日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「茶店にて」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:花、プロポーズ、悩み】


「遅いぞ。八分二十三秒の遅刻だ」
 待ち人がようやく店先の硝子越しに姿を見せて、程なくしてカウベルを鳴らしながら中に
入って来た。暇潰しに読んでいた文庫本を閉じ、テーブルの脇に置く。元より内容など真剣
に頭に入っている訳ではない。へらへら。十年来の旧友はこの日も変わらず、されどばつの
悪そうな苦笑いを浮かべてこちらに近付いてくる。
「はは。相変わらず手厳しいねぇ」
「お前が緩過ぎるんだよ。他人を呼んでおいて後から来るか? 普通」
 まぁいい……。僕は小さく嘆息を付きつつも“説教”は一旦その辺りにしておいた。
 とりあえず座れよ。促し、彼は僕とは向かい側の席に着く。次いでそれを見計らったかの
ように若いウェイトレスがやって来て、注文を取る。僕と同じブラックのコーヒー。但しホ
ットで、ケーキも一つ頼んでいた。随分と余裕というか、呑気なものだ。
「……それで? 用件ってのは。折り入って相談があると聞いたんだが?」
「ああ」
 ウェイトレスが会釈して去っていくのを横目に、早速本題に入る。
 そもそも今日僕がこの喫茶店で彼と待ち合わせていたのは、呼び出されたからだ。曰く大
事な相談があるとのこと。相対する彼は、半ば無意識なのか切り出された僕の言葉に神妙な
面持ちを作っていたが、なまじ長い付き合いだ。大よその見当はついている。
「峰岸さんの事か」
「えっ? 何で分かるんだ?」
「分からん方がおかしいだろう。顔に書いてある。大体お前がわざわざ僕を呼び出してまで
する話といえば、惚気か金の無心くらいだろうが」
「あはは……。それもそうか」
 少しは否定しろ。
 つい眉間に皺が寄る。目の前の友は妙に人好きのする笑顔を零していた。
 彼の名は梶浦泰三。現在、学生時代からの後輩である峰岸一花と交際──同棲までしてい
る男だ。あっけらかんと底抜けに明るい男と、寡黙で大人しい女。一見するとまるで正反対
の二人だが、何だかんだとその交際は四年近くに上っている。
 泰三は零した笑顔を徐々に苦笑に変え、ぽりぽりと頬を掻いていた。
 切り出し方を考えているのだろう。その間に僕は自分のアイスコーヒーを一口啜り、彼の
言葉を待っている。
「……俺、一花に嫌われてるのかな?」
「知らん。本人に聞けばいいだろう」
「訊けないからこうやって相談してるんじゃん!?」
 にべもなく。思わずガタッと立ち上がった泰三に、他のテーブルの客達が一斉に視線を向
けてきた。僕もじとっと目を遣り、こいつを小さくして座らせる。
「……まぁそんな事だろうとは思っていたが。何でまたそういう発想になる?」
「ああ。それなんだがよぉ……」
 ぽりぽり。今度は髪を軽く掻きながら泰三は話し始める。カップの中の味が残りの少なさ
で濃くなってきた。別段欲しい訳ではないが、おかわりを頼もうか。
「どうも最近、一花がそっけない気がするんだよ」
「……別にそれは今に始まった事じゃないだろう? 昔から大人しい子じゃないか」
「そうなんだけど。そうなんだけど! で、でも前よりも俺と目を合わせてくれなくなった
し、中々シてくれなくなったし」
「……」
 一瞬最後に何を言っているのか分からなかったが、次の瞬間には理解した。
 思いっきり白けた眼でこいつを見てやる。場所を考えろ阿呆。周りには若い女性も、子供
連れもいるってのに。直截に言わなかっただけまだマシか。
「一応訊くが。中々、というのはどれくらいのスパンだ?」
「うーん。ここ二ヶ月、いや今で三ヶ月目かな。前は月に二・三回はヤってたんだよ。それ
がここんとこさっぱりでさあ……。明らかに避けられてるんだよ……」
「……先ず僕としては、毎月という前提で話すお前に正直引いてるんだが」
 訂正。やっぱり駄目だこいつは。
 大きくため息をつく。話しぶりからはふざけているようにしか聞こえない──やっぱり惚
気話じゃないかと思うが、一方でセックスレスというのは確かに不安要素と言えるのかもし
れない。
「普通にがっつき過ぎじゃないのか? 彼女の性格を考えてみろ。引け腰になるくらい予想
できるだろうに」
「そうかなあ……。棲み始めの頃は結構悦んでくれてたんだけど……」
 運ばれてきたホットコーヒーとケーキに一旦話を止め、ウェイトレスが去ってから再び話
し始める。相変わらずぶっ飛んでる奴だと思う。そういう話をしながら、よく平気で飲み食
いなどできるものだ。
「がっつき過ぎ、か……」
「ああ。ただ傍にいるだけでも立派な愛情だと思うぞ。信頼し合ってさえいればな。大体お
前、そんなに致して責任取れるのか?」
「取れるさ! 取るとも! ……っていうか、俺は真剣に結婚を考えてる」
 先程の二の轍になるまいと思ったのだろう。泰三はこちらが訊いてきたのに力強く答えた
ものの、次の瞬間には声色を抑え、僕に顔を寄せてひそひそと打ち明けてきた。
「愛してる。それは本当だ。でもさ、こうも避けられてるようだと不安なんだよ。いざプロ
ポーズしても失敗しそうで……。俺は教師のお前みたいに給料は安定しないし、喋りだけが
取り得だろ? 元々大人しい一花にとっちゃ、本当は迷惑なのかなって」
「……」
 友の、珍しい気弱な姿だった。
 いや、普段明るいからこそ抱えている闇も大きいのか。適性とその欠点、矛盾した二つを
抱え、時には自分の歩いてきた道に不安を覚えて振り向いてしまう。
 だけど……。僕は言いたくて、しかし口にはできなかった。
 泰三。お前はそれでいいんだ。僕の仕事はお前の思うように楽でもないし、安定性はとも
かく必ずしも高給ではない。……むしろ自分の方が、今の仕事にはたして向いていたのだろ
うかと思うのに。祖母と父、家が代々教師だったからこそ当たり前のように教師になっただ
けで、僕自身の適性などは後回しだった。
 いつもそうだ。毎日のように教室に足を運んで黒板に数式を書き殴る、要点(じゅもん)
を喋る。だが生徒達はその殆どが聞いていないか、寝ている。僕はそれでも彼らを注意する
こともできなかった。四角四面──自分でもよく解っている性格が災いし、子供達一人一人
の数学への理解や興味よりも、今この一齣をつつがなく終わらせることを優先してしまう。
そうしてチャイムが鳴れば、一人荷物を纏めて去っていくのだ。虚しい。マニュアルの中身
の繰り返しだ。
 そんな自分を思えば、お前はずっと自由じゃないか。
 確かに営業成績で給料も変わってくるし、僕以上に体力気力の勝負だろうと思う。それで
もその仕事は、お前が自分で選んだ仕事なんだろう? ……誇っていい。お前にそんな言葉
は似合わない。僕がお前と今日まで付き合いをしてこれたのも、正反対な性格なのに交友を
持ち続けられたのも、何処かで僕自身がお前に憧れたからなんだ──。
「迷惑じゃないさ」
 だからたっぷりと間を空け、刹那頭の中で渦巻いた想いを押し殺し、僕は言った。
 それは彼の方も何となく勘付いてくれたようだ。口元についたケーキのクリームを指先で
拭いながらも真顔で、じっと僕の方を見遣っている。
「確かに彼女は控え目な性格だ。断り切れずにずるずると今の関係を続けるとお前が考える
のも無理はないかもしれないが、それでも彼女だって一人の人間だ。本当に嫌ならとっくに
お前を拒絶している筈だろう? なのにそういうのはない。少なくとも嫌われてはいないと
思うがな。そうでもなければ、四年も──半年以上も一緒に住むなんて事はしない」
「玲二……」
 ぐるぐると泰三の瞳が揺らいでいるのが見えた。迷っているのだろう。自分の中で彼女が
好いてくれているか否か、その天秤が何度も何度も左右に振れ合っているのだ。
「そう、なのかな……」
「僕ならそう考える。まぁ致し過ぎる方は少し考え直した方がいいかもしれんが。今後の為
にも」
 顔を上げる友。僕はついっと片眉を上げてその表情(かお)を見た。
 聞いておきたいことは一つ切り出せている。もう一度、彼の口から紡がせてやろう。
「……確認するが、お前は本当に峰岸さんにプロポーズしたいんだな? 時期は? 指輪と
かは用意しているのか?」
「あ、ああ。一応ここに。流石に家に置いておいて見つかったらややこしなくなるから、出
る時は鞄の中にしまってあるんだ」
 言って、彼は持っていたビジネス鞄の置くから紺色の小箱を取り出した。蓋を開ければ豪
奢さこそないが、キラリと静かに光る一粒のダイヤがあしらってあった。
「時期は──俺一人の一存じゃ駄目だ。一花にも了解を取って、お互いにベストな時を相談
しようと思う。ご、ご両親とか、挨拶しないといけねぇし」
「……愛してるんだな。彼女の事を」
「あ、当たり前だろ! そうじゃなきゃここまでうじうじ悩まねぇって……」
 それもそうか。僕はフッと苦笑(わら)った。
 一方で泰三はそんな僕を見てようやく怪訝の念を抱いたようだ。首筋に軽く手を回し、片
肘をつく。頃合だろう。背後の、磨り硝子で出来た間仕切りの向こうに呼び掛ける。
「だ、そうだ。良かったな。峰岸さん」
「へっ……?」
 そうして向こうから出てきたのは──帽子とコートで変装した他ならぬ彼女だった。泰三
は目を点にして驚いている。そんな彼を、変装を解いた彼女は前髪で隠れた眼でじっと熱っ
ぽく見つめている。頬も心なしか奇麗な赤みを帯びていた。
「え? えっ? おい、玲二」
「見ての通りだ。ここでの話、最初から全部彼女に聞いて貰っていた」
「えっ──ええぇーッ!? ま、待ってくれ! そ、それじゃあ俺は、一花にほぼ」
「うん。プロポーズ、された。ありがとう。凄く……嬉しい」
 固まっていた。泰三(とも)はあまりの予想外の出来事にボフンと顔を真っ赤にし、その
場でショートしていた。訥々。こんもり豊かな胸の前で両指を絡め、彼女はその性格からし
ては珍しくはにかんでいる。
 言葉通りの、照れながらの受諾だった。始めから心配など杞憂だったのだ。
「騙すみたいで悪かったな。実は彼女からも前々から相談を受けてたんだよ。同棲するよう
になって、その先を意識するようになって、益々恥ずかしくなってしまってどうしたらいい
だろうってな。そんな矢先のお前の“相談”だ。差し向かいでは中々話し難いってのは分か
ってたから、なら今回の場でお互いの気持ちを確認すればいい。そう提案したんだ」
 ネタばらし。苦笑いをしながら僕は言う。聞いてはいるのだろうが、それでもまだ泰三は
ポカンと僕らを見つめたままだった。
「……そ、そっか。あはは。そうだったのか。空回ってたんだな。俺、てっきり一花に嫌わ
れたもんだと……」
「ううん。私もごめんなさい。泰くんがそういうのを意識してるなって何となく分かってた
から、恥ずかしくって……」
 彼女を泰三の横の席まで呼んでやる。しずしずと彼女は座り、朱に染めた頬と奇麗な瞳で
彼のことを見上げていた。オッケーしてくれるんだね? そう訊ねるように箱から取り出し
た指輪をそっとその左手の薬指に嵌められ、互いの赤面は一層色濃くなる。
 わぁっ──!! 仕方ないと言えばそうなのかもしれないが、そんな一部始終を見ていた
他の客達の少なからずが、やたら満面の笑みで二人を祝福していた。若者達は憧れを、親に
連れられた小さな子供はきょとんとしてこれを見ている。僕は気持ちそこからフェードアウ
トするように存在感を薄めるように努め、この友らの結ばれた瞬間を見守っていた。半ば無
意識にカップを手に取り、口につけたが……そういえば空だったなと思い出す。
「すみません。コーヒーおかわり。今度はホットのミルク有りで」
 二人のはにかみと人々の喜色が店内に満ちる。
 そんなギャラリーの一人と化していた近くのウェイトレスに、僕は追加の注文を頼んだ。
                                      (了)

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  1. 2016/06/26(日) 00:00:00|
  2. 週刊三題
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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