日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「醜悪倶楽部」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:殺戮、罠、禁止】


 その回は、顔もスーツも草臥れた一人のサラリーマンだった。
 外回りの途中、とある雑居ビル内のトイレに立ち寄ったことがこの男の運の尽きだった。
生気の薄い顔でふらふらっと入り、用を足すと、肩に引っ掛けた鞄を担ぎ直して足早に場を
立ち去ろうとする。
「……?」
 そんな時だ。彼は見てしまった。何の気なしに踵を返したその瞬間、彼の目にはちょうど
背後にあった一番奥の個室──半開きになったその中が映っていたのである。
 気に留めなければよかった。しかし彼は吸い寄せられるように立ち止まる。
 何かの影が見えた。……人? いや、便座の上に何か置いてある。
 それは鞄だった。黒革の、ずんぐりと膨れたショルダーバッグだった。
 何故こんな所に……? 忘れ物か……? 彼は面倒だと思いつつも数歩踏み出し、この半
開きになっている個室へと入った。周りには誰もいない。足元も聞こえない。警備の人間が
近くにいれば良いが……。そんなことを考えながら、彼は念の為にと鞄の中身を確認する。
「──っ!?」
 まさかの札束だった。鞄の中には、彼がこれまでの人生で拝んだこともないような分厚さ
の札束が詰められている。
 ひい、ふう。全部で五束。おそらく一つが百万と思われるということは、五百万? 思わ
ずごくりと喉が鳴る。
「一体、誰──」
 しかしそれが既に術中だったとはこの時、彼はギリギリまで気付かなかった。鞄ごと札束
を手にして戸惑い、キョロキョロと振り返ろうとした次の瞬間、不意に足元に大きな丸い穴
が開き、彼をそのまま落下させたのである。
「あぁぁぁぁぁぁーっ?!」
 重力で加速度を増し、彼は転がり落ちていった。暗くてまるで分からないが、何か巨大な
パイプのようなものの中を落ちていっているらしい。
 大きくバランスを崩した。何度も頭を足先が逆転した。
 そしてどうっと、数十秒ほどしてからその身は投げ出される。受け身を取ることもできず
に鞄を抱え、ざらついた石畳の上に彼は転がっていた。後ろでガシュンと壁に空いた穴が閉
まる。ただ当の彼自身は気付けなかった。な、何だ……? 狼狽し、辿り着いたこの薄暗く
もだだっ広い空間に目を向けて唖然とする。
『──レディース、エン、ジェントルマン! 皆様、長らくお待たせしました! 新たなる
挑戦者(チャレンジャー)の入場です!』
 なのに。なのに、次の瞬間カッと大量の照明が焚かれ、彼は思わずその眩しさに手で庇を
作った。頭の上から、やけに仰々しい声が降り注いでくる。
 ……競技場のようだった。広々と楕円形に掘られた石畳の床を囲み、ぐるりと高い位置に
無数の人影が待ち侘びたかのようにこちらを見ている。
 ……しかもその者達は皆異様だ。彼らはまるで、一様にオペラでも観に来たかのような豪
奢なドレスやスーツに身を包み、何より様々な意匠の仮面で素性を隠している。その誰から
も感じられる・窺えるのは高慢の含み笑いと、狂気のそれ。
『おや、随分と呆気に取られているようだ。いや、無理もない。だが単純なことさ。君には
これからとあるゲェムに挑戦して貰う』
 ぽかんと彼はこれを見上げていた。そんな彼を見下ろしながら、観客席中央の高台にはや
たら派手な銀の仮面と銀のフォーマルウェアに身を包んだ男が陣取っている。手にしたステ
ッキ型のマイクも然り、十中八九さっきの仰々しい声の正体はこいつだ。
『ルールは簡単だ。君が欲望に駆られて手に取ったその五百万円入りの鞄。それを持って向
こう側にある扉を潜ればいい。そうすれば、その中身はそっくり君のものになる』
 ゲェム? ルール? 草臥れたスーツの男性は困惑していた。
 五百万入りの鞄。やっぱりこれが? それが、自分のものに……?
『但し、その為には我々が用意した守護者(ガーディアン)からの攻撃を掻い潜らなければ
ならない。君は構わず扉に逃げてもいいし、もしこれを倒すことが出来れば、その賞金はき
っかり倍になって授与されるだろう』
 銀仮面の男──司会者はそう言った。
 つまり一刻も早くここから出るか、彼らの言うゲェムに正面から挑むか。前者でも大金だ
というのに、更に後者ならば倍になるという。
 草臥れたスーツの彼は上ずったように辺りを見渡した。確かにこのドーム、高い壁を囲む
四方八方には剣や槍、鈍器やボウガンといった『武器』がセッティングされている。
『そしてもう一つ。これは臆病な選択だが、君の傍にあるその“籠”に入ることで君は今回
のゲェムを降りることもできる。但し外には出られない。君以降──次にやって来た挑戦者
と共闘し、より安全に脱出するという選択となる。但し仮にそれで守護者(ガーディアン)
を倒したとしても、賞金は最初の額からの人数割りとなる。取り分が減る訳だね』
「……」
 何言ってんだ、こいつら。
 彼は益々混乱し、本来怒っているであろう感情すら認識できなくなっていた。
 ゲェム? 倒すって、何だよ。どうやらここから出られれば金をくれるらしいが、いきな
りこんな所に落とされて、上から騒がしく捲くし立てられて、どうしろってんだよ……。
『さぁさぁ、ルールの説明はこんなものかな。では、早速我らが守護者(ガーディアン)に
登場して貰おう。エジソン君、出番だよ!』
 なのに仮面の彼らは一顧だにしない。高台の司会者がそう叫ぶと、観客席の仮面の男女達
は一斉に轟く歓声を上げた。ゴゴゴ……。壁面の一方がスライドして開き、そこから重い足
音を鳴らして何かが入ってくる。
「なっ──?!」
 それは、はたして化け物だった。化け物じみた巨漢だった。
 曰く名をエジソン君という。だがその姿は、三・四メートルはあろう筋骨隆々の半裸、顔
は鉄仮面で覆われ、その大木のような腕をした手には分厚い鎖付きの大斧が握られている。
 彼が守護者(ガーディン)だった。ギロリ。鉄仮面の隙間から獰猛な眼が光り、草臥れた
スーツの彼を舌ずりして見定める。
『それでは、ゲェムの開始です! 我らが倶楽部に究極の娯楽を!』
 究極の娯楽を! 司会者の合図に合わせて観客達が斉唱し、ガァンと何処からかドラがけ
たたましく鳴らされた。それと同時、エジソン君が斧を振り上げて襲い掛かってくる。
「ひっ……!? じょ、冗談じゃねえ!」
 故に彼は逃げ出していた。鞄など捨て置いて、ただ転がるように背を向けて走り出す。壁
には来た道はなかった。塞がれていた。あたふたと壁を触り、出口を探す。こんな馬鹿げた
殺し合いに付き合うなんざごめんだ。
『おいおい。何処へ行くんだい? 僕の話を聞いていたかい? ……どうやら今回は引きが
悪かったようですね。皆様、どうかお許しを』
 片手を胸元に当て、観客達に軽く頭を下げながら司会者が言う。草臥れたスーツの彼に、
ぬっとエジソン君の影が迫っていた。振り上げた斧と巨体が作るそれ。彼は半ば本能的にそ
れに気付き、振り返ってこれを見たと同時に頭を抱えて姿勢を低くしていた。ゴウッとエジ
ソン君の一閃が直前まで立っていた壁を抉り、大きな石塊をいくつも零す。
「ひぃッ!!」
『ああ、一つ言い忘れていたけれど、エジソン君は全力で君の脱出を邪魔するよ。頑張って
選び、生き残ってみせてくれ。仮に死んでも(ゲェムオーバーでも)賞金額は次の挑戦者に
キャリーオーバーされるからね』
 司会者がややおどけてみせて言う。だがスーツの彼は、もうそんな説明など微塵も聞こえ
ていなかった。ズンズンと、鎖を引きずったエジソン君が迫る。ゆっくりと再び手に握った
斧が持ち上げられ、恐怖で腰を抜かした彼を見下ろす。
「た、助け──」
 請う。だが届く事はない。
 次の瞬間、振り下ろされた一撃は、容易にちっぽけな赤い肉塊を用意した。


 それからも、ゲェムは度々開催された。その度に、命と欲望のやり取りがあった。
 先のスーツの男性のように、訳の分からぬまま殺された者もいた。或いは逃げさえすれば
大金が手に入ると分かり、必死になって向こう側の扉へ走った者もいた。ただ、その尽くは
エジソン君によって妨害(しまつ)された。

 果敢にも戦おうとする者もいた。倒せば金が倍になると聞かされたのもあったのだろう。
そうした者達はリング上に設置された武器を手に取り、挑みかかったり投げつけたりした。
だがエジソン君の隆々とした巨体は並の一撃など軽く払い除け、傷にもならず、これを千切
っては投げ千切っては投げした。血潮が飛び散る度に、仮面の観客達は歓喜した。

 或いは敢えて籠──大きさからすればまごう事なき牢屋に逃げ込み、エジソン君からの攻
撃を逃れようとする者達もいた。彼らは僅かに命を繋ぎはしたものの、この競技場から出る
ことも叶わず、次の挑戦者が転がり落ちてくるまで籠に囚われ、ひたすらチャンスが訪れる
のを待った。
 その殆どは共闘を打診するも恐怖した後続の挑戦者に無視され、或いは共に挑んだものの
等しく肉塊へと粉砕された。観客達は歓声を上げ、しかし続くエジソン君の勝利に飽きを感
じ始め、もうもの言わぬ彼らを容赦なく詰った。

 それでも、中には犠牲を出しながら生還した一団もいる。彼らは一番心身の弱い一人を生
贄にし、エジソン君の手を取らせている間に扉への脱出に成功したのだ。
 この時のキャリーオーバーは三千五百万。人数は五人。一人七百万の計算だ。
 しかし後に、彼らはその分配で揉めることになる。あれだけの思いをしたのにもっと貰っ
てもと主張した。お前は俺よりも楽してただろうと詰って分捕ろうとした。故に彼らは場外
でも命のやり取りをして果てた。三人は殺人犯となって警察に捕まり、二人は狙い撃ちされ
た者とこれを庇い立てした者だった。そんな一部始終を、仮面の観客達は幾つものモニター
越しに観ていた。にやにやと、嗤っていた。

 この他にも、望まぬ結末を迎えた青年がいる。彼は先に籠へ入った者達の連帯によって生
かされ、ただ一人のクリア者となった。抱いた胸の鞄には五百万。だが彼の背中には途方も
ない十字架が圧し掛かっていくこととなる。
 籠に入った者達は、囚われの日々の中で何度も話し合っていた。こんなゲームを続けさせ
る訳にはいかない。たとえ自分達が犠牲になっても、生存者を出そう。出して、このことを
警察に話して貰うんだと。あの仮面の連中に目に物みせてやるんだと。
 ……だが、それは結局彼らの意地、エゴだったのかもしれない。少なくともそのメッセン
ジャーとされた青年は酷く悔いた。酷く病んだ。訳の分からない体験だったとはいえ、あの
状況で自分だけが生き残ってしまった。彼らが筋肉モリモリの大男に殺されていくのを見て
いながら、何もせずに一人逃げ帰ってしまったのだと。
 警察にも届けられなかった。言ったところで、信じて貰えるのか? 寧ろこの大金の出所
を怪しまれて犯人扱いされてしまうのではないか?
 迷いが迷いを呼び、彼は二進も三進もいかなくなった。それまでの交友も途絶え、性格も
常に何かに怯えているような暗いものになり、一ヵ月ほどの後、彼は自宅アパートにて首を
吊っているのを発見された。そんな一部始終を、仮面の観客達は幾つものモニターを通して
観ていた。観て、ケラケラと嗤っていた。


『──レディース、エン、ジェントルマン! 皆様、長らくお待たせしました! 新たなる
挑戦者(チャレンジャー)の入場です!』
 そうして、この日もまたゲェムが始まる。開催の度に五百万入りの鞄を置く密室はその場
所を変え、欲望の多寡に拘わらず手に取ってしまった者を地下深くのリングへと誘い送る。
『君にはこれからとあるゲェムに挑戦して貰う。なぁに、ルールは実に単純さ。その鞄を持
って向こう側の扉を潜ればいい。……但し、我らが守護者(ガーディアン)は文字通り本気
でその逃走を阻み、闘争を促すのだがね』
 あの銀仮面の司会者、会場を埋め尽くす仮面の観客達。
 ぽかんと、この場所へ放り込まれた若いOLが状況が呑み込めずに周りを見遣っている。
だがそんな間にも、壁面の一方がスライドし、エジソン君──この倶楽部始まって以来通算
何人目かの守護者(ガーディアン)が現れる。
『それでは、ゲェムの開始です! 我らが倶楽部に究極の娯楽を!』
『究極の娯楽を!』
                                      (了)

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  1. 2016/07/17(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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