日暮創庵

-当庵は長岡壱月によるごった煮創作ページ(主に小説)です-

(長編)ユーヴァンス叙事詩録-Renovin's Chronicle-Ⅵ〔74〕

 部下を率い、ダーレンとヴェスタが不敵に嗤っている。
 だが何よりも胸の奥に熱を帯びたように突き刺さるのは、そんな二人の周りに取り囲んで
立ち、こちらを忌々しげに見つめる散光の村(ランミュース)の村人達の眼差しだった。
 保身、忌避、執着。
 向けられたそれは大よそ人間の悪意といっていい。
 しかしジーク達はそんな眼差しへすぐさま拳を振り上げることもできなかった。……知っ
ているからだ。これまでの旅で幾度となく経験してきたヒトの生の心、利害が絡んだその瞬
間の叫び。もしこの声に力で応じ、押し込めてしまえば、自分達は彼らにとって取り返しの
つかない「悪」となるだろう。
「ジ、ジークさん。皆……」
「……っ」
 背後でレナが震えている。セディナ夫妻もだ。やっと親子が再会できたというのに、彼女
達は今まさに引き裂かれようとしている。
 声が漏れた。ジークは内心沸き立つ憤りに拳を震わせていた。腰の柄に伸ばそうとして思
い止まった位置から手が動かせない。
 どうする? 無茶を承知であの神官騎士二人をぶちのめして逃げるか? いや、それでは
セディナさん達を危険に曝すことになる。少なくとも夫妻を連れた上でなければ行えない。
 守り切れるか? この数を相手に。
 戦うだけならどうとでもなる。だが夫妻が傷付かないようにと気を配れば配るほど、難易
度は数段飛ばしに跳ね上がる。見捨てる──そんな選択肢など端から無い。レナの、仲間の
両親だ。一旦転送リングで夫妻ごと船に戻るか? 正直まだ聖都にすら辿り着けていない状
態で手の内を見せてしまうのは得策ではないが……。
『……』
 ちらと密かに、肩越しに仲間達を見る。イセルナやハロルド、シフォン、クレア、オズは
既にこちらの意図を汲んでくれたようで、剣や弓、付与術(エンチャント)用のピンなどに
手を伸ばして応戦の構えを取り始めている。
 セディナさん達とレナを頼む。
 俺があの騎士どもを押さえておくから、その間に──。
「そこまでだ」
 しかし、その時だったのである。
 ハロルドの横に立っていたリカルドが突然拳銃を抜き、彼に向かって銃口を突きつけたの
だった。ジークは勿論、イセルナやシフォン、クレアの手が止まる。思わず振り返り、オズ
も咄嗟に右手の機関銃を向けていたが、躊躇無く彼を切り捨てるには心を持ち過ぎた。
「叔父さん……? 何で……」
「悪いなレナちゃん。俺にも立場ってもんがあるんだよ。悪いことは言わない。抵抗しない
でくれ。それがセディナさん達の身を守る事になるってことくらいは、解るよな?」
「……」
 弟にこめかみへ銃口を突きつけられたまま、ハロルドは黙っていた。
 レナがハロルドの、叔父の仲間の裏切りに動揺している。ジークが「こんな時に……」と
言わんばかりの形相で彼を睨んでいた。イセルナが一瞥を遣り、小さく頷いたシフォン達は
次々に得物をしまい直す。
「ほう? 仲間割れかい? だがいい判断だ。もし抵抗していたら、この後ここで起こった
であろう惨劇は、全て君達の所為になっていたからね」
「別に俺らとしちゃあそれでも良かったんだがよ。コソコソやらねぇでもぶちのめせる口実
ができたしな」
 ヴェスタがさらりと、そうとんでもない腹積りを打ち明ける。
 一方でダーレンはやはり血の気が多かった。あからさまに残念だと舌打ちし、ひっ!? 
と竦み上がる村人達、そして元同僚だったリカルドの帰還を疑わしく見遣っている。
「……本気か? リカルド」
「ああ。今の俺は史の騎士団所属の神官騎士だ。筋は通す」
 部下達がおろおろ、互いの顔を見合わせて戸惑っている。しかし兄に問われて答えるのも
そこそこに、彼は一人すたすたとダーレンとヴェスタ達の側に歩いていってしまった。
「連行しろ!」
 かくして、ジーク達は抵抗する術も封じられ、史の騎士団に捕えられることとなった。
 村人達が見守る中、一行は手錠を掛けられ、村の入口に横付けされていた馬車の中へと押
し込まれる。
 ジーク達は唇を噛んで俯いていた。レナがセディナ夫妻──カインとクラリスより引き離
され、されど“聖女”の身から仲間達とは別格の待遇で移送される。馬車の車輪がガラガラ
と少しずつ動き始めた。その姿が少しずつ遠くなっていく。村人達はようやくの安堵の息を
ついたが、しかし置き去りにされた夫妻とは皆そこはかとなく距離を置いて目を合わせられ
ずにおり、各々がばつの悪い顰めっ面を隠せない。
 夜の山道に馬車が溶けゆき、点々とした松明の灯だけがその存在を示す。
 封印の呪文(ルーン)を刻んだ鎖に繋がれた車内で、ハロルドはスッと静かにその視線を
暗がりの中から外にいるであろう弟の方へと向けていた。
「……」
 ガラガラと車輪の回る音がする。
 かつての同僚達に交ざり、リカルドは一人じっと神妙な面持ちのまま迫り出した踏み板に
腰掛け、馬車の扉に背を預けるのだった。


 Tale-74.彼女という起源(ルーツ)(後編)

「ジーク皇子が捕まったって?」
「ああ。神兵達が連れて来てるんだってさ」
「良かった……。これで街が荒らされることはないのね」
 夜が明ける頃には、ジーク達を乗せた馬車は聖都(クロスティア)へと到着していた。
 情報を聞きつけたのだろう。街の入口にはこの大捕物のピリオドを見届けようと集まった
市民らでごった返しており、ダーレン・ヴェスタ達もそんな彼らの眼を織り込み済みといっ
た風にその左右に分かれた只中を通る──さも凱旋であるかのように進んでいった。
「よりにもよってこんな形で聖都に来る事になるなんてね」
「呑気なモンだぜ。連中がどれだけあこぎな真似してきたか知らない訳でもねぇだろうに」
 馬車の中では漏れ聞こえてくる街の物音、人々の囁きに耳を澄まし、シフォンがやや自虐
的に苦笑(わら)っている。ジークも壁に背を預けたままそう吐き捨て、自分が厄介者──
本当に此処が敵地(アウェイ)なのだなと思い知る。
 僅かにある格子付きの窓から、外の様子を覗いてみる。
 なるほど、市民達は通りの左右に分かれて集まり、自分達という咎人が運ばれてくるのを
興味半分恐れ半分といった感じで見物している。
 イセルナはじっと視線をそれらに向けたまま黙っていた。ただ眺めているだけではなく、
そこにある人々の内心を測っているかのようだ。
 ハロルドもじっと軽く目を瞑ったまま俯いている。クレアが不安そうな表情(かお)で皆
を見渡し、ぱちくりと茜色のランプ眼を瞬くオズを見上げる。
 彼のズームされる機械の視力が的確に人々を捉えていた。確かに人だかりの前列にはこの
捕物帳に対し安堵──教団に従う側に立つ者達がひしめているが、一方でよくよく観察すれ
ば、その奥には遠巻きで不安そうに顔を顰める者達もいる。
 迷っているのだ。教団のお膝元であるため市民の多くは信徒で、教団を信じようとしてい
るが、先日アルスの講じた策で白日の下に曝されたあの映像を見てしまった後ではその信心
にも揺らぎが生じている。だがそれを殊更他人にひけらかす訳にもいかないのだろう。もし
気付かれてしまえば、教団に味方する人間に目を付けられてしまえば、どんな報復を受ける
か分からない。
 表に出す訳にはいかない。
 注視すればおそらく、そんな均一を強いる空気が、一見この景観美しい街並みの中に隠れ
ていると推測することができる。
「うう……。これじゃあ晒し者だよお」
「ソノ意味合イモ兼ネテイルノデショウネ。私ノ生マレタ時代モ、勝者ガ敗者ヲコノヨウニ
引キ連レルトイウパフォーマンスハヨクアリマシタ」
 だが、そんな時だったのである。
 どうしても陰鬱、この先どうしようかと考え込むジーク達を、周囲の神官騎士や市民達を
突如としてモノクロの世界が呑み込んでいったのだ。時司の領(クロノスフィールド)──
異相結界である。その、瞬間全てが制止した世界で、ただ一人動ける者がいた。
「……」
 他ならぬリカルドだった。
 一度消耗した身体を労わるように大きく深呼吸する。そして御者台で固まっているダーレ
ンやヴェスタを横目に馬車から降りると、彼らから手錠の鍵を奪って扉を開き、中に捕らわ
れているジーク達の戒めを外し始めたのだ。
 ぺいっと手錠を隅に投げ捨てる。更にリカルドは次いで隣の部屋で見張っていた神官騎士
達を固まったままにスルーし、奥から没収されていた武器を引っ張り出してくる。
 ガシャン。ジーク達の目の前にそれを置いた。ここまでで約二分。彼の額にはじわりと汗
が滲んでいる。重くなる身体を引き摺りながら、最後にダーレンとヴェスタを御者台から蹴
り飛ばした。弾き飛んで、しかしすぐに中空で停止する。息が益々荒くなる。リカルドはそ
こまでやってようやく扉を開けたまま手に掛け、周囲に張った術を解く。
『──っ、ぐはっ!?』
「きゃあああッ!」
「な、何だ!?」
「いきなり騎士様が吹っ飛んだぞ!」
 再び時は動き出す。それまで悠々と通りを進んでいた馬車からはダーレンやヴェスタが吹
き飛び、人々の悲鳴が上がった。車中でも意識を取り戻したジーク達が自分の身に起きた異
変に目を丸くしていたが、ややあって解かれた手枷、目の前の得物、そして扉を開けて待っ
てくれているリカルドを見て全てを理解する。
「レ、レノヴィン達が逃げ出したぞー!」
「拙い! 逃げろ! 殺されるぞー!」
 それぞれの得物を回収・握り締め、一斉にバランスを崩して横転する馬車から飛び出る。
 それを見て市民達は慌て、逃げ惑い始めた。カツンと整備された石畳の上に着地し、ぐる
りと一旦辺りを見渡す。蜘蛛の子を散らすように逃げ出した彼らを見て、ジークがジト目で
不服そうな表情を浮かべる。
「何で殺さなきゃいけねぇんだよ。魔獣か何かと間違えてんじゃねーか?」
「……それだけこの街の人達にとっては恐ろしかったんでしょう。何せあの会談で宣戦布告
したのは貴方なんだし。取って食われる、くらいには凄い殺気だったわよ?」
 マジっすか……。顰めっ面になっていたジークにイセルナが少し笑って言い、思わずその
眉間の皺が深くなった。
 これまでの経験上、必ずしも自分が歓迎されていないのは知っている。だがそれは既知な
だけであって、慣れているとか意に介さないといったことではないのだから。
「にしてもリカルドさん。そういう作戦ならそういう作戦って言ってくださいよ」
「はは。悪いね。でも直接言ったらバレるだろ? それに“敵”を騙すには先ず味方からっ
て云うじゃないか。少なくとも兄貴には通じてたみたいだし」
 ジークが、仲間達がちらともう一台の馬車の方を見遣る。そこからはリカルドがレナを救
出し、連れ立って近付いてくる姿があった。彼は苦笑(わら)っている。繕った厳格な神官
騎士ではなく、本来の砕けた口調のそれである。
「今は、と言って目配せをしてきた時点でな。夫妻の身を考えればあれがおそらくベターな
立ち回りだったと思う」
「ぐぬぬ……」
 そうこうしている内に、ダーレンとヴェスタが体勢を立て直していた。部下の神官兵達も
二人を守るように左右に展開し、剣や銃を抜いてこちらに狙いを定めている。
「くそっ! 騙しやがったな!」
「妙に物分りがいいと思いましたが、まさかこう来るとは……。本気ですか? 今度こそも
う取り返しがつかなくなりますよ?」
 怒るダーレン、ある程度疑いはあったらしいヴェスタ。
 彼らの問いにリカルドは真っ直ぐにこれを見据えていた。それまでの砕けた表情が厳しい
ものに戻る。腰のホルスターに手を当て、いつでも戦える体勢を整える。
「最初梟響の街(アウルベルツ)でやり合った時点で覚悟は決まってた。レナちゃんへの、
せめてもの償いだ。俺にだってこの子を安心して暮らさせてやれる義務がある。お前らと違
ってそう信心深くはなくてよ。……ただずっと、俺は憎むべき相手を間違えていたんだ」
「叔父さん……」
「……」
 レナが瞳を潤ませる。ハロルドが薄眼鏡のレンズの奥で、じっとブリッジを押さえて押し
黙っていた。
 ダーレンとヴェスタ、その部下達、リカルドが睨み合う。
 だがそんな両者に割って入るように、それまで唖然としていたリカルド隊の神官兵・神官
騎士達がぞろぞろと彼を庇う形で集まり始めたのだ。
「一体何をやってる? これは俺個人の問題だ。お前らだけでも向こうに戻れ。もう隊長で
もなくなった俺に付き合う必要はないんだぞ?」
「はは。何言ってるんスか」
「俺達も、一緒に戦います」
「元々俺達は教団じゃなく、隊長──あんたの為について来たんだ」
「遊び仲間のよしみとはいえ、聖都でも弾き者だった俺達を部下に引き立ててくれた。お兄
さんの後釜にされたんなら、別に俺達の事なんて捨て置いてもよかったのに」
「リカルドさん。だからあんたには恩がある。俺達はあんたの部下だ」
「一緒に戦わせてくれ。これからも、俺達は隊長の──あんたの下で働きたい」
「……馬鹿野郎が」
 吐き捨てる。だが隊士達に囲まれたリカルドの横顔は笑っていた。
 裏切り者め……。ダーレンが、ヴェスタがオーラを込める。次の瞬間、両者の手勢はぶつ
かり合った。リカルド達だけには任せておけないと、そこにシフォンとクレア、オズも加わ
って叫ぶ。
「イセルナ、ハロルド! ここは僕達が押さえる!」
「レナちゃんを頼む! 早く聖浄器(ブツ)を手に入れるんだ!」
 言わずもがな、それは“聖女”クリシェンヌの聖浄器・聖教典エルヴィレーナのこと。
 ああ! ジークとイセルナ、及びハロルドは慌てるレナの手を取って走り出した。離脱す
る四人をダーレンやヴェスタは逃がそうとはしながったが、留まったシフォン達の攻撃を受
けて安易に背中を見せる訳にはいかない。

 クリシェンヌ教団の本拠地であり、世界屈指の景観都市でもある聖都クロスティア。
 しかしそんな美しい都は、他ならぬ教団とジーク・レノヴィンの対立により、期せずして
踏み荒らされていくこととなる……。

「オッケー。そのまま真っ直ぐこっちに引いてくれ」
「文様(ルーン)を間違えるなよ? 一つ一つ慎重に確認しろ」
「おーい、こっちにもボルトくれ。足りなくなった」
 時を前後して、サムトリアン・クーフ大統領府内中庭。
 ロゼ大統領との面会を終えたダン達南回りチームは、一旦二手に分かれて別行動を取って
いた。内ダンとミア、グノーシュは大統領府に残っている。セキュリティの観点から高い塀
に囲まれた中庭。三人が見守るその一角で、ルフグラン号から連れてきた技師達が忙しそう
に右へ左へと動き回っていた。
 それは即ち、陣を敷設する為だった。面会後ロゼッタらに許可を取り、現在こうして転移
用の中継地点の一つとして登録している最中なのだ。四盟主の一つである。今後も何らかの
形で行き来する必要性が出てくるかもしれない。
「……本当に大丈夫かしら。領民に知れたら間違いなく抗議が来るわよ」
「彼らに──特務軍であれば何をしたって抗議したい者達は騒ぎますよ。それより、彼らに
こんな秘密兵器があるのはおそらく統務院でも把握している者は少ないでしょう。私達にと
ってはアドバンテージになる筈……」
 尤も、この先もっとあちこちで敷設されていけばその価値も落ちていくのだろうが。
 執務室の中から遠巻きに眺め、心配しているロゼッタにロミリアは言った。言葉通りの政
治的意味合いもあるが、いち魔導師としてもこの技術には興味があった。おそらく“結社”
の持っていた技術なのだろう。空間転移は両地点における大掛かりな設備が必要というのが
今日の常識だ。それをあんな金属板の魔法陣一枚と腕輪一つで可能になるなど、詳しく説明
されなければにわかには信じられなかった。
「……レナ達、大丈夫かな」
「全く平気って訳にはいかねぇだろうな。でもイセルナさん達やジークもついてるんだし、
何とかしてくれるさ」
「ああ。いざとなりゃルフグラン号に戻ってくればいいしな。別に無策でもなし。俺達は俺
達で出来ることに集中すればいい」
「……うん」
 敷設作業が仕上げに掛かり始めている。
 遠い北の地でもがいているであろう親友(とも)を想い、心配するミアに、グノーシュと
ダンは言った。自分達はそう悠長に構えてもいられないのだ。実際、大勢で押しかけた所で
向こうの懸案が解決するかというとそうではない筈なのだから。

「次はこれだ」
「うわっ。また古そうな……」
「触れるならちゃんと手袋を嵌めてからにしろよ? 文化財なんだから」
 一方その頃、リュカとクロム、ステラ、サフレとマルタの五人はクーフ市内にある国立図
書館に来ていた。ロゼッタから話を通して貰い、内々に司書達に案内されて閉架されている
古文書を幾つか取り揃えて貰った。館内奥の会議室にて、リュカとサフレは白手袋とマスク
という重装備でもってこれらを一冊一冊読み解いている。
 ダン達南回りチームが一旦二手に分かれたのはこの為だった。
 知る為である。これまで只管「敵」として戦い続けてきた“結社”とは何か? 彼らが世
界を災いに巻き込んでまで集め回っている聖浄器とは何なのか? その詳しい真実を少しで
も明らかにする為である。
 大統領府に陣を敷設している時間を使って、文献を紐解く。
 リュカと、そしてクロムの学識をもって古文書の中から聖浄器についての記述がある書物
を次々にセレクトする。ステラとマルタからすればちんぷんかんぷんな羅列だが、学のある
二人やなまじ長い歳月を生きているクロムにとっては由緒正しい文章になるらしい。
「……うん。ここの年号もその辺りね」
「はい。断定していいと思います。──聖浄器の作られた時期は、魔導開放が行われた時期
とほぼ合致している」
 最初はリュカのおぼろげな記憶だった。
 もしかして。それを含めて確かめたくて、彼女は敷設を見守るダン達に声を掛け、一時別
行動を取ることにしたのだ。複数の文献・歴史書を照らし合わせて確認する。もしこれらの
記述に誤りがなければ、その事実はサフレの首肯する通りであると言えた。
「? それって何の意味が?」
「ええ。これは推測だけど、魔導開放はそれまで一部の人間のみが使っていた魔導を広く世
の人々にも与えるものだった。つまりはそれだけ魔力(マナ)を消費──瘴気の発生し易い
環境が生まれる。聖浄器はもしかしたら、そのことを見越して作られた対魔獣用の抑止力だ
ったんじゃないかしら」
 答えられて、ステラが目を丸くする。緊張せざるを得なかったのだ。
 彼女は魔人(メア)。瘴気に中てられた結果生き残った、人間の総称──。
「でも、それが何で“結社”が聖浄器を狙う理由になるんです? 大盟約(コード)を消す
為だとしても、直接の鍵ではないって事じゃないですか」
「うーん。そこなのよねぇ。あくまで付随するものであって、大盟約(コード)の維持自体
に関わっている訳じゃない」
「或いは、僕らがまだ知らないだけでそういった機能もあるのでしょうか?」
「だとしたら、何で世界中に散らばっちゃってるの? そんな大事なものなら普通中枢? 
みたいな所に置いとくものじゃん?」
「ああ。そう、なんだよなあ」
「……」
 リュカが虫食いだった知識から弾き出した仮説。しかしそれでもそれは、自分達が求める
真実(こたえ)とまではいかない。マルタが問い、サフレが助け舟を出し、されどステラが
突っ込んでまた疑問は入口へと戻る。
 まだ足りないピースがあるのだろうか……? リュカ達が文献の山を前に考え込む。
 そんな中で、クロムは一人じっと目を細めて考えていた。ジークがエイテル教皇と映像越
しに対峙した時、彼女に答えた言葉が脳裏に蘇る。

『こいつらはただの道具じゃねえ。心を……魂を持った武器だ』

『どうもこいつらは望まぬ形で聖浄器になったっぽいんだよな。化身っていうのかな。多分
その辺りが“結社”がしつこくこいつらを狙ってくる理由なんじゃねぇかと思うぜ』

(魂、か……)
 もう分かり合えないと諦めていたヒト達が、仲間に迎えてくれた彼女達がうんうんと頭を
抱えている。
 クロムはじっと押し黙っていた。
 苦虫を噛み潰すように。しかしそんな仲間達に向けてその口を開くこともなく。


 ジーク達四人は聖都(クロスティア)の市中へと逃れた。
 レナの手を引き、路地裏から路地裏、物陰から物陰へと移動して身を隠す。件の宣戦布告
もあって聖都内は何人もの神官兵らが巡回し、警戒体制が敷かれているようだ。人伝には日
夜多くの巡礼者・観光客が集まる景観都市と記憶しているが、自分達が招いてしまった事態
は想像している以上にこの街全体の空気をピリピリとしたものに変えたらしい。
「やっぱり、警備が厳しいわね」
「そうッスね。できれば街ん中でやり合いたくはないです。ただでさえ俺が喧嘩を買っちま
ったし、聖浄器と教皇に辿り着く前に空気が逆転しちまう」
「ジークさんのせいでは……。でも、街を荒らしたくないのは同感です。こんなに白くて綺
麗なんですもの。できればもっと落ち着いた時に来たかったな……」
「そうだな。だがどのみち観光は難しいだろう。今のお前では周りが放っておかない。尤も
それを含めて片を付ける為の闘い、でもあるのだが」
 物陰に潜み、兵達をやり過ごす。
 イセルナが厳しい表情で目を細め、ジークがどうしたもんかとポリポリ髪を掻いている。
不安を抱えど優しく気丈に振る舞おうとするレナの嘆息に、養父(ハロルド)の生真面目な
呟きが重なる。
「でもまぁ、リカルドさんが味方のままだったのはホッとしたぜ。一時は本当に教団に舞い
戻ったのかと思ってたからな。ツキは残ってる。だから、もうちょっと頑張れ」
「……はい」
 ジークがフッと苦笑し、そんな彼女を励ましてやっている。
 誰よりも安堵した筈だ。再び絶望に突き落とされようとしていた筈だ。
 散光の村(ランミュース)での一件はあれがおそらくベターで、聖都へ彼らにダメージを
与えながら進入する作戦だったのだろうが、はたしてどれだけの市民達がこちら側に旗を上
げてくれるものか。それにダーレン・ヴェスタを押さえる為に身を挺してくれたリカルドら
仲間達の安否も気になる。
 この安堵は一時的なものだ。そもそも実兄(ハロルド)にとっては内心まだ複雑な心境の
ようであり、分断されてしまっても自分達のやるべき事は変わらない。
「さあ、これからどうしましょうか」
 潜めていた息をそっと吐き出し、イセルナが言った。ジーク達残り三人、この場にいる仲
間達に伺う素振りである。
「リカルドが言っていた通り、エルヴィレーナを先行入手するべきだろう。教団は徹底して
私達を封じ込めようとした。そう簡単に交渉のテーブルに着いてくれるとは考え難い。なら
ば元から私達特務軍の任務である聖浄器回収を優先させようと思うが」
「そうッスね。サシで話せればそれに越した事はねぇけど、連中の取ってくる手取ってくる
手がこうじゃなあ。順番が逆になるけど、ぶんどってからじゃねえと対等もクソもねぇかも
しれませんね」
「既成事実化には既成事実化を……。レナちゃんを自由にする為には、それくらいの強引さ
がないともうどうしようもないのかもしれないわね……」
「で、でもお父さん。聖女様の聖浄器が何処にあるかって、分かってるの?」
「ああ。幾つか目星はつけてある。私が教団にいた頃と変わっていなければの話だが……」
 私の為に……。
 そう、不安そうに目を瞬くレナ。訊かれてハロルドは答えた。
「一つ目は東ルアークの古塔、通称『聖女の塔』と呼ばれている場所だ。あそこはクリシェ
ンヌゆかりの品が多く保存・展示されている観光名所でね。おそらく非公開になっているだ
ろうが、もしかしたら彼女の聖浄器も安置されているかもしれない。二つ目は西の『エルマ
=ニシュ大聖堂』──旧教団本部だ。元々クリシェンヌが足繁く祈りを捧げ、教団の前身で
ある慈善団体の本拠地でもあった。こちらも彼女に関わる物品が多く保管されていると考え
られる。そしてもう一つは『始祖霊廟』だ。名前の通り、クリシェンヌの死後、造営された
地下霊廟でね。今の教団本部はこれを囲うように建てられている。私も何度か遠巻きにしか
見た事がない非公開の場所だが、可能性としてはここが一番高いだろう」
 るあーく、えるま……? ジークとレナが指折りして数えている。
 イセルナがじっと口元に手を当てて考えていた。現在いるのは街の南側。ハロルドが挙げ
た三ヶ所はそれぞれ街の東・西・北。どこから確かめるにしても大回りになるのは避けられ
そうにない。
「その霊廟というのは最後にした方がよさそうね。本部に突入してまた出てくるというのは
難しいでしょうから」
「ああ。先に二ヶ所を当たろう。それらが駄目だった場合、霊廟に──本部に侵入せざるを
得ないと思う」
 ハロルドが言い、ジークやレナもこくっと頷いた。
 しかし数拍、その言い出した当のハロルドがこちらを見て押し黙っている。ちらりとイセ
ルナを一瞥し、彼女から首肯を受け取ると、彼はそっと娘(レナ)と視線を合わせて屈み込
み、こんな言葉を掛けた。
「レナ。最後にもう一度確認する。教団に“聖女”として仕えたいか? もしお前がそう望
んでしまえば、今回の騒動は一応丸く収まるが──」
「……ううん。確かにそうすれば皆は助かるかもしれないけど、皆が笑顔でいられるかは別
だもの。……ごめんなさい。私、皆と一緒にいたい。いつかは散光の村(ランミュース)の
お父さんとお母さんも。いっぱい望み過ぎだってのは、分かってるけど……」
 段々声色が大きくなり、震えていく。だがそれをハロルドはそっと抱き締め、最後まで言
わせなかった。レナが目を丸くして言葉を切る。ジークがイセルナが、優しく笑ってこの父
子を見守る。
「分かってる。つまらない事を聞いてしまったな。ならいいんだ。お前がそう望むなら、教
団だろうが何だろうが戦ってみせる」
 元からそのつもりで来たんだがな。ハロルドがレナを離し、ジークとイセルナも言って頷
いてから真剣な面持ちに戻る。
 そしてハロルドがコウッと掌に光を集め始めた。精霊だ。それにぶつぶつと何やら呟きを
投げ掛け、彼はこの精霊を空高くへと打ち上げる。
「……リカルド達に伝令を飛ばした。あいつらにはエルマ=ニシュを調べて貰おう。私達は
ルアークの塔を当たる。ちょうど二手に分かれたんだ。本部前で落ち合うことにしよう」
 ええ。イセルナが、ジークやレナが力強く頷いた。伝令を与えられた精霊──小さな光の
球が聖都の空を飛んでいく。

 もしかしたらそれは、彼がもう自身の弟を許している証であるのかもしれなかった。

『うおおおーッ!!』
「押せ押せ! リカルド隊の意地、見せてやれ!」
「ちっ……。何をやってる! 不良上がりの相手に手間取ってんじゃねぇよ!」
「しゃにむに、か。仕方ない。ここは──」
「させるかよっ!」
 一方、聖都南方、街の正面ゲート前広場。
 ジーク達を逃がし、ダーレン・ヴェスタ両隊と時間稼ぎの戦いに突入したリカルド達は、
状況が許した勢いのままに激しく打ち合っていた。
 尤もそれは勝っているからではなく、寧ろ劣っているからである。
 雑兵は隊士達が押さえ、ダーレンそしてヴェスタの《影》をリカルドが投げつけた閃光弾
で以って切り込み、とかく動きを封じる事に徹する。
「皆さん、急いでここから離れて!」
「巻き込まれても知らないんだからねっ!」
 更に援護射撃をしながら、シフォンとクレアが周囲に留まっていた市民(やじうま)達を
逃がし、遠ざけようとする。
「役立たずどもが。この程度の数、引き剥がして──」
 そして存外の反撃に苛立ち、ダーレンが《寄》のオーラを広げた掌に込める。
「ッ!?」
 だが直後、目の端に迫ってくるのは影。ダーレンは寸前で練ったオーラをほぼ全て防御に
回し、この硬く重い質量の一撃を受け止めた。ズザザッと大きく押し出される。顔を顰めて
見上げれば、それはオズが放ったチェインドパンチだった。
「ヤラセマセンヨ」
「……けっ。帝国の置き土産が」
 あちこちでの対峙。するとそうしている内に、街の中心部の方から新たな軍勢が駆けつけ
て来た。三柱円架の胸飾りをあしらったコートと防具──援軍の神官兵達だった。
「ダーレン隊長、ヴェスタ隊長!」
「加勢します!」
「ああ。ありがたい」
「ふん……。俺達で捌けなかったのは癪だが、まぁこれで形勢逆転だな」
 元より数の上で上回っていた訳ではなかったのだ。敵の援軍も加わり、リカルド達を囲む
神官兵らの人数は大きく膨れていく。
「くぅ……!」
 じりじりと。隊士らも押され始めていた。リカルド、シフォン、クレアにオズ。多勢に無
勢だった。このままでは完全に包囲されて潰されてしまう。
「……潮時だね」
 するとそんな戦況の変化を見計らって、シフォンがオーラを込め始めた。同時に彼の足元
からその霧のようなエネルギーが四方に広がってダーレン・ヴェスタ達にまで広がり、それ
まで朝日に照らされて明るかった周囲がにわかに怪しい薄暗さを伴う。
「っ!? これは……」
「お、おい。さっきの妖精族(エルフ)がいっぱいいるぞ!」
「ど、どうなってんだ? 分身、したのか……?」
 戸惑う神官兵。既に情報を得ていたのかダーレンとヴェスタは比較的落ち着いていたが、
兵数の大部分を占める彼らが惑えば充分だ。クレアにオズ、リカルドと隊士達が彼の目配せ
を見てすぐさま撤退を始めた。同時に群れをなすシフォンの幻影達は一斉に矢を放ち、その
真贋を即決できない兵達を次々に倒していく。
「急げ! あの二人が追って来る!」
 ダーレンとヴェスタが部下達を押し退けて追おうとした時には遅かった。シフォン達は既
に霧と兵達の混乱に隠れ、その場を脱出してしまった後だったのである。
 やがてオーラで作られた霧は晴れていく。石畳と白亜の美麗な街並みは本来の雰囲気を取
り戻し、跡には射られた──出血ないし幻覚で苦しみ、地面に転がっている兵達の山が出来
上がっただけだった。
「ちっ……。逃げられたか」
「お前達しっかりしろ、あれは幻術だ! 怪我人の確認を急げ! 動ける者はこのまますぐ
奴らを追うぞ!」

「盟約の下、我に示せ──折光の衣(ミラージュコート)」
 四人と隊士達は急ぎ市中へ逃れた。路地裏から路地裏へ、物陰から物陰へと移り、ようや
く追っ手を撒いた頃には皆じわりと汗をかいていた。
 しかし、のんびりと休憩している暇はない。一旦物陰に身を潜めて神官兵達が遠くへ過ぎ
去ってゆくのを確認してから、シフォンはオズに屈折の聖魔導を掛けた。目の前でその巨体
が消え去ったように見える。光の屈折を操り、他者の視覚に映らないようにしたのだ。彼に
は悪いが、その姿はどうしたって目立ってしまう。
「やれやれ……やっと逃げ切れたか」
「皆さん、はぐれたり怪我したりした人はいませんか?」
「大丈夫。全員ついて来てる」
「多少、やり合って傷のある仲間はいるがな」
 顔や腕、胸元の服に生傷をつけた隊士達が四人五人と。しかしそれでも彼らの表情は一様
に晴れ晴れとしていた。リカルドと同じく、ようやく心の荷が下り、本当の自分になれて気
持ちがすっきりとしているのだろう。
「ハロルドやレナちゃんがいたらしっかりと治療が出来たんだけどね。暫くは耐えてくれ。
それで相談なんだが、これから僕らはどうすればいいだろう?」
 うーん……。シフォンが問い、皆が一斉に唸り始めた。
 ともかくあの時は必死で、ジークをレナを教団本部へ送る事を最優先にした。向こうもこ
ちらの意図は汲んでくれている筈だが、この敵地(アウェイ)でどうやって目的を達成する
事ができるだろうか……?
「あ。精霊さんだ」
「こいつは……兄貴からか。ふむ、ふむ。なるほど……」
 そんな時である。ふと一行の頭上からふよふよと小さな光の球が降りてきた。最初一瞬は
目を細めたが、魔導を心得る面々にはすぐに分かる。光球──伝令に来た精霊はリカルドの
掌に着地し、静かに点滅しながらその内容を教えてくれた。
「エルマ=ニシュか。確かにあそこなら光の書があるかもしれねえ。兄貴達はルアークの聖
女の塔を調べるそうだ。どっちかにあればよし、無ければ本山前で合流して乗り込むとよ」
「ナルホド。手分ケシテ、デスカ」
「妥当な作戦だね。時間を掛ければ掛けるほど、僕らはおそらく不利になるから」
 ハロルドからの伝言曰く、向こうは東の『聖女の塔』を当たるそうだ。その間に自分達に
は西の『エルマ=ニシュ大聖堂』を調べて欲しいとのこと。
 魔導に隠れてオズが、声と微妙な空気の揺らぎだけで呟いていた。シフォンも向こうから
の方針に賛成し、そう言って静かに硬い表情になる。
「そうと決まれば善は急げだよ。で、その聖堂ってのは何処にあるの?」
「……ああ。それなんだが──」
 するとリカルドは、数拍何処か歯切れの悪いような間を置いてから、言う。


「レノヴィン達に逃げられただと!?」
「何て事だ……。市街戦を避ける為にこちらから仕掛けたというのに……」
 教団本部。謁見の間にて。
 一旦戻って来たダーレン・ヴェスタからの報告を受け、枢機卿達は悲鳴に近い声を上げて
頭を抱えていた。
 状況は大よそ最悪の部類へ向かっている。
 もしレノヴィン達が宣言通りここへ攻めて来れば、それは教団設立以来の異常事態──大
失態である。ヒステリックな罵倒。ヴェスタは眉間に皺を寄せながらもじっとこれに従順で
あろうとした。ダーレンも同じく隣で片膝をつくが、その両腕はオズから受けた一撃を手当
てされて巻かれた包帯が覗く。
「そ、それで、奴らは今どの辺りに?」
「現在部下達を挙げて捜させています。報告によると一度街の正面ゲート前で離散した彼ら
はその後、合流した様子はなさそうだと」
「二手に分かれたまま、という事か」
「おそらくは。追跡中の隊が数度、西と東でそれぞれ姿を確認しています。こちらへ直接攻
めて来る様子が見られないという事は……」
「開祖クリシェンヌの聖浄器、か……」
 中空に聖都全域の地図をホログラムとして出力し、ジーク達の出没が確認された地点を順
繰りに落とし込んでいく。街の左右、西側と東側を何度も迂回しながら、しかし確実に彼ら
は北にあるこの教団本部へと近付いて来ている。枢機卿達はたらりと脂汗を垂らしていた。
ヴェスタの応答に、自分達が奪われようとしているもう一つの可能性に行き着き、その表情
には既に絶望し切った気色すら浮かぶ。
「捜せ! 一刻も早く捕まえるんだ!」
「各騎士団全隊を駆り出せ! 全戦力を挙げて捜し出すんだ!」
 はっ──。自分達の失敗が許せないのだろう。ダーレンとヴェスタは今は雲隠れした仇に
憎しみを募らせながら、折り目正しく場を後にした。ばたばたと伝令の兵が本部各所に詰め
る神官騎士達の下へ走っていく。普段は優雅こそ美徳として振る舞う教団内が、今や上を下
への大騒ぎになっていた。
 保身、執着、怒号。
 今自分達が戦っているのは、何なのだろう?
 物理的な武力の襲来か。それとも、現在進行形で突き崩される精神の安寧か。
「……」
 そうして周囲・部下達が慌てふためいているのを、教皇エイテルはじっと玉座に座ったま
ま見つめていた。傍らでは史の騎士団長リザと部隊長ミュゼ、数人の護衛がぴたりと微動だ
にせず控えている。
 教皇という立場は即ち教団のトップだ。だがエイテルは、この時一方では自分が何処か彼
らとは別の距離に立って物事を観ているのを自覚する。
 先の自問に答えるのなら、十中八九それは後者であろう。
 何よりも重大で、深刻なのは、このクリシェンヌ教団という組織への“信頼”が大きく損
われてきているというその一点にあると彼女は考える。
 甘くみていた。自分達という組織、影響力があれば冒険者手伝いの少女一人くらい難なく
手中に収められると思っていた。しかし相手はクラン・ブルートバード、その結束力と型破
りさを自分達は低く見積もり過ぎていた。
 レノヴィン兄弟の弟、第二皇子アルスの仕掛けた反撃により、内々の内に進むべきだった
計画が人々の前に曝け出されてしまった。これはかなり痛い。今はまだ擁護──ジーク皇子
からの宣戦布告を不敬として反発する信者達が多いが、それも導信網(マギネット)に流出
した会談の中身によって流動票となった。喧嘩を売ったのは彼らではなく、自分達だと冷静
に時系列を追えば明らかだ。
 つまり、人々の意思・感情をこちらでコントロールする力がかなりの割合で弱まってしま
ったということ。
 今後の展開次第で、そのパワーバランスは容易に反転──逆転しうる。組織力の大きさは
必ずしも有利に働くのではなく、寧ろ巨大だからこそ人々に「巨悪」とのイメージを与えか
ねない。
 いつまでもつか? やはり強硬だったか、焦ってしまったか?
 再三の枢機卿達の声に押された秘密工作だった。普段は姦しいばかりの小舅達だが、今回
の件においては教団そのものの存続に関わるチャンスだったのだ。自分も教皇という立場に
就いている以上、彼らと傘下に連なる信者達の安寧を守る義務がある。
 “信頼”である。いや、教団が有する“威信”とでもいうべきものか。
 大都消失事件、そこから続く“結社”による戦火が広まり始めて以来、人々は祈りよりも
武力に頼るようになった。敵と和解し、共に歩むよりも、これを打ち倒し排除する道を選ぶ
ようになった。
 ……人の情としては無理もない事なのかもしれない。だがいち信仰者として、それが彼ら
にとっての幸福になるとは思えない。寧ろ災いは近付いているとさえ思えるのだ。彼らが不
安に駆られ、それ故に団結する事こそ、“結社”の思惑に嵌っているような気がして。
 枢機卿達は言う。統務院に権力も権威も、どんどん奪われていくと。
 だがそれで人々が安堵するなら自分はそれでもいい。ただ彼らの辿る道が、本当に常しえ
の安寧に行き着くとは思えないのだ。……その点で、その点でのみ、自分は枢機卿達の意見
と合致した。もっと別の、人々を救う支柱が必要だと思った。だからこそ、レナ・エルリッ
シュ──開祖クリシェンヌと同じ色装、生まれ変わりという存在を逃す手はないと考えたの
だった。
 しかしと思う。自分もまた、人々を操ろうとばかり考えていたのではないか。策を弄する
ばかりで、人一人の想いに耳を傾けることを忘れていたのではないか。苦しみから救うので
はなく、苦しみを与えてしまってどうするのだと。
(……しがらみとは、厄介なものですね)
 エイテルは小さく嘆息をついた。目を細める。さりとて既に起こってしまった出来事を消
し去ることはできない。
「騎士団総出は構いませんが……戦うことが目的ではないのですよ? 総員、聖女様の保護
を最優先に動きなさい。ジーク皇子達はその次です。市中に損害を与えた場合、非があるの
は先ず彼らだと印象付けるように……」
 はっ──! 呼び止められた神官兵、枢機卿達はようやく放たれたエイテルの言葉に安堵
したようだった。低頭して各々が駆けてゆく。威厳を取り戻すように左右に枢機卿達が胸を
張って控えてゆく。何とも滑稽だと、エイテルは内心感じる他なかった。
「マクスウェル団長」
「はい」
「……承知」
 そんな最中だった。エイテルが傍らのリザに、そしてリザが部下のミュゼに何やら目配せ
をし、策を動かし始めたのは。

 リカルド達に精霊伝令を飛ばし、ジーク達四人は東ルアークの古塔──通称・聖女の塔へ
と急いだ。しかし市中に展開する神官兵の数は時を経るごとに増えていき、最短距離で向か
おうとする思惑を尽く挫く。
 物陰から物陰へ。ジーク達は息を殺しながら少しずつ進むしかない。
 いっそイセルナの飛翔態で運んで貰おうかとも考えたが、警戒が高まり続けるこの状況で
空を飛ぶような目立つ真似をすれば、地上からの一斉攻撃で撃ち落されてしまうのが関の山
だろう。
「いたか?」
「いや、見当たらない。何処かの路地に隠れてると思うんだが……」
「とにかく虱潰しに捜せ! 俺達で聖女様をお助けするんだ!」
「そうだよな……。急がないと、レノヴィン達が盾にしてくるかもしれないし……」
『──』
 加えて厄介なのは、市中に現れ始めた聖都の市民達だ。
 教団を疑おうとしない、熱心な信徒達なのだろう。自警団のつもりか彼らは各々に棍棒や
スコップなどで武装し、徒党を組んでこちらを捜していた。神官兵らと連携している様子は
なさそうだが、彼らも彼らなりに情報を集めて動いているらしい。
「……するか。ど阿呆」
「ま、まぁまぁ。私は分かってますよ? ジークさんはそんな事しないって」
「彼らにしてみればジーク君は喧嘩を売ってきた張本人だからね。警戒もするさ」
「だとしても、流石に敵愾心があり過ぎはしないかしら……」
 そんな新たな追跡者・自警団の面々をやり過ごしてから、ジークはむすっとした顔でごち
ていた。レナやイセルナが苦笑(わら)って宥め、ハロルドは生真面目に淡々と眼鏡を光ら
せている。
「しかし厄介だな。これじゃあ塔に近付けねえ。遠くに見えてはいるんだが」
 そそり立つ白亜の街並み。その遠く向こう側に小さく、一行の当面の目的地である聖女の
塔が見える。
 だが神官兵だけでなく、市民まで自分達の打破に躍起になっているとなれば状況は芳しく
ない。時間を掛けてはいられない。さりとて後者と剣を交えるなどもってのほかだ。
「保身って奴なのかねえ……。まぁ今に始まった事じゃねぇけど」
 両勢力の合間を縫って、改めてジーク達は駆け出す。一つ二つ、物陰から物陰へ。ジーク
はそう何でもないという風に呟いていたが、残り三人の仲間達は誰も軽々しい反応を寄越せ
なかった。それは他ならぬ彼と弟・アルスが、これまでの旅や戦いの中で幾度となく晒され
てきた人と世の醜悪に対する嘆きだと知っていたからである。
「皇子、聖女様!」
「こっちです!」
 そんな最中だった。また一つ路地を横切ろうとしていたジーク達を、ふとその中から手招
きしてくる人影があった。
 数人の市民達だった。
 神妙な、しかしばつの悪そうな苦笑(え)みを漏らすそのさまは、さも教団に味方する街
の大勢にあって自分達を助けてくれると言わんばかりのもの。
「お前ら……。ありがてぇ」
「あ、ちょっと──!」
 故にジークはフッと僅かにだが破顔し、招かれるままこの市民達の方へと小走りで近付い
ていった。レナがその後ろを、しかしイセルナが思わず止めようとし、ハロルドが眼鏡の奥
の目を細めて睨み始める。
「騎士様、こっちです! レノヴィンがいました!」
『……ッ!?』
 だがそれは彼らの芝居だったのである。ジークが一足先にこの路地の中へ足を踏み入れた
直後、この市民達は路地の奥へと振り向き、そう叫んだ。しまった……! 四人が気付いた
時には既に遅く、そこから歳若い神官騎士率いる一個小隊がガチャガチャと装備を鳴らして
駆けつけてくるのが見える。
「もう逃がさねぇぞ! 散々街を引っ掻き回しやがって!」
「全部お前のせいだ。そもそもお前があんな事を言ったから……!」
「……っ」
 薄皮を捲って本性を現した、この市民達の口撃が飛ぶ。
 信じることは、しばしば自ら考えないという怠慢にも繋がるのかもしれない。彼らは事の
正しさよりも、只々市街戦になったこの現状そのものに怒り、排斥しようとしている。元あ
った秩序を守ろうとしている。
 お願いします! 彼らが叫ぶ横を通り過ぎ、神官騎士率いる一個小隊が武器を抜いて迫っ
て来た。やるしかないのか……。表情(かお)を曇らせていたジークが刹那キッと歯を噛み
締め、腰の剣に手を掛ける。
『──』
 だがそれよりも速く、彼とレナを庇うようにしてこの軍勢の前に立ったのは──イセルナ
とハロルドのクラン団長・参謀役のコンビだった。
「こうなってしまったら……戦うしかないわね」
「ここは私達が押さえよう。ジーク君、レナを連れて塔へ。すぐに追いつく」
 ざらりと剣を抜き、現出したブルートの冷気を纏い出すイセルナ。
 懐より究理偽典(セオロノミコン)を取り出し、金色のオーラを醸し出すハロルド。
 ジークは数拍、躊躇った。騙されたショックと転がるように変化する眼前に、一瞬頭の中
がぐちゃぐちゃになりそうになったからだ。
「行きなさい、ジーク!」
 故に凛としたイセルナの叫びが放たれた瞬間、ジークは弾かれたように動き出した。まだ
おろおろしているレナの手を取り、急ぎ来た道を引き返して走り出す。
「ぬぅっ、聖女様を渡さない気か! そこをどけぇ!」
「残念だけど」
「それはできない相談だな」

 背後で冷気と光の魔力がぶつかる音を聞きつつ、ジークとレナは走った。
 白亜の美麗な景観都市。その街は今、他ならぬ自分達によって大きな混乱に陥り、荒らさ
れようとしている。

 一方その頃、ダン達南回りチームはサムトリアン・クーフを出発し、一路次なる目的地・
導都ウィルホルムへと向かっていた。
『……』
 同都へ続く街道が緩やかなカーブを描く林の中に入る。
 そんな一行を、木の枝上から不敵にほくそ笑んで見つめている幾つもの影に気付いている
様子もなく。

「──はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ」
 果たしてどれだけ走っただろうか。レナは大きく息を荒げていた。所狭しと家屋が建ち並
ぶアパートエリアはどうやら抜けたようで、不意に辺りの視界が開けてきた。幾つかの通り
が交わるように合流し、一旦噴水のある広場を経由してまた幾つもの通りへと分岐する構造
になっている。
「大丈夫か? ちょっと休むか?」
「は、はい。すみません……」
「だから謝るなって。今回の件で何回目だ? お前は何も悪かねぇよ。寧ろお前をダシにし
ようとする奴らにキレるぐらいしねぇと舐められちまうぞ」
「……」
 肩を揺らして呼吸を整える。その間もジークは警戒の中、閑散としてしまった聖都の街並
みに注意を配ることを忘れなかった。
 どうやら追っては来ていないようだ。中空を見上げる。大分走った筈だが、如何せん地理
がさっぱりであると聖女の塔は尚も遠巻きにある。もしかしたらぐるぐると遠回りをしてし
まっているのかもしれない。
「イセルナさんとお父さん、大丈夫でしょうか」
「心配ねぇよ。“結社”の魔人(メア)ならともかく、その辺の雑魚に後れは取らねぇさ。
それよりも急ごう。折角皆が時間を稼いでくれたんだ。せめて片方だけでも、聖浄器がある
のかないのかぐらい調べちまわねぇと……」
 一旦凸凹した物陰にレナを誘導し、回復を待つ。そして彼女がこちらの冗談半分の言葉に
哀しげに黙するのもそこそこに、ジークはその肩を取って歩き出した。いつまた神官兵や自
警団に出くわすかは分からないが、とにかく塔の見える方向へと進んでいくしかない。
「? あれは……」
 そしてちょうど、そんな時だったのである。
 広場を抜けようと通り掛かる。その一角にふいっと不穏な光景があった。
 身なりからして傭兵だろう。数は十ほど。そんな、明らかに柄の悪いそうな男達が武器を
抜き放ち、一人の女性を取り囲んでいたのである。
「ちっ──!」
「ま、待ってください! また、罠だという可能性も……」
 半ば反射的にジークは腰の二刀を握り、飛び出そうとしていた。しかしそれを一旦レナが
寸前の所で引き留め、口篭る。
 だがちらっとそんな彼女を見て、ジークは言うのだった。
「そん時はそん時だ。こっちが信じてなきゃ、いざって時に誰も助けてくれなくなる」
「……。ジークさん……」
 振り向いたのはその数秒。レナはハッと弾かれたように押し黙る。
 気付いた時にはジークは改めて石畳を蹴り、この悪漢達へと切り込んでいた。驚いたのは
男達だ。なっ──!? 次の瞬間には間髪入れぬジークの剣閃が彼らの間を描き、次々に倒
れていく。
 それでも丸っきり全滅しなかったのは、相応に経験のある戦士達だったからなのだろう。
 ざっくりと斬られ、武器を弾き飛ばされ、或いは寸前で危険を察知して飛び退いた彼ら。
 されど一瞬にしてこの飛び入り剣士に攻撃を受けたのは変わらない。中にはまだ女性を狙
おうとした面子がいたが、直後リーダー格と思しき男が撤退を指示する。
「くっ……。退け! 退けェ!」
「一体何なんだよ……!? くそっ、覚えてろ!」
「……さぁな。今は立て込んでるし」
 やはりある程度チームとして動いている者達だったようだ。捨て台詞に淡々と突っ込みを
入れながらジークはぐるんと二刀を収める。レナもおずおずといった様子で後ろからついて
来て、まだ事態が飲み込めていないのかポカンとしているこの女性を見遣っている。
「おい。大丈夫か? 怪我ねぇか?」
「……はっ!? あ、はい。大丈夫です。お陰さまで」
「そうですか。なら良かった。……何だったんでしょうね? あの人達」
「さあな。そこまで調べてる暇はねぇや」
 どうやら目立った怪我もないらしい。ジークとレナは安堵した。
 女性はぽやっと、何処かマイペースな声色で答えた。ニコニコと優しそうな笑みを浮かべ
ている。ほっと胸を撫で下ろすレナに、ジークは暫し男達の逃げ去った方角を眺めていた。
依然塔は遠巻きにあり、道順はよく分からない。
「……」
 ぱちくりと目を瞬く女性。
 その肩ほどまで伸びた髪は白灰で、鼻には小さな薄眼鏡を引っ掛けている。
 そして何より印象的だったのは、その小柄な身体に羽織った、だぼだぼの白衣だった。

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長岡壱月

Author:長岡壱月
(ながおか いつき)

創作もとい妄想を嗜む物書きもどき。書いたり描いたり考えたりφ(・_・)
しかしながら心身共々力量不足な感は否めず。人生是日々アップデート。
今日も雑多な思考の海に漂いながらも何とか生きてます。
【小説/思索/落書き/ツクール/漫画アニメ/特撮/幻想系/小説家になろう/pixiv】
(※上記はPN。物書き以外では概ね、HN「長月」を使用しています)

【注】当庵内の文章や画像等の無断転載・再加工ないし配布を禁止
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