日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「暗夜行深曲」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:海、黒、時流】


 ざあざあと黒い波達がうねっている。
 寄せては返す、その繰り返し。そんな打ち際に彼らは集まり、じっと佇むようにしてこの
静かなうねりを見つめている。
『さぁ、行こう』
 ある者が言った。
『ああ。行こう』
 ある者が答えた。
『でも……』
 だがその一方でまたある者が戸惑う。
『なぁ。本当に行かなくっちゃ、駄目か?』
 更にまた別のある者が口篭る。
 彼らは一つの大きな集団だ。しかしそれぞれに渦巻き、抱く思いはきっと一つに纏まって
はいなかった。
 行こう。そう踏み出そうとした者達の見据える先、黒く延々と広い水面の下、奥深くには
何やら大きな塔らしきものが幾つもの建っている。
 行くのか。そう躊躇っている者達がおずずと、肩越しに視線を逸らす先には、この水面と
は逆方向の丘の上にそびえ立つ、やはり大きな塔らしきものが幾つも暗がりの中でじっと輪
郭を溶かしている。
 一つに纏まろうとしていたものが、ぷつっと挫かれたような気がした。
 尤もそう思ったのは、行こうとした者達だけなのかもしれない。身体は前に向いていても
視線は丘の上に向いている彼らに振り返り、行こうとした者達の中にはある種の苛立ちを隠
せない者も少なくなかった。
『今更何を迷っている?』
 ある者は言った。
『ここに留まっていても埋もれてゆくだけだ』
 やはりその声色には苛立ちが含まれる。
『俺はお前達と心中なんてごめんだぞ。放っておいてでも俺はいく』
 ざりっと、内一人が砂を踏み締めて進んでゆこうとした。
『止めろ! 止めてくれ!』
 すると今度は、そんな彼の行動に行くのかと迷う者達が叫ぶ。
 半ば反射的な──本能のような反応だ。行こうとする彼らとは違い、この迷う彼らにとっ
て最も恐るるべきは「変化」だった。長い年月、先祖達がようやくの決心で降り立ち、以来
何代にも渡って根を張ってきた“此処”そのものの秩序・安寧が壊されることこそ、彼らに
とって最も危険な刃物であるのだから。
『……止めてくれ』
 ふるふると首を振る。躊躇う彼らの内一人が泣き出しそうになりながら言うと、同じ面々
もめいめいに頷いた。
 一つが二つに分かれてしまっている。
 只々暗い水面を目指している者と、既にある丘の上に残りたがる者。一方は睨み付けるよ
うな眼差しで、一方は懇願するような哀しみだ。……だがおそらく、迷う側のそれはやがて
同じく怒りの部類へと変わるだろう。
『止めてくれ? それはこっちの台詞だ。残るな。俺達は此処にいる皆のことを考えて決心
したんだ。滅びるぞ? ここもまた呑まれる。そう遠くない未来にだ。お前達だってそれは
分かっている筈だろう? それでもまだ解らないのか』
 水面へ踏み出そうとした彼が苛立っている。睨み付ける眼差しは怒りであり、少なからず
の侮蔑が籠もっていただろう。
 ……だからこそだ。はたして、躊躇う側の者達も徐々にそんな感情が伝染し始めていた。
分からず屋。めいめいが顔にそんな罵倒を貼り付け、憎々しく互いを睨み合う。
『解ってる! 解ってるけど……やっぱり嫌だ。向こうなら大丈夫だなんて保証、何処にも
ありはしないのに』
『変わらないんじゃないか? また底を下っても、また“其処”が“此処”みたいに何時か
は呑まれるだけなんじゃないのか? なら、もういいよ。もう逃げ続けるのは厭なんだ』
『実際に降りたことのない癖して偉そうに……。逃げてるのはそっちだろう? ここで皆呑
まれてしまえば死に絶えるんだ。もう後に誰も続かないんだぞ? 新しい場所に、誰一人と
して現れない。進歩がない。もう一切。そんなの、俺には耐えられない……!』
 そうだ! そうだ! 行こうとした側の者達が口々に賛同している。
 躊躇う側の者達はくしゃっと顔を顰めた。話が通じない。実際それは互いが互いに対して
抱いていた思いではあったのだが。
 ただ、分断されるのが辛かったのだ。
 ただ、纏まらないことがもどかしかったのだ。
 行こうとする者達は意を決した、その旅路を拒む彼らが忌々しく、行きたくないと思う者
達はそれまで一つの筈だった“此処”が、他ならぬ行こうとする彼らによって今まさに損わ
れているようにみえる。
 大きな溝ができていた。水面の打ち際か否かだけでなく、その心の在り方からしても。
 振り返って睨んでいる。背後には広々とした黒い水面が続き、その奥底には幾つもの塔が
そびえて彼らを待っている。引き止めて唇を結んでいる。背後には“此処”で積み重ねられ
た営みを象徴する塔が幾つも暗がりの中に佇み、見送るべきか否かすら迷っている。
『……』
 ちらと、先程の踏み出そうとした者が空を仰いだ。
 しかしそこに青はない。水面と同じように、地面と同じように、丘の上に広がる建造物と
同じように、ただ彼らの頭上には静かにうねり波打つ黒い水面があるだけだ。あれはかつて
自分達の祖先達が辿ってきた道だ。あれを抜けた先には、既に呑まれた過去だけが在る。
『とにかくもう行くと決めたんだ。邪魔はさせない。従わないならここで潰す──いや、切
り捨てる。追ってくる奴は一応迎えてやるつもりではいるが』
『そんな奴、誰も……』
『後からでも大丈夫、なのか』
『おい。お前まさか、裏切るつもりじゃ──』
『止めろ。裏切るとか裏切らないとか、そう話じゃないだろう。話し合っても応じてくれな
いんだ。だったらもう、ここで別れるしか方法はない』
『それはこっちの台詞だと何回も。理解に苦しむよ。先に進むことしか道はないのに』
 行こうとする者達が再び一纏まりになって視線を揃えた。最後の通告。それでもまだ余地
は残す。あくまで彼らが目指しているのは分断ではなく、より良い道へ皆を導いてゆくこと
なのだから。
 きゅっと唇を結ぶ。気持ち丘の上の塔らを背に暗がりの空(くう)と一つになり、行かぬ
と決めた彼らもまた再び一纏まりになって見つめ返していた。望むのはあくまで平穏だ。苛
烈には変わらぬ日々だ。分断は目的ではなく、この目的、状態を保つ為には仕方ない排斥だ
と今各々は自分に言い聞かせているだろう。
 少なくとも、今ここで「いち抜けた」は全としての死を意味する。全としての死を自ら招
き入れる。両者が膠着し、譲り合わなかったのは、まさしくそのためだ。少しでも一度示し
たその位置より動けば、自分ただ一人が二度と戻れない闇へと落とされるのが分かっていた
からだった。
『じゃあ、俺達は行く』
 打ち際に集まった者達は口を開いた。
『ああ……』
 即ち見送るように、残る者達は生返事をする。視線は真っ直ぐだがおそらく互いにしっか
りと相手を見据えられてはいないだろう。
 ざぶ、ざぶ。
 荷物を背負い、彼らは踵を返して黒い水面へと入り始めた。踏み出すほどに波に足は取ら
れ、遠くなるほどにその姿は見送る側にとって視認づらくなっていく。
 ざぶ、ざぶ。
 水面の下、ずずっと奥深くには新しい“其処”が沈んでいる。
 まだ見ぬ未開の地か。それとも大昔、誰かが通った道か。少なくとも行くと決めた彼らに
とっては他に選べぬ行き先だった。時を経て、確実に呑まれて朽ちていく“此処”と運命を
共にしない、進歩し続けると願う限りにおいて、彼らは信じる以外に道はないのだから。
『……行っちまったな』
『ああ』
 ざざあ、ざざあ。丘の上に残った者達はやがて見えなくなった彼らを見つめて、抜け殻の
ようにぐらりと視線を落とした。目はしょぼしょぼし、面々には何とも言えない哀しみや空
しさ──何故さっきまであんなに苛々していたんだろう? とジクジク胸奥を刺す感覚がし
こりを残す。
『……戻ろう。俺達には“此処”が一番いいんだ』
 それでも、軽く肩を寄せ合って。
 留まった者達もまた、そっと踵を返して水面から離れていく。

 ***

 見上げれば黒い波がのたうち、境目が揺れている。
 見下ろせば黒い水面は広がり、更に深く続いている。
 何処から来て、何処へゆくのだろう? そんな自問(とい)はもう繰り返し過ぎて飽きて
しまった。分からなくなった。詮無いものなのだと知らず知らず胸の内にしまい込んだ。
 残った者はどうしただろう? やはり迫る空の水面に呑まれて溺れてしまっただろうか。
 “此処”は何時までもつだろう? やはり見上げる空は変わることなく黒く揺らぐ。
 長い歳月が経った。“其処”と誰かが呼んでいたものは“此処”となり、夫婦から子が生
まれ、子が孫をもうけ、一度半分になった暦をまるで導かれるように盛り返していく。
 追い掛けてきた者がいただろうか。逆に戻っていった者がいただろうか。
 水面へ飛び込むだけだ。或いは丘の上、塔を登り、迫る空を越えて飛び去るだけだ。

『さぁ、行こう』
『ああ。行こう』
 新しかったものは当たり前となり、やがて後から生じた者らに古きものと称される。
 あの頃の証人はもういない。だからこそ決断でき、だからこそ繰り返す。空も海も大地も
薄暗い黒に染め上げられたセカイで、その水面の打ち際で、行こうとする者達と行くべきか
と躊躇う者達が分かれている。
『でも……』
『なぁ。本当に行かなくっちゃ、駄目か?』
 潜ってゆく。潜ってゆく。
 始まりも知らなければ、終わるともしれない。
 誰一人、最果てなど知らず、ざぶんざぶんと沈んでいく。
                                      (了)

スポンサーサイト
  1. 2016/07/01(金) 00:00:00|
  2. 週刊三題
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<(企画)週刊三題「セラフ・ロワイヤル」 | ホーム | (雑記)数多の房に僕はなりたい>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバック URL
http://higurasisouann.blog27.fc2.com/tb.php/749-033200e4
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

自己紹介

長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
します。

訪問者累計

最新記事

最新発言

検索窓

月別履歴

03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -

分類/索引

【案内板】 (2)
【小説:短編】 (20)
本の蟲 (1)
硝子野不動産店 (1)
夏の日の幻影 (1)
四番線の彼女 (1)
夢視の宿 (1)
線を曳く町 (1)
炬燵の神様 (1)
三者三盗噺 (1)
色眼鏡 (1)
奴らは攻城戦師 (1)
詰め替える (1)
同じ籠の狢 (1)
二十年後の遺言 (1)
轍の先 (1)
水に流せば (1)
真夜中の御二柱 (1)
いつか見た夢 (1)
神様達の初詣 (1)
白い花束 (1)
丸の代償 (1)
【小説:長編】 (141)
Amethyst League (6)
アンティーク・ノート (3)
ユウキのヒカリ (5)
NIGHT GUNNERS (5)
レディ・ルーン-Bonds of RU'MEL- (6)
ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle- (83)
死に損いのデッドレス (5)
Dear SORCERY (4)
サハラ・セレクタブル (24)
【企画処】 (315)
週刊三題 (305)
その他参加物 (10)
【資料庫】 (15)
【落書帳】 (6)
【詩歌帳】 (6)
【雑記帳】 (303)
【読書棚】 (30)
【遊戯倉】 (23)
path. (4)
decide: (3)
ユー録FW (15)

記事録

交友関係

このブログをリンクに追加する

(RSSリンク)

(QRコード)

QR

@long_month からのツイート