日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔75〕

 二刀の剣閃が瞬間閃き、切っ先はぴたりと軌跡を描いてから止まった。
 ジークが駆けた、その射線上の傭兵達が次々に倒れる。それでも全滅こそ免れたのは、多
少なりとも力量を測れたからか。或いは彼自身が本気で殺そうとまでは考えていなかったか
らか。
「くっ……。退け! 退けェ!」
 男達は突然の強襲と、何より自分達を邪魔してきた人物の顔を見て逃げ出した。勇猛果敢
な命知らずは騎士がやることだ。そこまで命の無駄遣いはしたくない。彼らは街の路地裏へ
路地裏へと逃げ込み、急ぎ任務の失敗を報告することにした。

「──ジーク・レノヴィンが、あの者を?」
「どういう心算でしょう? 彼にメリットは無い筈ですが……」
 事前に支給した魔導具を使わせ、傭兵達からの説明を聞く。
 そこは明かり取りすらない真っ暗な部屋だった。ただ円卓の上に照明だけが置かれ、そこ
にはぐるりと仮面とマントで素性を隠した者達が座している。
 彼らこそリストン保守同盟──国や地域を越え、その思想信条(イデオロギー)において
のみ結束して集まった有志らの集まりである。故に彼らは多くの場合互いの事を知らない。
知る必要がない。政敵に狙われるというリスク以上に、面が割れることで内に抱えた想いを
語り合う場所を失うからだ。
 仮面越しのくぐもった声で彼らは怪訝に唸っていた。円卓上にはぼやっと粗く現地の様子
が映し出されており、それを背景に先の傭兵達がこちらに顔を覗かせている。
『申し訳ありません。女一人始末するだけだったのに……』
『レ、レノヴィンは無理ですっ。自分達では手に負えません!』
「……ふむ。仕方ない、か」
「そう責めることはない。彼らから放たれた者だ。お前達がぶつかってもはたして上手くい
っていたかどうか」
 映像(ビジョン)の向こうで傭兵達がさぁっと青褪める。全く解っていなかった訳ではな
いとはいえ、始めから自分達は捨て駒だとさらりと白状されたようなものなのだから。
 傭兵達の何人かが物陰からジークとレナ、そして件の白衣の女性を窺っている。
 どうやら自分達から彼女を助け、そのまま手を差し伸べているようだ。当の本人は唖然と
なった後、ぽやっとマイペースに受け答えしているようだったが。
「やはり面識がある、という訳ではなさそうだな」
『はい。おそらくは』
「そうなると……何も知らずに飛び込んできた訳か。相も変わらず癪な奴よ」
「しかしどうする? このままでは折角の好機を失うことになるぞ?」
「ああ。だが、今レノヴィン達のいる前で手を出してその警戒を引き出すのは宜しくない。
それに今あちらにある兵力では心許ないしな」
 うーむ……。円卓の一同は、そうめいめいに仮面の下で唸った。音もない沈黙が暫し場を
支配する。やがてたっぷりの間を経て、彼らの視線は上座に着くとあるリーダー格の人物へ
と向けられていた。
「……一旦“あの方”に具申してみよう。相手が相手だ。慎重を期さねばならない。向こう
の兵達はそれまで退かせる」
 然り。残りの仮面達は追従するように頷いた。内一人が映像(ビジョン)越しに伝え、傭
兵達も合図を送り合って撤収を開始する。
 魔導具の通信が切れた。フッと再び円卓の場に沈黙が下りる。
『──』
 照明が落ちた。誰も何も、あたかも始めからそこには無かったのように、不気味な暗がり
だけが広がっていた。


 Tale-75.聖都と見(まみ)えの白博士

「おい。大丈夫か? 怪我ねぇか?」
 荒くれ達を追い払い、ジークは肩越しに振り返りながらこの女性をみた。
 くるりと慣れた手付きで二刀を鞘に戻す。やや遅れてレナがとたとたとこちらへ駆け寄っ
て来る。女性はまだ唖然としていた。いきなりの事で思考が追いついていないのだろう。
「……はっ!? あ、はい。大丈夫です。お陰さまで」
 白灰の髪を肩ほどの長さにまで伸ばし、鼻には小さな薄眼鏡を引っ掛けている。
 背丈はレナと大体同じくらいか。彼女よりも年上であろうこともあり、随分小柄な印象を
受けたが、それでも痩せの身体は適度に引き締まっている。何よりも目立つのは、その羽織
っただぼだぼの白衣だ。ぼうっとしていた意識が戻ってきたのだろう。我に返った彼女は、
そうばつが悪そうに苦笑いを零しながらも丁寧な口調で返事を寄越す。
「そうですか。なら良かった。……何だったんでしょうね? あの人達」
「さあな。そこまで調べてる暇はねぇや」
 レナと共々、ジークは安堵した。彼女に目立った怪我などはなさそうだ。隣に立ち、周囲
の今やがらんとしてしまった白亜の街並みを見渡し、レナが問うが、その疑問に答えられる
情報をこちらは何一つ持ってはいない。
「……」
 そうして二言三言。ジークとレナが言葉を交わしていると、またこの白衣の女性がじーっ
とこちらを見つめている。何回か、目を瞬いていた。そしてゆっくりと右へ右へと傾いてい
く小首がある程度の角度まできた時、彼女は思い出したように言う。
「あの。もしかしてお二人は、ジーク皇子と聖女さまではありませんか?」
「ふぇっ!? え、えっと。それは、あのぅ……」
「……もしかしなくても本人だよ。兵士達に知らせるならそうすりゃいい。その前に俺達は
行くがな」
「いえいえ。私は信徒ではありません。ただの旅の学者崩れです。いやー、まさかご本人に
お会いできるとは。活躍のほどはかねがね。でも確か、今朝の新聞では教団に捕えられたと
聞いていましたが……?」
 慌てるレナと、一応の警戒はしつつも巻き込むまいとするジーク。
 しかし当の彼女はある意味真逆の反応で、にこにこ笑いながらこちらの手を取ってきた。
その人柄を象徴するようなほのかな温かさが伝わる。暫し彼女は妙に嬉しそうにジークの手
を揺らしていたが、続いて訊ねられた一言に、二人は改めて唇を結ぶことになる。
「イセルナ団長や他のお仲間方はどうされたのです? 街の人達も、随分と物々しい様子に
なっているようですが……」
「……それは」
 どちらからともなくちらと互いの顔を見る。出来ることなら関係のない──今起こってい
る騒動すらよく分かっていないらしい外の人間を巻き込むような真似はしたくなかった。
 だが存外、二人は参っていたのだろう。つい互いが互いに許しを出し、彼女に大まかでこ
そあれ、打ち明けたのだった。
 教団がレナを“聖女”の生まれ変わりとして付け狙い、その因縁を断ち切る為に自分達は
この聖都へ乗り込んだこと。しかし度重なる奇襲と裏切りによって仲間達とは分断され、今
は別行動を取りながら探し物をしていること……。
「はあ。それは随分と大変なことになっているんですね。道理で今朝から街の様子がおかし
い筈です。酷なものですね。こうして接している限り、ただの可愛いお嬢さんなのに」
「……はい」
 レナがしゅんと睫毛を伏せる。隣でジークが彼女を慰めようにも、迂闊に触れてやること
もできずに眉を顰めていた。そんな二人を、この白衣の女性はじっと見つめている。
「しかしお二人のお話を聞いている限り、今回のいざこざは教団から仕掛けてきたもののよ
うに聞こえますね。此処で聞く話とは大分様相が違っているように思われますが……」
「ああ。教団(あっち)は教団(あっち)で話を盛ってるんだろ。あくまで俺達をレナを握
って離さない悪人にしたいらしい。中の連中がどうとまでは分からねぇが、思ってたよりも
頑固な連中がのさばってるらしいな」
「すみません……。私の、せいで……」
「だから謝るなって。お前は悪くない。聖浄器さえ手に入れちまえば基本こっちが擦り寄る
必要もなくなるんだしな」
「……聖浄器? それはまさか“聖女”クリシェンヌの聖浄器のことですか?」
「ん? ああ……。あんまり言い触らさないでくれよ? 一応秘密裏にって話だからな」
 そんな中だった。ふとつい口に出てしまったそのフレーズに、ピクンとまるで何かのスイ
ッチが入ったかのように女性が食い付いてくる。
 皺を寄せた眉間が別の意味で深くなった。ジークは視線を彼女に直し、ぽりぽりと後ろ髪
を掻きながらもう少し状況を詳しく話してやる。
「東ルアークの古塔──聖女の塔ですね。そこに彼女の使った聖浄器が、エルヴィレーナが
あると?」
「かもしれねぇってだけだ。俺達も詳しくは分かんねえ。だがそこへ行こうにも、俺達だけ
じゃ道が分かんなくてなあ……」
「でしたら、是非私に道案内させてください! この街には暫く滞在していて、大まかな地
理ならば頭に入っています!」
「えっ? そりゃあありがたいけど、でもなあ」
「え、ええ。無関係な方を巻き込むことになってしまいますし……」
「いいんですいいんです。クリシェンヌの聖浄器、聖教典エルヴィレーナの現物──非常に
興味がありますっ」
 ずずいっ。最初は躊躇ったジークとレナだったが、知的好奇心に火が点いたらしい彼女か
らの志願を止めることはできなかった。二人は困ったように互いに顔を見合わせたが、実際
このままでは目的地に辿り着くことさえ困難であることも踏まえ、結局はこの申し出を受け
入れることにする。
「……じゃあ頼めるか? できるだけ早く、それでいて教団や街の人達とやり合わないで済
むようにしたい」
「初対面の方に、いきなりこんな事を頼むのもどうかとは思いますが……」
「いえいえ。お任せください。ばっちりお二人を聖女の塔までお送りしますよ~」
 では出発~! まだ見ぬ古代遺物(アーティファクト)に思いを馳せ、彼女は白衣を翻す
と早速歩き出した。ジークとレナも続く。だが歩き始めてすぐ、ジークは大事なことを訊き
忘れていたのを思い出し、問う。
「ああ、そういえば。まだあんたの名前を聞いてなかったな」
「? 私の名前ですか? そういえば名乗っていませんでしたね」
 ばさりと白衣を揺らし、彼女は振り返る。その微笑には知性と、歳相応の落ち着きが内在
しているようにみえた。
「申し遅れました。私はシゼルと申します」

 木々の奥から僅かな殺気を感じた瞬間、ダンはその方向に戦斧を振った。
 何かが弾かれて地面に落ちる。数本の矢だ。しかも鏃(やじり)にはドロリと黒い薬らし
きものも塗られている。毒矢だったようだ。
 ダン率いる南回りチームは、一路導都ウィルホルムを目指し、道中のとある林道へと差し
掛かっていた。
 一応用心はしていたとはいえ、早速だ。グノーシュやサフレ、ミア及びクロムも幅広剣や
槍、拳を構えて同じく戦闘態勢に入っている。ぐるりと互いに背を預け合って円陣を組み、
その内側にはリュカやマルタ、ステラの後衛組がそれぞれに身を硬くしている。
「な、何!?」
「敵襲……。予想以上に早かったわね」
「“結社”か保守同盟(リストン)か。どちらにしろ、地の利は相手にある、か」
「関係ねぇさ。吹っ掛けてくるなら払うまでよ」
 林の中。まだ日中とはいえ、木々に隠れて敵の全容は知れない。クロムの言う通り向こう
はそれらを充分に把握した上で戦いを挑んできたと思われる。徒に飛び込んでいくのは得策
ではなかろう。こうして防御陣形を取るか、早々に森を抜けるかのいずれしかあるまい。
「──ふふふ。本部より聞いていた情報に間違いはなかったな。“紅猫”のダンと“狼軍”
のグノーシュ率いる隊、そして裏切り者のクロム。我らが縄張りに入ったからには逃がしは
せんぞ」
 はっ! 方々の木の枝に、口元を覆面で隠した戦士達が展開していた。背には弓、腰には
投剣などの武器を装備している。
 “結社”所属の信徒・ベゼット率いる部隊だった。彼らは予めブルートバードが南北に別
れて活動を開始したとの報せを受け、その縄張りであるこの辺り一帯に捜査網を広げていた
のである。
 ベゼットの左右で、数名の射手達が第二射を番え始めていた。今度は毒薬ではなく、白い
丸薬をその鏃に換えている。衝突して砕けた瞬間発動する閃光の矢だ。
(くく……知っているぞ。確かにお前達の《炎》や《雷》の威力は凄まじいが、ここは木々
に遮られた林の中。その能力を迂闊に使えば林を火で包み、自らを追い詰めかねない。仮に
こちらの位置を探して飛び道具を撃ってきても、一発撃った瞬間にこちらは四方から一斉攻
撃できる。地の利は我々にある)
 ベセットは古木の物陰に潜み、そうニタリとほくそ笑んでいた。
 手筈通り。既に部下達はこの林の至る所に潜み、攻撃の合図を待っている。被弾の有無を
問わず第二陣の閃光矢が発動し、奴らの目が眩んだのと同時に降下、白兵部隊が一人一人を
確実に刺し貫く。
 自分達は奇襲・遊撃に特化した部隊だ。このような場所での戦闘は最も得意とする所。ど
んな屈強な戦士でも、仲間が失われば動揺する。そこに隙ができる。更なる攻撃のチャンス
となる。
 さぁ乱されろ。失った仲間に注意を向けたその瞬間、お前の背中に矢が刺さるだろう。
「くくく……」
 番えられた部下達の矢が、ギチギチと厳戒まで引き絞られる。
 多方向からだ。微妙に時間差を作って撃つ。ベゼットが、部下達がめいめいに頭に巻いて
いた黒塗りのゴーグルを両目にセットする。
「──やれやれ」
 だがダン達は、そんな包囲網に対してもまるで物怖じしていなかったのだ。
 虚勢ではない。ダンもグノーシュも、自身の色装の特性や弱点などとうに把握していた。
見氣を研ぎ澄ませて周囲の気配を探る。ひい、ふう……。なるほど、こちらに戦いを挑んで
くるだけの事はあり、頭数は中々を揃えて来ているようだ。
「……ダン。ここは」
「ああ。サフレ、いいか?」
「勿論です。マルタ、頼むぞ」
「は、はいっ! マスター」
 するとどうだろう。それまで防御円陣を組んでいたダン達が、ふいっと中にいる女性陣を
外側に出した。ベゼットが目敏くこれを見遣り、一旦部下達に発射を止めさせる。
 マルタだった。一歩林の奥──ベゼット達に向かって進み出たのは、サフレの従者を務め
る被造人(オートマタ)の少女・マルタだった。
「お頭」
「あいつは……」
「フォンテイン公子の人形だな。だがあいつはあくまで補助(サポート)要員であって、直
接戦う力は持っていない筈……」
 だが、それが彼らの敗因だった。確かに彼女は先の地底武闘会(マスコリーダ)には参加
していないが、間違いなくクラン・ブルートバードの一員であったのだから。
「──」
 すぅぅ……。大きく深呼吸して、マルタが意識を集中させた。オーラが全身を包み、呼吸
の度にゆらゆらと揺れる。
「……。っ!」
 次の瞬間だった。彼女は顔を上げると、林一帯に響くほどの声を四方八方、三六〇度全方
位に向けて飛ばしたのである。
 逃れる術はなかった。少なくとも彼女がこの時この瞬間、何をしてくるのか知っている者
でなければ。
 目に見えない風圧が林の至る所を駆け抜け、そして静寂した。気付けば後ろではダンら仲
間達が両手で耳を覆っており、じっと目を凝らして林の奥を見つめている。
 ──落ちてきた。どさどさと、不規則にそびえる古木のあちこちから覆面をした“結社”
の戦士達が落下してきた。その誰もが皆、白目を剥いて意識を失っている。ぐらりと枝の上
でバランスを失い、次々と戦闘不能になりながらその姿を晒したのだ。
「これ、は……。まさか……」
「音……?」
「そんな……。聞いて、ない、ぞ……」
 ベゼットもまた例に漏れず、近くの部下達と共に気を失いながら地面へと落下した。
 どうっと若い枯れ葉の上に転がる。一通り敵が倒れたのを確認してから、ダン達はマルタ
を連れてこの挑戦者らの顔を拝みに近寄っていった。
「大丈夫だ。全員効いてる」
「やはり結社(そしき)の者達だな。何処か信徒級の部隊か」
「へへ。油断大敵だぜ? ああ、もう聞こえちゃいねぇんだっけか」
 付与型《音》の色装。マルタがこの二年間の修行の末、獲得した潜在能力である。
 オーラを音色に乗せて飛ばす。それは彼女が従来得意としていた数々の歌に加えて、特定
の波長を相手に響かせることも可能にする。今回のそれは超音波という奴だ。非常に激しい
波の音を敵の脳に反響させ、それによって昏倒させる彼女の数少ない攻撃法である。
「しっかし相変わらずえげつないよねえ。最初の頃は誰彼構わず気絶させてたし」
「うぅ……。そ、それは言わない約束ですよぉ~!」
 尤も、当の彼女自身はあまりこの能力を気に入っている訳ではない。
 音ならばどんなに屈強な戦士でも内側に届かせることができるが、その為には彼女自身が
ボエ~ッと少なからず奇声の類を発する必要がある。力の良し悪し以前に、彼女にとっては
そんな発動のさまが恥ずかしいらしい。
「ま、お手柄には違いねぇよ。ありがとな、マルタ」
「そうですね。実際、このような場面ではとても有効だと思います」
「うぅ……。マスターがそう仰るのなら、そうなのでしょうけど……」
 赤面する彼女の頭をぽんぽんと叩き、ダン達は本筋に戻っていく。その一方でリュカは、
携行端末で最寄の守備隊に連絡を取り始めていた。
 一戦を終えて安堵を一つ。
 どうやら導都(ウィルホルム)への旅程は、数刻から半日ほど遅れざるを得ないらしい。

「う、あ……」
「強過ぎ、る……」
 時を前後して、聖都(クロスティア)の一角。
 ジークとレナを先に行かせるため留まっていたイセルナとハロルドは、襲い掛かってきた
神官騎士の一隊を難なく倒し終わっていた。
 とはいえ、無闇な殺生はしない。刃を返して峰打ち、凍らせ、或いは魔導を直撃だけはさ
せずに叩いて動けなくする。力量を見せつけて戦意を喪失させる。
 そうして何とか、目の前にはボロボロになり凍てつき、目を回して倒れている神官兵達の
山が出来上がっていた。二人は剣を収め、魔導書を懐にしまい、やれやれと一息をついてか
ら周囲の様子に注意を配る。
 やはりというべきか、先刻自分達を謀った市民らは逃げてしまったようだ。他の自警団を
作っていた者達も本物の交戦があると知ってか、新たに現れ、近付いて来る様子はない。
 しかしそれも時間の問題だ。自分達が現れたとの情報は騎士団の間に回り、いつまた援軍
が駆けつけてくるやもしれない。長居する必要はなかった。急ぎジークとレナ、そして聖堂
を調べてくれているであろうシフォン達とも合流しなければ。
「……あら?」
 そんな時だった。ふと白亜の街並みに包囲された空を見上げると、ふよふよと小さな光の
球がこちらに飛んでくるのが見えた。
 精霊だ。伝言を持って来てくれたらしい。小さな光を纏ったこの精霊はそっと開いたイセ
ルナの掌の上に降りると、静かに点滅を繰り返し、預かった言葉を伝えてくれる。
「シフォンからだわ。リカルドさんがルフグラン号に戻って行った、ですって」
「あいつが? 一人でか?」
「そうみたい。シフォン達には何も話さすに転移して(いって)しまったみたいだけど」
 ふむ……? 掌の上で精霊を乗せたまま、イセルナがちらとこちらに視線を遣って小さく
怪訝の表情を浮かべていた。ハロルドも、そんな弟の取り始めた行動に眉を顰め──そして
はたと一つの可能性に辿り着く。
「……。散光の村(ランミュース)か」
「それって、まさか」
「ああ。あいつめ、一人で守るつもりだ。カインさんとクラリスさんのいるあの村は、教団
にとって格好の“人質”になる。勿論連中は内密に動くだろう。君やミアちゃん不在の時と
同じ轍を踏まぬ為にも。あいつはその事に気付いて──いや、最初に一策を講じた時から解
っていたのだろう。私達を此処に『送り届けた』のを待ち、自身はルフグラン号の転移網で
再び村に舞い戻って」
「……」
 眼鏡の奥を光らせながら、ハロルドは心持ち俯き加減にぶつぶつと紐解いていた。
 イセルナもきゅっと唇を結んで押し黙っている。辛いのだろう。痛いくらいに解る。どれ
だけレナ(かのじょ)の心を痛めれば気が済むのか、犠牲になる者を出さねばならぬのか。
「だったら私が加勢に行くわ。ブルートで飛んで行けば、すぐにでも追いつく筈」
 故に彼女はそう自身の持ち霊を呼び出し、精霊融合──飛翔態になろうとした。しかしそ
れを他ならぬハロルドが制する。さっと片手を出し、ちらと横目で訴える。
「いや、私が行こう。夫妻については私が最も責任を負っている。あの馬鹿も止めなければ
ならないしな。イセルナ、君はジーク君とレナを追ってくれ。この先二人だけで戦い抜くの
は困難だ。ついてやって欲しい」
「……分かったわ。貴方がそう言うなら」
 その声色自体は至極真面目だった。神経質にすら聞こえた。
 だが対するイセルナはふふ、と微笑(わら)いかけてさえいる。長い付き合いだ。憎まれ
口を叩いているようでも、その裏側にある彼の変化が彼女にとっては嬉しかったのだ。
(……よかった。やっと貴方達は、兄弟に戻れたのね)
 弟と同様、転送リングを使ってハロルドが魔導の光に包まれて転移する。
 それをイセルナはブルートと共に見上げ、見送った。そびえ立つ白亜の美麗な街並みは普
段あったであろう華やかさを封じ、今は只々堅く門戸を閉ざしているかのようにみえた。


 東ルアークの古塔・通称『聖女の塔』は、志士十二聖が一人“聖女”クリシェンヌゆかり
の品を多く集めた博物館のようになっている。
 故に、塔自体の歴史的価値も含め、此処は聖都においても指折りの観光名所の一つだ。
 シゼルの案内で、ジークとレナはようやくこの当面の目的地へと辿り着いていた。塔を中
心にして同心円状に広がる石畳の広場をやや遠巻きの物陰から覗き、周囲の様子を用心深く
窺う。
 観光名所というだけあって、これまでの街中よりも人の数は多かった。
 巡礼者もいようが、皆が皆熱心な信徒という訳ではないのだろう。市中では人々の姿は疎
らで、こちらの姿を認めるとその多くが慌てて家の中へ逃げていってしまったものだ。教団
と現在進行形で火花を散らしている人間と関わり合いにはなりたくないということだろう。
しかし一方でこちらの人々は無理を押してでも観光しようとしている。たとえ間が悪くこの
街全体が緊張していても、旅程や目当てのものを諦めたくはないという頭か。
 そんな外からの人々を目当てに、塔の周りには幾つかの露店が布と四つ柱だけの簡素な屋
台を組んで営業していた。それでも今日の状況が状況だけに、肝心の中身が空っぽなままの
店もちらほらと確認はできたが。
「うーん……。さて、どうしたもんか」
「真正面から入っていくのは厳しいでしょうね。神兵さん達がいます」
 物陰で小さく唸る。問題はこの塔へ如何にして侵入するか、だ。
 塔の周り、入り口付近には神官騎士の隊が二・三、互いにゆるりと距離を保ちながら巡回
していた。間違いなく自分達を警戒してのことだろう。もしかしたらこちらの方針変更を気
取られたのかもしれない。周囲の人々を巻き込まない為にも、無闇にこれと戦うのはできれ
ば避けたい所だが……。
「では、変装して観光客を装うというのは?」
「それは考えたけど、そもそもそういう衣装なんざ持ってないだろ」
「なら、あそこの人を誰か買収して、中を見て来て貰うというのは?」
「うーん、どうでしょう? 一般の方が聖浄器の有無を訊けるんでしょうか?」
「大体、誰かっつっても博打だぞ。金だけ貰って逃げられるかもしれねえし、最悪兵士を連
れて戻ってくる可能性だってありうる」
 三人はあーでもない、こーでもないと作戦を話し合っていた。シゼルが幾つか案を出して
くれたが、どれも事前の準備ができないし、危ない橋を渡ることには変わりない。
 うーむ……。ジークが、レナが物陰に張り付いたまま懸命に思案している。
 その後ろで、シゼルがぱちくりと目を瞬かせて数拍押し黙っていた。戦わず巻き込まず、
平和的に塔内へ進入する方法……。
「皇子、聖女さま」
「?」「うん?」
「それでは、こういうのはどうでしょう?」

「──皆さ~ん、聖女さまが来ましたよ~!」
 ややあってそう聞こえてきた声に、塔の前にいた人々は一斉に振り向いた。
 見ればそこには楚々とした鳥翼族(ウィング・レイス)の少女・レナと、彼女をエスコー
トするようにニコニコと微笑みながら近付いて来る白髪・白衣の女性がいた。
 ざわっ! 少なからずがこれを見て確信した。本物の聖女様だと。
 故に次の瞬間には、二人の周りには物珍しさも手伝って人々が大挙して集まり始めたのだ
った。周辺を警戒していた神官兵らも遅れて気付くが、既に人の壁によって肝心のレナへ近
付くことができない。
(……シゼルさん、考えたな)
 そんな人ごみの中に、ジークはこっそり紛れて潜入していた。彼女の作戦とは敢えてレナ
を前面に出し、人々の注意を惹き付けて壁にしながら塔の中へ入るというもの。ジークはこ
れに隠れながら追従し、いざという時に備える。
「お、おい。退け! 退くんだ!」
「その方を誰と心得る? 開祖クリシェンヌ再誕の御身であらせられるぞ!」
 人ごみを押し退けようと神官兵らが叫んでいる。だが人々──多くが外様の観光客である
彼らはそんな上から目線の言葉など意に介さず、はたと降って湧いた「ナマ聖女」の姿を少
しでも目に焼き付けようとワイワイ声を上げている。中には自前の写姿器を取り出し、彼女
の姿を撮っている者達もいた。完全に野次馬である。
「あっ、ちょっ……!」
「ま、待ちなさい!」
 そしてシゼルに連れられたレナは、半ば驚くまま係員に顔パスで道を通され、塔の内部へ
と入っていく。居合わせた観光客達も次々に追うようにしてこれに続き、その混乱に紛れて
ジークも難なく侵入に成功するのだった。

 聖女の塔内部は、古びた石造りの外見とは裏腹に思いの外整えられていた。史跡・観光名
所として維持する為だろう。方々に補修や補強の跡が確認できる。
 塔内は上階へ続く螺旋階段を中心とした円形。そのぐるり外周にはクリシェンヌゆかりの
品が分厚いガラスケースに入れられて保管・展示されている。
 レナとシゼルは、後ろからぞろぞろとついてくる人々、既に入場していた観光客などを引
き連れるような格好で、順繰りにこれら展示品の中から聖教典(エルヴィレーナ)らしき物
はないかと探し始めていた。
「え? 本当に聖女様?」
「ラッキー。無理して宿から出てきた甲斐があったぜ」
「でも、一体何の為に来たんだろうな?」
「さあ? 話じゃ教団と揉めてるとか聞いてたんだけど……」
「っていうかあの白衣の人、誰? 教団の人?」
 作戦の内とはいえ、野次馬の中からそう次々と雑多な会話が聞こえてくる。
 レナは努めてそうした声を意識しないようにした。シゼルも、彼女を守るようやや後ろの
位置取りを保って歩を合わせてくれている。
「聖女様ー。これからどうするつもりなんですかー?」
「ブルートバードに残るんです? 教団と喧嘩してますけどー?」
「……それも含めて考えています。何とかお互いに争わない形で収めたいのですけど……。
とにかく今は信じてください。ただ私は、自分が一体何者なのか、それを確かめに来ただけ
なんです」
 それでも好奇の眼と、不躾な質問は飛んだ。
 傍らのシゼルと、人ごみの中に隠れているジークが静かに眉間に皺を寄せたが、それでも
当のレナはやがて思い切ったように人々に振り返ると、そう丁寧に答えてから頭を下げた。
人々と、聖女訪問を聞いて駆けつけてきた塔の係員らがその清廉さに呑まれる。
 一番辛いのは他ならぬ彼女自身な筈だ。なのに本人は自らに降りかかった運命よりも、争
うことになってしまった育ての仲間達と教団との溝に心痛め、何とかしたいと願う。
 ……後光が差しているような気がした。比喩でも何でもなく、ただ優しいこの少女の在り
方が凡俗の皆々には眩しい。シゼルがいつでも彼女を庇えるように半身を返してあった。人
ごみの中で、ジークが布に包んで隠した六華にそっと手を触れ神妙な面持ちを作っている。
彼女の為にも、早く教団とのしがらみを断ち切ってやらなければ。
(聖教典……。本……)
 もう一度軽く会釈をし、レナはシゼルに連れられて一階また一階と上へ登っていった。
 道中ガラスケースの中には生前クリシェンヌが使っていた櫛やペン、日用品の数々から知
人・友人に宛てた書簡など様々な品が展示されていた。レナ自身どれもが初めて見る筈なの
だが、妙に懐かしい気持ちになる。フッと思わず微笑(わら)ってその横顔に小さな花が咲
き、ジークを含めた多くの人達が見惚れていたが、当の本人がそれに気付くことはない。
 何より肝心の、聖浄器らしき教典──魔導書はない。
 やはり最上級のアーティファクトとなれば一般には公開されていないのだろうか? 暫し
前世の自分とやらに思いを馳せていたレナだったが、そうぐるぐると思考を巡らせた後、手
近な係員に意を決して訊ねてみる。
「あのう……」
「……。はっ!? は、はい。何でしょうか!」
「? そのですね。此処はクリシェンヌ様ゆかりの品が沢山あると聞いていたのですが、愛
用していた魔導書……のようなものはありませんか? ざっと見た感じ、それらしいものが
見当たらなくて」
「魔導書、ですか。すみませんが自分は把握していませんね……」
「日記や手帳の類なら色々あるんですがね。ここに展示している分以外にも、地下室に保存
されているものも少なくないですし。基本的に此処は日常で使われていたものがメインです
ので……」
 惚けていた係員が我に返って訥々と答え、隣の同僚に目配せを送る。しかしその彼も彼ら
に視線を向けられた上司らしき人物も皆、心当たりはないと首を横に振った。
 つまりハズレか……。レナがシゼルと、シゼルが人ごみの中のジークと密かに視線を合わ
せて結論に向かう。
 或いはもっと上のフロアだろうか? その保存専用の地下室に眠っているのだろうか?
 どちらにしても、塔を管理している彼らに心当たりがないというのだから、あまり期待は
できなさそうだが……。
「お捜ししましたぞ、聖女様」
 だが、そんな時だったのだ。階段を登り、ダーレン率いる神官騎士の隊がやって来た。
 時間切れのようだ。進入前の騒ぎを聞いて駆けつけてきたのだろう。
 周囲の眼もあり、レナに対するダーレンの態度は一見恭しい。だが彼の好戦的な本性はと
うに知っている。近付いて来る彼に、レナは身を強張らせて後退りしようとした。シゼルが
前に出ようとする。しかしそれよりも早く、彼女を庇うように踊り出て来たのは──布包み
を握ったままのジークだった。
「止せよ。レナが怖がってるだろ」
「ま、待ってください! もう戦うのは止めて! ジークさん達は何も悪くない!」
『えっ──』
 自分達人ごみの中からジークが出てきた事にも驚いたが、それ以上に迫るダーレンに向か
って叫んだレナの言葉に、人々は驚き、当惑した。
 ブルートバードは、教団に喧嘩を売ったんじゃないのか?
 ということは本当に、最初に力ずくで掛かったのは教団──?
「……」
 だがそんな彼女の訴えも虚しく、立ち塞がり応戦止む無しと身構えていたジークのすぐ横
を、ダーレンは無言のままで通り過ぎた。
 元よりその心算だったのか。教団としては、レナの確保を最優先に動き始めたらしい。
「……っ」
 それでもジークはすれ違う瞬間に見ていた。周りには気取られぬよう、しかし一瞬。ほん
の一瞬だけ自分に向けられた彼の瞳には、間違いなく敵意と憎悪の色が宿っていた。
「お気を確かに。聖女様。貴女様はただレノヴィン達に誑かされているだけなのです。貴女
様を幼い頃奪い去り、かの裏切りの司祭は我が子として育てた。貴女様の本来おわすべき場
所はこの聖都なのですよ」
 ざわ、ざわ……。右へ左へと打ち込まれる内情に、周囲の人々は動揺する。
 こなくそっ。ジークが肩越しにダーレンを睨みながら唇を噛み締めた。正当性云々も事前
に脚色済みということか。人々は迷っている。この波紋が広まっていけば、アルスが打って
くれた策も霞んでしまいかねない。
「でも、生みの親より育ての親って云いますよ? それに彼女の生き方を決めるのは貴方達
じゃない。彼女自身です」
「……誰だお前は。見慣れん顔だが」
 故に、今度はジークよりも先にシゼルが動く。レナを庇うように前に大きく白衣を翻して
立ち、そう自由を掲げて論破しに掛かる。
 ダーレンがピクリと額に血管を浮き上がらせていた。えっ、教団の人じゃないの? それ
までてっきりそうだと思っていた周りの人々も少なからずが困惑している。
「まぁいい。邪魔者が一人増えただけだ。聖女様を誑かし、我々に牙を剥いたその罪、万死
に値するッ!!」
 轟。そして瞬間的に練ったオーラを纏った拳が、シゼルの顔面に向かって叩き込まれた。
 ひっ!? 思わず人々が目を瞑り、顔を隠して背ける。
 ……だがどれだけ待っても鈍い殴打の音は聞こえない。おずおずと、彼らは瞑っていた目
を、隠していた手をゆっくりと除けてみる。
「……流石は史の騎士団。“敵”に対しては容赦ないのね」
 防いでいたのだ。シゼルはダーレンの拳が顔面に迫るその寸前、サッと掌をかざして障壁
を張っていたのだった。どうやら魔導の心得もあるらしい。
 むっ? 予想以上にガッシリ防がれた事にダーレンが若干の驚きをもって眉間に皺を寄せ
ている。ジークは直後、弾かれて駆け出した。ダーレンの後ろを回り込み、シゼルの後ろに
隠れていたレナの手を取り、走り出す。
「レナ!」
「じ、ジークさん!?」
「とにかく逃げるぞ! 下は……無理だな。上に登るぞ!」

 ダーレン隊が下階から迫っていることを踏まえ、ジークはレナを連れて上へ上へと逃げて
行った。そうして中央の螺旋階段を登ること暫し。階段はふいっと壁面の一方へ延び、塔の
外部外周へと出る。
 どうやら屋上まで辿り着いたようだ。風圧に気をつけ、レナを支えてやりながら、ジーク
は右肩上がりの小路を跳び越えて丸い石畳の頂上へと降り立つ。
「……てっぺんまで来ちゃいましたね」
「ああ。奴らはどうなったんだろう? シゼルさんは大丈夫なのか?」
 そう辺りを見渡していると、ややあってそのシゼルが追いついてきた。特に目立った怪我
もしていないらしい。元々無関係な彼女なのだ。巻き込んでしまい申し訳ないと思う。三人
が揃い、ジーク達は石畳の上を渡ってそろそろと眼下の景色を見てみた。
 ……中々に高い。入口周辺に点在していた露店の屋根が見える。だが何よりも厄介だなと
思ったのは、そこに最初とは打って変わって大勢の人々が群れを作って集まっていたことだ
った。どうやら作戦がここに来て裏目に出たらしい。仮にレナの征天使(ジャスティス)で
飛び、降りようにも、こうも人が多過ぎれば近場では囲まれる。最悪追跡されて、まともに
逃げることすらできないかもしれない。
「参ったな……これじゃあ目立ち過ぎる。一旦かなり遠くまで行かなきゃ撒けねぇぞ」
 そんな時だった。ジーク達を追って、ダーレン隊が屋上まで辿り着いて来た。他人の眼が
なくなり、ダーレンは素の粗暴な、不敵の笑み浮かべて部下達を展開させる。ぐるりと屋上
の出入口側半周を囲む形だ。レナと、武器を抜こうとする彼らを見て、ダーレンは一度念を
入れるようにして指示する。
「銃は使うなよ。聖女様に当たったら極刑だぞ。女は後だ、レノヴィンを始末しろ」
 応ッ! 一斉に抜剣。配下の神官兵達がジークに向かって襲い掛かった。
 長剣からメイス、手槍まで。様々な武器が迫る。
「……。っ!」
 だがジークはじりっとこれらの間合いが狭まってくるまで踏ん張り、布包みを置き去り、
次の瞬間霞むような速さで地面を蹴りながら二刀を抜いた。
 なっ──!? 数人分の攻撃が横に倒した刃二本にガッチリと受け止められる。しかしそ
の膂力に驚くも僅かのこと、次には二刀──紅梅と蒼桜の刃はそれぞれ赤と青に光りながら
強さを増した。ただでさえ押し留められていた神官兵達の得物が力負けし、根本からバキリ
と折れて宙を舞う。彼ら自身の身体もぐらりと後ろに倒れ、拙いと思った時にはもうジーク
の第二撃が寸前に迫っていた。
 自在に二色の軌跡を描きながら、ジークの剣閃が神官兵達の間を駆け巡る。
 こうなれば一方的だった。振り下ろされた武器は砕かれ、側面・背後からの攻撃は刃を返
した峰打ちや柄先による殴打で一蹴、更に身をかわしながらの脚が顔面にめり込み、他の仲
間達を巻き込んで盛大に吹き飛ばされる。
「あがぁ……」
「つ、強い……」
 そうして瞬く間に、屋上の石畳には昏倒した神官兵達が方々に散らばっていった。ぶんと
二刀を一払いし、ジークは何ともないと言った様子でこれを軽く睥睨する。しかしダーレン
はこうなる事は計算の内だったようで、特に驚く様子もない。
「ふん。流石は大都の一件を解決した英雄。雑兵をいくら寄せ集めても捉えられはせんか」
 だが──! 故に、今度はダーレン自身が向かってきた。練り込まれたオーラを纏う拳が
ジークの頬先をギリギリの所で掠め、すかさず反撃した刃をもう一方の腕とオーラ量で防い
でみせる。
「ジークさん!」
 それからは両者の猛烈な打ち合いだった。レナが思わず叫び、しかしシゼルに庇われて後
ろへと下げられる。
 体格では明らかにダーレンに分があった。一発でもまともに受ければ立ち上がれないであ
ろう拳が、こちらも霞むような速さで打ち込まれてくる。それでもジークは見氣を併せなが
ら、冷静にこれを捌いていた。オーラを纏わせた二刀で受け流しつつ、或いは最小限の身の
こなしでかわしつつ、同じく鋭い斬撃を何度も叩き込もうとする。
「っ……!」
「ぬぅっ……!」
 ガキンッと、両者の攻撃が克ち合った。力押しは長くは続かず、お互いがほぼ同時に大き
く後ろに跳んで間合いを取り直す。
「ククク。流石だな。俺の拳をここまで受け切った奴は久しぶりだ。だが、忘れてた訳じゃ
あないだろうなあ? この、俺の色装(のうりょく)を!」
 嗤い、そして叫ぶ。ダーレンが一際大きなオーラを練った。そのオーラは素早く両拳へと
移動し、ジークはこれをだらり二刀を手に下げたまま見つめる。
 《寄》の色装だった。以前ジークが嵌り、何度もその殴打を受けた厄介な能力。
「……」
 だがジークは、何を思ったか二刀を鞘に納めてしまったのだ。そして柄に手を乗せて構え
るのは居合いのそれ。使うのは飛ぶ斬撃の六華・蒼桜。
「ジーク、さん?」
「ふむ……?」
 レナが目を瞬く。勿論ダーレンも、この行動の変化に頓着しないほど脳筋ではない。
(なるほど。俺の能力が来ると分かって、敢えて突っ込んでいくつもりか。間合いに入った
瞬間に一撃を浴びせようという魂胆だな? ふふっ、甘い。その程度の対応策など、これま
で何人もの使い手と戦って経験してきた。能力の匙加減は俺の側だ。間合いに迫った瞬間、
引力を少し弱めてやればタイミングなど簡単に崩せる)
 小さくダーレンはほくそ笑んだ。自分の力には絶対の自信があった。
 だから表面的には能力発動を続ける。その動作に澱みはない。オーラに《寄》の引力が加
わり、刹那ぐんとジークの身体が引っ張られる。
「……っ」
「はは、無駄だ無駄だ! 俺の《寄》からは逃げられん! あの時と同じように、俺にぶん
殴られて死ぬんだよ!」
 抵抗し、ジークの身体は半身を返してちょうどダーレンに背中の左側を晒すような格好。
 ダーレンは勝ち誇った。レナとシゼルが息を呑む。ぐんぐんと瞬く間にジークの身体は敵
の側へと吸い寄せられ、拳の届く近距離まで持ち込まれる。
 死ねェ! 引き寄せるのとはもう片方の拳で、ダーレンの渾身の一撃が。
「──」
 防がれていた。
 次の瞬間、彼の拳は、ジークを守るように出現した緑色の結界に阻まれたのである。
 目を見開くダーレン。ゆっくりとあんぐり口を開ける二人。ぐらっと刹那スローモーショ
ンのようになった時間の中で、ジークは片足を着地させながら言う。
「二度も同じ手が通用するかよ、阿呆。対策ならとうに考えてた」
 鋭い眼光。しまったとダーレンが感じた時にはもう遅かったのだ。ぐんと踏み込んだジー
クの居抜きが、鞘から眩い光を漏らしながら開放されてゆく。
 能力の裏を突かれたのだ。
 引き寄せる“だけ”の能力は、間合いさえ詰めてしまえば後はただの殴り合いだ。こちら
のペースを乱される第一発目さえ凌げれば、後は純粋な白兵能力だけになる。
 背中を向けたのは布石だったのだ。
 懐から抜き放った脇差──防御の六華・緑柳を死角に隠す為の。
「──蒼桜、五分咲」
 そしてそれはまさに蒼い光線。ジークの《爆》の色装で増幅されたオーラが、蒼桜本来の
飛ぶ斬撃を巨大なそれへと変貌させた。
 ぐおぉぉぉッ!? 膨大なエネルギー量に押されて、ダーレンが遥か上空へと吹き飛ばさ
れる。オーラの防御もままならず、間に合わず、その身体はさも丸焦げになったかのように
致命傷を受けた。ぐらりと、そのまま塔の屋上から押し出されてリングアウトする。
「……っ、ぬがぁぁァッ!!」
『!?』
 だが驚くべき事に、ダーレンは手放しかけた意識を寸前の所で持ち直したのだ。
 ジークが、レナ達がそのさまに驚く。彼が白目を剥きながらも闘志は失わず、吹き飛ばさ
れた中空からこちらを睨み付けている。
「負ける、訳には……いかん。貴様も……道連れだぁぁぁー!!」
「──っ!?」
 そして次の瞬間だった。放たれたのは、再びの《寄》。
 ジークは完全に油断していた。《爆》の一撃で少なからず消耗し、次の動作に移るのが遅
れたのだ。
「ジークさん!」「皇子!」
 ダーレンに引き寄せられて、ジークの身体は同じく塔の外へと飛び出していった。ぐんと
重力が仕事をし、落ちていく。眼下には塔に集まっていた人々の群れと、点在する露店の屋
根が見える。
「ははは! 落ちろ落ちろ! これで俺も貴様も、ただでは済まな──」
 だが、そんな時だったのである。ダーレンの狂った高笑いを、突如として何者かが遮って
いた。刹那の一閃。最後まで言葉を紡ぎ切れず、ダーレンは再び白目を剥いて地上へと叩き
落とされていった。飛び散った血が、幾つもの飛沫となって宙を舞う。
「悪いけど、それは困るのよ」
 イセルナだった。ブルートを纏い、飛翔態となったイセルナだったのだ。
 高速でのダーレンへの一閃。そしてすぐさま冷気の尾っぽでジークをキャッチして高く高
く飛び上がる。
 レナが、シゼルがその一部始終を見上げていた。やって来た助けに、ことレナは心底安堵
してぺたんとその場に座り込む。
「だ、団長」
「大丈夫? どうやら間に合ったようね」
 フッと優しく笑うジーク達クランの長。蒼い鳥となった彼女はそのままジークと共に屋上
へと舞い戻り、着地した。一安心。彼はダーレン最後の足掻きから生還したのだ。
「あ、ははは……」
 危うくショックのあまりおかしくなりそうだった。
 指に嵌めた征天使(ジャスティス)の魔導具に手を掛けかけたまま、レナはそう引き攣っ
たままの安堵で苦笑(わら)うのだった。


『悪いが先に行っててくれ。ちょっと、やっておかなきゃいけない事がある』
 時を前後して。正門広場での戦いを切り抜け、ハロルドからの精霊伝令を受け動き出そう
としたその時、はたと一人足を止めたリカルドはそうシフォン達に告げる。
 何を……? 最初彼の言葉に面々は怪訝の眼差しを向けていた。自分達の、セディナ夫妻
の為を思っての演技だったとはいえ、また何か企んでいるのかと疑念が過ぎらずにはいられ
なかった。
『……分かった。こっちは僕達に任せてくれ』
 しかし数拍の間の後、皆を代表するようにシフォンが言った。その表情、横顔にはある種
の悲壮が漂っているように見えたが、彼は多くを語らない。リカルド隊の内の何人かもやや
遅れて同じような反応をみせ始めていた。
 転送リングで一旦ルフグラン号に戻るリカルドを見送る。
 そして藍色の輝きが彼を包み、消え去ったのを見届けると、シフォンは「さぁ行こう」と
残る皆を引き連れて歩き出す。

「──さて。例の聖堂に着いた訳だけど……」
 隊士らの案内で、シフォンとクレア、オズの西側班の面々は目的のエルマ=ニシュ大聖堂
へと到着していた。物陰に潜みつつ様子を窺う。市中は騒ぎを疎んで人気は疎らだったが、
宗教上の要衝だけあって入口には神官や巡礼者らしき者達が時折たむろし、出入りする。
「真正面からは無理だよねえ」
「顔ガ割レテシマッテイマスカラネ。神官騎士達ヲ呼バレテシマウノガ関ノ山デショウ」
 用心はどれだけしてもし足りない。問題はどうやってあの中に入るかだ。
 道中、市内には自分達を探すべく少なくない神官兵、或いはその信仰心からか自警団を結
成した市民達すらも巡回していた。
 都合よくここが手薄だとは限らない。情報はここの神官達にも回って来ている筈だ。
 どうやって潜入するか? エルヴィレーナの有無を調べる為の時間を稼ぐか?
 言わずもがな、制圧など以っての外だ。確かに力にものを言わせて目的を達成することは
簡単だが、それではレナを益々厳しい立場に追いやってしまう。エルヴィレーナは教皇達を
交渉のテーブルに着かせる道具──対等な関係に引っ張り下ろす手段であって、徒に刃を交
えることが最終目的ではない。
「うーん。精霊さんに頼むとか?」
「いや、相手は神官だ。視える者同士ではあまりメリットがない。怪しまれて探知されれば
見つかってしまう」
「デハ私ハドウデショウ? 姿ヲ隠シテイル今ナラ、気付カレズニ進入デキルカト思ワレマ
スガ」
「できなくはないけど……。足音までは隠せないじゃん? ごそごそ調べ回ってたら結局気
付かれちゃうんじゃない?」
「……。あのぅ」
 あーだこーだと作戦を練る。
 するとそれまでやや距離を取って黙っていたリカルド隊士達が、おずおずと手を上げて話
し掛けてきた。
「それなら、俺達が適任じゃないですかね? 一応は元身内ですし」
「もしかしたらまだ俺達個々人の顔と名前までは伝わってないかもしれないです。この史の
騎士団の制服で話を訊けば、直接お偉いさんとかに確かめられると思うんですが」
『……』
 シフォンがクレアが、オズがゆっくりと振り返る。小さく挙手したままの隊士らをじっと
見つめて、そしてはたと膝を打つように叫ぶ。
「それだ!」
「あはは……。そういえば居たじゃん」
「確カニ。ソレガ一番リスクノ少ナイ方法カモシレマセン」
 故に、シフォン達は立候補する隊士達を数人、聖堂内へ派遣することにした。
 彼らを手伝ってやってくれ──去り際にそうリカルドに託されたこともあり、彼らのやる
気はマックスだ。さりとて企み(ないしん)を表に出す訳にはいかず、あくまで教団関係者
だと装い、仰々しい態度で、祭壇の前に立っている老司祭へと話しかける。
「おや? これは珍しい。その法衣は史の騎士団の皆さんですかな」
「ああ、そうだ。本部より指令を預かって来た」
「報せは聞いているだろう? 今、レノヴィン達が市中に潜んでいる。奴らの狙いは聖女様
と、その対を成す聖教典だ。奴らに奪われる前に確保せよとの命だ。此処にはないか?」
 するとこの老司祭は、暫しぱちくりと目を瞬いていた。
 たっぷりと蓄えた白い顎鬚を擦りながら、この歳若い神官兵らを笑う。
「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。何を仰いますやら。知らされておらんですかな? かの至宝な
らば開祖クリシェンヌの墓所でしょう? 移転以来、本山が守っておるではないですか」
 隊士達はそれを聞いて、思わず目を丸くした。上手く情報を聞き出せはしたが、同時にこ
れは拙いと直感したからだ。
 事実、目を細めて微笑(わら)う老司祭の眼にはじわりと猜疑の色が宿り始めている。
 長居してはいけないと思った。そ、そうか……。必死に繕った。
「す、すまなかった。邪魔をした」
 そして急ぎ踵を返し、聖堂を出、シフォン達にこの情報を伝えようと──。

「……遅いな。訊ねるだけならもう出て来てもいい頃なんだが」
「長話に付き合わされてる、とかじゃないよね? うーん。大丈夫かなあ」
「心配デスネ」
「あ、ああ……」
「もしかして、何かあったんじゃないか?」
 物陰に潜むこと四半刻。シフォンら三人と残る隊士達は中々出て来ない仲間に不安を募ら
せ始めていた。
 めいめいに表情が曇っていく。嫌な予感が過ぎる。互いに顔を見合わせて、やはり拙いと
いう結論に至り、一行はザッと立ち上がって聖堂内へと突入を試みる。
『──』
 そしてそこには彼が居、倒されていたのだ。
 ボロボロになって大理石の床に転がされていた先の隊士三人と、奥で震えている老司祭や
聖堂詰めの神官達。そんな有り様、飛び込んできたシフォン達を迎えたのは、整然と左右に
隊伍を整え、待ち構えていた神官騎士ヴェスタとその部隊。
「……やあ。暫くぶり」
 にたり。
 この気障ったらしい騎士は、憎々しいほど端正な所作で、嗤う。

『ああ。それなんだが……』
 兄貴から伝令を受け、エルマ=ニシュへ向かう寸前、俺はシフォンさんや部下達に告げて
いた。クレアちゃんを先頭に踏み出した皆の足が、はたっと止まってこちらに向き直る。
『悪いが先に行っててくれ。ちょっと、やっておかなきゃいけない事がある』
 そう表現するのが精一杯だった。馬鹿正直に喋れば、きっとこのどうしようもないお人好
しで“仲間”想いの連中は、一緒について来ようとするから。
 何を……? 案の定向けられたのは懐疑の眼差しだった。そりゃそうだろう。次に打つべ
き手、方針が決まり、皆で団結して動き出そうとしていた矢先に水を差したのだから。
 だが言えない。今言ってしまっては昨夜からの苦労が全て水の泡になる。
 ──散光の村(ランミュース)だ。レナちゃんの実の両親が暮らし、十九年前兄貴に一人
娘の運命を託した始まりの場所。あの村にはそのセディナさん夫妻がいるのだ。そしてその
情報は、今や教団の知る所となってしまっている。
 きっと奴らは動く筈だ。レナちゃんにとって、兄貴達にとって、今回最大の弱点となるで
あろうあの二人を、奴らが見逃す筈はない。
 まだ兵を動かしていなければいいが。いや、もう既に出発しているかもしれない。
 あの夜、あの場でやり合ってはいけなかった。少なくともそうなれば夫妻もろとも村の者
達は無事では済まなかっただろう。……結局は先延ばし、時間稼ぎでしかないということぐ
らいは解っている。だがせめて、レナちゃんの自由の為にも、兄貴達を先ずこの聖都へ送り
届ける必要があった。そしてそれは今、何とか達成された筈だ。後は元々の予定通り、クリ
シェンヌの聖浄器と併せてイセルナさん達が闘ってくれる。最初はスパイだった俺がこうも
彼らを“信じている”だなんて、可笑しな話だけれど。
『……分かった。こっちは僕達に任せてくれ』
 なのにシフォンさんは何故とは訊かなかった。ただじっと俺を見、数秒間を置いてからゆ
っくりと頷き返してくれる。
 その横では頭にはてなマークを浮かべているクレアちゃん。オズや部下達。
 それでも遊び人時代からの付き合いだ。奴らの中にはシフォンさんと同じく、俺の今考え
ていることに理解がいった面子もいたようだ。コクリと、目を細めて息を呑んで、黙って俺
を送り出してくれる。
『すまん。ただでさえ分断された兵力が減っちまうが……』
 言いながら、腕に嵌めていた転送リングを揺らし、踵を返そうとする。
 シフォンさんや部下達は見送ってくれていた。「お気をつけて」内一人が言って、ああや
っぱりそうかと思う。
『……お前ら。シフォンさん達を助けてやってくれ。俺たち地元人なら、聖堂への道案内も
簡単だ』
 はい! 勿論です! 部下達の慇懃な敬礼が並ぶ。
 全く。俺個人の拘りやら因縁に、ここまで付き合わなくても良かったんだぜ……?
『──っ!? リカルド、さん?』
『な、何であんただけ……? まさか、教団の』
『あ~……。大丈夫だ。今朝までのあれは演技だよ。セディナさん──レナちゃんのご両親
を戦いに巻き込まない為のな』
 転送リングを使って一旦ルフグラン号内部──転移装置のある宿舎の一角へ。すると待機
していた団員達が数人、転移を聞きつけてやって来た。俺を見てサァッと緊張し、中には腰
の武器を抜き放とうとする奴もいる。
 朝刊段階でのニュースだな。まぁこれも想定の範囲内だ。俺はすぐに攻撃の意思がない事
を示し、彼らに散光の村(ランミュース)から聖都までへの一連の経緯を詳しく話して聞か
せた。そして続き、レジーナ・エリウッドの正副船長に話を通してくれと頼む。
『……そっか。レナちゃんのご両親に会いに行ってたんだね。それで、このことイセルナさ
ん達には?』
『いや、今はまだだ。彼女達には教皇を引っ張り出すことに集中して貰う。それよか急いで
くれ。一方通行でもいい。もう総隊長辺りが動いている可能性がある』
 二人に、カンパニーの技師達に説明する時間すら惜しかった。心持ちどうしても早口にな
りながら俺は訴える。独り占めとかじゃない。俺は俺なりに、ずっとけじめをつけるべきだ
と思っていた。絶えず変化していく状況に合わせて、最善次善の立ち回りをしなければいけ
ないと考えていた。
 レジーナさんが焦ったようにガシガシとバンダナ越しに後ろ髪を掻く。エリウッドさんが
すっくと席から立ち上がり、他の技師達に指示を飛ばす。
『分かった。すぐに座標の計算をしよう。誰か地図を。あと向こうで陣を敷設する要員を決
める。彼女の故郷となれば、今後再び訪れる場面もありそうだしね』
 それでいいね? 俺もレジーナさんも、首を横に振る理由なんてなかった。そうしてすぐ
に技師達、ついて来たり様子を見に来た団員達も一緒になって村への転移準備を整える。

「──」
 藍色の光が身体から方々に霧散し、リカルドはゆっくりと目を開けた。
 見覚えるのある寂れた村の中。どうやら転移は無事成功したようだ。
 辺りを見渡す。数段高くなった痩せた畑の上で、唖然とこちらを見て村人達が手から鍬を
落としたりして固まっている。
「な、何だ? 今何が起きた?」
「いきなり、何もない所から……」
「いや、それよりも。あの服と面は見覚えあるぞ。史の騎士団だ。ブルートバードから乗り
換えてた奴だ!」
 ざわざわ、わらわら。
 村人達はめいめい、恐る恐る小走りで近寄って来たかと思うと、リカルド達を取り囲むよ
うにして警戒した。
 中には「御慈悲を! 御慈悲を!」と半泣きになっている老婆もいる。大方また教団が機
嫌を損ね、村に危害を加えに来たとでも思っているのだろう。
「あ~……。とにかく落ち着け。俺はもう教団の手下じゃねぇよ。伝えに来たんだ。カイン
さんとクラリスさんは何処にいる?」
『えっ』
 故に村人達は戸惑う。一つは神官騎士の服を着ながらそうではないと語る彼と、もう一つ
は再び口に出されたセディナ夫妻の名前に後ろめたさが消えないからだ。
「……リカルド、さん?」
「い、一体どうしたんです? レナ達を、連れて行った筈じゃあ……」
 じれったい。だがそうしていると当の本人達が林の向こうから顔を見せた。両手に桶を持
っている所をみると水を汲んでいたらしい。二人の姿をみて、村人達がばつが悪そうにめい
めいに顔を逸らす。
「詳しい話は後だ。とにかく急いで避難してくれ! 俺達の船に来てもいい。急がないと今
度こそ、奴らがあんた達を──」
 間に合ったのか……? しかし二人の無事に安堵しつつもゆっくりとはしていられない、
その時だった。ザッザッと、村の入口方面から複数の靴音がこちらに向かって近付いて来た
のである。
「……貴方ですか。妙ですね。どうして、我々より早く……?」
 姿を見せたのは神官兵の一隊だった。
 史の騎士団総隊長リザ・マクスウェルの懐刀、神官騎士ミュゼ率いる部隊だった。

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  1. 2016/07/06(水) 18:00:00|
  2. ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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