日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「セラフ・ロワイヤル」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:犠牲、天使、歪み】


 切欠は人々の飽くなき欲望と、好奇心がためだった。

 それはとあるジャングルの奥地にて、木材の切り出しを行っていた際に発見された。
 長い長い歳月の間眠っていたのであろう。濃い緑に覆われた木々を切り拓いて一行の前に
突如として現れたのは、古びた石棺だった。加えてその背後には、まるで全身に絡みつくよ
うな渦巻く化石に包まれた灰色の人型が七つ。第一発見者であるこの伐採業者達は、一様に
その時のことを不気味と畏怖の二言で言い表した。
 ……それでも、人は今や“神”すら恐れぬ不遜と力を身につけたのかもしれない。
 開けてしまったのだ。これが何なのかは分からなかったが、一行はぞくぞくと刺激される
好奇心がままにこの石棺を皆でしてこじ開けたのだった。
 はたして、目に飛び込んできたのは謎の遺物。
 薄紫の核のような球体を包む、シリコンのような硬さと半透明の立方体が、棺の中にはど
っさりと収められていたのである。
 この業者達曰く、その数百一。背後の人型の化石を含めれば百八つである。
 これはとんでもないものを見つけてしまった──。少なくとも彼らの知識にこのような物
は存在しない。何かとてつもない、未知のお宝ではないか? そう中身を検めた彼らは思わ
ず息を呑み、興奮したという。
 だが異変が起きたのはその直後だった。それまで音もなく佇んでいた立方体達が、突然眩
い光を発して唸り始めたのだ。
 彼らは驚き、慌てふためく。しかし彼らがようやく後悔し、強烈な光が収まった時には、
この百一個の立方体(キューブ)は忽然と消えてしまっていたのである。……いや、彼らの
内の何人かは確かに眩む視界の中ながら見た。キューブ達が、一斉に光の尾を描きながら空
高く舞い上がり、四方八方へ飛んで行ったのを。
 更に気付けば、背後にあった筈の人型化石も消えていた。七体全部だ。何が何なのか? 
木を切り運ぶだけの彼らに解る筈もない。

 最初、一行の上司達は彼らの話を真に受けはしなかった。馬鹿馬鹿しいと、何かよからぬ
事でも考えているのだろうと哂っていた。
 しかし彼らの証言通り、時系列を前後して世界中の空で謎の高速発光体が目撃・撮影され
ていたのだ。ある者は隕石──災厄の予兆だと、またある者は新手のUFO──世界に迫る
危機だと吹聴して回る。
 それこそ馬鹿馬鹿しいと多くの人は思っただろう。いつの世も夢見がちな滅亡説は折につ
けて出回るものだ。
 だが、少なくとも今回に限っては、そんな彼らの言説もあながち間違ってはいなかった。
即ちどう考えてもこの事件が契機としか考えられない異変が、世界各地で起こり始めたから
である。

 ──《天使》。人々はいつしか“それ”をそう形容し、呼ぶようになった。
 全身は淡いプリズムを宿す、陶器とも金属ともつかない白亜の色。姿形は一見巨大な人型
のようでいて、明らかに人とは違う。十字に空いた顔面からは、底の見えぬ暗がりが覗いて
いた。額には一本の短い角があり、そこにまるで天使の輪のように奇妙な文様を宿す光が輪
を作って漂っている。何より印象的なのはその背に広がる翼。あたかも折り畳み式の器械の
ような造りをし、等間隔に垂れる骨格部分の隙間隙間からはプリズム色の光の皮膜が暴力的
に輝く。
 《天使》は当初無作為に現れ、無差別に殺した。彼らはその巨体だけでなく、顔面や掌・
五指、身体のあちこちから射出される光線の圧倒的な破壊力でもって立ち塞がる全てを焼き
尽くした。
 人類は為す術もなかった。当初未開の地から地方都市、様々な場所に突如として現れては
破壊の限りを尽くすこの《天使》と戦ったが、銃弾や砲撃、核すらも彼らの作り出す光の障
壁の前には無力だった。まるで邪魔な蝿を払うように。数え切れないほどの軍人や市民が殉
職し、或いは巻き添えになって死んだ。
 しかしやがて光明は見える。……いや、寧ろ新たな混沌の幕開けだったのだろうか。
 《天使》の少なからずが、その暴走中に死んだ。厳密には突如ぐらりと全身が崩れ、あの
輝くキューブとなって地上に落下したのだ。前線に送られた兵達が確認する。そこには決ま
って、まるで一切を搾り取られたかのように乾涸びた野生動物──ないし人間が倒れていた
のである。
 この事から、詳しいメカニズムは分からないが、この《天使》は核たるキューブと反応し
た生物のエネルギーを糧に動いているものと仮定する事ができた。実際実験と称し、回収し
たキューブをマウスに与えてみた所、やはり《天使》がこれを包むようにして出現し、され
ど小さき生き物過ぎるが故がすぐに“ガス欠”を起こして消滅──マウスを乾涸びた残骸に
して再びキューブに戻るというさまが確認された。

 ──明確に人類に牙を剥くものではない。少なくともこのキューブは意思ある何かしらの
生物というよりは、特定の行動に反応するモノであった。
 すると人はまた考え始める。これほどの力を、みすみす他人に渡してなるものか。
 世界を股に掛けたキューブ争奪戦が始まった。各国はその総力を挙げ、一個でも多くこの
歴史上最強の力を求めた。
 数は百一個。或いは、同じく消えた七体の人型も同様のものか。
 国家の名の下に少なくない兵が実験台として“消費”された。回収に成功したキューブを
使わせ、徹底した監視下で《天使》を降臨させる。多くの犠牲を払い、そんな中でも判った
ことがあった。幸いにもこの力は、使用者の意思の強さ次第で自在にコントロールする事も
可能だという事実。
 故に各国は貪欲にキューブを探し求めた。一個でも敵国を簡単に滅ぼせよう。では二個あ
れば? 三個、四個と持っていれば? やがてキューブは世界の新たな抑止力となり、同時
に脅威となった。自国が保有している分は管理下に置けるが、他国のそれが万一使われてし
まえば応戦するにしても甚大な被害は避けられない。加えてまだ半分近く未発見のキューブ
がまた、何かの拍子に現地人や動物などと反応してしまったら……?
 最善かつ理性的な選択肢は、きっと各国が手を取り合って全てのキューブを回収・管理す
ることだっただろう。
 だが人はそれをしなかった。それまでの世界と同様、新時代の抑止力であっても先ず自分
達が持ち、相手に持たせない、その思惑ばかりが交錯した。その意味ではあまりこの世界は
変わっていないのかもしれない。

 最初の発見から、二十年余の歳月が経とうとしていた。
 今も世界では、時折はたと現れた《天使》による厄災が猛威を振るっている──。

 ***

「マジかよ……。また出たってのか……」
 都会の雑踏。姦しい電子音と街頭CMの大音量、そして積み重なる人々の声や足音がやけ
に耳に障る。
 瑛二はそんな只中でスマホを弄りながら、思わず苦虫を噛み潰したかのような表情で舌打
ちを漏らしていた。
 新たな《天使》見つかる──速報のネット記事にはそうセンセーショナルな見出しが躍っ
ていた。しかも場所はどうやら街のど真ん中、史跡公園の池の中らしい。
「……近いな。五駅ほどいけばすぐじゃねーか。……そっか。さっきからやたら混んでるの
はこのせいか」
 顰めっ面で路上を、その先に最寄駅まで続く長い人の波を見る。
 どうやら交通規制が敷かれてしまっているらしい。スマホをタップし、もしかしてと運行
情報を調べてみても、やはりというべきか全面緊急運休との表示が踊っていた。
 野次馬を通さない・触れさせない為だろう。何せ一体で国一つを滅ぼせうるほどの巨大兵
器ときたものだ。政府としては厳戒態勢を敷かない方がおかしい。
 だが、これで瑛二の予定は完全に狂ってしまった。彼の通うキャンパスは件の現場を更に
通り過ぎた先。頑張って徒歩で行けないこともないのだろうが、この理不尽なニュースを目
にした瞬間にそんな気力はとうに失せてしまった。
「……帰ろ」
 そんな訳で、今日は自主休講と洒落込むことにした。別に絶対に出なければいけない講義
でもない。何より理由があんな天変地異クラスのものとなれば教授もそう目くじらを立てて
怒れもしないだろう。
 人波をくるっと踵を返して逆行し、同じく何かしらの理由で進むのを諦めたらしい少なか
らぬ他人びとらと疎らになって通りを歩く。
 皆、一様にスマホに目を落としていた。運行状況や、或いは《天使》発見のニュースでも
見ているのだろう。瑛二は妙にけだるかった。それでいて胸の奥がむかむかとこびりついた
かのように熱い。
『──』
 ほんの一瞬、過去の出来事が蘇る。瑛二は誰に気付かれるでもなくぎゅっと歯を噛み締め
唇を結んだ。脳裏に蘇るのは屈託笑う小さな少女の振り向く姿。直後彼女は炎に呑まれ、跡
には瓦礫と十字の溝を持つ巨人が身を起こすのみ。
(……何が天使だ。悪魔以外の何物でもねぇだろうが……)
 むかむかする。
 自分にとっては、奴らは憎き仇でしかない。
「──うん?」
 ちょうど、そんな時だったのである。
 疎らでも同じ方向に歩いてくる他人びとが鬱陶しく、何となしに近くの路地に入った所で
瑛二はふとその一角に座り込んでいる人影を見つけた。
 まだ幼さの残る少女だった。ボロ布を全身に包み、虚ろな目で壁に背をつけたままじっと
座り込んでいる。
 妙だなと思った。あまり関わり合いにはなってはいけないなと思った。
 確かに今のご時世格差は広がる一方だが、こうもあからさまに乞食のような身なりの者は
いるまい。それもまだ若い少女だ。
(ちっ……)
 通りすがりながら、内心また舌打ちをせざるを得ない。……似ているのだ。どうやら髪や
瞳の色からして外国人のようだが、その背格好はあいつを思い出せる。

 ぐぅぅぅ~……。

 だからだったのだろうか。我関せずと通り過ぎようとした瞬間、彼女から大きな腹の音が
鳴った時、瑛二は思わず立ち止まってこの少女を見遣っていた。
 ぼうっと、やはり虚ろな眼で彼女は気付いているのかいないのかこちらを見上げている。
静かに瑛二は顔を顰めた。数拍逡巡し、しかしこうなったら無視し直すのも気が引けるんだ
と自分に言い聞かせるようにしてその場に屈み込む。
「お前、腹減ってんのか?」
「……」
「腹減ってるのかって聞いてんだよ? あー、アーユーハングリー?」
 しかし少女は答えない。ゆらっと、ほんの少しだけ小首を傾げて一度目を瞬いた。英語で
は駄目なのだろうか。そもそも何処の国から流れてきたのだろう。
「あー、えっと。オマエ、クウフク、タベタイ、チガウ?」
 自分でも何をしているんだろうと思った。だが瑛二は何とかこちらの言葉を伝えようと、
慣れないながらも身振り手振りで反応を引き出そうとする。
 腹の前で膨らむように山を描き、押さえて減らす。次いで食べるジェスチャーをし、これ
をしたいか? と訊いてみる。
「……ijtaukttoystn?」
「うん?」
「tta,nkchyonkttotamatnttetakuttdankstaati」
 するとどうだろう。通じないことにようやく気付いたのか、はたと彼女は懐からとある物
を取り出した。
 淡く光る、紫の核を持つ立方体だった。
 瑛二が目を細めて覗き込む。その間に彼女は何やらこれにぶつぶつと言葉を掛け、呼応す
るように内部で黄色の文字列がぐるぐると流れ始める。
「……ええと。これで通じるでしょうか」
「!? お、おう。通じるぜ。何だよ、ちゃんと日本語話せるんじゃんか」
「……」
 少女はさすさすと腹を押さえ、心許ない足取りで立ち上がった。なぁ、それ……。そして
瑛二が思い出して訊くよりも早くこの立方体をしまい込む。
「ごめんなさい。私の事は大丈夫ですから、行ってください」
「え。いや、そう言われてもよう……。お前ふらふらじゃねぇか。腹も鳴ってたし、まとも
に飯食ってねぇんだろ?」
「否定はしませんが……。それは貴方には関係ありません」
「ないっておい……。そう強情を張るなよ。その、俺も途中で食いに行くつもりだったから
よければ一緒に来るかって訊こうとしただけだよ」
 存外に、目の前の少女ははきはきとした受け答えで、そして頑なだった。
 こうなるとはいそうですかと退くのも気が引ける。瑛二は「はぁ……」と大きくため息を
つき、ポリポリと頬を掻いた。そして次の瞬間、むんずと彼女の手を取り、来た道を再び引
き返し始めたのである。
「あ、ちょっと──」
「いいからいいから。チビの癖に遠慮するなんて生意気だぞ」

 あんなに断ろう遠ざかろうとしていたのに、少女は予想以上に食った。
 それはもう、お節介を焼いた瑛二本人が軽く引くくらいに。彼女と近くの中華料理屋に入
り、目の前にはどんどんと空になった皿が積み上がっていく。瑛二は内心顔をひくつかせな
がら、自身も一応ちみちみと麻婆丼を口に運ぶ。
「……美味いか?」
「はい。辛味が多いようですが、今の私にはちょうどいいのかもしれません。体温が回復し
そうです。賢明な選択、感謝します」
「お、おう。別に深い考えはなかったんだがな……」
 苦笑いしつつ、ようやく態度の解けてきた彼女を見遣る。流石にボロ切れのまま店に入る
のは拙かろうと事前に自分の上着を貸してやっていた。
(何なのかねぇ、こいつは)
 一口二口。カッカッと米を掻き込みながら瑛二は思う。
 外国人のようだが、こんな幼い身一つで何故日本へ? 何故急にこちらの言葉が解るよう
になった? やはりさっき懐にあった四角の──。
「ここでお聞きにならない方がいいと思いますよ。他人が多過ぎます」
「……そっか」
 口元に米粒をつけたまま、しかし至極真面目にこちらの考えを読んでいるかのように機先
を制す。瑛二は黙るしかなかった。まさかな……。人伝に聞いてはいたが、一方でこの自分
が関わってしまうのが怖かった。
 ごちそうさまです。やがてゆうに十杯以上を平らげ、少女はこれまた丁寧に日本式に両手
を合わせて締めとした。その身体にどうやったら入るんだよ……。机の下でポケットから財
布を取り出し、ちらと手持ちが足りるか心配になる。
「どうも助けていただきありがとうございました。見ず知らずの異国人に、食事を驕ってい
ただき……」
「まぁ、気にすんな。よっぽど腹減ってたんだな。満腹になったなら結構だ」
 ぺこりとお辞儀をする少女。やはり急にこの国の文化に馴染み過ぎている。
 考え過ぎか? しかしそうした疑問の全てを善行の高揚感で笑い飛ばせるほど、自分は呑
気な脳味噌はしていない。
「……その、何だ。せめて名前くらいは教えてくれねぇか。俺は小野塚瑛二。まぁ見ての通
りの学生だよ」
「……サロメと申します。ありがとうございました。オノヅカさん」
 再びぺこりと小さく頭を。この少女──サロメは言った。しかし直後見上げたその瞳は油
断ならず、外見にそぐわない威圧感を纏っている。
「その、私も一つ訊いていいですか? 何故私を助けてくださったのです? 自分で言うの
も何ですが、この土地では私は明らかに異質な存在です」
「かもな。通りがかりのお兄さんのお節介、じゃ駄目か」
 彼女は答えない。だが眼は間違いなく肯定していた。瑛二はふいっと目を逸らし、少し間
を置かざるを得なかった。あまり正直に言っても、ただでさえ微妙な距離が余計に微妙にな
ってしまいそうで……。
「妹に、似てるんだ」
「妹?」
「ああ。ちょうどお前くらいの背格好だった。生きてりゃもうちっと大きくはなってるんだ
ろうけどな」
「……亡くなったのですか」
「ああ。七年前《天使》にな。下校中にタイミング悪く、暴れてるそいつと出くわしちまっ
たらしい。一緒にいた友達もろとも、な。酷いもんさ」
「……」
 サロメは黙っていた。すみません、そんな安易な言葉すら彼の傷を抉るのだろうと悟って
いるようだった。どちらにせよ、だからこそ瑛二には辛く、そして何故──ただ似ていると
いうだけの理由でここまで話してしまったのだろうと後悔する。
「そうですね。あれは生まれてくるべきじゃなかった。私達はこの時代になっても……」
「? 何を──」
 だが、次の瞬間だったのである。
 轟っと刹那、底から響くような地響きが瑛二達を含め、店の中にいた全員が響いた。口に
しようとしていた言葉が期せずして遮られ、何事だと視線をきょろきょろさせて半立ちにな
りかけている所へ、おそらく一番聞きたくなかったであろう言葉が飛び込んでくる。
「た、大変だ! 《天使》だ! 《天使》が出たぞーッ!!」

 弾かれるように外に出て、そして瑛二はまさに絶望というものを目の当たりにした。
 《天使》が暴れている。自分達の暮らす街の真ん中で、あの巨大人型兵器が手当たり次第
に街を破壊して回っている。
 腕を振るう度にビルが玩具の積み木のように崩れた。踏み締める足の一回一回がその下で
暮らす人々とインフラを文字通り押し潰し、更に天を仰いで咆哮。赤く光った十字溝の面貌
から刹那放たれた光線は、射線上にある全ての建造物を人を生命を高熱の中に沈めていく。
「……はは。本当、夢みてぇだ。いかれてやがる」
「そうですね。でもあれは夢ではありません。現実です」
 あまりの圧倒的な力の前に、遠巻きから自嘲(わら)うことくらいしかできない瑛二。
 しかしサロメはいつの間にかその隣に立ち、じっと街並みの向こうで暴れている《天使》
の姿を見つめている。
「くそっ、どうなってんだよ。まさか今朝見つかったっていう奴か? 何街のど真ん中で起
こしてんだよ。国が責任をもって管理するんじゃねぇのかよ……」
「誰かがうっかり発動させてしまったのでしょうね。やはり暴走しています。目的意思と、
闘争心が足りなかったのでしょう」
 ぱちくり。目を瞬き、瑛二はこのやたら冷静な少女を見た。
 何故そこまで分かる? 何故そんなことを知っている? お前は一体──。
「……遥か昔の話です。人は神に近付こうと人造の神を造りました。模造神(レプリカ)と
呼ばれたその数は全部で百八。本来大きくセーブされている人の力を根こそぎ呼び覚まし、
その者自身を仮初の神へと変貌させる私達の技術の結晶でした」
「……何を」
 最初、何を言っているのか瑛二には解らなかった。いや、理解を拒もうとしたのだ。
 訥々。サロメが横に立ったまま、じっと街並みの向こうで暴れる《天使》を見つめながら
話し始める。
 百八、人を根こそぎ、遥か昔、私達の……結晶。
「彼らは神へ至る道として模造神(レプリカ)同士を戦わせました。戦って、最後の一体に
なった者こそが、まさしく人智を超えた存在になると。儀式でした。ですが彼らのやろうと
したことは模造神(レプリカ)を介した殺し合いに他なりません。勝とうが負けようが、そ
の操縦者となった者は生命を削るのです。そんな事、野放しにはできませんでした」
 きゅっと胸元を押さえる。サロメは一度も瑛二を見なかった。
 瑛二もまた彼女を直視できなかった。横顔だけで、ただ彼女の紡ぐ言葉が今自分達の知っ
ている現実とリンクしてゆくばかりで怖かった。
 そして取り出したのは、あの半透明の立方体。
 そうだ。やはりそれは、《天使》を呼び出す為の──。
「私達一部の同志は、計画を阻止するべく動き出しました。先ずは模造神(レプリカ)をで
きるだけ多く奪う。戦いと止めるには同じ模造神(レプリカ)の力がどうしても必要だった
のです。そして私達は、多くの犠牲を出しながら、操縦者を模造神(レプリカ)達から引き
剥がして……」
「……」
「ですが、壊す事はできませんでした。当然ですね。模造神(レプリカ)は皆同じ力を持っ
た量産型の兵器。同じ程度力では──それこそ私達個々人が自身を擲ちでもしない限り破壊
する事など叶わなかったのです。だから私達は封印しました。二度とこんな馬鹿げた儀式が
行われないように。少なくとも私達が模造神(レプリカ)達を結託してキープしておけば、
最後の一体は現れなくなる。二十年前、後世の人間が掘り返しさえしなければ」
「…………」
 それは歴史。彼女から語られる、《天使》もとい模造神(レプリカ)誕生の経緯。
 瑛二はあまりに急で、壮大な話に唖然としていた。しかし不思議とそれを事実として受け
入れることはできた。元よりあんな化け物が自然発生する筈もない。或いは、この見た目の
割に随分と大人びている彼女自身が、説得力の塊だとでも感じていたのだろうか。
「どうも助けていただいてありがとうございます。ですが、もう行かなくては。このままで
はあの暴走状態の模造神(レプリカ)がこの辺り一帯を焼け野原にしてしまう。それだけは
何としてでも防がなければ。破壊、しなければ」
 呟いて、そのままサロメは手の中の立方体──キューブを握り締めた。にわかに淡く静か
に光っていたそれが反応しだし、大きく彼女を包もうと……。
「待てよ。お前、まさか《天使》になるつもりじゃねぇだろうな」
「ええ。そのまさかです。あれに対抗できるのは同じ模造神(レプリカ)だけですよ」
 はしっと。瑛二は彼女と共にキューブを掴んでいたのだ。サロメは一瞬目を見開き、しか
し問われた言葉にさも当然といった風に答える。
「だから! そいつは使った人間の命を奪うんだろうが! 死ぬんだぞ!?」
「それは少し語弊があります。操縦者の生命力を糧にするのは事実ですが、必ずしも死亡す
る訳ではありません。幸い、はオノヅカさんに食事をいただいたことで大分回復しました。
暫くは心置きなく戦える筈です」
「そうじゃねえ!」
 だが瑛二はキューブから手を離さなかった。理屈よりも感情で動いていた。
 死なないかもしれない。でも死ぬかもしれない。そもそもあの《天使》にやられれば生還
もクソもないんだから。
「お前はそれでいいのかよ!? 死ぬかもしれないんだぞ! あんな訳の分からん化け物と
本気でやり合おうっていうのかよ!」
「いいも何もそれが私の義務ですから。かつての仲間が今何処にいるかも分からない以上、
この状況に対処できるのは私だけです。……覚悟なら、とうに出来ています」
「っ……!」
 フラッシュバックする。脳裏に、炎に焼かれて欠片も残らなかった妹の輪郭が映る。
 馬鹿野郎。全部一人で背負い込むんじゃねぇよ。義務? 冗談じゃねえ。どんだけお前が
長生きしてるかは知らねぇが、俺の前で勝手に無茶して消えてなくなるな。
「なら……俺の命も貸してやる! 使え! 一人より二人の方が、まだガス欠になる確率は
減るだろうがよ!」
「な、何を──っ?!」
 次の瞬間だった。まるで瑛二の叫びを聞き入れたかのようにキューブが眩く光り、二人を
包み込むようにして白亜の流動質が周囲に噴き出した。
 悲鳴が聞こえる。だがどうでもいい。遠い雑音だ。全身が冷たいねばねばに雁字搦めにさ
れるのが分かる。つい最近まで思ってもみなかった。まさか自分があの憎き《天使》になる
なんて……。
『……あり得ない。こんな、事が』
 はたしてそれは何秒間、何分間のことだったのだろうか。
 或いは一瞬か。気付けば瑛二とサロメは出現した《天使》──模造神(レプリカ)の内部
に囚われて、巨大な紫色の核(コア)と向き合う形で無数の白亜の粘質に吊るし上げられて
いる。
『へえ。これが《天使》か。やっぱ救世主様なんてのとは程遠いな』
 二人並んで模造神(レプリカ)の動力として囚われる。しかし瑛二は自身存外冷静で、彼
女よりも早くコア越しに映る例の暴走《天使》の背中を見ていた。
『なあ、こいつってどうやって動かすんだ?』
『え? ええ。特に難しい操作は要りません。この模造神(レプリカ)と一体になって、動
きの逐一をイメージしながら命令してやれば』
 ふむ……。言われて、瑛二は目を細めた。
 向こうには憎き《天使》がまだこちらに気付かずに暴れている。眉間に深く深く皺が寄っ
た。歯を噛み締め、脳裏で命ずる。ぶん殴れ──すると瑛二達の《天使》はぐんと地面を蹴
って駆け出し、勢いをつけたままの右ストレートをこの敵の横っ面に叩き込んだ。
 ゴゴウッ。暴走状態の《天使》はそのまま地上の街並みをなぎ倒しながら倒れた。突然襲
い掛かってきた同族に驚き、しかしサロメの言っていた互いに殺し合っていたという記憶が
まだあるのか、すっくと飛び上がると片掌にエネルギーを溜め始める。
『いけない!』
 今度はサロメの番だった。彼女は念じ、すかさず両手をかざして目の前に大きな光の障壁
を作り出す。直後、相手の《天使》からの光線が二人を直撃した。……いや、障壁に守られ
て当たってはいない。ただ大量の爆風と熱量が左右に散り、防御の残滓を残すだけである。
『……こうなったら仕方ないですね。二人同時に搭乗なんて前代未聞ですけど、このままあ
いつから中の人間(どうりょくげん)を引きずり出してやりましょう!』
『ああ!』
 グォォォォォーッ!! 暴走する《天使》が十字溝を血色に光らせて吼える。
 じりっ……。内部で息を合わせて身構える瑛二とサロメの《天使》──模造の神は、そっ
と両手を軽く握って拳闘の態勢をとるのだった。
                                      (了)

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  1. 2016/07/03(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

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