
「えっ? ヴァン、ガード?」
「それって、例の飛鳥崎のヒーロー?」
「話なら聞いたことあるけど、何処だなんて……」
 当然ながら、そんな事をいきなり訊ねられておいそれと答えられる筈もなく。
 彼に、突然姿を見せた大男に訊ねられ、出くわした女生徒達は互いに顔を見合わせて困惑
していた。物凄く怪しんでいた。とはいえ、こんなデカブツ相手にどうこうしようという考
えもなく、彼女らは「す、すみません……」とただその場から逃げ出すのが精一杯だった。
 ……ふむ? 灰髪の彼は不思議そうに小首を傾げる。見ればそれまでちらほら人の気配が
あったこの周囲、中庭らしき場所にはもう呑気に佇んでいる人影がなくなっている。遠巻き
の物陰や、頭上上階の窓からこちらを覗いている者達は何人か気取っていたが、それでも彼
らが直接こちらから接触してこようとする気配はない。
 そうしていると、懐の中から、彼に支給されていたデバイスの着信が鳴った。
「もしもし?」
『何やってんだ、ド阿呆! 真正面から乗り込む奴があるか!』
「……? 奴を捜すのだろう? 訊かなければ始まらぬではないか」
『やりようってモンがあるだろう!? 此処は一応敵地なんだぞ!』
 電話の相手はサングラスの男だった。言わずもがな、かなりのご立腹である。
 しかし当の対する灰髪の男は落ち着き払ったものだった。彼としては速やかに任務遂行に
向かった心算だったのだが、如何せんそのやり方は真っ直ぐ過ぎた。
「分かっているさ。だがこれで向こうから出て来れば手間も省ける。どのみち戦うべき相手
には変わりないだろう?」
『それでもだ! ラースも言ってたろう? 先ずは面を割るのが先だ。いいから一回戻って
来い。お前が警備の人間をぶっ飛ばしたせいで、こっちは色々面倒になってんだよ……』
「ふむ……?」
 いいな!? 最後に念を押して、電話は切れた。結果オーライというやり方はどうやら彼
にはお気に召さなかったらしい。デバイスを懐にしまい直し、灰髪の男は小さく息を吐きな
がら空を仰いだ。ぐるりと、校舎の壁が視界の大部分を占拠している。
「……さて。此処は何処だろうか」

 正門前に、何人もの警備員が白目を剥いて倒れている。
 その中にサングラスの男と逆さ帽子の少年──不審者と見られる者達がいた。先程から騒
ぎを聞き、二・三度増員が駆けつけて来たのだが、この二人によって彼らは次々に倒されて
しまっていた。ポキポキと拳を鳴らし、帽子を軽く押さえながら持ち上げた脚を降ろし、二
人はやれやれといった様子でその場に留まっている。
「まさか直接乗り込んでくるとはな」
「うん。やっぱり、狙いは僕なんだよね……?」
 そんな彼らの一部始終を、同じく騒ぎを聞きつけて教室を抜け出してきた皆人と睦月が物
陰から覗いている。ここに着く直前、パンドラからも知らされた。あの二人は間違いなくア
ウターだ。召喚主の姿もない。おそらく、実体化済みだ。
「でも、何で……?」
「……これは俺の予想だが、法川晶の事件の時、幹部との接触があったろう? あの時、奴
らはお前が学園生であることを知らされたのかもしれない。今日の今日まで攻め込まれなか
ったことを考えると、それ以上の情報までは持ってないようだが」
「……」
 声量を抑えながら親友(とも)は言う。
 そういう事か。あの時はバレさせまいと飛び込んだが、全てを口封じするまでには至らな
かったという訳か。……これは拙い。このまま奴らを野放しにすれば、学園の皆が危険に晒
される。海沙が、宙が、仁や國子達が危ない。
「皆人」
「ああ、分かってる。とにかく奴らを此処から引き剥がせ。俺もすぐにチームと合流して援
護に回る」
 短く名を呼ぶ。皆人はすぐに意図する所を汲み取り、スッとその場から離脱しようと動き
始めていた。『先手必勝ですっ』画面の中でファイティングポーズを取るパンドラと共に、
睦月も懐から取り出したEXリアナイザに彼女をセット。変身を開始する。
『TRACE』『READY』
「……変身!」
『OPERATE THE PANDORA』
 電子音声が鳴る。正面に撃った光球が最短距離で旋回し、睦月を電脳の戦士へと変える。
 その直後、正門前の二人が気付いた。サングラスの男は電話していたのか、片手にデバイ
スを握っており、逆さ帽子の少年と共に驚いた顔でこちらに振り返っている。
 仲間でも呼んでいたか? だが、そんな暇は与えない。
「うおぉぉーッ!!」
 殆どそれは虚を突く形。
 守護騎士(ヴァンガード)に身を包んだ睦月は、二人を目掛け物陰から飛び出した。


(……怪しい)
 休み時間はあっという間に終わり、授業は再開されていた。
 あれから一齣、二齣目。しかし先刻の不審者騒ぎの最中、気付いた時には睦月と皆人、そ
して國子の姿までもがなくなっていた。

『はい。どうやら具合を悪くされたようです』

 最初いなくなった事に気付き、宙はまだ教室にいた國子に訊ねると、彼女はそう事なげも
ないという風に答えた。退院したけれど、まだ傷が痛むのか……? なら自分もと保健室に
顔を出そうとしたが、それを彼女と時間切れのチャイムが阻んだ。
 嘘だ。半ば直感的には宙は思った。元より例の火災に巻き込まれたという一件から、彼ら
のことは間違いなく疑ってかかっている。幼馴染を信じてやれない自分を恥じる気持ちもな
くはなかったが、それでもやはり自分達に相談もせずに何か危ない橋を渡っているらしいと
いう事実、全部を背負い込んで自分達に関わらせないようにしているそのやり方が、宙には
どうしても気に食わなかった。
「……」
 一見する限り真面目に授業を受けている海沙も、しかしよく観察すれば不安にその横顔を
曇らせていた。時折そんな宙と、視線越しに交わって互いの気持ちを察し、大丈夫だよと本
当に思ってもいない慰みの眼などを返す。
(また三条家の手伝いってやつ? こんな授業の真っ只中に?)
 疑いは膨らむ一方だった。急にフケて、一体何をやっているのだろう?
 それでもきっとあいつらは話してくれないのだろう。何かは分からないが、自分や海沙に
踏み込ませれば、巻き込んでしまうと思っているのだろう。伊達に何年も付き合いがある訳
じゃない。こういう時の思考だって、大よそ見当はつく。
(優しさのつもりなんだろうけどね……。そんな遠慮、却って迷惑だよ)
 むすっと片肘をついて頬を膨らませている。老齢な古典教師の話し声など、もう十分の一
とて頭に入って来ない。
 そんな場合じゃない。大切な友のピンチだ。休み時間には不審者がどうのこうのと聞いた
し、気が気ではない。
「……」
 ちら。横目を遣ってやはり海沙が心配そうに眼を遣って来ているのが見えた。考えている
ことは大体同じなのだろう。……全く、水臭いったら余計なお世話ったら。
「先生。ちょっとトイレに行って来ます」
 だからややあって、ようやく宙は意を決した。ガタッと席から立ち上がってそれだけを言
うと、一人すたすたと教室を後にしてゆく。うん? ああ……。数テンポ遅れて板書途中か
ら振り向いた古典教師の反応などもう耳にも入らず、遣られる海沙の不安げな眼差しを背に
受けながら、宙はその足で一人廊下へと小走りに駆け出していく。

「居ないなあ……」
 しかし肝心の睦月達の行方は、ようとして知れなかった。校内は授業中で廊下も人気が皆
無な筈なのに、彼らの姿は何処にも見当たらない。
「校舎の外かな? あいつら、また面倒な事に首を突っ込んで──」
 そうして内心徐々に焦り、一歩また大きく踏み出そうとした次の瞬間だったのだ。はたと
背後からコツコツと一人分の靴音が聞こえてきた。宙は思わずその足を止めて、半ば反射的
にその足音の主に振り返る。
「わっ!?」
「うわっ!? ……何だ、大江っちか。どったの?」
「そ、そっちこそ。い、今は授業中だぞ?」
 仁だった。彼は急に振り向いてきた宙に驚き、宙もその上げられた声に思わず反応してし
まう。ホッとしたような、肩透かしを食らったような。宙は訊ねたが、仁もまた同じように
問いを返してくるのみ。暫し二人は、そのままその位置に立ち尽くして黙り込んでしまう。
「……もしかして、あんたも睦月達を探しに?」
「えっ? あ、ああ。まぁそんなとこ」
 そうして先に口を開いたのは宙だった。
 だが仁は、そう話を合わせつつも、内心さっきからずっとひやひやしっ放しだった。
(……。やべえ)
 彼は宙が一人教室を抜け出す所を見て、これは拙いと追い掛けてきただけなのだ。詳細は
皆人や國子から伝え聞いている。彼女はこの前の睦月の入院で、自分達の活動──秘密裏の
戦いについて疑いを持ち始めていると。
 二時限ほど前に伝わってきた不審者の報は、アウターだった。
 どうやら睦月──守護騎士(ヴァンガード)が学園生であるとの情報を得て、直接刺客を
送り込んできたらしい。それでも学園自体に目立った攻撃がなかったことを考えると、向こ
うも肝心の正体まではまだ分かっていないのか。今頃睦月は、皆人ら司令室(コンソール)
の面々のサポートを受けてそのアウター達を学園から引き離している筈だ。
 しかし仁や國子はその現場には同行していない。皆人から、今回はなるべく睦月一人が前
に出た方がいいと指摘されたからだ。
 相手の目的は間違いなく守護騎士(ヴァンガード)──に変身する学園生X。どうやら面
までは割れていない以上、自分達リアナイザ隊という繋がりを示すような行動は控えるべき
だというのだ。隊士が直接現場に駆けつければ、面が割れる。その点睦月は、少なくとも変
身している間は、その正体までは分かるまい。
「ふぅん……?」
 ぐるぐると回る仁の思考。だがそんな内心など知る由もなく、しかし宙の向けてくる眼は
そこはかとなく怪しむようなそれだった。
 そっと冷や汗をかく。それを彼女は暫くじっと目を細めて見つめている。
「ねえ。大江っちは知ってる? 睦月が皆っちの家の手伝いをしてるっていう話」
「うん? あ、ああ。話だけなら、まあ」
「でも怪しいんだよねえ。絶対何か絶対隠してる。それもあいつらなりの気遣いなんだろう
けど、こうも遠ざけよう遠ざけようとされると逆に気になっちゃうって」
「……」
 ああ、やっぱり。
 仁はだくだくと冷や汗を増していた。やはり彼女への要注意は間違っていなかったのだ。
 皆人は不審者の正体がアウターであると判ってから程なく、学園内の隠し通路から地下の
司令室(コンソール)に向かった。自分と國子はその間、海沙と宙を見張る役を任された。
一時すぐ手前までやってきた敵の脅威に、その危ない好奇心に、これ以上火を点けさせない
ように。
「そもそも手伝いって何なのさ。普段はあんまりそれっぽい感じ出さないけど、天下の三条
電機だよ? 生易しい仕事じゃないと思うんだよねえ」
「……」
 困った。
 さて、一体どうすれば誤魔化せる……?
「──がっ?!」
 だが、ちょうどそんな時だったのだ。次の瞬間、目の前で宙が突然白目を剥いて倒れ込ん
で来たのである。
 慌てて仁はこれを受け止めた。だらりと、その身体は完全に脱力している。
 朧丸だった。彼女の背後からヌッと現れた──ステルス能力を解いたのは、同期した國子
のコンシェル・朧丸だった。どうやらかわし切れないと判断し、素早く当身をしたらしい。
『……』
 ガチリ。
 鞘に収まったままの太刀の柄を握り、般若面の武者は佇む。

「うおぉぉぉッ!」
「ぐぅっ……!」
 先手を打った勢いのまま、睦月はアウター二人を遠くへ遠くへと押し遣っていた。
 とにかくこいつらを学園から引き剥がさないと……。必死になって転がり込んだ先は、人
気のない空き工場だった。チィッ──! それでも、野晒しにされていた資材を薙ぎ倒し、
サングラスの男は抵抗した。しなるような拳が睦月の頬を掠め、鈍い殴打の音と共に辛うじ
て二発・三発と受け流す。それと合わせて側方から襲い掛かった逆さ帽子の少年の蹴りを、
寸前の所で姿勢を低くしながら回避する。
 互いに弾かれ合って、大きく後退りした。今度は互いに慎重になり、ぐっと両脚に体重を
掛けたまま身構える。
「……へっ。随分な歓迎じゃねぇか。まさか本当にホイホイ誘き出されてくるとは」
「どうします、兄貴? あいつ置いてきちゃいましたけど」
「構いやしねぇよ。ここまで来たら仕方ねえ。このまま奴の面の下をひん剥いてやるさ」
 いくぜ、トレ坊! そしてサングラスの男が力を込めてデジタル記号の光に身を包んだ。
隣に立つ逆さ帽子の少年もこれに倣う。
 人間態を解いたのだ。一人は袖なしの革ジャケットに身を包んだ猿人のようなアウター、
もう一人は両手の甲に丸いレンズを備えた小柄のアウターへと姿を変える。睦月はぎゅっと
目を細めて拳を握り直した。猿人のアウターを前衛に、二人が襲い掛かってくる。
「シャラァッ!!」
 素早い。猿人のアウターは縦横無尽に打ち、跳び、払い、今度は睦月を押し始めた。その
後ろではレンズ甲のアウターがじりっ、じりっと円を描きながら距離を取って二人の様子を
窺っている。
「っ……。ナックル!」
『WEAPON CHANGE』
 ちらと視界には映ったが、余所見をしている余裕はなかった。これに睦月も負けじと武装
を展開し、球状のエネルギー拳で猿人のアウターに反撃を試みる。
 おっと……。しかし初撃のそれはかわされた。しかもぐるんと身をかわして回避される中
で彼は、腰に下げていた酒筒(フラスクボトル)を手に取って一口煽りさえしたのだ。
「こんのっ!」
「っ、とぉっ……」
 睦月は少しイラついた。学園の皆を守る為、不利を押して戦っているというのに、呑気に
酒なんて飲みやがって。
 だが、そんな感情的な一発を、睦月はすぐに後悔する事になる。
 霞んだのだ。一瞬、この猿人のアウターの動きが霞んだように見えて、逆に睦月は彼から
強烈な顎へのフックを一発貰ってしまったのである。
「な、んだ……? 急に速く──」
 ぐらりと視界が揺らぐ。しかしこうなると戦いの形勢もまた、相手へと傾いていく。
 怯んだその隙を逃さず、猿人のアウターはもう一発、また一発と次々に拳や蹴りを叩き込
み出した。その度に右へ左へとフットワークを刻む位置を変え、ごきゅごきゅとボトルから
酒を口にしてゆく。
『マスター!』
「……大丈夫。一体どうなってるんだ? 何だかさっきから、あいつの速さも力も、増して
きているような……?」
『まさか。あれが奴の能力か? アルコールを摂れば摂るほど、強くなる……?』
 矢継ぎ早にダメージを受けて、ふらつく身体。パンドラに呼び掛けられる睦月の呟きに、
司令室(コンソール)の皆人が小さく目を丸くして呟いていた。
『酔拳……。酒乱(ジャンキー)のアウターか』
 ニタリと嗤う猿人のアウター、もといジャンキー。戦い始めてから何度となくボトルの酒
を飲んだその身体は、淡く熱を帯びながらどんどん加速し始めていた。
 ナックルのパワーでも押される。振り払えば軽々と跳躍される。
 拙い……。睦月は咄嗟に距離を取り直そうとした。振り払い、間合いが空いたのを見計ら
って大きく後ろに跳ぼうとする。
「させるか、よッ!」
 だがジャンキーは叫び、再び酒を口に含んだ。かと思うと次の瞬間、口から激しい炎を吐
いて睦月を追撃したのである。
「ぐっ!?」
 咄嗟に両手でガードし、炎の勢いに押されるがままになる。資材の中に転がって、ガラン
ガランと大きな音を立てながら受け身を取る。
 今度は飛び道具だ。睦月は息を切らしつつ起き上がり、駆け出していた。それを繰り返し
吐き出されるジャンキーの炎の息が追う。
 熱波が迫った。放置された資材や工場の壁が着火して焦げる。ぐるりと円を描くように何
とか回避しながら、睦月は手元のEXリアナイザを操作する。
『ARMS』
『RESIST THE PUMA』
 そうして呼び出したのは、レッドカテゴリ・緋色のマント。高熱の攻撃からも身を守る事
のできる防御用の装備だ。身に巻きつけながら、今度は意を決してジャンキーへと突っ込ん
でいく。
「……」
 だが、当のジャンキーは嗤っていたのだ。ニヤリを小さく口角を上げ、パチンと一つ指を
鳴らして合図する。
 するとどうだろう。それまで距離を置いて攻撃の一つも仕掛けても来なかったレンズ甲の
アウターが、ザッと両手を二人に向かってかざしたのである。
 その掌にはレンズに繋がる小さな穴が埋まっていた。右手は睦月、緋色のマントをかざし
て走る守護騎士(ヴァンガード)に。左手はジャンキー、合図をして鳴らしたその指に。
「──っ!?」
 次の瞬間だった。このレンズ甲のアウターがこの二つの像を映し、力を込めた瞬間、何と
マントが睦月の手から消え、ジャンキーの手の中に収まったのだ。代わりに睦月の手の中に
は、コインが一枚滑り込む。
 突然のことに睦月は目を見開くが、急には止まれない。そのまま防具なしで突っ込む形と
なり、再びジャンキーが放つ炎の息に飲み込まれる。
「ぐあぁぁぁッ!!」
『睦月!』『マスター!』
 まともに攻撃を受けてしまった。白亜のパワードスーツが大きく焦げ、どうっと睦月は地
面に転がる。リアナイザは間一髪寸前に抱きかかえて無事だった。司令室(コンソール)の
皆人や職員達が今起きた出来事に目を丸くしている。
『……何だ? 一体今、何が起きて──』
「ほう? やはりこのマント、ただの布切れじゃねえな。耐熱か。だがまぁ、これでもう無
意味だ」
「くっ……!」
 ジャンキーが手にしたこの緋色の衣をざっと検めてから捨てる。睦月は歯を食い縛り、引
き続いて新たな武装を召喚する。
『ARMS』
『SPARK THE GIRAFFE』
「おっと」
 今度は雷撃迸る長杖だった。だがそれを目敏く反射的に見遣ったジャンキーは再び指を鳴
らして合図し、背後のレンズ甲のアウターにこれを自身の手の中に収めさせる。またもや一
瞬の出来事だった。手の中から武器が消えたと思った次の瞬間、睦月に叩き込まれたのは自
分が今呼び出した筈の杖による一撃だったのだ。
「ぐあッ?!」
『え……ええっ!? またぁ?』
『睦月! 無闇に武装を出すな! よく分からんが後ろの奴は、相手の武器を盗むらしい』
 炎の直撃の他に雷撃の杖を打ち込まれ、睦月は大きく尻餅をついた格好でふらふらと腹を
擦っていた。ジャンキーがぶんぶんと杖を回して物珍しそうにこれを検め、後ろでサムズア
ップするレンズ甲のアウターと不敵なアイコンタクトを取っている。
「いたぞ!」
「拙いな……。彼が押されている。総員、救援に入る!」
『了解!』
 ちょうどそんな時だった。工場の裏手、ちょうどレンズ甲のアウターがいる側から十数人
ほどの怪人──コンシェル達が駆け付けて来て一斉に戦闘態勢に入った。リアナイザ隊の援
軍だ。しかし睦月も、司令室(コンソール)の皆人も「止せ! 止めろ!」と思わず彼らに
向かって叫んでいた。ビームサーベルや矛、二丁拳銃といった隊士が同期したコンシェル達
が、一斉にレンズ甲のアウターへと襲い掛かる。
「……へっ」
 そして案の定、彼はその怪しい両手をかざして隊士達の位置を瞬く間に入れ替えてしまっ
た。自分の身に何が起こったのかも分からないまま、彼らはその隙を突かれてこのアウター
に次々と鋭い蹴りを叩き込まれる。
「がっ!?」「ぐあッ!」
「な、何が……!?」
 助けに入ったつもりが、瞬く間に倒されてしまった。地面に転がり、しかしレンズ甲のア
ウターは構わずその足で最後の一人を踏みつけ、罵倒する。
「ははは! 馬っ鹿じゃねぇの? 本気でおいらに勝てるとでも思った訳?」
 ゲシゲシと踏みつけ、蹴飛ばす。ジャンキーはそれを止めようともせず、あさっての方向
に杖を放り投げて隊士達の方に向き直った。ごきゅごきゅとまたボトルの酒に口をつけ、赤
い蒸気を上げながらまた自身の身体を強化する。
「守護騎士(ヴァンガード)の仲間か。いるらしいとは聞いてたが、ふむ。先に潰しておい
た方が良さそうだな」
「っ! ま、待て……!」
 言ってジャンキーが歩き出す。ダメージに息を切らす睦月が叫ぼうとする。
 だが二人はこちらの声など聞こうともしなかった。自分達ならどちらもすぐにでも倒せる
と高を括ったのだろう。……ギリッと歯を噛み締めた。EXリアナイザを操作し、睦月はま
た新たな武装を呼び出す。
『ま、待て、睦月! 奴らの能力は──』
『ARMS』
『CYCLONE THE PEACOCK』
 皆人が止めようとする。だがそれよりも早く、睦月は武装を召喚し終わっていた。
 ジャンキーとレンズ甲のアウターが振り向く。そこには睦月の背から広がるように、扇状
に展開する幾つもの金属の羽根が、滾々とエネルギーを蓄えて漂っている。
「せいっ!」
 そして射出。二人のアウターに向かって、睦月はこの金属羽根を雨霰と彼らに向かって撃
ち込んだのだった。これには二人も慌てる。射出の速度もさることながら、これだけ大量の
攻撃を一度に入れ替えることが出来なかったからである。
『……』
 濛々と土埃が立ち込めた。手負いの隊士らを引き離して、両者は互いに睨み合っていた。
睦月も再び金属羽根を背後に展開し、先の轍を踏まぬ攻撃を考える。
(やっぱりあの手、一度にたくさんは盗めないみたいだな。でも、僕自身が狙われたらお終
いだ。数が要る。サモンで、コンシェル達に手伝って貰うか……?)
 だが、ちょうどその時だったのだ。睨み合う両者に向かって、ふと轟々と大きな音が近付
いて来たのである。
 竜巻だった。ハッと気付いて見上げれてみれば、暗雲宿す竜巻が工場の向こう側から押し
寄せ、激しい風圧と共に周りにあるもの全てを薙ぎ倒そうとしていたのだった。
『なっ──!?』
「危ない!」
 射線上にはまだ、ダメージから復旧していないリアナイザ隊士達。
 睦月は殆ど反射的に飛び出していた。彼らを庇ってだんっとアウター二人の傍を駆けて地
面を蹴っていた。
「う、ああぁぁーッ!!」
 睦月! ひゃぅっ?! パンドラや司令室(コンソール)の皆人達が叫ぶ。
 しかし次の瞬間には彼は、轟々と速度を上げ続ける竜巻に巻き込まれて、高く高く天へと
巻き上げられていってしまったのである。

「──ター、マスター!」
「んっ。んぅ……?」
 一体それから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。
 繰り返し自分を呼ぶパンドラの声に揺り起こされ、睦月はようやくその深く沈んでいた意
識を取り戻すことができた。
 身体の節々が鈍く痛い。頭がぼ~っとする。
 僕は、何をやってたんだっけ……? 顰め細めた目に映る空を見ながら必死に記憶を手繰
り寄せて、先刻までのアウター達との戦いを思い出す。
 先ず全身に感じたのは、背中じゅうを這う草の感触と、じりじりと差す初夏の太陽。
 ダメージの残る身体を労わりつつ、睦月はゆっくりと身体を起こした。どうやら何処かの
草むらに倒れていたらしい。気絶していたからか、変身は解けて制服姿に戻っていた。近く
に落ちていたパンドラ──EXリアナイザやインカムを取り急ぎ回収し、軽く息を吹きかけ
て汚れを掃ってから、再び耳に入れて軽く小突いてみる。
『──き、睦月! 聞こえるか!? 返事をしろ!』
「あ、皆人。良かった。生きてた」
 どうやらあの竜巻に吹き飛ばされた衝撃で、インカムの調子が悪くなっていたらしい。電
波の向こうで必死に呼び掛け続けてくれていた皆人ら司令室(コンソール)の面々に無事を
伝え、一先ず安堵の呼吸を整える。
『そうか……道理で応答がなかった訳だ。それで? 今どんな状況だ。いきなりお前が飛ん
でいってしまってこちらでもカメラが捕捉出来ていないんだ』
「ああ、うん。何か草むらの中に倒れてた。周りに奴らの姿はない。ねぇ、皆は無事なの?
奴らは今何処に?」
『隊士達なら既に人を遣って保護した。今手当てを受けている。アウター達の方はごたごた
の間に逃げてしまったようだな。どうやら他にも仲間がいたらしい。中庭に現れた不審者と
いうのはおそらくその三人目とみて間違いないだろう』
「……そっか」
 戦いの結果は痛み分け。だが内心睦月は少し安堵していた。少なくとも学園の皆を──海
沙や宙を守ることは出来た。奴らを学園から引き離すという目的自体は達せられた訳だ。
「こっちは町の中じゃあなさそうだね。向こうに堤防が見えるよ。パンドラ、僕らが今どの
辺にいるのかって分かる?」
『はい。ちょっと待ってくださいね。測位プログラム実行、検出開始……』
 一先ず、睦月はパンドラをEXリアナイザの中から取り出し、これを懐にしまいながら彼
女からの返答を待った。しゃく、しゃくと膝上近くまで伸びた草むらの中を歩いていく。少
なくとも睦月が普段よく通っているような場所ではなさそうだ。
『検出完了。飛鳥崎市玄武台川之江三十七の五──武宝川西の中流です。あちらに橋が見え
ますか? あそこを渡った向こうに玄武台高校があります』
「ブダイが? あちゃー。そりゃ随分と飛ばされたなあ……」
 程なくしてパンドラからの報告を受けて、皆人ら司令室(コンソール)もこちらの位置を
把握したようだ。すぐに最寄の監視カメラをズームし、映像を呼び出すよう操作が始まる。
睦月はその間も草むらを掻き分けて進んでいた。時折ぐにゅりと靴が軽く土にめり込む感触
がする。もしかしたら何年も放置された耕作地なのかもしれない。
「とりあえず大きな道に出よう。学園に──司令室(コンソール)に戻らなくちゃ」
 草むらを抜け、斜面を上がって堤防道に出た。パンドラがさっき言ったように眼下にはも
う一回下りの斜面と河川敷があり、武宝川が静かに流れている。道の向こう、下流側には赤
い鉄橋が渡され、ブダイを始めとした向こう岸に接続されているようだ。
「……?」
 そんな時だ。ふと、見つめていた方とは逆方向からこちらに向かって車が走ってくるのに
睦月は気付いた。黒塗りの高級車だ。それが三台、整然と等間隔に並んで睦月の傍を通り過
ぎ、橋の方へと向かっていく。
 こんな横道を通るなんて珍しいな……。睦月はそのくらいの事しか考えていなかった。三
台の車両は流れるように踏み固められた土道の上を滑り、橋を渡るべくカーブ前でゆっくり
と減速して──。
「っ!?」
 異変はその瞬間、起きたのだ。バァンッ! と突然真ん中の車が大きな音と共にバランス
を崩し、しかし寸前の所で急ブレーキをかけて停止する。ばたばたと、前後の二台も同じよ
うにして急停止し、中からこれまた高そうなスーツ姿の男達が駆け出てくる。
『な、何でしょう?』
「さあ? 何かトラブルが起きたのは間違いなさそうだけど……」
 橋に入る直前。三台の車両は停まり、道を塞いでいた。この時睦月以外に特に他の人影は
見受けられなかったが、それでも運転席から茶系のスーツの男性が出てくると、彼らは慌て
た様子でこの車の周りをチェックしている。
「どうした? 何があった?」
「パンクのようです。左前輪が、いきなり……」
 すると自動に後部座席の黒い窓ガラスが下がってゆき、一人の男性が顔を出してきた。周
りの彼らに比べれば線の細い、真面目そうな男である。おそらくは一団のリーダー格なのだ
ろう。車を検めていた茶スーツの運転手らが、そう突然の事に正直困惑した様子で返事をし
ているのが見えた。
「……」
 特にちゃんとした考えがある訳でもなかった。何が出来るでもなかった。
 しかし睦月は黙したまま、無意識に一歩また一歩と彼らの方へと歩き出していた。
 困っているようだから、だったのかもしれない。或いはこの時既に何か自身にまつわる運
命を無自覚に感じ取っていたのかもしれない。
 次の瞬間だったのだ。次の瞬間、はたと睦月は視界の端にキラッと僅かに反射する光をみ
たような気がした。
 向こう岸、ずっと遠く。
 そしてこの僅かな反射光とすぐ向こうの一団を結ぶ直線をみた時、睦月は殆ど反射的本能
的に危険を感じ、叫んでいたのである。
「おじさん、危ない!」
「!?」
 車内にいた線の細いスーツ姿の男性。
 彼はその瞬間睦月の発した声に反応してはたとこちらに振り向き、それは即ち窓から顔を
乗り出していた自身の体勢を若干仰け反る格好になる。
 ──窓ガラスが貫かれていた。彼が睦月の叫びに反応したその直後、何か素早いものが目
にも留まらぬ速さで飛び、彼のすぐ眼前を通って地面を穿ったのである。
「先生!!」
 今度こそ酷く血相を変えて、周りのスーツ達が一斉に彼を守るように散った。隊長格らし
き黒スーツと茶スーツの男は車の中からこの男性を引っ張り出し、他の面々は彼を文字通り
身を挺して守りながらぐるりと円陣を作った。
「……」
 自分でやった事ながら、睦月はぽかんとしていた。一体今何が起こったのかすらよく分か
らない。ただ彼らに守られるこの男性の横顔を、じっと釘付けにされるように目を開いて見
つめているばかりだ。

「──すみません。天ヶ洲さん」
 宙を気絶させた國子は、ごくりと息を呑む仁を余所に、彼女に向かってホログラム画面か
ら操作した調律リアナイザの銃口を向けていた。リモートチップを打ち込む為だ。
「──馬鹿野郎! 吹っ飛ばしてどうする!? あのままヤってりゃあ奴の面貌も取れてた
かもしれねぇのによう!」
「むう……。私はてっきり、睨み合っているのが見えた故、苦戦しているのだと……」
 思わぬ方向から戦いが中断されたジャンキーは、レンズ甲のアウター共々人間態に戻って
怒っていた。その説教の相手は、ようやく合流してきた胴着姿の灰髪の男である。
「──カメラネットワーク構築完了。映像、入ります!」
 司令室(コンソール)でも睦月の捕捉が終わっていた。職員らがキーボードを叩き、順繰
りに乱れていたディスプレイ群を回復させる。

 そこには、何故か大きく破損した計三台の高級車が停まっていた。スーツ姿の男達が逼迫
したように鬼気迫り、円陣の中の誰かを見えぬ敵から庇っている。そんなさまを少し離れた
位置から、睦月が唖然として立ち、二度三度と向こう岸を見つめている。
「おい、どうした? 睦月、何があった?」
 こちらで映像を復帰させる僅か数分の間に何かが起きたのは間違いなかった。皆人はマイ
クを引き寄せて咄嗟に親友(とも)に呼び掛けた。司令室(コンソール)の面々もざわざわ
と困惑を漏らし始めている。
「……。健臣」
 そんな時だった。ぽつりと面々の中で一人、香月がそう誰にとも向けぬ小さな声で映像に
釘付けになっていた。ちらと、皆人だけがそれを肩越しに見遣ってじっと目を細めている。
「どうして……?」
 睦月の母にしてアウター対策チームの頭脳、佐原香月がごちる。
 皆もようやく記憶が一致した。黒スーツ達に庇われている円陣の中の男性に、一同は確か
に見覚えがあったからだ。

 小松健臣。
 三巨頭“鬼の小松”の息子であり、現文教省──文化教育省の大臣だった。

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  1. 2016/07/19(火) 18:00:00|
  2. サハラ・セレクタブル
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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