日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)頭の中の間仕切りを

冷えと穏やかさが入れ替わり立ち替わりですね。体調も日単位、時間単位で^p^<グヘェです。
秋の短くなりつつある昼間と、のんべりとした夜長をいかがお過ごしでしょうか? 
こんにちは、長月です。
連載の八章が書き上がりました。見直し手直しの後、近日中にもUPする予定です。
……しかしまぁ、ローペースにと言い聞かせ自戒しておきながら、結局あまり前と変わって
ないですね<(^o^)>
うん。創作もとい妄想は楽しい。活力剤です。
豆腐なカラダでも、文字を書くことなら何とかできるからなのかもしれません。
どうにも自分が思う以上に、これらは自身を元気付けてくれるようです。
物語で誰かの糧に──という前に、自分自身が元気を貰っているというのは、何だか妙な気
分ですね。色々と恥ずかしいような、でもホコホコする気持ち。
こういうのも、創作をする楽しさなのでしょうかね……。


とはいえ、あまり創作活動ばかりに“浮かされて”しまうままでもいけないのだろうなと僕
は思うのです。つまりはこれらに自身が埋没してしまう可能性があるのだということ、他の
やるべき雑事をほっぽり出してのめり込んでしまうのは考えものなのです。
何よりも(個人的な信条に近いのかもしれませんが)楽しさとはいえ、感情に浮かされたま
ま突き進んでいくというのは、少々不恰好かもしれないと思うのですよね。
何事に関しても、クールにスマートに、何よりもロジカルに。
僕自身、さほど何でもこなせる訳ではない以上、向けるエネルギーの配分を見誤る訳にはい
きません。なのでより効果的で能率的な自分というものを意識しておかないとすぐにキャパ
不足になって涙目……なんて事になりかねません。

つくづく、自分のカラダが無限ではないのだと感じる今日この頃なのです。
(これが歳を取ったということなのかしらorz)
妄想は膨れますが、現実実際としての自分は果たしてどれだけの事を成しているのだろう?
或いは成せるのだろう? そう考えると、何でもやってやるさという心持ちをリアルの質量
が押し潰してくるような錯覚に見舞われてしまいます。
思いをそのまま絶やすことはできればしたくないのですが、もどかしいですね。
僕らのできる事は、実際には限られている。
なのに、やりたい事・やらなければならない事は公私を問わず世の中に溢れ返っている。
正直、夢も現実も一緒に抱いて両立していく……という僕の希望は事あるごとにぐらぐらと
揺らされているように思います。
いや……何よりも、僕にとっての創作がそうした質量を以って迫ってくるリアルに対しての
「逃げ道」になってはいないかと懸念する部分が大きいのでしょう。
それを思う度に、結局私的な楽しみとリアルと肉薄する営みは中々交わらないものなのかと
嘆息を漏らしてしまいがちになってしまいます。

創作──夢は、己を擲ってこそ手に入るもの。
同様に生計というものも、ある意味、擲ち消耗しながら手に入れるもので。
だけど、お金で強靭なカラダが買えるのかというと、そうでもなくて……。
僕らは何に目を向けて進めばいいのでしょう? そもそも目的とは何なのか。
ですが、少なくとも悶々と考えているだけではいけないのでしょうね。
頭の中のイメージをどれだけ捏ね繰り回しても、リアルを変えることはできない。関わるこ
とはできない。せめて発信しなければ何も変わらない。惰性に任せる者、実利を握る者らが
常にセカイのリアルを網羅する。

だから、その頭の中の間仕切りを緩めてみよう。そうしなければ。
そこから溢れたものは、外へと提出されたものは、何処かリアルに流れてゆく。
大抵のものは人々にはスルーされるのが関の山かもしれないけれど、先ずは第一歩。
そして何よりも……そこから加えてカラダを動かせればもっといい。
やれしがらみだ、組織の腐敗だと外野から批難だけを続けても、そう思い通りになどなる筈
はなくて。斜に構えて哂うだけでは何にもならなくて。
間仕切りを外し、そのカラダをもっと広く外に投げ出せるように。
──そこには温かなものがあるかもしれないし、何より辛辣な彼らが待っているのだろう。
だけど、そこでへこたれたら、それこそ辛辣な奴らの思う壺なんじゃないかと思う。
自分の目的の為に、あくまで手段と割り切ってでもいい。
多様に人が思いが交わる事で、変わってゆけるものがきっとある。ヒトもモノも。
個々には「自分のため」でリアルを生きていても、廻り回れば「皆のため」に変えてゆける
力にだってなる筈で。
そうしていけば、僕らはもっと良いセカイを生きられるんじゃないか……。

物語は人に資することができるけれど、できれば内に消化する以上の事があればなと思う。
闘争的じゃないかと哂われるかもしれないけれど、物語は必ずしも「別の何処かの話」で
終わっていいものなのかな?とも思うから。
確かに物語は(ノンフィクションなどを除いて)虚構のセカイかもしれないけれど、それを
手に取る人は、リアルを生きざるを得ない訳で……。
だったら物語というのものは、そこに資するものでありたいなぁと思う。

そんな発想は高慢なのかもしれないけど、誰かに資するものであれる創作を。
そんな活動の為に、その資産を築く為に泥臭くたってリアルを生きなくっちゃ。
でもそれは「手段」であって、イコール「目的」じゃない。それだけは忘れずに。
安易にお互いをぶつ切ってしまうのは、勿体無い気がする。
やっぱり夢も現も繋がり合って補完し合うようになっていたい。自分自身も、そうしていけ
ればなぁと願う。
それぞれで得た「糧」を、そっと隣に手渡して循環するイメージ。
そんな個々の環を、更に互いに手渡して繋いでいくイメージ。
頭の中の間仕切りの先には、そんなたくさんの繋がりが拡がるんじゃないかと思うから。

こんなご時世だからこそ、もっとロジカルに、もっともっとアクティブに。
……思考でっかちでつい鈍重になりがちな自分に、そう言い聞かせてみる。
 

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  1. 2011/10/06(木) 20:30:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止します。

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