日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(企画)週刊三題「蠢く星の下で」

──これから毎週、小説を書こうぜ?

毎週一回、ツイッタの「診断メーカー」で出たお題で小説を書いてみるという
自己鍛錬、 それがこの『週刊三題』であります。
さてさて。紡がれる文章は良分か悪文か、或いは怪文か?
とある物書きの拙文晒し、此処に在り。

【今週のお題:夜空、先例、殺戮】


 よく死んだ縁者について『○○はお星様になったのよ』と云うが、その度に情景をイメー
ジし、子供心に末恐ろしかったものだ。
 何せ見られているのだから。輝く星となり、自分をずっと“見守って”いる無数の眼が空
の上にあるのだと思うと安心などできなかった。
 ……勿論、人は死んだからといって星になりはしない。生命活動のない、ただの蛋白質や
水分の塊になって朽ちていくだけだ。全くの別物であり、そもそも天体の輝きとは何百・何
千光年も前に発せられたもの──死んだ今ではなく、過去からようやく此処へ辿り着き届い
たものだ。大人になるということは、知識を得るということは、そういった幻想を一つ一つ
殺していく作業なのかもしれない。

 ***

 この日、俺は葬儀に出ていた。かつての親友の告別式だ。
 久しぶりに訪れた彼の生家。中には白と黒の縦模様が垂れ下がり、黒服に身を包んだ人間
があちこちから集まって来ている。決して広くはない畳敷きの仏間に俺達はぎゅうぎゅうに
なって溢れ返り、しかし何とか順繰りに焼香を済ませていく。
「一体、何でまた急に……」
「分からん。だがそれにしたって早過ぎるよ」
「……」
 時折すすり泣く声が聞こえる。焼香や両親への挨拶、香典を渡して家を後にしていく参列
者らを玄関先の片隅で見遣りながら俺は思った。
 嘘をつけ。心から哀しんでも、そう関わりが深かった訳でもない癖に。
 全員が全員そうではないだろう。だが自分は知っている。今回のあいつの死は、急な病や
事故などではない。……あいつは自ら、その人生に終止符を打つことを選んだのだ。
 訃報を聞いたのはほんの一昨日の事だ。珍しく共通の友人からの電話が掛かってきて、仕
事上がりの疲れた頭の中が次の瞬間吹き飛んだのを覚えている。

 あいつとは、小・中・高と同じ学校で毎日を過ごした腐れ縁だった。流石に進学先までは
一緒にならず、物理的な距離ゆえに気付けば疎遠になってしまっていたが、それでも時たま
帰省した際は二人して飲みに行くなど、付き合い方こそ長い歳月の中で大分変わってしまっ
たが俺は今でもあいつとは親友だと思っている。
 だから最初、何故だ? と思った。
 しかし一旦感情が大きく膨れて振り切った直後、段々と落ち着いていくにつれて、俺は不
思議とその自殺(し)を理解さえしていたのだ。

“……そうか。お前は先に逝っちまったんだな。俺よりも先に音を上げたんだ”

 時たま一緒に飲み行ったり、電話で話したりする時に、あいつは前々から仕事がきついと
いった愚痴を零していた。それは社会に出た人間が大なり小なり抱える「持病」であり、し
ばしば互いにとって時候の挨拶かのように口を衝いて出るものでさえある。
 だがあいつは本当に逝ってしまった。苦しさを和らげることができず、自分をこの場所か
ら退場させなければどうしようもないと判断してしまったのだ。自惚れかもしれない。だが
あいつの生の声を折につけて聞いていた人間として、もっと俺はあいつにやってやれたこと
はなかったのだろうかと考える。
 ……いや、無い。女々しくも慰めて欲しいというのがあいつの願いだったろうか?
 聞いて欲しいというのはあったかもしれない。それぐらいは許して欲しいだろうし、俺だ
って弱音の一つや二つくらい漏らしたくなる時はある。でもそれがイコール死に結び付いて
しまうとなると、途端にとても遠い──暗くて冷たい何処かへあいつが往ってしまったよう
に思えてならないのだ。
 俺は、どうすればよかった?
 今になって考え始めたって、もうどうしようもないことぐらいは分かっている。それでも
こうして目の前を哀しむ“ふり”をして帰っていく連中を見ると、悼む気持ちよりも怒りが
勝ってくる。
 どうせお前らはやれ香典を貰っていたか、どれだけ返せばいいか、この先どう振る舞えば
いいかといった計算をその腹の中でやっているのだろう? お悔やみ申し上げますと大昔か
ら続くテープレコーダーを再生するように喋っているだけなんだろう?
 全員が全員知っている訳でもないのだろうが、少なからずの内のこいつらは分かっていて
演じているのだ。あいつが自殺(し)んだこと、その遺した本質に微塵も触れることなく、
ただ神妙な面持ちを作ってやり過ごす。それはあいつの死に対しての、侮辱ではないのか。

 おそらく原因は過労死だ。俺もあいつも、ずっと毎日馬車馬のように働いてきた。
 だが別にそれは今日び特段卑下するでもなく、ましてやレアケースでも何でもない。良い
か悪いかは置いておいて、寧ろこの世の中にとっては当たり前であったりする。
 ……何故だ? 何故あいつでなければならなかったんだ?
 俺が内心沸々と怒るのはその一点であり、その「何故」に対するあいつの回答(こたえ)
に対するやり切れなさである。
 勤め先に文句をつけるとすればこれから、ご両親のやる事だ。俺にはそこまで関わる血の
繋がりもなければ、資格もない。高慢だとさえ思う。自分が、俺が無事だったからとあいつ
の弔い戦にでも洒落込もうとするのは、何処かであいつをダシにしやしないか……?

“……辛いよな。そうやったって、お前はきっと救われないんだから”

 行き来する黒服の列に対する怒りと入れ替わり立ち代わりするのは、哀しさだ。親友の死
を悼むという意味では勿論、と言いたいが、寧ろ俺が感じているのはきっとあいつの本懐は
遂げられないのだろうという一緒くたになっての絶望感に近しいのだと思う。
 俺は責めない。あいつの選択を。
 それだけ辛かったんだ。馬鹿野郎俺だって辛いけど頑張ってるんだぞ! という言い方で
キレる奴はいるが、それは筋違いというものだ。苦しみも、喜びも心は全部、人一人その人
間にしか関わらないもので、相対化できるもんじゃない。ましてやどこぞの他人が自分の苦
労を誰かに同じようにと押し付けるもんでもない。
 逆に言えば、相対化できない分、あいつもまた自分の辛さ・苦しみは他ならぬ自分で解決
するしかなかった。解決はできなくても、騙し騙し和らげてゆくしかなかった。
 ……なのに死んだのだ。あいつは自殺(し)んで、楽になろうとした。そうでもしなけれ
ばこの先も続く“地獄”に耐えられなかったのだろう。こうして俺があれこれと考えるのも
おこがましい程に。
 ……だけどあいつはあっちに逝っても、きっと救われない。生(ここ)からは逃げられた
かもしれないが、あいつは『お星様』になったのだから。
 昔、お袋に慰められた時のことを思い出す。俺も祖父ちゃんや祖母ちゃんが死んだ時、そ
うやって「まだそこにいる」んだと説かれたっけ。
 ……でもさ。それって凄く残酷なことじゃないかい?
 だって死んだ側からすりゃあ、死んだのにずっと生きてる俺達の慰みやら何やらの為に縛
り付けられているんだぜ? 夜空に輝く星となって、据え付けられてるってことなんだぜ?
俺はヤだな。じゃあ生きてるのと死んでるのって、何の違いがあるんだよ。特にこの世を恨
んだりして死んだなら、その恨んだ世界をずっと見続けなきゃいけないんだ。冷たくて暗い
高い場所に磔(はりつけ)られて、他人を見つめ続けるんだ。

 俺が小さい頃、子供ながらにそういったお袋の話を聞いて恐ろしかったのは、つまりそう
いう事だったんだろう。あの頃はぼんやりとしか分からなかったが、今なら親友(ダチ)を
失った今なら解る。──ずっと籠の中なんだ。ずっとこの世界の中をぐるぐる廻る。そうし
て本当に消え去ることもできないんだという当たり前に、俺達は絶望さえしていたんじゃな
いだろうか? 見上げるこの空は綺麗でも何でもなくて、もし幻想のままなら古今東西それ
こそ数え切れないほどの死んだ人間達が、時代時代に殺された人間達が、今も俺達を睨み続
けている……。

「ありがとうね。遠くからわざわざ来てくれて」
「いえ……。自分がもっとあいつを助けてやれていれば、或いは」
 親友(あいつ)の母親が俺に話し掛けてくれていた。話の中、どうやら俺や昔からの友人
の間ではその本当の死因は伝えてあったようで、俺がつい口に衝いて出てしまった言葉にも
さして驚いた様子はない。
「いいえ。本当にありがとう。きっと息子も喜んでくれてるわ」
「……」
 告別式も終わり、参列者の列はぷつんと糸を切ったようにばらけていく。
 出棺はなかった。今夜過ぎれば翌朝にはあいつは焼き場に運ばれるのだろう。最後の夜を
ご両親と一緒に過ごし、本当に“お星様”になってしまうのだろう。
 ……嗚呼、そうか。何も別に空だけじゃない。
 この地上にだって魂(ひと)を縛り付けるものはある。墓だ。仏壇や位牌だ。そこに当人
が宿ってるなんざ俺は信じないが、少なくともあいつだったものは俺達の足元に、頭上に留
まり続けるのだ。また一人、無数に蠢く先人達に混じって、まだ生きている俺達を見守って
いると繋ぎ止められて(かていされて)しまうのだ。
(……なあ。お前は今何処にいる? 上手く逃げ切れたか? もし新しいとこが気に入った
ら、俺にも教えてくれよ)
 しんと冷たい暗がりを見上げる。
 どうやら明日はいい天気になるようだ。星が煌々と、無数に生者の国を見下ろしていた。
                                      (了)

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  1. 2016/06/12(日) 00:00:00|
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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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