日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(雑記)満たされるものを探して

堪えかねる 日差し暑さに 窓開け放ち

(¦3_ )= 先日、こちらを含む地域に梅雨入りが発表されました。照る日差しは間違いなく春
という気配を剥ぎ取って久しく、黒雲立ち込めてどしゃ降りがやって来たと思えば、日がな
カッと照って汗ばむくらいな日もあります。
人によりけりではありましょうが、この時期が(気圧の関係で?)一番気鬱になりしんどい
という方もいるみたいですね。ただでさえ天気がコロコロと、激しく変わってゆくので、皆
さんも体調には充分にお気をつけて。人間ってのは割と脆いものです。体も、心も。

先日、ユー録の七十四章をUPしました。前回が膨らみ過ぎたのもあるのですが、今回は分量
としては控え目です。まぁプロット段階でシーン数も少なく、ガッツリとドンパチがある訳
ではなかった以上、ある程度予想できた結果ではありますが……。
(ドンパチ系→多、やり取り・思考系→少)自分で書いておいて何ですが、存外にシーン構
成の如何が分量を左右してしまうのですね。大事なのは量じゃない、質だ! と嘯いて言い
聞かせてはみるのですが、生憎クオリティへの自信というものは結局自惚れに類する感情に
起因することが多いのだろうと自分は考えるクチでして……。
(客観的な実績はその例に含まれないのだとしても、その数値自体が往々にして『宣伝戦略』
の賜物というケースが少なくないからなぁ。ただそれも全体としてのコンテンツの範疇なの
だろう。仕方ないね)

さて、今月分の長編は片付いたので、残りはサハラ~のプロット作成の続きに当てていこう
と思います。
昨日一章分こさえたので、現在11/14の進捗。シーズン1から数えて13エピソード目前編
まで進んだ計算です。来月後半にはユー録と共に更新を再開できればなと思いますm(_ _)m

──今のような創作生活を始めて(水面下で動いていた時期も含め)五・六年ほどが経過し
ました。伊達に量をこさえてないお陰か、今ではプロットを始め事前の準備さえある程度整
えておけば、執筆それ自体はさほど苦にならなくなりました。毎度訪れていた執筆モード後
の反動(大きな疲労)も、その落差をここ暫くで大きく減らせた気がします。
(こまめに休むこと。2~30分で区切って仰向けに瞑る。背中のバキバキが軽くなりますよ)

ただ、逆に持久力というか、一呼吸(一回の集中)で書き上がる分量は以前に比べて減った
感触ですね。必ずしも分量イコール文章・物語のクオリティではないし、それだけ言葉を圧
縮する術を身につけてきたの証なのかもしれませんが、見方を変えれば事前の準備──プロ
ットが無ければろくすっぽ書けないというのはもしかしたら自身の(即興的な)創造力を妨
げているスタイルなのかもしれません。
まぁ実際問題、自負するほど才気が溢れている訳ではないでしょうし、大丈夫だろうとは思
うんですがね……。とにかく自分がなるたけ頷き、且つ手に取った誰かが愉しんだり何かし
らの糧にして貰える、そんな物語が書ければ万々歳です。

……求め過ぎかな?

抑えて抑えて。
目指すはクールにスマートに、そしてミニマムにφ(=_=;)


お陰様で、僕は現在の作業場に通い始めて同所と自宅──創作活動を行ったり来たりしなが
ら比較的穏やかな日々を遅らせて貰っています。真の自立や何よりも社会的な経験値を挽回
するなど課題は探せばいくらでも残っていますが、それでも個人としての病はすっかり峠を
越えたものと信じます。

悩む為に考えない。進む為に、何かを得る為にこそ考える。過去の栄光は捨てる。

僕とて相応に時間は掛かりましたが、切欠があれば思考の益体無さにループしたり、あの頃
は良かったと「今」はないものに縋り続けることも止んでいくでしょう。まだまだ小さな手
仕事でしか貢献できませんが、いつかはこの経験をただ過去として焼却するよりは今後やっ
てくるであろう誰かに役立てれば無駄にはならないのかな? と思います。どだい世間一般
でいう所のキャリアで健康であり続けた人達には叶わないのですから、今後の現実的な道筋
としてはそういった手助け業?も一考の価値ありなのかもしれませんね。

……とはいえ、そこまでこの手の世界に踏み込むとなれば、それこそ以前自分でも言及した
ようにかなりの「覚悟」が必須となります。「知識」はやりながら学ぶ事はできるかもしれ
ませんが、こればかりは中々レベルダウンする(心折れていく)イベントはあってもアップ
する事は稀だと思うので。
今ですら、所属から一年以上が経ってメンバーとしては“古参”の部類になり、日々年代も
性別も、それこそ価値観自体がらっと違う他の面々を横目に見遣りつつ、なるたけこの場が
僕(達)にとって心地良いもの・長く続くものであって欲しいと考える──不満が自他に出
てくる瞬間瞬間にこっそり目を光らせているというのに。まぁいち作業員であってそこまで
世話を焼く責任は(その先方達には)無いのでしょうが、少なくとも僕が療養ニートから脱
する切欠を場所を作ってくれていた所長達への恩返し……という意味合いは含まれているの
かもしれませんね。あと給料に応じた働きでなければという意識?

全体としてはゆるり満たされている。……とのたまえば、自慢乙とこれを見た誰かに叩かれ
るのでしょうか。妬まれる、のでしょうか。
……今もしばしば混乱するのですよね。よく分からなくなる。
病気最盛期の頃はともかく、少なくとも現在この身周り近距離では幸せが咲いている。まぁ
僕個人に限れば、創作を存分にでき、生きてていいよという許しさえあれば結構それで安堵
できる。満たされるというボーダーの低さがあるとはいえ(思うに、そもそも高くしていた
のは僕自身だった。自責・自罰の念やら、世間や他者への憎念から)なのにふいっと画面の
向こうを眺めてみれば、今日も今日とて不幸せで溢れている。──もっと言えば『自分の幸
せの為だと、他人を不幸せにしている』場面・ケースが何とも多いことか。ここ最近の例を
挙げてみれも大よそこの表現には漏れない。
某公私混同都知事に対しては彼を非難し、引き摺り下ろしてゆく事でのカタルシス。北海道
児童置き去り騒動では子の妙に高いサバイバル能力と幸運を褒め称え、一方でおそらく両親
(というか専ら顔が出ているのは父親。カミさん絶対旦那をスケープゴートにしてる……)
にはこの先刑罰こそ下らずとも「咎人」のレッテルが張られ続ける。有名人夫婦という理由
だけで妻の病から子供の美談、過去の夫妻の言動を掘り返して掘り返して推測をあたかも本
当のように並べ立てるゴシップ商人ども。加えて海の向こうからは、武力とジャイアニズム
でこの国を煽っていく某C国やR国の影……。あとK国も入れとこう。

……何だかなあ。そこまでして、他人の不幸(みつのあじ)で幸せになりたいの? 気持ち
さえ良ければ衝動に任せても恥ずかしくないの?
イコールではないと思うんだけどなぁ。ゼロサムだったり、プラスかマイナスかという原理
ではないと思うんだけどなぁ。幸せっていうのは個々の絶対的で、統一されたものじゃなく、
総量が決まっている訳じゃない。何よりその定義は凄く曖昧だ。だから本質を個々人が掘り
下げていけば、長い目で見ても、誰かを損わなければ絶対に得られないなんてことは無い筈
なのに。寧ろそうした基準は一時的で、継続しないものなのに。

手垢のついた表現だけど、長らく僕らは幸せを富や名声とニアリーイコールとして扱ってき
たんだと思う。だって数値化できるからだ。お金として換算できるからだ。自分が今満たさ
れているか、恵まれているかという確認を自分の力でしなくても既に外部に指標が掲げられ
ているからだ。
だから画一化された「幸福」は常に獲得し続けなければいけない。取られないように保持し
続けなければいけない(失えば即ち不幸せだと考えるから)
戦うことが当たり前になる。得ることが目的になる。その為には手段を選ばなくなる。それ
がたとえ“他人を蹴落とすこと”でも、それが当たり前になる。先に実践しごっそりもって
いった人間が得をするのを見ているから。優しさよりも、タフであることを選ぶ。非情であ
ることを選ぶ。それが当たり前になる。戦うことが、勝つことが当たり前になる──。

嗚呼、そういう事なんだなと僕はぼやっと考えます。
つまり病んでしまった人間というのは、彼らからすれば脱落した「敗者」である訳で。
何だったか。誰かが退場した時、次に自分がああなるのではないかと心配するのではなく、
これでパイが大きくなったとほくそ笑む奴が最後には勝つ、なんて言い回しがあったっけ。
でも……僕はそういう生き方はしたくない。もしかしたらそういう生き方が、幸福の探し方
が出来なかった・馴染まなかったから病んだんだ。

所詮は治癒した者の結果論で、自分を正当化しているだけなのかもしれない。
でも現実問題、僕や作業場の皆だけじゃなく、もっと沢山の人達が今日その「戦って当たり
前」の一般世界・いわゆる“普通”のレールからコースアウトしている。中には、とりわけ
初期~中期(少し余裕が出来た頃)には望まぬままにこちら側に転がってきた人達もいるか
もしれないけれど、タフでいることに疲れた人達なんだと僕は思う。

誰かを蹴落とすことで、奪い取ることで、満たされる。満たしていく。

僕らはそんな今のこの世界に馴染まなかった──否を魂が叫んだ人種なんだと思う。それも
潜在的に必然そうなる運命だった訳じゃなく、おそらく今くだを巻いて戦っている誰か不特
定多数も何かの拍子でこちら側になる可能性を持つ。……あまり向こうとこちらと、二分論
で語るべき──さも向こう側を憎き“敵”と想定しかねない前提で進めるべきではないのだ
ろうけど、少なくとも得られる幸福感というプラスのエネルギーは一時的な1や2で、その
為に消費・損傷するマイナスのエネルギーは蓄積する10や20である筈だ。そしてそうし
て澱んでいった負のエネルギーを解消、安寧を得る為にまた別の誰かを10や20のマイナ
スのエネルギーで叩き落し、染め上げ、一時的な1や2のプラスのエネルギーという名の安
寧=幸福感を得るのだ。……何て無駄の多いシステムじゃないか。探せばもっと別の、身近
な所にあるかもしれないのに、わざわざ他人のそれを奪うばかりで。得たってまたいつ同じ
ように奪われるかもしれないと怯えなければいけないのに。

……ポジティブ教、かなぁ。
それでもやはり、自分の幸せの為に他人を犠牲にする──使い潰すことが唯一の解法だとは
思えない。非情なまでにタフであることは個の生存を効率の面から高めるかもしれないが、
その生存ははたして達成までに要したコストと釣り合うのだろうか? とことん稼いで戦い
の場から逸早く抜ける、というのもまた一つの戦略なのかもしれない。だがその幸せは本当
に自身が望んだものか? 持続が終わった後の長い空白をどうやって埋める?

もっと別の生き方ができる筈だ。探すという在り方もある筈だ。
その為にきっと、僕はここにいる。……それも所詮、後付けの理屈か。新たな拘りか。

とはいっても、世の中は全て戦い──こちらにそんな心算はなくても、相手が奪う気ならば
巻き込まれる他ない・守る戦いをする他ないという意味で必然となる──のかもしれないが。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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